重い扉を開け中に入ると、さっそく耳障りな声が響き始める。 地下の虐待部屋。人間でも入れるほどのケージ数個に閉じ込めてある実装たちの喚き声だ。 こちらに向かって色々言っているようだが聞いていたらきりがないので無視。 俺は虐待用の鞭を床に叩きつける。床に当たった鞭からすさまじく音が響く。 その音でかなりの実装が驚き静まる。未だに叫び続けているのは状況の分からない糞蟲か。 ケージの中から、未だ喚く糞蟲たちを床に放り投げる。まだ喚く奴もいるが、床に落ちた衝撃で気絶したのもいるのでだいぶ静かになった。 「さて……」 俺が口を開いたのを見て実装たちが一気に硬直する。 「何故、うちを襲ったのか聞かせてもらおうか」 ケージの中の実装たちが再び騒ぎ出す。 特に理由はなく大群で襲っただけなのか聞こえる理由はバラバラだ。 そんな中、1匹の特に大きな実装石がこちらに出てきた。 「私は以前飼い実装だったデス」 「ほう」 相槌を打つ俺。ざわめく他の実装。どうやら知らなかったようだ。 「ご飯はうまかったデス。風呂にも毎日入ったデス。いっぱい遊んでもらったデス」 飼い時代の思い出を語るデカ実装に、近くの奴が飛び掛ろうとしたが、俺が睨みつけたのに気づくと座り込む。 「でもある日、気づいたら公園だったデス。必死でご主人様を探したデス。 そして見つけたデス。けど、ご主人様は知らないチビを抱いていたデス!」 なるほど、でかくなって可愛くなくなったから捨て、新しい子を買った、ってところか。 確かに今前にいるこいつはでかい。普通の成体の平均よりでかいと思える。 これをさすがに可愛いと思うのは無理だろう。 「そのチビがここにいるのを見たデス。だから襲ったデス!」 なるほど。どの飼い実装か知らないが、預かった中にそいつがいたんだろう。 「お前の理由はわかった。じゃあ次いこう。どうやってこんなにたくさんで襲った?」 巨大ケージ数個に押し込めてある実装の群れ。 いくらなんでもこの数を統率して動かすなんて無理に等しい。 この質問にさっきのデカが隣のケージの隅を指差した。(指はないが) 「! ……お前」 そこにいたのは間引きのために双葉公園に捨てたサンミドリだった。 傷だらけだが禿げでも裸でもない。まさか生き残っていたとは……。 「そいつがいろんな場所で、この家のことを言っていたデス」 デカの言葉に他の実装たちも頷く。 なるほど。なんとか生き残ったサンミドリがうちのことを告げた、というわけか。 サンミドリを掴み、他の糞蟲と同じように床に放り投げる。 「さて、理由は大体分かった。お前らの処分はそのうち考える。が……」 俺は床にいる連中を睨みつける。 「今、外に出した糞蟲どもはゲームの時間だ」 俺が指を鳴らすと入り口から2つの影が入ってくる。それを見た実装石たちの悲鳴が響く。 入ってきたのは実蒼石2体。としあきから借りた双子の実蒼石も『アオ』と『ブル』だ。 「お前たちはこの2匹から逃げ延びてみろ。10分逃げ延びたら合格だ。 あと、無理と思うが片方でも倒したら全員合格。逃がしてやる」 そして俺は開始の鐘を鳴らした。 「デギャーッ!」 開始して数秒もしないうちにノロマな奴が1匹斬られ倒れる。 アオはそのまま他を追うが、ブルは倒れた奴に追い討ちをかけるように少しずつ切り刻んでいく。 かなりの数の実装石がいるが、10分どころか3分持つかもあやしい所だ。 まあアオもブルもとしあきが特に鍛えた2匹らしいから無理もない。 と、1匹が反撃に出た。実装石最終兵器とも言える糞投げだ。 倒れている奴を斬り続けているブルを狙っている。 そして手を振りかざした……と思った時には真っ二つになっていた。 背後からのアオの一撃である。 結局、本当に数分も経たず終わっていた。仮死状態なのも何匹かいるがどうでもいい。 俺は偽石が砕けた奴をゴミ袋にまとめ、残りはケージに再度放り込む。 その時丁度、実装フォンが鳴った。 「ごしゅじんサマ。おきゃくさんテチ」 客? 休業中の看板を出しているはずだが……、まあいい。 アオとブルにお礼変わりのおやつを渡しながら上に戻る。 「お待たせしました」 玄関にいたのは、いかにも紳士といった感じの老人だった。隣には飼い実装らしいのがいる。 「すいません。今、休業中なんですが」 「ああ、失礼。実装ホテルの客ではございません。私はこういう者です」 老人が取り出した名刺を受け取る。その名刺を見て驚いた。 「『実連』の方ですか」 実連。正式名称『実装生物研究連盟』 その名の通り実装シリーズの研究を主とする巨大機関だ。 実装シリーズに関わる企業のほとんどはこことつながりがあるらしい。 また表向きには愛護派向けを主としているが、虐待派関係にも関わりがあるのはほぼ知られている。 「で、実連の方がうちに何の用件で?」 「はい。実装の被害を受けたと聞きまして」 おいおい、情報早すぎだろう。襲撃受けたの昨日だぞ。 「つきましては、我が『実装生物研究連盟』に家の修理など依頼をしませんか?」 そうか。実連は実装石被害にも対応してくれると聞いてはいたが……。 確かに家の汚れや庭にできた穴の修復はしてなかったな。 「そうですね、お願いしますか」 「承りました」 その日、実連のスタッフ達が現れ、一気に家を修理してくれた。 それから数日後…… 「おーい、「」くんいるかい?」 「あれ、あきとしさんじゃないですか」 あきとしさん。 としあきの伯父で雑誌のライターをやっている。 としあきと二人でよくお世話になっている人だ。 「今日はどうしたんです?」 「取材につきあわないかい?」 取材? いいんだろうか素人がついて行っても……? そう考えていたら読まれたごとく、あきとしさんは続ける。 「それがね、今日は実連に行くんだよ」 「えっ」 先日お世話になったばかりの実連。そこに行ける? 「いいんですか?」 「もちろん。本当はとしあきも誘う予定だったんだが、あいつ今日は出かけててなあ」 としあき。なにしてるんだ。 こうして俺とあきとしさんは実連に向かった。 「ここが実連……」 でかいビル丸々一つが実連の建物であった。 そのでかさに俺は圧倒される。 あきとしさんの後を追いビルに入る。 受付であきとしさんが要件を言うと、スタッフが入館証をくれた。 「おや、先日の……」 声に俺とあきとしさんが振り返ると、そこにいたのは先日の実連の老紳士だった。 「あきとし様のお連れですか。なるほどなるほど」 何がなるほどかわからない。 「ではどうぞこちらに。私が案内役でございます」 「お願いします」 あきとしさんが頭を下げるのに遅れ、俺もお辞儀をする。 そこから老紳士の実連ビル内の案内が始まった。 「まずこちらですが、見ての通り受付でございます」 それは言われなくてもわかる。 「受付と言っても各受付は細かく分けられております。 今、あきとしさまが入館証を受け取られたのは総合受付でございます」 老紳士は手で総合受付を指す。 そしてその手がさらに奥を指していく。 「そこから奥は各種受付になっております。 実装相談、実装専門病院、実装保険、実装による損害被害相談など各受付で相談ができます」 「じゃあ、うちのこの前の実装襲撃のあれも……」 「はい。実装損害被害課が担当しております」 なるほど。こんなでかい組織ならうちの修理が早かったのもわかる。 「では2階へ」 老紳士について行った2階。 「実装の病院はあるのは知っていましたが……」 「ひ、広い!」 あきとしさんと一緒にその広さに驚く。 そもそも実装石はケガなどはその再生力で治る。 風邪など引く珍しい個体もいるが、実装石の病院は少ない。 それがこの広さはなんだ。人間の病院でもここまで広い場所少ないぞ……。 その広さもあって診察室もいくつも見える。 内科、皮膚科、外科etc……。 ケガとかすぐ直るのに皮膚科とかいるのか……? そのままいくつかの部屋を見学させてもらいながら、どんどんビルを登っていく。 「こちらの部屋は基本、部外者立ち入り禁止なのですが、今回少しだけ公開します」 老紳士はそう言うと戸を開け俺たちを招き入れる。 「ここは……!」 広いペットショップと言うべきか。 巨大なガラスの向こうには実装石飼われている。 いや、生活してるというべきか? 「ここは実連でも選りすぐりの実装たちが住んでいる場所となります」 確かに選りすぐりだろう。 中にいる実装石は俺たちを見ても、媚もせず普通の人間のように頭を下げてきた。 その後もしばらく様子を見ていたが、とてもその辺の野良とは違う。 「それだけではありません」 老紳士が指さす。そこには——。 「あれは実装燈!」 「それだけじゃない「」くん。あちらには実蒼石に実装紅も!」 実装シリーズ。実装石以外は地域によってはあまりいない希少種だが、それよりも……。 「実装石と共存している……!」 実装石の天敵である実蒼石も含め、実装シリーズは基本実装石を脅かす存在のはず。 それが広いとはいえ同じケージに一緒に暮らしているなんて……。 「としあきは連れてこれなくてよかったかもな……」 あきとしさんがそう呟くのが聞こえた。 確かにとしあきがついてきてたら問答無用で実装石を狩りに行ってたに違いない。 そして最上階……のひとつ下の階まで来た。 「レストランだ……」 どう見ても景色のいいレストランである。 「回り疲れてお腹もすきましたでしょう? 私が持ちますので、なんなりとお好きなものを」 やった、とメニューを広げる。が——。 「実装肉カレー、実装肉うどん、実装チャーシュー麺……」 「ああ失礼しました。ここは完全実装食レストランとなっております」 「ああ、はい……」 よくよく考えたら虐待はあっても実装を食べたことは俺はなかった。 「じゃ、じゃあ実装肉カレーを……」 「ぼ、僕は実装肉うどんにしますか」 あきとしさんもためらっている。 そして数分後、食事が来たが……。 「げーっ! 実装みたいな緑色のカレー!」 「汁が緑のうどん……」 これは食べる気が失せる……。 「「いただきます……」」 あきとしさんとそれぞれ一口食べる。 「お?」 「意外と……」 うまい。 いや、実装の肉の味はぶっちゃけわからないが、カレーとしては普通にうまい。 「こっちもうどん、普通のうどんだよ」 あきとしさんもうどんを美味しそうにすすっている。 「ほほほ。皆さん最初はためらわれます。 ですがこちらも最高のシェフが調理していますので」 まあそりゃそうだ。 そして最後に。 「こちらが実連の会長室になります」 「会長室」 そうだ、当たり前だけど一番偉い人いるわな。 老紳士がノックをすると低く「入りなさい」と声が。 扉を開け部屋に入る。いかにも偉い人の部屋だ。 中央に来客用らしき、巨大なソファがある。 「ようこそ我が実連へ」 奥の椅子が回りこちらを向く。 サングラスをかけたガタイのいい男。 「あなたが、実連の……」 正直な話、会長というと案内してくれた老紳士の方がそれっぽい。 「会長には見えない……。といった顔だね?」 「い、いえ!」 表情に出てたか? 「いや半分は正解だ。私、いや俺は次期会長だよ」 「次期……?」 「貴方様の考えているとおりですよ」 横にいた老紳士が笑う。 「じゃあ……」 「はい。現会長でございます」 「ええ!?」 あきとしさん、驚きすぎだろ。 「でも、じゃあ、会長自ら俺の家に来たりしたのか?」 「ほっほっほ、そうなります」 「親父はなあ、にわか知識会長の俺と違う実装マニアでなあ。 興味があればどこにでも自分で行きたがるんだ」 会長元気すぎる。 「今回は確かめたいこともありましたゆえ」 「確かめたいこと?」 老紳士、いや会長が俺を見る。 「「」くん。君の家が野良に襲われた件。 あれはおかしいと思わないかな?」 「それは……」 そういえばそうだ。 サンミドリの言葉があったとはいえ、あの公園中の実装石が俺の家を攻める。 実装石なのだ。普通は統率なんてなく家につくまでに仲間割れで終わるのが普通だ。 「今度、貴方に見せたいものがあります。 そうですね、三日後にまたこちらへ来ていただけますか」 「……わかりました」 その後は、あきとしさんが普通のインタビューなどを行い、 そして実連を後にした。 そして約束の三日後。俺は衝撃の事実を知ることになる。