「ゴシュジンサマ、スシとステーキってなんテス?」 ある日、公園で一匹黄昏れていた仔実装を何となく拾って育ててみた。 本当に深い意味はなかった。『何となく』以外の理由はない。 強いて言えば、どことなく賢そうに見えたくらいか。 どこがどうと、理屈で説明するのは難しいのだが。 さておき飼い始めてみると、こいつが元が野良とは思えないほど賢く、大人しい個体だったためそのまま育て続けることにした。 今では俗に『中実装』と呼ばれるサイズにまで育った。 実装石と言えば見たこともないのに『スシ!ステーキ!コンペイトウ!』と強請ることで有名だ。 こいつにもいよいよその日が来たのか……と一瞬身構えたが、リンガル越しには強請っているようなニュアンスには聞こえない。 表情も、お強請りについて回るオアイソのそれではない。 「突然どうした…リュー?」 ちなみにこいつの名前はリュー……語源は緑一色(リューイーソー:麻雀の役満の一種)だ。 「ワタシにもわからないテスが……突然叫びたくなるテス。だからどんなものか知りたいテス」 「なるほど」 コンペイトウはそこまでお高くもないので与えたことがあるが、確かにスシとステーキは与えたことがなかった。 実装石の生命力は『偽石』が担っていて、そこには幾らかの記憶も親から継承されることがあると聞く。 おそらくはそのせいなのだろうが、それにしても偽石とやらの記憶継承は強いが、穴だらけだな……。 自分の発している、発したくなる物の形状や性質を忘れているのに、言葉だけは残っているとは。 「ゴシュジンサマがイヤならいいテス」 それにしても、こいつは近い祖先の質が比較的良く、気質はしっかり継承できたのだろう。 あくまで希望であるということを、添えるのも怠らなかった。 「いや、用意してやる。だが今の家にはないから少し待ってくれ。出かけてくる」 「アリガトウテス」 リューに見送られて、俺はスーパーに向かった。 「これがスシで、これがステーキだ」 用意したのは本物のスシにステーキだ……近所のスーパーの特価品だが。 中実装サイズの口に丁度入るような大きさにカットはしてやったが、それ以外に手は加えていない。 「いただきますテス」 こいつは餌を食べるときに、頂きますを欠かさない これだけの素養があっても、運がなければ飼いにはなれない。 実装石に産まれなくて良かった……と、心から思わずにはいられない。 これだけの個体でも、運が悪ければ誕生即死亡の世界になんて。 さておきリューは、それらを一口一口、無言でじっくり味わっている。 表情は穏やかなので不味いとは思っていないはずだが、期待していたような大きな反応でもない。 いったい何を思っているのやら……。 俺はその間に、くれてやった分の残りを自分用として食べている。 スーパーの特価品とはいえ、普段の食事に比べたら人間にも豪勢っちゃ豪勢な代物と言えよう。 「ごちそうさまテシタ」 すべてを平らげてからリューは言った。 これも、いただきます同様に欠かしたことがない 「どうだった?」 「とてもおいしかったテス。叫びたくなったキモチがわかったテス。ママやママのママがオウタでうたってくれたキモチも……」 その言葉は、どこか感慨深げだった。 「その割には大人しいな?」 「ワタシたちだけでこれを食べるのは、無理とも思ったのテス。だからこれは望んではいけないテス…一生に一度でも味わえただけでも幸せテス。その味を噛み締めていたテス」 実際問題、人間一人だけで寿司を作れるかと問われれば厳しいものがある。 ネタとなる具材があって、コメがあって、調味料があって、調理器具があって、調理者がいて初めて『寿司』として存在できるのだ。 ステーキも同様だ。道具が無ければ、大人一人で牛一頭を殺すことなど普通にできやしないだろう。 どういった思考回路をしているか分からないが、リューはこの辺りの状況を汲み取れるだけの頭があることになる。 恐らく偽石の記憶に焼き付いたのは、その味の鮮烈さからだろう。 しかし実装石の生産力や生産性だけで、この域に至ることは不可能と言っていいだろう。 だからこそ求めるのだ、生み出すことが決して不可能と分かっているからこそ。 その辺りの理解が代を経るにつれて欠けていき、とても素晴らしいものという概念だけが残ったのだろう。 だからこそ、口にしたことがなくても言葉にはできる—と。 この辺りは、個人的な憶測に過ぎないことだが……おそらくは。 それにしても、実装石がみんなこのレベルの当たりならば、犬猫レベルのパートナーになれるだろうになあ……。 名前に恥じぬ役満級の中実装と過ごした、穏やかな日のささいな思索だった。
1 Re: Name:匿名石 2023/11/24-16:01:07 No:00008496[申告] |
本当に全ての実装石がこのリューくらい頭が良くて慎ましければ良いペットになるよね
虐待する人間はそれでもいるだろうけど大多数は普通に可愛がるだろう |
2 Re: Name:匿名石 2024/01/24-00:15:43 No:00008641[申告] |
足るを知る
人間でも出来ない奴の方がはるかに多い 兆が一、京が一、垓が一の天才実装じゃなかろうか |
3 Re: Name:匿名石 2024/01/24-02:50:38 No:00008643[申告] |
生まれて直ぐ言葉などを使用しコミュニケーションが取れ自我の形成も早い実装石、ポテンシャルに思えるけど往々にして足枷になっている
先天的な偽石記憶や刷り込みの胎教に疑問を呈し自制出来るこの個体は突然変異なのか経験的なのかは不明だけど、偶々であった方が幸せだと思う 皆が哲学する蟲だったら自分達の無駄な繁殖力と著しく劣る生産性に絶望し自ら絶滅を望むかも知れない |