タイトル:【虐他】 実翠石との生活Ⅱ 番外編 境界線
ファイル:実翠石との生活Ⅱ 番外編 境界線.txt
作者:匿名 総投稿数:非公開 総ダウンロード数:493 レス数:9
初投稿日時:2024/05/19-20:18:32修正日時:2024/05/19-21:24:51
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実翠石との生活Ⅱ 番外編 境界線
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若菜と名付けた実翠石と暮らし始めて、早くも一年近くが経とうとしていた。
妻と娘を喪った心の痛みも、若菜が寄り添ってくれたことでだいぶ癒やされた・・・と思う。
若菜もほんの少しだけ背が伸びた。彼女の成長を見届けるのが今の私の最大の楽しみだった。
そんな慎ましくも穏やかで満ち足りた生活を送っていたのだが、そのささやかな幸せを掻き乱す存在が我が家にやって来ることになる。


事の発端は会社の部下(女性)からの懇願だった。
新婚旅行に行きたいのだが、飼っている子猫をペットホテルに預けることができず困っている、
大変申し訳無いが一週間だけ預かって欲しい、とのことだった。
他の同僚や知り合いにも頼んだが、生憎ペット可の物件に住んでいる者が誰もおらず、
最後に曲がりなりにも一軒家に住んでいる私の元にお願いしに来たとのことだった。
私が通常はテレワークで自宅に居る事も勘定に入れていたのかもしれない。
普段から真面目で仕事でも成果を上げてくれており、なにより入社した当時から面倒を見てきた部下でもあったため、
子猫ならば若菜にも良い体験になるだろうと快諾した。
それが間違いだった。


月曜日。
預かる約束をした日。時間通り午前十時に我が家を訪れた部下が申し訳無さそうな顔を見せた。
原因は部下が連れてきたペットにあった。
部下が差し出してきた水槽には、仔実装が五匹入っていた。
通常の実装服ではなく、それぞれ赤青黄桃紫にフリルがついた実装服を着ていることから、飼い主の愛護ぶりが伺える。
「預かる予定だったのは子猫だったはずだが?」
不愉快さを隠し切れなかった私の言葉に、部下は顔を青くして弁明を始めた。
元々仔実装をペットホテルに預ける予定だったが、手違いで小猫を預ける形になってしまったこと。
代わりのペットホテルを探したが見つからなかったこと。
他に頼れる人間が居ないこと。
賢い仔実装なので決して迷惑はかけないなどとも言っていた。
当の仔実装共は主人の事など構わずにテチテチと五月蝿く鳴いている。
水槽に備え付けられていたリンガルには、
『おっきいお家テチ!』
『このニンゲンさん誰テチ?』
などと表示されていた。その中でも、
『ここでも幸せ見つけるテチュ〜ン』
などという妄言には、水槽を地面に叩き付けてこの糞蟲共がミンチになるまで踏み潰してやりたい衝動に駆られた。
私の幸せだった妻と娘を奪い、若菜にまでたびたび危害を加えようとしてくる糞蟲共が何をほざいているのか。
「私は実装石が嫌いなのだが」
自制が効かず吐き捨てるようになった私の口調に、部下は目に涙を浮かべながらひたすら申し訳ありませんと頭を下げ続けた。
ため息が出る。
ここで頑なに断っても碌なことにならないだろう。
「・・・やむを得んな。預かろう」
渋々ながら首を縦に振ると、部下は何度も頭を下げて礼を述べた。
仔実装共にも何度も良い子にするように、決して逆らったりしないようにと言い含める。
・・・こうして、一週間だけとはいえ、極めて不本意ながらも実装石を預かる羽目になってしまった。


部下が頭を下げて帰ってゆくと、入れ替わるように若菜が顔を覗かせた。
「あの、お父さま・・・」
影で立ち聞きしていたのだろう。残念そうな、困ったような表情を浮かべている。
「済まない、若菜」
一応、子猫ではなく仔実装を嫌々ながら預かる羽目になったこと。期間は一週間程になること。面倒は私がすることを伝える。
「お父さまのせいじゃないです。わたしも、頑張って仲良くしてお手伝いするです」
そう言ってはくれたものの、やはり若菜と仔実装共を接触させるのは躊躇われた。
若菜が顔を見せた途端、案の定仔蟲共が騒ぎ始めたからだ。
『何であんなヤツがいるテチ!?』
『ムカつくヤツがいるテチ!』
『飼いとかナマイキテチ!』
無礼討ちとして皆殺しにしたくなる台詞がリンガルに並ぶ。
威嚇したり投糞したりしない分だけマシだが、腹立たしいことに違いはない。
とはいえ、目につかない場所に置いている間に共喰いのような取り返しの付かない真似をされるのも預かった身としては困る。
とりあえず仔実装共が入った水槽は、リビングでの私の定位置、その死角になり尚且つ少し離れた場所に置くことにする。
不満があるらしくテチテチと五月蝿い。リンガルに目を落とす。
『何でこんな離れたところに置いてかれるテチ?』
『さみしいテチ!もっとニンゲンさんの近くにいたいテチ!』
仔蟲如きがふざけた事をほざくが、無視してソファに腰掛ける。
ひどく重いため息が出る。ストレスが溜まるのが実感できた。
一週間経つ前に胃に穴が開いて死ぬかもしれない。
若菜が心配そうな顔で私の顔を覗き込む。
「お父さま、大丈夫です?お顔がすごく怖いです」
「あ、ああ、済まない・・・。大丈夫、大丈夫だよ」
何とか顔の表情筋を動かそうとするが頬が引き攣ったのかあまり上手くいかない。
「あの、お父さま、失礼します、です」
すっ、と若菜が顔を寄せ、私の頬に口付けした。
「若菜・・・?」
「そんな怖い顔したら、だめ、です。お父さまには、優しい顔をしていてほしいです」
ちゅっ、ちゅっ、と頬への口付けを続ける若菜。
「だからこれは、お父さまへの、えと、元気付け、です」
ずいぶんと可愛らしい元気付けがあったものだ。
おかげですっかり毒気が抜けてしまった。
「ありがとう、もう大丈夫だよ」
抱き寄せて頭を撫でると、んっ、と若菜は小さく声を漏らした。


その光景を、仔実装達は信じられない思いで眺めていた。
『なんであんなヤツがあんなにニンゲンさんに好かれてるテチ?』
『アイツ、ニンゲンさんに媚びてるテチ!糞蟲テチ!』
『媚びる糞蟲は間引くテチ!』
『ワタチタチだってご主人サマとあんなことしたことないテチ!』
『死ねテチ!ニンゲンさんに発情する糞蟲は死ねテチ!』
この仔実装達はブリーダーにさんざん躾けられた後に売りに出された口である。
当然ブリーダーからは人間に媚びるな、人間に発情するなと嫌というほど、それこそ文字通りに叩き込まれてきた。
それが守れなかったばかりに無惨に殺された同族達の末路も少なくない数見てきた。
にもかかわらず、目の前の自分達よりも劣っているはずの実翠石は、人間に媚びて発情しているのに間引かれるどころか抱き締められている。
人間に、愛されている。
『・・・うらやましいテチ』
姉妹の誰かがポツリと呟く。
『ご主人サマにはあんな風に可愛がってもらったことないテチ』
仔実装達の主人は十分愛情を注いでいたが、それはあくまでもペットとしてであり、決してその境界線を越えることはなかった。
仔実装達の身に叩き込まれた躾が揺らぎ始めていた。


極めて不本意ながらも世話をする以上、必要な事項を確認する必要がある。
幸い、部下が餌等と一緒に置いていったメモがあったため、それを読んでみる。
・ご飯は朝昼晩の三食規定量を与えて下さい
・お風呂は毎日入れてあげて下さい
・トイレは毎日掃除して下さい
・水槽も汚れたら掃除して下さい
・可能であれば外で遊ばせて下さい
・お歌や踊りを見せてくれたら褒めてあげて下さい
等々・・・。
正直なところ、餌だけやって後は放置したかったのだがそうもいかないようだった。
水槽内には仔実装用のベッドや餌皿、水皿、トイレなどが揃っていたため、それらを一から用意する必要が無い。
残念ながら風呂は付いていないのでそのあたりは何とかする必要がある。
食事は私と若菜の時間に合わせればいいだろう。
トイレ掃除もやりたくはないが家に臭いが染み付くのは避けたいのでやらざるを得ない。
水槽の掃除はよほど汚くなったらせざるを得ないだろう。
外で遊ばせるのは庭で済ませればよいか。わざわざ公園に連れて行くのは面倒だし、野良に襲われでもしたら事である。
歌や踊り云々については無視する。そもそも仔実装共とコミュニケーションなど取るつもりは毛頭無かった。
とりあえず、直近でやるべきは昼の餌やりだった。
若菜と二人でサンドイッチを作り、昼食とその後の片付けまで済ませた後で、仔実装共に餌を与えることにする。
リンガルには、
『あいつナマイキテチ!ニンゲンさんと同じご飯食べてるテチ!』
『ムカつくテチ!ワタチタチより扱いが上とかありえないテチ!』
『ヘラヘラ笑って媚びてるテチ!糞蟲テチ!』
などと表示されていた。
餌を与える気が失せたが、預かり物を餓死させるわけにはいかなかった。
水槽の蓋を開け、フードスコップで掬った悪臭抑制剤入のフードを餌皿に流し込む。
水皿の水も補充して蓋を閉め直した。
幸い、思っていたよりも悪臭がせず助かった。
仔蟲共がこちらを見上げて何かテチテチ鳴いていたようだが、どうせ大した事は言っていないだろうから無視した。


『・・・ニンゲンさん、行っちゃったテチ』
ご飯が終わったらお礼に歌と踊りを見せて上げる。
そう言ったのにニンゲンさんは餌と水を皿に入れたらすぐに居なくなってしまった。
『なんであのニンゲンさんは何も言ってくれないテチ?』
『ひょっとして、ワタチタチのこと嫌いテチ?』
『そ、そんなわけないテチ!ワタチタチはみんなイイコテチ!』
『そ、そうテチ!ご主人サマもイイコイイコって褒めてくれてたテチ!』
飼い実装にとって人間からの愛情を失うことは身の破滅と同義である。
主人からの愛情を喪った実装石は、虐待、遺棄、保健所送り等の悲惨な末路を迎えるのが常だ。
だからこそ、人間から愛されていないのではないかいう疑念は死への恐怖心に直結しかねない。
仔実装達はお互いにそんなことはないと言い合い、不安の解消に努めた。


日が落ちて来たところで仔実装共を入浴させることにする。
といっても浴室を使わせるつもりはなかった。
水槽からトングで仔実装共を摘み上げ、手頃な大きさのダンボールに移し替え、洗面所まで運ぶ。
洗面器に仔実装共が溺死しない程度の深さになるようお湯を貯め、ボディソープを溶かし込む。
洗面器のお湯が張っていないところに仔実装共を降ろし、後は好きにさせることにする。
わざわざ洗ってやるつもりは無かった。
洗面所を後にして、仔実装用トイレの掃除を行う。
といっても大したことはない。仔実装用トイレに敷かれているトイレ用砂を汚物と一緒に捨てて新しい砂と取り替えるだけだ。
その後は三十分程適当に時間を潰してから洗面所に戻る。
仔実装共が裸でパチャパチャとお湯遊びに興じている光景に思わず舌打ちが漏れる。
洗面器内に脱ぎ散らかされた仔実装共の服をトングでまとめて掴み、湯の中で適当に揺すって汚れを落とす。
仔実装共がトングの周りをテチテチ鳴きながらうろちょろするので非常に邪魔だった。
洗面器のお湯を抜き、仔実装共とその服にシャワーを浴びせすすぎを行う。湯を浴びせようとするたびにあちこち洗面器の中を逃げるので余計な時間を食ってしまった。
最後にドライヤーの温風を浴びせて乾かし、入浴を終わらせる。
服を着込むまで待とうかと思ったのだが、テチテチとこちらを見て不愉快な鳴き声を上げていたので裸のまま水槽に戻した。服も合わせて水槽に放り込んでおいた。
「・・・はぁ」
ソファに身を預けるなりため息が漏れた。
大した世話をしているわけではないのに妙に疲労感を感じるのは何故だろう。
「お父さま、また怖い顔をしてるです」
いつの間にか近くに来ていた若菜が心配そうな顔をしていた。
隣に腰掛けるなり、私の頬に口付けする。
「お父さま、わたしがお側にいるです」
さらに二度、三度と頬にキスされる。
「お父さまが辛いなら、その辛さを、わたしにも分けて欲しいです」
そのまま頭を抱き締められ、頬ずりされる。
「お父さまが元気になってくれるなら、わたしはどんなことでも頑張るです」
若菜にここまで言わせてしまう自分が不甲斐無かった。
「ありがとう。若菜がそばにいてくれるだけで充分だよ」
若菜の抱き締めてくる力が、少しだけ強まった気がした。


『やっぱりニンゲンさん、何も言ってくれないテチ・・・』
何度も話しかけているのにニンゲンさんは怖い顔をするばかりで返事もしてくれなかった。
『やっぱりワタチタチのこと嫌いテチ?』
『そ、そんなわけないテチ!ワタチタチずっとイイコにしてたテチ!』
『きっとアイツのせいテチ!アイツが媚びてるからワタチタチが相手にしてもらえないテチ!』
『アイツまたニンゲンさんに媚びてるテチ!ワタチタチに見せつけてるテチ!糞蟲テチ!』
この家に預けられてから、仔実装達はずっと水槽内に入れられたままだった。
ご主人サマは水槽の外で遊ばせてくれるのに。
一緒に遊べばワタチタチといるほうが楽しいとわかるはずなのに、ここのニンゲンさんはずっとアイツに構ってばかりだった。
仔実装達の不安と不満はいや増すばかりだった。


夕食とその片付け、入浴まで終え、ついでに仔実装共への餌やりも終えた後は寝室に引っ込むことにした。
テチテチと未だにうるさい仔蟲共の声が不愉快だったからだ。
若菜に先に休むと伝えると、若菜ももう休むというので二人揃ってリビングを後にする。
照明を落とすと仔実装共がテチャテチャと騒ぎ始めたが無視を決め込む。
若菜と共にベッドに入るが寝るには少しばかり早い時間だったため、
若菜と動画サイトにアップされている動物のドキュメンタリーを鑑賞した。
スマホの小さい画面での鑑賞のため、自然と身体を寄せ合う形となる。
正直なところ、動画そのものより可愛らしい子犬や子猫に目を輝かせる若菜を見ている方が楽しかった。
「ぁ・・・ふぁ・・・」
あくびをこらえきれなくなった若菜に、もう休もうと促して照明を落とし、布団を被った。
「おやすみ、若菜」
「おやすみなさいです、お父さま・・・」
明日も仔蟲共の世話があると考えると憂鬱だったが、若菜が居てくれるならば何とか自制できそうだった。


突然電気を消されて驚いたが、何とかそれぞれのベッドに潜り込んだ仔実装達。それでもすぐには眠れなかった。
『アイツはニンゲンさんと一緒に寝てるテチ・・・』
『やっぱりワタチタチは嫌われてるテチ・・・?』
『そ、そんなことないテチ!ワタチタチはカワイイテチ!イイコテチ!』
『そうテチ!あのデキソコナイの糞蟲が邪魔してるからそれをわかってもらえないだけテチ!』
『・・・でもあのニンゲン、ご主人サマと話している時に実装石はキライって言ってたテチ・・・』
その一言で、仔実装達は一瞬沈黙に包まれる。
『ワ、ワタチタチは普通の実装石とは違うテチ!賢くてカワイイテチ!』
『そ、そうテチ!ご主人サマもお歌とダンスが上手って褒めてくれてたテチ!』
『明日こそあのニンゲンさんにお歌とダンスを見てもらうテチ!そうすればきっとワタチタチにメロメロテチ!』
『明日はみんなでがんばってアピールするテチ!』
仔実装達は口々に明日こそはと言うが、それはあまりにも楽観的な考えだった。



火曜日。
郵便物を開封しようとカッターを使っている時だった。
テチテチと仔蟲共が昨日以上にうるさいため集中力を欠いたせいか、勢いが余って人差し指の先を切ってしまった。
少し深めに切ってしまったのか、血が溢れてくる。
とりあえず血を拭おうとティッシュを探していると、隣で不要な紙類をまとめてくれていた若菜が驚きながらも、
「えっと、えっと・・・えいっ!」
とっさに私の指を口に含んだ。
「んっ・・・んちゅっ・・・」
指先から溢れる血を吸い、舌先で傷口を舐めているのだろう、人差し指の先に当たる感触がくすぐったかった。
そういえば、昔実家で飼っていた犬も、私が転んで膝を擦り剥いた時にはこんな風に傷を舐めてくれていたなと思い出す。
指を舐めながら上目遣いでこちらを見る若菜に大丈夫だと微笑みかける。
「若菜、もう血は止まったから。ありがとう」
そう言われて口を離す若菜。唾液が糸を引くが、ちろちろと小さく舌を伸ばして舐め取った。
まだ心配そうな顔をしているが、頭を撫でて心配ないと伝えると、ほっとした笑みを浮かべた。


そんな二人の様子を見ていた仔実装達は、困惑したり怒り狂ったりといった有様だった。
『アイツ、ニンゲンさんにペロペロしてたテチ・・・』
『なんで媚びてるのにあのニンゲンさんは怒らないテチ・・・?』
『やっぱりニンゲンに媚びてるテチ!糞蟲テチ!糞蟲は殺すテチ!』
『卑しいテチ!メス出して媚びるとか最低テチ!やっぱりアイツは糞蟲テチ!死ねテチ!』
『あのニンゲンもおかしいテチ!そんな糞蟲早く殺せテチ!』
今日は朝から歌と踊りでアピールしようとしたのに全く相手にされなかった。
そればかりかあの卑しい糞蟲がニンゲンに媚を売っているのを見せつけられた。
仔実装達のストレスはいや増すばかりだった。



水曜日。
仔蟲共が相変わらずうるさく鳴いて耳障りだった。
体力が有り余っているのだろうか。
外で遊ばせれば疲れて大人しくなるかもしれない。
幸い今日は天気が良いので庭で遊ばせることにする。
糞で庭を汚されたり万一行方不明にでもなられては困るので、大きめのチラシを何枚か敷き、その周りをダンボールを切って作った衝立で覆って仔実装共が遊ぶスペースをでっち上げた。
水槽から仔実装共をトングで移して、ついでに遊び道具として部下から渡されていたボールを二つほど放り込む。
後は少し離れた縁側に腰掛け、様子を見ることにする。
仔実装共は何故かこちらを見てチーチーと小煩く鳴いていたが、しばらくして相手にされないと分かるやボールで遊び始めた。
いっそカラスか猫にでも襲われて全滅してくれればいいのに、などと思っていると、
「お父さま、お茶を淹れましたです」
マグカップを手に若菜が姿を見せた。
礼を言って受け取る。ミルクティーだった。
隣に腰掛けた若菜が身体を預けてくる。
春になったら花を植えたい。家庭菜園にも挑戦してみたい。
そんな他愛もない話を若菜と交わす。
仔蟲共の鳴き声さえ聞こえてこなければ、文句無しに満ち足りた時間だった。


数日ぶりに入浴以外で水槽の外に出して貰えた仔実装達は、ボール遊びを満喫していた。
ニンゲンさんにも一緒に遊ぼうと誘ったのだが、返事すらしてもらえなかったので姉妹だけで遊ぶことにする。
ボールを押したり蹴ったり追いかけ回したりとしている内に、あっという間に時間が過ぎていった。
遊び疲れて座り込んでいると、いつの間にかニンゲンさんの隣にはアイツが寄り添っていた。
二人で楽しげに語らい笑い合う様子に、仔実装達は疎外感を感じずにはいられなかった。
『またテチ・・・。ニンゲンさんはワタチタチといるよりアイツといるほうが楽しいテチ・・・?』
『ありえないテチ・・・』
『なんでアイツは媚びてるのに間引かれないテチ?おかしいテチ・・・』
『あのニンゲンもアイツもおかしいテチ』
『・・・うらやましいテチ・・・』
困惑と羨望が仔実装達を苛む。外で遊んだ楽しさなど忘れてしまうほどに。



木曜日。
今日は至急処理しなければならない案件が生じたため、なかなかパソコンから離れることができなかった。
せいぜい昼食とトイレ、仔実装共への餌やりで席を外す程度だ。
何とか案件を解決できた頃には、すっかり日が傾いていた。
「お疲れ様です、お父さま」
ミルクティー入のマグカップを差し出す若菜。
礼を言って口に含むと、甘さが口の中に広がる。頭脳労働に疲弊した身にはありがたかった。
「お父さま、肩は凝ってないです?良ければ肩叩きしますです」
お言葉に甘えてお願いすると、トントンとリズムよく肩を叩かれる。
「お父さま、いつもお仕事お疲れ様です」
その一言でまた頑張れる気がする。
ふと肩叩きが止まり、後ろから抱き締められる。
「でも、今日はあんまりお話できなくて、ちょっと寂しかったです。だから、これでお父さま成分を補給です」
頬に触れる唇の感触がくすぐったかったが、これで寂しさを埋め合わせ出来るならば良しと甘受することにした。


『今日もぜんぜんかまってくれないテチ・・・』
餌こそ三食貰えるし入浴も毎日できるものの、話しかけても全く相手にされなかった。
ご主人サマは必ず話しかけたり遊んでくれるのに。
あのニンゲンは遊んでとお願いしてるのに全然聞いてくれなかった。
『やっぱりワタチタチは嫌われてるテチ・・・?』
『あの糞蟲だけ可愛がられるとかありえないテチ!』
『ご主人サマに会いたいテチ・・・』
『あの糞蟲また媚びてるテチ!ニンゲンに発情してるテチ!見てるだけでムカつくテチ!死ねテチ!』
仔実装達の視線の先では、実装石よりも劣っているはずの実翠石がニンゲンに抱きついて媚を売っていた。
ニンゲンは嫌がるどころか喜んで受け入れている。
躾時代に叩き込まれた人間に媚びるな、人間に発情するなという教えと相反する光景に、
ある仔実装は困惑を強め、ある仔実装は実翠石への敵意を強めた。
『・・・でも、やっぱりうらやましいテチ。ワタチもニンゲンさんとあんな風にしたいテチ』
仔実装のうち一匹がポツリと漏らした言葉に、他の姉妹は口にこそ出さないものの大なり小なり同意見だった。



金曜日。
今日は昨日発生した案件の後片付けのため出社する必要があった。
若菜には夜には戻ること、昼食は冷蔵庫に用意してあること、仔実装共の世話はしなくてよい事等々を伝える。
仔実装共には朝のうちに二食分の餌を与えた。水皿にも多めに水を補充しておく。
「行ってらっしゃいませです、お父さま」
「ああ、行ってきます」
玄関で見送ってくれる若菜の頭を撫でて、家を出た。


『アイツ何してるテチ?』
仔実装達は、目の前の実翠石がしていることが理解できなかった。
実翠石はニンゲンの服を畳んだり、布であちこちを拭いて廻ったり、棒状の音がする機械を床の上で滑らせたりしていた。
実際のところは洗濯物を畳んだり拭き掃除したり床に掃除機を掛けたりとしていたのだが、
仔実装達にはそうした行為がどのような意味を持つのか理解できなかった。
いや、似たような事をご主人サマがしているのを見たことがあった。
『アイツはバカテチ?ニンゲンさんの真似して何がしたいんテチ?』
『チププ。ニンゲンさんの真似事して一人寂しく遊んでるテチ。憐れテチ』
『バカなヤツテチ。勝手にあんなことしてもニンゲンに怒られるだけテチ』
仔実装達は躾時代に家事に関する教育を受けていなかった。
仔実装では体格が小さすぎて家事など不可能だからだ。
下手をすればちょっとした事故で死にかねない。
成体実装ならば床の簡単な拭き掃除ぐらいならば可能だが、掃き掃除などを行わせるには実装石用の道具が別途必要になる。
指の無い実装石では人間用の道具の使用が極めて困難だからだ。
しばらくすると実翠石は食事を始めた。
仔実装達が食べているフードよりも明らかに見た目も味も上、というか人間と同じ物を食べている。
仔実装達にはそれが気に入らなかった。
自分達より劣った実翠石ならば、食事も自分達より粗末な物を食べるべきだ。
自分達よりも上等な物、人間と同じ物を食べるなど身の程を弁えない糞蟲のすることだ。
テチテチと抗議の声を上げるが、目の前の実翠石は仔実装達を見ようともしなかった。
食事を終えた実翠石は、ニンゲンが普段着ている服を持ってそのまま何処かへ行き、しばらく戻って来なかった。



土曜日。
普段ならば若菜を連れて何処かに出掛けようかというところなのだが、今日は生憎の雨だった。
「それなら、今日はお家デートがしたい、です」
どこでそんな言葉を覚えたのやら。まあ、若菜が楽しそうにしているならばそれでいいか。
菓子やらジュースやらをテーブルに並べて、映画鑑賞と洒落込むことにする。
仔実装共の鳴き声が相変わらず不愉快だったが、音量を少し上げたら気にならなくなった。
若菜のお気に入りは動物系のドキュメンタリー映画だった。
お家デートだから、と私の身体をソファー代わりにする若菜。
「お父さま、あ~ん、です」
若菜が差し出す菓子を口にしながら、その体重を感じる。
以前よりも少し重くなっただろうか?成長を実感できるのが嬉しかった。
「そういえば、もうすぐ若菜をお迎えしてから一年になるな。
何かお祝いをしたいのだけど、何か欲しい物やしてほしいことはないかな?」
私の言葉に少し考え込む様子を見せるが、その後に何故か顔を赤らめた。
「お祝いは・・・その、どんなことでもいいです?」
私にできる範囲内ならね、と告げると、若菜は私に顔を寄せ、耳元で囁いた。
「こ、これからお父さまにキスするときには、ほっぺただけじゃなくて、唇にもキスしたい、です・・・」
よく小さい娘が、将来はお父さんと結婚する、というようなものだろうか?
娘相手には叶わなかったことを、若菜が埋めようとしてくれている。
それがたまらなく嬉しかった。
「・・・人前では恥ずかしいから、二人きりの時だけにしてもらえるとありがたいな」
頭を撫でながらそうお願いする私に、
「はいです。お父さまとわたしの、二人だけの、秘密、です・・・」


『・・・楽しそうテチ』
二人の様子を見た仔実装達は思い思いに喚くが、ニンゲン達が気にする様子はない。
『・・・ワタチタチは除け者テチ・・・』
『アイツのせいテチ!アイツが媚びてるからワタチタチが見向きもされないテチ!』
『媚びやがってムカつくテチ!見せつけてきやがってムカつくテチ!死にやがれテチ!』
『・・・この家に来てから全然いいことないテチ・・・。おかしいテチ。ワタチタチ何も悪いことしてないテチ・・・』
入浴以外、ニンゲンはほとんど自分達を水槽に入れっぱなしだった。
お外で遊ばせてくれたのはたった一度だけ。
しかも一緒には遊んでくれなかった。
話しかけても応えてくれることは一度として無かった。
そして、ニンゲンのそばにはいつもアイツがいた。
デキソコナイの糞蟲のくせに生意気にもニンゲンを独り占めしていた。
ニンゲンもニンゲンで、媚びる糞蟲を間引こうとはしなかった。それどころか一緒にいて楽しそうにしている。
躾時代に叩き込まれたペットとしての境界線。糞蟲との境界線。
その境界線を越えるということは、飼い実装にとって身の破滅を意味する。
だが、目の前にいる実翠石はその境界線を越えてなお幸せそうにしている。ニンゲンから愛されている。
デキソコナイの糞蟲のはずの実翠石に許されて、高貴で美しい実装石に許されない道理はない。
仔実装達の内心に、どす黒いものが芽生え始めていた。



日曜日。
今日は部下が仔実装共を引き取りに来る日だ。
幸い数は減っていないし、食事もきちんと与えた。預かった手前、最低限の義務は果たしたと思いたい。

引き取り予定の時間通りに部下が我が家を訪れた。
玄関のドアを開けて出迎えると、新婚旅行の帰りとは思えないほど青い顔をした部下と、その夫と思しき男性がいた。
「この度は、大変申し訳ありませんでした!」
そう言って二人は深々と頭を下げた。
一体どうしたのかと困惑していると、どうも会社の同僚に、私の妻と娘が死んだ交通事故が実装石が原因で生じたこと、
それ以来私が実装石を忌み嫌っている事を聞いたらしい。
そんな事情がある人に実装石を預けて面倒を見させるなんて非常識な真似をしてしまい、
本当に申し訳ないことをしてしまったと、改めて頭を下げられた。
お詫びにもなりませんが、と土産やら何やらを半ば押し付けるように渡される。
逆にこちらが申し訳なるほど平身低頭されたため、もう済んだ事だし、新婚旅行が楽しめたのならそれでいいさ、と言い伝えて、
仔実装共が入っている水槽その他の預かり物を返却する。
水槽の中の仔実装共は、主人がひたすら頭を下げている様子に困惑しているようだった。
旅行の疲れもあるだろうからもう帰って休みなさいと伝えると、二人は何度も頭を下げて帰っていった。
・・・まあ、終わりよければ全て良しとしよう。
「若菜、美味しそうなお菓子をたくさんいただいたよ。早速お茶にしようか」
嬉しそうに返事をする若菜に、私も頬を緩ませた。


仔実装達は困惑していた。
何故ご主人サマはこのニンゲンに頭を下げているのだろう?
ろくに遊んだり世話をしてくれないこんなニンゲンに。
デキソコナイの糞蟲を間引けず甘やかすようなニンゲンに。
リンガル越しにご主人サマ達の会話は聞こえていたが、仔実装達には内容がさっぱり理解できなかった。
だが、ご主人サマが落ち込んでいるのは分かった。
それならば、慰めて一緒に遊んであげよう。そうすればご主人サマも元気になるはずだ。
仔実装達はそう頷きあった。


「あ〜っ、最悪最悪最悪・・・」
仔実装達を引き取った後、自宅に向かう車内の助手席で、部下の浩子はずっと自己嫌悪に囚われていた。
夫の俊夫がいくら慰めても効果はないようだった。
入社以来世話になっていて、仕事振りも評価していてくれた上司に、嫌いな動物の世話などという厄介事を押し付けてしまったばかりか、
意図せずとはいえそのトラウマをえぐるような真似までしてしまったのだ。
落ち込むなというほうが無理な相談だった。
「まあまあ、また機会を見て何かお詫びしよう?俺も一緒にごめんなさいするからさ」
「うん・・・ごめん。せっかくの旅行だったのに、最後にこんな・・・」
「俺のことはいいからさ。ほら、元気出しなよ。実装石ちゃん達だって君のそんな様子を見たら心配しちゃうよ?」
正直なところ俊夫は実装石の事はあまり詳しくも好きでもなかったが、浩子が独身時代から飼っていたペットだったため気を遣っていた。
「そうだね・・・。うん、ごめん・・・」
そう言って浩子は後部座席に置いた仔実装達の水槽に添えつけてあるリンガルを外し、ログを確認する。
一週間も会えなかったので寂しがっていなかったか確認しようとしたのだが、ログに残されていた仔実装達の言葉に浩子は目を剥いた。


二人の家、ペット可のアパートに帰り着き、仔実装の水槽をテーブルの上に置く。
『ご主人サマ、会いたかったテチ〜!』
『寂しかったテチ〜!』
『またお歌と踊りを見てほしいテチ!』
『いっぱい遊んでほしいテチ〜!』
などと浩子を見上げてテチテチ鳴く仔実装達だが、浩子は言葉ではなくテーブルを思い切り叩くことで応えた。 
『テチャァッ!?』
急に響いた音と衝撃に、仔実装達は驚いた。
「あなた達、一体どういうつもり・・・?」
浩子の怒りの原因はリンガルのログにあった仔実装達の言葉だった。
そこには、あのニンゲンはおかしい、間引きも出来ないバカなニンゲン、死ね、媚びるな、糞蟲、デキソコナイ等々といった数々の暴言が記録されていた。
「最初に言ったでしょ、ちゃんと良い仔にしてなさいって!
それにもかかわらず、何これは!?」
仔実装達にとって、浩子にここまで怒鳴られるのは初めての経験だった。その衝撃に半ば脳が麻痺しかけていた。
それ故に、怒られたら言い訳せずにまずは謝るといった躾を忘れ言い訳を並べ始めてしまう。
『で、でもあのニンゲンが悪いテチ・・・、アイツは頭がおかしいテチ・・・』
『そ、そうテチ。ワタチタチ悪いことなんてしてないテチ・・・』
『全部あの糞蟲が悪いテチ!糞蟲のせいテチ!』
浩子は再びテーブルを殴りつけた。
「お世話になってる人の事を馬鹿だのクソだの言うこと自体間違ってるでしょ!?あんた達、まさか糞蟲だったの!?」
飼い主からの糞蟲認定は飼い実装にとって身の破滅を意味する。
さすがにマズイと思ったのか、仔実装達は顔を青くして口々に謝るが、浩子の耳にはろくに届かなかった。
俊夫が間に入って浩子を何とか落ち着かせようとするが、浩子の怒りはなかなか収まらなかった。
「罰として今日はご飯抜きだから!」
そう告げられた仔実装達は泣きながら頭を下げたが、今更どうにもならなかった。


翌日。
「ごめん、俊夫。悪いんだけど私の代わりにあの仔たちに餌をあげてくれないかな?
ちょっと気持ちが落ち着くまで時間が欲しくて・・・」
「オッケー、やっておくよ」
普段は気立ての良い優しい嫁だが、割と根に持つ上に一度怒りのスイッチが入るとなかなか収まらない性分なのを知っている俊夫は、
浩子の頼みを快諾した。それが夫婦円満に繋がると信じて。
仔実装達は水槽の中で空腹を抱えて泣いていた。
昼食、夕食を抜きにされ、おまけに風呂にも入れて貰えなかったのだ。
反省よりも捨てられるのではないかという恐怖に、仔実装達は怯えていた。
俊夫が水槽を覗き込むと、
『ごめんなさいテチ!許しテチ!』
『捨てないでテチ!』
と俊夫を見てテチテチと騒ぎ出す。
「ほら、ご飯だぞ」
餌皿にフードを入れてやると、これまたテチテチ騒いでフードを食べ始める。腹をすかせていたのだろう。
がっついてフードを貪る様は可愛さなど微塵も感じられない。俊夫は思わず顔をしかめたが、仔実装が気にする様子は無かった。
「浩子にも後でちゃんと謝っておけよ〜」
どうせ聞いてはいないだろうと思いつつも、俊夫は仔実装達に忠告しておいた。


無論、俊夫の忠告など仔実装の耳には入っていなかった。
ご主人サマがご飯をくれなかったせいですごくお腹が空いた。
旦那サマがご飯をくれたおかげでお腹がいっぱいになった。
旦那サマのほうがワタチタチに優しくしてくれる。
きっとワタチタチがカワイイからだ。
あのデキソコナイの糞蟲だってクソニンゲンに可愛がってもらっていた。
ワタチタチならもっともっと可愛がってもらえるはずだ。
ワタチタチがちょっと可愛く振る舞えば、旦那サマだってイチコロだろう。
そうしてあのデキソコナイの糞蟲よりもたくさん愛してもらうのだ。
いや、可愛がってもらわなければ、愛してもらわなければならない。
ワタチタチは幸せにならないといけないのだから。
論理性など欠片もない、幸せになるという結論ありきの思考に、仔実装達は既に染まっていたからだ。


新婚旅行から帰って来て二週間程経った土曜日。
「あの、浩子。ちょっと相談があるんだけど・・・」
キッチンで二人並んで昼食時に使った食器を洗いつつ、俊夫は困り顔で浩子に話しかけた。
仔実装達の水槽はリビングにあり、二人の話し声は聞こえない。
「浩子の実装石なんだけどさ、どうにかならないかな?
なんだか妙な懐き方をされて、ちょっと、その、気持ち悪いんだよね・・・」
俊夫曰く、仔実装達がやたらとパンツを見せるような踊りをしたり、身体を擦り付けてきたり、キスがしたいとせがんできたりする。
それだけでもたまらなく気持ち悪いのに、俊夫が子猫と一緒に居ると子猫に威嚇したり無理矢理俊夫の側からどかそうとしたりするなど、
正直言って不愉快極まる真似ばかりしてくる。
何とかならないだろうか?
「・・・ごめんね。たぶんこの前私が厳しく怒ったせいだわ」
仔実装達を怒鳴りつけ罰として食事を抜いて以降、仔実装達はあからさまに浩子を避けるようになり、
代わりに俊夫に懐くようになった。
最近仕事が忙しかったこともあり、一時的なものだろうと思い放っておいたのだが、まさかそんなことになっていたとは。
構ってやれなかった自分にも落ち度があるが、人のパートナーに妙なアプローチをする仔実装達には少しばかり分からせてやる必要がある。
そう考えた浩子は、洗い物を終えると俊夫の手を引き、仔実装の水槽の前まで来ると、おもむろに俊夫にキスをした。
「んちゅっ、んんっ・・・」
唇を重ねるだけではなく、舌を俊夫の唇にねじ込み、絡みつかせる。混ざりあった唾液を舐め啜り、貪るように唇を吸った。
浩子の突然のディープキスに俊夫は少し驚いたが、新婚旅行以来ご無沙汰だったこともあり、浩子にされるがままに任せた。
まさか仔実装達に嫉妬したのか、と疑念を抱いたが、ペットにそんな感情を抱くわけないだろうと思い直す。
浩子は俊夫の唇に吸い付きながら、俊夫の股間に手を這わせた。
優しく撫でさすってやると、ズボン越しでも分かるほどその硬さを増してゆく。
「ね、しよ?」
唇を離して、俊夫の耳に囁く。
「まだ昼すぎだよ?」
「その分たくさん楽しめる、でしょ?」
横目で仔実装達の水槽を見やると、呆気に取られた顔でこちらを見つめていた。
その様子に浩子は唇の片端を吊り上げると、俊夫を伴って寝室に入っていった。
開け放たれたままの寝室の扉、その奥から響く浩子の嬌声を、仔実装達はただ呆然と聞く外なかった。


陽も落ちかけた頃になって、ようやく浩子が寝室から出てきた。
全裸にTシャツ一枚を着ただけの姿で仔実装達の前に現れた浩子に、仔実装達は顔を引きつらせる。
浩子は浩子で、勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。
膣から垂れて太ももを伝う精液と愛液の混合液を指先ですくい取ると、仔実装達に見せつけるように弄ぶ。
「ふふっ、旦那様にたくさん愛してもらっちゃった。
こんなに出されたら、赤ちゃん、できちゃうかもね」
仔実装達は半ば睨み付けるように浩子を見つめているが、浩子は全く意に介さず仔実装達に告げた。
「そんなわけだから、私の旦那様に気色悪い真似はしないでね?」
そう告げると、浩子はそのままシャワーを浴びに浴室に足を向けた。
『テチャアアアァァァッ・・・・・・』
浩子が背を向けた途端、仔実装達は血涙を流し、水槽の底をポフポフ叩いて悔しがった。
その嘆き声が、浩子にはたまらなく耳心地よく聞こえた。


その夜、浩子と俊夫が寝室に入っていって部屋の電気が消された後、仔実装達は暗闇の中でどうするべきかを話し合っていた。
夕刻の一件以来、仔実装達は浩子を主人としてではなく憎むべき恋敵と認識していた。
あのオンナから旦那サマをワタチタチのものにするにはどうすればよいか。
あのオンナは赤ちゃんができると言っていた。
それならワタチタチのほうが先に赤ちゃんを産めばあのオンナに勝てる。
先に旦那サマとワタチタチで赤ちゃんを作ってしまえばいい。
そうしたらあのオンナはここから追い出してやろう。
いやいや、ドレイとしてなら飼ってやってもいい。
自分達が来ている実装服、普段使っているベッドや餌皿等を誰が買い与えてくれたのかなど、
仔実装達の頭からは完全に抜け落ちていた。


翌日、浩子は知人と約束があるため外出していった。
これをチャンスと考えた仔実装達の内三匹が俊夫に、
『おウチの中を探検したいテチ!』
と言って、アパートの中をあちらこちらと駆け回った。
何かあってはまずいので、俊夫もその後を付いて回る。
三匹が俊夫の気を引いている内に、残りの二匹は寝室へと入り込み、体当たりでゴミ箱をひっくり返して目当ての物を見事に探し当てた。
目当ての物、俊夫の精液が付着したティッシュを外出用のポーチに押し込み、何食わぬ顔で姉妹に合流する。
その日の夜、部屋の電気が消された後で仔実装達は件のティッシュを順番に股間に押し当てた。
勝手に仔を作るな、というブリーダーからの教えなど完全に頭から消えていた。


さらに翌日の月曜日の朝。
子猫への餌やりついでに仔実装にも餌を与えていた俊夫は、仔実装達を見て違和感を覚えた。
普段と何かが違う。
俊夫に見つめられていると感じた仔実装達は、腰を振ったりチラチラとパンツを見せてきたりと相変わらず気色悪い真似をしてきた。
ようやく違和感の正体に気付く。
目の色が違っている。通常は赤と緑の眼球が、今は何故か両方とも緑色になっていた。
実装石の生態に詳しくない俊夫には、それが妊娠を意味するなど思いもよらなかった。
何か目の病気かもしれない。
そう思った俊夫は出勤に備えてメイクに勤しんでいる浩子にその旨を伝えると、浩子は思いきり顔をしかめた。
「浩子?」
「・・・ああ、ごめんね。ありがとう、教えてくれて」
浩子が仔実装を見やると、確かに仔実装が五匹全て眼球を緑色にしていた。
浩子を見てチププと馬鹿にしたような笑みを浮かべている奴もいる。
「・・・ちょっと今日は会社休んで、あの仔達を病院に連れてくことにするね」
浩子の言葉に俊夫は頷いた。
浩子の顔に浮かぶ隠し切れていない怒りに困惑を覚えたが、決して口には出さなかった。


俊夫を送り出し、会社に体調不良を理由に休暇を取る旨連絡を入れ終えると、浩子は仔実装達に向き合った。
「さて、何か私に言わなきゃいけないことがあるんじゃない?」
浩子の問いかけに、仔実装達は嘲笑で応えた。
『チププ、オマエなんてもう用済みテチ』
『ワタチタチは旦那サマと幸せになるテチ!オマエなんかもういらないテチ!』
『チププ、こいつは負け犬テチ!無様テチ!』
『ワタチタチは寛大テチ。ドレイになるなら居させてやらんこともないテチ』
『嫌なら出てけテチ!ここはワタチタチと旦那サマの愛の巣テチ〜』
浩子は仔実装達の戯言を無視して水槽の蓋を開け、中を捜索する。既に当たりはついていた。
一つだけ膨らんだ外出用のポーチを水槽から取り出す。
仔実装達が抵抗するが無視してポーチの中身を取り出すと、微かに精液の臭いが残るティッシュが出てきた。
水槽の蓋を嵌め直すと、浩子は水槽を床に叩きつけた。
『テチャアァァァァァァァッッッ!!??』
アクリル製の水槽は割れないが、水槽の中身は滅茶苦茶にひっくり返された。
浩子は仔実装達の悲鳴など構わずに何度も水槽を蹴り飛ばす。
その度に中身が激しくシェイクされ、仔実装達はベッドや餌皿、トイレといったペット用品と共に転げ回る羽目になる。
無論無傷では済まず、飛んできた餌皿に腕を潰され、ベッドに押し潰されて内臓に損傷を負い、互いにぶつかって打撲を負う。
『テチィ・・・チィ・・・』
仔実装達の悲鳴が弱々しくなったところで、水槽をキッチンに運び、仔実装達をシンクに転がした。
まずは赤い仔実装服を着た個体を選び、服を剥ぎ取った。
前髪と後ろ髪もついでに毟り取る。
『テチャァァァッ!ハゲハダカはイヤテチャァァァッ!』
浩子は使い古しのフルーツナイフを取り出すと、仔実装の
腹に突き立てた。
『ヂギィィィッ!?』
そのまま一気に総排泄孔に向けて刃先を動かすと、裂けた腹から血や内臓、そして糞が溢れ出てきた。
『チッ・・・ヂギッ・・・赤ちゃん・・・死んじゃうテ・・・』
溢れ出る内臓を必死に腹に戻そうとするが、それも叶わず死亡した。
「ふーん、そんなにお腹の仔が大事なんだ」
『そ、そうテチ!旦那サマとの大事な赤ちゃんテチ!』
そう言ってきたのは青い仔実装服を着た個体だった。
「そうなんだ。じゃあ、産ませてあげる」
浩子はシンクにタバスコをぶち撒けると、青い仔実装服を着た個体の顔面を押し付けた。
『テヂィィッッ!?』
タバスコが眼球に入り込む激痛で仔実装が悲鳴を上げる。
強制出産モードになったのを確認すると、他の仔実装からもよく見えるよう頭を摘んでシンクから高く持ち上げ、
パンツを下ろして思いきり腹を圧迫した。
『止めるテチィ!赤ちゃんが落ちて死んじゃうテチィ!』
泣き叫ぶのを無視してかまわず圧迫を続けると、総排泄孔から蛆実装がひり出され、
『レビャァッ!』
産声の代わりに悲鳴を上げてシンクの中で染みと化した。
他にも四匹ほど蛆実装が生まれたが、その全てが同様の末路を辿った。
「あーあ、大事な赤ちゃんがみんな死んじゃったね。それじゃあ、産み直してあげないとね」
そう言って浩子は再び仔実装の顔をタバスコの池に押し付けた。
文字通り産み落とされる蛆実装を受け止めようと他の仔実装がシンク内を駆け回るが、功を奏する事はなかった。
同じことを四回ほど繰り返したところで、
『テ・・・テチッ・・・チィ・・・ヂッ』
度重なる負荷に身体が耐えきれずに死亡した。
次の犠牲は黄色の仔実装服を着た個体だった。
水槽内でシェイクされた時に両足を潰されており、身動きが取れないでいるのを摘み上げ、先の個体と同様にタバスコの池に顔面を押し付けた。
強制出産により総排泄孔から蛆実装が生まれると、浩子は残りの仔実装二匹(それぞれピンクと紫の仔実装服を着ていた)に告げた。
「今生まれた蛆達を全部食べ切れたら、あんた達は助けてあげなくもないけど、どうする?」
二匹は顔を見合わせる。
『そ、そんなことできないテチ・・・』
と紫の仔実装服を着た個体は色付きの涙を流す。
『・・・ごめんなさいテチ、ごめんなさいテチ!』
泣いて謝りながらもピンクの仔実装服を着た個体は蛆実装を自らの口に押し込んだ。
『テチャァァァッ!食うなテチ!ワタチの赤ちゃん食べちゃダメテチ!』
抗議の叫びを聞きながらなおも自分の腹の中の仔を救おうと
蛆実装を自らの口に押し込むが、
『テテッ・・・テボッ!?』
喉に詰まらせたらしい。短い手で必死に喉を掻きむしるが効果はなく、もがき苦しんで窒息死した。
浩子は食べられずに済んだ蛆実装を仔実装達の目の前で一匹ずつ摘み上げて潰していった。
黄色の仔実装服を着た個体は、ノズルの長いライターを使いってちょっとずつ全身を焼き潰した。
『熱いテヂィィ!!止めるテチィ、お服も髪も燃えちゃうテヂィィッ!!』
悲鳴を上げながら残った腕で這って逃げようとするが、狭いシンクの中ではそれも叶わず、長く苦しんで焼死した。
最後に残った紫の仔実装服を着た個体は、涙ながらに浩子に訴えた。
『なんでこんなヒドイコトするテチィ!?ワタチタチはシアワセになりたかっただけテチィ!』
浩子は鼻で笑った。
『デキソコナイの糞虫がシアワセにしてるのに、ワタチタチがシアワセになれないなんておかしいテチッ!』
浩子は構わずに仔実装を押さえ付け、フルーツナイフを腹に突き刺し、捩じ込んだ。
『テヂャァァァッッ!痛いテヂィィ!止めるテヂィッ!お腹の赤ちゃんが死んじゃうテヂィィッッ!!』
この期に及んで腹の中の仔の心配ができるのかと浩子は感心しながらも、フルーツナイフで仔実装を突き刺し続けた。
胴体部がほとんどミンチになったあたりでナイフの切っ先が胸部にあった偽石を砕き、仔実装はようやく死ぬことを許された。


仔実装達の死体はトイレに流して始末し、血や糞で汚れたシンクを念入りに洗い、アルコール消毒した。消臭剤も撒いておく。
リンガルは初期化しておき、水槽の中に放り込んだ。
気が付けば時刻は昼近い。
食欲は無かったが、何故だか無性に俊夫に甘えたかった。
独身時代に寂しさを紛らわすために買った仔実装達。
その一挙手一投足が可愛らしく見え、服や玩具を買い与えては喜ぶ様を楽しんでいたのが酷く遠い過去に思えた。
どうしてこうなってしまったのだろう?
その疑問には誰も応えてくれなかった。
その代わりに、気付けば俊夫の子猫が足元に寄ってきて、身体を擦り付けてきた。
甘えているのか、それとも浩子を慰めようとしているのかは分からなかったが、多くを求めず、人に寄り添ってくれる、
ペットとしての境界線を弁えたこの賢い子猫が、たまらなく愛おしく思えた。

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1 Re: Name:匿名石 2024/05/19-21:33:28 No:00009116[申告]
困った…他のペットと比べて実装石の良いところ全然ねえぞ…
ところで父親と娘のインモラルな感じ良いね
2 Re: Name:匿名石 2024/05/19-21:38:06 No:00009117[申告]
早めに本性がわかって良かった
浩子と俊夫の子供が産まれてから糞蟲化したら赤ん坊に危害が及んだかもしれないしな
しかし若菜は大丈夫かな…距離感がヤバいぞ
3 Re: Name:匿名石 2024/05/19-22:01:21 No:00009118[申告]
言語を解する割には欲しい欲しいばかりで人間社会に対への配慮するまでの知性は持ち合わせず
他責的なばかりで相手の心情を思いやる能力は皆無
劣っている事を認められず我欲で主導権を握る為に場当たり的な思考に捉われ保身にばかり腐心し裏目に出る
哀しいかなつくづく滑稽で幸せに遠い連中だ…
4 Re: Name:匿名石 2024/05/19-22:19:44 No:00009119[申告]
糞虫が実装石特有の斜め上の思考回路で自滅へ至る過程が丁寧に描写されていて好きなシリーズです
それはそれとしていよいよお父様と若菜の関係性がアヤシイシ感じに
5 Re: Name:匿名石 2024/05/20-05:55:33 No:00009120[申告]
ジックス目前の変態ペアに見せつけられて狂わされた仔実装達が可哀想過ぎる…
実翠と関わらなければ躾済みらしく分をわきまえて生きられただろうに
6 Re: Name:匿名石 2024/05/20-14:40:53 No:00009121[申告]
実翠石は実翠石で相当気持ち悪いな
飼い主の方も
7 Re: Name:匿名石 2024/05/20-19:53:16 No:00009122[申告]
実翠関係なく遅かれ早かれ馬脚を露わしてただろう
旦那や子供と嫉妬イベントてんこ盛り多頭飼いで悪知恵増幅させる環境が揃っている
何より性悪さに躾で蓋をしただけで本当の良個体と違って飼い主の監視が疎かならメッキは簡単に剥がれる
8 Re: Name:匿名石 2024/05/20-21:15:47 No:00009123[申告]
発情した実翠が受け入られてる姿散々見せつけられて人恋しさを情欲と結び付けられたのが致命傷
本能的嫌悪感で実翠に投糞まで行かずとも悪態ついただけでニンゲンからの印象はめちゃくちゃ悪くなるから転落待ったなし
恐ろしい天敵だ
9 Re: Name:匿名石 2024/08/15-03:16:50 No:00009283[申告]
部下に無理矢理押し付けられたとはいえ、実装石の前で実翠石を愛護しながら飼育するとかナチュラルに高度な虐待かましてて笑った
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