タイトル:【虐】 Iのメモリー 4話
ファイル:Iのメモリー #4.txt
作者:匿名 総投稿数:非公開 総ダウンロード数:1787 レス数:0
初投稿日時:2023/12/20-00:33:59修正日時:2023/12/20-00:33:59
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            『 Iのメモリー 4話 』





「だいぶ荒れたな…。こりゃ面白いものが見られそうだ」


帰宅した男がビール片手に現在の水槽の隠し撮り風景をテレビで見ていた。
水槽の中は見る影もなくぐちゃぐちゃに汚れていて、仔実装は隅の方で横になっている。

動いているものは一つもない。

男がノートパソコンを操作するとテレビの映像が一旦真っ黒になり、すぐにタオルにくるまって寝ている
仔実装と、ペースト状のエサの塊に群がるたくさんの蛆実装に切り替わった。
録画した今日1日分の映像の冒頭場面である。男は手にした缶ビールを一口ふくむと、速度を倍速にして
観賞し始めた。


「何匹か糞蟲が紛れこんでたのか。気づかなかったな」

「おっ、蛆実装のくせに悪さだけはいっちょ前だ。…おお、怒ってる怒ってる」


開始早々に問題のシーンが来た。一波乱ありそうな気配を察したのか、男は映像を等速に戻した。
テレビからは仔実装の鳴き声しか音声が聞こえてこないが、下の方に映画のように字幕が流れていく。
画面では仔実装が糞蟲蛆実装2匹を痛めつけ、自らの糞で仕置きをしていた。
頭部を糞で覆われた蛆実装がモゾモゾとのたくって苦しんでいる。


「あー。こりゃ死ぬな。窒息しちまう」


仔実装が大きな蛆実装を枕にウトウトしはじめてから十分ほど経った頃である。
すでに窒息死していた糞蟲たちに蛆実装の中の一匹が反応し、ペロペロと舌で舐めはじめた。
目の前に転がっている肉塊をエサと認識したのである。
蛆実装はおしなべて知能が低い生き物だから、動かなくなった同属とエサとの区別など持たないのだ。
蛆実装はすぐに最もやわらかい腹の肉にかじりつき、数度繰り返すと腹に小さな穴が開いた。
その頃には血の匂いに反応して早くも数匹が集まっており、ものの数分で死骸の腹が裂かれてはらわたの
奪い合いになった。柔らかな内臓は食べやすく栄養価も高いことを蛆実装たちは本能的に察したのだ。


「あーあ、共食い始めやがって。しょうがねぇなぁ」


動物ドキュメンタリー番組を見るかのような気安さで、男は二本目のビールを開けた。
しばらく蛆実装の食事風景が続き、飽きた男はまた再生速度を速める。


「ん?起きたな。なんか騒いでるぞ…」


目覚めた仔実装が何事かわめく様子が映り、いきなり蛆実装に暴力をふるい始めた。
映像が速すぎて字幕が読み取れない。
あわてた男が元に戻すと、画面ではすでに3匹の蛆実装が虫の息になっている。
男はビールに口をつけるのも忘れて映像に見入った。

映像は淡々と続いていく。
仔実装が蛆実装たちに不信感を持たれ、逆上していくさまがありありとわかった。


『オネチャをクソムシよばわりするヤツがクソムシテチィィ!』

『クソムシはこらちめなきゃいけないテチィィィ!』


そうして、仔実装による一方的な制裁の光景が映し出されていった。





                 ・
                 ・
                 ・




満面に怒りをみなぎらせた仔実装が周囲の蛆実装を襲っていく。
どこにも逃げ場のない水槽の中である。恐慌をきたした蛆実装たちが口々に恐怖の叫び声をあげるが、
のろい這い歩きでは到底逃げ切れるはずもなかった。

仔実装は手始めに、逃げ遅れた1匹の蛆実装に馬乗りになって何度も顔に拳を叩きこんでいった。
蛆実装は頭にあった偽石が傷ついてしまったのか、白目をむいて完全な無抵抗である。
夢中になった仔実装はそれすら気付かないで延々と殴り続けた。
満足するまで顔面を叩きつぶすと仕上げに思い切り腹を踏みつける。
蛆実装は「レピャッ!」と断末魔をあげ、臓物を飛び散らせて果てた。


「イヤレフ~!オネチャこないでレフ~!」

次は一番大きな蛆実装がターゲットにされた。ぽってりとした大きな体を必死にくねらせて逃げようと
している。泣きながら水槽の隅を目指していたが、あっけなく仔実装に先回りされてしまった。
大きな蛆実装の背中に仔実装がまたがり、両手で無理やりシッポを引っ張っていく。


「どうテチュ!オネチャにさからうとこうなるテチュゥゥ!」


仔実装が引っ張る力を強めると総排泄口がミチミチと裂けていった。


「オネチャやめてレフーッ!ウジチャンやぶれちゃうレフゥゥ!や、や、やぶ、レベェェェ!」


総排泄口の裂け目が腹の方までビリリと一気に走り、真ん中から勢いよく腹がやぶれた。
小さくパキンという音がし、ドロドロと糞や消化途中の物が混ざって腹から流れ出てくる。
大きな蛆実装は口から舌を垂らし、エビ反りの体勢のまま死んだ。


別の蛆実装は逃げる途中で急に方向を変え、異常な動きをし始めた。
あまりにむごたらしい光景を目の当たりにしてどうやら狂ってしまったらしかった。


「レフェ、レフェ、ウジチャンレフ♪ウジチャンはウジチャンが大好きレフ♪」


血涙とヨダレを流しながら、自分のシッポを追いかけて同じ場所でぐるぐる回っている。
落ち着き払った仔実装が狂った蛆実装の元に歩いてきた。狂気の怒りに取りつかれたその顔には、幼く
甘ったれないつもの仔実装の面影はもはやなかった。


「こわくてアタマいかれたテチュ?ワタチがそんなにこわいテチュゥゥ!?」


回り続ける蛆実装を捕まえ、ふかぶかと腕を口に突っ込むと軟弱なアゴが音を立てて外れた。
仔実装はそのまま蛆実装を激しく振り回して床に何度もたたきつけた。


「オネチャにワガママいうクソムシはゆるさないテチュゥゥ!」

「オネチャをこわがるクソムシもゆるさないテチュゥゥ!」


仔実装が立ち去った後にはぐちゃぐちゃに潰れたぼろ布の切れ端のようなものが残されていた。



「「ク、クソムシがこっちきたレフーッ!」」

一方、2匹の仲のよさそうな蛆実装のペアも必死に逃げまどっていた。
仔実装はいったん立ち止まり、冷たい目でじっとその様子を追い続けた。
そのため蛆実装たちは追う仔実装よりも、自分たちの逃げ足のほうが速いと錯覚したようである。
2匹は仔実装が見ている前で堂々と隠れられそうな場所に逃げ込んでいった。
水槽の壁にくっつけて設置された水飲み器の裏には、蛆実装ならかろうじて入り込めるスペースがあり
その隣に置かれたオマルの陰にもおなじような隙間があったのだ。


「ここまでくれば一安心レフッ!クソムシもここまでは追ってこれないレフゥ♪」

「クソムシこわいレフェェェン。ウジチャンたちみんなパキンさせられるレフ~」

「大丈夫レフッ!クソムシなんかにここが分かるわけないレフーッ!」


2匹の蛆実装は声を殺してお互いを励ましあっていた。
水槽を恐怖で支配した仔実装は、もうすっかり糞蟲呼ばわりされる存在になっていたのである。
仔実装は足音をしのばせてゆっくりとそこへ向かっていった。


「かくれんぼはもうおわりテチュ?」


突然顔を出した仔実装に蛆実装たちは驚愕した。


「レフェェェェ!見つかったレフゥゥゥ!」

「なんでバレたレフーッ!ウジチャンの完璧な計画だったはずレフーッ!」

「こんどはオネチャがあそぶばんテチュ。クソムシっていったのはどっちテチュ?」


2匹の蛆実装はもう泣く以外のことは何もできなかった。
しばらくするとそこにはひきはがされた2枚のおくるみだけが残されていた。
肉塊同然に叩き潰した2匹の中身はオマルの中に投げ込まれてしまったからである。

「クソムシはウンチのなかでハンセイしろテチュ!」



だが、最後まで生き残っていた蛆実装は少々知恵がはたらいた。
他の蛆実装が次々に殺されていくなか、目立たずに隠れ場所を探そうと冷静に考え続けていた。


(目立っちゃダメレフ…。注意を引いたらおしまいレフ…!)


蛆実装は床にぶちまけられた血と内臓の混ざりあった赤緑の池の上で、じわじわと転がって仲間たちの
体液を自分の体になすりつけていった。
その間も仔実装の動きからは目を離さない。
そして仔実装が別の標的をなぶり始めるまでは絶対に動こうとしなかった。
一度だけ仔実装は蛆実装を見たが、血に汚れて微動だにしないせいで既に死んでいるものと勘違いした。


(レフゥ…、助かったレフ…)

(でもこれも時間稼ぎにしかならないレフ…。そうレフ、あそこならいいかもレフ…)


仔実装がペアの蛆実装をいたぶっているスキにすばやく行動を終える必要がある。
賢い蛆実装は点々と転がる仲間の死骸を隠れみのに慎重に移動していった。
逃げ場に選んだのは仔実装ご自慢のフカフカタオルだった。糞と飛び散った血で汚れているが、そこが
むしろ目くらましになると蛆実装は考えた。
汚されてあれだけ怒っていた仔実装のことだ。糞まみれのタオルを絶対に触ろうとしないはずだ。


(オネチャに気付かれないうちにニンゲンサンが来てくれれば、きっと助かるレフッ)


賢い蛆実装は急いでタオルの下の奥深くまでもぐり込むと、体を小さく丸めて息を殺した。
散々にもてあそばれた仲間たちの悲鳴が聞こえてくる。蛆実装は恐怖に震えた。


(オネチャはおかしくなっちゃったレフ…。このままじゃ皆殺しレフ…)


しばらくして他の蛆実装たちの悲鳴がやんだ。
水を打ったように静まり返った水槽の中からは何も聞こえてこない。


(ウジチャン以外のウジチャンみんな死んじゃったレフ…。でもオネチャはどうしたレフ…?)


ややあって、ボソボソと仔実装が何かをつぶやいている声が響いた。


「…るテチュ?…ふ…つ…みっつテチュ…や…ぱり……かずが…わないテチィ?」

「…かぞえ…ま…がいテチュゥ?……でも……んと…かぞ…てるテチュ」


(まずいレフッ!オネチャはウジチャンの数をかぞえてるレフッ!)


仔実装は死んだ蛆実装の数をたしかめているらしい。
賢い蛆実装をふくめて蛆実装は全部で11匹いたはずである。
いろいろあって最初に5匹が殺され、残りは6匹だった。
しかしどう数えても死骸は10匹分しかないのだから、生き残りがまだいることは明白である。


(どうするレフ…。もう隠れ場所はここしかないレフ…。さすがのオネチャも気付くレフゥ…)


賢い蛆実装は懸命に頭をはたらかせた。そこで唐突にひらめいたのだ。


(そうレフ!もう一回死んだフリすればいいレフ!そうすれば数がピッタリ合うレフッ)

(あとはオネチャが目を離したスキにウジチャンがまた隠れればいいだけレフ)


いったん死骸になりすまして仔実装の目をあざむき、生き残りはもういないと思い込ませるのだ。
それは極めて危険な賭けだったが、追いつめられた蛆実装には名案にしか思えなかった。

蛆実装は早速その作戦を実行に移した。ゆっくりと体を伸び縮みさせ、一切音を立てずに隠れていた
タオルのへりの部分までたどり着いた。
頭でこっそりとタオルを持ち上げて仔実装の様子を見る。
仔実装は腕組みをして難しい表情をしたまま、あっちこっちに転がる死骸を見て回っている。
相変わらず何かに納得いかないようで、ぶつぶつ言いながらこちらに背を向けて座り込んだ。


(やったレフ!いまがチャンスレフゥ!)


蛆実装は慎重にタオルから這い出ると、一番近くにある死骸に寄り添って動きを止めた。
それはあの大きな蛆実装の死骸だった。仔実装からは陰になって見えないのも都合がいい。
仔実装は再び立ち上がり、こりずに蛆実装たちの死骸を点検し始める。

一つ、また一つ。

仔実装が近づいてくるほどに蛆実装の緊張は増した。


(大丈夫レフ…。オネチャはさっきも見間違えてたレフ。うまくいくはずレフ)


ついにエビ反りになって固まった蛆実装の死骸へと仔実装がやってきた。


「ひとつ、ふたつ、みっつめ。おっきいクソムシテチュ。これはさっきもかぞえたテチュ」

「…テチュゥ?なにかそばにかくれてるテチィ?」


死骸の脇をのぞきこんだ仔実装が賢い蛆実装の存在に気付いてしまった。
ここが正念場だと蛆実装は覚悟を決めた。絶対に生きていると感づかれてはならない。
仔実装は首をかしげながらさっきと同じような言葉を繰り返した。


「ひとつ、ふたつ、みっつ…。ひとつ…。ふたつ…。みっつ…」


必死に耐える蛆実装の背中をじわじわ冷や汗が伝っていった。
何かがおかしい。いったい仔実装は何を気にしているのか。


「かずはあわないテチュ。でもさっきはここにこんなのなかったテチュ」


賢い蛆実装は自分が賭けに負けたことを知った。
仔実装の手で乱暴にシッポをつかまれ、死骸の陰から引きずり出された。


「チプププ…。まだクソムシがのこってたテチュ♪クソムシはかならずこらちめるテチュ」

「レヒャァァァァ!!オネチャァァァ!!やめるレフゥゥゥゥ!!」


賢い蛆実装は皮肉にもその賢さが仇となってしまったのである。

仔実装は数を3つまでしか数えられなかったのだ。何度数えても合うわけがない。
それどころか蛆実装が全部で11匹いたことさえ分かっていなかったに違いない。
どうせ分からないのに、何かの気まぐれで数をかぞえたくなっただけなのであろう。
賢い蛆実装が犯した唯一にして最大の間違いは、仔実装が自分とおなじように考えたり行動していると
思い込んだことであった。

そしてしばらくの間、水槽の中では何かをぶつけたり引きずるような音がし続けた。
やがてその何かがゴボッと泡まじりの血を口から吐き、一度だけ震えて静かになった。


「ひとつ…、ふたつ…、みっつ…。やっぱりかずがあわないテチィ…」






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それまで食い入るように画面を見つめていた男だったが、最後に残った蛆実装が始末されると、ついに
こらえきれなくなったのか腹を抱えて笑いはじめた。


「ハハハハ!こいつは傑作だ!自分の仔を皆殺しにしちまいやがった!」

「思ってたよりずっと糞蟲になり下がってたみたいだなぁ…クククッ」


映像をいったん止め、男は飲みさしのビールを一気に煽った。

仔実装は何度も同じ一日を繰り返し、その度に男が甘やかしたり思うまま虐待に使ったりしてきた。
そのせいで偽石に刻まれた基本的な性格に徐々にゆがみを生じてきたようである。
いくら記憶が失われるといっても仔実装の性格そのもの、あるいは精神は表の偽石にも収められている。
実装石の内面は偽石に刻まれて消えることのない根本的な自我によって生み出されるのだ。
それが、何度も何度も揺さぶりをかけるような虐待を繰り返したことで変質しつつあるとみてよい。

己の正義を振りかざし、弱者をなぶって殺しつくした姿は仔実装があれほど嫌っていた糞蟲そのものだ。
これこそ裏仔実装をいたぶるための男のもくろみ通りである。

男は映像を再開した。ここまでずいぶん時間を食ってしまったから思い切って飛ばしてもよかった。
だが、仔実装にはわざとエサを与えていなかったから、これからどうするのか確信めいた予感のような
ものがあったのだ。その場面を見逃すわけにはいかなかった。
そして、録画の中の仔実装が再び動き出した。


「クソムシはやっつけてやったテチュ!やっぱりワタチはつよくてかしこいテチュ~ン♪」

「みんな!オネチャがクソムシやっつけたテチュ!でてきていっしょにあそぶテチュ~♪」


仔実装が呼びかけても水槽の中は静まり返ったままだった。


「…どうちてあそびにこないテチュ?オネチャがあそんであげるテチュ!」

「テェ!?ウジちゃんいなくなったテチュ?ウジちゃんみんなクソムシだったテチィ?」

「だれもいないのつまんないテチュ…。なんでみんなクソムシなんテチュ…」


仔実装はとぼとぼと水槽の中を歩き回り、蛆実装の残骸をペチペチ叩いてみたり、ひっくり返して裏側を
のぞきこんだりしている。生き残った蛆実装を探しているのだ。
今度は殺すつもりなどないのだろう。ひとりぼっちになって寂しくなったからだ。
しかし、水槽の中にはもう誰も返事をする者などいなかった。

生存者をあきらめた仔実装は、何か思いだしたようにソワソワし始めた。


「オナカへったテチュ!ニンゲンママ!ゴハンもってくるテチャァ!」

「…ゴハンまだかテチュ!かわいいワタチがオナカへってるテチュゥゥ!」

「ニンゲンママもいないテチュか!ワタチをこまらせるやつはみんなクソムシテチュ!」


仔実装はしきりに大声を上げ、額に青筋をたててここにいない男に向かって吠えはじめた。
だがそのうち疲れてきたのか水槽のガラス壁にもたれ、ふてくされたように眠ってしまった。


「やれやれ、とんだ糞蟲に育っちまったもんだぜ…」


名指しで“クソムシ”と批判された男は苦笑した。
仔実装がここまでふてぶてしく荒れる姿は初めてなので新鮮だったという理由もあるだろう。
仔実装を糞蟲に仕上げていくという目的からすると十分すぎる成果だが、この調子なら映像の続きには
まだ何かありそうだと男は思った。
仔実装が憎たらしい顔でふて寝する姿を見ても面白くないのでまた倍速にする。

かなりの時間、画面内ではほとんど動きがなかった。
時折仔実装がめんどくさそうに寝返りをうつ姿だけが高速で映っていく。


「そういえばこいつ、朝から寝てばっかりじゃねぇか…。今までそんなに寝てたかな?」


早送りになった仔実装がものすごい勢いで飛び起き、猛スピードで動き始めた。


「おっと。行き過ぎた。失敗失敗」


男は仔実装が再び目覚めたところにシークバーを戻した。
再生された画面の中の仔実装は落ち着きなくあたりを見回している。


「テェェ…。クンクン…。おかちなニオイがするテチュゥ…。なんのニオイテチィィ?」


仔実装は立ち上がってよちよちと歩き始め、またすぐに立ち止まった。
周囲に広がる惨劇の跡に気が付いたのだ。


「テチィィィィ!!ワタチのオヘヤがめちゃくちゃテチュゥゥ!だれのちわざテチャァァ!」


仔実装は脳の記憶容量が限界を迎えていたようだ。およそ実時間にして1時間強しか経っていない。
寝ている間にそれより前に起きたことをそっくり忘れてしまっている。
さっきの蛆実装たちとの一件は情報量が多すぎて脳だけでは処理しきれなかったのだろう。

仔実装の目の前に広がるのは自ら叩きつぶし、ねじ切り、引きちぎった蛆実装たちのなれの果てだった。
血と臓物と肉片に分解されたそれらを一目で蛆実装とは理解できなかったようである。
仔実装は残骸の前に立ち尽くし、心底おびえた鳴き声を上げた。


「テチャァァ!!ママァァ!ママァァ!!」


仔実装は甲高い鳴き声で助けを求め続けたが、誰も来てくれないと分かるまで多少の時間を要した。
しばらくウロウロ歩き回って逡巡したのち、ようやく一つの死骸にこわごわ近づいていく。
それは一番大きな蛆実装の死骸で、11体の中で最も原型を留めているものだった。


「これって…ウジちゃんテチィ…?ウジちゃんオナカやぶれてるテチュ…」

「テェェ!じゃあほかのボロボロもみんなウジちゃんテチュ?」

「ウジちゃんがいっぱいしんでるテチュゥゥ!どうちてテチュゥゥ!!こわいテチィィィィ!」


「似たようなセリフは前にも聞いたな。おんなじことしか言えねぇのかよ」


画面を眺める男はくつくつと笑い、またぼそりと独り言をもらした。

「お前は次に腹が減ったと言う」


「オナカすいたテチュゥゥ!こわいテチュゥ!ママァ!!」


仔実装は朝から何も口にしていない。空腹は限界に達しているはずだ。
しきりに水槽の中に何かないかとうろつきまわるが、まともな食物などありはしなかった。


「ママがこないテチュ…。たべるものないテチィ…。こまったテチュ…」

「たべれるもの…ウジちゃん……たべる…。テェェ!ウジちゃんはゴハンじゃないテチュゥ!」

「たべちゃダメテチュ…。ダメ…ダメなんテチュゥゥ……。でもガマンできないテチュ…」

「…ちょっとだけ……ちょっとだけならいいかもしれないテチュ」


仔実装は飛び散った蛆実装の破片をひとつ拾い上げた。
血にまみれてぐにゃりとした肉片を鼻孔に近づけ、匂いを嗅いでたしかめてみる。


「テェェ…?なんだかおいしそうなニオイがするテチュ…」


そう言って仔実装は肉をおそるおそる口に入れた。


「ハム…ハム…ゴクッ!…テッチュ~ン!!おいちいテチュ~♪」

「…ウジちゃんたべちゃったテチュ…。…ウジちゃんたべるのクソムシテチィ?」

「テチャァァ!!ワタチはクソムシじゃないテチュ!クソムシにはならないテチュ!」

「で、でも…。そうテチュ!!ワタチはかちこいからクソムシなんかにならないテチュ!」


仔実装は自分にしか理解できない屁理屈で自分をごまかし始めた。
こうなってしまってはどんな歯止めも利くはずがない。


「おいちいテチュ!ウジちゃんオニクおいちいテチュ!」

「もっとたべるテチュ!!おなかいっぱいたべるテチュゥゥ!」


仔実装はがむしゃらに小さな肉片や、柔らかそうな臓物の切れはしを集めて次々に口に入れていった。
それだけでは旺盛な食欲が満たされないのか、少しづつ大きな肉片にも口をつけていく。
ついにはためらいを見せつつも、一番大きな蛆実装を仰向けにして腹の裂け目にかじりついた。
初めて自覚的に食らった肉の味に興奮した仔実装は吠えた。


「ぜんぶワタチのものテチュ!だれにもやらないテチャァ!オニクうまうまテチュゥゥゥ!!」


もうどこか精神が狂っているのかもしれない。
仔実装は何度も大声でうまいうまいと叫び立て、誰もいない水槽で狂乱の宴を続けていった。






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録画映像を一通りチェックした男がつぶやいた。


「堕ちたな」


映像を消すと、テレビ画面には現在の水槽の様子が映った。
横になった仔実装はまだ起きる気配がない。

結局、仔実装は大きな蛆実装の死骸をあらかた食い尽くしてしまった。
その後も小腹が減るたびに他の死骸に手をつけていき、原型を留めた蛆実装はもう残っていない。

仔実装は男のもくろみ通り糞蟲に堕したとみてよいだろう。

実装石にとって、抑制のタガが外れることはもう元には戻れないということを意味する。偽石に刻まれた
自我の情報が書き換えられ、性格の根本に異変を生じてしまったのだ。そうなってしまったが最後、人間
による厳しいしつけをもってしても矯正することはきわめて困難になる。
仔実装の表の偽石は、自我を生み出すプログラムそのものが変質してしまったようなものである。
ここから自力で糞蟲に堕した状態から元のように戻ることは難しいだろう。
例え、仔実装の自我の片割れである裏仔実装がそう望んだとしても。

男はテレビを消し、仔実装の様子を見に水槽のある部屋へとおもむいた。
水槽の蓋を外しても横たわった仔実装は目覚めなかった。


「おい起きろ。おい!起きろってんだよ!」


指でパチンと軽く頭をはたくと、仔実装はゴシゴシ目をこすりながら上半身を起こした。


「テェェ…。なんテチュ…。もうあさテチュ…?ワタチねむいテチュゥ…」

「周りよく見てみな。覚えてるか?」

「テチュゥ…?テチャァァ!ワタチのオヘヤきたないテチュゥゥ!だれがやったテジィィ!」


仔実装は歯をむき出しにして威嚇の鳴き声を上げた。


「ククッ、やっぱり覚えてないか。こりゃな、お前が独りでやったんだぞ」

「なにいってるテチュゥゥ!かちこいワタチがこんなことするわけないテチャァァ!」

「嘘じゃないさ。大したもんだ。ウジどもを皆殺しにしちまったんだから」

「ワタチじゃないテチャァァ!ニンゲンママがやったんテチィィィ!」


俺のせいかよ、と苦笑する男に向かって仔実装はひとしきり不満をぶつけ続けた。
強引に起こされたせいでかなり機嫌が悪いらしい。
男への態度はいままでの甘えたような表情からがらりと変わっている。
男はだんだん糞蟲らしい言動になってきた仔実装の変化に内心満足していたが、こういう態度をとった
仔実装の言いなりになるほどお人好しというわけでもなかった。
単純な構図だが、仔実装はただ男を楽しませるために存在するのである。


「オナカへったテチュ!ゴハンまだかテチュゥゥ!!」

「そうか。お腹空いたのか。そりゃ悪かったな」


男は片隅に転がっていた肉片をつまむと、一切れちぎって仔実装に差し出した。


「なんテチュ?こんなキタナイのたべないテチュ。ワタチはかちこいテチュ」

「いいから食えっての。きっとうまいぜ」

「イヤテチュ!こんなのゴハンじゃないテチュッ!!」

「食えよほらッ!」


無理やり仔実装の口に指を突っ込んで開かせ、男は素早く蛆実装の肉を押し込んだ。


「噛んでみろ。どうだ。うまいだろ?」

「モガッ、…フゴッ、……チュゥゥゥン♪みためはわるいけどおいちいテチュゥ~♪」

「そうか。そりゃ良かった。もっとたくさんあるんだけどな。欲しいか?」

「ほちいテッチュン♪ニンゲンママのゴハンはおいちいテチュ~♪」

「じゃあちょっと待ってろ」


ころっと上機嫌になった仔実装がクチャクチャと音を立てて肉を咀嚼していく。
男はすぐに戻ってきた。握った手の中に何かを隠している。


「そら、これが今夜のご飯さ。たっぷり食えよ」

「テェェ…?ママなにいってるテチュ?これはゴハンじゃないテチュ」


男が水槽の中に降ろしたのはまだ生きている蛆実装だった。
蛆実装は「レフ?レフ?」と首をかしげながら仔実装と頭上の男を見比べている。


「違わないさ。こいつを食え。お前に食わせるために大事に育てたんだぜ?」

「ママ…ふざけたらダメテチュ。ウジちゃんたべるなんておかちいテチュ」

「おや?変なことを言うなお前は。さっきは腹いっぱい食ってたのに」

「ウソつくなテチャァ!ワタチはそんなクソムシじゃないテチャァァ!」


仔実装の怒声におびえた蛆実装がぶるぶる震えて丸くなった。


「ウジちゃんが怖がってるじゃないか。よしよし、もう怖くないぞ」


男は蛆実装を優しくつまみ上げ、指の腹でリズミカルにプニプニをしてやった。
途端に蛆実装は歓声を上げ、シッポを振ってもっともっととせがみ始める。
当然、蛆実装にだけ優しい男の態度が仔実装には面白くない。


「ママなんだかヘンテチュ!ママはかわいいワタチにもっとやさちいはずテチュ!
 そんなウジちゃんなんかほっといて、ワタチをかわいがるべきテチュゥゥ!!」

「ああ、そうかもな。…じゃあウジちゃんはもう要らないよな?」


男の顔つきが変わった。
優しそうな作り笑いは一瞬で消え、邪悪な笑みが取って代わった。
男は手のひらで優しく遊ばせてやっていた蛆実装を仔実装の目の前に持っていく。


「おい、糞蟲。こいつを殺せ」

「……テェェ!?ママなんていったテチュ?ク、クソムシっていったんテチュ…?」

「そうだよ。お前のことだ」


思いがけず暴言を浴びせられた仔実装は驚愕し、そして激昂した。


「ワタチはクソムシじゃないテチィ!クソムシっていったママがクソムシテチュッ!クソママテチュゥ!」

「クソママで結構。さぁ早くしろよ。ウジちゃんはもう要らないんだろ?」

「ウジちゃんもクソママももういらないテチィィ!ワタチをバカにするとボコボコにするテチャァ!」

「威勢がいいな糞蟲。ボコボコにできるならしてみろよ」

「やってやるテチィィィ!」


蛆実装を載せたままの男の手に仔実装は何度も渾身のパンチや蹴りを叩きこんだ。
怖がった蛆実装が悲鳴をあげ、しばらくの間ポフポフという音だけが水槽に響いた。


「テェ…テェ…。どうテチュ!まいったテチュか!ワタチはつよいんテチュッ!!」


男は蛆実装を床に降ろしてからおもむろに仔実装の額にデコピンを食らわせた。
バチンという音とともに衝撃でひっくり返った仔実装は、一瞬何が起こったのかわからないという表情に
なり、少し間を置いてからじわじわと涙目になる。


「テチャァァァッ!いたいテチュッ!ママがぶったテチュゥゥ!ぶたれたテチュゥゥ!!」

「で、いつ俺をボコボコにするんだ?」

「テェェッ…なんできかないんテチュ…!ワタチはつよいはずテチュゥゥ!!」


仔実装が無力感からか悔し涙をボロボロこぼした。
正面から男に暴力であらがったのはこれが初めてのことである。


「どうでもいいよ。さっさとウジちゃんを殺せ。また痛いことされたいのか?」

「い、いたいのはイヤテチュゥ!でもウジちゃんころすなんてできないテチュ…」

「なるほどな。でもこのウジちゃんが糞蟲だったらどうする?」

「テチャッ!?ウジちゃんがクソムシテチュゥゥ!?」

「レヒャァァ!?」


思いがけないとばっちりを食った蛆実装がふるふると首を振って必死の形相になった。
男はニヤニヤしながらさらに適当なことを口にする。


「ウジちゃんはお前みたいにバカな奴は嫌いなんだってさ」


蛆実装が「レフェェェ!」と悲鳴を上げた。しかしもう、仔実装には何も聞こえていない。


「ウジちゃんクソムシだったテチュ…。クソムシはゆるさないテチィィ!」


仔実装は床を這って逃げる蛆実装に夢中で飛びかかった。
すばやい動きで喉笛に噛みつき、そのまま腕で頭を押さえつけてギリギリと締め上げる。


「ワタチをぶじょくするとただではおかないテチィ!!」

「レッ…レレ………レピャァァァァッ!!」


仔実装がさらに力をこめると蛆実装の頭と胴体がついにちぎれてしまった。
首なしの蛆実装から派手に鮮血と体液が噴き出している。


「やったな。さすがだよ。ウジ殺しにかけては天才的だな」

「ウジちゃんしんじゃったテチュ…。でもクソムシだからいいテチュ。ママもほめてくれてるテチュ」

「それじゃご褒美に食い物をやろうか」


男はそう言うと、殺されたばかりの蛆実装の死骸を取り上げ、まだ温かい体を指で引き裂いた。
ピンク色をした新鮮な内臓と液状の糞便がベチャベチャとこぼれ落ちていく。
そして細かい肉片になった蛆実装だったものを仔実装に手渡した。


「さぁ、肉だ。食え」

「ママ…。オニクじゃないテチュ…。クソムシだけどウジちゃんテチュ…」

「なんだ、食べないのか。食い物を粗末にしちゃいけないな」


獲物に食いつくヘビのように、目にもとまらぬ速さで男の手が伸びた。
2本の指が力強く仔実装の口をこじ開け固定する。
仔実装は涙を流してイヤイヤをしたが、どんなに暴れようが人間の握力でがっちりと握りしめられては
もうどうすることもできなかった。


「はい、あーんして」


邪悪な笑みを浮かべた男が蛆実装の肉を口に押し込み、強引に飲み込ませていく。


「テホッ!テベッ!イヤテチュッ!ウジちゃんのオニクイヤテチュゥゥ!」

「おい、吐くんじゃねぇよ!こら、飲み込め!」

「テガァァ!!ペペッ!たべたくないテチュッ!クソムシになっちゃうテチュゥゥ!」


仔実装は飲み込まされたものを吐き出そうと必死になっている。
しかし、舌に触れた肉片から伝わってくる味覚をごまかすことはできなかった。


「テチャァァ!いっしょテチィィ!さっきのゴハンといっしょのあじテチィィ!」

「やっと気付いたか。さっきうまいうまいと言って食ってたものがこれだぜ」

「お前はもうとっくに同族食いの糞蟲だったってわけだ」

「クソムシっていうなテチィィ!ワタチはかちこくてかわいいテチュゥゥ!」

「ほら、遠慮せずにもっと食えよ」


男がまた仔実装の口の中に肉を詰め込んでいく。


「モゴッ!チュアッ!テェェェェン!ウジちゃんオニクはダメテチュゥゥ!でもおいちいテチィィ!」

「ハハッ、おいしいだろ?素直になれよ」

「テビャァァ!クソムシテチュゥゥ!クソムシたべてうまうまテチュゥゥゥ!」


仔実装はボロボロと泣きながら蛆実装の肉をがっつくしかなかった。
言っていることはもはや支離滅裂である。


「クソムシィィィッ!クソムシたべるゥゥゥ!おいちいクソムシィィィッ!」

「壊れたのか?面白ぇな。どうせ明日になったら直ってんだからもっと壊れろ」

「そいつはな、お前が産んだ子供だよ。もう忘れてるだろうがな」

「ワタチのこどもォォ!たべるテチィィ!ワタチのこどもおいちいテチュゥゥゥ!」

「テッ……テジャァァァァ!ウソテチィ!ワタチにこどもなんかいないテチャァァ!」


男が容赦なく真実を告げた。男が肥育している蛆実装はすべて仔実装に産ませたものである。
錯乱しかけていた仔実装も一瞬我に返る発言だった。


「嘘じゃないさ。匂いをよく嗅いでみろ。お前の知ってる匂いがするはずだ」

「テピャァァァ!ワタチのニオイテチィッ!クソムシがこどもテチュゥゥ!」


男に真実を告げられたところで、記憶を持たない仔実装に本来分かるはずはないのである。
蛆実装の匂いのことなど思い付きで吹いたデタラメもいいところだ。
生後すぐに隔離されてしまった蛆実装の匂いなど、仔実装が覚えているわけはない。
しかし、興奮して曖昧な状態に陥った仔実装にはそんなことの真偽などどうでもいいのかもしれない。
大声で意味不明なことを叫びながら、仔実装はひたすら我が仔の肉をむさぼり続けていった。


「こどもォォッ!おいちいワタチのこどもテチュゥゥ!クソムシおいちいテチャァァ!」

「もっとたべるテチュゥゥ!ワタチのクソムシもっとよこせテチィィィ!」

「ワタチもこどももクソムシテチャァァァァァァ!!」






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錯乱した仔実装は手が付けられない状態で、声がかれるまで大声でテチャテチャ鳴きわめき続けた。
これを寝かしつけるのにはまたネムリスプレーが役に立った。シュッと一吹きすればたちまち仔実装程度
なら昏倒してしまうので手間いらずだ。
その分、蛆実装どもの血と臓物で盛大に汚した水槽の掃除にえらく手間がかかったのは仕方がない。
面白いものを見れたので良しとすべきだろう。
ずいぶん遅い時間になってしまったが幸い明日から連休だ。

明日は仔実装にどんなことをしてやろうか。

あいつは“クソムシ”という言葉に異常に反応する。
妹たちが糞蟲だったせいで心理的なトラウマになっているのだろう。
クソムシというキーワードがトリガーとなって凶暴性に目覚めるようになった。そして自分もクソムシと
化してしまうことを都合良くごまかしている。あれは面白い。

糞蟲そのものの所業を突き付けたときの壊れっぷりはじつに良かったじゃないか。
明日も違う方法で壊してやろう。
いや、裏仔実装を呼び出すのも面白いかもしれない。

そんなことを考えながら、男はベッドで眠りに就いていった。




                 ・
                 ・
                 ・




男は夢を見た。

もうずいぶん昔に死んだ、名前さえも忘れた実装石の夢だった。
男にだけは懐かなかったそいつが、数匹の実装石の手を引いてこっちを見ていた。
仔実装や成体実装、中実装など大きさはバラバラだが、どれもみな男をじっと見つめている。


(ああ…わかったぞ)


男は思った。こいつらはこれまでに死んでいったやつらなのだ。
こいつらは裏切り者だった。
男の期待を、男の信頼を、男の愛情を裏切り続けたやつらだ。


(いまさら何をしに来た)

(おまえらは死んで俺から逃げ出したくせに)


実装石たちは無表情に手を上げると、おいでおいでをするように手招きをした。


(実装石の幽霊かよ。笑わせるな)


だが実装石たちが呼んでいたのは男ではなく別のものだった。
男の足元からあの仔実装がよちよちと駆けだし、彼らの元へ嬉しそうに走っていく。


(おい、なんでお前が…)


仔実装は一度立ち止まるとくるりと男に振りかえり、テチテチと大きく手を振った。


(お前も俺を置いていくのか)


男の声は仔実装には聞こえないらしい。
実装石たちは仲むつまじく手をつないだまま、どこか男の知らないところへ行くようだった。
呆然と見送る男の足元には、いまだもう一匹の仔実装が眠ったまま横たわっている。

そのことに男は夢からさめてもついに気付かなかった。






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「ん……。朝か…」


いつもより遅い時間に男は目覚めた。ベッドサイドの時計を見やってから一瞬あせりの色を浮かべたが、
今日が休みであることを思い出してほっとした様子でのろのろ起き上がった。
時計の針は仔実装にエサをやる時間がとっくに過ぎていることを知らせている。
結局今日はどんなことをして“遊ぶ”のか男はまだ決めかねていた。


「あいつの顔を見てから決めるか。時間はたっぷりあるしな」


男が遊ぶための“おもちゃ”は何度でも白紙に戻って後腐れなくやり直してくれる。
いくら甘やかしても翌日には忘れてしまうし、どれだけむごい虐待をしようがそれは同じである。
仔実装は何度でも、どんなことでも新鮮な反応で男を楽しませてくれるはずだった。

男はキッチンに寄って仔実装のエサをみつくろった。
ゆうべは水槽の掃除に時間を食ったため特製ハンバーグの用意をしていない。仕方がないので食パンを
適当にちぎってミルクにひたし、それで仔実装のエサの代わりにした。

いつものように男は仔実装の水槽の中をのぞきこんだが、昨日と同じように仔実装はまだ眠っていた。
今朝はいつもより遅いのに、まだ寝ているのは仔実装にしては少々寝坊がすぎるようだ。
そう言えばここ最近、仔実装はやけに寝てばかりなのではないかと男はふと不審に思った。
特に先週、偽石を入れ替えしてからはその傾向があったかもしれない。


「おい、朝だぞ。起きなさい」


男は指で軽く仔実装を揺り動かした。仔実装は起きない。


「ご飯だぞ。起きろったら」


鼻先にミルクの入った皿を近づけてやっても反応がない。こんなことは今までなかったことである。
妙な不安を感じた男は仔実装をつかんでそっと持ち上げてみた。
仔実装は体温が高く、柔らかで丸っこい体つきもあって温かな肉まんのような触り心地だった。
ネズミや小鳥のように、こういった小動物は平熱が高めなのが一般的だ。
しかし普段の仔実装を知る男からしてみてもこれは明らかに平熱ではなかった。

男は仔実装の胸のあたりに耳をつけてなおも確かめてみた。
心臓の鼓動の代わりに、男のものよりずいぶん高い体温が肌を通して伝わってきた。
やはり発熱しているようだ。寝息も心なしか荒いようである。

しかし男はどこかに違和感を持たずにいられなかった。
風邪を引いたとも思えない。何かしっくりこないバランスの悪さがあるのだ。
もう少し仔実装の体をまさぐってみると、男はついに違和感の正体がわかった。


「偽石…か!……なんだこりゃ。何が起こってるんだ?」


発熱しているのは仔実装の体ではなかった。手足は普段通りの体温のままだ。
熱くなっているのは仔実装の偽石だった。

体内の奥底にある偽石が発する熱が、肉を通して体表にまで伝わってきている。
仔実装は寝ているのではなく偽石の異常で意識を失っているのだ。


「どうなってんだよ…?このナマモノは…」


虐待経験豊富な男もさすがにこんな妙な経験はしたことがなかった。


「そうなると…。しまった!」


何かひらめくものがあったのか、気絶した仔実装を手に握ったまま男はリビングに向かった。
急いでチェストの上のガラス瓶をひっつかんで照明にかざしてみる。


「おい…ウソだろ…何なんだよ…」


男は我が目を疑った。
今、瓶の中にあるのは再び摘出されていた裏仔実装の偽石である。
偽石はぶくぶくと大量の気泡を発し、瓶の中の緑の液体までもが泡だっている。
昨日までは美しく輝いていたそれはまた黒く染まり、わずかだが亀裂が走り始めていた。
これで男は理解した。


「あいつめ…やってくれたな…!」


裏仔実装は完全に生きることをあきらめたのに違いない。
活性剤と強化剤のガードで二重に守られた偽石が自壊しはじめることは普通は考えにくい。
修復効果と活性効果が放っておいても偽石を保護してくれるはず。
裏仔実装の絶望の念による崩壊が、それをも上回っているとしか男には考えられなかった。


「そんなに死にたいのか、お前は」


物言わぬ偽石に男は問いかけた。
こうなることを男は全く想定しなかったわけでもない。いずれそうなる可能性も頭にはあった。
だがここまで急に崩壊が始まるとは思ってもみなかったのだ。

さらに男にとって理解できなかったのは表の偽石の発熱だった。
裏と表の二つの偽石は、直接体内で回路を形成しないとお互いに影響を与える力を持たないはずだ。
実装石特有の“見えない神経”が二つの偽石の間にも通じていたのだろうか。
そうだとすると、裏の偽石にメモリーされた記憶を表の偽石では利用できないという、男が考え出した
表仔実装が記憶を失う理屈が成り立たなくなる。
だが明らかに、表の偽石は自壊しかかる裏の偽石に引きずられるように異状をきたしはじめていた。
自ら組み立てた理論が音を立てて崩壊していく状況に男は混乱した。


「くそ、どうすりゃいいんだ…」




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