実翠石との生活 その4 雪中行軍 -------------------------------------------------------- 仔実装の死体を抱いて若菜達に迫ってきた実装石。 二人は知る由もないが、この実装石は糞蟲ではなかった。 いやむしろ、野良の中でもかなり賢い部類の実装石といっても過言ではなかった。 何より、この実装石は襲いかかって来たわけでは無い。 むしろその逆で、一か八か助けを求めて二人に駆け寄って来たのだった。 この実装石は、公園の目立たない位置にある木の裏手に、ダンボールハウスを設けて生活していた。 人間や糞蟲気質な同族との接触を極力避け、常に慎重に行動し、いらぬ恨みを買わないよう努力して生きてきた。 春先に生まれた計7匹の仔実装達も、母実装の性質を受け継いだのか賢く育ち、 糞蟲化して間引かれることもなく、すくすくと育っていった。 仔の数が多いことから、秋の早い内から食料の備蓄に努めたおかげで、細々と食いつなげば何とか家族全員で冬を越せる程度には食料を貯め込むことが出来た。 親実装は自身の努力の成果に満足して仔実装共々ダンボールハウスに籠もっていたが、 その全てが、この日の大雪によって狂わされた。 積もった雪の重さに耐え切れず、かなり太めの枝が根本からばっきりと折れ、 大量の雪とともにダンボールハウスを直撃したのだ。 風雨により劣化していたダンボールハウスはこれに耐えきれず崩壊し、七女が上半身を潰されて即死した。 三女も下半身を潰されて瀕死の重傷を負った。 親実装と他の仔実装は何とか傷を負わずに済んだものの、 風雨から守ってくれるダンボールハウス、 春までの生命線だった備蓄食料、最低限の温もりを与えてくれるタオルや新聞紙等々、その全てが一瞬で奪われてしまった。 このままでは一家全滅は確実だろう。 手段は選んでいられなかった。 親実装は、普段ならば決して選択しないだろう危険な手段を採らざるを得なかった。 それはニンゲンに助けを求める、というものだった。 親実装は、公園に来たニンゲンに媚を売り、そのまま惨殺された同族を嫌というほど目にしてきた。 だが、ごく少数の例外も記憶していた。小さいニンゲンが怪我をした仔実装を連れていったという事を。 小さいニンゲンにお願いすれば、助けてくれるかもしれない。せめて娘だけでも助けて欲しい。 そんな一縷の希望を抱いて、親実装は仔を連れて公園の外へと歩みを進めた。 降り積もった雪をかき分けるようにして進むだけでも、親実装には大変な重労働だった。 しかも、上半身しか残っていないとはいえ三女を抱いたままである。 仔実装達は親実装が進んだ後を付いてゆくが、体躯の小ささ故に追随するのに苦労していた。 そんなわけで公園を出るだけでもかなりの体力を消耗してしまったのだが、その甲斐あってか、目当ての小さいニンゲンの後ろ姿を見つけることが出来た。 隣に大きなニンゲンもいたが、構ってなどいられなかった。 三女がニンゲンにもよく見えるよう高く抱き上げ、出せるだけの声を張り上げて駆け寄った。 (遠目であったことと後ろ姿であったことから、「小さいニンゲン」を実翠石とは認識出来ていなかった。) 『助けて下さいデスウゥゥゥゥゥゥッ!!ワタシのカワイイ仔が死にそうなんデスウゥゥゥゥゥゥッッ!!』 大きいニンゲンは親実装の方を振り返ると、小さいニンゲンを抱えて走り出した。 親実装はさらに声を張り上げて追い駆ける。 『待ってデスウウゥゥゥゥゥゥッッ!!助けて欲しいだけなんデスウウウウゥゥゥゥッッ!!』 大きいニンゲンはあっという間に遠ざかる。それでも追おうする親実装だが、雪に滑って転んでしまった。 足場の悪さに難儀して立ち上がるのに苦労しているうちに、完全にニンゲン達を見失ってしまった。 何とか追いついた仔実装達が、親実装を不安気に見上げる。 『ニンゲンさん行っちゃったテチ・・・』 『ママ、これからどうするテチ・・・?』 完全に当てが外れてしまった親実装だったが、いつまでもこうしては居られない。打開策を考えつかねば皆死んでしまう。 近くのニンゲンの家に忍び込んで寒さをしのぐか? 駄目だ。バレた時点で皆殺しにされる。それに食料が無ければ飢え死にするだけだ。 元の家の場所に戻って食料だけでも掘り返すか? これも駄目だ。食料が無事掘り起こせるかどうかが分からないし、仮に食料があっても雨風や雪が防げないから確実に凍死する。 どうするべきかと考える親実装の脳裏に、公園で暮らしていた同族が話していた内容が蘇った。 この近くにはニンゲンが沢山集まる場所がある。(公園近くの商店街がそれだ。) そこにいけば食べ物も沢山あるし、身を隠せる場所もある。 もしかしたら飼い実装にすらなれるかもしれない。 飼い云々はともかくとしても、食料と身を隠せる場所は早急に確保しなければならない。 他に選択肢はない。親実装は決断した。 仔実装達に告げる。 『これからみんなでご飯とお家の代わりがあるところに行くデス。大変だけどみんなしっかり付いてくるデス』 『ママ・・・』 不安気に見上げる仔実装達。長女がポツリと呟いた。 『・・・ママ、三女チャン、死んじゃってるテチ』 抱えていた三女は目を灰色に染めてダラリと舌を出していた。 『・・・三女はここに埋めていくデス』 親実装は雪を掻き分け、三女を埋めた。 例え死体であっても共喰いを許すと糞蟲化しかねないからだ。 特に仔実装の場合、強い常習性のある共喰いを覚えてしまうと自制が効かず手に負えなくなる。 最悪姉妹で殺し合いが生じかねない。 この極限状態では絶対に許容出来なかった。 『さあ、みんなママに付いてくるデス。三女や七女の分も生きるデス』 こうして、実装石には過酷極まる雪中行軍が始まった。 まず犠牲になったのは六女だった。 片側一車線の、それでも実装石には広すぎる道幅の道路を渡っているときだった。 親実装は自身の身体で雪を掻き分け仔実装達が通りやすよう道を作った後、車が来ないタイミングを見計らった上で仔実装達を横断させていた。 長女から順に渡らせ、最後の六女が渡ろうとした時だった。 雪に足を取られて六女が転んだ。 立ち上がろうとしている最中に軽自動車が走ってきて、六女の両足を轢き潰した。 『イタイテチィィィィィィィィィッ!!ワタチの足がないテチィィィィィィッ!!』 凄まじい泣き声を上げる六女だったが、それも長くは続かなかった。 家族が見守る中、程なくしてやって来た後続車に全身を轢き潰され、即死した。 『ママ、ワタチが一番後ろを歩くテチ。妹チャン達の面倒を見るテチ』 そう申し出た仔の中で最もしっかり者の長女に最後尾を任せ、家族は雪中行軍を再開した。 次に死んだのは四女だった。 雪かきをしているニンゲンを見つけた四女は、他の姉妹が止める暇もなくニンゲンに駆け寄った。 『ニンゲンさん!ワタチタチを助けてテチ!お願いテチ!みんなイイコにするテチ!』 家族を助けてほしい一心での行動だったが、それが報われることはなかった。 精一杯大声で鳴いてお願いしたが、返ってきたのは雪かきスコップによる無慈悲な殴打だった。 四女は悲鳴すら上げられず、雪上の染みとなった。 ニンゲンに見つかるのはやはり危険だと判断した親実装は、身を隠しつつ慎重に進むこととした。 必然的に進む速度は落ち、より長時間雪中にいることを余儀なくされ、体力と体温の低下を招いた。 いつの間にか降り始めていた雪も、容赦なく体温を奪っていった。 次に死んだのは五女だった。 空腹に耐えかねた五女は、度々雪を口にして飢えを凌ごうとしていた。 それが体温を著しく低下させ、ひいては低体温症を引き起こす結果となった。 『テチャチャヂャアアアアアアッッ!!』 低体温症により錯乱した五女は、急に叫びだしたかと思うと、自身の服を噛んで引き裂き、髪の毛をブチブチと引き抜き始めた。 奇行を止めようとした長女を振り払い、禿裸に近い状態で雪の中へと飛び込む。 『テチャチャヂャヂャヂャヂャアアアアィィィィィィ!!』 ひとしきり雪の中を糞を垂れ流しながら転げ回ると、 『・・・テチッ、ジッ・・・』 偽石を自壊させ、死亡した。 五女の奇行の末の死に全員しばし呆然となったが、いつまでも立ち止まってはいられない。 親実装は行軍を再開した。 五女の死体はそのまま放置せざるを得なかった。 埋葬に費やす体力と時間すら惜しまれたからだ。 とはいえ、この時点で仔実装達の体力も気力も限界を超えつつあった。 次に死んだのは次女だった。 親実装を含めても三匹しか居ない隊列の真ん中で、次女は急に立ち止まった。 『次女チャン?どうしたテチ?大丈夫テチ?』 すぐ後ろにいた長女が声をかけるが、反応がない。 『ママ、次女チャンが変テチ!』 長女の呼びかけに親実装が振り向いたところで、次女が奇声を上げ始めた。 『テチィィィィィィ!お腹空いてもう無理テチィィィィィィ!ウンチ食べてお腹いっぱいにするテチィィィィィィ!』 言うが早いかパンツを下ろして大量に脱糞すると、自身の糞の中に顔を突っ込んで飲み込み始めた。 だが、すぐに喉を掻きむしってのたうち回る。 寒さと空腹により体力が低下していたところに、普段はしない食糞に及んだことで喉を詰まらせたのだ。 親実装が何とか吐かせようと背を叩くが、完全に気道を塞いでいるらしく効果はなかった。 結局次女はその後十分近く窒息で苦しみ、偽石が砕けて死亡した。 自慢の仔達が、もう長女しか残っていない。 その現実に、親実装は精神をひどく痛めつけられていた。 皆言いつけをよく守り、仲良く助け合っていた自慢の仔達。 一匹も糞蟲とならずに育てることが出来ていたのは、親実装としても誇らしく思っていた。 だが、自慢の仔達はもう一匹しか残っていない。 たった一日で、ここまで減ってしまった。 せめて長女だけでも救わねば。 だが、道のりは依然遠かった。 長女と手を繋いで行軍を再開する。 降雪が酷くなってきた。空も暗さを増しつつある。気温も低下してきた。 それでも、人影を見かけては隠れ、やり過ごしてから再び歩き始める。 そんなことを繰り返しているうちに、人通りが多くなってきたことに気付いた。 目的地が近いのかもしれない。 親実装の体力も限界だったが、希望が見えてきたのは救いだった。 『長女、きっともう少しデス。もう少しだけ頑張るデス』 そう呼びかけたが返事がない。繋いでいた手の感触も消えていた。 見れば長女はうつ伏せになって倒れていた。 まだ息はあるようだが完全に意識がない。 成体実装ですら既に体力の限界なのだ。仔実装の体力が尽きるのも無理はなかった。 とはいえこのまま見殺しには出来ない。最後に残った仔なのだ。 急がねば。 親実装は長女を抱き上げると、行軍を再開した。 どれぐらい歩いただろうか。 頭や肩に積もった雪をそのままにしながらも、親実装は足を止めなかった。 腕の中の長女は既に目を灰色に染めて死んでいたが、親実装はそれに気づくこともなく前に進み続けた。 既に視界も狭まり、前がよく見えなかった。 ただ、目の前の明るい光が漏れ出ているニンゲンのお家。それを目指して足を動かしているに過ぎない。 ようやくお家の前にまでたどり着いた。 窓には、多くの仔実装が並んで立っていた。 こちらを見て、ピョンピョン飛び跳ねている仔もいる。 良かった。ここならば、長女も受け入れて貰えるだろう。 そう思い気が緩んだ瞬間、親実装は前のめりに倒れ込んだ。 パキン、と偽石が割れる音は、誰に聞かれることもなく、雪の舞い散る空へと消えていった。 実翠石ちゃん、可愛かったな〜。 ご主人様に愛されて、幸せそうだったな〜。 あんな感じで、お迎えされた先で幸せにしている姿を見ると、ペットショップのバイトをやってて良かったって思えるな〜。 などと考えながら店番をしていると、ショーウインドウに並べている仔実装がテチテチと騒ぎ始めた。 お客さんが来たのかとも思ったが、どうやら違うらしい。 こちらに向かって飛び跳ねて鳴いている仔実装までいる。 何事かと思い店の外に出てみると、仔実装を抱いた成体実装が、半ば雪に埋もれるようにして死んでいた。 首輪を着けていないし、服や髪の荒れ具合を見るにおそらく野良だろう。 この雪で進退窮まって助けを求めようとしたのだろうか? 仔実装を抱いたまま死んでいたので、ひょっとしたら賢く愛情深い個体だったのかもしれない。 もっとも、例えこの実装石に同情できる事情があったとしても、その他大勢を占める糞蟲共の所業を鑑みると、 助けようと考える人間がどれだけいるかは疑問だが。 まあ、死んでいるから確認のしようが無いけど。 バックヤードからゴミ袋と軍手を持ってきて、死体を詰め込む。 親仔共々、目が灰色になっているから蘇生することは無いだろう。 そのまま店の裏手の業務用ゴミ箱に放り込もうと思ったが、 「・・・まあ、糞蟲かどうかは分かんないからね〜」 独り言ちて、丁度良い大きさのダンボールを棺代わりにして親仔の死体を入れ、火葬待ちのボックスに存置しておくことにする。 ペットショップである以上、買い手がつかず店で寿命を迎える個体がどうしても一定数生じる。 死体をそのままゴミとして捨てている店も多いようだか、うちの店では火葬して遺灰をペット用共同墓地に埋葬するという形を採っていた。 (無論糞蟲化した奴らは別扱いだが) ブリーダーが手間暇かけて躾けた個体を大した理由もなくゴミ同然に扱えば、ブリーダーからの要らぬヘイトを買いかねないこらだ。 付き合いの深いブリーダー向けのポーズという側面はあるものの、曲がりなりにも命を扱う関係上、 必要なことではあると私も思う。 (無論糞蟲共は別扱いだが) 実は今月に入り、ブリーダーから入荷して三年ほど経とうかいう古株の成体実装が死亡するという、ちょっとした事件があった。 購入予約が入りようやく念願の飼いになれると喜んでいた矢先にキャンセルされ、 ショックで偽石にダメージを負って意識不明となり、回復することなくそのまま死んでしまったのである。 調べてみたところ、どうやら注文主は虐待派だったようで、近隣住民から悪臭と悲鳴の酷さから通報されてお縄となり、 注文も警察の指導により半ば強制的にキャンセルさせられたとのことだった。 まあ、買われた先で惨たらしい最期を迎えるよりはマシな死に方だったと思う。 そんなわけで、火葬に出すなら一匹二匹増えたところで大して変わらないだろう。 死出の道連れというやつだ。せいぜい成仏してほしい。 未だに降り止まぬ雪を払いながら、私は温かな店内へと戻っていった。 -- 高速メモ帳から送信
1 Re: Name:匿名石 2024/04/20-13:28:24 No:00009037[申告] |
素晴らしい作品をありがとうデスゥ
お礼に高貴で美しい私を飼わせてやるデスゥ 早く寿司、ステーキ、金平糖を持ってこいデジャアアア |
2 Re: Name:匿名石 2024/04/20-14:42:19 No:00009038[申告] |
基本、叫んでる実装石なんて火中の栗拾うのは好事家だけな気がする
件の段ボール仔実装の事が無く叫ばなければ話ぐらい聞いてもらえてかもね。 しかし助けて欲しい「だけ」か…人間にとってもそれなり負担と手間だからな普段散々迷惑撒き散らしてる同族を恨むこった |
3 Re: Name:匿名石 2024/04/20-22:33:28 No:00009040[申告] |
必死に生きている善良な実装石の努力が無になるのは良いものだ
ボタンの掛け違いがなければ若菜と飼い主によって助かったかもしれないのも含めて味わい深い |
4 Re: Name:匿名石 2024/04/21-11:52:35 No:00009041[申告] |
この無常さがたまらんですね
仮に飼い主の元へ辿りつけていても若菜を見て発狂コースだったかと思うと救いが無い |
5 Re: Name:匿名石 2024/04/21-14:29:39 No:00009042[申告] |
本質的に賢い奴は我慢できてたりしたから必ず反射運動的に憤怒発作を起こしていたって訳でもないのよね
躾などの矯正で糞蟲を封じ込めいた奴等はあっさり発狂していたが まあ既に心の余裕が無くて近視眼的な兆候が出てたので結局ダメだったかも知れないけど |
6 Re: Name:匿名石 2024/04/22-06:10:46 No:00009043[申告] |
グロ死体抱いて駆け寄ってきたらまあ引くよね… |