公園で拾ってきた8匹の仔実装はすでに4匹になっていた。いなくなった4匹は闘技場の下で緑色のしみになっている。 準決勝第1試合。 青コーナーに降り立った仔実装は他の仔実装より一回り大きな体格である。リングネームを与えるなら”戦車”だ。仔実装どうしの戦いでは体格差がそのまま戦力差になるので、戦車は今回の優勝候補と言えよう。 赤コーナーには逆に他の仔実装より一回り小さな体格の仔実装が表れた。小柄ながら闘争心は負けておらず、屈伸を繰り返して身体を温めて戦闘準備は万全だ。 この仔実装は小柄ではあるが1回戦では低い体勢からの体当たりで勝利をもぎとっている。リングネームは”弾丸”がふさわしいだろう。 「試合開始!」 掛け声とともに鐘をならすと2匹の死闘が始まる。 先手を取ったのは弾丸だった。1回戦と同様にクラウチングスタートの耐性で戦車の右足の膝裏めがけて全力の体当たりを仕掛ける。そのまま右足を抱きかかえて場外を狙う戦法だ。 ”テチャァ!下に落ちるテチ・・・テチ?” 弾丸は戦車の右足を抱えたまま動きを止める。いや、動くことができなくなったというほうが正しいだろう。 たしかに最初の体当たりで戦車はバランスを崩したが、後ろではなく前方向、つまり右足を抱えた弾丸の上に覆いかぶさるように倒れてきたのだ。 自分の上に乗られては小柄な弾丸には一切の対応の選択肢がなくなる。戦車は弾丸の後頭部を両手で抑えて自由を奪い、弾丸の背中に馬乗りになった。 ”テププ、あとちょっと力があればワタチを場外に落とせたかもしれないテチ。でもこの勝負はワタチの勝ちテチ。” ”どくテチ!離すテチ!飼い実装になるのはワタチテチ!” 戦車の下から脱出しようとイゴイゴと暴れる弾丸であったが、完全に馬乗りになられては手も足も出ない。 ”決勝戦にそなえてもぐもぐタイムテチ。” そういうと戦車は弾丸の後頭部にかみつき、頭巾と頭蓋骨をまとめて弾丸の頭部を食いちぎった。 ”痛いテチ!痛いテチィ!テェェェン!もう飼いはいいテチ!こ、公園に、か、かえして、ほし、い、テ、チ、、、” 頭部を食いちぎられるたびに弾丸の声は小さくなっていった。やがて声が出なくなり目が濁っていった。 勝者、戦車。 続いて準決勝戦第2試合。 先ほどの試合は2匹ともほとんど無傷だったが、次の試合の2匹はともに大きなけがをしていた。 青コーナーの仔実装は左目がなかった。このリングネーム”隻眼”は1回戦で対戦相手の右ストレートまともに左目に受け、目を潰していた。 赤コーナーの仔実装はもっと痛々しい姿だった。左腕のひじから先が食いちぎられている。1回戦で致命傷ともいえるケガをしたリングネーム”片腕”であるが、このケガのまま試合を続行して、最後には対戦相手を場外に落として勝利を得た。 「試合開始!」 傷だらけの2匹の戦いが始まる。 ”テチィ!死ぬテチ!” 隻眼のパンチが片腕に襲い掛かる。しかし、片目で遠近感がつかめないのかパンチはむなしく空を切る。 ”何で当たらないんテチ?それならこれはどうテチ!” 隻眼はいったん間合いを拡げ、片腕にタックルを繰り出した。これなら片目でも攻撃が当たる。 タックルは命中し隻眼は両腕で相手の胴をがっちりとロックした。このまま押し倒せればマウントポジションに持っていける。 だが倒される前に片腕の反撃が繰り出される。胴をロックされたまま隻眼の肩に噛みついた。 ”テチィィ!痛いテチ!” 隻眼は思わずホールドをといてしまった。そこに片腕のパンチが追い打ちをかける。パンチは隻眼の片目を直撃した。隻眼は両目の視力を完全に失ってしまった。 ”テチャァァ!真っ暗テチ!相手はどこテチ?見えないテチィ!” ”ワタチはこっちテチ!” 片腕は隻眼の後ろに回り込むと、背後から全力で体当たりをした。この一撃は視覚を失った隻眼にとっては不意打ちであった。 バランスを崩した隻眼は闘技場の端までふらふらとよろめいていき、足を踏み外して場外に転落した。 ”テェェェェ!!落ちるテ、デベェ” 隻眼は緑色のしみになって床に散らばった。 勝者、片腕。 いよいよ決勝戦。しかし準決勝までの試合をみると、明らかに戦車が有利だった。もともとの体格差に加えて、片腕は満身創痍なのだ。まともに闘えば勝ち目はない。 ”勝つためには、不意打ちしかないテチ。準決勝のように相手の目を潰せば勝ち目があるテチ。” 片腕に残された手段は不意打ちしかない。しかし一対一の闘いでどうやって相手の虚を突くことができるのか。実は片腕には秘策があった。 「試合開始!」 決勝戦が始まった。戦車はゆっくりと歩いて片腕との距離を詰めていく。 ”もう少し近く、あと一歩テチ・・・いまテチッ” 片腕は自分の糞を隠し持っていた。これを投げつけて目つぶしにするつもりだった。 戦車の顔面に投げつけられた糞は両目に命中した。戦車の視界は完全に失われた。 ”テチャ!前が見えないテチ!” ”やったテチ!これでとどめテチィ!!” 片腕は戦車の顔面めがけて渾身の右ストレートを繰り出す。 戦略は成功した。しかし片腕は最後に運がなかった。目が見えなくなった戦車は顔を左右に振っていたため、狙いが顔面の中央から外れてしまい、拳が戦車の口の中に入ってしまった。 ”テベチ!もがもがっテチ。(やってくれたテチね。でもこれはチャンステチ。)” 戦車は口に突っ込まれた右腕を押さえると一気に食いちぎった。片腕は残っていた右腕を食いちぎられ両腕を失なった。 ”テジャァァ!痛いテチッ!” 片腕の目の前には自分の腕を咀嚼する戦車がいた。両腕をなくしてはもはや闘いにならないが、自分の腕を食べている戦車の姿を見た片腕は戦意を完全に失っていた。 ”こ、これは嘘テチ、悪い夢テチ・・・飼い実装になるのはワタチだったテチ・・・ その証拠に、ほら見るテチ・・・ワタチのきらきらピンク実装服を・・・勝利者の証テチ・・・ あ、ママ!祝福しに来てくれたテチ?・・・ワタチはとっても幸せテチィ・・・ママァ・・・抱きしめて欲しいテチ・・・” 今わの際に母親の幻でも見ていたのだろうか。片腕はいるはずもない母親の胸に抱かれるように場外に飛び出し、そのまま床に叩け付けられ緑色のしみとなった。 優勝、戦車。 男は勝者となった戦車を抱き上げ、闘技場のさらに一段上の台に乗せる。この台には壁が付けられているので下に落ちる危険はない。 優勝賞品であるピンクのフリル実装服は戦車の頭上にある。手を伸ばせば届きそうな距離だ。 ”ついに飼い実装テチ!ピンクの服はワタチのものテチ!” 「優勝おめでとう。」 ”当然テチ。最初から勝つのはわかってたテチ。早くピンク服をよこすテチ!” 「それでは、第7回実装一武道会優勝を祝して・・・」 ”テチ?7回?なんテチ?” 「無敵のチャンピオンとのタイトルマッチへの挑戦権をプレゼントします!」 ”・・・?テチ??” 戦車のいる最上段の台には一本橋がかけられていた。その先にある落し戸が上に引き上げられると、1匹の成体実装が表れた。一般に成体実装石の体長は60cm程度であるが、出てきた実装石は80cmを超す規格外の巨体だった。 ”デプププ。ゴハンの時間デス。今日のゴハンは丸々太ってておいしそうデス。昨日のゴハンは片足がなくて物足りなかったデス。” 巨体の実装石、無敵のチャンピオンは地響きを立てながら一本橋を渡り戦車のほうに近づいてくる。実際には地響きを立てるほどの体重ではないのだが、戦車の目にはチャンピオンの巨体がそう見えた。 ”テジャャァァァァ!無理テチ!なんなのに勝てるわけないテチ!” 「俺が欲しかったのは強い仔だぞ。誰にも負けない強い仔だ。厳しい戦いを勝ち抜いてきたお前ならチャンピオンにもきっと勝てる。勝てば飼い実装になれてどんな贅沢も思うがままだぞ。」 ”不可能テチ!公園に帰してほしいテチ!” 「どちらにしろ、あいつに勝てないとタイトル戦の闘技場から出られないぞ。がんばれ!」 その言葉どおりに戦車がいる台には壁があるので逃げ道がない。 ”勝つしか、勝つしか生き延びる道はないテチ・・・や、やってやるテチ!!” チャンピオンと対峙する戦車。そして気合一閃、奇跡の勝利を得るべくチャンピオンに向かっていった。 ”テチャァァァァ!” さて、明日はまた別の公園に行って新たな挑戦者を探してこよう。はたしてタイトルマッチに勝利して2代目王者になれる仔実装があらわれることはあるのか?乞う御期待。 男はそうつぶやきながらモップを準備して闘技場とそのまわりにある8つの緑色のしみの掃除を始めた。 -- 終わり --