タイトル:【虐】 Iのメモリー 2話
ファイル:Iのメモリー #2.txt
作者:匿名 総投稿数:非公開 総ダウンロード数:1822 レス数:0
初投稿日時:2023/12/20-00:32:00修正日時:2023/12/20-00:32:00
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                       『 Iのメモリー 2話 』






今朝もぱちりと目を覚ました仔実装は、よく眠れたので元気いっぱいだった。
それに何故か、ゆうべのゴハンを食べ忘れたかのようにすっかりお腹がペコペコなのだ。
エサの時間はまだのはずだったが、まずは朝一番にすべきことがある。


「ウンチでるテチュ!……でちゃうテチュゥゥゥ~!ウンチィィ!ウンチィィィ!」


仔実装はお尻を両手で押さえながら水槽の隅にあるオマルへよたよたと駆けていった。
実装石の顔をユーモラスにデザインしたオマルにまたがり優雅なウンチタイムである。


「テッチュ~。イッパイでるテチュ~♪ウンチイッパイきもちいいテチュゥ~♪」


オマルはなんと内蔵電池式で、仔実装の体重を感知しない限り蓋が常に閉じているという凝った仕組み
なので普段はイヤな臭いもしてこなかった。
一方、オマルに飲み込まれていく糞に仔実装の忘れた悪夢の名残りが混じっていた。
出産を途中で止められたために糞袋から出られず、もう溶けて糞になりかけている蛆実装の死骸だ。
いそいそとオマルから降りてパンツを履く仔実装がそれに気付くことはなかった。


気持ちよくトイレを済ませた仔実装は思った。
そろそろニンゲンママがゴハンを持ってきてくれるはずだ。今日は記念すべきラクエンでの“最初の朝”
なのだから、ニンゲンママに何か恩返しをしないといけない。
せっかくラクエンに迎えた自分の可愛さと賢さを見せつけて喜んでもらうにはどうしたらいいだろう。
仔実装はすぐさま即興で歌と踊りを思いつき、それらを同時に披露することにした。
そして計ったようなタイミングで水槽の蓋が開けられた。


「ニンゲンママにオハヨウのアイサツするテチィ!
 アイサツできる仔はかちこい仔なんテチィ!!」


「ニンゲンママにオハヨウテッチュン♪オウタとオドリのオハヨウダンス♪

 ワタチとママはなかよちテッチュン♪イッパイあそんでニコニコテッチュン♪

 ママのてづくりウマウマゴハン♪フカフカタオルでぐっすりオネム♪

 タノチイいちにちはじまるテッチュン♪きょうもあちたもワクワクテッチュン♪

 ママといっしょにオハヨウダンス♪ずっといっしょにシアワセテッチュン♪」  
        
        
仔実装が元気よく披露してくれるお遊戯を眺めながら、男は必死に笑いをかみ殺していた。
昨日も見た『おはようダンス』なるものとそっくり同じ、歌詞まで一緒なのである。


(覚えてないくせにどうしてこう、こいつは毎朝毎朝…)

(よくもまぁ何十回も同じタコ踊りと歌を思いつけるもんだな)


男はそもそもこれを見ることが一度や二度ではなかったのだった。

仔実装はこのおはようダンスを毎朝繰り返していた。
これは仔実装にとっての朝のルーティーンというわけではなかった。正確にいえばダンスを毎朝新たに
考え出し、完成するものがそのたびにほぼ同じなのだ。
男が笑ったように仔実装の発想が貧困だとか、幼稚だとか、事の本質はそういうことではなかった。

仔実装にとっては毎回“今日初めて思いついた”という、奇妙な認識になっていることである。
つまり仔実装にとってはいまだに“今日”は“ラクエンに来て二日目の朝”のままなのだ。

実際にはすでに数十日が経過していることを仔実装だけが知らなかった。

仔実装は自分でもそれと知らずに同じ一日を繰り返し繰り返し生きているのだ。
自分の時間だけがループし、そしてリセットされていることなど知るよしもない。

もちろん、本当に時間が巻き戻っているわけではないだろう。仔実装はどのような方法かは不明だが、
男に記憶を操られているようである。

だが一体、男はどうやってそんなことをしているのだろう。
いや、そもそもそんなことが可能なのだろうか?
もし可能だとしても、何のためにそんなことをする必要があるのだろうか…。


 

                ・
                ・
                ・



男は特製の“蛆実装ハンバーグ”を皿によそってやり、残りはタッパーに詰めて水槽の隅に置いた。
「それはなにテチュ?」と問う仔実装に今日も「ハンバーグだよ」と教えてやる。
遊んでくれとせがまれるが、ダメだと言って泣かれるのもいつも通りの反応だった。

しかし男は今日、蛆実装を連れてきていない。
仔実装には前日のように何度も遊び相手として蛆実装を与えてきたが、これまで死なせてしまったこと
は一度もなかった。
基本的に蛆実装は脳天気で善良で、仔実装に危害も加えないのでトラブルになることは考えにくい。
今までは男が留守にしている間もずっとうまくやっていたのである。
まさか仔実装が腹を立てて殺してしまうところまで行くとは想定外だった。

しかし、ひそかに様子を撮影した映像をつぶさに見て男にはわかった。
仔実装は毎日蛆実装と遊ぶたびに、わずかながら影響を受けつつあるに違いない。
蛆実装はおしなべて似たような性格だと思われがちだがやはりそれぞれ個性というものがある。
昨日の蛆実装はどちらかというと糞蟲よりの、自己中心的な性格だったようだ。
そういう蛆実装とふれあう内に感化され、怒りや不満や嗜虐心といった負の感情を刺激されていく。
仔実装の内部でそういう変化が起こっていても不思議ではない。

いや、むしろ男にとってはそういう変化こそ望ましいものだった。
彼はそうなることをなかば期待して蛆実装を与えてきたのである。


(これでいい。思った通り“こっち”は糞蟲化していきつつある…)


男は趣向を変えて、今日は特別に丈夫なお友達を与えてやることにした。
それは本物の実装服をまとった、仔実装を模した手のひらサイズのぬいぐるみだった。
使いこまれた形跡のあるそれは誰かのお古であるらしい。


「ニンゲンママ!それはだれテチィ?ジッソウちゃんテチィ?」

「ああ、そうだよ。きみのお友達になってくれるんだ」

「オトモダチテチィ!?はじめまちテチュ!きょうからワタチとなかよちテッチューン♪」

「ほらほら、お友達も嬉しいってさ」


そう言って男はぬいぐるみを軽く手で動かしてやる。
仔実装は目を輝かせてぬいぐるみに飛びついた。


「テチィ!?オトモダチのオフクはなんだかなつかちいニオイがするテチュ!」


くんくんと鼻を鳴らし、ぬいぐるみの実装服の匂いを吸いこんだ仔実装が嬉しげに鳴いた。


「気に入ってくれたかな。それじゃあもう行くからね」


仔実装は朝ごはんも男もそっちのけでぬいぐるみに夢中になっている。
水槽の蓋を閉めてパッキンをしっかりはめこむと、外界と隔絶された仔実装だけの楽園が完成した。

男は仔実装の水槽から離れると、そのまま反対側の壁際の一番下に置かれている水槽へ向かった。
蓋をあけると禿裸の成体実装が一匹、血涙を流しながら何事か訴えている。


「よかったな。お前のお気に入りをあいつも気に入ったみたいだぜ」

「ワタシの可愛い仔をとっとと返すデッシャァァ!クソニンゲーン!」

「…おい、言葉に気をつけろよこの糞蟲がッ!」


バキッと音がするほどの勢いで殴りつけると、糞蟲と呼ばれた実装石の頭が半分へしゃげた。
糞蟲は盛大に糞をもらし、水槽の中から異臭が立ちのぼった。


「デ…デ…デボァ…!ゆ…ゆるぢでくだざいデズゥゥ!
 ワダジがまもっであげないどあの仔は死んでじまうんデズゥゥ!」

「けっ、作りものなんだから死ぬわけあるかよ。そんなこともわからなくなったのか。
 …ああ忘れてたよ、お前は自分の仔とぬいぐるみの区別もつかないんだったよなぁ」

「あの仔をバカにずるなデズゥゥ!ちゃんど生きでるんデズゥゥゥ!!」


糞蟲は半分潰れかかった禿頭から体液を垂れ流し、それでもしきりに仔を返せとわめいた。


「子供が欲しいなら産めばいいだろ?どうせ糞蟲しかできっこないけどな。
 今度はもっと面白い奴を産めばあいつみたいに助かるかもしれんぞ」

「ワダジの仔には糞蟲なんがいないデシャァ!みんないい仔だっだデズァァ!」

「まともなのは一匹だけだったろ。全部ぬいぐるみのほうがマシだったかもなぁ」


苦笑まじりに男は言うとさっさと水槽の蓋を閉めにかかった。
糞蟲はあわててエサを下さいとねだったが、男は冷ややかだった。


「足元にてめぇがたっぷりもらしたクソがあるだろうが。そいつで十分だろ」

「デシャァァァ!!ウンチはゴハンじゃないデズァァァ!ふざげるなデジャァァァ!!」

「昔みたいにハンバーグよごぜデズゥゥゥ……!」

 

      
                 


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仔実装は今はおままごとに熱中していた。ハンバーグをちぎってぬいぐるみに食べさせる真似をしたり
テチテチといろんなことを話しかけたりと飽きることがない。
ぬいぐるみのおかげで飼い主の男がいない寂しさを忘れられるのだろう。


「そうなんテチュ。ニンゲンママはワタチにすっかりメロメロテチュ♪」

「……………」

「おはようダンスはいいできだったテチィ。ママもたのちそうだったテチュ♪」

「……………」

「オトモダチはオナマエなんていうんテチュ?ナマエがないとよびづらいテチュ。」

「……………」

「テェェ!?オナマエがないテチュゥ?チプププ…それはおきのどくテチィ」

「……………」

「セレブのワタチはもちろんナマエがあるテチュ!ワタチのナマエは………ナマエは?」

「……………」

「テェッ!?そんなはずないテチィ!アイされセレブのワタチがナナシのわけないテチャァァ!」

「……………」

「オマエのせいテチィ!オマエがワタチのオナマエどっかにかくちたテチィィ!」


勝手にぬれぎぬを着せたあげく、逆上した仔実装は短い腕でポカポカとぬいぐるみを殴りつけた。
名前がない———それは飼い実装としての自覚を持つ者には耐えがたいことである。
飼い主に愛されている証、人間に選ばれた者、特別であることを証明するのが名前なのだ。
殴り疲れてすぐに息が上がってしまった仔実装は座ってぬいぐるみに背中を預けると、仏頂面をした
まま再びひとりごちた。


「ワタチのナマエがなくなったテチィ…。……ワタチのオナマエどこいったんテチュ?」


物言わぬぬいぐるみから答えが返ってくることはなかった。
仔実装はしばらくそうやって自問自答していたが、そのうちにテックリテックリと船を漕ぎはじめる。
やがて寝息が聞こえてくると、結局昼すぎまで仔実装は目を覚まさなかった。

             

              



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仔実装は夢を見た。

ニンゲンママとは違う、自分とよく似たジッソウセキのママに抱かれる夢だった。

ジッソウママはとっても優しくて、デッデロゲ~♪と、シアワセのお歌を歌ってくれる。

ママのお膝の上に横になると、やわらかくてあったかくて気持ちがいい。

仔実装もママに合わせてテッテロケ~♪と歌うと、ママは頭をなでなでしてほめてくれた。

優しくてなんでも知っているママのことが、仔実装は大好きだった。


「お前は自慢のムスメデスゥ~。ママによく似てカワイイ仔デス~」

「オウタもオドリもとっても上手デス~。きっとニンゲンにアイされるデス~」

「お前もラクエンでシアワセになるんデス~。ニンゲンに選ばれた仔だけ行けるデス~」」

「ラクエンは毎日タノシイことばかりデス~。だからママもシアワセなんデス~」


ママは選ばれた仔はラクエンでシアワセになれると教えてくれた。

それならきっと自分が選ばれるに違いない。だってこんなにママに可愛がられているのだから。

自分はお歌も踊りも上手だし、賢くて可愛くて“クソムシ”なんかとは大違いだ。

そう考えると仔実装は無性に嬉しくなって、ママの周りを力いっぱいとびはね歌って踊った。

すると仔実装のゆかいな歌声につられて、どこからか可愛らしいウジちゃんがやってきた。

ウジちゃんは「いっしょにラクエンにいくレフ~♪」と仔実装を誘った。

ママも「お前はシアワセになるんデス~」と笑顔で送り出してくれる。

背中に白い羽の生えたウジちゃんに乗って、仔実装は生まれてはじめて青いお空へ飛びたった。

          
さぁ、ラクエンをめざすときがきた。

それはとっても楽しい夢だった。



              
              


****************************************************************************************************              






目を覚ました仔実装はしばらくウロウロと水槽の中を探しまわっていたが、ようやく片隅に置いてある
タッパーに食べ物があるのを見つけた。入っていたのは昨日と同じ、蛆実装肉のハンバーグだった。


「これはなにテチュ!?もちかしてゴハンテチュ!?いいにおいがするテチュ~!」


仔実装はまるで初めて見る食物であるかのようにハンバーグに感激し、大はしゃぎで食べはじめた。
男が与えてくれる食事は仔実装に何度でも新鮮な喜びをもたらしてくれるのだ。
仔実装は昨日ハンバーグを食べたことも、ハンバーグという食物の名前すらとっくに忘れている。
ハンバーグの材料が自分の仔だと聞かされたのも忘れてしまったことの一つである。

仔実装はどうやら深く眠りこんでしまうか、あるいは一定の時間が経つと記憶がすっかりあいまいに
なってしまうようである。どのような仕組みでそうなっているのかは男しか知りえないことだろう。

食事を終えて満腹した仔実装はぬいぐるみと一緒に床の上でコロコロと転がる遊びを始めた。
自分の名前がなくて悩んでいたことなどもうとっくの昔に忘れている。
もちろん、ぬいぐるみを“お友達”と呼んでいたことも。


「つぎはオマエのばんテチュゥ♪いくテチュゥゥゥ~!」


仔実装がぬいぐるみを後ろから支え、床に立たせている。
それを突き飛ばすと、綿が入った軽いぬいぐるみはころんと一回転して仰向けに止まった。


「ワタチのきろくにはゼンゼンまだまだテチィィ~♪テプププ…」


口元に手を添えた独特の含み笑いをもらし、仔実装はぬいぐるみを見下して笑った。
どうやら仔実装の中のルールでは、回転した数が多いか、転がっていった距離がどれだけ遠いかで優劣が
競われる遊びらしい。もっとも独り遊びだから、結果は仔実装の判定でどうとでもなるものだろう。


「じゃあこんどはワタチがいくテチィィ!」


仔実装はでんぐり返りの要領で前方に手をついて転がっていった。短い手でなかなか器用に前転しかけた
が、途中で勢いが止まって上半身だけが起き上がるような体勢になる。自分の体を支えきれずに背中から
倒れた仔実装は頭をしたたかに打ってしまった。


「テェッ!おきあがれないテチュッ!!テチャァッ!」


水槽の床にはウレタンを縫いこんだマットが敷かれているので、倒れた程度でケガをすることはない。


「テェェッ!いまわらったテチュか!?オマエ、ワタチをバカにちたテチュゥゥ!」


何が気に障ったのか、仔実装は仰向けのぬいぐるみにポフッと小さく蹴りを入れた。
またぬいぐるみを抱え上げ、こんどはもっと勢いよく突き飛ばす。笑われたと思い込んだ腹いせなのだ。
ぬいぐるみは一回転半の着地のときに大きく弾み、結果はなんと二回転。思いがけず仔実装をやぶって
の新記録達成となってしまった。この結果にキィキィ歯がみして仔実装はくやしがった。


「いまのはハンソクテチュ!ルールやぶりテチュ!」


うつぶせになったままのぬいぐるみに文句を言い、仔実装は自分に有利なルールでの再開を宣言した。


「ワタチはつぎからハンデをもらうことにちたテチュ。
 もんくはいわせないテチュゥ。わかったテチィ?」


仰向けに直したぬいぐるみの首をウンウンと頷かせ、仔実装は得意満面であった。


「おつぎはワタチのばんテチィ♪とっておきのワザを見せてやるテチィ!」


仔実装は大得意でぬいぐるみの腹の上にのぼると「テッテレ~!」の掛け声とともにはずみをつけ、頭から
床に向かって飛び込んでいった。どうやら踏み台使用を認めるのがルール変更の目的であったらしい。
ぬいぐるみのクッション性を反発力に変えて仔実装は勢いよく跳んだ。
これなら大記録は間違いなしだろう。コロコロとまるでボールのように仔実装は転がっていった。


「テェ!?と、とまらないテチュゥゥゥ~!」


自分でも思いもよらない加速がついたまま、仔実装は水槽の壁に激突した。
残念ながら水槽のガラス壁には衝撃を和らげるためのものが何もなかった。


「テチャブウッ!!…テッ……テッ…テベッ……!!」


仔実装は不運にも顔面から硬いガラスに叩きつけられ、そして激しく弾き飛ばされた。
顔面はまっ平らに潰れ、首も妙な方向へ曲がっている。もしかしたら骨折したのかもしれない。
そして鼻から口から、赤緑のどろりとした体液が床へとぶちまけられた。
同時にブリブリと尻から噴き出した大量の糞でパンツが膨れ上がり、外にまで糞があふれ出していく。
うつ伏せに倒れた姿で仔実装の意識は急速に薄れていった。


(ママァ……いたいテチュ………たすけテチュゥ……)




            

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男が帰宅して真っ先にするのは仔実装の水槽を観察することだった。
もちろん、仔実装に気付かれないために隠し撮りのカメラ越しにである。水槽を囲む厚紙の一部に穴が
あいていて、そこに小型カメラが貼り付けてあるのだ。その映像はいつでもテレビに出力できるほか、
常に一日分が録画され続けている。
水槽を目隠ししているのは外から見えないようにではなく、中から外を見せないためである。
あの水槽はあくまで“楽園”でなければならないというのが男の信念であった。

テレビの電源を入れてカメラの映像を出すと、眼前に広がったあまりの惨状に男はぽかんと口を開けた
まましばらく固まるしかなかった。


「……あ、あの馬鹿!一体何をやらかした!」


男は水槽のある部屋へと急いで向かった。蓋を外す時間ももどかしく水槽の中をのぞき込むと、奇妙な
角度に首を曲げ、ピンクの服を汚物でドロドロにしてうつ伏せに転がる仔実装の姿があった。
仔実装の周りには血と糞と吐瀉物が混ざりあった池が広がっている。
おびただしい数の小さな蛆実装がみじめな池の中で溺れて死んでいるのが見てとれた。


「何をどうすればこんなことになるんだよ…」


血だまりから救出した仔実装はひどいありさまだった。
いまだに仔実装のパンツからは糞と蛆実装が絶え間なくこぼれ続けている。


「————レッテレ~♪———レピャッ!!」

「————レッレレ~♪———レビョッ!!」


床に叩きつけられた小さな蛆実装が炸裂し、次々に血の花を咲かせていく。
さすがに強制出産を止めてやらないとまずいと男はあせった。

仔実装を水飲み器に顔から突っ込み、べっとりと塗りたくられた血と糞を洗い落とすとそれで出産は
停止した。おそらく何かの事故の拍子に出血が目に入り、強制出産モードになったのだろう。
男が洗っている間も仔実装は安っぽい首振り人形のように首をブラブラさせ、両目を見開いてピクリ
ともしなかった。口からはまだボタボタと血とゲロがまざった汚水を垂れ流している。


「首が折れてやがるが……まぁコイツはほっといても大丈夫だな」


意外に思えるが、幼い仔実装でもこの程度のケガと強制出産でたちまち死に至ることは少ない。
ダメージの回復に体力を振り分けるため、仮死状態になってエネルギーの消耗を抑えるメカニズムが
はたらいているのだ。だから男は仔実装についてはあまり心配していなかった。

男が心配なのはあの劣化が進んだ偽石の方である。

男は仔実装の服を手早くひんむいて裸にすると、水槽の床に仰向けに寝かせてやった。
それからリビングのチェストにある偽石が入った瓶を取ってくる。
偽石は昨日よりも黒っぽさを増し、まるで融けた飴のように歪みはじめていた。


「まずいな。割れるのも時間の問題か。こんなことで台無しにされちゃたまらんな…」


かねてより準備を重ねてきたのが今回は幸いしたかもしれない、と男は思った。
男は深夜にやるつもりだった“作業”を前倒しで行うことを決心した。

ぴくりともしない仔実装の向こうで、ぬいぐるみもまた動くことはなかった。
外からは見えないその様子を知ってか知らずか、壁際の水槽にいる禿裸の成体実装が飽きもせずにまだ
叫び続けていた。


「ワタシの仔がまだ帰ってこないデズゥゥ!」

「お歌も踊りも上手なカワイイ仔だったデスゥゥ!
 クソニンゲェェン!!とっとと返しやがれデシャァァッ!」


水槽の蓋はパッキンでぴったり閉じられていて、禿裸の叫び声は男にも、仔実装にも、誰にも聞こえる
ことはなかった。







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作業室へ入ると、男は棚から高純度の偽石強化剤が入ったボトルを取り出した。前日の帰宅途中に実装
プロショップで購入した逸品である。
これの原材料は生まれてすぐの健康な仔実装の偽石だ。
偽石強化剤はほとんど液体化した偽石そのものだから、実装石の偽石に直接かけることで必要な栄養分を
おぎない、偽石そのものをコーティングして強化することができる。

男は強化剤のボトルをしげしげ眺めてからいったん机の上に置き、今度はリビングルームから持ってきた
偽石入りのガラス瓶を静かに開けた。
中に満たされていた淡緑色の液体がわずかに波紋を立てる。
底に沈んでいる歪んだ偽石をピンセットで慎重につまみあげ、用意した空の瓶に移した。

元のガラス瓶に満たされていたのは偽石活性剤である。
強化剤と活性剤はおなじような物に思えるが効果に微妙な違いがある。
活性剤にも実装石の肉体や偽石に必要な栄養分を配合してあるが、そのほかに偽石のポテンシャルを発揮
させ、実装石の回復力や耐久力を劇的に増す効果が見込める。
だが、この効果がときに裏目に出ることもあるのだ。

偽石が本来持っている力をより引き出すことで、ダメージからの早い回復をうながす。
それは車のアクセルを目一杯に踏み込むのと似たあやういところがある。負荷に耐えられないほど弱った
エンジン———偽石にはかえって命取りになりかねない。

今回は仔実装のエンジンたる偽石そのものを修復する必要があった。
こうなってしまうと偽石強化剤の助けを借りなければならないのである。
男が大枚はたいて高価な強化剤を買いこんできたのはこのためであった。

男はスポイトで強化剤を少量吸い取り、歪んだ偽石にまんべんなくかけた。
強化剤は偽石と反応して固まる性質があり、弱った偽石をコーティングして補強してくれる。
これで偽石の自然崩壊をとりあえずはふせげるだろう。

強化剤が偽石に定着するまでの間に、必要な作業を済ませておかなければならなかった。




                ・
                ・
                ・



男は水槽部屋へ向かうと、片隅に置かれている小型の業務用冷凍庫を開けた。リサイクル業者から安く
買った中古品だが、よく冷えるので男は気に入っていた。
他のがらくたと違って冷凍庫だけは電源が入っており、ブゥゥゥン…と低くモーターが唸っている。
扉をひらくと中には禿裸にされた仔実装がぎっしり詰め込まれていた。
こいつらはこうしたトラブルを見越して、男があえて処分せずストックしておいたものである。


「久しぶりだな糞蟲ども。元気にしてたか」


思い思いの体勢のままカチカチに凍った禿裸仔実装をまとめて6匹抱えると、男はキッチンへと急いだ。
電子レンジに冷凍仔実装を無造作に放り込んで解凍ボタンを押すと、ぼんやりとタバコをふかしている
間に解凍仔実装ができあがった。
実装石はたとえ冷凍されていてもそれは仮死の一形態にすぎない。
信じられないことに、解凍すればまた元のように復活することができるのだ。

しばらくぶりにシャバへと出された6匹の解凍仔実装たちは弱り切って動くのもやっとだった。
まだ意識がはっきりしないのか、レンジの回転皿の上でもぞもぞと緩慢に手足を動かしている。
男は乱暴に解凍仔実装たちをつまみあげ、大きなザルへと放り込んだ。

解凍仔実装入りのザルを抱えて作業部屋に戻ってきた男は、机の上を空けてキッチンペーパーを敷き、
道具入れから替え刃式の医療用メスを取り出してにやりと笑った。


「案外安かったけどな、こいつはいい仕事をしてくれるんだぜ」


よろよろとザルから逃げ出そうとする禿裸を捕まえ、男は一息に正中線を切り裂いてやった。
メスの仕事ぶりを味わった禿裸はたまらず「テビャァァァァァ!!」と悲鳴を上げる。


「凍ってても平気なお前らがこの程度で死ぬわけねぇだろ…」


ぱっくりと真ん中から裂けた禿裸の体にピンセットをねじこみ、男は偽石のありかを探っていく。
まだ凍ったままの内臓をかき回された禿裸が「テジィィィ!テチャァァァァ!」とやかましく泣き叫んだ。
結局この禿裸の偽石は頭部にあった。無意味に腹を裂かれた禿裸にとってはたまったものではあるまい。
禿裸は血涙を流しながらイゴイゴと手足をばたつかせていた。

同じようにして全ての禿裸が偽石を取り出されていった。偽石を使っている間は仮死していてもらわない
といけないので、用が済んだ禿裸はまた冷凍庫に戻すことになる。
ふたたび冷凍される瞬間、さんざん切り刻まれた禿裸たちが浮かべた絶望の表情をじっくり味わう暇が
ないのが男にはとても残念だった。

だがこれで仔実装6匹分の偽石が確保できた。これだけあれば十分だ、と男は満足した。
こいつらはあの歪んだ偽石を修復するためのいけにえである。
禿裸の偽石を歪んだ偽石に合体させ、偽石強化剤の効果を引き出して本来の正常な偽石へと戻す。

これが男の考えだした偽石の修復法だったのだ。

凝固し始めた偽石強化剤は、ちょうど接着剤のように他の偽石をくっつけることができる。
そうは言っても劣化の進んだ偽石は極度にデリケートなので、実際の作業はそう簡単ではなかった。
大きさのまちまちな禿裸の偽石を組み合わせ、歪んだ偽石を囲むようにくっつけていく。
拡大鏡越しにピンセットで繊細なパズルをこなした男はふぅと大きく息をついた。


「……これでいい」


仮死している間、禿裸たちの偽石は意識とともに極端にそのはたらきが弱くなっている。
歪んだ偽石と合体した禿裸の偽石は、あたかも弱った木の根元に撒かれた肥料のようなものだ。
すぐに吸収されて糧となってくれるだろう。
逆に元気に生きている実装石の偽石ではこうはいかない。これでは枯れかけた木のまわりに元気な木を
植えるのと同じことである。追い打ちをかけてしまっては元も子もない。

男は合体偽石を収めたガラス瓶の中に、水で薄めた強化剤と濃縮タイプの活性剤の混合液を注いだ。
これによって偽石本来の活力を引き出しつつも、偽石を使いすぎることでのダメージは極力避けられる
ようになった。


「後もう一仕事あるが……結局は“あいつ”の生きる意志次第だな」


液の中では早くも禿裸の偽石からぶくぶくと気泡が立ち始め、歪んだ偽石との癒着が始まった。
完全に吸収されるまで時間はさほど必要としないだろう。

神経をとがらせての作業が続いた男は少々くたびれた様子で、食べ損ねた夕食を摂るためにリビングへ
入っていった。



             
             

******************************************************************************************************             






それから少し時間が経ち、夜も更けた頃になって水槽の中の仔実装は仮死から目覚めた。
テホッ!テホッ!と立て続けに何度も咳き込み、次いでようやくその目がひらく。


「テチュ…!?どうちてワタチはオフトンじゃないとこでねてるテチュ…?」


仔実装はよちよちと立ち上がろうとするが、首に鋭い痛みが走って尻もちをついた。
見れば知らぬ間にパンコンすらしていたらしい。実装服も脱がされていて仔実装は丸裸だった。
仔実装の周囲に広がる汚物の池ではたくさんの蛆実装が死んでいる。
 

「……これはなにテチュ?ウジちゃんテチィ…。ウジちゃんがいっぱいしんでるテチュゥゥ!」

「こわいテチュゥゥ!ママァ!ママァァァ!!」


ガタッと音を立てて水槽の蓋が開けられた。
くわえタバコの男がなにやら笑みを浮かべ、おびえて縮こまった仔実装を見下ろしている。


「ママァ!ウジちゃんがしんでるテチィ!なにがあったんテチュゥゥ!?」

「おお、やっとお目覚めか。そいつらはお前のガキどもさ。
 もっとも、あんまりお前のクソが臭いんで死んじまったがな」

「テ……?ワタチの…こどもテチィ?ワタチはこどもなんかうんだことないテチュ!」

「子供ならさんざん産ませてやってるだろうが。今さら何を驚いてるんだよ」

「ママ…いってることが…よくわかんないテチュ」

「忘れてるから教えてやるが、お前は仔殺しで仔食いのひどいママだってことさ」

「ワタチがウジちゃんころちたテチュ…?たべたテチュ…?それはウソテチィ。そんなはずないテチュ」


男はニヤニヤと笑いながら仔実装に牙を剥いた。


「お前は知らなくて当然だよ。でもお前のもう片っぽは全部ご存じだと思うぜ」

「ママおかちいテチュ!わけわかんないテチャァ!ママなんかきらいテチュッ!あっちいけテチィィ!!」

「そうかい。俺はお前みたいな糞仔蟲が大好きだけどな」


そう言うと、男は仔実装の額に吸いさしのタバコを軽く押しつけた。


「ヂュゥゥゥゥゥ!!やけるテチュゥゥ!!あついテチャァァァァァ!!」

「ハハッ、どうせすぐ忘れるんだ。その程度でガタガタ騒ぐな。
 それじゃお前にはこれからしばらくのあいだ眠ってもらうぜ」


楽しそうにからからと笑いながら男は仔実装を水槽から出し、作業室へと連行していった。
そして手の中でテチテチと抗議を続ける仔実装を乱暴に作業机の上に放り投げた。


「テブッ!セレブなワタチにこんなことするとゆるさないテチュゥゥ!!」

「お前みたいにすぐクソをもらす糞蟲のどこがセレブなんだよ、身の程知らずが」


そう言うなり男は仔実装を机に押さえつけ、例によって“拘束具”の板切れを取り出した。
すばやく仔実装を拘束具にはりつけ、手足に留め金をはめこんでいく。
治ったばかりの手足をふたたび刺し貫かれた仔実装は悲鳴を上げた。


「チュバァァ!ピギィィ!ヂュァァッ!プギォォォォ!
 イタイイタイテビャァァァ!やめテチュッ!ママゆるちテチャァァァ!!」


男は机の上に転がっていた医療用メスを拾い上げた。
切っ先に付いた禿裸たちの血はまだ乾ききってすらいなかった。
仔実装は必死に叫び続けたが手足が動かせなくてはどうすることもできない。
メスの刃が容赦なく腹に突き立ち、たちどころに真っ赤な鮮血がほとばしり出る。
痛みと恐怖のあまり仔実装はパンコンすらできずにただ絶叫するしかなかった。


「……ッッ!!チュァァァァァ!!テピィィィィィ!!」


メスが総排泄口から首元までの肉をスッと切り開いていく。
刃先は温めたバターを切るようになめらかに動き、男の手元には一切抵抗が伝わってこなかった。
仔実装の両脇に指で力を込めるとよく熟れたイチジクのように腹がぱっくりと開いた。


「テヂュゥゥ!ママァァ!おねがいテヂィィ!やめてチャァァ!!」

「チュワッ!チュアッ!チャガァァァ!チュビィィィィ!!」


仔実装の哀願はだんだん意味をなさない悲鳴の羅列になっていった。
男がピンセットを取り出して、仔実装の内臓をまさぐりはじめたからだ。

実装石を開腹すると最初に目につく臓器がひときわ大きな体積をしめる糞袋である。
パンコンや強制出産をしたばかりなのに、仔実装の糞袋はもうパンパンにふくらんでいた。何度見ても
一体どういうしくみでそんなに糞が溜まるのか男にはちっともわからなかった。

糞袋を脇へどかすと肺のように小刻みに収縮する臓器や肝臓らしき大きな塊が目に入る。
実装石はなんとも不可解なことに、臓器の位置はおろかそれの有無すら個体によって異なっている。
そのため実装関連の書物にある解剖図や臓器の解説はほとんどアテにならないのが実情といってよい。
どうなっているか知りたければ、男のように文字通り切り開くしかないのだ。

一方、人間でいえば心臓に当たる位置に男の目当てのモノがあった。


仔実装の偽石だ。


いや、偽石はすでに取り出されていたのではなかったか?

ガラス瓶の中の黒ずんで歪んだあの偽石は?

そうではなかった。歪んだ方の偽石は仔実装の“もう一つの偽石”だった。

ここにあるのはあの歪んだ偽石の片割れである。
奇妙なことに、この仔実装は偽石をふたつ持って生まれてきたのだ。

持っている臓器すら定かでない実装石だが、少なくとも一つ、全ての個体に共通するものがある。
それは命の石とよばれる偽石を一匹が一つ、必ず体内に持っているということだ。
どんなに愚かな実装石でも、どんなに賢い実装石でも、偽石だけは自分の命のように大事にする。
なぜなら偽石は実装石の命そのものであり、あるいは魂であり、存在のすべてだからだ。
実装石はそのことを本能でわきまえている。


「ママァ!ダメテチャァ!それとっちゃダメなんテヂュゥゥゥッ!!」


仔実装が絶望に満ちた声で泣き叫んだ。
偽石を取られて顔色の変わらない実装石などおそらくどこにもいるはずがない。


「これを取っちゃダメだって?そいつは前にも聞いたよ」


男が仔実装の“もう一つの偽石”にべっとり付着した血を蒸留水で洗い落とすと、偽石はたちまちキラ
キラとした翡翠のような輝きを取り戻した。


「さすがは毎日脳天気に暮らしてるだけあるぜ。こっちは綺麗なまんまじゃねぇか」

「ワタチの“それ”をかえせテチュゥ!どうちてカワイイワタチをイジメるテチャァ!」

「楽しいからに決まってんだろ?」

「テェ!?アクマテジャァァ!ニンゲンママはクソママテチュ!クソムシテヂィィ!」

「今ごろ気付いたのか?ハハハ、やっぱり救いようのないバカだな…」
 
「テジャァァ!こらちめてやるテチュゥゥ!ボコボコにちてやるからこっちこいテチャァァ!!」

「懲らしめてやると来たか。いいねぇ。俺も調子に乗った仔蟲を懲らしめるのは大好きさ」


心底楽しそうに男は仔実装の開いた腹に指を突っ込むと、糞袋をつまんで指先でギュウギュウとしぼり
始めた。はらわたを直接締めあげられた仔実装は悶絶のあまり悲鳴すらあげられない。
糞袋が圧迫され、仔実装の総排泄口からは意志と関係なく糞が噴出していた。


「ちょうどいい糞抜きになったな。ウンチするのは気持ちいいだろ?」

「チベェェェ…。も、もうやめテヂュゥゥゥ…!テ……テゲェ…ゲボォォォッ!」


仔実装は糞袋から食道にまで逆流してきた糞をドロドロと吐いた。


「ククッ、スッキリしたか?」


男は仔実装の綺麗な偽石を空のガラス瓶に入れ、活性剤をケチったのか栄養ドリンクを注ぎこんだ。
元が健康な偽石なら栄養ドリンクか砂糖水でもやっていれば十分である。必要な糖分とアミノ酸が供給
されていれば、偽石は長くその輝きを保ち続けてくれる。
高価な薬剤を使うのはもっと楽しんでからでも遅くないことを男は長年の経験で学んでいた。


「それじゃそろそろ仕上げと行くか」


男は先ほど処置済みの歪んだ偽石の入ったガラス瓶を手元に引き寄せた。
中に沈んでいる偽石の集合体はもうすっかりくっつき合い、一回りほど小さくなっている。
よくよく目を凝らさないと境目を見極めることもできない。これが完全に融合したとき、あの6匹の
禿裸の命もそこで尽きることになるのだろう。


「思った通りいい感じだ。これなら問題ないだろ」


満足げに男は言うと、処置済みの偽石を優しく取り出して柔らかなガーゼの上にそっと置いた。


「それはなんテチュ…。クソママァ、ワタチになにをするテチュゥゥ…!」


男のしていることを横目で見た仔実装が言い知れぬ不安の色を浮かべ始めた。
そんなことはお構いなしに、男は再び両手を仔実装の体に添えた。はやくも閉じかかっていた腹の裂け
目に力を込め、ふたたび傷口をこじ開けていく。腹がメリメリと裂けていく激痛に仔実装は絶叫した。


「ジィィィ!!またイタイのイヤテッビャァァァァァ!!」


「これを見たらお前でも驚くだろうな。いや、俺もはじめて見たときは驚いたぜ」


再度口を開いた仔実装の腹に、今度は金属製の薄いヘラを差し込んでいく。
仔実装は苦痛に耐えきれず意識がもうろうとしてきていた。

すっかりスリムになった糞袋をヘラで掻きわけ、その奥にある肝臓も上にずらしてやる。
するとそこに、腹腔の内側の肉となかば融け合った大きな肉の塊が出てきた。

直径数センチほどの球形の肉塊はその側面で腹腔と癒着し、時折ぴくぴくと脈動している。
男がデスクライトを引き寄せるとその表情がよく見えるようになった。


それは顔のついた肉塊———いや、実装石の頭だった。


小さな実装石の頭部だけが、どういうわけか仔実装の腹の中に収まっていた。
緑のズキンこそ被っていないが、耳のような肉の隆起があり、顔面にはちゃんと目鼻口がついている。
もっとも、今は目も口も閉じられていて眠っているような表情である。


「ひさしぶりだな。最近はずいぶん弱気になったじゃねぇか」


男は腹の中の顔に向かってそう言うと、切開面が閉じるのをふせぐためにヘラをもう一本差し込んで
開いた腹の傷口を固定した。


「テェェェェ………ヘベェェェ………テッ!……テァッ!……チュァァ……」


仔実装はもはやうわ言のようにかすかな悲鳴をもらすだけになっている。


男はメスを握りなおし、左手をピンセットに持ち替えた。
切開の邪魔になる糞袋をピンセットでつまみ、下の方に無理やり押し込む。
いささか荒っぽいが、実装石はこれくらいで音を上げるようなヤワな構造はしていないのだ。

そして完全に露出した“顔”にメスを入れた。あくまでも慎重に、きわめて丁寧な動作だった。
刃先の数ミリだけを注意深く顔に沈め、額から口までを縦一文字に切開する。
男は大きく吐息をもらし、メスを作業机の洗浄皿にカチャリと置いた。
重要な作業は次で最後だ。

男は癒着した合体偽石を右手のピンセットでつまみ、左手にもピンセットを握りしめた。
顔の切開面に左手のピンセットを差し込み、少しづつ力をゆるめると、開いた状態に戻ろうとするピン
セットに押し広げられて裂け目がじわじわと口を開いていく。
切開面の奥にはカニミソのような暗緑色のドロドロしたものが詰まっていた。

実装石の脳である。

人間の小脳のように呼吸や運動などの体のあらゆるコントロールを司り、一時的に記憶や知識を保持
する能力も持っている。いわば偽石の代理をする補助的な器官である。

男はその柔らかな脳みその中、わずかに空いた空洞に右手の偽石をゆっくりと押しこんでいった。
そこは取り出される前の偽石が元々ぴったりと収まっていた場所である。
完全に偽石が顔の中に戻されると、後はピンセットを抜き取ってやるだけだった。

歪んだ偽石は“本来の持ち主”に戻されたことでより安定した状態になると男は見込んでいた。
元の透き通った輝きを取り戻すのにさほど時間は必要あるまい。
いつになく満ち足りた表情の男は、血で汚れた手と道具を洗うために部屋を出ていった。

机の上で仰向けの仔実装は仮死状態に陥ったのか、目を閉じたまま眠ったように動かなかった。




                 


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仔実装は夢を見た。

自分にとってもよく似た、優しくて賢い仔実装とお友達になる夢だった。

その仔も自分みたいにお歌と踊りが大好きで、自分にまけないくらい上手だった。

そんな2匹でいっぱい歌って踊るのは、もちろん楽しいに決まってる。

お歌も踊りもはじめから息がピッタリで、2匹でやるとまるで鏡を見ているみたいだ。

2匹のお歌があんまり上手なので、いつの間にやら小さなウジちゃんたちも大集合。

ウジちゃんたちは短いオテテを一生懸命うち鳴らして、レッフレーレッフレーと応援してくれる。

仔実装とお友達だけのささやかなコンサートは文句なしの大成功だ。

ママにも聞かせてあげたいな。きっと喜んでくれるに違いない。

2匹はウジちゃんたちと一緒に、くたびれておなかがグゥグゥいうまで遊んだのだった。


すっかりお空は赤くなってしまって、そろそろオウチに帰る時間だ。

仔実装は力いっぱい手を振って、お友達とウジちゃんたちにバイバイを言った。

でもちっとも寂しくない。仲良しになったみんなと明日も遊ぶ約束をしたのだから。

オウチではママといっしょにおいしいゴハンが待っている。

お友達のことやウジちゃんたちのこと。ママには何から話そうか。

仔実装はオウチまでの帰り道を、シアワセな気分で急いだのだった。


それは仔実装が夢うつつに見たまぼろしか。

けれどとってもシアワセなまぼろしだった。




              

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