「ゲーム筐体の前に行列ができている?」 「はい。列の順番を巡って実装石同士の争いも発生しているようです」 苦し紛れにパソコンを設置してから三か月が経った。 新しいゲーム開発はまったく進んでおらず、異常行動を起こす個体の監視を強化する方針に転換しようと考えていた、その矢先の報告である。 「すぐに飽きられるものと思ったが……しかし、それだけゲームを求める負け実装が増えているのか? デッカープレイヤーの間で差別的な思想が蔓延して落伍者が増えている可能性はないか」 「そのようなな兆候はありません。主流のスポーツ実装たちは健全なコミュニティを維持しています」 「では一体どうして」 「これをご覧ください」 研究員は一枚の3,5インチフロッピーディスクを博士に渡した。 「なんだ、これは」 「楽園の実装石の間で流行っているゲームです。作ったのは我々ではなく、第三コミュニティに所属している一匹の負け実装です」 「なんだと?」 中に入っているデータを確認する。 容量はたったの500キロバイト。 実装石たちに渡したこれまでのゲームの四分の一以下しかない。 アプリケーションを起動してみると、赤と黒のよくわからない画面が映った。 よく見ると細かい文字が半分を占めており、マウスで操作をすると画面が微妙な変化を起こすが、一体なにがどうなっているのかは不明である。 「これがゲーム……なのか?」 「はい。少なくとも実装石たちはそう認識している様子です」 実装石の感性は比較的人間に近い。 だからこそ人間が作ったゲームも遊べるし、はた目に見ていて何をやっているのかも理解できる。 しかし、これは全く理解ができない。 感性から見えている景色まで、完全に別の生き物のための娯楽のようだ。 「実装石だけに理解できる遊びが……研究のし甲斐があるテーマだが、これによって楽園に不都合は生じていないか?」 「今のところは何も。むしろ犯罪者予備軍の負け実装共が自主的に大人しくなってくれたので、良い影響しかありません」 「そうか」 実装石が仲間内で娯楽を提供してくれるなら研究員たちの負担も減る。 これは予算をさらに請求する価値のある、良い兆候だろう。 「わかった。新たにパソコンを五十台ほど発注しておく。まあ、仮にすぐ飽きられたとしても無駄にはならんだろう」 ※ 「新作を作ったデス」 「デヒャアアアアア! 待ってたデス、デッシュネル=サン!」 「アナタの作るゲームは最高デス! どこからともなく供給されてた過去のゲームがすべてゴミに思えるほどデス!」 デッシュネルは群がる他の実装石たちをさらりとかわし、ゲームデータの入ったフロッピーを掲げて見せた。 「デ? どうしたデス、デッシュネル=サン」 「ワタシは腹が減ったデス。これを作るのに三日三晩も頑張って、お腹がペコペコデス」 「デデッ! ならワタシがフードを持って来てアナタに差し上げるデス!」 「いやいや、ワタシはあなたにフードを三つ持ってきてあげるデス! だから私に先に遊ばせてくださいデス」 「ならワタシは五個持ってくるデス!」 「……デププッ。まあ、一番誠意を見せてくれた奴に最初に遊ばせてやるデス」 飢えないためならさほど大量の食糧は必要ないが、皆が競って自分の作品を求めて貢ごうとするのを見るのは気分が良い。 デッシュネルは食べもしない貢物のフードを集めることに快感を覚えていた。 そして。 「デッシュネル=サン!」 「おや、アナタは隣のコミュニティのデャリオット=サン。あなたには以前に私のゲームを渡したはずデス。まだ新作はできてないデス」 「いやいや違うデス。実は、私もゲームを作ってみたデス。最初に師匠である貴方にプレイしてもらいたくて持ってきたデス」 「デデッ!? な、ならぜひやらせてもらうデス」 プレイするだけでなくゲームを『作る楽しみ』を覚えた実装石が他にも増えていく。 「デッシュネル=サンのゲームも面白いけど、デャリオット=サンのゲームも最高デス」 「いつかあんなゲームを作ってみたいデス……でも、ワタシはグラフィックのセンスがないデス」 「ワタシはグラフィックは以前に作ってみたデス。でもシナリオやデザインがさっぱりデス」 「みんなもいろいろやってるデス。ワタシはこの前、サウンドを試しに作ってみたデス」 「ならワタシたちで協力して作ってみるのはどうデス?」 『そ れ デ ス』 複数匹で協力し合い、会社のようなものを作ったり、 「今回のゲームはめちゃくちゃ大人気だったデス! こんなに貢物のフードを『稼いだ』デス」 いつからかフードが『貨幣』の代わりとして扱われるようになったり、 「遠くのコミュニティまでわざわざ買いに行くのは面倒デス」 「ならワタシが運んできてやるデス。代わりにフードを寄越すデス」 「それはたすかるデス。いつもの仕事を任されるならお安い御用デス」 流通を担う経路と、それを生業にする者が現れたり、 「デェェ……もっといっぱいゲームをやりたいけど、順番待ちが辛いデス。遊ぶためのキカイがもっと欲しいデス」 「なら作ってしまえばいいデス!」 「そ れ デ ス 」 いったい何をどうやったのか、プレイ専用のゲーム機を作ってしまう者も現れたり、 「おーいオマエラ、今日はデッカーやらないデス?」 「今日はいいデス」 「それよりゲームをやりたいデス」 「以前は馬鹿にしてたデスが、やってみたらメチャクチャハマったデス!」 いままでデッカー一筋だった陽キャ実装たちも、気づけばみんなゲームに夢中になっていった。 ※ 「こ、これは……」 とある個体が一本のゲームを自作してから、ほんの一か月。 それだけで第三楽園の様子は大きく様変わりしてしまった。 ほぼ95%の個体がデッカーに情熱を捧げていたのも昔の話。 すでに7割近くの実装石が日がな一日、例の意味不明なゲームに興じている。 「ゲーム機まで作るなんて……」 「え? あれ研究員の誰かが作って渡したんですよね?」 「いいや。正真正銘、アイツらが自然の材料を使って自力で開発したもんだ」 「だって、実装石ですよ。蟲以上人間未満の害虫が、そんなのあり得ないでしょ」 「忘れたか。第一期ではコロリ弾やドドンパマシンガンも作られたんだぞ」 実装石を知る者は、ほとんどが口をそろえて彼女たちを愚かな生き物だと言う。 それは半分は当たっており、半端に人間臭い感性と知性と動物的な本能が同居した生物ゆえ、 人間から見るとあり得ないほどに愚かな行動を起こしたり、本能的危機感を持つ動物なら絶対にしないようなマヌケなことをしたりする。 それはあくまで実装石の一面でしかない。 現に現生人類の中にも「え? こいつ人間だよな……実装石じゃないよな……」と本気で思うほど愚かで知能が低くてマヌケでクズでゴミのような奴がたくさんいる。 路上にもいるし大学にもいたし弊社にもいるし上場企業にもいるしお客様にもいるし上司にもいるし経営者にもいるしネット掲示板やSNSには大量にいる。 反面、アインシュタイン博士や発明王エジソンなどに代表されるような、人類そのものの文明レベルを一変させてしまったり、一世紀近く後の時代の人間から見てもなお理解しきれない大天才も存在する。 それと同じことなのだ。 どうしても脳容量が劣るため、種族平均でみると愚かしく見えてしまう。 だが実装石にも『天才』とされる個体がごくまれに顕現する。 過去には冶金技術を習得した実装石や、独自の文字を発明した実装石もいたという記録が残っている。 野生の中でそれらの天才個体は長く生きられない。 愚かな同族の妬みを受けたり、才能の代償なのか極端に運が悪かったり、 その知性を種族全体に伝えるより前に、大抵は人知れず無意味に死亡してしまうのが当たり前だった。 そんな天才個体たちをしっかりと保護し、彼女たちの知性を群れが好意的に受け止める環境ができていたら? 群れ全体が突然変異化して社会レベルが大きく引き上げられることがある。 これは一般には知られていないことだが、かつてとある国家が実装石を使った軍隊を作ろうとしたことがある。 知性を持ち、人の入り込めない場所にも入り込める小さな兵士として活用するため、銃器の扱いと戦術を叩きんだ。 軍隊自体は統率が取れずに失敗したのだが、逃げ出した一体の実装石が野生化し、周囲の野良実装石を束ねてリーダー化。 深い山中に決して無視できないレベルの武力を持つ『帝国』を築き、とてつもない害獣集団となって近隣住民に大きな被害を与えたという。 自滅して滅んだ第一期楽園も、結末こそ違えど同じようなものだった。 そして第三期楽園もまた一体の天才個体によって集団そのものが塗り替えられようとしている。 全体のレベルが上がればそこに所属する個体の平均知能も上昇し、さらなる天才個体も現れやすくなる。 「他者に提供できるような娯楽を作り出して広める変異体など聞いたことがないぞ」 「こういう天才個体って、大抵は武器作りとか、自分一人が楽しむための変な才能を持ってるとか、すごいことはすごいけど社会には何の役にも立たないような意味不明な特技を持ってるとかですもんね」 人間には理解できないゲームを作り、仲間内で消費するクリエイティブな実装石集団。 この第三楽園がどのような進化を遂げるのか? 博士だけでなく、他の研究員たちも強く興味を刺激された。 これはひょっとしたら、誰も見たことがないような進歩を見せてくれるかもしれない。 そんな楽園管理者たちの期待は一部では確かに実現し…… そして最後には裏切られることになる。 ※ 第三期楽園が始まって20年目。 パソコンを使った天才個体が最初のオリジナルゲームを発売してから、長い長い月日が流れた。 過去二回よりはるかに長い時間、楽園は崩壊することなく存続している。 そして楽園の中には確かに実装石ならざる文化があった。 「新作ゲームが出たデスよー! いまなら発売記念で400フードデス!」 店舗があり、貨幣代わりのフードが流通し、 「納期は明日の明日の明日までデス! それまでに必ず仕上げて発売に漕ぎづけるデス!」 天才がいなくなった後は集団でゲームを作るための企業が開発を行い、 「荷物よーしデス! 安全チェックOKデス! 出発進行デス!」 商品を運ぶrための流通の車(ただし手押しのリヤカーのようなもの)がコミュニティーの間を走り、 「さあ今日もきびきび働くデス! 目標は夜までに5000回転デス!」 クリエイティブな仕事に従事する才能のない者はひたすらポールを回してフードを出す単純労働者として汗を流している。 作られたゲーム機は小型化し、今では実装石の掌に収まる程度の大きさ。 どうやったのか端末同士が楽園内でのみ繋がる無線ネットワークを構築し、疑似的な通信も行っている。 端末やゲームは高価になり、インフレが加速し、単純労働者は朝から晩までひたすらポールを回し続け、たまの休日はひたすらゲーム三昧。 クリエイティブ職業、流通、小売、単純労働の間で格差はあるが以前のように猟奇的事件は起こらない。 底辺階級でもゲームという日々の楽しみさえあれば、生涯を棒に振ってまで歪んだ快楽を求める気にはならないのだ。 それらは、良い。 実装石らしからぬ奇妙な形だが社会が回っているのは良いことだ。 この楽園の最大の問題は…… 「デ、デェ……」 その実装石は、朝起きて水場の水面に映った自分の顔を見て愕然とする。 両目が緑色に染まっている。 どうやら気づかないうちに受粉し妊娠してしまったらしい。 そんな彼女を見て仲間たちが口元を手で隠しながら笑う。 「おやおやドリミ=サン。ご懐妊おめでとうございますデスw」 「子孫繁栄のため頑張ってくださいデスw ご愁傷様……デププププw」 「デェェ……」 妊娠したら多くの栄養が必要になる。 身重になるのでゲームプレイにも支障が出る。 そして何より……仔が生まれてしまえば育児に追われて自由にゲームをする時間が少なくなる。 妊娠したその実装石は人知れず藪の中に入り、自ら両瞼を傷つけて強制的に出産した。 「テッテレー! ウジチャン、爆誕レフ!」 「予定より早くないレフ? もうちょっとお腹の中にいたかったレフ」 「まあいいレフ。ママー、早くペロペロして……って、ママどこに行くレフ!?」 「ママ、ベタベタをとってレフ!」 「どうして抱いてくれないレフゥ!? なんで黙ってどっか行っちゃうレフ?!」 生まれた蛆たちを放置してコミュニティに戻った母実装は、迷うことなくゲーム機に手を伸ばす。 「いやーまいったデス。体調悪いと思ったら仔が流れちゃったデス。悲しいけどまあ仕方ないから切り替えていくデス」 仔よりもゲームが大事。 子孫繁栄よりもゲームが大事。 働くのも食うのも余暇にゲームをやるため。 第三期楽園の実装石たちは争いもなく、充実した毎日を送っていた。 その結果が……平均年齢16歳。 幼体時の成長速度の違いがあるから一概には言えないが、人間で言えば平均年齢80歳という、超々高齢化社会の実現だった。 かつては皆が青春の汗を流しながら必死になって追いかけたたくさんのゴムボールは、今は誰からも触れられることもなく、風に吹かれるまま楽園の中をただ転がり続けていた。 ※ 「……」 「……」 「……」 「……あの、博士」 「……なんだ」 「……もう、終わりにしませんか」 研究員たちは恐ろしく空虚な毎日を送っていた。 代り映えのない楽園。 ひたすら老実装たちがゲームをやるのを見ているだけ。 本人たちからすると確かに進歩しているらしい実装石の技術は、彼らにはまったく意味が解らない。 恐ろしくつまらない観察の日々。 これをもう十数年も無意味に送り続けている。 なんどリセットしたいと思ったことか。 なんど次の楽園を一から始めたいと思ったことか。 この楽園の結末は誰もが理解している。 だって、もう4年も仔から大人になった個体が出てきていない。 望んで妊娠する実装石は誰もいない。 生まれてもすぐネグレクトされて死ぬだけ。 調査の結果、現在10歳以下の実装石の7割はそもそも繁殖能力を失っている。 この楽園の良くつく先は……結末の姿は、あと数年先のことではあるが、誰の目にも明らかだった。 「刹那的な娯楽に溺れた結果、最期は少子高齢化で滅亡っすか……ははっ。なんか見覚えのあるデータっすね」 楽園計画が始まって相当な年月が経っており、すでに世の中は2010年代になっている。 人間の世界のどこぞの国も似たような道を歩んでいると考えると乾いた笑いしか出てこない。 「……リセット、しちゃいましょうよ」 15年前くらいまでなら、そんな提案を部下からされれば博士は怒りのままに銃を抜いていただろう。 しかし、あまりに退屈で虚しく絶望しか待っていない毎日を送って来た博士の胸に、かつての情熱は残っていなかった。 なによりこの停滞した楽園を続けるのは……実装石にとって、穏やかなぬるま湯の中の地獄に違いないと気づいてしまったから。 「…………ああ、そうだな」 ※ 「ふう、今日もいっぱい働いたデス」 「明日はいよいよ休日デス。一日中ゲームして過ごすデス」 朝から晩までひたすらポールを回し、自分が食べる分の数十倍のフードを出す仕事を終えた、とあるコミュニティの実装石たち。 年齢は13歳と16歳で、共に出産経験は無し。 休日にやるゲームだけを生きがいに、未来への希望はないが絶望もせずダラダラと生きて来た。 ポールを回して賃金(フード)を稼いだ後は岐路につく。 歩きながら、彼女たちは手にしたキカイに目を向けている。 周りを見回せば、どの実装石たちも視線は手元のキカイ……スマホのような小型ゲーム機に視線を向けていた。 仕事中こそまじめに働くが、生きがいはゲームのみ。 労働時間と睡眠以外のほとんどの時間を画面を見て過ごす。 活力はあるが、未来への道を閉ざされた平和で安穏とした実装社会。 そこに、突如として非日常が襲い掛かる。 「ヒャッハー! 糞蟲どもは消毒だー!」 バールのようなものを持った研究員が、コミュニティの一つに襲い掛かった。 楽園のリセットが決定したことで、最後の観察実験としてコミュニティの一つを手作業で破壊することが許可されたのだ。 彼はこの数年をくだらない観察研究に付き合わされた鬱憤を晴らすかのように即席の虐待派になり破壊と殺戮を行う。 上司の許可を得て積み上げてきたガラクタを破壊する。 その瞬間はとてつもない解放感を味わえる……と思っていた。 「死ねやオラァっ!」 「デッ」 目に付いた一匹の頭をバールのようなもので吹き飛ばす。 一撃で死に絶えた仲間の姿を見て、コミュニティに悲鳴の大合唱が上がると彼は予想していたが 「なんかやってるデス」 「シャメってジッソーネットに流すデス」 周りの実装石たちは一斉に手に持った機械を研究員たちに向ける。 スマホのカメラ撮影ようなものだろうか? 「な、なにを……ボケっとしてんだ糞蟲がァ!」 その姿にうすら寒いものを感じながらも、研究員はまた一匹を殴り殺す。 それでも悲鳴は上がらない。 目の前で起きた死に怯えるという本能すら、すでに彼女たちは失っているようだ。 バールのようなものを振りかぶり、スマホもどきを構えている一匹に近づく。 その実装石は逃げない、騒がない。 「テメエわかってんのか? 今からあいつらみたいにぶっ殺されんだぞ?」 「こいつなに言ってるデス?」 「誰だか知らないけどオマエはバカデス。幼稚で下品デス」 「そんなことをしたら空から降りて来たカミサマの使者に撃ち殺されるデス。そんなことも知らないデス?」 「これ以上続けるなら司法に訴えるデス。謝るなら今のうちデス」 「もうネットに流したデス。明日にはお前は世界(楽園内)中の笑いものデス」 「まあ話くらいは聞いてやるデス。一緒に水を酌み交わしてゲームして仲良くなるデス」 目の前の同族の無残な死を見てもなお、彼女たちの凝り固まった常識は揺るがない。 産まれる前からずっと続いてきた怠惰な平和。 自分たちに理不尽な死が訪れるなんてことは想像もできない。 殺されるその直前まで、彼女たちは驚きや恐怖の表情すら表すことをしない。 「ひ……っ」 生殖機能と同時に生物としての本能すら失った、ゲームだけが生きがいの実装石の集団。 いくら残虐に殺しても暖簾に腕押しが如く、虐待者に対してなんの愉悦も与えてはくれない。 彼がプロの虐待派ならばあるいは苦痛や拷問で強制的に反応を引き出すこともできたかもしれないが、ただ鬱憤を晴らしたいだけの即席虐待派にとって、理解のできない気味の悪い生物の集団は怖気にも似た不快感を覚えるだけだった。 ※ 結局、第三期楽園は食料供給を完全停止することで人為的に滅亡させた。 同時に実装石にとっての外敵である野犬を放ち、一部の地域には火災を発生させ、致死性の病を蔓延させた。 驚くほどに騒ぎは起こらず実装石たちは静かに数を減らしてゆき、野犬に生きたまま食われ、炎に焼かれ、病で体が腐り落ちて絶命するまで、彼女たちは一時もゲーム画面から目を離さなかった。 「なぜだ……」 博士は絶望していた。 自分はただ、実装石たちを幸せにしたかっただけなのに。 可愛くて可哀想な彼女たちに、パラダイスみてぇな世界を作ってあげただけなのに。 どれだけ危険を排除して、文化の成熟を助けようと、必ず彼女たちの社会は狂ってしまう。 ネズミの実験のように、人間社会のように、あるいはそれより酷い形を辿って。 「実装石は幸福を求めてはいけないのか……? 飢え苦しみ、虐げられる姿こそが、種が生き延びる必要な条件だというのか……?」 trrrr…… 「はい、もしもし」 「ワタシザマス。村咲窈窕ザマス」 「ああどうも……」 パトロンからの電話に博士は沈痛な気持ちで対応した。 久しぶりに会話するが、村咲さんはずいぶんとおばさん臭い喋り方をするようになった。 この間ローカルテレビでも見かけたが、外見も初めて会った頃からは想像もできなかったような見事な紫BBAに成り下がっている。 「そろそろ私も行動を起こすザマス。すべての実装ちゃんが幸福に暮らせるパラダイスみてぇな都市をつくるザマス。手始めに双葉市を実装ちゃんのために大改造するザマスから、あなたの研究結果を元に市内に楽園を作って欲しいザマス」 「……わかりました」 金を出してくれた出資者の希望にはしっかり応えなくてはならない。 三度の楽園は、決して満足のいく結果にはならなかったが。 「明日までには、まとめておきます」 結局、博士は一晩で研究結果を捏造し、とてもつまらない『楽園』を村咲に提供した。 大勢のブリーダーに管理させ、一見すると自然な環境に見せかけただけの、ただの安全を保障されただけの大規模な野良の集団飼育という偽りの楽園を。 ——つづく。