実翠石との生活Ⅱ その1 知的好奇心 -------------------------------------- ペットショップでアルバイトをしている内に、疑問に思ったことがある。 何故実装石はこれほどまでに実翠石を忌み嫌うのか? 本能的な反応だとは言われているが、その一言では私の知的好奇心は満たされなかった。 また、実翠石側が実装石についてどう考えているのかも気になった。 以前取り扱っていた実翠石ちゃん(たしか今では若菜ちゃんと名付けられていたはずだ)は実装石を苦手にしていたようだったが、 新たに来た実翠石ちゃんはそうでもないようだ。 何はともあれ、実翠石ちゃんが再びうちの店に来たというまたとない機会なのだ。 これを逃すわけにはいかなかった。 時刻は閉店時間を僅かに過ぎていた。 今日は遅番で店には私だけ。 そして明日には実翠石ちゃんがお客様にお迎えされてしまう。今日をおいてチャンスは無かった。 私は実翠石ちゃんに、最後にちょっとしたお茶会をしようと声をかけた。 「ごめんね〜、こんな遅い時間に」 「いえいえ、お姉さんにはいつもお世話になってるのに、お茶会までしてもらえるなんてすごくうれしいです!」 実翠石ちゃんを伴い、店内に設けられたふれ合いスペースに赴く。 そこには、一匹の成体実装を立たせてあった。 こいつは入荷時には仔実装だったのだが、なかなか買い手がつかずにいる内に成体実装にまで育ってしまったという売れ残りの個体だ。 店としては正直言って維持費がかかるお荷物なのだが、そこそこ賢い個体であるため、売れる機会が少しでも増えるようこのふれ合いスペースに配置していた。 (ほとんど店長の温情だった) こいつなら実翠石ちゃんを見てもいきなり発狂することは無いだろう。 発狂したら糞蟲認定して殺処分するけど。 ふれ合いスペースには小型かつ簡素だがテーブルと椅子が設けられている。 その上に近所のケーキ屋で購入したショートケーキやボトルの紅茶を並べた。 (無論実装石には何も与えず立たせたままだった。下手に菓子など与えると容易に増長し糞蟲化するからだ。) そこで実翠石ちゃんとのささやかなお茶会を楽しみながら、私の知的好奇心を満たすことにする。 実翠石ちゃんを促し、自分でもケーキを口にする。 先にこちらが食べないと、実翠石ちゃんは手を付けようとしないからだ。この点、本当に礼節が身に付いている。 「んっ〜〜!おいしいです!お姉さん、ありがとうございますです!」 礼を言いながらも目を輝かせて舌鼓を打つ実翠石ちゃんに、 自然とこちらも笑顔になる。 実装石は床の上から、怒りと羨ましさが半々といった表情でこちらを見上げていた。 威嚇や投糞といった攻撃的な真似はしてこない。 私が実装石への「再教育」担当だと分かっているのだろう。 実装石にしては自制心があるんだな、と思いつつ話を振る。 「ところでさ、何であんた達実装石は実翠石ちゃん達を嫌ってるの?」 既に起動済みのリンガルには、まこと実装石らしい主張が表示された。 『コイツらは糞蟲デスッ!』 しばらく実装石らしい支離滅裂なたわ言が続いたが、言いたいことを列挙するとこういうことらしい。 実装石は媚びる個体は糞蟲認定されて間引かれるのが当然とれている。 それなのに、人間に媚びている実翠石は間引かれるどころか可愛がられている。 実装石のほうが実翠石よりも優れているし可愛いはずなのにこんなのはおかしい。 実翠石は何か卑怯な真似をしているに違いない。 卑怯で不細工な実翠石は存在そのものが不愉快だ。 こんな糞蟲は間引かれるべきだ。 人間もこんな奴らより実装石を可愛がるべきである。 「こんなこと言ってるけど、実翠石ちゃんとしてはどう思う?」 「・・・媚びている、と言われるのは少し心外です」 あくまでわたしの考えですが・・・と、実翠石ちゃんは続けた。 「わたし達実翠石は、姿形はともかくとしても、扱いとしてはペットの枠を越えることができないです」 そうなのだ。いくら愛らしく、知能が高く、人語を介して意思疎通が出来たとしても、実翠石はあくまでもペット扱い。犬や猫といった愛玩動物と同じなのだ。 「この世界の中心は人間さんです。その世界で生きていくのなら、人間さんのルールに従って生きていく必要があるです。 逆に、人間さんのルールに反するような真似をすれば、わたし達実翠石はきっと生きていけないです」 人間に依存しないと生きていけない、という点に着目するならば、実装石と実翠石は大差ないと言えるだろう。 そして、人間にとって有害な存在と見做されればどうなるかは、野良実装共を見れば一目瞭然だ。 「だからこそ、わたし達実翠石は、人間さんにとってお役に立つ存在、愛される価値がある存在だと行動で示し続ける必要があると思うです」 実翠石ちゃん達の倫理観が高かったり、主人に対する忠誠心や愛情が強いのはそうした考えが根本にあるからだろうか? 「人間さんのお役に立とうとしている行為が実装石には媚びに映るのなら、それはそれで仕方ないと思うです」 それは媚とは言わないのでは? 人間社会の一員(といってもあくまでペット止まりだが)として認めてもらおうとするが故の行為、 一種の健気さの表れなのではないだろうか? 「でも、わたし達実翠石が実装石と違うところは、わたし達実翠石も人間さんのことを愛したい、幸せにしたいと思っているところです」 興味深い言葉に、思わずほぅ、と声が漏れた。 「多くの実装石は人間さんに愛されたいとは思っていても、人間さんを愛したいとは思ってないかもしれないです。 いわゆる糞蟲の存在がその証拠だと思うです」 人間を奴隷として見下し、際限なく自己の欲求を満たそうと喚き散らす糞蟲には、 たしかに人間を愛そうという高尚な精神性は存在しない。一方的な奉仕と欲望の充足を求めるだけだ。 そして大多数の実装石は、この糞蟲性を根源的に有している。 それに、実装石の言動と照らし合わせてもうなずける点があった。 実装石は飼いになる際、よく「幸せになる」「幸せを見つける」と言うが、この発言自体が自分本位の思考から来ているのではないか。 だから躾済み実装でも容易に増長して糞蟲化するのではないか。 「わたし達実翠石をお迎えしてくれる人間さんは、皆さん実翠石をすごく愛してくれてると聞いてるです」 偶に会う、以前お迎えされていった実翠石の若菜ちゃんを思い出す。 たしかに自身の口からすごく愛されてるって言ってたな。 「愛されたら愛したいと思うのは、ごく自然なことだと思うです。 それに、わたし達実翠石をお迎えしてくれるというだけでも、人間さんを好きになるのに十分な理由です。 わたし達実翠石にとっては、人間さんの世界で生きていていいよ、って言われてるのと同じことだからです」 ・・・正直驚いた。 実翠石ちゃん達はここまで人間のことを考えてくれているのか。 こうした考えは実翠石という種の生存戦略なのかもしれない。 そういえば、犬には人間と触れ合うことで幸福を感じる遺伝子が備わっている、なんていう記事があったな。むしろそれに近いのかも。 実翠石ちゃんの言ったことをろくに理解できず怒りに震える実装石を無視して、私は会話を続けた。 「実翠石ちゃん達は、実装石のことをどう思ってるの?」 うーん、と少し考え込む様子を見せて、実翠石ちゃんは答えた。 「正直なことを言うと興味無いです。」 意外とあっさりした回答だった。 「怖かったりとかはしない?」 「しないです。敢えていうなら、いちいち威嚇されたりウンチを投げられたりするのは嫌だなと思うくらいです」 この点はやはり個々の性格の差なのだろうか? 以前居た若菜ちゃんは結構怖がったりしてたからな〜。 「だってさ。やっぱり実翠石ちゃんはすごい立派だよね〜」 今まで敢えて無視していた実装石に話し掛ける。 『ワ、ワタシタチだってニンゲンさんのお役に立てるデスッ!』 実翠石ちゃんに対抗しての事だろう。急にそんなことを言い出した。 「へぇ、例えばどんな?」 『お掃除ならできるデス!』 実際躾済み実装の中には、掃除ができると謳っているものもいる。 しかし、実際のところは誇大広告もいいところで、せいぜい簡単な床の拭き掃除が出来るという程度に過ぎない上に、 掃除の出来もルンバを買ったほうが遥かにマシなレベルだったりする。 この点は身体的制約があるからあまり責めすぎるのも酷なのだが。 『お洗濯もできるデス!』 自分が来ている服だけならね。肝心の人間の服は無理だろう。そもそも洗濯機が使えないだろうに。 『お歌や踊りでニンゲンさんを癒せるデス!』 思わず鼻で笑ってしまった。愛誤派ならば価値を見いだせるかもしれないが。 『ボールとかでニンゲンさんと遊べるデス!』 それは人間側が遊んでやっているだけだ。 「お姉さん、あんまりイジメちゃかわいそうです」 対抗意識を燃やしていた実翠石ちゃんにまで庇われる始末である。 実装石はフォローしてもらったにもかかわらず、 『オマエもニンゲンさんのために何かやってみろデス!』 などと食って掛かったが。 「じゃあ、お姉さんに肩叩きしてあげたいです」 そう言って私の背後に回り込み、トントンと小さな手でリズミカルに叩いてくれる。 「いつもありがとうです、お姉さん」 「ありゃ、結構上手だね~。」 ペットショップでの仕事というのは結構重労働だったりする。業務用の餌とか10kg単位での取り扱いが普通だし。 『ワタシもマッサージしてやるデス!』 そういって私の足にまとわりつこうとする実装石。 はっきり言って気持ち悪い。 「止めろ、触るな」 思わず口調が厳しくなると、実装石はビクリと身体を震わせた。だが、それでもめげずに実翠石ちゃんの非を鳴らそうとする。 『やっぱりニンゲンさんに媚びてるデス!糞蟲デス!糞蟲は間引くデス!』 地団駄を踏んで喚くが当然無視する。 相手にすらしてもらえない実装石は、膝をつき色付きの涙を流して床をポフポフと叩き始めた。 「お姉さん・・・」 流石に見かねたのか、実翠石ちゃんが困った声を上げる。 自分のことを間引け殺せと言っていた輩に対しても優しさを示せるのは大したものだ。 実翠石ちゃんに免じて、この程度にしておいてやることにする。 実装石からはともかく、実翠石ちゃんからはなかなか面白い話が聞けたし。 そんなわけで、夜のお茶会はこれでお開きになった。 翌日、実翠石ちゃんはご主人様にお迎えされて店を後にした。私達店員にも、お世話になりました、と挨拶して。 お茶会に立ち会わせた実装石も、その数日後に買い手が見つかり店を去った。幸せを見つけるデス、と言って。 ペットショップの店員としては、後は祈るばかりである。 実翠石ちゃんには幸多からんことを。 実装石については、糞蟲化して店に苦情が来ませんように、と。 -- 高速メモ帳から送信
1 Re: Name:匿名石 2024/05/02-18:01:38 No:00009075[申告] |
実翠石への敵対的な反応だけ見るとアレだがこの実装石もまあ上々な部類なんだろうな
仕込めば自分が飼われてる水槽の掃除くらいはやるかもしれないね |
2 Re: Name:匿名石 2024/05/02-20:58:25 No:00009076[申告] |
人間に都合よく進化した実装石が実翠だとするとアッパーバージョンに取って代わられる恐怖を言語化できないだけで実装は感じてるのかなって |
3 Re: Name:匿名石 2024/05/02-22:12:10 No:00009077[申告] |
都合というか客観的な自分の地位と能力の認識と社会参加の意識の芽生えというべきか、感謝と献身を持ってるとなるともはやペットとより盲導犬とかにも近いような…
しっかし賢くお手伝いも出来ると言われる個体でも過大な自己評価かつ他責的で恩着せがましい実装石には対抗は厳しいなぁ むしろ多少おバカでも素直で最低限の躾と身だしなみが保てるやつの方がまだ実装としては可愛げがあるまである |
4 Re: Name:匿名石 2024/05/04-18:44:48 No:00009084[申告] |
最後の実装石の「幸せを見つけるデス」がこの話全文の総括みたいで良かった |
5 Re: Name:匿名石 2024/05/04-19:28:48 No:00009085[申告] |
競うな持ち味を活かせというやつだな
実装石の良いところもいっぱいあるよ…多分 |