タイトル:【観察】 特に珍しくもない渡りの結末
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作者:匿名 総投稿数:非公開 総ダウンロード数:618 レス数:4
初投稿日時:2024/06/30-08:17:14修正日時:2024/06/30-08:17:14
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【渡りの終わり】



双葉公園近くの路上。
よくある話だが、公園の環境悪化で渡りを始めた一家がいた。
この時点で全滅は決まったようなものではあるけれど、話を続けることにする。

一家の構成は、まず親(成体)、そして長女(仔)、三女(仔)、六女(親指)、八女(親指)。
本当はもっといたがここまでの道中で脱落してしまった。

また、渡りに親指を連れて行くとか舐めとんのかワレと言いたい人もいるだろう。
だが仕方ない、この親は家族を切り捨てられない優しいもとい優柔不断な性格だったのだ。
これでもさらに下の蛆実装は渡り前の食事にしたのだが、親にとってはその選択が限度だった。
足手まといを切り捨てられない性格で渡り敢行というダブル役満で全滅必至である。

足の遅い親指を連れての渡り……既に出発からかなりの時間が経っている。
朝の食事を済ませてすぐに出発したとは言え、人間を見つけては隠れ、
姉妹を喪っては残った者が泣き叫び、歩みは遅々として進まないまま体力だけが消耗していた。

「デェ、デェ……喉が渇いたデス。こっちに川があるはずデス」

親は公園から少し離れた小川をまず最初の目標としていた。
自分たちが住む公園のすぐ近くに川が流れているのは、公園に住む野良たちの間では共通の認識だった。
過去に川まで行って帰ってきた野良がいるとか、大雨の時に公園に大きな水たまりができるのは
その川から水が流れてくるからだとか、公園の親実装の間では事実であるかのように噂されていた。
故に、親は近くに川があることを疑わず、渡りをするならば最初の目標はそこと決めていたのだ。

事実、小川は公園から数十mの距離にあったので、最初の休憩地点としては最適と言えたかもしれない。
しかし……親の想定外のことがあった。

「デデッ、川に下りられないデス!」

その川は最近になって護岸工事がされており、岸はブロックで固められて川面までの段差が大きく、
実装石の身長では容易には下りられない造りになっていたのだ。

「ママ、お水さん飲みたいテチュ……」
「おなかも減ったテチ……」
「喉かわいたレチ」
「レチー……」

娘たちが騒ぐので、親は川に下りられる場所がないか川沿いをウロウロしては岸を覗き込んだ。

「あ、あそこから下りられそうデス!」

成体実装なら下りられそうな比較的小さな段差を見つけ、親は仔たちを振り返る。
すると大事な仔が一匹足りない……それも、自分の後を託そうと普段から目をかけていて、
ここまで何とか無事に生き延びてきた優秀な長女がいなかった。

「長女、どこ行ったデス!?」

実は長女は、親に倣って川に下りられそうな場所を探していた。
だがその最中に親から離れすぎた結果、どうなったかと言うと……。
親が長女を探していると、やや離れた草むらから甲高い悲鳴が聞こえてくる。

「チャァァァァァ……!」

草むらに駆け寄ると、そこでは蛇が今まさに長女を飲み込もうとしている所だった。
見る間に長女は頭を呑まれ、悲鳴すら上げられない状態でパンコンし必死に短い脚をバタつかせている。
蛇の目が、ジロリと親を睨んだ。

「デェェェェン! 長女、許してデスゥ!」

これは助けられないと判断した親は長女に詫びながら、三女と共に親指二匹を抱えて逃げ出した。

  *  *  *  *  *

「は、早くここから川に下りるデス」

先ほど見つけた川に下りられそうな場所まで駆けると、親は仔たちに言った。

「いいデス? まずママが下りるデス、つぎに六女と八女を下ろすデス。
 最後に三女、お前が下りるデス。この順番なら全員が無事に下りられるデス。分かったデス?」

仔たちが神妙な顔でうなずくと、まず親が段差を下りて周囲の安全を確認する。
大丈夫だ、敵はいない……さっきの蛇も長女を食えば大人しくなるはずだ。
蛇が追いかけてこないことも確認し、親は仔たちに呼び掛ける。

「八女、慎重に降りてくるデス」
「わかったレチ!」

怖々と足を下ろしてきた八女を抱きかかえて段差を下りさせる。

「八女、じっとしてるデスよ」
「わかったレチ!」

続いて六女に段差を下りるように促し、足を下ろしてきた六女を抱えて段差を下りさせた。

「ママ、下りれたレチ!」
「良かったデス、あと何回か繰り返せば川まで下りれるデス。
 さぁ、最後は三女、オマエの番デス、下りてくるデス!」
「……」

だが三女は下りてこない。
仔実装である三女にこの段差を自分の力だけで下りるのはつらそうで、それで怖がっているのか。
そう思った親が、安心させるように優しく声をかける。

「大丈夫デス。オマエはやればできる仔デス……さ、ママが受け止めるから下りて————」
「コンペイトウテチッ!」
「————デッ?」

実は三女は、下りるのを躊躇していた訳ではなかった。
下りようとしたその時、足下に何かが転がってきたのだ。
それは、鮮やかな色をしたトゲトゲの塊……甘い匂いがするコンペイトウだった。

三女は腹が減っていた。
ただでさえ姉妹の中で一番食い意地が張っているのに、朝から口にしたのは出発前に食べた蛆半分だけ。
そこへコンペイトウが放り投げられれば、飛びついてしまうのは仕方ないと言えた。

親は三女の異変に気付き、慌てた様子で大きな声で呼びかける。

「食べちゃ駄目デスッ! こんな所にコンペイトウが落ちてるはずないデスッ! きっと罠デスッ!」
「近くにニンゲンサンなんていないテチッ、罠のはずないテチッ! ワタチは食べるテチッ!」
「駄目デスゥッ!」

そして3秒後、コンペイトウを平らげた三女は————
「テチャアアアアアアァァァァァァ……ァァァ……ァァ…………ッ…………!」
————空高く飛び上がり、川面に落下した。

三女がコンペイトウと思って食べた物は、コンペイトウそっくりだが強力な下剤のドドンパだった。
公園に向かう途中で三女を見つけた虐待派が、歩道から戯れに投げていった物だったのだが、
仔実装の視力では人間の姿を確認できなかったのである。

「今助けに行くデスッ!」
親が大急ぎで段差を下りようとしたが……。
「がぼがぼ……ぶはっ、助けテチッ、ママッ、ママァァ……がぼがぼ……」
三女はわずかな間だけ浮かび上がって助けを求めるも、すぐに川の流れに飲まれて消えていった。
「デェェ……」
親はがっくりと肩を落としたが、いつまでも悲しんではいられなかった。
残る親指二匹だけでも、安住の地へ連れて行ってやらねばならない。

  *  *  *  *  *

三女の最期を目の当たりにし怯える親指たちを、親はどうにかなだめながら段差を下りていった。
そうして何度か段差を下りて小さな川原までやってきた。

「さぁムスメたち、もう一度下りれば川原デス! 頑張るデス!」

その声で少し元気を取り戻した親指たちは、疲れを振り払って段差を下りた。

「八女、じっとしてるデスよ」
「もうへとへとレチ……早くお水さん飲みたいレチ……」

八女がその場にへたり込んだのを見て、親は六女を抱え下ろす準備を始めていた。
……水を求めて立ち上がった八女の姿は、親には見えていなかった。
やや間を置いて、六女を無事に下ろした親は川の方を指し示した。

「さぁ六女、川原についたデスよ。お水を飲むデス!」

多くの仔を喪ったが、まずは川まで来られた。
六女も八女も親指だが良い仔だ、どうにか楽園まで連れて行こう。
そう思ったのも束の間……。

「ママ、イモチャがいないレチ!」
「デデッ!?」

あれほどじっとしてるように言ったのにどこへ行ったのか……!
前言撤回だ、八女はちょっと足りないかもしれない。
まぁ、それでも生き残った最後の二匹だ、なんとか生き延びさせてやりたい。

親は仕方なく八女を探しに行こうと、周囲を見回す。
足下を見ると、八女の足跡が草むらへと続いていた。
その跡をたどろうと親が草むらに目を向けた時、小さな悲鳴が聞こえてくる。

「レチィィ……!」
「八女!」

親が悲鳴のした方向へ駆けていくが、その先は川の中だった。
周囲をしばらく探すと川の中で何かが動いていた……よく見るとザリガニが八女を喰らっている。
恐怖に歪んだ顔で絶命していた八女は、ザリガニにほじくられて無惨な姿になっていた……。

  *  *  *  *  *

一方その頃、六女も八女を探して親とは別方向に向かっていた。

「イモチャはワタチが探すレチ!」

意気込む六女だったが、そもそも探す方向が違っていたので見つかるはずもなく。
気づくと六女は親から離れ一匹だけで川原を歩いていた。
そこへ大きなカエルが現れる。

「大きなケロケロさんレチ……ケロケロさん、イモチャ知らないレチ?」
『……』

蛙は黙って口を開けると、六女をぱくりと飲み込んだ。

「レッ……!」

六女はパンコンしながらイゴイゴしていたが、すぐに丸呑みにされた。

  *  *  *  *  *

さて、親実装はと言うと。
八女は喪ったがワタシにはまだ六女がいると、自分を慰めながら引き返していた。
六女を頑張って育てよう、ワタシの知ってることを全て教えよう!
そう気を取り直していたが、元の場所に戻っても誰もいない。

「……六女、六女どこデス!?」

しばし川原を探し回ったが、六女は見つかるはずもなかった。
その頃、六女はカエルに呑まれていたのだから当たり前である。

「オロロ~ン! みんないなくなったデスゥ!」

その場に座り込んでパンコンし、色付きの涙を流して泣く親。
公園の近くの川にたどり着くだけで仔をすべて喪ってしまったのだから無理もない。
そして、残った親実装とて無事でいられるとは限らず……。

「オロロ~ン、オロロ~ン!」

泣きじゃくる親実装のその上空に、黒い翼の鳥が飛来する。
川原に降り立ったそれは、未だに泣き続ける親実装に近づき、その耳を引っ張った。

「デェッ……? デデッ、カラスさんデスゥ! あっち行くデス、シッシッ!」
『カァ!』

親実装の威嚇など気にも留めず、カラスはクチバシの鋭い一撃で相手の目をえぐり取った。

「デギャアアア! やめるデス、あっち行けデス! 痛いデス、突っつくなデス!」

その場にうずくまるような姿勢で身を守ろうとする親実装。
しかしカラスは容赦なくクチバシで突いてきて、身体を穴だらけにされてしまう。

「デギッ、ギャッ、デギャッ、デギィ……ギギッ……デッ……」

カラスはパンコンしている下半身を避け、上半身や頭部に狙いを定めていた。

「デグッ……ギッ……ッッ……ッ………………」

やがて脳をほじくられてビクンビクンと痙攣する親実装の体内から、パキン、と儚い音が響いた。
親実装が動かなくなると、カラスはその死骸をついばみ始めた。

  *  *  *  *  *

こうして一家の渡りは、到達距離数十mで失敗した。
足手まといを連れていたことも失敗の理由の一つとして挙げられるが、
そもそも成功率数%とも言われる渡りを実行した時点で死は決まっていただろう。
いやいや、何より野良実装という時点でロクな一生を送れるはずはなかったとも言える。

やはり、よくある話でしかないのだった。



終わり

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1 Re: Name:匿名石 2024/06/30-15:47:24 No:00009208[申告]
ほんの数十mの移動を描いた小さな世界の物語の中に観察要素や被虐要素に加えて、ただ密かに生きていたかっただけの実装石親仔の健気さ哀しさ無力さ儚さも感じられるのがすごく好みで良かった
ラストの突き放すような無常感もまさに実装石スク!
2 Re: Name:匿名石 2024/06/30-20:25:27 No:00009209[申告]
渡りの成功者の多くは色々切り捨てたり割り切れた連中なのだろうね
生命線であるはずの水を汲んだペットボトルすら所持出来ておらず場当たりで行動して速攻壊滅とかある意味負け確エリート感ある
3 Re: Name:匿名石 2024/07/01-09:23:42 No:00009212[申告]
殆どの渡りがこんな感じで下準備も無しに場当たり的に実行して全滅するんだろうなってなる良スク
4 Re: Name:匿名石 2024/07/07-16:58:55 No:00009228[申告]
糞蟲ではなかったけどただ優柔不断で運が無かっただけ
だからこ無常で良いスクであった
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