他実装の生態についてオリジナル設定があります。 【まごころ仔実装金】 ここは『双葉実装研究所』。 開発部の主任研究員である亜希子が、3年に渡る研究の末に作り出したのが、 この新種の蛆実装……その名も蛆実装金である。 通称「蛆金」と呼ばれるその種は、頭部には緑色の髪が生えて、花の様な飾りもあるが、 バネのように巻いた髪はまだ生えていない。 身体は通常の蛆実装と同じ体形で、胸から総排泄孔の辺りまでを覆う黄色の腹巻状の服を着ている。 今日は研究の成果を重役に説明する日で、普段は明るい亜希子の顔にも緊張が見て取れる。 研究室では重役数名が、亜希子の説明を偉そうな顔で聞いていた。 「……という訳で、通常ならば他実装の仔は『蛆』ではなく『仔』として産まれることがほとんどですが、 この研究ではあえて『蛆』から『繭』を経ることで、実装金特有のオプションでありながら 先天的に持たずに産まれる個体もいるバイオリンや傘を、後天的に持たせることを目的としています」 「うむ、確かにオプションが付いている個体の方が高く売れるからな」 研究の意図は重役にも伝わったようで、重役たちは興味深そうにケース内の蛆金を見下ろした。 『カヒー、カヒー』 「ほう、面白い鳴き声だね」 「実装金の『カシラ』と近い鳴き声となっています……これはエサが欲しいようですね」 腹を空かして鳴く蛆金に、亜希子が半熟の卵黄をほぐしたもの与える。 蛆金は嬉しそうにペチャペチャと舐め始めた。 『カヒー♪』 「ふぅむ、エサは卵の黄身か。贅沢だな」 「実装金は卵焼きを好みます。蛆金も好みは同様ですが、消化器が未熟なので半熟がいいようです。 もちろん蛆実装用のペースト実装フードでも飼育は可能です」 黄身を舐め終えた蛆金は、亜希子に笑顔を向けて一声鳴いた。 エサの後、再び亜希子が重役に説明をしていると、蛆金が仰向けになって鳴き始めた。 『プニヒー、プニヒー!』 それを見た重役が、亜希子に質問する。 「あれは何かね? 通常の蛆実装が腹を刺激して欲しい時の行動に似ているが」 「はい、それと同じものです。蛆実装は外部から適度な刺激を受けないと 排泄に支障があるのでこのような行動をとります」 そう言いながら亜希子は蛆金の身体を覆う腹巻を少し捲り上げて総排泄孔をあらわにさせる。 「通常の蛆実装ですと、おくるみと呼ばれる実装服が全身を包んでいますが、 蛆金はごらんの通り腹巻状ですので、捲り上げて排泄させれば服が汚れません」 説明を続けながら、亜希子は蛆金の腹部を優しくプニプニした。 『カヒッ、カヒッ♪』 蛆金が喜びの鳴き声を上げながら、ウコン色をした液状のウンコを排泄する。 それを見た重役は「ほぅ」声を上げた。 「実装石の排泄物は緑色だったが、それは黄色っぽいな。やはり実装金だからかね」 「そのようです。さて、続いて蛆実装と言えば繭ですが……」 亜希子はさらに説明を続ける。 いわく、蛆実装用のペースト実装フードで育てると繭になりにくく、 半熟の卵黄を与えて育てる方が繭になりやすいなどの結果が出ている。 また蛆実装よりは知能が高い傾向にあるので、単純な遊びだけでは満足せず繭になりにくい、など……。 * * * * * 「……こちらが蛆金の繭になります」 先程までとは別の部屋に重役たちを案内し、さらに説明を続ける亜希子。 室内の透明なケースには繭を作った実装金が大切に置かれている。 そして、室内にはバイオリンの曲が流されていた。 「この曲はどうして流しているのかね?」 「実装金の一部の個体は、バイオリンや傘を持っていることは説明したとおりですが、 なぜ個体によって持っていたりいなかったりするかは分かっていません。 また、先程ごらんになったように蛆金の時はどちらも持っていません。 現在、繭の時にバイオリンの曲を聞かせることで、羽化する際にバイオリンを持って 羽化するかどうかの実験を行っている所です」 「ほぅ、それで今までの結果は?」 「今まで曲を聞かせる実験は23回行い、うちバイオリンを持って羽化したのは9回……。 4割ではまだまだ確実とは言えませんが、曲を聞かせなかった場合の所持率は1割ほどでしたので、 何らかの影響があるのは間違いないと言えるでしょう。 音量や曲の種類などの条件を変えながら、今後もこの実験を続けます」 「うむ……」 その時、繭の状態に変化が起こったという報告が所員から告げられた。 「どうやら羽化するようです」 「おぉ、羽化の瞬間に立ち会えるとは運がいい!」 「すみません、お静かにお願いします」 ざわざわし始める重役たちを静めながら、亜希子は所員たちに指示を出す。 「俊明くん、録画はできてる? シモンくん、曲を止めて。双葉さん、エサの用意を」 そして……。 『カッチラー♪』 「……成功だわ」 繭が割れ、中からバイオリンを持った仔実装金が出てきた。 腹巻状だった服はトランクスのような形に変化し、頭部からはバネのような巻き髪が垂れている。 仔実装金は自分を見下ろしている人間に気がつくと深々と一礼し、バイオリンを弾き始める。 ~~♪ 「「「おぉ……!」」」 重役たちの感嘆の声が上がる。 それはなんと、今まで流されていた曲と同じものだった! * * * * * 演奏が終わり、仔実装金は再び一礼する。 重役たちは思わず拍手していた。 『……カ、カチラッ!?』 その音に仔実装金は少し怯えた様子だったが、害がないことに気づいたのか、 所員が卵の黄身を練ったエサを与えると拍手を気にせずに食べ始めた。 「いやあ、凄いよ君。これは売れるんじゃないかね?」 「ありがとうございます。ですが、傘を持たせて羽化させる方法が未だに分かっていません。 もし両方持たせることができれば、価値はさらに高まると思うのですが……」 「いや、バイオリンだけでも十分だよ。曲は他にも覚えさせられるんだろう?」 「はい、羽化の後で聞かせた曲でも覚えます。 それから……俊明くん、例の準備を」 亜希子の指示で、別の部屋から小さなケージが運ばれてきた。 中には仔実装が入れられている。 『テチュー!テチュー!』 腹を空かしているのか、開いた口からはよだれがだらだらと流れている。 仔実装のケージが仔実装金のケースの隣に置かれる。 やがて仔実装は仔実装金に気づいたのか、ケージの格子を掴んで鳴き始めた。 それに驚いて尻もちをつく仔実装金。 『テチャーッ!テチャーッ!』 『カチラッ!?』 「おいおい、あの仔実装は何をしてるのかね」 「あの個体には蛆金の糞を与えて育てています。ですが、その糞も2日前から与えていません。 なので、仔実装金をエサとして見ているのです」 「あの羽化した個体を食いたがっているのか……なぜこんな実験を?」 「見ていて下さればお分かりになると思います」 仔実装はさらによだれを流し、目つきをギラギラさせて格子を揺らしている。 『テヂャーー!、デヂャァァァァ!』 『カチカチカチ……』 仔実装金はしばらく座り込んで震えていたが、やがてバイオリンを手に立ち上がった。 『カチラッ!』 「おっ、立ち上がったぞ」 ~~~~~~♪ ~~~~~~~~~♪ 『テチ? ……テチャッ!? テヂュゥゥゥ……!!』 演奏が始まって少しすると、仔実装が胸を抑えて苦しみ始めた。 胸をかきむしるように手を動かしていたが、しばらくすると……。 『テヂィィィィィィィィィッ!!』 ————パキン 儚い音。 偽石が割れたのか、仔実装はその場にことりと倒れ、動かなくなった。 「おおっ!」 「このように、実装石への音波攻撃も失われていません」 「完璧じゃないか。できるだけ早く量産したまえ」 「……それには問題がありまして」 「何かね?」 亜希子は言いにくそうにしていたが、やがて口を開いた。 「蛆金の生産には、成体の実装金が必要になります。 そして、実装石と違って実装金は簡単にポンポン生まれるものでもありません。 近頃すっかり数を減らした実装金を大量に確保するのは、難しいと思われますし……」 「むむむ……」 結局、蛆金から繭を経て作り出された仔実装金は、一部の金持ち向けの高額なペットとして販売された。 『真心こめて蛆ちゃんから育てられた、まごころ仔実装金』という名で販売されたその商品は、 その高額さと希少さ、そして必ずバイオリンを持っていてたくさんの曲を覚えられるという頭の良さから、 実装金好きな金持ちの間で話題になったという。 ただ、その服装がみすぼらしいという苦情もあった為、実装金用の着せ替えドレスも生産された。 当の仔実装金からは不評なようだが、飼い主に無理やり着せられることが多かった。 * * * * * 『カシラー!』 「いいよいいよ、ドレス可愛いよカナちゃん!」 『カシラ……』 「えっ、服がイヤ? 何言ってるの、似合ってるよ! あぁ、もっと可愛い服が良かった?」 『カシラーーーーー!』 「えっ、この家に来た時に来てたパンツ? さっき捨てちゃったよ」 『カッ……カシラッ!?』 「だってダサいじゃんパンツ一丁なんて……な、何だよカナちゃん、どうしたの?」 『カーシーラァァァァッ!』 「どうして騒いでるの? 大人しくして! ……うわっ、何だ、足下に紐が……! いてっ!」 『カシラァァッ!』 「いたたっ、床に何か尖った物が!? わわっ、何か飛んできた!? 助けてくれ!」 まごころ仔実装金を買ったとある客の家にて、家の中がトラップだらけになる事故が起きる。 調査の結果、服を奪われて怒った仔実装金の仕業であることが判明。 飼い主へ害が及ぶとして、まごころ仔実装金は販売中止、自主回収となった。 終わり