「ママ、ママ」 「どうしたんデス?」 「イモチャもワタチもギモンテチ、フカカイがあるテチ」 母実装の裾を引き、仔実装の姉妹が何かを質問しようとしていた。 「なんでワタチタチみ~んなダンボールさんのおうちなんテチ?」 長女仔実装は首をかしげながらそう言った。 「あっちのがいいテッチ」続けて妹実装が木のウロを指して言う。 腕と視線を向ける方向にあるそれはそこそこな広さがある。 よれて水を吸い強度も低くなったダンボールなどよりずっと頑丈で堅牢な巣になり得るだろう。 真っ当すぎる、本当に議論の余地もないような指摘。 「あれじゃ、ダメなんデス」母実装は穏やかに笑みながらも、申し訳なさそうにそう言った。 「テェ?なんでテチ?おかしいテチ、ダンボールさんはよわっちいテチ、このまえも悪いニンゲンサンにけっとばされちゃったテチ」 「でも、ダンボールじゃないとだめなんデス」 「イモチャ、ママの話をきくテチ」「テェ?おかしいテチ」 「昔々のお話なんデス、ワタシのず~っと昔のママのママのママ、そのくらい昔のママはカイジッソウだったんデス」 始まる母の昔話、耳を傾ける実装姉妹、遠い目で切なく語る言葉。 …… そのママ、大ママは暗くてコワ~イところにいたんデス。 こわいニンゲンサンでいっぱいのショップっていうところデス。そこで生まれたんデス。 毎日怖くてつらい日々、おひさまを見た事もなかったんデス。 それから、ハイタツ?というものでニンゲンサン、ゴシュジンサマのもとへ運ばれて行ったんデス、ハコの中にいれられてデス。 …… 「テェ?だれテチ?ゴシュジンサマテチ!?よろしくおねがいしますテチ!」 …… 大ママが入っていたそのハコこそダンボールだったんデス。 大ママはその時いっぱい喜んだんデス。 まずはじめてやさしいニンゲンサン会えた喜びデス。 つぎにダンボールが幸せに運んでくれたことデス。 まさにダンボールはシアワセのゆりかごだったんデスゥ。 それからというもの、それはそれはシアワセな日々が幕を開けたそうデス、でも、なぜか大ママは捨てられてしまったのデス。 ある日起きたら公園にいて、ダンボールに入っていたそうなのデス……。 …… 「なんでテチ、じゃあいみがないテチ」「イモチャちょっとだまるテチ」 …… 大ママはもしかしたらゴシュジンサマに何か訳があるんだと信じたんデス。 間違いだと思ったんデス。だからあきらめないで生きる事にしたんデス。 入っていたダンボールを茂みに隠して、それが最初のダンボールハウスだったそうデス。 それからなんとか大ママは生き残って、大ママはママたちのごセンゾさまを産んだんデスゥ その時、大ママは気づいたそうデス 「きっとこのダンボールはワタシが生きられるようにという最後の贈り物だったんデス!」 「ワタシやムスメがここにいれば、またこのハコがゴシュジンサマのもとに運ばれるかもしれないデス!」 「もしかしたら、迎えに来てくれる時の目印かもしれないデス!」 「こわれやすいダンボールなのも、がんばって耐えたらごホウビがるって意味がきっとあるデス!」 …… 「という訳デス、ダンボールは大ママを飼っていたやさしいニンゲンサンに気づいてもらうための、シアワセに続く夢のハコなのデス」 「テェ!わかったテチ、ダンボールにすんでたら、いつかニンゲンサンがむかえに来てくれるテチ!?」 「そうデス」 「オネチャ、できすぎテチ、こんなのモーソーテッ……テギャア!イタイテチ!たたかないでテチィッ!」 「イダイな大ママへの侮辱はゆるさんデス、わかったデス?」 「わかったデチ……」 …… 母実装の語った歴史は口伝されるごとに歪み、脚色されてはいるが概ねは事実だった。 しかし悲しいかな、ダンボールが贈り物だったなどという事もなければ、迎えの目印やいつか運ばれるなどという者は幸せ回路が付け足した妄想。 ただ飽きられたか糞蟲になって嫌われたか、それとも別の理由かで適当に実装石をダンボールに詰め捨てた飼い主がいただけのよくある話が真実だ。 しかし、縋るに都合のいいその設定はこの地域の実装石たちに広く膾炙し、ある種神話じみた共有される幻想となっていた。 ダンボールはこの地域の彼女たちにとって信仰対象と化し、ダンボール神話が根付いていた。 …… 「どこいった糞蟲、チッ!クソが!隠れやがったな!?」 「ゼェゼェ…デスゥ…デヒ~ッ……」 自分をいじめようとする人間から茂みの中へ辛くも逃れる事が出来た成体実装がいる。 それはあの妹実装が歳経て独り立ちをした姿だった。 息も上がり、身なりもぼろぼろ。過酷な毎日を過ごしているらしい。 「ここまで来ればもう安心デス~」コロンと腰を落ち着けて息を整える。 巣であるのはやはり木のウロで、彼女は結局神話を信じたりはしなかった。 荒唐無稽な妄想を信じきれなかったのだ。 「ひどい一日だったデス……」 一日を振り返る妹実装。食べ物をとることもできず、人間に追い回され、薄暗い巣の中で大の字になって転がる。 救いがない、支えがない。木のウロの天井は暗黒で何も見えず、まるで吸い込まれるかのように暗い。 彼女の幼小時に過ごしたダンボールハウスのすぐ見える天井とは違い、不安を煽り立てる。パキンさえしそうだ。 たしかにここは頑丈だが、それだけだった。 疲弊する。何も希望がない。ただただ日々を漫然と暮らすだけの毎日だ。 …… 「できたデス、こんなもんデス?」 数日後、彼女はダンボールハウスを作った。調達も過酷だったが、なんとか間に合わせられる程度にはそれらしいものができた。 主にそれは木のウロの家にわるいニンゲンを寄り付かせないための目を引くデコイとしての建立だった。 「落ち着くデス、ここにいればいつかニンゲンサンがくるデス?」 ダンボールハウス内で横たわっては、思い出を浮かべる。 あの時ハナで嗤った神話、母の表情と信じた姉、そして神話の大ママの姿。 「……デスス~!」 彼女は笑った。神話への嘲笑でではない、自分があの日語られた「迎えられる・運ばれる実装だったら?」という妄想が心をふいによぎったのだ。 「たのしい毎日とやさしいニンゲン、ゴチソウがいっぱいでみ~んなナカヨシなんデスゥ」 幸福な妄想は瞬く間に現実主義的だった彼女の心を塗り替えた。幸せ回路が極彩色の甘美な理想にめいっぱいの色を付けていく。 「ここに暮らしていればいつかはそうなれるデス?いや、なれるデス!いつかはデス!」 すぐに現実に戻ったようだが、その表情は明るい。 楽天的な未来を思い浮かべた事で活力がみなぎった。そのいつかが本当にやってくると幸せ回路で都合よく確信する。 そうして彼女は神話に堕ち、ウロの家を本格的に捨て去った。 …… 時経つ事の早いもの、冬の日越えて春の日来たり。 実装石みな仔をもって、あの彼女もまた四児の母。 「チ—チ—!」「テチ?」「レッチ」「レフ—」 「みんなゲンキデスゥ」 ダンボールハウスの狭さも、賑やかさが良く届く事で母となった彼女は嬉しそうにニコニコと笑う。 初めての出産にしては上出来で、四匹も仔が残ってくれたのだ。こんなに喜ばしいことはない。 仔がけがをしないように目を配り、エサ取りにも気合いが入るようになる。 彼女はいっそう生気に溢れ、すっかり実装石らしい能天気で前向きな性格になっていた。 「デスス!いつかは家族み~んなで…デス!」妄想もまた加速する、一家全員で人間に迎えられ、幸福となる妄想。 「みんなでなんテチ~?」 母の駄々洩れな妄言に首をかしげる長女仔実装。 「デデッ!聞かれてたデス?いいデス!話すデス!ダンボールのお話デス!昔々デス~」 あの時の母と同じように、彼女の妄想が多分に入ったダンボール神話を語り伝えていく。 こうしてダンボール神話は広がりを見せる。 その都合の良い縋る先としての物語はより広範な地域へと伝播していくことだろう。 迎えに来ることのないやさしいニンゲンの妄想と、運ばれることもないダンボールだけを虚しく増やしながら。 おわり
1 Re: Name:匿名石 2024/03/30-04:05:18 No:00008960[申告] |
毎度毎度勢いで投稿しては誤字や表現の間違いが多くなってゴメンデス
オチでずっこけてたからここで訂正するデス >運ばれることもないダンボールだけを虚しく増やしながら。 は >運ばれることもないダンボールハウスだけを虚しく増やしながら。 デス ダンボール錬成実装は存在しないデス |
2 Re: Name:匿名石 2024/03/30-07:50:28 No:00008961[申告] |
たしか作者さんなら修正できたはずですよ |
3 Re: Name:匿名石 2024/03/31-04:10:48 No:00008965[申告] |
ダンボールに入れられて捨てられた実装とかも話を聞いたら自分もそのパターンだと考えたりしてスンナリ神話に堕ちちゃうんだろうな
囮として作ったはずのダンボールハウスに執心し出した妹実装の運命は暗そう |
4 Re: Name:匿名石 2024/03/31-05:42:11 No:00008966[申告] |
「ニンゲンの目につくようにダンボールハウスを選んでる」
って神話は好きだな 哀れで儚い実装にふさわしい |
5 Re: Name:匿名石 2024/03/31-07:10:30 No:00008967[申告] |
神話の出所さえ駆除するときに効率化できるからって理由で人間が流布したもんだったりしたらより救いが無くていいかもしれない |
6 Re: Name:匿名石 2024/03/31-20:41:33 No:00008968[申告] |
その先の人に飼われるのも幻想ならば万が一飼われた後の安楽なセレブ生活も幻想
子を産めば幸せになるも幻想、実装がすがるモノって確かなモノは何一つないな |
7 Re: Name:匿名石 2024/04/09-13:09:34 No:00008996[申告] |
ダンボールが生まれた年=1856年以前はどうだったのかと |