**************************************************************************************************************** ~???日目~ テチテチ… テチャテチャ… 暖かな日差し、爽やかなそよ風、草花が咲き乱れる野原で仔たちが元気よく駆け回る。 「オマエたち~!あまり遠くへ行っちゃダメデスゥ~!」 親が注意を促す。が、これはあくまで注意だ。緊張感の欠片も無い形だけの呼びかけに過ぎない。 「ママ!ママ!見テチ!お花を摘んできたテチ!とってもキレイテチ!」 「あらあら本当デスゥ。どれ、ちょっと貸してみるデス。……さ、出来上がりデス」 親は器用にサササッと花の首飾りを作り、仔に着けさせる。 「テチャアアアア!ママすごいテチィ!すっごくキレイテチィ!ありがとうテチママ!」 最大の笑顔でクルクルとその場で体を回し喜びを表現する仔 「あ!ズルいテチ!ママ!ママ!ワタチ!ワタチにも作ってほしいテチ!」 「ワタチもテチ!ママ!ママー!」 遅れて帰ってきた仔たちが催促をする。 「はいはい順番デス。オマエたちの分も作ってあげるデス」 なんとも幸福に満ちた親子の一時だ。こんな時間がいつまでも続けばいいなあと幸せを噛みしめる親。 「御主人様、今日はありがとうございますデス。仔たちも喜んでるデス」 「どういたしまして」 親…ミドリの傍らで飼い主はその様子を見ていた 「さあ出来たデス。とってもお似合いデスゥ、まるで天使デスゥ」 出来上がった花の首飾りを残りの2匹にも着けてやる 「テッチュ~~~ン♪ありがとうテチママ!ママ大好きテチィ!」 「ワタチもテチ!ママは世界最高のママテチィ♪」 ご機嫌の至りの仔たち 「褒めすぎデスゥ、でも喜んでくれて何よりデスゥ」 満更でもないミドリ 「嬉しすぎてウンチ出ちゃったテチィ!」 プリプリプリプリ… 「ワタチもテチ!」 プリプリプリプリ… 「コラコラはしたないデスよ、トイレは決まった場所でっていつも言ってるデス」 「テェ…ごめんなさいテチママァ」 汚れたパンツを脱がしティッシュで拭いてやるミドリ 粗相に注意はすれどそこまでだ。甘々である。 「ハハハ、バラバラに引き裂いてやろうか」 「デ?何か言いましたデス?」 「何でもない、仔たちをよく躾けておけよ」 「…?ハイ、承知しておりますデス」 思えば御主人様との間には…どこか空虚というか嘘くさいような空気があった気がする。 こうしてピクニックにも連れて行ってくれるし、普段のお世話もしてくれる。 何一つ不自由なんて無いし満ち足りてさえいる。 でも御主人様はなんというか…心からワタシ達を祝福していない気がする。 いや、主人を疑ってはいけない。ここまで育ててもらったじゃないか。何を疑うものか。こんなに良くしてくれる主人を悪く思うなんて糞蟲だ。 反省、反省。 「あ、そうテチ、ママ、ちょっと聞きたいことがあったんテチ」 「何デス?」 喜びの舞いを披露していた仔がミドリの方へ向き直る 「ワ タ チ た ち の 肉 は 美 味 し か っ た テ チ ?」 そこで目が覚めた 糞と仔たちの血によって赤緑に彩られ、おぞましい臭気に満ち満ちた地獄のようなキャリーバッグへと意識を帰還させた かつて存在した幸福な時間。なんでこんなことに… …仔食いしてから2日経った。 **************************************************************************************************************** ~7日目~ 仔食いをして一時の補給が出来たものの、またすぐに飢餓と渇きに苛まれることになった。 しかし肉体的な飢えよりも更に苦痛を感じるものがあった。 …孤独。 仔を失った喪失感ではない、この限定された空間で一人ぼっち、気を紛らわせるための刺激の無さがミドリの精神を苛んでいた。 仔を食べたのはもしかして失敗だったデス?いや糞蟲を間引いただけデス、野良でもブリーダー飼育下でもやっていることデス。 何もおかしなことじゃないデス、おかしいのはワタシデス。 ワタシは『御主人様の寵愛を受けるのはこのワタシだけで十分』だと言ったデス。 ワタシは御主人様の愛を独占したかったんじゃないのかデス? 仔が糞蟲だからと言い訳にしているのではないかデス? じゃあワタシの躾けは適切だったデス? 仔を糞蟲にしたのはワタシデス? ここへ来てから後悔ばかりデス 親として正しい行動が何か一つでも出来たデス? 仔にママ失格だと言われたデス ワタシこそ糞蟲ではないかデス そんなだから捨てられるんデス いや待て捨てられたと決まったわけではないデス ワタシは御主人様に愛されているデス きっと迎えに来てくれるデス …。 …本当に愛されているのか? やめろデス ワタシが一方的にそう思っているだけなのでは? 違う、やめろ、そんな考えは捨てろデス 御主人様が信じられないことを口にした時、聞こえないフリをしたデス 違う、違う、違う 御主人様に何か吹きかけられた時も見なかったことにしたデス 違う違う違う違う、やめろ! 御主人様はワタシを愛してなどいないデス やめろ!チガウ! 御主人様はワタシを捨てたデス チガウ!チガウ!ヤメロ!チガウ! 御主人様はもう、絶対に─ チガウチガウチガウチガウチガウチガウ ─来ない チガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウ… 時間だけはたっぷりある。 刺激のない空間では思考だけが娯楽だ。 孤独はミドリの精神をいともたやすく蝕んでいった。 根っからの糞蟲ならば全てを他人のせいにして自己正当化するが、さすがにミドリはそこまでではなかった。 腐ってもショップで躾済みとして並んだ個体だ、この状況の責任の所在を己の中に求めた。 まあ飼い主の趣味というのが真相なのだがミドリには知る由もない。 主人との間に空虚さを感じるから尚更に愛されたかったというわけか。 チガウチガウとうわ言を繰り返すだけになり状況は全くの停滞に向かうと思われた。 しかし夕方過ぎにムクリと起き上がり壁際に立ったと思うと ガン!ガン! と壁に顔を打ちつけだした。 何だ?ついに狂ったか? と思いきや、自らの血を左目に塗り強制出産モードになる 「デギイイイイィィィィイィィィィィイ!!!!!」 「テッテレー♪」 「テッテレー♪」 「テッテレー♪」 「テッテレー♪」 「テッテレー♪」 5匹の蛆を出産した。 「デハーッ!デハーッ!」 肩で息をし激しく疲労している。 ただでさえ飢餓で弱った体に強制出産だ。よく死ななかったものだ。 「レフー、ママこんばんはレフー、プニプニしてレフー、…レピョ!?」 ミドリは1匹の蛆をつかみ上げると迷いなくかじりついた。 「レピィィィ!イタイレフー!ママ!やめてレフー!レェェェン!」 仔蛆の懇願も聞かずに早々に咀嚼し飲み下した。 「デフ~、デフ~、オマエたちはこっちデスゥ」 幾分か落ち着くと残りの蛆4匹を抱えて目的地を目指す。 便槽だ。 そこに蛆4匹を投げ込む 「レピ!?クサイクサイ嫌レフー!ウンチまみれレフ!」 「こんな所嫌レフー!待遇の改善を要求するレフ!」 「レフー!ウジチャ堪忍袋の緒が切れそうレフ!早急にプニプニを所望するレフー!」 「レフレフ!ウジチャもレフ!」 口々に不満を口にする蛆たち 「そこのウンチ全部平らげたら出してやるデス」 ミドリはそれだけ言うとその場を離れた。 そして顔を打ちつけたことによってグラついた歯を一本もぎ取ると…一心不乱に取った歯で壁を引っかきだした !? まさか脱出を!? よく見るとミドリが削ろうとしている部分は日光や外気を取り入れるためメッシュ状に細かな穴が空いている 全くの壁を開通するよりは大幅に容易であろう。 産んだ蛆は糞を食わせ育ったところを食べる気だろう。当面の間は蛆を食料にするつもりか。 食べた1匹目は強制出産の消耗をとりあえずまかなうためか。 ミドリはここに至って未だ糞食は出来ないでいた。 わずかではあるが糞の栄養やエネルギーの回収に蛆を使おうということか。強制出産でそのまま倒れるリスクまで犯して。 考えたな…まさかまだそんな作戦を思いつく理性が残っていたとは。 いや、蛆とはいえ我が仔をこのような非情かつ合理的に運用するとはあの甘ちゃんのミドリからは想像もつかないことだ。 狂気か、理性か、俺はミドリの精神状態を計りかねていた。 ガリガリ、ガリガリ… 「ハァ、ハァ、帰るんデス…絶対に…帰るんデス…御主人様のもとへ…帰るんデスゥ」 なるほど、執念か。 まだ俺を信じているとはな。捨てられたことを認めるのはそれほどまでに嫌か。 未だ偽石の崩壊もせず持ちこたえているのはそれが理由か?しかし実装石の腕力では開通工事は相当難航しそうだな。 キャリーバッグの外壁の材質はプラスチックだと思うが、一言でプラスチックといっても色々あるんだったか?あまり詳しくはない とにかく状況はミドリが力尽きるのが先か、開通が先かという話に変わった。 「レフー、きっと出してもらうレフ」 「レフレフ、ウンチ食べてでも生きるんレフ」 「どうせみんないなくなるレフ」 「バカウジチャ!なんでそんなこと言うレフ?言えレフ!何でレフ!」 「やめてレフー」 「ウジチャはここにいるレフ!」 **************************************************************************************************************** ~10日目~ それから2日、3日と経つ 「レフー♪ママ久しぶりレフ!お外に出してくれるんレフ?もうウンチはイヤレフ…レピョ!?」 一日一蛆、便槽から1匹つまみ出して糞食いで丸々と肥えた蛆をおどり食いするミドリ 「クッチャクッチャクッチャ、ゴクン。ゲフゥ…さあお仕事開始デスー」 起きている間はひたすら開通工事だ。 途中で工事道具の歯がモロっと割れることもあったが新しく歯をもぎ取って対処した。 蛆を食っているとはいえ成体実装だ。全く足りない。明らかな栄養失調の症状が出ているのは相変わらずだった。 こんなことならもっと体力があるうちに始めればよかった。本当にここに来てから後悔してばかり。 …謝ろう。 無事に御主人様のもとへ帰れたらたくさん謝ろう。 仔が粗相をした事、仔の躾がなっていなかった事、身に覚えがないことも含めて何もかも。 誠心誠意心を込めて謝罪すればきっと御主人様なら許してくださる。 そしてまた御主人様と暮らす。仔もまた産むだろう、今度こそ良い仔に育ててみせる。 だから、今この時だけ、必死に頑張るデス。何を犠牲にしてでも─ そんな決意が結実したのか、いよいよ事態は新しい局面に移る。 ガリッガリッ、メリメリメリ… 開通成功だ。そこからは早かった。わずかな穴を噛みついたり腕でこじ開けたりして拡張していく。 成体一匹通れるかどうかの面積の穴となった。 やせ細ったミドリの体はムリムリと身を捩りながらなんとか通り抜ける。 外側にはチェーンを巻いていたがそれはたわませてクリア出来た。 「レフー?ママ行ってらっしゃいレフー」 最後に残った蛆が大きくなって便槽から這い出し母を見送る。 脱出…!ミドリ脱出…! 「デェ…デェ…や、やったデス。お外デス…!嗚呼、お日様ってこんなに眩しかったデスゥ?」 久しぶりの自由だ。まばゆい太陽の光に目がくらむ 俺はさすがにこれは想定外だったので正直焦った。カメラはキャリーバッグ内部のみ仕掛けただけだ。 このままでは観察が続行出来ない。かろうじて音声はまだ拾えているがそれもじきに聞こえなくなるだろう。 仕方ない、予定を変更して急ぎミドリのもとへ向かう支度を…と席を立った直後、それは起きた。 「ブキィィィィィィィィイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!」 「デギャアアアアアアアアアアアアアア!?」 獣じみた二体の咆哮が耳に入る。 「フゴーッ!フゴーッ!」 「デギャ!デギャ!デギャギャギャギャアアア!」 かろうじてわずかに外の様子が映るカメラからは微妙に死角で画面端にチラチラとしか乱入者が映らない。…イノシシか? 組み伏せられジタバタ手足をバタつかせて暴れるミドリだけはハッキリ見える。 キャリーバッグの中では王者だったミドリも野生の世界ではこんなものか。 すっかり忘れ去られた屋外要素がここで活きてくるとは。 「デッギャアアアア!だ、誰かああ!助けてくださいデスゥゥゥ!御主人様ああああ!ああああワタシのアンヨがああああ!!!」 どうやら解体されていっているようだ。ミドリの命運もここまでか。南無。 「デヒィィィィ、に、逃げ込むデスゥゥゥ」 …と思っていたら戻ってきた。 「レフー、ママおかえりなさいレフ」 どうやらイノシシ?は食うつもりじゃなく戯れで襲いかかっただけのようだ。 それともキツイ異臭で食欲も失せたか?とにかくミドリは一命はとりとめたようだ。 しかしその姿はボロ雑巾の一言。髪はわずかな糸くずのような毛を残して禿げあがり、服はボロボロまるで前衛芸術のようだ。 そして足がちぎれて失くなっていた。 いくら再生力に優れた実装石といえど、衰弱しきった体ではもはやその足は再生すまい。 人間の庇護のもと適切な処置と十分な栄養補給をすれば話は別だが、そんなことをしてやるつもりは無い。 …詰みだな。 「デェェェン!お外怖いデスゥ!こんな無様な姿じゃもう飼ってもらえないデス!体中が痛いしお腹ペコペコでもう動けないデス!誰か助けてくださいデス!デェェェェン!デェェェェェェン!」 幼児の如く泣きわめくミドリ。万策尽きて悲嘆に暮れている。 「デェェェン!御主人様ああああ!助けてくださいデス!早く迎えに来てほしいデス!何で来ないんデス!?ワタシ良い仔にするデス!お手伝いするデス!なんでもするデス!」 「贅沢を言わないデス!好き嫌いもしないデス!仔もちゃんと躾けるデス!御主人様!御主人様あああああ!デェェェェン!デェェェェェェン!」 「レフー、ママ泣き虫さんレフ」 この日も御主人様は迎えに来ず日が暮れていった 次の日も その次の日も そのまた次の日も 次の次の次の次の日も… **************************************************************************************************************** ~28日目~ 特にこの日を定めていたわけではないが、いつまでも私物を友人の私有地に置いているわけにもいかず回収に向かう。 ミドリの様子の最後の方は泣いてばかりいた後は魂が抜けたようになり、目は虚ろ、時々「デー…」とつぶやくだけになっていた。 特に状況の変化も無いし長期間すぎてさすがに飽き始めていた俺はリアルアイムでの観察は切り上げ、ここ2週間くらい見てないがまあ無事死んでいることだろう。 さあ感動の再会だぞミドリ、御主人様が迎えに来てやったぞ。 キャリーバッグの錠を解き中を覗く。 壁と床の一面に糞がこびりつき血の跡も混じっている。その壁に背を預け舌を出したままカラカラに干からびた猿のミイラみたいなモノがあった。 眼窩は落ちくぼみ目は白濁している。体は骨と皮だけのようになり足が欠損したままだった。 ウム、間違いなく死んでいるな。後で録画から死の瞬間を確認しておくか。 そうしてキャリーバッグを車に積み込むため持ち上げると 「レフ…」 と、かすかに声が聞こえた。消え入りそうな程の小さな声が。 まさか、ありえない、これほどの長期間を、あの最後に残った蛆が!? 確認するとミドリの死体の陰でしおしおに痩せ細りカピカピに乾いてはいるが確かに生きた蛆がいる。 ミドリのひり出す糞や足から出る血などを舐めて生きながらえていたというのか? 俺は急いで帰宅し蛆に延命処置を施した。コイツに運が味方すれば助かるだろう。 しかしミドリは何故最後の蛆を食わなかったのか?録画を見てもそれは分からなかった。 日がな一日中虚空を見つめたまま変化も無く時が過ぎ、最後にピクンと体が震えたと思ったらそれきり動かなくなった。偽石の崩壊か。16日目の夜遅くだった。 さて、問題はこっちだ。俺はこの蛆をとりあえず飼うことにした。 途中参加ではあるがあの監獄を生き抜いた個体だ。レア物かもしれない。 名前は…面倒だ、ミドリでいいか。よろしくな新ミドリ。 そう語りかけるとミドリが笑った気がした。 「笑ってやがる。てめえなんざ、この世の終わりまでキャリーバッグで眠ってりゃあよかったんだ」 もしこれから繭になり親指、仔実装、成体となりそれなりの知性を備えることが出来たら先代ミドリの記録を見せてやろう。 その時君は知るだろう─ 苦しみに満ちた生でも、存在を選ぶ心。それが僕らを、出会わせるのだと。 なんちゃって(笑 **************************************************************************************************************** 一方その頃の先代ミドリはというと 「デェェェェン!御主人様あああ!信じてたのにあんまりデスゥゥゥ!デェェェェン!」 「ワタチもテチ!謝罪と賠償を要求するテチ!」 「テチャアアアア!地獄からいつまでもお前を見ているテチ!呪ってやるテチャアアアア!」 「悔しすぎてウンチ出たテチ」 プリプリプリプリ… ~オワリ~
1 Re: Name:匿名石 2023/03/01-01:31:21 No:00006881[申告] |
実装石は苦しめれば苦しめるほどいい声で哭くなあ |
2 Re: Name:匿名石 2023/10/19-15:45:09 No:00008133[申告] |
L計画と皆城ポエム吹いた
かなり根性あったなミドリ |