「デッギャアアアアアアアアアス!!!!!」 ヘビメタバンドのデスボイス並みの発狂を見せる実装石。 片目を掻きむしっては血涙を流して頭をぶんぶんと振り回す。 実装のコミュニティがある茂みからニンゲンが闊歩する公園の外の路上へ走り出る。 やがて、そこに常駐していた作業服の姿のニンゲンに捕まって殺された。 地面には緑色のシミが遺されるのみ。 「またおかしくなっちゃったオトモダチデス…」 「仕方ないデス…ワタシも…もうそろそろ限界かもデスゥ…」 茂みの中から顔をヒョコっと出してその様子を見、寂しげに話し込む実装石たち。 首にヒモで通されたカードが提げられていて、そこには「認定末代ライセンス実装」とある。 実装は皆片目がつぶされている。この公園の野良は皆そうだ。 彼女らは不妊処置を受ける代わりに駆除を免除されるニンゲンとの契約に同意した、末代実装たちだった。 …… 市役所、環境保全課にて…… 「愛護派から文句とかつかなかったんすか?飼い実装が駆除に巻き込まれたとかで大規模駆除出来なくなった代案っすよねこれ」 「最大限の配慮はアピールしたからさ、大丈夫だよ、段々減ってく分には連中バカだから気にしなかったし」 「にしても上も思い切りましたねー、清掃員の常時配置とか、公園内だけ保護して路上は何してもいいとか……」 「よくわからないカタチだけどね。まあ実装は実際減ってるし、いいんじゃない?」 話し込む中年の女と若い男。 手元の資料には『段階的市内美化計画』 笑顔の実装石達が手を振ってさよならを告げるような欺瞞めいた小さなイラスト。 ぺらりとめくれば、資料はその実像を明らかにする。 『合意の上の去勢によって公園内実装石の繁殖能力を剥奪』 『捨て実装厳罰化を順次実施し、以降実装類繁殖を防止』 『捨て実装置き去り防止カメラの設置徹底』 『段階的餌付け厳罰化』 『末代実装に放置と不干渉を呼びかけ、数年をかけ自然死による『退場』を促す』 「本当にこれやったんだからとんでもないっすね」 若い男が呟いた。中年の女は目を細めて小さく手を振る。 …… 公園内…… 「後悔してるデス」あの茂みの中にいた実装がポツリと漏らす。 ややおでこが広いのでデコと言おう、彼女が恨めしげに呟く。 「でも生きてればいいこともきっとあるかもデス」 デコの言葉を群れの実装は否定する、しかしその顔は暗い。 「こんなはずじゃなかったんデス!」デコは涙を片目から流す。 「……みんな、そう思ってるデス」ポツリと呟かれたその言葉で、デコはハッとしたようになって、頭を下げた。 「ごめんデス、みんなにやなコト意識させちゃったデス…」 仔実装のいない空間。成体実装数匹が、やつれた顔で身を寄せ合っていた。 …… 過去…… 「デデデ~!?本当に駆除されなくなるんデス~!?」 「ちょっとした処置ですぐ済むよ!みんなお利口実装ちゃんだから、ご褒美も欲しいし受けるよね~?」 「受けるデ~ス!」 公園の真ん中に設置された緑色の仮設テントに立ったニンゲンが手招きする。実装たちがデスデスと騒ぎながらぞろりぞろりと馳せ参じる。 「デデデ!つかんじゃダメデス!ワタシはいいデス!やらないデス!」 「そう言わずに!そう言わずに!」 ニコニコとした笑顔を貼り付けたまた別のニンゲンが、茂みの中に隠れていた実装たちを掴み上げて強引にテントへ引っ立てていく。 2年前の春にそれは実施された。 『おくりものかいじょう』 実装石にもわかりやすい大きなひらがなの看板。柔和なフォントが安心感を高める。 キャンディが実装石達に手渡され、ニンゲンが声高く説明を繰り返す。 『ここでみんな手術を受けたら、子供を作れなくなるけどみんな駆除されなくなるよ!?これはもう!受けるっきゃない!』 「デース!デース!」実装たちの大歓声。 1匹1匹とテントの中へ消えていく。そしてしばらくすればウキウキ笑顔で出てくる。 「飼ってデスー」 世迷言をほざく処置済み個体も現れるが、笑顔の職員はそんなものは茂みへ向けて投げ飛ばしていく。 デスデスと熱狂する実装の群衆はそれを気にも留めない。 「あいつはブスだから失敗したんデス、デププ~」 こんな具合だったのだから。 この時、まだ生きていたデコの親はこの去勢に同意し、デコもその処置を受けたのだ。 駆除の恐ろしさに怯え逃げ惑う生活を送るのが野良実装。 故にニンゲンの提示したその選択肢が輝いて見えたのだろう。 公園中の野良たちはそれを意気揚々と選択していった。 ……実態としては拒絶する実装にも無理やりに『同意』をとって、一匹の例外もなく去勢が施された。 「ママ、ワタチコドモほちいテチ」片目に特殊な光を浴びせられて潰され、処置を受けたデコは不満を漏らした。 首にかけられたカードは去勢済みの証。『末代』を刻まれたカード。 「安心するデス!ニンゲンさんは何でもできるから元に戻す方法をきっともってるデス!ようは駆除されないから長生きできるデス!だから飼いになればいいんデス!」 「テェェェ!ママはテンサイテチ!」 デコは目を輝かせた、なんて聡明なママだろう。 …… 翌日、ママは大張り切りでデコを連れて外へ出る。 「それじゃ今日は早速ママとニンゲンさんに媚び媚びしにいくデッスン! どの実装家族も同じことを考えた。そして幸せ回路の暴走のままに、駆除されない=ニンゲンに好かれる実装になった、などと考えて。 「テ?」デコは不自然を感じ立ち止まった。 よくない匂い。デコは嗅覚が敏感で、すぐにそれに気づけた。どこからする? ふと首を傾げる。匂いがするのは… 視界の先に立っているニンゲンたちだ、まだ距離があるがニンゲンから香っている。 周りを見たら、自分たちと同じような同じような実装家族がいっぱいいるのが見える。浮かれ気分でニンゲンに駆け寄っていく。 いそがなくちゃ!あっちが先に飼われてしまうかも!…などとデコは思わなかった、少しその場で立ち止まる。なにが「違う」気がしたのだ。 でも見えているニンゲンたちは皆笑顔だ、柔和な表情だ、コンペイトウも撒いている。 「なにしてるデス?はやくくるデスー!コンペイトウがいっぱいデッス!」ママが手招きする。 「テ、テチ!」ヨチヨチとママの元にデコが駆け寄っていったその時だった。 「ゲボ」間抜けなゲップのような音。ママの顔面が一瞬歪み、全内臓を吐き出して死んだ。 「ママ!ママァ!」 「強力ゲロリでいっちょ上がり!」笑うニンゲン。 ふと周りを見れば。「メパソッメパソッ」 ニンゲンのまいたコンペイトウを舐めて頭が急速に萎み、ありえないような下品な笑顔になって死んだ成体実装。 「ママ!?どうしたんテチ!?むぐっ」すがりつく仔実装。その口にニンゲンによってあのコンペイトウが放り込まれる。 「メパソ~」同じような痴態を晒し、鼻からだらだらと血を吹き出して死んだ仔実装。 「テェェェン!」毒だ。ニンゲン全てが毒を撒いている! デコは直感して踵を返し、糞をブリブリ漏らしながら這って逃げた。 「はは!それで逃げてんの?ママちんじゃったね~!」笑うニンゲンの声。声。声。 必死でデコは逃げた。ママが死んだ、他の仔のママも死んだ! 「にげるテチ!逃げるテッチ!」 ノロノロとした進みのデコの後ろ姿を、ニンゲンはいつまでも嘲笑していた。 …… 虐待派、公園、朝…… 「メパソッ~メッパソー」 地面を這いつくばってピクピクと楽しい実装ダンスを踊る頭が萎んだ実装石。 実装コワレを食べた実装はこうなる。こいつは毒に耐性があったらしく、まだくたばっていない 。 知り合いのアキトシから聞いた話は本当だった。 なんでも役所の去勢を受けた実装共は何を思ったかニンゲンに好かれるようになったとか思い込んだらしい。 自分から近づいてきやがるってんで、それが本当だったんだから。 なんでも市は実装をどんどん減らして野良がいない地域を目指すとからしいが…… まあ俺らだって今じゃペットショップで買った清潔な連中いじめんのが主流だしどうでもいいか。 そもそも野良遊びなんてのも久々だ、愛護派もうるせえし。 でもこいつら野良で遊ぶのも終いが近いなら、どれ、パーっと成体全部ぶっ殺す勢いでいくか。 一日仕事でぜーんぶ殺しちまえ。 …… 夕暮れ、デコがトボトボと歩いていく。 あれから茂みの奥に身を隠し、暴虐の嵐が去るのを待った。 静けさが戻った頃に恐る恐ると外に出て、見れば公園はがらりとしていた。 死体もない、痕跡もない。虐待派はそのすべてを実装ゴミ袋にでも放り込んでまとめてしまったのだろう。 「ママもういないテチ……近所のおばちゃんもいなくなっテチ」 力なくハウスがあった方向へと歩んでいくデコ。 「まっテチ」 道すがら、仔実装に話しかけられる。 「あなたもママが……チンじゃったテチ?」「テェェェ…そうテチ」「ワタチもなんテチ」 途方に暮れた仔実装たちがどこからとなく次々集まる。 境遇は誰も口にしない。同じような出来事の末に親だけが殺され、遺された。 「ウチにくる…テチ?」 誰からとなくデコの言葉に頷き、トボトボとハウスへ集合し身を固める仔実装。 公園内には似たような形で仔実装の群れが形成される。生き方もろくに知りもしない小さな存在の寄り合い。 「これからどうなるテチ…」答えるものはない。 そうして、公園内の実装の黙示録がここで静かに始まった。 …… 一週間後。実装の数はすでに半数を割っていた。 ニンゲンが約束を反故にして一斉駆除を行なったか?否、何もなかった。 仔実装たちが弱すぎた。 「ウジチャンなんテチ~!「しっかりするテチ!しっかり…」 「ウジチャンレフゥゥゥンテチ!プニプニしてほしいレフ~!テチ」 鼻水を垂らしてプパプパと尻から液便をタレるその実装は、昨日まで仔実装たちのリーダーをやっていた仔実装だった。 仔実装だけで生活することは当然難しかった。大きな親の庇護下にない仔実装達は、簡単に心も体も壊した。 「テ…またウジちゃんになっちゃったテチ…?」 餌取りから帰ってきたら仔実装が、憔悴した顔でハウス内の様子を見て吐き捨てるように言った。 幼児退行、ウジ帰り。仔実装故にウジ時代もそうない個体ばかりだが、ウジになりたがった。 それが珍しくもない日常、仔実装たちは殺伐として行く。 自殺、事故、喧嘩、飢餓、実装石たちは一斉駆除なしに過酷な『自然死』へ追い込まれていった。 様々な死因があったが、一番はやはりニンゲンへの媚びだった。 「もう我慢できんテチ!チアワセゲット大作戦テッチャアアアアアアアア!」 「まつテチ!出ていっちゃダメテチ!」 「そうテチ!危ないテッチ!」 群れの制する声を聞かない仔実装が公園の外、実装の保護されない路上へ飛び出す。 「ニンゲンサ~ン!なんとビッグチャンステチ!こんな可愛い仔実装チャンが飼えちゃうんテ ヂッ」 「うっせ」 「見えたテチ?踏まれたテチ!ま、またチんじゃったテチ…」 「こんなのばっかりテチ、もういやテチィ!」 茂みから顔を出して遠くの死を見届けた仔実装たち。 死に次ぐ死、毎日減って行く仔実装は困窮し、その度にニンゲンへ突撃する個体が現れた。そして拒絶された。 条例によって公園内の実装は保護されているが、公園外のものは踏みつぶそうがどうしようが勝手となっている。 清掃員が日中は常時待機し、媚びからの死の一連の流れを見て見ぬふりしては死体を淡々と片づけていく。 「飼いにしてあげるよ」「ほんとテチ!?」「うそ!」「デヂャッ」 「これ普通に袋入れたら実装ゴミの箱に放り込めばいいんすよね~?」 「そうそう、とにかく愛護派とかに見つかんないうちに、とっとと捨てちゃって!」 これ幸いと近辺には虐待派がうろつくようになり、飛び出た仔実装を面白おかしく弄ぶ。 清掃員は『なぜか』実装嫌いが多く選抜され、それを見て見ぬふりをした。 …… 数か月後。 「ニンゲンサンは実装石が嫌いなんテチ」 目の下に隈を作ったデコが呟く。 「今なんていったテチ?」ギラリとデコを睨む一匹の仔実装。 「なんでもないテチ、餌どりに行ってくるテチ」餌取りへ出かけるデコ。 「いってくるテチ」仔実装もまた追求はしない、虚しくなるだけだ。 人間は実装石を嫌う。親の庇護下ならば親に即座に否定される発想。 (愛されるのが実装石なんデス、ニンゲンサンはいつか飼いにしてくれるんデス。) どの仔実装も言い聞かされてきた、ママのママのずっと前のママから語り継いでいた言葉の魔法が汚れて壊れて行く。 …… 「またテチか」「またテチ」 茂みから顔を出して路上を見る群れ。仲間の死に驚くことも無くなった。 そこで起きることを好奇心やらで見ているのではない、オトモダチがどう死ぬかを見てニンゲンの実装殺しの手法を知るために見るのだ。 公園内は安全とは言え、外に無理やり連れていかれたオトモダチもこれまで目にした。 生き抜くためには最悪の場合を想定しなければいけなかった。 「待っテチ!?飼っテチ!」「死んでちょ?殺されてちょ!」 「テギャア!」 スプレーらしきものを使って、ニンゲンはオトモダチをたった一撃で殺した。 「ああいうのもあるテチ…?」「コワイコワイなのテッチ……ドクドクの水さんなんテチ…!」 愛されたい実装石の本能は、ニンゲンがなんの感慨もなく実装をいじめ殺す姿に悲鳴を上げ続けた。 「……ッテチュウ…!!」 意味にならない叫び。デコはママの言葉をまだどこかで信じたかった。 日毎日毎にママの言葉が現実により汚れていく。 困窮してはニンゲンの愛が欲しくて庇護を求めて縋る者が出て、与えられるのは死と痛み。 公園内ではなぜかニンゲンは実装を襲わないが、人通りの激しい路上となると別。 デコたちはその理由、実装保護の条例とその周りの事情をを知らずとも肌感覚で理解していく、路上=ニンゲン=死の図式を組み立てていく。 拒絶を理解していく。 「パキン」ストレス死もまた多い。 「また逝っちゃったテチィ」「食べるテチ…」「バイバイテチャ~…」 死んだオトモダチは食べ物。 エサもあまり上手くは取れない仔実装。死んだナカマをちぎって食べる。 肉を巡っての能動的なバトルロワイヤルが起きなかったのは、オトモダチのいない生活を皆が恐れていたからだろう。 何かと身内で殺し合う実装という種にあって、奇跡的と言える関係がそこには築かれていた。 あるいは、生きていれば何か好転があるとまだどこかで思えていたからだろうか。 …… …… …… それから、2年が経った。 ひどい死の連鎖を潜り抜けても、なんと奇跡的に仔実装たちは生存し続けた。 成体となり、餌取りも上手になった、だが、本当の苦しみが訪れていた。 「デッギャアアアアアアアアアス!」発狂した声をあげて公園を走り狂う実装。 やがて路上に出て死ぬ。 そうなる者が最初に現れたのは今年からだ。 その様子は仔実装の頃とは訳が違う。飼われることは求めていない、ただただ暴走しているのみ。 どれだけ生きても何もどうにもならないことへの気づき。 どん底を生き抜いた誉ある逞しい精鋭たちの末路。 「こうなるって、あの時から実はわかってたデス」 「でもどうにもできないデス、でもママはどうにかなるって言ってたんデス」 「ワタチのママもデスゥ」 オトモダチを遠く眺めてため息をつく。もはや遠い過去の記憶になった処置の日の記憶を思い出す。 繁殖を封じられているデコたち末代実装は仔実装のころならば気になりもしなかったが、今になって仔が作れない事実に直面した。 過酷な環境を生き抜いたサバイバーたちの終点はすぐそこまできていた。 野良の過酷な環境、減って行くことはあっても増えない仲間、自分たちを基本的に侮蔑するニンゲン。この世の味方は少なすぎる。 仔実装が居ればきっと痛みを分かち合ってくれたはず、自分を、群れのオトモダチも愛してくれたはず。 「フー、フー」デコは息を吸って目を閉じ、妄想する。 テチテチと可愛らしい小さな小さな実装石が自分の周りで遊ぶ姿。仔の姿。 「ママは餌取りを頑張ってえらいえらいなのテチ!」 「ママもオバチャンたちも大好きテチャ~!」 まさに『愛しの仔実装ちゃん』だ。 自分やオトモダチを笑顔で迎え、ハウスで待っていてくれる可愛らしい自分の仔……。 「フー…デシャアッ…!」 目を開ける。薄暗いヨレたダンボールハウス。くたびれたオトモダチたち、だるい身体。現実。 ひらり。視界の端に小さな緑色の影が見えた。 まさか仔実装!? 「デデ!?そこにいるのはなんデス!?」思わず立ち上がるデコ。 「何が見えてるデス?なんにもいないデス」 幻。オトモダチに肩を掴まれて2度3度頭を振られ、正気に戻る。 「デー…」緩やかな苦痛。蝕む孤独。仔実装が作れない現実の直視。 「何が見えたか、わかってるデス」 横たわったままだった別のオトモダチがデコに告げる。 この場にいる実装全てが限界を迎えかけている。いや、おそらくもう限界を迎えた。 …… 「とうとうデス」 翌日、目が覚めたデコはハウスの中に一匹だった。 オトモダチの姿はない。茂みから顔を出して外を見ると、緑色のシミが路上に見えた。 デコに気づいて、イヤラシイ笑顔を浮かべて清掃員が声をかけた。 「お前で最後だ、早くお前も死ねよ」 デコは全てを察し、歩き出した。叫びはしない。 公園の中央にある池を目指す。死んでしまおう、死んでしまおう。 でも路上はイヤだ、あの人間の手にかかって死ぬのはゴメンだ。 「実装石だー」「まだこの公園にいたんだね~」 「珍しいなあ、どこに行くんだろう?」 (ニンゲンが騒いでるデス、放っておいてほしいデス) (みんなみんな憎いデス、あれから一斉駆除なんかなかったデス) (ママはウソツキデス) (飼いにしてくれるニンゲンなんかいなかったデス) (ニンゲンもきっとわかってたデス、こうなることがデス) (実装石がキライだったんデス) (オトモダチも最後はワタチを置き去りにしていったデス) (みんなみんな、嫌いデス……。嫌いなんデスゥゥゥ!) ドス黒い涙を流して、池に向かってデコは歩く。 公園にいる人間が少しだけ珍しがっては、すぐに興味を失って行く。 餌付けも厳罰化され野良実装も減って行く昨今、野良実装に構う者はこの2年でめっきり減ってしまった。 「嫌なことでもあったのー?」 すれ違った若い女が、デコのあまりの形相を気にかけてしゃがみ、声をかける。 振り向きたい。振り向いたらちょっとだけは救われるかも、愛してくれるニンゲンがやっと現れたのかもしれない。 (だめなんデス……いまさらなんデスゥ!) デコはそれを無視した。ずんずんと歩いていくデコの後姿を女性は追いかけなかった。 「急いでるのかな?」女性が能天気そうにつぶやく。 …… デコは池の前に辿り着く。 水面に映るのは、黒い涙を流す醜い薄汚れた実装石。 波打ちの加減で水面が歪み、映ったデコが少し小さく見える。 ひと瞬きの間だけ、仔実装のように見えた。飛び込む。 実装石は泳げない。デコもまたその例外ではない。ただ溺れた。 仔実装なんて、いなかった。 …… 市役所、環境保全課にて…… 「なんかあの公園の実装、とうとう全部死んだらしいっすよ」 若い男が公園の管理事務所から送られたLineのメッセージを見て無感情に呟く。 「あら実装全滅した?これであの公園の中、色々おおっぴらに弄れるようになるね」 気怠げに返す中年女性、時間の問題だったと知っていたようで、そこにもやはりなんの感情もない 「実装が暮らしてるとなかなか難しいとか、よくわからんっすねえ」 「ほんと、長い事連中の全滅待ちだったけどやっとって感じ」 「連中も野良にしちゃ長生きなやつらだったらしいし天寿でしょうねぇ、あの世で楽しくやってると思います」 若い男が勝手な推測をして空に手を振る。 「そこはどうでもいい。じゃあ全滅したの、資料に記入しておきな~」 「はいはい~」 男が資料を開いて記入する。 『2024年4月17日 皐月公園の実装石、絶滅を確認。』 資料の片隅には、笑顔の実装石が手を振る欺瞞的なイラストがあった。 おわり
1 Re: Name:匿名石 2024/04/18-22:44:36 No:00009032[申告] |
この政策なくて仔を産めてもどうせ明るい未来はないんだが生きていくために希望は必要なんだよな… |
2 Re: Name:匿名石 2024/04/19-02:18:12 No:00009034[申告] |
真綿で首を絞められてゆく感じの実装ディストピア的な設定はすごく面白くて好きだけど
発狂が単に事象っぽくあっさり感じてしまった 多少冗長でも実装たちの生活の中で絶望に至る焦燥感や詰んでる事への気付きみたいのを彼女達の視点や心理でもう少しじっくり見たかったな |
3 Re: Name:匿名石 2024/04/19-02:24:08 No:00009035[申告] |
最初に交わした冷酷な約束から以降、ほとんど人間の干渉が無いのに、みるみる実装石の精神が摩耗していく。
むしろ人間の無関心に実装石の本能が耐えられず、個体が壊れ、群れが崩れ、最後の一匹も朽ちる。 物語が進むほど会話文が減っていき、実装石の希望が消える過程描写が丁寧だった。 野良実装石の絶望していく内面心情を深堀りして書いたスクは珍しいが、この作品は期待以上に書き切ってくれた。 |
4 Re: Name:匿名石 2024/04/19-03:14:45 No:00009036[申告] |
保管ありがとう!
死の連鎖の最中でも殺し合いにならない説得力のある描写がすごくよかった GJ! |
5 Re: Name:匿名石 2024/04/20-14:44:14 No:00009039[申告] |
よく出来た人間の悪意渦巻く欺瞞の箱庭だと思う |