実翠石との生活Ⅱ 番外編 糞蟲 --------------------------------------------------- ※倫理的に問題のある性的描写があるため、苦手な方はスルーしていただけますと幸いです。 「パパぁ・・・ぁんっ・・・パパぁっ!」 その少女は、最愛の人を呼びながら、その腕の中で抱かれ、その一物を下の口で咥え込み、腰を振っていた。 パパと口にしてはいるが、少女は娘ではなかった。 それどころか、愛らしい美少女然としているにもかかわらず、人間ですらなかった。 少女の正体は実翠石だった。名は裏葉と主人に名付けられた。 裏葉の主人である男、秋人は、切なげな表情で自身を見上げる裏葉の唇に、自身のそれをいささか乱暴に押し付ける。 「んっ、んっ、ぅあっ、んぅぅぅぅぅっ!」 互いに舌を絡め合いながら腰を打ち付け合っている内に、裏葉は絶頂に達したらしい。 射精を促すかのように一物を締め上げる感触を受けて、秋人は遠慮なく裏葉の腟内に己の滾りをぶち撒けた。 「ぁっ、あっ、んぅっ・・・」 腟内で震える一物と更にその奥にまで広がろうとする感触に、裏葉は腰を震わせる。 処女を捧げて貰ってから幾度となく身体を重ねる内に、中出しされると半ば条件反射的に絶頂するようになった裏葉が、 秋人にはたまらなく愛おしく思えた。 「・・・パパぁ、大好き、です・・・」 「ああ、俺も好きだよ、愛してる」 互いに絶頂の余韻を味わいながら抱きしめ合い、愛を囁き合う一方で、秋人の脳の片隅を、射精後に訪れるどこか醒めた思考が占めていた。 自分のしている行為は他人にはどう映るだろうか? 獣姦、小児性愛、父娘相姦。 性的な禁忌を幾つも飛び越えている異常者という評価が似合いの変態。 だが、例えそのように世間から後ろ指を指されたとしても、秋人は裏葉を手放すつもりはなかった。 それほどまでに、そして裏葉も、互いのことを愛し過ぎていた。 秋人と裏葉の出逢いは一年半ほど前に遡る。 秋人の父が病死してからというもの、明るくおおらかだった母はだんだんと塞ぎ込むようになっていた。 一人息子である秋人は当然心配していたものの、仕事の都合もありそうそう頻繁に顔を出すことも出来なかった。 そんな時に知ったのが実翠石の存在だった。 愛らしく、知能が高く、性格は穏やかで、何より人語を介してコミュニケーションが出来る。 一人暮らしの母親の寂しさを埋めるのにこれほど好都合な存在はなかった。 裏葉と秋人に名付けられた実翠石は、飼いになれたと喜んだのもつかの間、 いきなり飼い主と離れてその母親と共に暮らすという状況に戸惑いを覚えた。 しかし、飼い主が自身を信頼して大事な母親の元に送り込んだと教えられると、主人の期待に応えようと秋人の母親に尽くした。 そんな裏葉の態度は秋人の母親の好感を勝ち取り、裏葉と秋人の母親は本当の孫と祖母のように仲良く暮らしていた。 秋人も二週間に一度は裏葉達の元を訪れ、穏やかな時間を共に過ごした。 だが、そんな幸せな時間はいつまでも続きはしなかった。 秋人が職場の知人の紹介で結婚する運びとなった。 それ自体は喜ぶべきことだったが、時を置かずして秋人の母親が急な病で亡くなってしまったのだ。 元々妻側の要望で結婚式等はやる予定が無かったものの、葬式やら何やらで秋人は悲しむ暇もなかった。 こうした時にこそ支えて欲しかった妻の敏代は、体調不良を理由に自宅に引きこもってばかりだった。 このような敏代の態度に、秋人は失望感を募らせていた。 思い返せば結婚して以来、そうした事ばかりだった。 秋人に相談もなく仕事を辞めて専業主婦になると言い、その割には体調不良を理由にろくに家事をしなかった。 家計を任せて欲しいというのでやらせてみたら、生活費の大半をスマホゲームのガチャに注ぎ込んでいた。 夜の生活も体調不良を理由にことごとく断られた。 そして体調が悪いと言う割には通院している様子もない。 敏代が独身時代から飼っている仔実装も気に入らなかった。 秋人自身は実装石についてこれまで特段思うところは無かったが、一緒に生活するとなると話は別だった。 事あるごとに糞を漏らし、その臭いもキツい。流石に漏らした糞は敏代が片付けたが、片付け方が適当だったため染みや臭いが残ることが多かった。(染み抜きや消臭は秋人がやらざるを得なかった。) 一度仔実装が秋人の部屋の前で糞を漏らした時には流石に激怒し、仔実装を自身の糞の中に蹴り転がして、 敏代に二度とこいつを部屋から出すなと怒鳴りつけた。 それ以来、仔実装は敏代の部屋の自室に置かれた水槽内で飼われており、秋人の視界に直接入る事はなかったが、 それは必ずしも状況の改善を意味しなかった。 「ほら、今日からここが裏葉の家だよ。さあ、遠慮なく上がって」 「は、はいです・・・」 裏葉を伴い自宅へ帰ると、半ば予想通り敏代は目を丸くしていた。 「え、何、その娘・・・?」 「きちんと説明しただろう?母さんが亡くなったから、これから一緒に暮らすことになるって。 君も分かったって言っていただろう?」 敏代がこれ以上つべこべ言わぬよう、秋人は少し強めの口調で告げる。 秋人は裏葉を引き取る旨を敏代に説明した時の事を思い出した。 やはりスマホゲームに夢中で大して聞いていなかったか。 「あ、えっと、そうだったわね・・・」 分が悪いと感じたのか、口の中でもごもごと何かを呟く敏代に、裏葉が笑顔で挨拶する。 「これからよろしくお願いしますです、奥様」 「裏葉は家事が得意だからね。きっと君の助けにもなってくれるよ」 「そ、そう・・・」 それだけ言って、敏代は部屋に引っ込んでしまった。 「ごめんな。彼女、体調が悪いせいかあまり機嫌が良くないみたいだ。 気を悪くしないで貰えるとありがたい」 苦々しげに詫びる秋人に、大丈夫です、と裏葉は微笑んだ。 「お家のお仕事を一生懸命やって、奥様に認めて貰えるよう頑張りますです」 前向きな姿勢を見せる裏葉だが、必ずしもそれが報われるとは限らない事を、すぐに思い知ることになる。 その日の夜のこと。 裏葉が入浴のために外していると、敏代が珍しく秋人に声をかけてきた。 「ねえ、あの実翠石、本当にうちで飼うの?」 今更蒸し返してくるのかと思いつつも、顔には出さずに秋人は応えた。 「そうだよ。料理も上手だし、掃除も洗濯も出来る。 君のことも奥様って言って敬ってくれるし、良いことずくめじゃないか」 敏代に不満があってもそれを先んじて制するように、秋人は裏葉と共に暮らすメリットを並べ立てた。 「でも、どこで寝起きさせるのよ?実翠石用の部屋なんて無いわよ? リビングにずっと居られると邪魔なんだけど?」 「最初から俺の部屋で寝起きさせるつもりだったからね。邪魔になんてならないし、そんな風に思って欲しくないな」 「実装石と実翠石って相性が悪いのよ?私のテチヨに何かあったら・・・」 「君の仔実装を今まで通り部屋から出さなければ済む話だろう。それに、何かしでかしそうなのは君の仔実装のほうだろう?」 「でも、あなたと同じ部屋なんて・・・。いっそベランダにダンボールでも置いてそこで飼えば・・・」 「大事な家族にそんなこと出来るわけないだろう、一体何を言っているんだ君は?」 さすがに呆れと怒りを覚えて声を上げる秋人に、なおも不満げな表情を浮かべながらも、敏代は自室へと戻って行った。 正直なところ、秋人は敏代との結婚を後悔し始めていた。 体調の悪さ故と思って、今まで何かと引っ掛かる敏代の言動を大目に見てきたが、さすがに裏葉をベランダでダンボールに住まわせろなどという発言は看過出来なかった。 ため息を吐くと、風呂上がりの裏葉が顔を覗かせ、そのまま秋人に抱きついてきた。 「ご主人様・・・」 シャンプーの香りが秋人の鼻孔をくすぐった。先ほどの敏代との話を聞いていたのだろう。 「ごめんな、裏葉。敏代には改めてきつく言っておくから」 秋人の言葉に、裏葉は大丈夫ですと首を横に振った。 「私の事を大事な家族って言ってくれて、すごく嬉しかったです」 そう言って微笑む裏葉を秋人は愛おしく思ったが、敏代もそう思ってくれればいいのに、と思うのは少々都合が良すぎた。 一方その頃、敏代は自室で仔実装のテチヨにリンガル越しに話しかけていた。 水槽から出してやり、抱きかかえて頭を撫でてやると、嬉しそうにテチュテチュと鳴き声を上げる。 「ねえ、テチヨは実翠石って知ってる?」 『知ってるテチ!デキソコナイのヒトモドキテチ!ニンゲンさんに媚びる糞蟲テチ!』 デキソコナイのヒトモドキ。ニンゲンに媚びる糞蟲。 うん、たしかにテチヨの言う通りだと敏代は頷いた。 見た目が如何に美少女然としていても、決して人間ではない。 私の旦那に甘えて媚びるなど以ての外だ。 「あのね、これからその実翠石と一緒に暮らさないといけないの」 『そんなのイヤテチ!あんなデキソコナイ、ワタチがウンチ塗って追い出してやるテチ!』 「そうしたいんだけどね。その実翠石は私の旦那が連れて来ちゃったのよね」 『テェェェ、ワタチ、あのニンゲンさん恐いテチ。前にすごく怒られたテチ・・・』 敏代がテチヨを飼い始めてから、もう二年近くになる。 独身時代、寂しさを紛らわせるためにペットショップで購入した躾済みの個体。 通常の実装石は栄養状態にもよるが一年もあれば成体に成長する。 それが二年近くも仔実装の姿を保っているのは、成長抑制剤入の餌のおかげだった。 テチヨはテチヨで、暇があれば撫でたり風呂に入れたりコンペイトウをくれる敏代をママと呼びよく懐いていた。 甘えたがりなテチヨとスマホゲームだけが、今の敏代の人生の楽しみの過半を占めていた。 敏代は物心がついて以来、ずっと生き辛さを感じてきた。 両親は早くに離婚し、敏代を引き取った母は敏代を自分の意のままに育てようとした。 母は自身の期待に沿えないことがあれば怒鳴りつけ、手を上げるのは日常茶飯事だった。 大学を出た後は逃げるように実家を出て就職し、それ以来実家には帰っていない。 だが、何とか就職出来た会社も(本人は決して認めないが敏代を原因とする)人間関係の悪化のため一年足らずで辞めてしまい、それ以降は派遣で食いつないでいた。 金が足りなくなったらパパ活にも手を染めた。(容姿もトーク力も大した事がなかったためあまり稼げなかったが。) そんな生活を続けている内に卵巣がんを患っていることが発覚し、子宮や卵巣を全摘出せざるを得ない状態となった。 子を産むことが出来なくなった上、治療のために貯金の大半を費やす羽目になった。 そんな人生に絶望しかけていた時に、敏代はテチヨと出会った。 何とはなしに入ったペットショップ。その片隅で安値で売られていた仔実装。 気弱な性格のせいか泣いてばかりで協調性の無い個体と看做され安売りされていた様を、敏代は自身と重ね合わせていた。 テチヨと出会ってから、自身の人生が上向いて行くのを敏代は感じた。 比較的収入の良い派遣先を紹介され、そこで職場の人間の紹介で秋人と知り合い、めでたく結婚することが出来た。 これで生き辛い社会から逃げ出せる。ようやく自分も幸せになれる。そう思っていた。 秋人が実翠石を連れて来るまでは。 翌日の朝。 裏葉が来てくれて本当に良かった。 裏葉と共に用意した朝食を一緒に食べながら、秋人はしみじみと思った。 懐かしい味の味噌汁、焼き魚、卵焼き、おひたし、そしてご飯。 オーソドックスな和朝食だが、だからこそ秋人は喜んだ。 一人暮らしの時には朝食など作らなかったし、結婚してもそれは変わらなかった。 敏代は専業主婦のはずだが、朝食を作ってくれたことなど一度も無かった。 何より、もう二度と味わえないと思っていた母の料理の味を、裏葉が受け継いでいてくれたことがたまらなく嬉しかった。 上機嫌に朝食を摂る秋人の様子を、裏葉は笑顔で見つめていた。 そんな二人の様子を、敏代は扉の隙間から覗き見ていた。 秋人と実翠石が笑顔で囲む食卓に、敏代は酷い疎外感を覚えていた。 何故食事を作ったのに自分には声を掛けてくれないのか。 何故自分の分の食事が用意されていないのか。 何故旦那は私といる時よりも笑顔なのか。 全ては理由があってのことだった。 秋人が敏代に声をかけなかったのは、普段の敏代が体調不良を理由に昼近くまで寝ているからだった。 敏代の分の食事も用意されていたが、敏代が起きてこないため食卓に並べていないだけだった。 秋人が敏代といる時よりも笑顔なのは、普段敏代に話しかけてもスマホを観て生返事しか返さない敏代に原因があった。 だが、敏代はそうした理由に気付けなかった。 これまでの人生で培われた他責的な思考では気付くことが出来なかった。 そして、敏代の他責思考は敵意へと変換され、裏葉へと向けられることとなる。 「じゃあ、行ってきます」 「行ってらっしゃいませです、ご主人様」 出勤する秋人を見送ると、入れ替わるように敏代が姿を見せた。 「おはようございますです、奥様」 裏葉が挨拶するが、敏代はそれを無視して既に片付けが済んだ食卓を一瞥した。 「私の分の食事は無いの?」 「す、すぐにご用意しますです」 裏葉は食事を温め直して敏代の前に並べるが、敏代は手を付けようとしなかった。 「和食なの?パンが食べたい気分なんだけど?」 「・・・ごめんなさいです。パンは買い置きがないです・・・」 「使えないわね」 吐き捨てるように告げて、敏代は自室へと戻って行った。 敏代は秋人の目が届かない日中を見計らい、ことあるごとに裏葉に言い掛かりをつけた。 掃除機を掛けている際には体調が悪くて寝ているのにうるさくするなと怒鳴りつけた。 目障りだから部屋から出てくるなと言いつけたかと思えば、数時間後にはろくに仕事をしない穀潰しと罵倒した。 秋人に褒められて笑顔を見せたその翌日には、媚びる糞蟲への説教と称して数時間に渡って正座させ罵声を浴びせ続けた。 嫌がらせにはテチヨも加わるようになった。 敏代がその日に裏葉にした仕打ちをテチヨに楽しげに語る内に、テチヨも、 『ワタチもヒトモドキをやっつけてやるテチ!』 と言い始めたからだ。 ある時、腹が空いたから何か作れと裏葉に命じた敏代は、出された料理を一瞥するなり、 「何これ。こんな不味そうな物しか作れないの?」 と吐き捨てるように言った。 敏代が部屋から連れてきたテチヨは、 『こんなのこうしてやるテチ!』 と言って料理の上に大量の糞をひり出した。 唖然とした表情を浮かべる裏葉に、こんな生ゴミは捨てておけと言い捨てて、敏代はテチヨを抱き上げて自室へと戻って行った。 テチヨは敏代の腕の中で、 『チププ、いい気味テチ!ざまあみろテチ!』 と嘲笑した。 またある時は、敏代はテチヨに床の至る所で糞をさせ、それを裏葉に掃除させた。 暗い表情をしつつも文句を言わずに掃除する裏葉を見下しながら、 「糞蟲にはお似合いね」 と嘲笑った。 テチヨも、 『デキソコナイにはお似合いテチ!』 と主人に倣った。 俯き肩を震わせる裏葉の惨めな姿は、敏代とテチヨを大いに楽しませた。 だが、そんな楽しい時間が長く続く事は無かった。 ある日の夜、敏代は秋人に腕を掴まれ半ば引きずられるようにリビングへと連れて来られた。 ソファでは、裏葉が俯き気味にちょこんと腰掛けている。 秋人は敏代に座るように言い付けると、自身は裏葉の横に腰掛けた。 秋人はスマホを取り出すと、音声ファイルを再生し始めた。 「こんな不味そうな物しか作れないの?食材の無駄じゃない」 「ヒトモドキのくせに気持ち悪いのよ!」 「あんたみたいな糞蟲はそうしているのがお似合いよね」 スマホのスピーカーから流れてくる自身の罵声に、敏代は顔を青くした。無論反省からではない。 対する秋人は視線で射殺さんばかりに敏代を睨み付けている。 実のところ、秋人はかなり早い段階で裏葉の異変に気付いていた。 敏代が一緒に居る時は妙に表情が硬かったし、就寝前に部屋で二人きりになると抱きついてきたり一緒に寝たいとせがむようになった。 時たま酷く暗い表情を浮かべるところも気になっていた。 最初の内は慣れない環境に戸惑っているのか、母の死をまだ受け止めきれないでいるのかと思っていたが、 敏代が裏葉に向ける視線が殊更敵対的だったり、裏葉の存在を無視するような素振りを見せたり、 秋人が裏葉を褒める様子を苦々しげに睨み付けていたりといった様子から、裏葉の異変は敏代との不仲に原因があるのでは思い、 録音アプリを起動させた状態のスマホを裏葉に持たせていたのだ。 結果は案の定だった。 「いっそ売春でもさせようかしら。あんたみたいなヒトモドキでも、ロリコンの変態共相手なら結構稼げるんじゃない?」 聞くに堪えない敏代の発言が流れてくる音声ファイルの再生を止める。 「・・・下衆が」 秋人は吐き捨てるように言った。 敏代は言い訳も出来ず、ただ顔を青くして俯くだけだった。 「何か言い訳でもあれば聞いてやらんこともないが?」 敏代は沈黙を続けていた。意図してのものではなく、半ばパニックになって声が出せなかった。 「せめて謝罪の一言でもあればと思ったが、それすら無いのか・・・」 沈黙を続ける敏代に、秋人は失望を滲ませながら告げた。 「ちょうど会社から転勤の調整が来ている。いい機会だから、距離と時間を置いてお互いのことを考え直そう」 それだけ告げて、秋人は裏葉を伴って自室へと戻って行った。 離婚の二文字が頭を過ぎり、敏代は頭を抱えた。 今の暮らしが失われる。そうなったらこの生き辛い世界でまた働かねばならない。 そんな恐怖に敏代は囚われていた。 自室に戻ると、秋人は裏葉に頭を下げた。 「今まで辛い思いをさせて済まない。これからはもう大丈夫だから。新しい場所で、二人で暮らそう」 「ご主人様と二人きり、です?あの、奥様は・・・?」 「もちろん一緒じゃない。俺と裏葉の二人きりだ。それに、あんな奴はもう奥様なんて呼ばなくていい」 秋人の中では、敏代との離婚は既定路線だった。 前々から視野に入っていたが、今回の件でそれは決定的なものとなった。 後はどうやって被害を最小限に抑えて離婚するか、それだけが問題だった。 「・・・うれしいです、ご主人様」 目に涙を浮かべて微笑する裏葉が秋人の胸の中に飛び込んでくる。 秋人は労るように優しく抱き締めた。 ふらふらと自室に戻った敏代に、テチヨは声をかけた。 『ママ、どうしたんテチ?すごくフラフラしてるテチ』 敏代はテチヨを抱き上げながら、秋人と離婚するかもしれないこと、そうなったらこれからどうやって生活してゆけばいいか分からないこと、 離婚しそうな原因は裏葉が秋人に告げ口したからだということを、延々と愚痴り続けた。 裏葉が告げ口した云々は完全に敏代の思い込みだったし、敏代はあたかも自分が被害者であるかのようにテチヨに語っていた。 テチヨの知能では敏代の言っていることは半分も分からなかったが、とりあえずは実翠石のせいでママが悲しい思いをしていると理解した。 『だいじょうぶテチ!ママにはワタチがついてるテチ!ワタチがデキソコナイのヒトモドキをやっつけてやるテチ!』 そう言ってテチヨは敏代に頬ずりした。 敏代には、もうテチヨしか味方が居なかった。 それからはあっという間だった。 秋人と裏葉は荷物をまとめて転勤先へと行ってしまった。 敏代は何度も秋人に考え直して欲しいと迫ったが、取り付く島もなかった。 秋人を夜の生活に誘ってもみたが、何を今更と鼻先で笑われただけだった。 せめて謝罪の一言でもあれば秋人も聞く耳を持っただろうが、敏代の口からは終ぞそうした言葉は出て来なかった。 転勤先で、秋人は裏葉との新たな生活をスタートさせていた。 急な環境の変化が裏葉に余計なストレスを与えないかと心配だったが、どうやら杞憂だったようで、 裏葉は以前の明るさを取り戻しつつあった。 二人で食事を作り、食卓を囲み、日常のちょっとした話題を語らい、休日には何処かへ二人で出掛けて共に時間を過ごす。 敏代相手には叶わなかった新婚生活とはこういうものだったのだろうかと、秋人は思わずにはいられなかった。 ふとそんな事を裏葉に話すと、彼女は何故か顔を赤らめて言った。 「それなら、新婚さんらしく、指輪を薬指に付けてほしい、です・・・」 そんな裏葉の可愛らしいお願いを、秋人は快諾した。 そっと裏葉の左手を取り、お迎えした際に左手中指に嵌めた指輪を、左手薬指へと嵌め直す。 裏葉は感極まったのか、目に涙を浮かべて抱きついた。 「・・・大好きです、ご主人様」 その日を境に、裏葉は秋人との距離感を少しずつ縮め始めた。 秋人の出勤時には頬にキスをして見送り、外出する際には恋人同士がするように指を絡めて手を繋いだ。 恋に焦がれるかのような裏葉の振る舞いを、秋人は微笑ましく思っていた。 敏代は焦っていた。 このまま離婚となるのはどうしても避けたかった。 秋人には何度も通話アプリでやり直そう、考え直してとメッセージを送ったが、既読スルーされるだけだった。 テチヨにそのことを愚痴ると、テチヨは大した事は分からないながらも、 『全部あの糞蟲のせいテチ!あのデキソコナイのヒトモドキが来てからおかしくなったテチ!』 と忌み嫌う実翠石のせいだと詰った。 テチヨの言う通りだと感じた敏代は、全ては実翠石が悪い、あんな気持ちの悪い肉人形なんて保健所で殺処分してもらって二人でやり直そう、 とメッセージを送ったが、それ以降はとうとう既読すら付かなくなった。 今なお最低限の生活費は振り込まれているが、それとていつまで続くか知れたものではない。 そんな焦りと不安に苛まれる日々を送っていたところに、来客があった。 秋人が雇った弁護士だった。 秋人と裏葉が出て行って以来、荒れ放題となっていた室内の惨状に眉をひそめつつ、弁護士は自身の仕事を進めた。 弁護士が敏代に提示した離婚事由と要求事項は以下の通りだった。 ①家事の放棄 ②ペットに対する虐待行為 ③共有財産の浪費 ④夜の生活の度重なる拒否 ⑤不妊にもかかわらずそれを隠して結婚した詐欺的行為 以上を理由に離婚と慰謝料を要求する。 また、⑤を理由に刑事告訴を行う用意がある。 ただし速やかに離婚に応じるならば、慰謝料の減額と刑事告訴の取り止めについては応じる用意がある。 離婚自体を呑めない敏代にとって、提示された条件自体が論外だった。 こんなのひどい、離婚だなんてあんまりだ、全てあの気色の悪いヒトモドキのせいだ、夫婦の問題に他人がしゃしゃり出てくるな。 感情的になって叫び散らかす敏代を、弁護士は冷ややかに見つめるだけだった。 敏代の喚き声を聞きつけて、テチヨが部屋から出てきて弁護士の足元へと駆け寄ってきた。 『ママをいじめるなテチィ!』 テチテチと鳴きながら足をポフポフと叩くテチヨを、弁護士は加減しつつ蹴り飛ばした。 わずかに宙を舞い、床に叩き付けられたテチヨは、右腕と右足があらぬ方向に折れ曲がっていた。 『テヂャァァァッ!!』 痛みに泣き叫びブリブリと脱糞するテチヨに、弁護士は嫌悪感も露わに舌打ちした。 「何てことするの!?」 「正当防衛ですよ。糞を塗りたくられてはかないませんのでね。 他人に文句をつける前に、ご自身の躾の不備を省みていただきたいものですな」 冷笑を浮かべながら言う弁護士を、敏代は睨み返すことしか出来なかった。 弁護士は敏代の元を辞すると、依頼主に結果を報告するために電話を掛けた。 「長引きそうだぜ、こいつは」 依頼主に対する話し方にしては親しげだったが、それもそのはず、この弁護士は秋人と旧知の仲だった。 「そうか。まあ、仕方ないな・・・」 「場合によっては何度か直接顔合わせしなきゃならんと思う。覚悟しといてくれ」 「分かった。済まんが引き続きよろしく頼む」 「良いってことよ。俺にとっちゃあ、借りを返すいい機会だからな」 通話が終わると、秋人はソファに身を沈め、深いため息を吐いた。 心配そうに秋人を見る裏葉の頭を撫でながら、秋人は半ば呟くように言った。 「結婚したらさ。子供が欲しかったんだ・・・」 結婚前から敏代にはそう話していたし、敏代も同意してくれていた。 子供が生まれれば敏代の怠惰な生活態度も改善されるかもしれない、そんな淡い期待もあった。 だが、実際のところは敏代は秋人を騙していた。 離婚に有利になる材料はないかと弁護士の知人が探り当てた事実に、秋人は失望を禁じ得なかった。 せめて正直に打ち明けてくれていれば。 言いにくいことだとは秋人も理解していたが、結果として敏代は秋人を騙し続ける事を選んだ。 それがたまらなく悲しかった。 裏葉はそんな秋人の頭を抱き寄せて、耳元で囁いた。 「それなら、私がご主人様の子供になりますです。ご主人様のこと、パパって呼びたいです」 諦めかけていたものが、裏葉によって満たされていく。そんな錯覚を秋人は感じた。 嬉しさのあまり、裏葉を抱きしめ返す。 「・・・パパ、大好き、です」 耳元で囁かれる言葉は、どこまでも甘く響いた。 弁護士が間に入るということは、少なくとも一方が当事者間での対話では問題解決が困難だと判断した、ということである。 だが、離婚の危機という現実に視野狭窄に陥っていた敏代には、そんなことなどお構いなしだった。 とにかく直接会って話をしなければという思いに駆られて、敏代は秋人達の転勤先の住まいに押し掛けていた。 手持ちのバックには包丁が入れてあった。 いざというときはあの気持ちの悪い肉人形を殺してやるつもりだった。 『全部あのデキソコナイのせいテチ!あいつが死ねばワタチもママもシアワセになれるテチ!』 そんなテチヨの言葉に後押しされた敏代は、なけなしの生活費から旅費を捻出し、秋人達のアパートへとやって来た。 時刻はまだ日中。一般的な勤め人ならば職場へと赴いているはずだが、そんなことすら敏代は思い至らなかった。 玄関の呼び鈴を押すと、中から、はーいです、というヒトモドキの声が聞こえ、玄関の扉が開かれた。 ただし、チェーンが掛けられていたため、開いたのはほんのわずかな隙間だけだったが。 敏代の顔を見るなり裏葉は怯えた表情を見せたが、それも一時のこと、気丈にも敏代を睨み付けて相対した。 「何の御用です?」 生意気な肉人形の態度に苛つき、敏代はヒステリックな声を上げた。 「旦那と話をしに来たわ!居るんでしょう!?出しなさいよ!」 「ご主人様はご不在です。お帰り下さいです」 「ムカつくわね!いいから開けなさいよ!」 右手でバックの中の包丁を握りしめながら、左手でチェーンを掴み、扉を揺らす。 そんな敏代を見て、何故か裏葉は笑みを浮かべた。 女としての勝ちを確信した、敏代を嘲るような笑み。 「どうして指輪を付けてないんです?」 一度、秋人から結婚指輪をどうするか聞かれたとき、敏代は指輪に金を使うくらいならガチャを回したい、と半ば冗談で応えた。 それ以来、秋人は指輪について言及することはなかった。 裏葉は敏代に見せつけるように左手を突き出した。 「私はつけてるです。パパからいただいた、大切な指輪」 裏葉は一際笑みを大きくすると、わざとらしいほどうっとりとした口調で告げた。 「愛されてる、証拠です」 パパという呼び方が気に入らなかった。まるで子を産めない自分への当てつけのように思えた。 左手薬指の指輪も気に入らなかった。まるで付けていない自分が誰からも愛されていないように思えた。 何より裏葉の存在そのものが気に入らなかった。まるで自分の物を何もかも奪い去ってゆく悪魔のように思えた。 「あああああああっ!!殺してやるぅぅぅっっっ!!」 自身でも気付かない内に敏代は叫び声を上げて、包丁を玄関のドアに何度も叩き付けた。 数分後、敏代は近隣住民からの通報により駆けつけた警察官により現行犯逮捕された。 数週間後。 「そうか、ありがとう。お疲れ様」 礼を言って、秋人は通話を切った。 元妻に関する問題が何とか片付きそうな目処が立ったという知人の弁護士からの電話だった。 思わず安堵の息を吐くと、裏葉が顔を覗き込んできた。 「何とかいい方向に解決しそうだよ」 笑みを浮かべて頭を撫でてやると、裏葉は目を細め、秋人の頭に手を回し、その唇に自分のそれを押し付けた。 「んっ、ちゅっ・・・んちゅっ・・・」 二度、三度と唇を重ね、裏葉は恥ずかしげに微笑む。 「お祝いのキス、です」 唇同士でキスするのはこれが始めてだったかな? そう思った途端、愚息が鎌首をもたげ始めた。 裏葉にも気付かれたらしい。 「パ、パパ・・・?」 軽蔑されるかな、と秋人は思ったが、裏葉は顔を真っ赤にしながらも愚息へと手を伸ばした。 ズボン越しに拙いながらも撫で擦られて、愚息は硬さを増してゆく。 思い返せば、敏代と暮らし始めて以来、そうした行為はご無沙汰だった。 再び裏葉が顔を寄せ、秋人の唇を塞ぐ。 「んっ・・・」 秋人の唇の隙間に、裏葉は自身の舌をたどたどしく割り入れた。 秋人の頭がカッと熱くなる。これ以上は理性が保てなくなる。 そんな危惧は、全くの無意味だった。 「パパ・・・愛して、下さい、です・・・」 切なげに求める裏葉の声と表情に、秋人の理性はとうとう陥落した。 敏代はようやく警察から解放され、自宅へと帰り着いた。 もう何もかも取り返しがつかなくなってしまった。 自宅としているアパートも、近日中に引き払わねばならない。 だが、敏代には、もう何かをするだけの気力が残っていなかった。 とにかく自宅のベッドで休みたい。それしか頭になかった。 自室に入ると、テチヨ用の水槽が目に入った。 その中には、ガリガリに痩せこけたテチヨの死体が転がっていた。 餌皿も水皿も空だった。 敏代が帰らぬ間、凄まじい飢餓と渇きに襲われたのだろう。 最期のほうはトイレに行く体力すら残って無かったのだろう。その死体は漏らした糞にまみれていた。 かろうじてバッテリーが残っていたリンガルのログを遡る。 『さみしいテチ。ママ、早く帰ってきてほしいテチ』 『もうご飯ないテチ。お腹空いたテチ』 『お水もないテチ。喉かわいたテチ』 『苦しいテチ・・・。お水ほしいテチ・・・』 『ママ、会いたいテチ・・・、助けテチ・・・』 『全部あのデキソコナイのヒトモドキのせいテチ・・・』 最期に遺された言葉は、 『ママ・・・』 の一言だけだった。 「ごめんね・・・、テチヨ、ごめんね・・・」 敏代は泣き崩れ、何度も何度もテチヨに謝った。 その謝罪に耳を傾ける者など、もう誰もいなかったが。 敏代と縁を切って以来、秋人の人生は満ち足りたものとなっていた。 仕事も順調で、近々昇進と昇給する旨内示が出ていた。 私生活でも、裏葉との仲は変わらず睦まじいものだった。 こんな幸せがいつまでも続くといいな、とソファに身を沈めながら思っていると、裏葉が嬉しさ半分恥ずかしさ半分といった様子で姿を見せた。 是非とも見て貰いたいものがあるという。 何だろうと思っていると、裏葉は自身のスカートをゆっくりとたくし上げた。 驚く秋人の視界に、裏葉の下着が映り込む。 裏葉の下半身を包む下着は、ぐっしょりと重く、そして赤く濡れていた。 愛らしい顔に妖艶な笑みを浮かべて、裏葉は嬉しそうにうっとりと告げる。 「・・・私、パパの赤ちゃん、産めるようになりました、です・・・」 -- 高速メモ帳から送信
1 Re: Name:匿名石 2024/06/16-01:16:25 No:00009178[申告] |
相変わらず面白いな安心できる勧善懲悪感がある
独身男性はもう実翠居りゃいいんじゃねえかあ? …でも産めるの?何が産まれるの? |
2 Re: Name:匿名石 2024/06/16-07:16:34 No:00009179[申告] |
敏代がどうしようもないのは置いといても裏葉は裏葉でちょっと怖いな
確かに何が産まれるか気になってしまうし子供が不幸になりそう |
3 Re: Name:匿名石 2024/06/16-12:39:28 No:00009180[申告] |
より人に近い人型のなにかとか実装石よりも恐ろしい |
4 Re: Name:匿名石 2024/06/16-14:25:09 No:00009181[申告] |
実翠石がヒトモドキでそれに入れ込む人間が気色悪いのはわかるが実装石もヒトモドキ以下の糞袋だぞテチヨ |
5 Re: Name:匿名石 2024/06/16-16:41:10 No:00009182[申告] |
個体各々らの意識にないだけで実翠石という種は人間に擬態するという形で生存戦略を洗練させているのかもしれないとふと思った |
6 Re: Name:匿名石 2024/06/16-19:26:24 No:00009183[申告] |
この作品世界で実翠飼育してる独居男性ってチー牛的ニュアンスからSNSで「マラ実翠」とか「実翠のオス」とかあだ名付けられて一部の層から石投げられてそう |
7 Re: Name:匿名石 2024/06/17-01:28:01 No:00009184[申告] |
やっぱ見た目は◯星石なんだろうか
俺も欲しい |
8 Re: Name:匿名石 2024/06/17-09:07:51 No:00009185[申告] |
人間とはサイズ差もあるよな
通常は実装みたいに花粉や目の着色で生殖するのかな? |
9 Re: Name:匿名石 2024/06/18-19:14:32 No:00009188[申告] |
これもしかして黒髪実装石が生まれるんじゃ… |
10 Re: Name:匿名石 2024/06/18-20:24:22 No:00009189[申告] |
黒髪実翠じゃなくて実装…?要らない…
でも実翠産まれたら希少価値の理由つかなくなるしなぁ |
11 Re: Name:匿名石 2024/06/18-20:31:26 No:00009190[申告] |
敏代に女としてのマウントをとりに行く辺り裏葉も怖い子ですね
ドロドロの愛憎劇の裏で今回も自滅する実装石に乾杯 |
12 Re: Name:匿名石 2024/06/29-23:06:38 No:00009206[申告] |
敏代の凶行で裏葉か秋人が
不幸になるんじゃあないかと緊張して読んでたけど ここまで憂いなく終わるのもいいね それにしてもこの筆者さん人間の掘り下げがエグくて好きだわ |
13 Re: Name:匿名石 2024/06/30-03:09:10 No:00009207[申告] |
インモラルな部分が暴走した先の結末って感じの怖さがある |
14 Re: Name:匿名石 2024/08/15-03:45:45 No:00009284[申告] |
「クソママは何やってるテチ!さっさとゴハンとお水を持ってこいテチャアア!!」とか言わず最期まで敏代を信じて死んだテチヨが哀れ |