実翠石との生活 その2 -------------------------------------- 若菜と名付けた実翠石をお迎えした翌日、私は彼女を伴って近所の商店街に来ていた。 彼女の衣服を始めとする日用品を入手する必要があったからだ。 当初は若菜をお迎えした店で買い揃えるつもりだったのだが、店側でも実翠石を扱うのはイレギュラーだったため関連商品など端から置いてない上に、 そもそも実翠石は個体数自体がさほど多いわけでもないため、関連商品自体がほとんど流通していないという。 完全に宛てが外れた形だったが、そんな私を見かねたのか、店主は助け舟を出してくれた。 とりあえず衣服については手当が付くように、同じ商店街にある店主の知人が経営する店を紹介してくれたのだ。 というわけで、若菜と共に商店街を歩いているのだが・・・ 「わぁ〜!」 目に映るもの全てにその特徴的なオッドアイを輝かせる若菜の様子に、私は頬が緩むのを抑えきれなかった。 思えば、今までの若菜の知る世界は、ブリーダーの元での教育と、ショップのショーウインドウから眺めることができる風景だけがその全てだったのだ。このような反応になるのも頷ける。 とはいえ、決して私の手を離して一人走り出そうとしないあたり、言いつけをしっかり守っているのだから大したものである。 「ご主人さま、ご主人さま!あれは?あれはなんです?」 「ああ、あれはね・・・」 そんな若菜の子供らしい一挙手一投足が、今まで灰色にくすんでいた私の世界に、少しずつ色彩を取り戻してくれていた。 そんな調子だったので、予定よりだいぶ遅めに目的の店に着く。 この店の店長と思しき初老に差し掛かった女性に声をかけ、若菜に合うサイズの下着、靴下、パジャマや普段着、コートを始めとする冬物等々を見繕って貰う。 どうやら、ペットショップの店主から事前に連絡があったらしく、手際よく必要なものを用意してくれた。 この点、男である私にはあまり見当がつかなかったから正直大変助かった。ペットショップの店主には後で何か礼をしなければ。 会計を済ませたところで、若菜が一点を興味深げに見つめているのに遅まきながら気付く。 その視線の先には、新緑を基調としてリボンやフリルで瀟洒に飾られたワンピースドレスが吊るされていた。 サイズも若菜にちょうど良さそうだ。 「よかったら着てみるかい?」 気を利かせてくれた店長の言葉に、若菜は上目遣いで私の顔を覗き込む。 そんな可愛い顔をされては断れまい。 私が頷くと、若菜はパッと顔を輝かせて、店長に促されるまま試着室へと入っていった。 待つことしばし。 「おまたせしました、です・・・」 カーテンを開けて現れた若菜の姿に、思わずため息が漏れる。 物語の世界から抜け出してきた、森の妖精の王女。 そう形容したくなるほど、愛らしい若菜の姿がそこにはあった。 「ど、どうです・・・?似合うです?」 「・・・ああ、よく似合っているよ。まるで本当のお姫様みたいだ」 若菜のあまりの可愛さに大した褒め言葉が出なかったが、それでも若菜は嬉し恥ずかしといった笑みを浮かべた。 せっかくだからこの服も買って帰ろうかと思い店長を見やると、私の思考を先読みしたかのように告げた。 「悪いけど、これは貸衣装だから売れないよ」 あからさまに落胆の表情を浮かべる私に苦笑して、せっかくだから写真の一つも撮ったらどうかと勧めてくれた。 お言葉に甘えてスマホで若菜を写真に収めることとする。 若菜の要望で、店長に頼んでツーショットも撮ってもらった。これは現像してどこかに飾ろうか。 気がつけば結構な時間が経っていたので、ご満悦な様子の若菜共々店長に礼を言い、店を後にした。 行きと同様、若菜の手を引いて家路に付く。 すっかり日が落ち、道端の所々に色濃い影が差す中を、他愛もない話に花を咲かせながら進む。 そんな小さな幸せは、残念ながら中断を余儀無くされる。 飲食店の店先に出された業務ゴミに群がる、野良実装の親仔がいた。 親実装が一匹に、比較的大きめの仔実装が四匹といったところか。 冬籠りの準備のためか、ただ単に腹をすかせてかは分からないが、ここ最近は商店街でも野良の実装石をよく見かけるようになった。 ゴミ漁りで景観を汚されては堪らないので、商店街でも保護ネットをかけたりゴミボックスを利用するといった対策を施しているとは聞いていたが、早速効果を発揮したらしい。 仔実装が一匹、保護ネットに絡まって動けなくなっていた。 親実装が何とか引っ張り出そうとしているようだが、後ろ髪やら服やらが引っかかって難儀しているようだ。 無視して通り過ぎようとしたのだが、 「デシャアアアッ!?(なんでオマエみたいなヤツがいるデシャアアアッ!?)」 「テチャアァァァ!テチィッ!(こいつ飼いテチ!生意気テチ!)」 「テチィッ!チィッ!チィッ!(ムカつくテチ!ウンコ食わせてやるテチ!)」 「テチャアアアアアッ!!(そのクソニンゲンと一緒にドレイにしてやるテチ!)」 こちらに気付いたのか、歯をむき出して威嚇し始める親実装。釣られて仔実装達も同様に喚き始める。 もっとも、リンガルなど持っていないため何をほざいているかなどさっぱり分からないが。 「ご、ご主人さま・・・!」 「大丈夫だよ。ほら、行こう」 怯える若菜と糞蟲共の間に割って入りつつ、ことさらに無視して通り過ぎようとする。 だが、本能レベルで忌み嫌う実翠石を目にしたためだろう。 あろうことか、親実装は股間に手を突っ込み、糞を塗りたくった手をこちらに向けて突撃してきた。 「デシャッ!デシャアアアアッ!(お前なんか糞まみれの奴隷にしてやるデスゥゥゥゥッ!!)」 若菜の前であまり乱暴な真似はしたくなかったが、こうなってはやむを得まい。 私は親実装の顔面、ちょうど口のあたりに思い切りトーキックを叩き込んだ。 顎が潰れたのか悲鳴を上げることも出来ずに数メートルほど宙を舞い、左半身を地面に叩きつけられた。 衝撃で左側の手足が千切れ飛び、起き上がることすら叶わずにイゴイゴとのたうち回っている。 親実装の無惨な様子に呆気に取られて動けないでいる仔実装共も、威力は加減しつつ同様に蹴り飛ばして道の端へと追いやる。 こちらは親実装ほど頑丈ではなかったためか、着地と同時に顔面をすり潰されたり下半身がミンチになったりと、若菜の情操教育上あまりよろしくないことになってしまった。 保護ネットに絡まって動けないでいる仔実装は、家族の惨状に恐怖したのか色付きの涙を流して脱糞していた。 糞蟲共が一通り動けなくなったことを確認し、若菜に声をかける。 「もう大丈夫だよ。さあ、帰ろう」 「は、はいです・・・」 私の上着を小さな手でギュッと握る若菜の肩に、そっと腕を回す。 糞蟲共の呻きと泣き声を背に、私達は帰宅を急いだ。 「こ、こわかったです・・・・・・!」 玄関をくぐるなり、若菜は私の身体に力いっぱい抱きついてきた。 「大丈夫、大丈夫だ」 なるべく優しく抱きしめ返しながら、頭を撫でて慰める。 あんな気色の悪い生物に急に吠え付かれたのだ。こうなるのも無理はない。 「で、でも・・・」 顔を上げ、しっかりと私の目を見て、若菜は続けた。 「怖かったけど、ご主人さまが守ってくれて、すごく、すごくうれしかったです・・・! ありがとうです、ご主人さま・・・!」 若菜の笑みが、温もりが、私のひび割れていた心を癒やしてゆくのを確かに感じた。 大したことなどしていない。むしろ礼を言うべきなのは私の方なのだ。 そう口にしたかったが、喉が詰まって声を出せそうになかった。 代わりに若菜の頭を撫で続ける。目を細め、若菜は抱きつく力をわずかに強めた。 数分後に若菜の腹の虫が空腹を訴えるまで、二人そうしていた。 -- 高速メモ帳から送信
1 Re: Name:匿名石 2024/04/13-07:10:53 No:00009014[申告] |
自分は1年くらい前に入ってきた新参で他実装があまりいない実装界隈にばかり馴染んでるから
やたらと実翠石に敵意を向けてくる実装が少し新鮮に感じて面白い 若菜とご主人様の暮らしが今後どうなるのか期待 |
2 Re: Name:匿名石 2024/04/13-11:03:43 No:00009015[申告] |
相変わらずの野良実装の藪蛇っぷり
どんなに本能に染み付いた嫌悪感はあっても反射ではないみたいなので分別ある連中は無軌道に突撃なんてしないよな、一定数はちゃんと我慢出来ているのだから でもその賢い個体ほど同族の嫉妬や反感で淘汰されやすいのも実装社会の理不尽というか 一方で本能的に人間を奴隷だと思っているからルサンチマン的な道徳心すら無いんだろうな |