実翠石との生活 その4 ------------------------------------ 若菜と名付けた実翠石をお迎えしてから、3ヶ月程が過ぎようとしていた。 冬の寒さは一段と厳しさを増している。 そんな中でも、私と若菜は変わらず二人慎ましく暮らしていた。 いや、ちょっとした変化はあった。 若菜が私を「お父さま」と呼ぶようになったこと。 お迎えした当初よりも、いくらか甘えたがりな面を見せるようになったこと。 前者はともかく、後者は素直に喜べない事情があった。 デジタル時計の表示が23時を過ぎた頃、そろそろ休もうかと 文庫本を閉じたところで、寝室に控えめなノックが四回響いた。 「どうぞ」 ノックの主に声をかけると、パジャマにカーディガンを羽織り、枕を抱きしめた若菜が顔を覗かせた。 「お父さま・・・」 申し訳無さそうな様子の若菜を、理由も聞かずに招き寄せる。 「ほら、寒いだろう。おいで」 ホッとしたように控えめな笑顔を見せ、ベッドに潜り込む若菜。その頭を撫でて、照明を落とす。 「おやすみ、若菜」 「おやすみなさいです、お父さま・・・。ありがとう、です・・・」 以前、若菜が寒さに震える仔実装達を助けようとしたところ、目の前で共喰いを見せつけられるという事件があった。 よほどショックだったのだろう。 それ以来、若菜は私の側からあまり離れようとしなくなった。 一人では寝付けないのか、最近はほとんど毎日一緒に眠るようにもなった。 勇気を出して救いの手を差し伸べたところ、共喰いを見せつけるという最悪な形でその手を振り払われたのだ。 心の傷にならないはずが無い。 そして私は、そんな若菜にただ寄り添うことしか出来ない。 無論、若菜の気が晴れるようにあれこれと試してみたが、効果はあまりなかったようだ。 それが歯痒かった。 安心したように寝息を立てる若菜の寝顔が、そんな私の心を癒やしてくれていた。 「お父さま、お父さま」 気付けば、隣で眠っていたはずの若菜が私の身体を揺らしていた。 若菜の寝顔を眺めているうちに、いつの間にか寝入っていたらしい。 若菜の頭を撫でつつ上体をを起こすと、屋内だというのに身体の芯まで冷えそうなくらい寒かった。 朝の挨拶もそこそこに、若菜は窓の外を指差した。 「お父さま、お外、お外が真っ白です!」 結露していた窓を指で拭って覗き込むと、外は一面雪景色だった。降雪も少しではあるが続いている。 どうりでこんなに冷え込むわけだ。 「若菜は、こんなに雪が積もっているのを見るのは初めてかい?」 「はいです!」 好奇心に目を輝かせる若菜に、自然と頬が緩むを感じる。 「それじゃあ、朝ご飯を食べたら、ちょっとお外に出てみようか」 「はいです!楽しみです!」 朝食後の歯磨きを終えるや否や、しっかりと防寒着を着込んで準備する若菜に、思わず顔が緩んでしまう。 「わぁ〜っ!」 玄関のドアを開けたその先に広がる、白が大部分を占める光景に、若菜は歓声を上げた。 「ほら、触ってごらん。冷たいけど、驚かないようにね」 手近な雪を一摘みし、手袋を外した若菜の手に乗せてやる。 「わっ、わっ、本当に冷たいです!」 手の中で溶けてゆく雪をまじまじと見つめる若菜。 溶けきった雪をハンカチで拭い、両手で包み息を吹きかけて温めた後に、改めて手袋を付けさせる。 「こんなのはどうかな?」 足元の雪をかき集め、拳大の雪玉を二つ作り、縦に重ね合わせる。小石を二つ埋め込んで、雪だるまを作ってみせた。 「わ、わたしも作るです!」 見様見真似で雪を丸め、重ね合わせると小さめの雪だるまが出来上がった。そのまま私が作った雪だるまの横に並べ置く。 「お父さまと、わたしです」 満足気にえへへと笑う若菜に、一瞬涙腺が緩みかけた。 いかん、せっかく若菜が明るくしているのに、水を差す真似はできない。 「さて、どうしようか?ちょっとその辺を歩いてみるか?」 「はいです、行ってみたいです!」 若菜が滑って転ばないよう、しっかりと手を繋ぎ、普段よりも少しばかりゆっくりめに歩みを進める。 「何だか、いつもと様子が全然ちがうです」 雪が音を吸収しているせいか、普段よりも静かな佇まいを見せる町並みに、若菜は興味深げに辺りを見回す。 商店街にまで足を延ばすと、雪かきに精を出す人々がちらほらと見られた。 若菜と出逢ったペットショップの前を通りかかると、開店前なのだろうか、 まだシャッターが下りたままの状態でアルバイトと思しき若い女性店員が雪かきをしていた。 ご挨拶がしたい、という若菜の要望に応えて、店先に赴く。 「お姉さん、お久しぶりです」 店員に声をかけ、ペコリとお辞儀する若菜。 私も合わせて会釈する。 「あれあれ〜?久しぶり〜。元気してた〜?」 ひらひらと手を振り若菜に応じながら、私にも小さく会釈する。 「今日はデートかな〜?ご主人様とはすっごく仲良さしそうだね〜」 「はいです。お父さまには、いっぱいいっぱい愛してもらってるです。すごく、すごく幸せです」 そう言って私の手を取り寄り添う若菜に、胸の内が熱くなる。正直、今の若菜の言葉は大変嬉しかった。 店員は少しばかり驚いた表情を浮かべたが、すぐに笑顔を浮かべて、幸せそうにしてて私達も嬉しいよ〜、と言ってくれた。 その後も若菜の興味が引かれるに任せて散策を続けていたが、いつの間にか公園近くまで来ていた事に気付く。 野良実装共が住み着いているため、若菜と外出するときは意図的に避けていた場所なのだが、少しばかり油断してしまったようだ。 冬の間は実装石は冬眠しているはすだし、何よりこれだけ雪が降り積もっている中、巣から出歩く個体などいないだろうが、万が一ということもある。 「身体を冷やすといけないし、そろそろ帰ろうか」 「はいです」 さり気なさを装い促す私の言葉に、素直に頷く若菜。 たが、これは遅きに失していた。 「デジャアアアアアアッッ!!デジャアアアアアアアアッッ!!」 背後から聞こえてきた実装石と思しき汚い鳴き声に、若菜が身体をビクリと震わせた。 「・・・ひっ・・・ぁっ・・・」 顔を青ざめ、膝を震わせる若菜を抱き寄せつつ、背後を確認する。 「うげっ」 思わず変な声が漏れた。 既に死んでいると思われる上半身だけの仔実装を抱えた成体実装が、叫び声を上げながら何故かこちらに突進してきていた。 雪で足を取られているためだろう、動きはさして早くはない。その背後には、仔実装が四、五匹続いているのが見えた。 首輪はつけていないのでおそらくは野良実装だろう。 訳が分からなかった。 何故冬眠しているはずのこの時期に活動している? その死体は一体何だ? 「お父さまっ、お父さまっ!」 混乱しかけた思考が、若菜の呼びかけで正常さを取り戻す。 そうだ、まずは若菜を守らねばならない。 だがどうする?踏み殺すのは容易だろうが、若菜にそんな残虐シーンは見せたくなかった。 やむを得まい。ここは逃げの一手だ。 私は若菜を抱き上げると、そのまま振り返らずに走り出した。 「お、お父さま!?」 「しっかり掴まっていなさい」 積雪のせいで速度は出せないが、それでも野良実装よりはよほど速い。 野良実装の叫びは間もなく聞こえなくなった。 人通りの殆どない裏路地で足を止める。 大した距離を走った訳では無いが、足場の悪い雪道だったことと、若菜を抱きかかえての走りであったため、軽く息切れしかける。 とはいえ、これで完全に振り切ることは出来ただろう。 「若菜、もう大丈夫だよ」 安心させようと呼びかけると、何故か若菜は頬を赤く染めていた。 「若菜?」 「な、なんだかこれだとお姫様みたいで、ちょっと恥ずかしい、です・・・」 「・・・若菜は、私にとって大切なお姫様だよ」 我ながら気障に過ぎる台詞だと思ったが、偽りない本心でもある。 さらに顔を赤く染めた若菜が私の首に腕をまわして、耳元で囁いた。 「・・・わたしも、大切で、大好きです、お父さま・・・」 頬に触れる唇の感触。若菜からの親愛の証が、たまらなくこそばゆかった。 人目が無くてよかった。 おそらく今の私の顔は、他人に見せられない程度には緩んでいただろうから。 -- 高速メモ帳から送信
1 Re: Name:匿名石 2024/04/18-22:34:07 No:00009031[申告] |
救われたのは若菜かその主人か
時々牙を剥く糞蟲達や共依存になりかねない不穏な空気と穏やかな日常の交流が相まって進むのがいいな 冬篭り失敗一家の末路はいかに |
2 Re: Name:匿名石 2024/04/18-23:32:50 No:00009033[申告] |
良い…
寿命的なあれが人間と違うなら悲しい別れもあるんだろうがずっと仲良しで過ごして欲しいね 不幸は実装石が全て受け止めるから |