実装生食による食中毒。 この時期になると嫌になるくらい目にするニュースだ。 かつては頻繁に行われていた実装生食であるが、当然衛生面でのリスクは無視できない。 その不潔さゆえに様々な調理工夫がされてきたが、結局安心安全に食べようとするなら、生食はどうしても適さない、とされている。 問題は、そのきわめて悪食な性質と消化の早さだ。 生きてる間はすべてを即座に糞に転換してしまうような生き物である実装石。 どんだけ丹念に糞抜きをしても、完全に糞を抜くには内臓ごと取り外して処理するしかない。 当然そうすれば実装石は死ぬ。そうさせないためには偽石摘出処理をせざるを得ない。 と、されていた。 俺はそれ以外の手法を知っている。 なぜなら、幼い時から祖母が作っていた生食実装の踊り食い料理を食べてきたから。 その調理法を、糠仔という。 ********************************* ばあちゃん秘伝の糠仔 ********************************* 糠仔とは、繭になった蛆実装をそのまま糠床に漬ける調理法だ。 柔らかい緑色だった繭は一晩も糠床に漬ければ、見事に茶色に染まる。 そして、その繭から生まれてきた仔実装の服も見事に茶色になる。 肌の中まで塩味とうま味がしみこみ、熟成した仔実装の体の中には一度再構築された影響で糞はない。 「テッチューン」 お目覚めの挨拶とばかりにこちらに媚びを打つ茶色の仔実装をそのまま頭から齧る。 塩で締まった瓜科の野菜を思わせる食感に、どこか甲殻類の肉質を感じさせる繊維と旨味。 しつこすぎない塩味が汗をかいた体にしみこんでいく。 夏の時期、祖母の用意する食卓には必ずこの糠仔の繭が並んだ。 百葉箱の掃除をして帰ってきた祖父は、炊き立ての飯の上に糠仔の繭をひとつ乗せる。 箸でつつくとほどなく繭はほぐれ、寝惚け顔の仔実装が姿を現す。 「テッチューン テチ フランソワ テチュテチィ」 仔実装が何か言っているが、ここで時間を与えてはいけない。飯を口にさせたらそこからすぐ糞が生まれてしまう。 祖父はすかさず仔実装にアツアツの出汁をかける。 「チャァァァ! テビャァァァ!」 仔実装は暴れる。それを祖父は箸で押さえつける。 普段なら血涙と糞をして苦しむ仔実装だが、孵りたての空っぽの体ならその心配もない。 やがて仔実装の目が白濁とし始めたら、糠仔の出汁茶漬けの完成である。 祖父は勢いよくそれをかきこみ、午前の畑作業に戻っていくのだ。 俺はどうしても髪の毛と服の食感が好きになれなかったので、糠仔を孵した後にそれを剥いてしまっていた。 「テチャァァァ…… テェェン テェェン」 皿の上で糠仔が泣いている。茶色く染まった服を剥くとまるで普通の仔実装と区別がつかない。 皿の上から脱走しないように先に手足を落とす。塩で収縮した血管からはほとんど血もこぼれない。 俺はこのまろやかなちくわのキュウリ詰めを思わせる味わいがなんとも好きだった。 「テギャァァァ! ヂィィィィィィ!」 小学生のころはなかなか食べれなかった糠仔の胴体は、イカの沖漬けに近い旨味がある。 飯のおかずにもいいが、酒のあてにもなる珍味だ。 頭と上半身だけになっても元気に跳ねる仔は孵りたてで生命力が満ちている証拠。 「ヂィ」 最後に頭を噛む。 ぽくりと割れる味わいははんぺんで包んだ卵黄の味噌漬けといった塩梅か。 こういう食べ方をしても新鮮孵りたての糠仔は生臭さや不潔さを思わせる体液や分泌物を一切出さない。 そう、糠仔の難しさはこの孵りたてを食べるところにある。 * * * 大学に通っていた時期、寮で自分で糠床を用意し、糠仔を作ろうとしたことがある。 食用蛆実装を大量に仕入れ、栄養を与えて育てると、中の数匹が繭になることはある。 しかし、そのタイミングがまちまちだ。確実性も低い。 繭になった瞬間を見過ごして、漬け込みが遅れ半端な糠仔になってしまうことも多い。 なにより仕上がりが美味くない。どこか生臭いし旨味も少ない。 なぜ祖母はあんなにうまく糠仔を漬けられるのだろう。 長期休暇を利用し実家に帰省した俺は祖母に教えを乞うたのだった。 * * * 「まずねえ、蛆の用意の仕方が違うねえ」 即席の弟子と化した俺の前で祖母は呵々と笑った。 昔から祖父母の周りにまとわりついていたというのに何も見ていなかったらしい。 首の後ろを掻く俺の前で祖母が説明してくれる。 「蛆を産ませるんじゃない。蛆のまま取り出すのさ」 祖母は裏手に行くと、祖父が畑で捕らえた簀巻きの親実装の一匹を引きずり出した。 「デスゥ! デデスゥ!」 憎々しげに祖母を見上げる親実装の片目を緑のマジックインキで行強引に塗りつぶす祖母。 「デヂィ!? デビャァァァァッァ!?」 「ここで赤色を使うやつはダメさ。産ませた蛆は生臭くてね」 見る見るうちに膨らんでいく親実装の腹。 祖母はそこで容赦なく親実装の腹を割いた。 「デギャァァァァァァァ!!」 「うちのトマトをたらふく食いやがったその腹をそのまま蛆に変えてやったわけだからね。 返してもらうよ。トマトの代わりに食卓に並べさせてもらおうねえ」 吊るし切りの体で提げられた親の体からボトボトと桶の中に零れ落ちる蛆実装の塊。 ピクリとも動かなくなった親の体をコンポストに放り込むと、祖母は蛆の入った桶をもって井戸の方に向かった。 まだ薄い粘膜でおおわれている蛆たちは、桶の中ですやすやと眠っているようだった。 祖母は桶に水を張り、粘膜はあえてそのままにしておいた。 やがて、もぞもぞと動き出した蛆実装たちは、粘膜をまとわりつかせたままゆっくりと泳ぎ出す。 「いいかい? 蛆実装のまま『生かして起こす』んだ。ここで仔にしたら意味はないからねえ」 放置したままでも固まった粘膜に張り付かれて死んでしまう。かといって全部粘膜を取っても仔になってしまう。 『水で起こす』 これが蛆実装料理の基本だという。 覚醒した蛆実装たちを、それまでのぞんざいな扱いからは想像できないほど丁寧な手つきで箱に移していく祖母。 「ここからがひと辛抱さ」 祖母は蛆実装の腹を優しくなでた。 * * * あれから蛆実装はびっくりするほどやさしく育てられた。 暖かく柔らかい寝床、色とりどりのボール、甘い金平糖、そして頻繁なぷにぷにケア。 「レフー」「レフー」「レフフーン」 リンガルを通さないでもわかる幸せそうな蛆たちの顔。 不自由な蛆実装に産まれながら、まるで全てが満ちた楽園にいるかのような雰囲気を放っている。 正直イラっとした。でも祖母の厳命だ。俺は不機嫌な気配を感じさせないように蛆の世話をする。 これだけ甘やかして飼育させているにも関わらず、祖母にひとつ禁じられたことがある。 それは蛆に語りかけること。 蛆の声に声を返してもいけない。それがおいしい糠仔を作る秘訣ということ。 * * * 数日で蛆はまるまると肥え太り、いかにも食用という肉付きになってきた。 「いいね、いい感じに仕上がってるね。幸せではち切れそうな顔してやがるよ」 祖母は満足そうにうなずくと、懐から旧型のラジオみたいなものを取り出した。 「なんだいそれ」 「知らんかね、実装リンガルというやつさ。40年物の相棒だよ」 驚いた。まさかリンガルがそんな大昔からあるなんて。 そして祖母がそれを持っているなんて。 「なにを驚いているんだい。ここからが仕上げさ」 祖母はリンガルを起動する。そして蛆の一匹を取り出して腹をなでながら言った。 【いいかい。お前の名前はフランソワだよ。孵ってきたらそう名乗っていいからね】 祖母の声に蛆実装はピクリと反応した。 そしてレフレフレフレフ震え出した。 【名前レフ! 蛆チャンだけのお名前もらったレフ! 蛆ちゃんは大きくなってフランソワになるレフ!】 やがて、蛆の鼻から輝く糸が現れた。祖母の手の中でするすると繭に収まっていく蛆実装。 呆然とする俺の前で祖母はこういった。 「栄養と安心で飽和状態になった蛆に今までもらえなかった最後の一押しをしてやるのさ。 そうするとこうやって疑いもせずに一気に繭になる」 祖母はそのままぽいと糠床に繭を漬け込み、次の蛆を取り上げた。 「もたもたしてる暇はないよ。次のフランソワもどんどん漬け込んでいかないといけないからね」 その日のうちに5匹のフランソワが糠床に沈められた。 * * * 翌朝。 「テッチューン テチィ! フランソワ テチテチィ! テチュチューン♪ ……テェ‥…テジャァァァァァ」 「……すげえ」 繭から孵りたての糠仔をひと齧りして俺は唸った。 生臭さもない。えぐみもない。適度な塩味で歯ごたえ抜群の完璧な糠仔だった。 あまりの感動に苦手だった服や髪を剥く手間を忘れてしまったほどだ。 「ストレスを一切与えないことで可能な仕上がりってわけさ。若いもんだとなかなか難しいだろうねえ」 チィチィ泣き叫ぶ糠仔をもうひと齧りして、白米をかきこむ。胃袋が開いていくのがわかる。 「いや……やっぱこれすげえよ。こればあちゃん商売になるんじゃないか?」 「バカ言いなさんな。こっちはなるべく実装に畑の野菜を食わせたくないんだよ。量産なんてできるわけないだろ」 ばあちゃんは苦々しげに言った。 そして、自分の皿の糠仔の首を箸で押さえつける。 「こうやって悲鳴を上げてくれるからこそトマトの仇もとれるってもんさ」 祖母の目は静かな怒りに燃えていた。 「テチァ」 ペチ 祖母の箸の先でパスタが折れる程度の音を立てて糠仔の首が折れた。 * * * 結局俺は寮で糠仔を作るのを諦めた。 祖父母が作る新鮮で栄養満点な野菜を食った親の蛆こそがまず最初のハードルである以上、これはどうしようもない。 いつの日か実家の畑を継いだ時に俺自身が祖父母の苦労をなぞりながら作らねば、あの味は出ないと思い知ったからだ。 へたくそな俺が半端な材料と手間で作った糠仔では、もう満足できない体に俺はなっていた。 * * * 月日が流れた。 祖父の畑を継いだ俺は今日も実装石たちと格闘の日々だ。 百葉箱がどれだけ回転しても畑に侵入してくる実装石は後を絶たない。 そんな我が家の食卓に並ぶのは…… 「はい今日は糠仔のから揚げですよ」 「やったあ!」 妻の声に息子が飛び上がって喜ぶ。 そう、糠仔だ。糠仔なんだが…… 「まさか蛆の素がこんなにうまい冷凍糠仔を出すとはなあ……」 「食べ物の進化ってすごいわよねえ」 「お母さん!ごはんおかわり!」 冷凍糠仔は当然加工済みだ。生食でも踊り食いでもない。 祖母秘伝の糠仔はいまだに我が家の糠床に漬かっている。 でもその踊り食いの味を息子が理解してくれるにはもう少し時間がかかりそうだ。 まあ、焦ることもあるまい。 そのうち息子と秘伝の糠仔で晩酌する日も、いつか来るだろうさ。 俺は畑仕事で疲れた体に、くいと冷酒を流し込んだのだった。 ********************************* 中将◆.YWn66GaPQ 「河原の百葉箱」のばあちゃんサイドストーリーです。 郷実装から合わせると農家の対実装三作目ですね。 *********************************
1 Re: Name:匿名石 2023/07/16-23:37:39 No:00007538[申告] |
糠仔、へしこみたいなもんなのかな
仮初のフランソワって名に祖母の実装に対する見識深さや手練れ感を感じる |
2 Re: Name:匿名石 2023/07/17-01:03:36 No:00007539[申告] |
美味しいものを食べる過程で自然に上げ落としできるのがいいね |
3 Re: Name:匿名石 2023/07/17-04:26:47 No:00007540[申告] |
お婆ちゃん秘伝の味…田舎が恋しくなる一本デス |
4 Re: Name:匿名石 2023/07/17-17:51:12 No:00007543[申告] |
何故かフランソワって名前を与えるところがCV夏木マリで再生されてしまった |
5 Re: Name:匿名石 2023/07/18-12:47:20 No:00007546[申告] |
うわー美味しそう
白米と一緒に食べてぇ〜〜 |
6 Re: Name:匿名石 2023/07/18-15:01:20 No:00007548[申告] |
ご飯のお供に最適テッチュン |
7 Re: Name:匿名石 2023/07/19-05:36:38 No:00007558[申告] |
実装の母乳飲むと人間は即死すんのに
こういうグルメ系はちょっとなぁ |
8 Re: Name:匿名石 2023/07/21-21:57:09 No:00007598[申告] |
人間と実装の生活が地続きに交差する世界観
しみじみとしたリアルさがとてもよいですね 思い出の郷実装は今でも大好きですよ |