【エスメラルダの引退】



花粉の季節。
今年は「多い」らしいので気をつけていたのだが…面倒なことになった。
俺がプロデューサーをしてるアイドル実装石グループ「テチコーン」のメンバー、
「エスメラルダ」が…花粉の所為で妊娠してしまったのだ。

この時期、うちの芸能石は空気清浄フィルター付きの換気装置を備えた部屋で生活し、
移動時も窓を閉め切った小型バスで移動させ、局では出番まで空気清浄機完備の控室で待機している。

そして控室等への入室時は部屋の前に置いたブロアーなどを使い、
人間も実装石も関係なく花粉の除去を徹底させていたのだが…。
その日の収録が終わって帰社する前、「テチコーン」のマネージャーへ連絡に来たテレビ局の新人ＡＤが、
花粉の除去を怠ったようで、その時に運悪く…ということらしい。
事務所に戻るバスに乗る際には、エスメラルダの両目は既に緑色になっていた。

後にテレビ局の防犯カメラの映像で例の新人ＡＤの花粉除去の不手際が明らかになり、
局に苦情を入れた結果…新人ＡＤはその後クビになったそうだ。
うちの事務所は大手芸能事務所（人間の方）の系列なので、そのくらいの影響力はあるのだとか。

　　　*　　　*　　　*

『おうたとおどりが上手上手な仔になるテチ～♪
　テッテロチェ～、テッテロチェ～♪』

監視カメラでエスメラルダの様子を見ると、腹を撫でながら歌っていた。
さすがはアイドル実装石なだけあり、その胎教は商品になりそうなほど澄んだ歌声だ。

だが母性本能に目覚めたエスメラルダは他のメンバーに悪影響があるので、とりあえず隔離している。
…そして先ほど事務所で行われた会議で、エスメラルダは「急病による引退」が決定していた。

大前提として妊娠したままの活動はＮＧだし、出産まで何もさせずに遊ばせておくほど甘くはない。
そして妊娠した実装石は胎内の仔への執着が強いので堕胎など受け入れないだろうし、
無理やり堕胎させた場合は反発を招いてその後の活動に支障をきたすから、引退もやむなしという判断だ。

事務所の方針で、引退した芸能石は公園リリースと決まっている。
あいつも今日にでも公園リリースなわけだが…その前にやることがある。
俺はエスメラルダの個室に最後のエサを与えに行った。

『プロデューサーさん、おなかの仔もアイドルになれるテチ？
　ワタチたち、親仔でアイドルやるテチ！』

エスメラルダはのん気にそんなことを言いながら、腹を撫でている。
俺はゆっくりと首を横に振ると、それはできないと告げた。

「残念だったな…お前は妊娠したから引退だ。
　アイドルってのはそういうもんだ」
『テェェ、残念テチィ…きっと可愛くて人気のある仔になると思うんテチけど…』

エスメラルダは心底残念そうな顔で、再び腹を撫でた。
幸いなことに、引退を告げられて暴れたり騒いだりすることはなかった。
過去にはそういう例もあったので心配してたんだが、杞憂だったか。
まあ「引退」が何を意味するのか考えが及んでないだけかもしれないが。

「お前はよく働いてくれたからな、餞別にコンペイトウやるよ」
『プロデューサーさん、ありがとうございますテチュ！
　おなかの仔の為にも栄養が必要テチ！』ｶﾘｶﾘ…

食ってる食ってる…それ、コケシノンだけどな。
そう、堕胎薬の「コケシノンＪ」だ。

このままリリースした場合、公園で仔を産み、ゴシップ誌の記者に見つかって、
『元テチコーンのエスメラルダ、引退の理由は妊娠！？』などと書かれても面倒だからな。
引退発表すればどうせこいつらなんてすぐに忘れ去られるだろうが、念の為と言うやつだ。

やがてエスメラルダは、個室の隅に置いてある仔実装用のトイレに駆けて行き、
苦しそうな顔でしゃがみ込んだ。

『テェェ…ポンポン痛くなってきたテチュ…！
　ウンコ出るテチュ…ウンコォォォォ！』ﾌﾞﾊﾞﾊﾞﾊﾞ…

よし、糞と一緒に蛆をひりだしたな…まったく、面倒かけてくれるよ。
あとは蛆を処分してエスメラルダを公園にリリースするだけだ。

俺はトイレの中の蛆に気づかれる前に、エスメラルダにネムリスプレーを噴きかけた。
エスメラルダ…いや、元エスメラルダだな、今からこいつは捨て実装のミドリだから。
眠りに落ちたこいつの実装頭巾の後頭部に、俺は黒ペンで「ミドリ」と名前を書いてやり、
ついでに髪の毛も毟っておく。

これでこいつが自分のことを「テチコーンのエスメラルダ」だと主張しても、
アイドル実装に憧れた禿実装がそう言ってるだけだと思われるだろう。
ステージ衣装を着ていなければ、芸能石と普通の実装石の区別など一般人にはつきはしない。
ましてや禿の実装石をアイドル実装と勘違いする者はいない。
所詮、実装石なんてそんなもんだ。

俺はミドリを紙袋に入れ、餞別としてボロ雑巾と実装フードを少し、一緒に入れてやる。
そして事務所から少し離れた場所にある野良実装の多い公園まで、車で捨てに行った。

『テチュ…テチュ…おなかの仔もアイドルになるテチュ…』

紙袋の中で眠るミドリが寝言を呟いているが、「おなかの仔」はもういないんだよな。
まあ、今のうちに幸せな夢を見てくれ。

　　　*　　　*　　　*

なお「テチコーン」は残りのメンバー３匹で再出発した。

～♪～♪
『『『…ママとテッチュン、アナタとテッチュン♪　みんなシアワセテッチュンチュン♪
　　　コンペイトウ星で抱きしめテチュ～～～～～ン♪　テッチューーー！！！』』』
「テチコーンの皆さんによる『コンペイトウ星で抱きしめて』でした！　
　３匹での新体制になっても、息の合った踊りと歌声は健在のようです！」

新メンバー加入も検討しているが、歌と踊りを仕込むのに少し時間が掛かるからな…、
しばらくは３匹でやらせるしかない。

ちなみにその３匹には、ミドリ…エスメラルダはグループを卒業して飼いになったと信じさせた。
まったく、花粉の時期は面倒が増えて困る。

　　　*　　　*　　　*

後日、ミドリの様子を見に行ってみた。
まあ何と言うか、あいつが妊娠したのはあいつ自身の所為ではないのでさすがに気が引けたのだ。
様子を見てどうするんだって感じだが、それでも一応な…。

ミドリを捨てた場所を見に行くと、そこには一匹の禿裸ダルマ仔実装が、
実装服の成れの果てと思われる緑色の紐で縛られ転がっていた。
あれがミドリか…いや、わからんな。
ミドリはもう野良どもに食われた可能性も…。
俺がそう思った時、その仔実装が歌い始めた。

『テッチュン…テッチュン…ステキなゴシュインサマ…♪』

この歌は「テチコーン」のデビュー曲「ワタチのステキなゴシュインサマ」！
と言うことはやはりあれがミドリ、いやエスメラルダか！

『オマエうるさいデス！
　ヘタクソな歌を歌うなデス！』

近くの茂みから野良実装が顔を出し、エスメラルダに石をぶつける。
小さく悲鳴を上げるエスメラルダを見た俺は、思わず駆け出していた。
俺の姿を見た野良が、気持ち悪い笑みを浮かべて媚びのポーズをする。

『デッ…ニンゲンサン、何か用デスゥ？
　デププ、もしかしてワタシを飼ってくれるデス？』
「うるさい糞蟲」
『デギョッ…ヂィッ！？』

俺はその野良実装を蹴飛ばし、踏み潰した。
エスメラルダを禿にして公園リリースという、自分のしたことを棚に上げてと言われるだろうが、
俺が手塩にかけて育てたエスメラルダが、そこらの薄汚い野良実装に虐げられるのは見ていられなかった。

野良を踏み潰した俺は、足下に転がっているエスメラルダを見下ろす。
そこの野良に散々殴られたのか、両目が見えないようだ。

『そこにいるのは誰テチ…？
　野良のオバチャンじゃないテチ…？』
「…」
『ワタチ、テチコーンのエスメラルダテチ…でも誰も信じてくれないテチ…。
　早くみんなの所に戻っておうたとおどりをしたいテチ…』
「…」
『誰も、いないテチ…？』

悪いな、エスメラルダ。
いや、お前は悪くないんだが。
俺にできるのは、お前の苦しみを終わらせてやることだけだ。

『誰かいるなら…ワタチのおうたを聞いて欲しいテチ…。
　テチュテッチュン…ゴシュインサマとテッチュンテチュン…♪』

再び「ワタチのステキなゴシュインサマ」を歌い出すエスメラルダ。
失われた手足を動かして踊っているつもりなのか、もぞもぞと身体をくねらせている。
現役の頃のエスメラルダの姿…アイドル衣装に身を包み、スポットライトに照らされた姿が思い出される。

俺がこいつの最期の客ってわけか…それも悪くない。
俺は、歌が盛り上がるサビの部分まで聞いた所で足を上げ…。

そして、エスメラルダの頭を一息に踏み潰した。

…ちなみに芸能石の引退理由は妊娠以外にもある。
増長して糞蟲になったり、絶えずレッスンを続けることによるストレスから精神を病んでしまう個体もいる。
だがどんな場合でも、うちの事務所では公園リリースしてきた。
その末路は恐らくエスメラルダと似たようなものだっただろう。
彼女たちは一時的に脚光を浴びることはあっても、シアワセになどなれはしないのだ。

俺はしばらく無言でエスメラルダだった肉片を見下ろしていた。
そして、事務所に帰る為に公園を後にした。
特に涙が出たりしたわけではないが、少しだけ自責の念に駆られていた。

　　　*　　　*　　　*

俺が上を説得した結果、以後うちの事務所では引退したアイドル実装の公園リリースは中止され、
実装ポクリ（安楽死させる薬）を使った殺処分が行われるようになった。
これで引退後に苦しむアイドル実装は、少なくともうちの事務所からはいなくなるだろう。

余談だが、俺が秘かに録音しておいたエスメラルダの胎教の歌は、
事務所で飼っている出産石に芸能石を産ませる為の胎教として役立つことになる。
…エスメラルダのアイドル実装としてのレッスンや活動の日々は、無駄ではなかったと言えるだろう。



終わり

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スレに投下したスクに加筆修正しました。
このスクの世界では、芸能石の引退後は表向きは「飼い実装になった」というのが一般認識です。
実際は公園リリースだの、後輩芸能石のストレス解消用ドレイだの、色々酷い扱いで業界の闇なイメージ。

引退した芸能石を引き取って飼ってくれる人間を募集するのは
手間が掛かるのでどこの事務所もやらない為、結局どこまで行っても使い捨てです。