タイトル:【虐】 Iのメモリー 1話
ファイル:Iのメモリー #1.txt
作者:匿名 総投稿数:非公開 総ダウンロード数:1866 レス数:0
初投稿日時:2023/12/20-00:31:10修正日時:2023/12/20-00:31:10
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            『 Iのメモリー 1話 』






その部屋の真ん中には大きな水槽があった。

厚紙で目張りされたとびきり大きなガラス製の水槽である。
がらんとした空間で仔実装が一匹だけ飼われていた。

仔実装は楽しそうに歌をうたっていた。
見た目には生後一カ月ほどであろうか。ころころした体にピンク色の実装服を着せられ、短い手足を
振って拍子をとるしぐさもあどけなかった。
仔実装は歌に合わせてピョンピョンとびはね、踊るような仕草も見せる。
しばらくして遊び疲れた仔実装は一息つくと、寝床に敷かれたタオルの上でころりと横になった。
それから改めて水槽の中を眺めまわし、満足そうにふくみ笑いをした。


「すごいテチュ…このオヘヤがきょうからぜんぶワタチだけのものテチュ…!」


清潔でチリひとつない水槽は広くて暖かくて仔実装にとって快適そのものだった。
備え付けの照明がいつも点いていて、お留守番を任されても心細い思いはしなくて済みそうだ。
寝床に敷かれたフカフカで真っ白なタオルの上でころがって遊ぶだけでも楽しい。
タオルには不思議な甘い匂いが漂っていてはやくも仔実装のお気に入りになった。
もちろん仔実装が満足しているのはそこだけではない。
おいしいゴハンも飲み水もちゃんともらえたし、夕飯のデザートにはコンペイトウだってついてくる
に違いなかった。タオルの上で大の字になった仔実装は思った。


(やっとワタチも“ラクエン”にこれたんテチュ♪)

(ラクエンはたのちいことばかりってママがいってたのはほんとうだったテチュ♪)

(やっぱりワタチがトクベツだからえらばれたんテチュ♪)

(ワタチはかちこくてかわいくてトクベツなんテチュ♪)


仔実装は選ばれた仔だったのだ。
“特別”だから選ばれたに違いないし、選ばれたということがその証明である。

自分はあいつら……イジワルな妹たちとは違うのだ。
6匹の妹たちみたいな“クソムシ”なんかとは。

これからは毎日がシアワセでいっぱいのはずだと仔実装の胸は希望に満ちあふれていた。

すると、がさごそと音がして水槽の蓋が外され、もっと遠くにある別の天井が視界に入った。
仔実装は嬉しそうに飛び起きて顔を上げ、水槽をのぞき込む“それ”を見た。


「テチィィ!ママッ!ワタチいいこにちてたテチュ!ワタチとあそんでチュ~!」


仔実装は興奮してピスピス鼻を鳴らしながら甘えた鳴き声を上げた。
ママと呼ばれた“それ”はニコニコと仔実装に笑いかけて言った。


「ああ、いいよ。遊ぼうか…。じゃあこっちにおいで」


“ママ”の差し出した大きな手のひらにいそいそとよじ登り、仔実装は満面の笑みを浮かべた。
その幸福感と優越感に満ちた笑みは、一体誰に対して向けられたものだったのだろう。
仔実装は思った。


(きょうからはあたらしい“ママ”といっしょテチ)

(ワタチはママにアイされてシアワセになるんテチュ♪)


「それじゃあ、遊ぶ前に準備をしないとね。ママの言うことをよく聞くんだよ」


“ママ”が仔実装にそうやって優しく話しかけ、頭をすりすりとなでてくれた。
仔実装は新しいママのこともすぐに大好きになっていた。

仔実装には新しいママができたのだ。
ラクエンのママ。自分をラクエンに選んでくれた“ニンゲンママ”。

仔実装はママの手のひらの上でとても幸せだった。
今これから、仔実装のすべてが新しく始まるのだ。



            




*****************************************************************************************************








…誰かが言った。

「気分はどうだ?」

ひどい気分だった。最悪だ。

…また誰かが言った。

「それは仕方ないだろう。………に行くのと引き換えだからな」

そうだった。でもこんなことをするなんて知らなかった。嘘つきめ。
痛くて悲しくて、苦しいことばかりじゃないか。

誰かは構わずに続けた。

「これは“遊び”なんだ。俺の気が済むまで付き合ってもらう」

また“ワタチ”や“ウジちゃん”にひどいことをするつもりなんだろう。
そんなことをして何が楽しいんだ。

「お前はオモチャだからさ。オモチャで遊んでなにがいけないんだ?」

はやく元に戻してほしい。いつか取り返しのつかないことになりそうな気がする。
すると誰かは笑って言った。

「おいおい、約束をやぶるのか。せっかく………に選んでやったのに」

「まぁいい。どのみち“お前”には何もできないんだからな」

それきり誰かの声は聞こえなくなった。
だんだん周りが暗くなって、どこかに落ちていくような感じがする。
でもきっと、次に目覚めたときにはまた始まるんだろう。

ここはラクエンなんかじゃない。

もっとはやく気付くべきだった…。







******************************************************************************************************            
            







カーテンを通して曇天の朝の弱い光が部屋の中をぼんやりと照らしている。
仔実装の飼い主である“ニンゲンママ”が部屋にやって来る時間になった。

きっかり時間どおりに男が部屋のドアを開いた。会社員ふうにきっちりと無難な柄のネクタイを締めた
平凡そうな男だった。男は水槽の中の仔実装をのぞきこんで「おはよう」とほがらかに笑いかけた。

タオルの上で起きて待っていた仔実装はすでに準備万端ととのえている。
上から見下ろす男を見て嬉しそうに顔を紅潮させ、高らかに鳴いてみせた。


「ニンゲンママにオハヨウのアイサツするテチィ!
 アイサツできる仔はかちこい仔なんテチィ!!」


今日は記念すべきラクエンでの最初の朝なのだから、ママに何か恩返しをしないといけない。
せっかくお迎えしてもらった自分の可愛さと賢さを見せつけて喜んでもらうにはどうしたらいいだろう。
仔実装はそう考えて、自作の『おはようダンス』なるもので朝のごあいさつをすることにしたのだった。
仔実装は小さなお尻をフリフリし、右へ左へ飛んだり跳ねたりご自慢のダンスとお歌を繰り広げていく。


「ニンゲンママにオハヨウテッチュン♪オウタとオドリのオハヨウダンス♪

 ワタチとママはなかよちテッチュン♪イッパイあそんでニコニコテッチュン♪

 ママのてづくりウマウマゴハン♪フカフカタオルでぐっすりオネム♪

 タノチイいちにちはじまるテッチュン♪きょうもあちたもワクワクテッチュン♪

 ママといっしょにオハヨウダンス♪ずっといっしょにシアワセテッチュン♪」
 

ほほえましい仔実装オンステージを男は笑って見守っている。
律儀にもダンスが終わる頃合いを見計らって、男は仔実装にやさしく語りかけた。


「今日も元気だね。ここに今日の分のごはんを置いておくから、お行儀よく食べるんだよ」

「ママはきょうもやさちいテチュ!きょうのゴハンのそれはなにテチュ?」

「きみのために特別につくったハンバーグだよ」


ハンバーグという聞き慣れない単語に仔実装は目を輝かせた。


「ハンバーグってなにテチィ?たべたことないテチュ!」

「手作りだからきっとおいしいと思うよ」

「テッチュ~ン♪ママ!あさゴハンたべたらワタチとあそぶテチィ!」

「あいにく今日はお仕事でね。残念だけど遊んであげられないんだ。ごめんね」

「テェ!?あそんでくれないのイヤイヤテチィ!ママといっしょにあそぶテチィィ!」


じたばたと床の上に転がり、短い手足を振り回して仔実装は駄々をこねた。
男も困ったような苦笑いを浮かべている。


「うーん、弱ったな。今度お休みの日にたっぷり遊んであげるから、ね?」

「オヤスミノヒテチ?…イヤテチュ!ガマンできないテチィィ!!」

「仕方ないなぁ。そう言うだろうと思ってね。今朝は新しいお友達を連れてきたんだ」


男が水槽の中に手を下ろすと、握った手から白い何かが見え隠れしている。


「テチュッ!なんテチィ!?ママッ!それはなんテチィィ!?」


仔実装は興味津々である。ゆっくり男が手を開くと、体長10センチ近くある丸々とふとった蛆実装が
姿を現した。蛆実装は毛布代わりのティッシュペーパーに包まれスピスピと寝息を立てている。


「テェェ!ウジちゃんテチィ!おっきいけどウジちゃんテチィ!かわいいテチュ~♪」

「気にいってくれたかな。まだ寝てるけど、起きたら仲良くしてあげてね」

「まかせるテチィ!ワタチがウジちゃんのオネチャになるテチィ!」


「ご飯は多めにあるから2匹で分けて食べるようにね」と男は言いながら仔実装の頭をやさしくなで、
仔実装が汚したオマルやタオルをきれいなものに取り換えてくれた。
作業を終えた男が手を振って蓋を閉めると仔実装からはもう見えなくなる。

さて、目の前に置かれた皿からは仔実装の鼻をくすぐるいい匂いが漂ってきた。
仔実装はさっそく朝食に取りかかる。用意されていたのは小ぶりなサイズのハンバーグだった。
仔実装にも食べやすい大きさで、手間暇かけた素材でつくられた贅沢な一品である。
こんがりと焼かれた焦げ目も仔実装の食欲をそそった。


「こんなのはじめてテチィ!ママのてづくりハンバーグはうまうまテッチュ~ン♪」


まだほんのりと湯気を立てるハンバーグに仔実装は一心不乱にかぶりついた。未成熟な歯でも噛み切れ
るほどやわらかく、ジューシーな味わいに仔実装は夢中になった。


「レフ~ン♪おいしそうなニオイがするレフ~?」


匂いに誘われたのか、眠りこけていた蛆実装も勝手に目を覚ましてきた。
蛆実装は初めて会ったはずの仔実装にも人見知りせず「オネチャ」と呼んでくれてすぐ馴染んだ。
皿の前に陣取った仔実装は蛆実装の上半身を足に乗せ、半分ほど食べ進んだハンバーグを手でちぎって
食べさせてやる。


「ウジちゃんおいちいテチィ?たくさんあるからたくさんたべるテチィ♪」

「レッフッフーーン♪ウジチャンほっぺた落ちてパキンしちゃいそうレフゥ~♪」


蛆実装はよほど興奮したのか、我慢できずに糞を漏らしてしまった。


「テェェ!?ウジちゃんウンチもらしちゃったテチィ?」
 
「ちかたないウジちゃんテチィ。オネチャがキレイキレイちてあげるテチュ~」

「レフ~♪至れり尽くせりレフゥ~♪上のお口も下のお口も大満足レッフゥ♪」


仔実装はティッシュで蛆実装の総排泄口をやさしく拭いてやり、蛆実装はレフレフと喜びの鳴き声をあげて
これに応えた。仔実装は蛆実装の姉貴分として立派にやっていけそうな予感がしていた。

しかしその後も蛆実装はひたすらハンバーグを食べ続けた。
仔実装は求められるままに食べさせてばかりで自分はまったく口にできなかった。


「ウジちゃんばっかりたべるのズルいテチィ!オネチャもたべたいテチィ!」

「レプーッ!ウジチャンまだおなか空いてるレフーン!ぜんぜん足りないレフー!」

「テェ…。わ、わかったテチュ。ワタチがオネチャだからガマンちてあげるテチュ…」


その食べっぷりは蛆実装の体格が大きいせいか、まったく常軌を逸していた。
最初に仔実装が手を付けたハンバーグはとうに蛆実装の胃袋へと消え、すでに二つ目のハンバーグまで
食べ尽くされようとしていた。


「ウ…ウジちゃんまだたべるテチィ…?オネチャはオテテつかれてきたテチュ・・・。」

「オネチャだけ先においしいもの食べてたレッフーン!オネチャはウジチャンが食べ終わるまで待つべきレフゥ♪」

「でももうハンバーグちょっとしかないテチュ…。オネチャがたべるぶんがないテチィ」

「何言ってるレフゥ?ご飯ならまだあるレフ。あれを食べればいいレフ~♪」


そう言うと蛆実装は2匹の昼食が収められたタッパーをシッポで示した。


「あれはワタチたちのおひるゴハンテチィ!いまたべちゃったらおひるゴハンなくなるテチィィ!」

「だったらオネチャはガマンするレフ♪オネチャなんだから当然レフゥ~♪」


仔実装は徐々に本性をあらわした蛆実装にとまどいを隠すことができなかった。
ハンバーグを食べつくした蛆実装はまだ物足りないのか、食べカスと肉汁の散らばった皿に這っていき
意地汚くペチャペチャと舐め続けている。


「テェ…ぜんぶウジちゃんがたべちゃったテチィ…。ワタチのぶんがなくなったテチ…」

「レプ~♪ウジチャンもうお腹いっぱいレプ~♪オネチャ、食後のプニプニしてほしいレプ!」


蛆実装は性懲りもなくころんと仰向けになり、尊大にシッポを振って仔実装を呼んだ。
ここに至って仔実装の心の中である疑念が生まれ始めていた。


(ウジちゃんワガママばっかりテチィ……ワガママいう仔はクソムシテチュ…?)

「レップ~!まだレプ!?早くするレプ!まったく使えないオネチャレプ!」


どこか暗い表情を漂わせながら、仔実装はだまって蛆実装の脇にかしづいた。
やさしい力加減でリズムよくお腹を揉んだりさすったりしてやる。


「レヒャッ♪レヒャッ♪レップ~ン♪ダメなオネチャもプニプニだけは見所あるレフ~♪」

「チププ…まだまだテチィ。ウジちゃんをもっといいきぶんにさせてあげるテチュ…」


仔実装はさらに力と心をこめてプニプニをしてやった。
プニプニに一家言ある蛆実装も納得の手つきである。


「レヒャヒャッ♪レプ~♪プニフ~♪ウジチャン気持ちいいレフゥゥゥ~!」


蛆実装の快感のボルテージはますますヒートアップしていった。


「レヒャッ♪オネチャ…ウ、ウジチャ…もうまんぞくしたレプ…!」


すっかり満喫した蛆実装はシッポで仔実装を軽く叩いて「やめてほしい」の合図を出した。
ところが仔実装は蛆実装を無視して容赦なくプニプニを続けていく。


「レヒィ♪レヒュッ♪レハッ♪…もう…やめ…レッ……レヒィィ♪…レッ…レレッ♪………レェェェ…」

「ウジちゃん?そんなにきもちよかったテチュ?……チプププ…」

「クソムシウジちゃんをこらちめてやったテチュ!ざまみろテチュゥ~♪」


蛆実装は口から舌をだらりと垂らし、水っぽい糞を噴水のように勢いよく漏らしている。
目の焦点は左右でまったく合わずに宙をさまよったままだった。


「テェ…?やりすぎちゃったテチィ?ウジちゃんもういいテチュ、オネチャとあそぶテチュ」

「ウ…ウジチャ…イマイクレフ…。スシ……レヒッ♪…コンペ……レッ!…プニ…フ~♪」

「ウジちゃん……いくってどこへテチュ?なにいってるテチュゥ?」

「プニ…フ~♪……プニ……プッ………………レッ!!」


蛆実装は仔実装をもう見ていない。まるで長いあいだ探していた物を見つけたような晴れやかな表情を
したあと、溺れるようにあえいでそれきり静かになった。


「ウジちゃん?……ウジちゃ………ウジチャァァァァァァン!!」

「ダメテチャァ!そっちいっちゃダメなんテチィ!オネチャがいまたすけるテチュゥ!!」


仔実装はボロボロと涙を流しながら、床に寝かせた蛆実装の腹に両手をついた。
何がしかの刺激を与えれば生き返ると考えたのだろう。力いっぱい蛆実装の腹部を圧迫し、同じことを
何度も繰り返した。それは人間で言う心臓マッサージによく似た行為だった。
しかし何をされても蛆実装が反応することはなかった。目から光が失われて白く濁っていく。


「これじゃダメテチュ!?もっとつよくすればいいテチュゥゥ!?」


あきらめきれない仔実装は何を思ったか、蛆実装の腹に勢いよく飛び乗った。


「オテテでダメならアンヨちかないテチィィ!!」


———ベチャッッ!!


次の瞬間、蛆実装は水風船を割ったようにはじけ飛んでいった。
腹を踏みつけられて破裂した死骸はまともに形のわかる部分が残らなかった。

肉片と体液が飛び散った水槽の中で、蛆実装の返り血を浴びた仔実装はただ呆然としていた。
膝を曲げたまま壁にもたれて座り、時折テッテロケ~♪と調子っぱずれな歌をうたう。
パンツはあまりのショックで漏らしたのか、糞ではちきれんばかりに膨らんでいた。


「ウジちゃん…しんじゃったテチィ…」

「ころちたテチ?…ワタチがころちたテチィ?」

「テェェェェン!テェェェェェェェン!テェェェェェェェェェン!!」






              

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いつの間にか眠っていた仔実装は目を覚まして驚愕した。
何か自分では想像もしなかったような異変が起こっていることに気づいたのだ。
落ち着きなく水槽の中を行ったり来たりする仔実装に、やがてガサゴソという福音が届いた。
仕事を終えて帰宅した男が様子をのぞきにきてくれたのである。
仔実装はありったけの力で叫び、鳴き、大げさな身振りで訴えた。


「ただいま。おや?どうしたんだい?」

「テチィィィ!!ママァッ!オヘヤがなんかヘンになっちゃったテチュゥゥ!」

「うん?……ずいぶん汚れたね。どうしてこうなったのかな?」

「しらないテチュ!きづいたらオヘヤのなかがドロドロだったんテチィ!」


仔実装の言うとおり、水槽の中はそこかしこに何やらドロリとした破片や赤緑の液体が飛び散っており
まったくひどいありさまだった。
しかし男はさして動じたそぶりも見せず、落ち着いた様子で仔実装に続きを促した。


「ウジちゃんに何かしたのかな?仲良くしてねって言ったはずだけど」

「ウジちゃんなんかしらないテチィィ!はやくオヘヤをキレイにしテチュ!クチャくてキタナイテチィィ!」

「困ったなぁ。ここにはきみしかいないんだから、汚したのはきみだろう?
 罰として晩ご飯は抜きにしないといけないなぁ」

「なんでテチィィ!なんでワタチのゴハンなくなるんテチャァ!」

「ハァ、もういい。何をしたのか聞かないけど一晩しっかり反省しなさい!」


そう言うと男は水槽の照明を落とし、皿に盛られたままの夕飯を持って行ってしまった。


「まっテチ!ママまっテチィィ!おこるのイヤテチュ!クラいのこわいテチュゥゥ!」
 
「オヘヤがクチャイクチャイのもイヤテチュ!テェェェェン!テェェェェェェェェン!!」


男は仔実装の言うことを見苦しいいいわけと受け取ったのだろう。
蛆実装はとりわけ儚い生き物だから、遊んでいるだけで死ぬ、なんてことはよくあることだ。
だが「蛆実装なんか知らない」という白々しい言い逃れはさすがに通じなかったようである。


(どうちてこうなるんテチュ…。おかちいテチィ…。ワタチはなにもちてないテチィ…)


ところが仔実装にとっては本当にわけがわからなかったのだった。
男がやってくる直前、自分が目を覚ます前にあったことをなぜだか何も覚えていないのだ。

目が覚めたら水槽の中が汚れ放題になっていた。
これが仔実装にとっての真実であった。

ウジちゃんなんて言われてもわからないし、どうしてこんなに汚れたのかもわからなかった。
本当に何も知らないのだから説明などできるはずがなかったのだ。
なぜ叱られるのか、夕飯抜きにされるのか、仔実装にとっては理不尽きわまりない仕打ちだった。


(オヘヤがクラくてなんにもみえないテチュ…。こわいテチュ…)

(ママにおこられたテチュゥ…。おこられるのはじめてテチュ…)


真っ暗な水槽の隅で座りこんだままぼんやりと考え事をしていた仔実装は、ようやく自分が空腹である
ことに気が付いた。


「おなかすいたテチィ…」

「でもゴハンはママがおこってかたづけちゃったテチュ…」

「そういえばなんかいっぱいとびちってたテチュ…。これってたべられるテチュ…?」


空腹をとても我慢しきれず、仔実装は手さぐりでドロドロの何かを拾い上げた。
柔らかそうな感触が手に伝わり、おっかなびっくり鼻先に近づけてみる。
嗅覚にほんのり食欲をそそる肉の匂いが漂ってきた。

それは仔実装が踏みつけて飛散した蛆実装のなれの果てだった。
そうとは知らず、ためらうことなく仔実装はその肉片を口に運んだ。


「テェ!おいちいテチュ!すごくおいちいテッチューン♪」

「これはきっとゴハンテチュ!ママがこっそりかくちてたにちがいないテチュ~♪」

「テッチュ~ン♪おっきいのもあったテチィ♪おなかいっぱいになれるテチュゥ~♪」


仔実装が見つけた大きな塊は隅にころがっていた蛆実装の頭だった。
夜目がきかない仔実装にはそれが何なのか見えていない。
食物だと確信している仔実装はその柔らかい頭にかぶりつき、中身をすすった。


「とろっとちてておいちいテチュゥ~♪おなかたっぷりたべるテッチュン♪」


腹がくちくなるまで蛆実装の死骸をむさぼった仔実装は、フカフカタオルの汚れていないところを
なんとか探し出してくるまった。

それから仔実装は仰向けになって今日のことを考えてみた。

ずいぶん長い一日だったような気がする。ママに叱られる前に自分は一体何をしていたんだろう。
とても楽しくて、そして悲しいことがあったような気もするが、どうしても思い出せないのだ。
昨日のことは何となく覚えているのに。

そう、昨日だ。自分がここに初めてやって来た日。ニンゲンママに選ばれた日。
きっとこれまでの生涯で一番幸せな日だったのだと思う。
いや、自分は昨日初めてほんとうの“シアワセ”というものを知ったのだ。
だがそれ以前の———そうだ、ここに選ばれるまでの記憶がどうもあいまいな気もする。

そこまで考えて、仔実装は目を閉じてしまった。
今日のこと、これまでのこと、それらを忘れたということはきっと思い出す必要がないからだ。


(ワタチのオモイデ…どこいっちゃったんテチュ…?)


そしていつしか、仔実装は深い眠りへと落ちていった。

            
 

             



*******************************************************************************************************             
             







仔実装は夢を見た。

意地悪な6匹の妹たちの夢だった。

妹たちは食べることとあそぶことが大好きだった。

仔実装もそれがとっても大好きだったのに、いつも仲間はずれにされていた。

自分がいちばんオネチャなのに、妹たちは何一つ言うことを聞いてくれない。

いっしょにゴハンを食べようよ、いっしょにみんなであそぼうよ。

知らんぷりをされた鳴き声はオヘヤにむなしく響くだけだった。

ゴハンを食べるのも追いかけっこも、仔実装はいつもひとりぼっち。

妹たちはオネチャの自分よりなぜか体が大きくて、腕っぷしも強かった。

仔実装のゴハンを無理やり取り上げたり、仔実装を転ばせて笑ったり。

ママが見ていないところで仔実装はいつもいじめられていた。

でも末っ子の妹だけは本当は気が優しいことを仔実装は知っていた。

ほかの妹から隠れて、末っ子ちゃんだけは仔実装をときどき気遣ってくれたのだ。

その日、仔実装は末っ子ちゃんといっしょにたのしくゴハンを食べていた。

だけどそれをほかの妹に見つかってしまって、末っ子ちゃんはひどくぶたれた。


「オマエはあんなバカでよわいやつをえらぶんテチュ?」

「かしこくてつよいワタチたちのナカマがイヤならそれでいいテチュ」

「だけどオマエもアイツみたいにいじめてやるテチュ♪」


末っ子ちゃんは首をふって、だまったまま仔実装を一度だけ見た。

それから仔実装のゴハンの上にまたがってウンチをし、妹たちと笑いあった。


「ワタチもほんとはアイツとあそぶのなんてイヤだったテチュ♪」


その日から、仔実装はクソムシが大嫌いになった。

それは悲しい夢だった。

本当は思い出なのかも知れないが、仔実装にはもう必要ないものだった。








******************************************************************************************************








夜もすっかり更けて、時計の針は零時を回ったところだろうか。

ニンゲンママ———飼い主の男が仔実装の水槽がある部屋のドアを背に、息を殺してたたずんでいた。
水槽を黙って見つめる男の表情を真っ暗な中でうかがうことはできない。
どうやら薄笑いを浮かべているようにも見える。

暗い部屋の中を男が懐中電灯でゆっくりと照らしていく。

部屋の中央に仔実装の大きな水槽があった。水槽は頑丈そうな古めかしいキッチンテーブルの上に固定
してある。男の身長なら立ったまま楽に手入れができるようになっていた。
周囲には時代遅れなデザインの電化製品や、古ぼけてほこり臭い家具が乱雑に配置されており、さながら
物置部屋のようなありさまである。
壁面に光を移すと、今度はスチール棚に積み上げられたガラス水槽の数々が浮かび上がった。
仔実装のものと違ってろくに掃除もされていない。ここにうっすら立ち込める臭いの原因はこれであろう。
汚れで曇ったガラスの向こうはほとんどが空っぽだった。
だが、よく見ればいくつかの水槽にはまだ居残った住人を見てとることができる。

何かを抱え込んでうつ伏せのまま動かない禿裸の成体実装。

糞まみれで眠っている親指実装たち。

座り込んだまま口をモグモグさせている太った中実装。

その周りにちらばる実装石だったらしき何か。

懐中電灯の光に反応して身を起こす者もいるが、照らしているのが男だと気づくとひどく怯えた様子で
水槽の隅に身を縮ませてしまった。
男は仔実装の水槽に近づくとタオルにくるまって寝息をたてる水槽の主をのぞきこんだ。そして細心の
注意を払ってタオルから仔実装をひきはがすと、手にそっと握りこんで部屋を後にした。

ドアが閉まったのをこっそり見届け、寝たふりをしていた何匹かが安堵したように小さく鳴いた。


 
 
                ・
                ・
                ・



仔実装が目を覚ましたのは、知らない部屋の一角にある作業机の上だった。
深夜だというのに煌々と灯りがともされ、部屋の中は昼間のように明るい。

机の上や周囲の棚には様々な工具や医療器具がきちんと整理して並べられており、それらのほとんどは
一般人とは縁がなさそうなものばかりだ。そもそも用途すらわからない不思議な形の器具や何かの薬品
らしき瓶もたくさんある。
ここが男の書斎なのだろうが、むしろ外科処置を行うための手術室であるかのようだった。


「テェェ……ねてるあいだにオヘヤがなくなっちゃったテチュ…?」

「フカフカタオルもないテチュ。もうあれがないとねられないテチュ」


仔実装が眠い目をこすりながらその部屋の様子を見るともなく見ていると、ガチャリとドアノブを回す
音がして何かの液体が入った小瓶を持った男が入ってきた。男は小瓶を棚にしまうと、作業机のほうに
つかつかと歩み寄ってくる。
着古したワイシャツにジャージというリラックスした格好だった。
いや、汚してもいい格好と言ってもいいかもしれない。
男の存在に気付いた仔実装はすっかり安心した様子で騒ぎ始めた。


「ママ!たいへんテチュ!おネンネしてたらワタチのオヘヤがなくなったテチュ!」

「ん?もう目が覚めたのか。じゃあそろそろ始めるとするか…」


そう言うと男は作業机の引き出しから、人型に切りだされた手のひら大の板きれを取り出した。
板には人型の四肢のそれぞれの部分に奇妙な留め金のようなものがネジ留めされている。


「ママッ、それはなにテチィ!?…もちかしてそれであそぶテチュ?」

「あそぶテチュ!ママとあそぶテチュ~♪イッパイイッパイあそぶテチュ~ン♪」

「クククッ、お前は賢いなぁ、その通りさ。…だけどな、遊ぶのは俺だけだぞ」


言うが早いか男は仔実装をわしづかみにし、板の留め金を仔実装の手足にぱちぱちとはめ込んでいった。
留め金には釘のように尖ったトゲがついていて、肉にざっくり食い込むと血が噴き出た。
これは仔実装が“作業中”に動けないようにするための拘束具だった。


「テチャア!?チギィィィ!チュアッ!チュアッ!テピィィィィ!!」

「ママァァッ!なにするんテジュッ!イタイテヂィィィ!はなちテチャァァ!!」

「こんなのもう慣れっこだろ?相変わらずいい声で鳴くなぁお前は」


男は楽しそうに笑い、拘束具の留め金を肉の奥深くへグリグリとねじ込んだ。
仔実装がまた一段と甲高い悲鳴をあげる。

そこにはもう、朝の優しい“ニンゲンママ”の姿はどこにもなかった。

作業机の片隅にある試験管立ての中から男は小型のスポイトを抜き出し、仔実装の赤い血を吸わせると
今度はステンレスの洗浄皿に蒸留水を注いだ。
これで仔実装の出産準備ができた。


「さぁ、今夜“も”ママになってもらおうか」

「テッチャァァァァァァァァァ!!」


仔実装は絶叫した。
左目に血液を点眼されただけでぼこりと腹がふくらみ、瞬時に生成された胎児が胎動を始める。
目の色が変わるだけで妊娠と出産が可能になるのは実装石の驚くべき生態の一つだ。


「いやテチュゥ!こわいテチュァァァ!!なんかくるテチィィィ!!」


下腹部があっという間に二倍ほどにふくれ上がり、ぶるぶると仔実装の全身が震えだした。
男が拘束具を皿の上にかざすと、仔実装は額に青筋を立てていきみはじめる。
これから何が起こるのか分かっていなくとも、生まれ持った本能に従おうとしているのだ。


「チュビィィィィ!!でるテチュウゥゥゥゥゥ!!」


すぐに仔実装の総排泄口をミチミチとこじあけて、ゼリー状の粘膜に包まれたものが顔を出した。
糞と一緒にボトリとすべり落ちてきたのは3センチほどの蛆実装だった。


「テッテレ~♪」


歯を食いしばる仔実装をよそに、脳天気な蛆実装の産声が部屋に響き渡る。
だがまともな仔といえるのは結局、その一匹しかいなかった。
あとから続くのは小指の先ほどしかない異常に小さな蛆実装ばかりだった。糞と共に水中に垂れ落ちると
すぐに腹を上に向けてぷかりと浮き上がってくる。すでに眼球は白濁していて、舌をだらしなく垂らした
まま動かない。どう見ても死産だった。

男は蒸留水のボトルから仔実装の目に水をかけ、慣れた手つきで血液を洗い落とした。
それで仔実装のデタラメな出産は止まった。


「今回は一匹だけか。えらく少ないじゃないか」

「テェ…テェ…テェ……。う、うまれたテチュ…!ワタチ、ママになったテチュ!!」


拘束具にはりつけられたまま出産の喜びにほほを赤く染める仔実装だったが、微動だにしない小さな子供
たちを横目で見てその顔色が変わった。


「テェェ!?ワタチのあかちゃん…どうちてみんなうごかないテチュ…?」

「皆くたばってるよ。生きてるのはこいつだけだ」

「テェェェェン!あかちゃんしんじゃイヤテチュゥゥゥ!!」

「一匹いりゃそれで十分だろ…ま、こいつともここでお別れだがな」


そう言って男は洗浄皿の中で溺れかけていた蛆実装をすくいとった。


「テッ!?あかちゃんかえちテチィ!ペロペロちてあげないとだめなんテチュ!」

「いいや、その必要はない」

「オテテもアンヨもはえないのダメテチィ!かわいそうテチィィ!」

「…必要ないっていつも言ってんだろ!」


いらついた男がドン!と机を叩いた。仔実装は飼い主の豹変にすくみあがるしかなかった。


「ママがこわいテチュゥ…。なんでこんなことするテチュ…。
 ニンゲンママはもっとやさちいはずテチュ…」

「俺はいつも優しいだろ?朝になりゃ馬鹿なお前でもわかるだろうさ。
 なんといっても、お前は今日あったことなんてぜーんぶ忘れちまうんだからな」

「テェェ…?どういうことテチィ…?」


男は“収穫”の蛆実装を柔らかなティッシュで包み、大事そうに持ったまま部屋を出ていった。
子供を取られまいとする仔実装がまた何かわめいたが知らん顔を決め込んだ。


 
 
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                 ・
                 ・



男は水槽部屋へと戻り、今度はパチンと電気を点けた。
積み上げられた水槽をよく見ると、一番上の段に一つだけ布をかけて光を遮られたものがある。
その布をめくり、男はプラスチック製の収納ケースをまるで宝物のようにそっと取り出した。
半透明のケースは内部が複数の段に分かれており、おおむね釣り用収納ボックスと同じ構造だった。
中の一段一段はうすい板で整然と細かく仕切られている。

別の生き物と遊ぶ楽しみ方を覚えてから、男は釣りの趣味などとうの昔に止めていた。
今はケースの数十個の仕切りのほとんどに蛆実装が入っている。
もう夜も遅く、蛆実装たちはぐっすり眠っていて静かなものである。よく見ると蛆実装たちの部屋を
分ける仕切りには、それぞれに何かのシールが貼ってあった。
男は生まれたばかりの蛆実装をティッシュごと空いた仕切りの中に入れてやる。ティッシュは保温性を
高め、糞も吸ってくれて掃除が楽になるからだろう。そして今日の日付を記入したシールを仕切りに
ぺたりと貼りつけた。収穫日ということらしい。


「やれやれ、あの馬鹿、せっかく太らせたのを殺しちまいやがって…」

「ま、結局食っちまったんだから同じことか。お前もせいぜいたっぷり食えよ。
 しっかり太ってくれなきゃ困るんだ」

「レフェェ?レフ~ン♪」


生まれたての蛆実装は男を見上げてのんきな声で鳴いた。

一週間も経てば、この蛆実装も立派に育ってハンバーグの材料になってくれるだろう。
仔実装の大好きなあのハンバーグである。

男は仔実装に産ませた蛆実装を肥育し、それをハンバーグにしては仔実装自身に食わせるという、なん
とも不毛きわまる行為を飽きずに繰り返していた。

男が柔らかい練り実装フードを目の前にたっぷり盛ると、エサだと理解した蛆実装が歓声をあげた。
すると男は「シー…」と言いながら口元に指をやる仕草をしてみせる。
静かにしろという意味を理解したのか、蛆実装は歯も生え揃わない口で黙ってフードをぱくつき始めた。

男が用意した練りフードは特殊な製品で、すこぶる高カロリーな代物だ。これはこまめにエサを与える
手間を省くためのものだから、本物の蛆実装愛好家なら使うことはない。
蛆実装にまで構っていられない業者や母実装がいない飼育下で使われるものだ。

狭いケースに押し込められた蛆実装は食べる他に何もすることがない。せっせと高カロリーなフードを
食べ続け、むっちりと脂の乗った肉をたくわえていく。
自分の体積より多いエサを平らげた蛆実装は一日ごとに一回り大きくなる。やがて7、8センチで頭打ち
になるが、時には10センチ以上に成長する者もいるほどだった。

男は眠りこけたままの一番太った蛆実装を取り出し、ケースをしまうとキッチンへ向かった。
今日は仔実装の夕飯にする予定だったハンバーグが丸々余っているので潰すのは一匹で十分なのだ。
男は手にした蛆実装をボウルに入れると念のために蓋をし、さっきの作業部屋へ戻ってきた。
一方、仔実装は出産を終えたばかりとは思えないほど元気にテチテチと騒いでいた。


「ニンゲンママ!ワタチのウジちゃんをどこやったテチュ!
 いますぐかえさないとぜったいにゆるさないテチィィ!!」

「おお怖い怖い。ウジちゃんならお食事中さ。心配いらないぞ」

「いますぐこのイタイイタイをはずちてウジちゃんのところにつれていくテチュ!」

「ウジちゃんが大きくなったら会えるさ。お前の大好きなハンバーグになっちまうけどな」

「テェェ!?どういうことテチィ!ウジちゃんになにをするんテチィィ!」

「バラバラに刻んでお前に食わせるのさ。お前も毎日喜んで食ってる」

「そんなのウソテチィィ!かちこいワタチはダマされないテチィィ!!」

「賢い私…ねぇ…?」


作業机の脇にあったネムリスプレーを一吹きすると仔実装はすぐに昏倒した。動物病院などで使われて
いる業務用とは違う安物だが、仔実装サイズならこれでも十分なききめがある。
男は今夜の作業も滞りなく運んでいるので上機嫌だった。

男は汚れ放題の水槽をウエットティッシュでぬぐってきれいにしていく。
次に仔実装が目覚めたときにはちゃんと“楽園”の水槽になっていなければならないのだ。
実装ネムリで昏睡した仔実装はまったく手がかからなかった。留め金が貫通した傷口は活性剤を一塗り
しておけば朝には治っているだろう。男は仔実装の汚れた服を新しいものに着替えさせ、お気に入りの
タオルで包んで水槽に戻してやった。

男は次にキッチンへ向かった。
ボウルに入れておいた蛆実装は広い場所が落ち着かないのか目を覚ましていた。
男は蛆実装をつまみあげてさっさと服と髪をむしり取ってしまう。


「レヒィ~ッ!レェェェン!レフェェェン!!」


ものの数秒であっけなく禿裸にされた蛆実装がショックで激しく鳴き声を上げた。
毎晩のようにやる作業だから男は蛆実装の反応など見飽きているらしく、常に持ち歩いているリンガル
アプリの入ったスマホはどこかに置いてきてしまったようだ。

さらに流水で蛆実装を洗い、胴体をゆっくり絞って糞抜きをしていく。てっきりプニプニされるものと
思って喜ぶ蛆実装だったが、男が指の力を強めていくと口をパクパクさせて糞を漏らし始めた。
総排泄口から糞が出なくなるまでやれば下準備は終わりである。

以前糞抜きをし忘れたこともあったが、仔実装は糞混じりのハンバーグでも気付かず平らげてしまった。
それ以来、糞が入るか入らないかは男のそのときの気分で変わるようになっている。
今日は上機嫌だからなのか糞入りハンバーグにするのは勘弁してやるつもりのようである。
男は蛆実装を解体用の汚いまな板に載せ、引き出しから肉切りナイフを取り出した。


「レッ!レヒャァァ!!……レブッ!!!」


男は慣れた手つきでてきぱきとハンバーグ作りを進めていった。
まず蛆実装の首を落とし、胴体もろとも粗めのみじん切りにしていく。体のどこかに入っている偽石も
仔実装の大事な栄養分になる。粉砕されていても吸収されるので男はわざわざ取り出さなかった。
肉をリズムよくナイフで叩くと、やがて糸を引くほどねっとりしたミンチになる。
男はそれを手早くこねていった。蛆実装はよく脂が乗っているから、もたついていると人の体温で脂が
とけ出してしまうのだ。
仕上げに手のひらでコロコロと転がすと蛆実装の肉団子ならぬ、ハンバーグのタネが完成である。
男はそれを小皿に移してラップをかけると冷蔵庫にしまった。
これで今日の作業は終了のようである。時計の針は深夜の2時を回っていた。




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リビングに戻った男はタバコに火をつけ、分厚い黒革のソファにふかぶかと腰かけた。
ソファに体重を預けて口からゆっくりと煙を吐き出していく。
ベッドに入る前に一服しないと寝付けないのはどうしても直らない男の悪癖だった。
リビングには男のいかがわしい実装石遊びを想起させるものが見当たらない。
ここを訪れる客がそもそもまれなのだが、例えいたとしても玄関とリビングを見ただけでは男が実装石
を飼っていることに気づかないだろう。

男は死んだ親から受け継いだ3LDKのマンションを贅沢にも一人で使っていた。
実装飼育に一部屋。作業用に一部屋。そして自身のベッドルームとリビングダイニング。

インテリアは人づきあいの薄い独身男性にしてはやけに金がかかっている。
注文してから一年も待ったおそろしく高価なソファの前には無垢材で作られたローテーブル。
大きな薄型テレビのそばにあるモダンなデザインのチェストはどこぞの海外製のようだ。
それに、読みもしない洋書ばかりを綺麗にディスプレイしたブックシェルフ。
それらはまるで、男の異常な嗜虐性を隠すためのカモフラージュであるかのようだった。

そんな中にさりげなく、実装石をよく知る者であれば決して見落とさないモノが置かれていた。
北欧製のチェストの上に並んだ小物や鉢植えの奥に、何の変哲もないガラス瓶がある。
瓶の中は淡緑色がかかった透明な液体で満たされていて底には何かが沈められていた。

実装石の偽石だ。

薄い六角形のような形をしていて、知識のない者には何かの鉱物の結晶にしか見えないだろう。
だが実装石を深く知る者が見れば、その偽石のおかしな点に必ず気付くはずである。
偽石は仔実装のものにしても平均よりかなり小さかった。しかも元は翡翠を思わせるような色をしていた
はずのそれは、すでに半ば以上が黒っぽく変色しはじめている。

男はおもむろにくわえタバコでソファから起き上がると、小瓶を手に取って照明にかざした。
しげしげと眺めまわしながら、悔しそうな表情でタバコを灰皿で揉みつぶしてやる。


「ちっ…もう弱ってきてやがる。あの程度の強制出産で情けねぇこった…」


男は何事かを思案しながらテーブルの周りをウロウロし、一人でぶつぶつ呟いた。


「そろそろ“入れ替え”をしなきゃならんだろうな」


瓶をまたチェストの上に戻すと男はあくびをかみ殺し、リビングの照明を落として出て行ってしまった。

明かりが消える一瞬、瓶の中の黒ずんだ偽石がきらりと輝いていた。





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