~①禿裸を枕にした男~ それは男にとって、いつもと変わらない日常だった。 泥酔するまで飲み、家に帰って気絶するように眠る。 気絶から目を覚ませば朝。身支度を調えて仕事に向かう。 その『泥酔するまで飲む』ルーチンが終わり、家路に向かっているだけの時間だ。 しかしその日は、いつもと少しだけ違った。 歩行中に普段の比ではない、強烈な睡魔に襲われたのだ。 帰宅まで持たない。 ぐにゃりと歪んだ視覚が、そう訴えかけてくる。 そんなところに、見慣れてはいるが縁遠いものが見えた。 飲み屋と自宅の道中にある公園だ。 男はその公園を避けていた。実装石が住んでいると聞いていたからだ。 実装石について詳しくは知らない無関心派だが、漏れ聞こえてくる話には余り気持ちのいいものはなかった。 それ故に避け続けてきたのだ。 しかし激烈な睡魔は、そんな理性や判断を働かせなかった。 千鳥足でフラフラと視界に入ったベンチに近付き、腰掛ける。 そしてそのまま横になった。 「デエッ!」 っという、馬鹿でかい実装石を意に介することもなく……。 男が目を覚ましたのは、朝日の眩しさを目蓋越しに感じたからだ。 目を開ければ朝焼けた空と、なんだかよく分からない生き物の顔。 人間のようで、何かが違う。 (これが、実装石か……) これが男にとっての、実装石とのファーストコンタクトだった。 聞けば何やら、歌のようなものを歌っている。目は、どこか遠くを見ているようで、男を見てはいなかった。 「デッゲロゲ~♪ゲロゲロゲロゲロデッゲロゲ~♪」 詳しくは知らない無関心派の男だったが、そこそこ数がいる生き物だけに、知り合いには詳しい奴もいる。 そいつが言うには、実装石は妊娠中や仔をあやす時に、子守歌のようなものを歌うことがあるとかなんとか。 そして実装石は、妊娠中は両目が緑色になる、とも。 男が見たそいつの両目の色は……緑と赤。つまり、妊娠はしていない。 がばっと一気に、男は上体を起こした。 「ゲロゲ……デェッ!?」 突然動き出した男に驚いたのか、歌声は止まった。 そいつをよくよく見てみると、体に何も身に付けていない。 俗に『禿裸』と呼ばれている野良実装石のようだ。 周囲には、そいつの仔らしきものは見当たらなかった。 (こいつは……俺のために一晩中歌っていたのか?) 冷える夜に固いベンチで寝た割りには、気分は悪くない。 むしろなんだか、いつもよりしっかり眠れて調子がよかった気さえする。 「……よし」 男は立ち上がると、その禿裸を小脇に抱えた。 「デェ?」 なんだかよく分からない声を上げるが、特に抵抗する気配もなかったのでそのまま歩き出す。 目的地は、自宅。 男は連日の疲労からくる体調不良を理由に、仕事を休むと連絡を入れた。 「おーい、マクラー」 男が呼びかけると、『マクラ』と名付けられた実装石がやってくる。 カバー代わりの前掛けと、質素な服を身につけて。 「デスゥー♪」 マクラが横になったところに、男は頭を乗せる。 「デッゲロゲ~♪ゲロゲロゲロゲロデッゲロゲ~♪」 すると始まる、子守歌。 適度な雑音がある方が入眠にはよいという話もあるが、男にとってのそれは『マクラ』の子守歌だった。 無理に深酒をする必要もなくなり、職場から直帰してマクラの手入れをし、寝るのが男のルーチンになっていた。 ほどよい柔らかさ、そして温かさ。 話に聞いていたような不衛生さも感じない。 男にとってマクラは、もはや欠かせない生活の一部である。 ~②枕にされた禿裸~ その実装石が禿裸にされたのは、中実装になったばかりのことだった。 「実装石は禿裸が衛生的でいいんだ…絆が深まるんだ」 ……と、訳のわからないことを言いながら公園に現れた愛護派とも虐待派ともつかない人間に捕まってしまい、数秒でものの見事に禿裸にされてしまった。 しかし幸か不幸か公園の実装石の大半が同じ目に合ったため、蔑まれることもなければウンチドレイ扱いされることもなかった。 また今年は暑かったおかげで、服がなくとも寝床があればどうにか過ごすことができた。 水回りについても、水資源が豊富な当地はたいした制限がかからなかったこともあり、ひとまず乾きに苦しむことはなかった。 豊富に水を使えたおかげで、野良にしては相当衛生的に過ごすことができたのである。 また、この個体は元飼いの親に身綺麗にすることを厳しく教えられていた。 その習性は、禿裸にされても変わることはなかった。 どれほど飢えても汚物を口にすることもなかった。 それらはすべて、人に飼われるためにと教え込まれた作法だ。 禿裸になったいま、そこまで拘ることか?と同輩に不思議がられたりもしたが……。 それは既にこの世にない、ママから教わったこと。 忘れることも止めることもできなかった……。 この禿裸は仔実装の頃、ママ共々捨てられた身の上だった。 飼い主は捨てる前に、この親仔に入念に不妊処置を施していた。 買うのに飽きたので処分したかったところに、子実装まで産まれてしまった。 しかし自分の手で殺したくはない。汚れるから。 さりとてそのまま野放しにするのも無責任のようで気が引ける−という理由からだった。 ママは善良で賢かった。元の飼い主も仔を作ることを禁止していなかった。だからといって、無理に仔を作ろうとしたわけでもなかった。 飽きられて放置気味になったところに、たまたま仔ができただけだったのだ。 しかしこれが決定打となり、母子共々いきなり公園に放り出されたのであった。 賢かったために公園の環境には比較的順応できた部類だった。 しかしあくまで『比較的』である。 元飼いゆえの著しい環境変化に精神がまず耐えきれなくなっていった。 また、そんな状況であるにもかかわらず、餌を優先的に仔実装に与えたことがたたって早世した。 著しく心身のバランスを損ねたことが死因と言ってもいいだろう。 しかしそのおかげか、仔の成長は概ね順調に進み、世を去るまでに中実装までは育てることができたのだ。 先の禿裸事件は、ママを失った直後のことだったのである。 良くも悪くも自分一匹生きられればよいという境遇は、この先も変わらないだろう。 そう思いながらこの禿裸は生きてきたのだ、あの日までは……。 水浴びを済ませ、公園のベンチで体が乾くのを待っていた禿裸。 近頃は気温の変化が激しく、体が思うように乾かない。 巣に水気を纏ったまま戻りたくなかったので、多少凍える思いをしながら体が乾くのを待っていたのである。 そこに一人の男が現れたことに気がついた時には、もう遅かった。 体が強ばっていて思うように動かず、逃げられなかったのである。 禿裸は、死を覚悟した。 自分に近づいてい来た男はベンチに腰掛けるや否や、自分の方に倒れ込んできた。 「デエッ!」 ベンチと男の頭に挟まれた禿裸。 思わず大声を上げたが、男が気にする様子もない……というかそのまま寝ているではないか。 「デェェ~……」 強引に体を引きぬくことも考えたが、男が目を覚ました時にどうなるか分からない。 ひとまず様子を見ようと決めた。少なくとも、すぐ殺されるほどの危険は迫っていないと判断したからだ。 そうしていうちに、男から温もりが伝わってきた。 他者から温もりを与えられたのは、ママが生きていたころ以来だ。 そして腹部には、男の頭の重さを感じている。 自分はママにはなれないが、子供がお腹にいたらこんな感じだろうか? そう思った禿裸は、歌を口ずさんだ。 自分が、ママに歌って貰った子守歌を…… 「デッゲロゲ~♪ゲロゲロゲロゲロデッゲロゲ~♪」 そして今、この禿裸は『マクラ』という名前を与えられ、毎日のように男に子守歌を歌っている……。 マクラは夜は寝られないが、その分、日中は寝放題。 餌も毎日出て、風呂も毎日石けん付きで入ることができる身分を手に入れた。 仔を成せないことだけは残念だったが、それ以外は満ち足りていた。 (アリガトウデス…ママ…ゴシュジンサマ…) マクラは真っ昼間は、夜に帰ってくる男のために眠っている。
1 Re: Name:匿名石 2023/10/29-06:57:45 No:00008178[申告] |
ええ話や |
2 Re: Name:匿名石 2023/10/30-22:29:31 No:00008182[申告] |
一人暮らしして20年、こんなマクラが欲しくなる。
実装石でもいいから家で誰かが待っていてくれるって いうのは幸せだな |
3 Re: Name:匿名石 2023/10/31-02:56:29 No:00008186[申告] |
いくら低反発ウレタンボディでも頭を乗せるには正直暑苦しそう
まあ抱き枕としてはワンチャン有りかもだが |
4 Re: Name:匿名石 2023/11/10-21:44:18 No:00008443[申告] |
面白かったで。 |
5 Re: Name:匿名石 2023/12/04-05:27:33 No:00008509[申告] |
大前提として糞蟲じゃないからなー
だから成り立つ |