タイトル:【虐】 Iのメモリー 3話
ファイル:Iのメモリー #3.txt
作者:匿名 総投稿数:非公開 総ダウンロード数:1801 レス数:0
初投稿日時:2023/12/20-00:32:47修正日時:2023/12/20-00:32:47
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            『 Iのメモリー 3話 』





「…きろ………おい、起きろ。いつまで寝たふりしてんだ」


また、朝になった。

男がいつものように仔実装の水槽をのぞきこんでいる。
窓からさんさんと差し込む朝日がカーテン越しにでも明るく水槽部屋を照らしていた。


「お前がもう起きてるのは分かってるんだよ。
 それとも母親をぶっ飛ばしてやったら目が覚めるのか?」

「テェェェ…。わかったテチュ…。ママをこれ以上傷つけちゃダメテチュ…」


だったら最初から素直に起きてりゃいいんだよ、と男は吐き捨てるように言った。
床に敷かれたタオルの上に寝かされているのはあの仔実装のようである。
胴体を包帯でグルグル巻きにされ、大の字に体を広げたまま全く動こうとしなかった。
目と口だけが開いていているが、目に輝きがなくてどこかぼんやりした表情だった。


「ずいぶん弱気になったもんだ。もうイヤになったってわけか」

「そうテチュニンゲンさん…。私には耐えられないテチュ…」
 
「おいおい、俺があんなに苦労したのにそれか。生かされてるって自覚がないな」

「“ワタチ”は何も悪いことをしてないテチュ…!それなのに酷いことばかりされるテチュ…」

「そりゃそうさ。お前は俺のオモチャだからな」


この“仔実装だったもの”は、さながら腹話術師のようにくぐもった声だけを発している。
仰向けに寝たまま、四肢はおろか首も目も、あまつさえ口すらも一切動かすことはなかった。
まったくの無表情で淡々と男の問いかけに答える様は不気味ですらある。


「楽園に行ったら幸せになれるって約束だったテチュ!約束が違うテチ!」

「幸せだろうが。バカな母親とも糞蟲の妹たちとも離れられたんだぜ」

「イ、イモウトチャたちは確かに悪い仔だったテチュ。でも“ワタチ”が欲しかったのは…」

「その妹たちはお前の偽石を治すために使っちまったけどな」

「テェェッ!?」


男が昨日、偽石を修復するために用いた6匹の禿裸は仔実装の実の妹たちであったのだ。
そのことをようやく知らされた仔実装は深く衝撃を受けたようだった。


「イモウトチャたちが…!私たちのために死んじゃったテチュ…?」

「そうだよ。虐められてたんだからむしろすっきりしたろ?」

「ニンゲンさんはいくらなんでもひどすぎるテチィ…!」


仔実装から非難された男はさも愉快そうにからからと笑い、蛆実装のことを引き合いに出してなおも
しつこく責め立てた。


「死んだのはあいつらだけじゃないぞ。“ハンバーグ”もなんだがな。
 役立たずの蛆実装のことなんかもう忘れちまったのかい?」

「テチャァァ!ウジちゃんを…自分のこどものことを忘れるわけないテチィィッ!!」

「おいしく料理してやったんだ。感謝してもらいたいくらいだよ」

「なに言ってるんテチュ!あれはニンゲンさんが無理やり食べさせてるんテチュ!
 自分のこどもを殺されて、どうして感謝できるテチュゥゥ!!」

「その割には“表”のお前は毎日大喜びでパクパク食ってるぜ。
 まるでお前の嫌いな“糞蟲”そのものみたいだなぁ」


嘲笑まじりに男が発した“糞蟲”という言葉に、この仔実装だったものは激しく反応した。
くぐもった声が強まり、怒りをあらわにした口調になる。


「ウソテチュゥ!“ワタチ”は絶対にクソムシなんかにならないテチュゥゥ!」

「でもな、気にいらない蛆実装を踏み殺したことは忘れちゃいまい。
 あれはどうなんだ?あんなことをしでかす“表”のお前は糞蟲じゃないのか?」

「あ、あれはウジちゃんのせいテチュ…!
 わがままばっかり言うからお仕置きしただけテチュ!」

「“ワタチ”も“私”も、クソムシは絶対に許せないんテチュ…!
 ……たとえ自分のこどもだったとしてもテチュ…」

「せっかく潰す前に会わせてやったのになぁ。感動のご対面どころか、
 自分の仔なのかすら気付かないで死なせてたんじゃ世話ないぜ」

「あっちの“ワタチ”はそれも覚えてないテチュ…。
 なんにも覚えられなくなったテチュ…!ニンゲンさんのせいテチュ…!!」
                 
              
これはいったいどういうことなのだろうか。
これまでの仔実装を“表”の仔実装、今の仔実装を“裏”の仔実装とすると分かりやすいかもしれない。
この裏仔実装は表仔実装と口調こそ違っているが、不思議なことに表仔実装が体験した記憶をちゃんと
覚えているようである。それは表仔実装が何一つ覚えていないはずのことだ。
表仔実装は眠ったり、あるいは何時間か経てば一切を忘れてしまっていたのではなかったか。


毎朝おはようダンスを思いついては披露していたこと。

男の作ったハンバーグがおいしかったこと。

可愛い蛆実装のお姉ちゃんになったこと。

自らの手で蛆実装を死に追いやったこと。

蛆実装を産んでママになったこと。

自分に名前がなくて悲しかったこと。

羽目を外しすぎて大ケガをしたこと。

そして、自分には“もう一つの偽石”があったこと。


これら全てを表仔実装はそのたびに忘れてしまっていた。
そして自分がリセットされていることには全く気づいていなかったのである。
一方で裏仔実装はその全てを覚えていた。

裏仔実装は開いたままの口からまたうすぼんやりとした声を発しはじめた。
今度の声はどこかに悲鳴にも似た悲しみの色を帯びている。


「知らなかったテチュ!私がふたつになっちゃうなんて知らなかったテチュゥ!!」

「勘違いするなよ。あいつはお前自身なんだぞ。他人じゃない」

「で、でも、私がやってるわけじゃないテチュゥ!私はただ…見てるだけテチュ!!」

「その通り。だからこそ、“表”は何も覚えちゃいないんだ。
 あいつが記憶するはずのことを、全部“裏”のお前が肩代わりしているからな」

「だがお前は今、こうして俺と話している。その代わり“表”のあいつはおネンネだ」


裏仔実装はやや語気を弱めて悟ったように言った。


「私をいじめるのはもういいテチュ…。あきらめたテチュ。
 …でも、ウジちゃんを殺すのだけはやめてほしいテチュッ!」

「駄目だ。ウジどもをお前に産ませて、食わせないと少々具合がわるいんでな。
 お前ら実装石はほっといたらすぐにデカくなっちまう。それじゃ困るんだよ」

「どうしておっきくなったら駄目なんテチュ!?
 おっきくなった私なら、いじめてもすぐ死なないテチュ!
 そのほうがニンゲンさんもいいんじゃないテチュ!?」


裏仔実装に鋭く指摘されて男はにやりと笑って答えた。


「ククッ、いっぱしのことを言うな。だがそんなんじゃ俺は騙せないぞ。
 お前は自分がデカくなったら“表”の自分がどうなるか分からないのか?」

「テッ…。それは…」

「その通り。“表”のお前はいつまでもガキのままだ。なのに体だけデカくなったらどうなる?
 間違いなく狂うだろうな。そうなったら俺が興味をなくして解放されると思ってるんだろう?」

「テェェ…。でももう私も“ワタチ”もおかしくなっちゃうテチュ…」

「そうしないためにわざわざ頑張ってるんでね。心配は無用だ」


男はそう言うと、裏仔実装との会話を勝手に打ち切って水槽の蓋を閉めてしまった。


「ニンゲンさんが私たちのオイシをとらなきゃこんなことにはならなかったテチィ…」

「私たちはラクエンでただシアワセになりたかっただけテチュ…」


部屋を出ていく男には、裏仔実装のかすかなつぶやきがもう聞こえてはいない。







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男はリビングのソファの背にもたれ、タバコをくゆらしながらぼんやりと思案にふけっていた。



                  ・
                  ・
                  ・



あいつは生きる気力を無くし始めているのだろう。

自分そのものだと思っていた表仔実装の振る舞いが、自分とズレ始めているからだ。
見ているだけで何もできず、自分が思い通りにならないギャップは相当苦しいはずだ。

だがもっと頑張ってくれないとこっちも張り合いがない。
そのために表仔実装を甘やかしたり可愛がったりしてやっているのだ。

おかげで少しずつ、少しずつではあるが、表仔実装は糞蟲化の兆候を見せ始めた。
何も覚えてはいないが、わがままを言ったり蛆実装をいじめただけ本来の自分から離れていっている。
偽石に刻まれた性格の情報が少しずつ書き換えられていっているのだ。

表のほうにはもっと糞蟲になってもらわなければならない。
そうすれば、裏のあいつはより苦しむだろう。それを見たい。


……あの仔実装は“特別”なのだ。


偽石を二つ持っている時点で普通の実装石とだいぶ違うが、特別なのは精神のあり方だ。
まるで自身が途中で二つに枝分かれしたような、“ワタチ”と“私”という二つの一人称。

片や同じ毎日を繰り返し、全てを忘れる一方で、片や全てを記憶し、過去と現在を識別している。
仔実装ははある時点から時間が止まった表仔実装と、時間が動いている裏仔実装に分岐したのだ。
もちろん、それは偽石が二つあることと、体内に誰かの頭があることに起因している。


仔実装の特異性を見出したのは、まだ仔実装が母親の元にあったときのことだった。

その頃はただおとなしくて甘ったれというだけの、どこの飼い実装の仔にも紛れているような有象無象
にすぎなかった。6匹の妹たちのような糞蟲でこそなかったが、取り立てて賢くもなく目を引くような
特徴もない。はっきり言えばつまらない存在だった。

あいつが栄養失調で死にかけなければ注目することもなかっただろう。
与えているエサの量は適正なはずだったからだ。
妹たちにいじめられてエサを食べそこねるようなこともたまにはあった。だが毎回ではなかった。
水槽内では母親の目が光っていたから、妹たちもそこまでやりたい放題はできなかったのだ。
だからなぜ異常にカロリーを消費するのか、いくら観察してもわからなかった。
やむにやまれず薬で眠らせてから腹を開けてみて初めて腑に落ちた。

それは実装石に関わってきて一番の驚きだった。
体内に誰かの頭ともう一つの偽石を隠している奴なんて見たことがない。
だがそれでわかった。こいつは生きるためにほとんど2匹分のエネルギーを必要としている。
1匹分のエサでは到底まかなえるはずがなかったのだ。


体内の頭部と、二つの偽石の謎。
これほど興味をそそられる研究材料があるだろうか。


試行錯誤のすえ、いくつかの推論を立てるところまで漕ぎつけた。

一つは、体内にあった頭は姉妹として生まれそこなったモノの残骸であること。
それは母胎内で別々に成長すれば、個々が別の存在として確立していただろう。

実装石に限らず、生物は肉体が形成される過程で精神や心もめばえ、個性が生まれ始めるものだ。
しかし2匹の仔実装が発生初期の、それも精神が存在するかどうかもあやふやな胎児の段階で溶け合って
いたとしたらどうだろう。
おそらく妊娠初期に何らかの事故で互いが癒着し、一方に取り込まれる形で成長していったに違いない。
それは心と呼ばれるものすら生まれていない頃のことだったはずだ。
体はくっついたが偽石は融合せず二つとも残り、そこにやがて心が生まれた。
だから偽石は二つに分かれていても、体も精神も一つの存在として誕生してしまったのだ。


もう一つの推論は、どうやら偽石そのものがどちらも不完全であるということだ。

仔実装の偽石を二つとも取り外してみたり、片方だけ戻してみることを試してわかった。
あの二つの偽石はそれぞれが標準より小さく、能力の限られた出来損ないだ。
偽石の失敗作が二つあって、それでようやく一匹分のはたらきができるように補い合っている。


表の偽石は融合の受け皿になった仔実装がもともと持っていたものだろう。
こっちは仔実装の肉体のコントロールを担当している。
その代わりと言ってはおかしいが、なぜか物事を記憶することができないのだ。
少なくとも『自分は誰か』という認識と、生存に必要な最低限の知識を持っているだけ。
いちおう新しく覚えたことや、だれかと何かをしたという当座の記憶は、仔実装本体の頭にある脳へと
一時的にメモリーされている。これは実装脳が持つフェイルセーフ的な機能のひとつだが、それすらも
容量不足で数時間もたてば消えていってしまうのだ。

裏の偽石は逆に、見たものや聞いたことを記憶する能力を持っているが、それだけしかない。
こっちは融合してしまった顔のほうの偽石である。
だから“主”である表の偽石に対する“従”としての能力しか持っていないのだろう。


こいつらは取り外されたことで二つに分かれていても元の人格……いや、実装格は同じだ。
だから裏の偽石にも表と同じ実装格———精神のはたらき、いや、心がある。

しかしそこに流れ込んでくる記憶は全て表仔実装のものなのである。
偽石を体から外されている間、裏仔実装はただそれを見せられているにすぎない。そして、全ての記憶
を否応なく自分のものとして刻みつけられるのだ。

この二つの偽石の最大の欠点は、体内にあるときしか相互に影響しあわないというところだ。
裏の偽石を取り外しても、体験を記憶し続けることはできる。
しかし双方の偽石が同時に肉体に接続されない限り、表の偽石はその記憶を利用できないのだ。
だから表仔実装は常に『今あったこと』しか覚えていられないのである。


では両方の偽石を体から取り外したらどうなるのだろうか。ためしに一度やってみたことがある。
別にどうもなりはしない。いつもの表仔実装のままだった。

表の偽石は取り外されても肉体を動かすことができる。これだけは普通の実装石と同じだ。
たぶん、仔実装の肉体そのものは表の偽石を持っていたほうがベースになっているからだろう。
さすがになぜ偽石がそうなってしまったのかまではわからなかった。でもそれでもう十分だ。


表の仔実装は毎日、いや、半日ももたずに初期状態に戻ってしまう。
裏の仔実装は表仔実装の経験を積み上げながら成長した姿と考えればよい。
マラソンの出発点は同じだが、表仔実装は毎日スタートラインへ戻っていくようなものだ。
それに対して裏仔実装は、表仔実装の走った距離だけ先へと進んでいく。


二つの偽石で一つの個を獲得するということはそういうことなのだ。
偽石が体から取り出されると自我も分裂してしまう。

そして、表と裏のそれぞれが自分を自分自身であると考えている。
もう一つの自分があることを知っているのは、裏の仔実装だけだ。


このユニークな仔実装を“おもちゃ”として楽しむために重要なのは成長させないことだ。

裏仔実装にも同じことを訊かれたが、実装石の精神の成長は肉体の発達と密接な関わりがある。
一方で、表仔実装はいつまで経っても成長がリセットされ、時を止めていることに値打ちがある。
だから体だけ大きくなってもらっては困るのだ。

そのためには肉体の成長もリセットしてやる必要がある。リセットというとややこしいが、要は成長
する分と衰弱する分を差し引きしてプラマイゼロを目指すというところだ。

毎晩のように強制出産させられ、偽石を取り出すたびに腹を裂かれるのは仔実装にとって大きな負担に
なる。つまりは体力を過剰に消耗させていることになる。
一方、エサを食うだけ食って太った蛆実装は栄養価が高く、生みの親である仔実装自身から授かった
偽石成分も含んでいる。それをハンバーグにして回収させることで仔実装は体力を取り戻す。
ただ、肉体の成長に必要な栄養分を回復にまわしているので結果的に成長は停滞するという寸法だ。


表仔実装の自我はいつまでも幼いままで止まっている。
それなのに体だけが中実装、成体実装へと大きくなってしまっては必ずどこかで破綻するはず。
そのひずみはやがて自我を崩壊に追い込むに違いない。

それでは楽しめないのだ。せっかく手に入れた“特別な”仔実装なのだから。
仔実装には生きている限り時を止めていてもらう。

もうしばらく我慢すれば仔実装の偽石は肉体の成長を命令しなくなり、こちらの手をわずらわせなく
とも一切の成長が止まる時が来るだろう。






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あれから数日が経った。

男が念入りに修復作業を行った甲斐もあってか、裏仔実装の偽石は完全に回復して元のような透明感と
輝きを取り戻した。それを確認して男は仔実装の偽石を表のものへと入れ替えてしまった。
タイミングを見計らっては裏仔実装を呼び出し、表の自分が体験したことの感想を根掘り葉掘り聞くの
がささやかな男の楽しみなのだ。
虐待された記憶をほじくり返されては苦しむ裏仔実装を見るのが男は好きだった。


                  
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男は水槽のある部屋へと向かい“表”に戻った仔実装に朝食を与えることにした。


「おはよう。よく眠れたかな?」

「チュカ~~~スピピピピ……チュカ~~~スピピピピ……」


いつもならタオルの上でソワソワしながら待っている仔実装には珍しく、今朝は男が水槽の蓋を開けた
ことにも気付かずにぐっすりと熟睡している。
タオルで全身を蛆実装のおくるみのように包み、無防備にヨダレを垂らしている寝顔を見ると男は背中
の産毛がざわざわ逆立つような感覚をおぼえた。
それは肉食獣が獲物に狙いを定めたときの高揚感と似ていたかもしれない。


「ようし…。それならそれで楽しみようはある…」


男は作り笑いをぴたりと止め、一瞬考えに沈むとすぐに何かを思いついたような表情になった。
仔実装を起こさぬよう足音を忍ばせて水槽の前を離れた男だが、壁際まで行くとまたすぐに戻ってきた。
男の腕には蛆実装の入った収納ボックスが抱えられている。

ボックスを開けるとたくさんの蛆実装がエサを求めて一斉にレフレフと大合唱をはじめた。
男が口に指を当てて「シー…」とやると、蛆実装たちはすぐおとなしくなる。

男はその大量の蛆実装を無造作につまみあげ、仔実装の水槽に次々と下ろしていった。全部でだいたい
10匹くらいだろうか。いや、よく数えると11匹いた。
大きさは皆まちまちだが、見た目にはどれも元気よく動いているようだ。
男は蛆実装たちの目の前にたっぷりと練りフードも絞りだしておいた。
初めての風景をもの珍しげに見まわしてキョロキョロしていた蛆実装たちだが、すぐフードへ集まって
先を争って舐めとり始める。


「さぁて、どうなることやら。まぁ…帰るまでのお楽しみだな」


小声でぼそりと呟き、男は水槽の蓋を音も立てずにそっと閉めた。






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「……フ♪…レ……レフ…フェ……フ~♪……レェ……プッ……フー!…」


(テェェ…。なんだかうるちゃいテチィ…?)


男が去ってさらに数十分後のことだった。周りの騒がしさで仔実装はやっと目覚めた。


「テェ!?……ウジちゃん?…ウジちゃんテチュ…。いっぱいいるテチィ…」


なぜだかたくさんの蛆実装が仔実装の周りを取り囲んでいる。
もちろん仔実装にはまったくわけがわからなかった。


「ウ、ウジちゃんたち、どっからきたんテチュ?ママはまだテチュ?」


「オネチャだれレフ~?」 「ママッ!ママレフ~♪」 「「オマエがウジチャのゲボクレフ~?」」

    「ここはどこレフ~?」  「おなかすいたレフェ~ン」
 
        「ウジチャンわかんないレフ~♪」      

 「ウンチ出るレフ~♪」  「もう出たレッフ~ン♪」

     「プニプニしてフ~♪」   「プニプニ!プニプニ!」


これには仔実装も頭を抱えた。蛆実装が一斉に喋るとうるさいだけでらちが明かない。
仕方がないので一匹づつ順番に話していくように誘導する。


「ジュンバンってなんレフ?」    「ウジチャン順番守るレフ~♪」

    「コウキなウジチャがイチバンにきまってるレフッ!」


「じゃ、じゃあ…まずいちばんおっきいウジちゃんがしゃべるテチィ!」

「ウジチャンのことレフ?ウジチャンは大きさには自信あるレフ~♪」


仔実装はその中で最も大きい蛆実装を指名して、とりあえず状況を把握しようとした。
大きいほうがこの中ではまだ賢そうだと考えたのかもしれない。


「ウジちゃんたちはなんでここにいるテチュ?」

「ウジチャンはゴハンいっぱいのとこにいたレフ~♪ウンチもプリプリしたレフ~♪
 ゴハンはニンゲンサンがくれたレフ~。さっきニンゲンサンがウジチャンたち連れてきたレフ~」

「テェェ…。けっきょくよくわかんないテチュゥ…。ママはどこいったんテチュ?」

「ウジチャンたち連れてきてバイバイしたらどっか行っちゃったレフ~♪」

「テチュ!?ママなんでおこちてくれなかったテチュ!?ゴハンないテチィ!」

「ゴハンはウジチャンたちもう食べちゃったレフ~ン♪」

「テェェ!ワタチのゴハンだけないテチャァ!ママがわすれたテチィィ!!」


仔実装は蛆実装だらけのよく分からない状況に放り込まれ、食事さえ貰えていないことに愕然とした。
男がいつ戻ってくるのか分からないが、それまでどうやって過ごせばよいのか見当もつかないのだ。

ほかの蛆実装たちは大きな蛆実装の話が終わるまで待っていられず、めいめいが勝手にレフレフと騒ぎたて
始めた。その中から中型の蛆実装が2匹、仔実装の元にはい寄ってくる。


「おいオマエ!今すぐウジチャンにプニプニすることを許してやるレフ!」

「そうレフ!プニプニすることこそオマエの大事な使命のはずレフ!」


この2匹はいわゆる糞蟲である。概して低知能な蛆実装にもまれに糞蟲タイプのものがいるのだ。
男が故意に選んだわけではないのだろうが、上手い具合に混じっていた。


「ワタチはオマエじゃないテチュ!オネチャといわないとおこるテチュ!」

「うるさいレフ~。さっさとプニプニするレフ。オネチャなら当然じゃないレフ?」

「…レフ?なんだかプニプニって聞こえたレフ?」

「プニプニレフ~♪お楽しみのプニプニタイムきたレフ~♪」


プニプニという発言に反応し、蛆実装たちは一斉にころんと仰向けになった。
仔実装は困惑しつつも、期待を込めたまなざしで見つめてくる蛆実装たちの圧力に負けた。
糞蟲2匹は不服そうにしていたが、プニプニも順番であることを宣言した仔実装は一番大きな蛆実装の
元にひざまずいた。腹を揉みしだいてやると、大きな蛆実装はシッポをプリプリ振って喜色満面である。


「レヒャッ♪レヒャッ♪レッフ~ン♪きもちいいレフ~♪」

「さぁ、つぎのウジちゃんテチュ!」


仔実装は両手で一度に2匹をプニプニして次々に仕事を処理していく。意外と器用なものである。
ところが、順番がきた糞蟲蛆実装たちはなかなか満足しようとしなかった。


「テェ…。ウジちゃんもういいテチュ?ほかのウジちゃんもまってるテチュ」

「レヒャッ♪何言ってるレフ~ン。永遠にウジチャンをプニプニするのがオマエの務めレフ~」

「そうレフ~♪ゲボクはゲボクらしくウジチャに従ってればいいんレフ~!」

「オネチャにむかってなんテチュか!オネチャはゲボクなんかじゃないテチュッ!!」

「レププ~。オネチャのくせにすぐ怒るレフ~。オネチャはウジチャンに優しくするものじゃないレフ~?」

「テェェ…。わかったテチュゥ…」


仔実装は蛆実装の申し立てた屁理屈にしぶしぶうなずくしかなかった。“姉”という存在は物分かりの
良いものであるべきと思い込んでいるのだろう。6匹の妹たちにいじめられつつ育った仔実装は寛容で
立派な姉実装のあるべき姿のようなものを心の中に作り上げているのかもしれない。
生後一週間足らずの蛆実装はそれを見抜いて利用する狡猾さをはやくも備えていた。
糞蟲と呼ばれる個体に特有の、他者の弱みに付け込んで利益を得ようとする本能である。
だがさすがにお預けを食らっている他の蛆実装も黙ってはいなかった。


「レフェ~ン!ウジチャンまだプニプニしてもらってないレフ~!」

「ま、まだレフ…?プニプニ…プニプニ……」


プニプニに関して我慢を強いられるのは蛆実装にとって最も大きなストレスになる。
悲しみのあまり口から泡を吹き始める者までいるほどだった。


「もうじゅうぶんテチュ!オネチャはみんなをプニプニするギムがあるチュッ!」

「レプーッ!ゲボクのくせにウジチャンに逆らうレフか!」

「まったくレフ~。バカなゲボクオネチャにはあきれたものレフ!」


仔実装は糞蟲2匹をギロリとにらみつけてから他の蛆実装たちのもとへ向かった。それを悪態混じりに
見送った糞蟲たちは、何事か秘密の相談をしあうとこっそりとどこかへ這って行く。


「テェ…テェ…。これでぜんぶおわったテチュ…。それにちてもつかれたテチュゥ…」

「オネチャありがとうレッフ~ン♪ウジチャンこんなに気持ちいいプニプニ初めてレフ~♪」

「プニフ~♪ウジチャもすっかり満足レフ~♪一時は死ぬかと思ったレフ~」

「それはよかったテチュ♪オネチャもがんばったかいがあったテチュ~♪」


何はともあれ全ての蛆実装をプニプニし、すっかり姉貴分としての面目を施した仔実装であった。


「それにちてもオナカがすいたテチュ。あさゴハンたべれなかったテチュ…。
 かわいいワタチにひもじいおもいさせるなんてママはひどいテチィ…!」


満足そうに昼寝を始めた蛆実装たちを尻目に仔実装はエサを探しはじめた。
けれども何の収穫もなかった。
男はわざと仔実装のための食事を用意しなかったのである。
仕方がないので仔実装は水飲み器に口をつけ、水を腹に入れてごまかすより仕方なかった。


「ケプッ…。おミズだけじゃオナカイッパイにならないテチィ…」

「ニンゲンママはゴハンもってくるヤクソクテチュ。
 ヤクソクやぶるのはクソムシテチュ…。ならニンゲンママはクソムシテチュ…?」

「テェェ…。ニンゲンママはあとでおこってやらなきゃいけないテチュ…」


仔実装は独りでウンウンと頷くと、両手を伸ばして可愛くあくびを一つした。


「チュワァァ…。ウジちゃんたちはオネムテチュ。ワタチもつかれたからオネムするテチュ」


そのまま昼寝をするために仔実装はトテトテとお気に入りのフカフカタオルへと向かった。
ところが、そこには信じられない光景が待っていたのである。


「テチャァァッ!なんテチュかこれは!いったいどういうことテチュゥゥゥ!」


 
 
                   ・
                   ・
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眠っている大きな蛆実装の陰にかくれて、糞蟲蛆実装2匹が仔実装の様子をうかがっていた。
仔実装が何かに気付き、驚き、怒り、ピョンピョンとび跳ねていきりたつのをこっそり眺めている。


「レプププ…。やっと気付いたレフ。やっぱりアイツバカレフ~♪」

「レヒャヒャ!アイツみたいなオネチャ気取りにはお似合いの仕打ちレフ~♪」


仔実装の愛するフカフカタオルは何者かがまき散らした糞でめちゃくちゃに汚されていた。
ふんわりした手触りで洗剤の甘い香りが漂っていたタオルはもはや見る影もなかった。


「だれテチュゥ!ワタチのフカフカタオルにこんなことちたのだれテチュゥゥゥ!」

「クチャイテチャァァ!!ぜったいにゆるさないテチュゥゥゥ!!」


顔を真っ赤にし、頭から湯気を立てる勢いで怒りまくる仔実装に糞蟲たちは笑いが止まらなかった。


「レピャピャピャ!ウジチャン笑いすぎてパキンしそうレフ♪」

「レ~ップップ!おバカすぎるレフ!どこがオネチャレフ、ウンチ以下レフ~♪」


仔実装はようやく犯人に思い当たったのか、糞蟲たちを探し始めた。


「アイツらテチュ!クソムシのアイツらにちがいないテチィィィ!」


糞蟲2匹はあわてて大きな蛆実装の陰に引っ込むと、わざとらしくタヌキ寝入りを決め込んだ。
仔実装がノシノシと大股に近づいてくる音が聞こえてくるようだった。


「オマエたち!オネチャのタオルになにかちたテチュか!?」

「オネチャうるさいレフ~。レププッ…せっかくおネンネしてたのに邪魔するなレフ~」

「そうレフ~。ゲボ…オネチャのせいでおメメ覚めちゃったレフ。どう責任とるレフ~?」

「そんなことどうでもいいテチュ。オマエたちがやったにきまってるテチュ」

「レフ~?ウジチャはウンチのことなんか知らないレフ~♪レプププ…」

「オネチャは自分でウンチ漏らしたレフ~ン♪ウジチャンはお漏らししないレフ~♪」


この発言にたちまち仔実装の顔色が変わった。


「オマエたち…なんでタオルにウンチされてたことしってるテチュ…?」
 
「レフゥ!?そ、それは…ウジチャンが賢いからわかったレフ~ン♪」


仔実装はいったん何か言いかけたが、少し考えを改めたそぶりで残念そうに首を振った。


「そうテチュか…。あのタオルはほんとうはオマエたちにあげるつもりだったんテチュ」

「レフゥゥ!?それならそうともっと早く言うレフッ!ウンチしなきゃ良かったレフゥゥ!」

「そうレフ~。トイレにしたのはもったいなかったレフ~ン♪」

「チプププ…。タオルをあげるといったテチュが…あれはウソテチュ」


「「レフ……?レフェェェェ!!」」


「もうかくちてもおそいテチュ…。クソムシのオマエたちがやったテチュ」

「オネチャはクソムシがきらいテチュ。こらちめてやるテチュ」


仔実装は暗い喜びに目を光らせながら、糞蟲2匹のシッポをつかんで乱暴に引きずっていった。
はっきりした意図をもって嘘をついたのは仔実装にとってはこれが初めてである。
一方、糞蟲たちは己が危険な領域に踏み入ったことにようやく気が付いた。


「やめるレフッ!このクソゲボクゥ!ウジチャンに何かするとニンゲンが黙ってないレフッ!」

「レフェェェン!!ゲボクのくせに何するレフーッ!高貴なウジチャをはなすレフー!」

「うるちゃいテチィィ!わるいことするクソムシはこうテチュ!こうテチュ!」


怒りに我を忘れた仔実装が糞蟲たちをおもいきり殴りつけた。
仔実装の柔らかい腕でも、ひ弱な蛆実装を相手に力の差を見せつけるには十分だった。


「かちこくてかわいいオネチャのつよさをおもいしったテチィ!?」

「レ…レベェェ…」 「レェェェ…」

「これからオマエたちにもおなじことをちてやるテチュ♪」


含み笑いとともにそう言うと、仔実装はおもむろにパンツを脱ぎ捨てた。
嫌らしい笑みを浮かべながら、身をよじってイヤイヤをする糞蟲の顔にまたがる。


「レッフー!クソゲボク!それはダメレフゥーッ!今なら許すからやめるレフーッ!!」

「もうおそいテッチュン♪」


腰をかがめて力んだ仔実装の総排泄口から、これでもかと大量の糞が放たれた。
下になった糞蟲の顔にねばついた緑色の糞がどばどばと降りかかっていく。


「レベェッ!レビャァァァ!ゲボッ!このクソゲブゥゥゥ!レフブァァ!」


悲鳴をあげていた糞蟲の口にはさらに容赦なく糞が入り込んでいった。


「レゲェェ!ペベェェッ!ンブゥゥゥゥ!ンンンーーッ!」


糞蟲の顔をたっぷりと糞でデコレーションしてやった仔実装はいったん排泄を止めると、捕まえていた
もう1匹の糞蟲に向き直ってほがらかにほほ笑んでみせた。


「おまたせテチュ~♪」


ひとしきり汚い排泄音が響いたあと、糞蟲たちの頭部は大量の糞山に埋もれて見えなくなってしまった。
ひくひくとシッポを震わせて2匹は苦悶にあえいでいる。二つの意味ですっきりした仔実装は満足げに
パンツを履きなおした。


「クソムシにぴったりなおちおきテチュ!ちゃんとハンセイしろテチュゥ!」


勝ち誇った表情の仔実装は一番大きな蛆実装のところへと胸をそらして歩いていった。
大きな蛆実装はこの大騒ぎにもどこ吹く風ですやすやと眠りこけている。


「このウジちゃんのオナカはやわらかくてあったかそうテチュ。
 ワタチもウジちゃんマクラでオネムするテチュ~♪」


蛆実装の腹は期待にたがわぬ寝心地だったのか、仔実装は満足そうにスリスリと顔を擦りよせながらすぐに
ウトウトし始めた。





                  ・
                  ・
                  ・




「テッ!いたいテチュッ!」


しばらくの間うたた寝していた仔実装は、急に頭を床にぶつけて目を覚ました。見ればまくら代わりに
していた大きな蛆実装が体を波打たせてどこかへ行こうとしている最中である。


「ウジちゃんいきなりうごかないでほちいテチュ。とんだメイワクテチィ!」


上半身を起こし、仔実装は短い腕で頭をさすりながら周りを見渡した。すると、思い思いの場所で昼寝を
していたはずの蛆実装たちがまるで何かに誘われるように一か所に集まっている。
まだ好奇心のつきない幼い仔実装である。当然のように蛆実装たちの集まりに首を突っ込みにいく。


「ウジちゃんたち、みんなどうちたんテチュゥ?」


仔実装は輪のはずれにいる蛆実装に問いかけた。


「レフゥ~♪誰かがゴハン見つけたレフ~ン♪ウジチャンたちのお昼ゴハンレフ~」

「テェ!?おひるゴハンテチィ!?」


仔実装は驚愕した。もしや自分がウトウトしている間にママがご飯を届けてくれたのだろうか。
それならば自分のぶんもあって当然だと仔実装は小躍りして喜んだ。
急いで食べてしまわなければ、蛆実装たちに食べつくされてはかなわない。


「ちょっとどいテチュ!オネチャのワタチにだまってたべちゃダメテチュッ!」

「レプーッ!順番レフッ!」

「割り込みは禁止レフゥ!」

「痛いレフェェェン!」


蛆実装の群れを強引にかきわけ、先に空腹を満たそうとした仔実装は群れの中心にあるものを見た。

それは先ほど仔実装自身がこっぴどく制裁をくわえた糞蟲たちだった。
頭を覆った糞にはちっとも口が付けられておらず、腹だけが食い破られている。
2匹の腹から内臓が飛び出して無残に引きちぎられていた。
口のまわりを血みどろに染めた3匹の蛆実装が仔実装を見上げている。


「オネチャ!ゴハンがあったから先に食べてるレッフ~ン♪」

「おいしいレフ~♪ちょっとウンチ臭いけどコクがあってクリーミィレフ~♪」

「オネチャもウジチャンと一緒に食べるレフゥ~?」


仔実装は絶句した。


「テッ……テッ…!オマエたち……なにちてるんテチュ?」

「それはゴハンじゃないテチュ…。なにたべてるかわかってるテチュ?」


「オネチャ何言ってるんレフゥ?ゴハンに決まってるレッフゥ♪」

「ウジチャンは好き嫌いしないレフ~。食べられる物を粗末にしちゃ駄目レフ~」

「おいしかったレフ~ン♪」


「それはウジちゃんテチィ…。オマエたちがたべてるのはなかまテチィィ!!」

「なかまをたべるなんて…オマエたちはバカムシテチュ!とんでもないクソムシテチィィ…!!」


逆上した仔実装は我を忘れて3匹の蛆実装に飛びかかった。
殴る。叩く。蹴る。
投げつけ、のしかかり、踏みつぶす。
思いつく限りの手段で仔実装は3匹の新たな“糞蟲”たちを叩きのめした。

つまるところ、仔実装にとっては“糞蟲”にどんなことをしようと善なのであろう。
わがままを言ったり、誰かに嫌がらせをするような糞蟲は必ず罰を受けなければならないのだ。
だがそんな糞蟲でも同じ実装石には違いない。そして同族を食う者は問答無用で糞蟲なのである。

生まれたばかりの頃に妹たちからいじめに遭って苦しんだ仔実装は、糞蟲に対する底なしの怒りの
ようなものを深く偽石に刻み込んでいた。


「ど、どうテチュ!わかったテチュか!わるい仔はこうなるんテチュ!」

「レヘァ……」「…レェェ……」「………」


3匹の蛆実装はもうまともに返事もできなかった。元来蛆実装というのは儚いものである。
歯止めを知らない仔実装にずたぼろにされ、あっけなく命の灯を消そうとしていた。
誰かと喧嘩したという“記憶”を持たない仔実装には手加減をするという発想がなかった。
糞蟲には何をしてもいいという観念と、無抵抗な弱い者を虐げることの快感がそうさせたのである。


「どうちたテチュ!オネチャにあやまるテチュ!そうちたらゆるちてあげるテチュ!」

「なんでへんじちないテチュ!クソムシのくせになまいきテチュゥゥ!」


腹立ちまぎれに仔実装が足元の蛆実装を蹴り転がした。
だらりと力なく仰向けになった蛆実装はもうどんな反応も返さなかった。
顔の真ん中が内部にめり込み、勢いで眼窩から飛び出した眼球はすでに白く濁っている。
ふくよかだった腹部も平らに潰れ、総排泄口からドロドロと赤緑の体液が流れ出していた。


「テェ…?…どうちたんテチュ…?」

「オネチャ、ウジチャンたちもう死んでるレフ…」


賢そうな蛆実装がぼそりと言った。


「なにいってるテチュ。しぬわけないテチュ。オネチャはおちおきしただけテチュ」


「ウジチャン死んだレフ…?」
              「ウジチャンつぶれちゃったレフ~」

「オネチャのくせにウジチャンいじめたレフ?」     
                   「オネチャが殺したレフ~!」

   「ウジチャンいじめるのはクソムシレフ?」


         
  「「「オネチャは ク ソ ム シ レフ?」」」


いつの間にか蛆実装たちが仔実装を恐れと疑いのこもった瞳でじっと見つめていた。
仔実装は自分を取り囲む空気までもが急速に冷えていくように感じた。


「オマエたち…いまなんていったんテチュゥ…!」

「アイツはクソムシレフ…」
           「クソムシがウジチャン殺したレフーッ!」
      
    「オネチャのふりしたクソムシだったレフッ!」


仔実装はすっかり追い詰められていた。
姉貴分としての信頼を失い、自分のものであるはずの水槽の中に居場所はどこにもないのだ。

(どうちてわるいクソムシをやっつけたオネチャをうたがうテチュ?)

(どうちてウジチャンはあんなにものわかりがわるいんテチュ?)

(どうちてワタチいがいはクソムシばっかりなんテチュ?)

仔実装にはもう、おろかな蛆実装たちに対する怒りをこらえることなどできなかった。


「もういっぺんいってみるテチャァ…!クソムシっていったテチュゥ…!?」

「オネチャをクソムシよばわりするヤツがクソムシテチィィ!」

「クソムシはこらちめなきゃいけないテチィィィ!!」


そうして、仔実装による一方的な制裁が始まった。


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