冬の双葉市立双葉公園。 もともとは江戸の時代に開かれたという、自然豊かな広大な公園だ。 人通りも多く、住み着く実装石も多いが、個体の特性ごとに住み分けはあった。 今年は寒く、夜明け前は氷点下で、ここ数日は毎朝のように霜が下りた。 都内ではあるが、今日までにすでに二度の降雪があった。 その末路は皆、ありふれたテンプレではあったが、悲喜劇であることに変わりはない。 【越冬】 郷土資料館や体育館、競技グラウンドにBBQ広場、食堂などを備えた中心部の広場。 双葉公園でも、一番の過密地区だ。 家族連れや観光客、大会に出る体育会系学生、練習で集うバスケ男子。 散歩に使う近隣の市民。日向ぼっこ。単に通り抜けに使う人々などなど。 愛護派の餌やりもよく見られた。 広場周りの茂みにはたくさんのダンボールハウスが点在していた。 まるでホームレスの寝床の集まりみたいに。 それらは、愛護派を頼りにしていた実装石家族たちの家々だった。 ■ 「今日はニンゲンさん来るテチ…?」 飢えた仔実装がママを見上げ弱々しく言った。 「いるデス!ニンゲンは毎日いるデス!」 母実装は声を上げると、ハウスの外、行き交う人々を指さし仔を力づける。 しかし、仔実装はうつむいたまま。 「ご飯をくれるアイゴハさんのことテチ…」 「デェエ…」 嘆息する母実装の身体は治らない打撲痕で全身紫色だった。 ある時期から、愛護派が来なくなった。 ニンゲンなんて皆同じだと思っていた。 実装石を愛し、保護し、いつしか飼い実装にしてくれるのが当然と思っていた。 しかし、ある時から、ニンゲンは母実装を蹴るようになったのだ。 ニンゲンが餌を撒くことをサボってるからと、母実装はニンゲンに抗議した。 餌をよこせと、可愛いワタシたちが飢えてもいいのかと。当然の要求だった。 デスデス訴え、ズボンに取りすがり、時には糞を投げたりもした。 愛護派ではない、ただの一般人の答えは明確だった。 「実装石が飢えようがどうでもいい」 何度も蹴られ、踏まれ、迷惑そうに避けられた結果、気付いてしまったのだ。 愛護派以外のニンゲンは、ワタシたちに興味がない。 本当に、生きようが死のうがどうでもいいらしいのだ。信じられないことだった。 彼女は春に産まれ、ここに住み、飢えず、温暖な日々の中で幸せに仔を成し、 愛護派の餌やりで全部まかなってきた。それが世界の全てだった。 この冬の状況は、八方塞がりだった。 「おかしいデス!こんなの絶対おかしいデス!」 いつもそう強く思っている。 こんなに可愛いワタシが、ワタシの仔たちが、寒い寒いの中、毎日飢えて震えているデス! 互いに出し抜こうとしたり、共食いをし出した糞蟲もいたデス! そのたびにカナシイコトをしたデス!おいしかったデス。 もう仔は二匹だけになってしまったデス。 ずっと泣いていて、飢えて、暗い目をして、寝たきりデス。 それと言うのも全部、ニンゲンが悪いデス! いきなり手の平返されて、餌をくれなくなったって、どうしていいかわかんないデス!! 広場周りのハウスの実装石たちはおおむねこんな感じに飢えていた。 原因が自身にあることには永遠に気付かないだろう。 愛護派に群がる実装石たちは、まあ普通にテンプレに増長し、糞蟲化し、 その要求は肥大化し、糞投げなどの行動も目立つようになった。 これだけ広大で人通りも多い双葉公園でもなお、 テンプレの糞蟲化のせいで、愛護派が寄り付かなくなったのだ。 (まあ、こういうことは年単位で繰り返している。寒くなると普通に愛護派の足は遠のく) 「餌はニンゲンが持ってくるものデス!ずっと前からの決まりデス!!」 母実装はキれて叫んで、ハウスの中の家財をめちゃくちゃに荒らした。 備蓄などもうないから、せいぜい新聞紙の切れ端や100均皿の汚水や、糞が舞った。 「お腹空いたテチ。ママ。クソニンゲンからコンペイトウを貰ってきてテチ」 「無理テチ。ドングリとか探そうテチ。ワタチも少し元気になったら起きて手伝うテチィ…」 寝たきりの仔実装の声に奮起し、母実装は怒りとともに糞を漏らしながら広場に走った。 「デジャアーーー!クソニンゲン!餌を寄越すデス!!このままじゃみんな死ぬデス!!!!」 「テベッ」 ずっと虐待派はいなかったが、さすがに目に余ったのだろう。 母実装は自身の糞を両手に抱えたまま、サッカー少年のキックで彼方へ消えた。 「ママ帰って来ないテチ!誰がワタチを守るテチ!?次女お前が餌取って来るテチ!!」 「オネチャはもう死ぬテチ。だったらワタチの餌になってワタチの元気になるべきテチィ!!」 ダンボールハウスの中、帰って来ない母を諦めた仔実装たちに諍いが起きていた。 寝た切り同士の仔実装、わずかだが元気のあった次女が長女を食べ始める。 「やめろテチ!やめるテチィ!ワタチはオネチャテチ!食べちゃだめテチ!やめてテチ!お願いテチ!」 「オネチャおいしいテチ。ワタチはオネチャ食べて生きるテチ。元気になったらドングリ集めるテチィ…」 口の中いっぱいに広がる肉の味はとんでもない幸福だった。 次女は、一人きりになったとしても生き延びられると信じていた。 「次女チャ!次女チャ!ワタチたち仲良くしてたテチ!好きだったテチ!食べないでテチ!!」 「ケプゥ。仲良いオネチャはおいしいテチィ…」 まあ、雪が降る中にドングリはどこにもないので。 そんなわけで、みんな死んだ。 愛護派の餌やりだけを頼りに集まっていた糞蟲たちはみごとに全滅した。 ■ 少し賢く狡猾な実装石達は、愛護派の餌やりを遠巻きに見ていた。 愛護派が撒くフードや金平糖を直接は狙わず、喧騒が去った後の残飯を拾っていた。 (結論から先に言うと彼女らも結局糞蟲なので全滅しますが) 広場からはもっと奥、歩道から反れた茂みの中に彼女たちはいた。 ダンボールハウスも屋根から壁まで草で覆いカモフラージュする知能もあった。 ここに住んでいるとバレたら終わりだ。生存のためには隠れなければならない。 それは生物として正しかったが、所詮は実装石だ。 人を求め、人に依存する。 だからこそ双葉公園に住み着いたのだ。 「久しぶりにアイゴハが来たデス」 母実装が茂みからのぞいている。 後ろには、間引きを生き延びた仔実装が3匹。 愛護派たちが撒く餌は実装フードではなく金平糖だった 。 母実装の顔がこわばる。 「ワタチもコンペイトウ食べたいテチィ!!」 「お前は馬鹿デス」 母実装は仔を一喝した。 「あれは毒デス」 「アイゴハが毒を撒くテチ?」 「撒くデス。賢いお前はちゃんと見るデス」 親仔は茂みに隠れて顛末を見届けた。 「テベッ」 「ヂィ」 「テギャッ」 虐待派の到来だ。 群がった実装石たちが悶絶して、嘔吐し、脱糞して飛び跳ねて死ぬ。 ドドンパとかコロリとかの実装駆除剤だ。 「みんな死んだテチィ…」 「毒デス」 一家は引き返し、空腹に耐えながら何日も寝て過ごした。 仔実装の一匹が飢えて死ぬと、その肉を食べて耐えた。 「お腹空いたテチ」 「ワタシたちは賢いから、毒で死ぬわけにはいかないんデスゥ」 別の冬の日。少し温暖な日だった。 「アイゴハが来たデス!」 親仔三匹はハウスを飛び出し、しかしまた茂みに隠れて様子を見た。 「食べてるテチ。おいしそうテチィ」 「今日は毒じゃないみたいデス」 彼女達は、ニンゲンに頼るしかない糞蟲を毒味役に、大丈夫そうなものだけを拾った。 それらを日々の糧とし、餓死した同属の死体や糞までも備蓄とした。 同じくニンゲンに頼るしかない糞蟲であった彼女達は、そうして冬を越えようとしたのだ。 しかし霜が下り、雪が降る頃。 愛護派も虐待派も来なくなった。 代わりに、白い服を着た市の職員が死体を袋に詰めて回収するようになる。 「白い悪魔デス!あれに見つかると根絶やしデス!!」 親実装は糞を漏らしてダンボールハウスに逃げ帰った。 もう広場には行けない。 実際、双葉市の職員は滅多に駆除をしない。 虐待派が後始末もせず公園を荒らした時に通報を受けて片付けるくらいだ。 迷惑な話だ。専門の部署もない。 寒さが本格的になって虐待派も来なくなると、凍死や餓死した個体の回収の仕事をする。 それだけだ。 実装石はよく死ぬが、死体の腐敗臭は臭い。苦情の元になる。 だから時期を決めて回収する。 「白い人」の到来は、実は夏の方が多い。 腐敗が早いからだ。 しかし、実装石にとって幸運なことに、市の職員の回収対象はあくまで死体だった。 それらを回収対象の実装石が知ることはない。 「もう広場には行けないデス。ニンゲンはみんな虐殺派デス」 一家はさらに飢えた。 ほかの狡猾系一家も同じように飢えて死んでいた。 冬が深まった1月や2月、広場に実装石を見なくなる理由はこんな感じだった。 「デジャア!!やめるデジャア!!大切に育ててきた我が仔デジャア!!」 「うるさいデス!とっとと死ねデス!!ワタシたちの餌になるデス!!」 ほかのダンボールハウスを襲った。 同時多発的に共食いの嵐が冬の双葉公園を襲う。 しかし、最後の手段である略奪も、すぐにその対象を狩り尽くし、飢えは深刻となった。 「デブッ。糞蟲の肉はもうこれしかないデスゥ」 死肉を貪る実装一家。嫌な味がする。毒餌を食べて放置された死体だ。 おなかがぐるぐるする。 「この糞もイヤなニオイがするデス…。でも仕方ないデス」 糞を舐めると言う汚辱に耐えていると言うのに、これも毒で死んだ実装の糞だった。 「デジャアアアアア!!」 「お腹痛いテチ!これは食べられないテチ!」 「食べなくちゃ死ぬテチ!食べたオネチャが死んでるテチィ!」 毒を食べた糞蟲を肉として食べた家族は、結局ニンゲンの悪意そのものである毒で死んだ。 ■ 双葉公園は広い。 実際は、半数近くの実装石が茂みの中に隠れ、ニンゲンに関わらず生きていた。 歩道から遠く離れた自然の中、ダンボールハウスを作って隠れ住んでいる。 わずかにニンゲンが撒き落とす餌を拾う以外は、草や木の実や虫を主食としていた。 広場を餌場と狙う同属とは違う。 近寄らない。関わらない。 だから、それらの喧噪や死体を見ることを避け、同属喰いもしていない。 愛護派に媚びず、 また媚びた糞蟲の上前をはねることもせず、ただ藪の中で生きていた。 「今日のご飯は葉っぱデス」 霜でくたくたになって柔らかい。それをよく揉んで母実装の唾液も混ぜた。 仔実装でも咀嚼できる繊維質だ。 しかし、炭水化物もたんぱく質もない。必要なカロリーはまるで足りていないが、 冬だから仕方ない。 「いただきますテチ」 「味はないけどお腹は膨らむテチ」 仔実装はよく躾けてきた。 葉っぱなど微塵も栄養にはならない。 仔実装の体はずっと大きくならず、成長どころか痩せていく一方だ。 「デェエ…」 冬眠ができればと親実装は強く思う。 できる個体もいるらしいと言うことは感じている。 しかし、冬が寒いとは言え、ここは関東。ここは都内。 24時間ニンゲンの営みが止まないここで、本能はニンゲンに媚びよと伝えてくる。 だめだだめだ。 母実装は飢えながらもあたまを振る。 ニンゲンに関わった同属は結局は無残に死んでいったではないか。 ママからもそう教わっている。 ニンゲンに頼ると言うことは毒だ。麻薬だ。 関わったが最後、決して引き返せない——。 「また葉っぱテチ」 仔実装が、初めて不服を口にした。 「葉っぱは嫌デス?」 母実装の返答はいつになく険しい。 冬の極限の中、和を乱すことは全滅に繋がるからだ。 「これはご飯じゃないテチ」 仔は、反論した。 食べられない。無理やり飲み込んでもお腹が壊れる。 下痢をしたり、逆に延々と便秘に苦しむ。 これはご飯じゃない。 ご飯はもっと、おいしくて、体が大きく成長するものだ。 「今はこれしかないデス。春になったらいっぱい食べろデス」 母実装はそれだけ言った。 潰すか? 少し考えたが、春になったら、という可能性を含ませる。 「春って何テチ!?じっと耐えてたらそれが来るテチ!?その前に飢え死にテチ!!」 仔実装が葉っぱを投げ捨て、踏みしだいて喚いた。 「じっと耐えるデス。飢え死にしなければ、春が来るデス」 かつて一度冬を越した親実装はそれだけ言った。 仔実装はしばらく考えて、這いつくばり自ら踏んだ葉っぱを口にすると、 ママの言う通りにするテチと、心の底から謝罪した。 母実装は強く抱きしめ、我が仔を許した。 大雪が降って、仔実装たちは凍り、ダンボールハウスは雪で倒壊した。 母実装は、耐えれば春が来るデスと言い続け、冷たくなる仔を抱きしめ、 虚空を睨んでずっとこの世界を呪い続けた。 ■ 春は来ない。 隠れ住む実装石たちは飢えと寒さで限界だった。 「ママがご飯を独り占めしてるテチャア!!」 「ママだけ生き延びるつもりテチャア!!」 「そんなこと許されないテチャア!!」 あるダンボールハウスでは、仔実装たちによる下剋上が起きていた。 自分が飢えるのはママがご飯を独り占めしているせいだと。 そんな夢物語を誰かが語ったせいで。 「そんなわけないデス!オウチのどこを見ても分かるデス!今はみんなで耐える時デス!!」 母実装は愛情深かった。 恐慌状態の仔実装たちを説得しようと言葉を重ねた。 しかし、空腹と恐怖で雪崩と化した仔実装たちの勢いは止められなかった。 母実装は、わずか10センチ以下の仔実装たちの噛みつきに抗えず、 或いは諦めたのか、その大きな体を余すところなく食べ尽くされてしまった。 おなかいっぱいになった仔実装たちの上に雪が降り積もる。 争いでダンボールハウスは壊れてしまった。雪を遮る屋根はない。 「テチャアアーーーー!!」 おなかいっぱい、元気まんたんな仔実装は親を失い、どう乗り切ればいいか分からない。 降り続ける重いボタン雪は、気力万全、何でもやれるテチな仔実装を容赦なく埋めていった。 ■ あるダンボールハウスでは、穴掘りを始めていた。 雪で屋根がダメになったので、もうダンボールハウスは終わりだ。 だから、地面の下に逃げるしかない。 「掘るデス!もっと掘るデス!!」 「掘るテチ!もっと掘るテチ!!」 「穴を掘るデス!穴の中はあったかデス!!」 「穴を掘るテチ!穴の中はあったかいってママが言ってるテチ!!」 爪のない腕だが必死の作業だ。けっこう掘れる。 確かに地面の中は雪が降りつもる世界から比べればいくらかあたたかくはあるが、 「これ、めっちゃがんばってるワタチが汗かいてあったかくなってるだけテチ?」 君はすごく賢いからそう気付いたのかな? 汗だくで今はあったかくていい感じだね。 ほかの仔実装たちは別に賢くはなかったから何にもわかんないまま死んだ。 汗が冷えると、冷たい風はよりいっそう残酷な暴力となって実装石たちを凍らせた。 まあ死ぬ。 雪がめっちゃ降ってきて、その寒さから逃げようと穴を掘る、 無理な話だ。 ただそれを言った実装石の仔は十匹以上もいたので、 濡れた地面を掘り返しながら穴ボコの中で死ぬ仔実装が十匹以上もいたのだ。 扇動した成体が何か企んでいて一人だけ生き延びようとしてたなら胸糞な話だが、 彼女はまったく善意で、あたたかい地面の下に楽園を求めていた。 みんな死んだ。 ■ 実装石が冬を越すことは本当に難しい。 それが、都内の公園の中であってもだ。 「助けてデス!このままじゃ全滅デス!!ニンゲンさん、ワタシタチを見捨てないでデス!!!!」 茂みの中に隠れニンゲンに関わらない派のいくらかが、双葉公園の広場に駆け出した。 行き交うニンゲンに訴え、一家の保護を訴える。叫ぶ。 このままでは死ぬ。 助けて。 ニンゲンサン、助けて。 蹴られ、転がされ、踏まれた。 「ヂッ」 人間にまったく気付かれないまま死んだ実装石たちも多くいた。 積もった雪は彼女たちの姿を隠し、また人間たちも歩きづらそうに足早に進む。 必死で、凍った雪から人間たちの歩く道に出た途端に蹴られるのだ。 ほとんどの場合、わざとではない。 みんな濡れていないところを選んで歩いているのだ。 踏みならされた歩道は細く狭く、瞬間的に人口密度が高まっている。 実装石たちの入り込む余地などどこにもなかった。 「ママ!ママァ!置いてかないでテチィ!!」 「うるさいデス!数が多すぎてニンゲンサンが困ってるデス!!お前たちはついてくるなデス!」 まるで野生のようにじっと隠れ住んでいた実装石たち。 しかし、非常時のもと、糞蟲性が鎌をもたげる。 わずかな生の希望にすがる余りに、思いやりも愛情もどこかへと吹き飛んでいく。 冬の双葉公園、雪の日の終盤はそんな醜い出来事がいくつも起こった。 昨日まで自分を抱きしめていた母に捨てられる仔実装たち。 「ママに捨てられたら生きていけないテチャアアーーーー」 「デププ。ママが飼い実装になったら迎えに来てやるデス」 飼い実装って何テチ? 雪の中に置き去りにされた仔実装たちにはその言葉の意味が分からない。 ほぼ野生だった一家はニンゲンと関わって来なかった。 ニンゲンがどういうもので、自分たちになにをしてくれるものか分からない。 ただ、雪の寒さの中、家も潰れ、突然豹変したママを呼び続けるだけだ。 そんな雪の中に取り残された仔実装たちの声はそこかしこで響いた。 それが人間の目に留まることはなかった。 「デッスーン♪」 母実装は貴族のような王子様のような金髪の青年に抱きしめられている。 人間はふわふわの毛皮を着ている。 あたたかかった。 夢心地だった。 優しく撫でられ、進む先にはお城のような豪華な御屋敷がある。 大きな門が彼女のために開かれた。 その先は、自分だけが幸せに暮らせる楽園。 たくさんの家来や奴隷が自分のためだけに労を惜しまずかしづく。 お姫様! お姫様! お待ち申し上げておりました!! 「デッスーン♪」 くるしゅうないデス。 まずは金平糖、寿司とステーキを持ってくるデス。 母実装は満足げに命令する。 うやうやしく奴隷たちが従うと、毛皮の貼られたソファに座った。 ワタシに相応しい楽園デス。 おなかいっぱい食べたら、仔たちも連れてきてやるデス。 ご馳走を食べようとしたが、右手が動かなかった。 左手も動かなかったので、口から行って犬食いをしようとした。 「デププププ」 広場の入り口前で人間に踏まれ、上半身が潰れた母実装は笑いながらやがて死んだ。 ■ 「うわ。隅っこのあれ、実装石じゃない?」 「まあ、外はめっちゃ寒いからな。それにしてもよく段差を越えたよな」 大きな公共トイレの入り口で。 屋内だから風もなく、外と比べるとかなりあたたかい。 三匹の仔実装がその隅でかたまっていた。 「実装避け」の段差を越えた奥だ。かなり珍しいことだった。 段差には踏み台になった仔実装たちの死体が重なっていた。 しかし、雪に埋もれ凍っていたので誰にも気づかれなかった。 仔実装たちの奮起はそこまでだった。 寒くはないが、手洗い場があまりに高く、トイレも洋式と個室で、 何をどうがんばっても水さえ飲めない。 雪と風の来ない入り口の隅で固まっているしかなかった。 親実装はいない。 もうどうやって出ればいいかも分からない。 「ニンゲンサン、ワタチタチを助けテチ!お腹ぺこぺこテチ!」 「このままじゃ死んじゃうテチ!何か食べ物を下さいテチ!」 実は弱々しくキュイキュイ鳴いているのだが、その声はか細く、誰にも届かない。 ましてや、ほとんどの人間は実装石に興味がない。 リンガルを使っているわけもないので、仔実装たちはそこにいてもほとんど気付かれない。 「飼っテチ!ワタチタチを飼っテチ!何でもするテチ!わがまま言わないテチ!」 「ニンゲンサン!ニンゲンサン!」 「お願いしますテチ」 双葉公園にはほとんど虐待派がいない。 多くの利用者たちにとって実装石は 「なんかいる風景」か、「気付かなかった」どちらかだ。 だから彼女たちは潰されもせず、駆除の通報もされなかった。 ほとんどの人間が気付かなかったのだ。 「ニンゲンサン!ニンゲンサン!」 「ワタチタチを助けテチィーーーー」 仔実装たちのか細い鳴き声は ——実際はリンガルを介せば理解できる意味のある言語なのだが—— 翌朝まで特に誰にも気にされないままテチテチ続いた。 最後の一匹が力尽きて息絶えるまで、本当に誰も気にもとめなかった。 ■ 大雪の翌日。 ほとんど全滅した実装石たちは哀れにも誰にも気づかれないまま雪の中、 そのままいずれ土へと還り——、 とかそういう感じにはならなかった。 翌日はうってかわってめちゃくちゃあたたかったので、 雪は一瞬で融け、まるで春の陽気で、双葉公園には人々が集まった。 「うっわ」 「汚っ」 そして雪が融けて露出した地面には沢山の実装石たちの死体がいたので、 市の職員は総出で回収の仕事をするはめになった。 実装石の本能とも言える、人間に注目されたいという根源的な欲望は、 今回、死んでやっと叶ったことになる。 「テ、テッチューン♪」 いくつもの偶然と悪運で、寒波を、雪を乗り越え生き延びた仔実装は、 翌日増えたニンゲンに、白い服を着た市の職員に、保護を求めて媚びた。最後の力で。 「こいつまだ生きてますよ」 「いやガリガリじゃねえか。どうせ死ぬよ。はい回収」 さようならさようなら! 冬はまだ続く。 実装石という種が淘汰される厳しい季節。 しかし何十年経っても、実装石は淘汰されない。 それについて学術的に研究がなされることは滅多にない。 誰も、実装石などに興味はないのだ。 @ijuksystem
1 Re: Name:匿名石 2023/03/04-03:08:22 No:00006886[申告] |
まあ虐待派も愛護派も全体から見れば少数で無関心層がほとんどだよなあ…
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2 Re: Name:匿名石 2023/03/04-14:57:38 No:00006888[申告] |
実装石に積極的に関わる人間とか普通はいないだろうしなー
絶対危ない奴だと思われるだろうし |
3 Re: Name:匿名石 2023/03/04-17:54:50 No:00006890[申告] |
この方のスクってちゃんと汚くて愚かなの徹底してていい
実装って本質構われたがりだけど、 きっと愛虐合わせても一割に満たない上、一番少なそうな愛護でも大半は本当に心から思ってるわけでは無く、虐待派も実際は嗜虐趣味者より実装自身に家や家族仕事に損害を被った者が毒を撒きに来てるのがメインだったりしそう。 その上、関わらない派の大多数は不潔で邪魔だから出来ればとっとと駆除して欲しいって考えてて、残りは本当に全く歯牙にも掛けていない。 なんか真に賢い個体にそれ知って絶望して欲しい |
4 Re: Name:匿名石 2023/03/05-06:52:02 No:00006891[申告] |
愛護派や虐待派はまだマシ…捉え方の差は正反対といえど実装石をナマモノとしてその存在を認識しているから 概して実装石などには興味もなければ関わる気ない無関心派のほうが余程実装に対して残酷にも冷淡にもなれるものさね… |
5 Re: Name:匿名石 2023/03/06-22:35:35 No:00006892[申告] |
観察派こそ至高の嗜みだってわかんだね |
6 Re: Name:匿名石 2023/03/07-15:32:27 No:00006895[申告] |
人間からしたら毎年冬になると見る恒例の光景なんだよな
そんなんにイチイチ付き合ってたらキリが無い しかし面白いスクだった |
7 Re: Name:匿名石 2023/03/07-15:35:58 No:00006896[申告] |
人間以外の動物にとっては(人間すらもわずか200年前までは)冬越えは本当に命がけだもんなあ |
8 Re: Name:匿名石 2023/07/09-20:53:41 No:00007484[申告] |
冬モノは大好きです。
今回は群像劇ですね、相変わらずこの方のスクはテンポが良くて読みやすい。 |