「デ……?」 「ここは、どこデス?」 三度目になる始まりの実装石たちが目を覚ます。 彼女たちもまた、元野良、元山実装、捨てられた元飼いなど様々な環境から集められた者たちだ。 ただし、過去二回とは異なる点がある。 今回の始まりの実装石の数は10匹。 うち2匹は戸惑うことなく先立って歩き始めた。 「みんな、こっちに来るデス」 その2匹……仮称・先導実装は他の8匹を食料供給所へと連れていく。 今回の供給所には今までのような山と積まれたフードは見当たらなかった。 代わりに、いくつものポールが立っている。 ポールにはすべて横棒がついており、ちょうどカタカナの『ト』のような形をしていた。 「これ、なんデス?」 「こうするデス」 他の実装を先導した2匹がポールの横棒に腕を添え、ぐるりぐるりと回転させる。 ポールが三回転すると、台座の隙間が開いてフードがひとつ飛び出してきた。 「デッ!?」 先導実装はその場で座ってフードを齧る。 その様子を見ていた他の実装石たちが彼女たちに羨ましそうに話しかけた。 「ワ、ワタシもお腹すいたデス……ごはん分けて欲しいデス……」 「デシャァ! お前ばっかり食ってないでこっちにも寄越すデスゥ!」 居丈高な個体に対しても先導実装は怯えもしなければ怒りもしない。 ただ、冷静にいま彼女たちがすべきことを伝える。 「食いたきゃ自分で『働く』デス。それを回せばフードが出てくるデス」 ※ 第三期・実装楽園。 空虚感が蔓延し絶滅した前回の反省を踏まえて、今回はあえて一つの制限をかけてみた。 それは『食事を得るために労働を必要とする』ということだ。 前回と比べてやや複雑な環境なので、サクラとして先導役の躾済み実装を混ぜてある。 実際にみんなの前で労働してみせ、フードの出し方を他の実装石に学ばせる役だ。 労働と言っても、やるべきことは用意したポールを三回転させるだけ。 それだけで一食分の大粒フードを得ることができる。 普通の成体なら10秒とかからない、極めて単純な作業である。 公園野良や山・里実装の食料集めの苦労と比べれば何もしないも同然の楽さだ。 「この程度でも、生きるための活動が必要ならば前回と同じ道は辿るまい」 「そうかもしれませんけど……これだと働かない奴が出てきません?」 「働かなければ飢えるだけだよ。そして、実装石はそこまで愚かじゃない」 どんな糞蟲だって、飢餓による生命の危機が及べばできることをやるはずだ。 その内容がポールを三回転させるだけなら、他の実装石を虐げて奴隷化させるよりも簡単である。 まあ、それでも短絡的な暴力を選ぶ個体も出てくるだろうが…… 「あ、監視ラジコンがレーザーを発射。撃たれた実装石は死亡しました」 「そうか……」 第二期と同様に暴力抑制の監視ラジコンも稼働中だ。 どうやら先ほど大声を出していた個体が先導実装を石で殴ってフードを奪い取ろうとしたらしい。 ただ、前よりは暴力の定義を緩めにしており、軽い諍い程度なら見過ごす設定になっている。、 他者を奴隷化させるつもりで暴力を振うような、よほどのレベルの糞蟲でない限りは殺されることはないだろう。 今回はよほどの糞蟲が混じっていたようだが。 気の毒だが彼女には暴力のない未来への礎となってもらおう。 ※ 第三期が始まって10日め。 最初に死亡した一匹を除いた全員がすぐに食料調達の方法を覚えた。 彼女たちは朝昼晩と、お腹が空く時間が迫ると、自主的に働いて食事を得る。 この頃には周囲に自分たちを脅かす存在もないことに気づいて安穏とした生活を送り始めた。 そのタイミングで2匹の先導実装は次の行動を起こす。 「えい、やっデス!」 「なんのデス!」 2匹がボールを蹴っている。 運営が用意し、あちこちに無造作に配置したビニールボールだ。 それを見た他の実装石たちが集まって来た。 「ボール遊びしてるデス? 暇だからワタシたちも混ぜて欲しいデス」 先導実装はチッチッチッと腕を振った。 「これは遊びじゃないデス。ワタシたちがやっているのは『デッカー』というスポーツデス」 「『デッカー』デス!?」 簡単に言えばサッカーのようなものである。 ただお互いに球を転がし合うだけではなく、明確な勝ち負けがある競技だ。 とはいえルールは単純。 地面に石で長方形のコートを描き、敵味方それぞれのゴールポストを立てる。 相手のゴールポストにボールを当てた方が勝ちだ。 当初はもっと複雑なルールを用意していたが、研究員たちが事前に野良実装石たちを集めて事前の調査をした結果、これくらい単純なルールじゃないと理解できない個体がいるとわかった。 もちろん、どれだけ単純化したところで実装石に共通の遊びのルールを守らせるのは至難の業だ。 「ゴールの棒にぶつけるだけならボールを運んで投げた方が早いデス! わざわざ足で蹴るなんて面倒デス!」 こういった賢しい個体も当然現れる。 なので…… 「チッチッチッ、デス」 「な、なんデス……」 「ボールを持って投げるのは『ダセエ』デス」 「『ダセエ』デス!?」 先導実装たちには相手のプライドを刺激させることでルールを学ばせる。 間違った行為を馬鹿にして、相手にそれが恥ずかしいことだと思わせる。 「じゃあ、力づくでボールを奪うデス! ボディアタックをくらえデス!」 「デッ……相手に体当たりをするのも『ダセエ』デス」 「これもダセエです!?」 「デッカーではボールは足で奪うものデス。足で奪い、蹴ってゴールしてこそ『カッケエ』んデス」 「か、カッケエ……デス……!」 同時に正しいルールに乗っ取ったやり方はカッコイイのだと教えてやる。 命がけの生活ならともかく、安全な環境の中で行われる余暇の遊びなら反発も少ない。 浸透させるのは難しいが、やがて多数がルールを当たり前と認識すれば、それが常識になるだろう。 「ゴール、デス! これなら文句ないデス!?」 「はぁはぁ……負けたデス。オマエはデッカーが上手いデスね。『カッケエ』デス」 「デププププッ! そうデス、ワタシはカッケエデス! そんなカッケエワタシは敗北者であるお前に命令するデス! フードを出して来て寄越すデス」 「チッチッチッ、デス」 「な、なんデス。ワタシは勝ったんだからこれくらいの要求は当然……」 「勝ったからって偉そうにするのは『ダセエ』デス」 「これもダセエデス!?」 「勝者が得られるのはただ名誉のみデス。だからこそデッカーで勝ったものは『カッケエ』んデス」 「名誉……カッケエ……デス」 少しずつ、少しずつ。 時間と手間をかけてルールとスポーツマンシップを学ばせる。 先導実装たちはそんな難しいコーチ役を務められるほどにしっかりと教育してある。 とても難しい役割だが、これさえ乗り越えれば明るい未来が待っている。 怠惰にならず、命を奪い合うこともなく、健全に競い合える実装社会が。 ※ 第三期が始まって二か月が過ぎた頃。 すべての始まりの実装石たちは、デッカープレイヤーとして日々を楽しんでいた。 彼女たちはお互いに競い合って健全な汗を流している。 「オマエラ~! デッカーやろうぜ、デス!」 「おうデス! 労働して昼ごはん食べた後に広場に集合デス!」 最初は1対1から始まったデッカーだが、現在では同人数を集めてのチーム戦が主流になった。 朝起きたら労働(ポール三回転)してフードを食べ、周囲を散策。 昼の労働してフードを食べ、午後はデッカーの練習と模擬試合。 日が暮れる(施設天井のライトが暗くなる)頃に夜の労働をして、しばし周りと談笑。 「今日はうちのチームが完璧に大勝利だったデス。中でもオマエがいちばん『カッケエ』だったデス」 「たまたまボールが集まって運が良かっただけデス。もっと努力してお互いにがんばるデス」 「もちろんデス! 明日は活躍して『カッケエ』になるデス!」 スポーツによって健全な環境を整えているからか、はたまた同じ競技を楽しむ仲間たちとの友情が芽生えたのか、第三期の始まりの実装石たちはみな非常に仲が良かった。 努力するのはカッケエ。 調子に乗るのはダセエ。 仲間と協力するのはカッケエ。 ズルをして出し抜こうとするのはダセエ。 デッカーを通じて青春の汗を流す日々は、彼女たちの精神をも健全にしていった。 「それもいいけど、明日の朝はちょっとみんなで遠出してみないデス?」 「遠出、デス?」 「それも楽しそうデス。たまには気分転換もいいデス」 「他にもごはんが出てくる場所があるかもしれないデス。探しておくデス」 生活のすべてがデッカー漬けにならないよう、先導実装たちは午前中は周囲の散策を勧めている。 足腰を鍛えるのも基礎トレーニングになるので文句を言う者はいなかった。 先導実装たちはリーダーとしては振る舞わない。 あくまで他の実装石たちを先導するだけ。 時にはわざと負けたり譲ったりして公平に接する。 そして、三か月めに入ろうとする頃…… 「そろそろ、いいデス?」 「ああ。十分に浸透したデス。博士から与えられた役目はしっかり果たしたデス」 楽園第三期の方向性をある程度作り出した先導実装たちは、ある夜こっそりと他の実装石たちの寝床に花を置き、皆が妊娠したのを確認するとひそかに楽園から去って行った。 ※ 「いいぞ、いいぞ……今回はすごくいいぞ……!」 第三期が始まって半年頃。 実装石たちは順調にその数を増やしていった。 みな仲が良く、健全に競い合う間柄の第三期の実装石たち。 ひとつの食料供給労働所の周辺には親仔合わせて80体ほどが共同で生活している。 生まれた仔たちもある程度まで成長するとデッカーに夢中になって、同年代同士で技術を競い合っていた。 驚くべきことに他人の仔に授乳を行う母実装や、妊娠中の個体の代わりに労働を代替しフードを渡してやる個体まで自発的に現れた。 第三期の共同体にはオサやオウサマのような支配者は存在していない。 複数の家族が供給所ごとに大きなひとつの小屋で規律のある暮らしを送っている。 姉妹愛を思わせるチームワークをもって、血縁関係のない実装石たちが争うことなく共に過ごしている。 そしてそんな集団は他人の仔に対しても優しく接し、なんと仔の死亡率は2%を下回った。 誰もが健全な肉体を持ち、食糧も安定しいて、蛆の発生率も極めて少ない。 運動が適度に精力を増強させるためか、繁殖にも積極的だ。 仔を作り育てることは将来のチーム増強に繋がる。 そしてある程度に頭数が増えれば特に仲の良い何匹がでまとまって事前に探しておいた別の労働供給所に移動する。 暴力に頼らない生きがいと娯楽、そして生きるための労働を与えてやるという第三期のテーマは大成功だった。 スポーツという共通の柱があるとはいえ、奇跡のような環境に仕上がったことに博士は目を輝かせて喜んでいた。 「運動など馬鹿のやるものだと思っていたが、健全な肉体には健全な心が宿るものなのだなあ! よおし私もサッカーを始めてみるか!」 「博士、博士。歳を考えてください」 研究員に掣肘されても笑って流すほどに博士は浮かれていた。 これこそまさに博士が幼いころから夢見た実装石の楽園の姿だったから。 「それに、まだ気は抜けないですよ。この後に予想される『アレ』を乗り越えなくちゃ」 「む……そうだったな」 とはいえこんな良い環境が未来永劫続くわけはない。 不安要素はまだまだ無数にあり……そのうち一つは誰もが容易に想像できるほど明らかな問題が存在していた。 ※ 「ツバ=サン! デッカーしようぜ、デス!」 「……いや、ワタシはいいデス」 その実装石は仲間からの誘いを気だるげに断り、小屋の隅でごろりと横になった。 「具合でも悪いデス? まあ、みんな夕方までやってるから気が向いたら来るデス!」 「……」 断られてもさわやかに去っていく仲間の足音を背中で聞きながら、ツバという個体名を持つその実装石は低い声で呟いた。 「デッカーなんてなーにが楽しいデス。ちっとも活躍できなくてイライラするだけデス」 実装石の運動能力は個体によって異なる。 趣向は全体の流れでそれとなく誘導できても、誰もがヒーローになれるわけではない。 勝っても得られるものは名誉だけ。 とはいえ、負けが続けば嫌になってくる。 爽やかに「次は負けないデス」なんて言えるのは、努力すれば活躍できる可能性がある者だけだ。 ハッキリと言えば、彼女はデッカー社会である第三期の負け実装であった。 勝てなくても食えなくなるわけではないが気分はカースト底辺。 鬱屈した気分で悶々と過ごす彼女は他の実装石たちのように充実した日々を過ごすことはできなかった。 ※ 「予想通り、群れに馴染めない個体が現れ始めていますね」 「勝ち負けのある競技を核にしている共同体である以上は避けられないことさ」 集団が大きくなるにつれどうしても避けられない個体格差。 格差社会での底辺層は群れから距離を置いて異常行動をとり始める。 マウスの実験では発生し、自然環境や第一期の楽園では駆逐されるが故に発生しなかった、ひきこもり個体。 彼女たちを負け実装と切り捨てて放置するのは楽園の蟻の一穴になる可能性があった。 「では次のテコ入れを行おう」 今回の第三期楽園では実装石たちをしっかり正しい方向に導いていく。 ただし『飼育』や『支配』にならないよう、あくまで陰からさりげなく。 ——つづく。