実装石が一匹、昼下がりの住宅街を歩いていた。昨夜から自身の糞以外何も食べておらず食べ物を探していたのだ。 平日ということもあり人間の姿は見られない。だが同時に餌になりそうなものも転がっていない。 途方に暮れて視線を上に移す途中でそれを見つけた。窓の空いた家だ。 窓の前には茎を高く伸ばした鉢植えがあり窓の前まで来ている。これを上ることができれば室内への侵入は容易だ。 「デッスゥゥゥゥン!」 興奮した様子で声を上げる。待ちに待ったご飯にありつけ、それ以上に飼い実装になれる。夢にまで見た飼い実装への道が目の前に転がっているとは。 「デププププ♪」 まだ何もしていないというのに既に実装石は有頂天で人間を従えながら馬鹿にした同族をいたぶる姿を妄想している。 今まで自分を馬鹿にしてきた連中を見返し、豪華な服を着てステーキ三昧。専属のエステティシャンに手入れさせ大きく優雅な風呂に入りフカフカのキングサイズベッドで眠りにつく。 そんなおめでたい思考で埋め尽くされたまま茎をよじ登ろうと近づいていく。 「デッス!」 植木鉢の上に立ち茎にしがみつきながら登っていく。実装石は不器用で指が使えないため木を上るにはこうするしかないのだ。 わずかな突起がチクチクと痛み抱き抱えている手や爪先も自分の体重に悲鳴を上げている。 だが実装石はおよそ1mの茎を登り切り、窓の淵へと立った。 そこから室内の床を見れば高さ1mほど。体長40cmほどの実装石からしたらかなりの高度だ。 「デェェ…………デッス!」 しばらくは躊躇していたものの飼い実装になるという夢を叶えるという妄想を信じ勢いよく飛び降りた。 下にはクッションになるような物は無く硬いフローリングのみ。当然怪我は免れない。 足先から行くかと思われた自由落下は頭から落ちることで終わった。頭の重みで体が回転回転してしまったのだ。 「デピェエ!?」 短い悲鳴を残し実装石は気絶した。事前に食い物欲しさに自らの糞を食っていたためパンコンさせるような事はなかったが損傷した頭が治り、意識を取り戻すまで三時間ほどかかってしまった。 意識を取り戻して正面を見るとそこにはおウチがいくつも並んでいた。 黒いおウチ。黄色のおウチ。青いおウチ。赤いおウチ。ピンクのおウチ。紫のおウチ。 どれもが自分の暮らしていたダンボールハウスとは比べ物にならないほど大きく豪華だった。(1m四方の水槽にラッピングが施された物だった。) よくはわからなかったがこれが実装ハウスであることだけは理解できた。 「デッププププ♪中の奴がいなくなればこの家全てがワタシのおウチデス。早速殺して乗っ取ってやるデス」 我ながらなんと素晴らしい考え。この家のクソニンゲンも私の知力に恐れおののくに違いない。 思い立ったが吉日。早速黒い家のドアを開け中に入る。 するとそこには長く伸びた木(といっても80cm程だが)にトイレと水飲み場、そして小さな布団が敷いてあるだけだった。 「なんデスこの部屋は?足元がフカフカデス」 白い敷物がされていて戸惑ってしまう。しかし不快な物ではなく歩き心地もいい。 「デッスーン♪ワタシに相応しい床です♪」 スキップするように水飲み場に行くと甘い香りがした。今まで嗅いだことのないかぐわしい香りだ。色も乳白色、というには少し黄ばんでいる。 今まで見たこともない液体に警戒心を抱くが甘い香りには逆らえない。 ちょうど腹も減っていたし飲んでやろうと目をやると仔実装用らしきサイズのコップが置かれていた。 「私が使うにはちょっと小さいデス~。クソニンゲンが帰ってきたらもっと大きいのを要求してやるデス」 上機嫌にコップで水を掬い無警戒に一気に飲み干す。 「デデェ!?」 なんだこれは。甘い。物凄く甘い。コンペイトウよりも甘い。こんな甘いものがこの世にあったなんて知らなかった。 「デッス!デッス!」 一心不乱に掬っては飲み掬っては飲み、遂にはまどろっこしくなり直接顔面を皿につけて吸い上げていく。 「デベッヒャァァ~~~」 甘い水をたっぷりと堪能しフカフカの床に大の字になる。腹も膨れたし満足だ。クソニンゲンには褒美を考えてやらないといけないかもしれない。 「デププププ♪ワタシのウンチをありったけくれてやるデス。高貴なワタシのウンチは貴重デス。涙を流しながら感動するに違いないデス」 ニヤニヤが止まらず笑っているとどこからか声が響いているのが聞こえた。 「ルトー!ルトー!」 「デッ!?」 驚いて上体を起こしあちこちを見るが誰もいない。 しかし外からにしては声が近い。もっと耳を澄ませると声は頭上から聞こえていた。 「ルトー!ルトー!」 声は生えている木、その枝からしていた。 よく目をこらすとそこには黒い小さいのが止まっていた。 見た事のないそいつは突然ワタシの横に勢いよく降り立った。 「デデェ!?」 「ルトー!ルトー!!」 私なら間違いなく大怪我をするはずの高さから飛び降りた黒チビは大きな声で文句を言っているようだった。 曰く「私の家に勝手に入るな。私のヤクルトを勝手に飲むな」と抗議しているようだった。 しかしワタシは成体実装。黒チビは仔実装と同じくらいしかない。体格差はゆうに倍はある。 「デププ♪ワタシが負ける理由はかけらもないデス♪」 そんな事もわからない黒チビをあざ笑う。 もともと殺すつもりで入ってきたのだ。こんな雑魚は早く終わらせて次のおウチに向かわなければ。 そう思って拳を振り下ろす。 「死ねデスッ!」 幾多の成体実装を殴ってきた渾身の拳。仔実装サイズのこいつなら一撃で木端微塵だろう。 しかしその拳が相手を捉える事はなかった。 黒チビは突如としてワタシの目の前から消えたのだ。 「デデェ!?」 「ルトォォー!」 慌てて周囲を見渡すがどこにもいない。声の先を探すと奴は空中に浮いていた。あの黒チビ、空を飛べるのか!? 「ル、トォォォォォォ!」 黒チビがワタシに向けて体当たりを仕掛けてくる。馬鹿な奴だ。タイミングを合わせてカウンターしてやれば今度こそ木端微塵だ。 二度は外さない。あの世で死んで詫びろ。 しかしワタシの拳が奴を捉える事はなかった。代わりに顔に物凄い痛みが走る。 「デシャァァァァァァ!!?」 「ルトッ!ルトッ!ルトッ!ルトォォォ」 なんと黒チビは空中で体制を変えワタシに蹴りをかましてきたのだ。(そもそも実装石の貧弱な運動神経では俊敏な実装燈を捉える事など到底不可能だ。) 黒チビは硬いハイヒール状の足で何度も何度も蹴ってくる。 「や、やめるデス!ワタシの!ワタシの美しい顔になにをするデスッ!」 「ルトォォォ!」 「デボビァァァァァァ!」 そうしてワタシはおウチの外まで蹴り飛ばされた。 許せない。ワタシの美貌を文字通り足蹴にするなんて…! でも今はまだやることがある。並んでいるおウチはまだまだあるのだ。 さっきの黒チビはクソニンゲンに処分させるデス。それまではその小さい脳みそで仮初の勝利に浸っているがいい。 「デププププ♪」 そう考えながら二件目、黄色のおウチへと入っていく。 中には鏡で出来た天井と左に新しい扉と通路があった。 まずは左の扉を開けようとするがカギが掛かっているようで開かない。仕方なく通路へと歩みを進めた瞬間ワタシは何かに躓いた。 「デペェ!?」 勢いよく頭から転び鼻血が出る。 何事かと振り向くと地面から数㎝程の高さに糸が仕掛けられていた。ワイヤートラップだ。 「デシャァァァァァ!デヒッデヒデッデヒィィィィ!」 怒りに任せて何度も糸を蹴るが糸は僅かに撓むだけでまるでビクともしない。むしろ細い物を無理矢理蹴ってワタシの足が痛い。 もういい。あんな物はクソニンゲンに片づけさせる。帰ってきたらウンチを顔にこすり付けておしおきだ。 そう意識を切り替えて通路を歩いていくと道幅が狭くなった。 しかし狭くなったといっても実装石が一匹通るには苦労しない程度だ。他に道もないので構わず通る。 カチッ。 「デ?」 狭い場所を通った瞬間足元で音がした。 何事かを把握するより先に横の壁から爪楊枝が勢いよく飛び出し私の右腕を刺し貫いた。 「デジャァァァァ!!?」 突然の痛みに悶絶して悲鳴を上げる。 おそらくスイッチを踏むと輪ゴムか何かで爪楊枝が飛び出す仕組みがあったのだ。 「デシャァァァ!デシャァァァァァァァ!」 ワタシにこんな事をするなんて絶対に、絶対に許さないぞクソニンゲン! 血涙を流しながらも立ち上がり先を急ぐと今度は階段が現れた。一気に駆け上がってこのおウチにいる奴をブチ殺してやる! 「せいぜい首洗って待ってろデギャァァァァァァ!?」 階段を上ろうとした瞬間また音がして今度は実装サイズのトンカチが振り子運動でワタシの鼻を直撃し、たまらず大の字に倒れた。 「デェェェン!デェェェン!お鼻が、お鼻が潰れちゃうデスゥゥゥ!!」 激痛に血涙と鼻血を吹き出しながら顔を抑えて号泣する。 だが泣いている暇はない。きっとこの階段の先がゴールだ。高貴なワタシにこんなことをしたクソ野郎は目と鼻の先のはずだ! そう思って立ち上がり今度こそ階段を駆け上がる。 「デー…デー…デー…デ…………」 肩で息をしながら階段を登りきると床に変な模様があり割りばしや輪ゴム等が積まれた部屋へとついた。 「カシラカシラカシラァ!」 そしてそこには黄色い実装がいた。 よく分からないがワタシを嘲笑っている事だけはわかった。 「何がおかしいデス!?言ってみるデス!」 激昂しながら怒鳴り散らしているとふと床に視線が行った。 よく見ると床にあるのは模様ではない。1階が透けて見えている。1階から見上げても鏡にしか見えなかったそれはマジックミラーだ。 つまりコイツは二階からワタシの様子をずっと見て嘲笑っているだ。 「デジャァァァァ!ブチ殺すデシャァァァ!」 怒りから正面から殴り掛かる。 許せない。高貴でか弱いワタシを虐めたコイツを許せない。絶対に八つ裂きにして殺してやる! 「カシラァ!」 だがワタシの拳が届く事はなかった。奴は手にした傘でワタシを突いてきたのだ。 「カシラッ!カシラッカシラッ!」 「デエッ!?デェッ!?デェッ!?」 何度も何度も突かれる。しかしコイツ、ワタシよりもパワーが無い。何度か耐えていれば隙が出来るはず。 そう考えガードを固めて動きを観察する。 そしてワタシは見つけた。奴はストロークが長い分戻りに時間がかかる。それに合わせて攻撃すれば形勢逆転だ。 「デシャァァァァ!」 そう判断し傘を戻すのに合わせて突撃する。勝った。もう奴に対抗手段はない。嬲って服を引き裂いてゴハンにしてやる! 「カシラァ!」 「デデェ!?」 そう確信した矢先に奴、実装金は傘を開いた。 生き物は大きな物を見せられると怯んでしまう。たとえそれが傘を開いただけであってもワタシは驚き一瞬の隙を作ってしまった。 その隙を逃さなかった実装金は再び傘を閉じ、今度は傘による殴打を繰り返してきた。 「カシラッ!カシラッ!カシラッ!カシラッ!」 「デ、デヒェェェ!やめ、やめるデヒァァァァ!」 顔面をしこたま殴られない出血しながら後ずさっていくとワタシは階段から落ちてしまった。 「カシラ!カシラァ!」 実装金が上から声を上げてくる。 もういい!もうこんな所にいられないデス!こんなおウチワタシから願い下げデス! 必死になってもと来た道を戻るとワタシはまた最初のワイヤートラップで転び、そのまま転がって外へと出てきた。 「デヒー!デヒー!デヒー!」 もう許さない!あの黒チビも黄色いのもクソニンゲンに苦しませながら殺すよう命令してやる!だから今は仮初の勝利によっているがいいデスッ! 血涙を流しながら青いおウチを目指す。 今度こそ、今度こそ出会った瞬間にボッコボコデス! そう決心して扉を開けるとそこには森があった。 小さいけど歪んだ木が四角い鉢植えに乗って並んでいる。 初めて見る風景だが、なんだか笑えてきた。 「デププ♪ジジ臭い木デス♪こんなのぶっ壊してやるデス♪」 そう思って拳を振り上げるとまた声がした。 「ボクゥ!」 振り向くとそこには青いシルクハットのオッドアイの実装がいた。 今度こそ油断はしない、先手必勝だ。そう思って突撃する。 「デシャァァァァ!」 完全に隙を突いた。そう確信した矢先、ワタシの動きは止まってしまった。 奴は大きな金色の鋏を持っていたのだ。 明確な刃物。しかもそれは実装石の体を容易く切断する対実装用兵器。コイツ……実蒼石デスゥゥゥ!! 実蒼石は実装石の姉妹とも言われているが性格は正反対。忠義に厚く自然を愛し主人を敬愛する。そして何より生まれた瞬間から偽石すら一撃で破壊可能な鋏を持っている実装石ハンターである。 Uターンして扉へとダッシュ。あんなの相手にしてたら命がいくつあっても足らない。 でもその間にワタシの服が細切れにされていく。 「デデェェェ!?ワタシの、ワタシの美しい服がぁぁぁ!!」 「ボクゥゥゥ!!!!!」 そして扉を開けた瞬間、私は後ろから蹴り飛ばされ顔面から床へと落ちた。 「ボクッ!ボクボク!ボクゥゥゥ!!」 実蒼石はひとしきり罵声を浴びせかけると扉を勢いよく閉めてしまった。 「なんとか…なんとか生き残れたデス………」 アイツは絶対にワタシの前で跪かせてやる!クソニンゲンが帰ってきたら!クソニンゲンが帰ってきたら!! 「つ、次は赤いおウチデス……」 ヨロヨロと扉を開けて入っていくと、そこは赤い絨毯が敷き詰められた貴族的な部屋だった。 「デ……ェ…?」 初めて見る光景に息をのむ。 そしてその部屋の中央には一匹の実装が椅子に腰掛けていた。 真っ赤なドレスにリボンで結ばれたボンネットから延びる長い金髪のツインテール。専用の椅子と机とティーセットでダージリンを嗜む実装。それはまさしく高貴な貴婦人の姿だった。 「なんなのダワあなたは!?私のティータイムにあなたのようなのを呼んだ覚えはないのダワッ!」 貴婦人の言葉で我に返る。 そうだ。ワタシはこのおウチを乗っ取るためにやってきたのだ。この高級そうなおウチはまさしく高貴なワタシのために作られた場所。他の奴が使っているなんて間違っている。ならこいつは侵入者だ。ワタシのおウチをワタシが取り返して何が悪い! 「デププププ♪お前こそ何言ってるデス♪このおウチはワタシのデス♪わかったらさっさと出ていくデス♪」 このおウチはどのおウチよりも綺麗だ。最高に高貴で上品なワタシの為のおウチに巡り合えてかつてないほど上機嫌になったワタシは相手に忠告してやる。 「さあ、今すぐ出ていったら許してや──」 ワタシの言葉は最後まで続かなかった。突然頬に鋭い痛みが走ったのだ。 あまりに突然の事で反応が遅れる。 「デ……ェ…?」 「本当に失礼なのダワ!さっさと消えるのダワ!」 そして目の前の紅いのはなおも頑なだ。 「消えるのはお前デスッ!私がここの主デスッ!早く消える──」 紅いのが勢い良く頭を左右に振るとワタシの両頬に痛みが走った。 コイツ、自分のツインテールを鞭のようにして攻撃してくるデス………! 実装紅のツインテールは伸縮自在で自身の身長の三倍ほどまで伸ばすことができる。その速さと細さから鞭のように柔軟かつ重い攻撃が可能で実装石が食らえば一撃で蚯蚓腫れだ。 「私のティータイムを邪魔した罪は重いのダワッ!ただじゃ置かないのダワッ!!」 そう言って何度もツインテールをぶつけてくる。俊敏かつ間断なく、実装金よりも長い射程から攻撃に反撃に移ることもできないまま足元を掬われ転び、ワタシは体を丸めて耐えることしかできなくなった。 「デェェェン!デェェェン!」 幾度も幾度も、絶え間なく続くツインテール攻撃に血涙を流して号泣する。もう丸めて守っているお腹や顔以外は真っ赤に腫れてしまった。 逃げなくては。一刻も早く逃げないと殺されてしまう。 そう思って必死に床を這って逃亡する。 そうしてワタシは命がけで扉を開けて脱出した。 「デェェン!デェェェェェェェン!」 チクショウ、どうしてこんなことに……! もう服は殆どなくなり後ろ髪は蒼いのと紅いののせいでボロボロ、全身に痛みが走って満身創痍だ。 「それもこれもクソニンゲンのせいデスゥゥゥゥゥ!!!」 床に転がりジタバタともがきながらクソニンゲンを罵倒する。 もとはと言えばあんな連中を飼ってるのが悪いデス!飼いはワタシ一人で十分デス!クソニンゲンはそれがわかってないデス! しかし腹が減った。再生するのにも随分と体力を使ってしまった。 黒チビの所で甘い水を飲んだのが随分昔のようだ。 しかしまた黒チビのところに飲みに行こうにもこれ以上蹴られるのは御免だ。 かといって今までの他のおウチは何処も嫌だ。 そう思ってピンクのおウチへと視線を向ける。 「デ…………」 しかしなかなか体が動けない。今までのおウチの経験上絶対碌でもないことになる。でもお腹が空いてしまった。このままでは本当に動けなくなってしまう。 「デッ…ス………」 気が進まないがピンクのおウチを目指す。もうおウチの乗っ取りは一度止めだ。 へりくだってご飯が欲しい旨を伝えるだけならきっと酷い目には合わない。 そんな思いでビクビクしながら入るとそこはフカフカな床とフワフワなクッション。そして餌と水場とトイレとベッドがあるだけの簡素な部屋だった。 しかし油断はならない。まずはこのおウチの主を探すのだ。 見つけた。真っ白なクッションで遊んでいるピンクなの。 ピンクなのはすぐに私に気づき近づいてきた。 「デデェ!?」 相手は仔実装と同じくらい、ワタシの半分ほどの大きさだが今までの経験から狼狽えてしまう。 しかしそんなワタシを無視してピンクなのは話し始めた。 「ウニュー!ウニュ、ウニュー!」 どうやらワタシが何をしに来たのかを聞いているらしい。 「ワ、ワタシはお腹が空いたデス。食べ物が欲しいデス………」 おどおどと警戒しながらお願いする。 するとピンクなのはよく分かっていないのか一度「ウニュ?」と口元に手を当てて小首をかしげる。 だがすぐに意図を察したのか餌場にある白い丸いのを指さした。 恐る恐るおウチに入り餌場へと近づいてみる。 「デ…?」 この白くて丸い、なんだかフワフワした物が食べ物? 「ウニュー!」 聞くとピンクなのは両手を広げて笑顔になった。 慎重に匂いをかぐと甘い匂いがした。思い切ってかぶりついてみると甘い伸びるお菓子だ。 初めて食べる。伸びて面倒だが甘く食べやすい。中の黒いのもおいしい。 空腹と甘さから思わず必死にかぶりつく。 「デスッ!デスッ!デスッ!」 感動だ。あの黒チビの所の甘い水よりもおいしい。コンペイトウよりも美味しい物があるだなんて知らなかった。 そうしてかぶりつい行くと黒いのの中から赤い木の実が出てきた。きっとこれも美味しいに違いない。 しかしそこに来るとピンクなのが鳴き始めた。 「ウニュ!ウニュニュー!」 何やら慌てている。どうやらコイツもこれを食べたくなったらしい。 「落ち着くデス。お前にも後で食わせてやるデス」 思わずニヤニヤとしながらそう告げる。 「ウニュニュ、ウニュー?」 どうやら食べていいのかと聞いているようだ。 「食べて良いデスよ。ワタシがこれを全部食べ終わった後に、ワタシが出したウンチならいくらでも──」 そこまで言うと視界が真っ暗になった。急に少し熱くなったうえに回りがベタベタする。しかもそれは頭だけでほかの部分の感覚は変化していない。 さらにはワタシの頭を何か大きなものが這いまわるような感覚がある。 「デデェ!?何が、何が起こったデス!?」 「ウォーアンマー!」 頭の上から妙な声がする。 これは、ピンクなのがワタシの頭を食べてるデス!? 実装雛は優秀な捕食者であり、自身の数十倍もある獲物を丸呑みしてしまう。発見当初は成人男性すら飲み込まれかけたと証言するほどで、成体の実装石など苦も無く呑み込んでしまうだろう。 「放せ!放すデス!ワタシは美味しくないデスゥゥゥ!」 「ウォーアンマーカハッ!!」 抵抗もむなしく徐々に徐々に飲み込まれていき肩から上はスッポリ口の中に入ってしまった。 このままでは本当に丸呑みされてしまう。 「やめるデスッ!やめるデスゥゥゥゥ!死にたくなデスゥゥゥゥ!!」 そうもがいていると実装雛が自身の餌、苺大福が目に入った。 「ウニューーーー!」 「テベェッ!?」 苺大福を見るや否や、実装雛はワタヂを吐き出し一目散に苺大福へと向かっていった。 今ならあのピンクなのを殺れるかもしれないがこれ以上酷い目に合う事のほうが嫌だった私は急いでピンクのおウチを後にした。 「デェェェェン!」 そしてワタシは扉を閉めると同時に再び泣いた。 もう嫌デス!どうしてこのおウチは変なものばかり飼ってるんデス!?クソニンゲン早く出てこいデスゥ! 「でももうこんなおウチ嫌デス!帰るデス!公園に帰るデスゥー!」 おウチを諦め公園へ帰ることを決意する。しかし出口である窓は1mの高さ。中からの脱出は不可能だ。 「デェェン!デェェン!」 それでも何とか飛び跳ね脱出しようとする。しかし高さは全く足りずとても脱出する事は出来ない。 もうワタシは一生出られない。こんな牢獄の中であのバケモノ達と一緒に暮らさなければならないのだ。 何故ワタシがこんな目に合わなければならないのか。ワタシが美しすぎたせいか?ワタシが高貴すぎたせいか? 仕方ないではないか。持って生まれた才能に嫉妬するなんて神はなんて器が小さいんだ。 世の中間違っている。こんなにも素晴らしい存在であるワタシの思い通りにならないなんて何もかもが狂っているのだ。 そう世界の愚かさに悲観し号泣している時、ワタシは見つけた。 今まで見ていなかった窓がある側の壁の隅、光の当たっていない場所に緑のおウチがあった。 ほかのおウチと違い暗い場所にあるが静かで穏やかな気がする。 ワタシはまるで引き込まれるように歩き出し扉を開いた。 「デェ……?」 ゆっくりと扉を開けて閉める。 特に声はしない。光が当たっていないため中は暗い。そのまま数歩歩くと動きを感知したのか電気が点いた。そこでようやくワタシはおウチの中の光景を目の当たりにできた。 「デデェェ!!?」 ワタシは絶句した。部屋の壁という壁が実装石の血に染まり真ん中のテーブルには禿裸に手足のない成体の実装石が縛り付けられており、その横には朽ち果てた手足が山のように積まれていた。 禿裸も重体で、赤い目は垂れ下がり、内臓も飛び出て虫の息だ。 「デヒー…デヒー……だ、誰デス…?」 残った緑の目でゆっくりとワタシを見る禿裸。 「そんな事よりどうしたんデス!?なにがあったんデス!??」 あまりにもむごい光景に思わず質問する。 いったい何なのか。このおウチはどうしてしまったのか。聞きたいことは山ほどだ。 「デェ……このおウチに住むニンゲンは虐待派デス……他の実装達には優しいけど……実装石だけは徹底的に虐待するんデス…」 「デ…」 突然知らされた事態に言葉を失う。 「ワタシは……連れてこられた日におまたを焼かれてウンチも赤ちゃんも無理にさせられたデス………動けないようにと…ずっと手足を切られ続けて……それが腐っていく様子をずっと見せつけられてきたデス……いつか…ワタシも手足みたく腐るんだと言われたデス………でも……大事な石を取られたせいで…………死にたくても死ねないんデス…………」 「デヒッ…デヒッ……!」 あまりに衝撃的な事実に呼吸が荒くなる。 「はやく……逃げるデス……」 「デデェ!?」 「はやく逃げるデス……でないと……アナタも酷い目にあわされるデス……」 「デ…デ………デェェェン!」 禿裸の忠告に私は必死になって逃げだした。 まずはこの緑のおウチから逃げなければ。 その後はなんとかしてこのおウチから逃げなければ。 何とかしなければ。どうするかは分からない。でもとにかく逃げなければ! 必死になって緑のおウチの扉を開けると思わず膝をついてしまった。 度重なるストレスに突き付けられた絶望思わず全身が震えてしまう。 きっとニンゲンはもうすぐ帰ってくる。その前に、その前に何としても逃げなければ! 「カワイソウ」 「デッ!?」 聞いた事のない声に全身が硬直する。魂が震える。絶対に関わってはいけない奴に目をつけられたと警告する。 恐る恐る顔を少し上げると紫のおウチの扉が開いているのが見えた。 ワタシがいかなかったおウチ。その扉が開いている。そしてその声の主は、ワタシの目の前に立っていた。 「デッ、デッ、デッ、デッ……!」 その姿におもわずパンコンし血涙がとめどなく溢れる。 コイツは、コイツの正体は……! 「バ、バ、薔薇実装デスゥゥゥゥゥ!!!」 あおむけに倒れ、凝視しながらあとずさりする。 薔薇実装。実装達の中でも最も戦いに秀でた希少種。実蒼石がハンターであるなら薔薇実装は殺戮者だ。実装石程度では100匹いようが傷一つ負わせることはできない。 絶対強者を前に腰が抜け全身が震え汗が吹き出し歯がガチガチと鳴り血涙が止まらない。 そんな姿を見ても薔薇実装は無感動に首を傾げた。 「カワ…」 言うと手元に紫の結晶体で出来た剣が現れた。薔薇実装が殲滅へと動き出した第一歩だ。 「デヒッデヒッデヒィィィ」 「イッソ」 剣を上に掲げると空中に新たな結晶が現れる。長さ数㎝の無数のそれは全ての先端がワタシにむかっていて発射の指示を待っている。 「カワ、イッソウ!」 剣が勢いよく私に振り向けられ、それを合図に結晶達が一斉に飛び掛かった。 勢いよく射出された結晶が少しずつ、確実にワタシの体を削いでいく 「デガガガガガ!デギャ!デジャァァァァァァ!」 手を貫き、足を貫き、歯をへし折り、腹を裂く。 恐るべきはその正確さであり結晶達は私の体を貫通しても絶対に床を傷つけない。 薔薇実装は飼い主に忠実で頭も良く、何をしたら良いのか、いけないのかが正確に分かるのだ。 そしてボロボロになったワタシを見下ろすと、今度は手にした剣で私のお腹を突き刺しだした。 「イッソ!イッソ!イッソ!イッソ!」 「デギャギョ!ブボジュア!ジョジャオヴェェェェ!」 全身から血を吹き出しながら拷問され、ワタシはもう虫の息だ。 そして薔薇実装はひとしきり私を痛めつけると偽石を抜き取った。 だがその事実にワタシは少し安堵した。 これ以上痛めつけられることはない。痛みから解放される。今まで散々だったがこれ以上の苦しみはないのだ。 そう考えていると薔薇実装は新たに生成した結晶体に偽石を載せて部屋の隅へと飛ばしていった。 「デ…………」 なんとか見える視界でそれを捉えると、偽石がコップの中に入るのが見えた。 空のコップではない。高級な偽石活性剤が入った特別なものだ。その証拠に死にかけていた神経が再生を始めた。 「デギャギャァァ!デッデッデジャァァァァァァァァァ!!!」 終わるはずだった痛みが再び息を吹き返す。 終わらない。この地獄のような苦しみは終わらない!それどころか始まったばかりだ。これはまだまだ序の口。本当の地獄はここからだ! 「デジャァァァァァ!デジャァァァァァァァァァァァァ!!!」 滅茶苦茶に首を振って拒絶しようとするが痛みはなおも増すばかりだ。だが偽石を活性剤に入れられた為に死ぬことすら許されない。 罠だったのだ。窓が開いていたのも。窓に伝う茎が用意されていたのも。全て、全て罠だったのだ! それに気づいたのは、私が結晶体によって緑のおウチに放り込まれた時だった。 さっきの禿裸の隣に吹き飛ばされるが禿裸は絶望の瞳でこちらを見るだけだ。 「カワイソウ…」 勢いよく扉が閉まる瞬間。薔薇実装が何の感情も浮かべない顔で呟くのが見えた。 出して!ここから出して!あの公園に!公園に帰してぇぇぇぇぇぇぇぇ!! 天井も密閉され、声が漏れる事もない牢獄の中でワタシは叫び続けた…………。
1 Re: Name:匿名石 2023/02/12-03:01:13 No:00006782[申告] |
実装オールスターズはじめて見た |
2 Re: Name:匿名石 2023/02/12-04:01:48 No:00006788[申告] |
他実装が出てくるの久しぶりに読んだデス
実装紅は最高なのだわ |
3 Re: Name:匿名石 2023/02/12-19:58:04 No:00006795[申告] |
他実装懐かしい
薔薇実装とか実装全盛期でも珍しかったから嬉しい |
4 Re: Name:匿名石 2023/02/17-03:02:04 No:00006816[申告] |
他実装はまともに飼う
実装石は虐殺する 正しい飼育は大切だ 素晴らしいおウチだ |
5 Re: Name:匿名石 2024/02/03-15:20:59 No:00008676[申告] |
実装石が即死しないように上手く話が組み立てられてて良かった |