楽園経過報告。 投入された実装石たちは戸惑いつつも環境に適応。 最初の供給所に居ついた元公園実装にやや糞蟲傾向がみられるものの、有り余る食料もあって積極的に周囲と争う兆候はなし。 3日目にはすべての実装石が供給所からフードを取得。 屋根のある小屋を拠点として生活するようになる。 4体は最初の供給所から移動せず。 3体が隣の供給所で互いに距離を取りつつ定住。 元飼い実装の1体は(恐らく飼い主を求めて)供給所を渡り歩いていたが、8日目の時点で放逐地点から1km離れた第七供給所に定着。 一か月経過。 最も慎重だった元・山実装を含めて全個体が楽園に外敵が存在しないことを完全に理解する。 第一供給所で軽い小競り合いが発生。 双方すぐに引いたものの、争いを見た別の個体が供給所を移動。 第二供給所に先客がいたと知ると、そこを避けて第三供給所まで移動し定着する。 その後、しばらく状況に変化なし。 元・公園実装が完全に糞虫化して所かまわず糞をまき散らすようになる。 人口雨による集中洗浄強化を指示。 六か月経過。 第一供給所を縄張りとしていた個体のひとつが妊娠。 糞蟲化していた個体だったが、別人(石)のようにおとなしくなり、日がな胎教歌を歌って過ごす。 実験開始から198日め。 ついに楽園で最初の仔が生まれる。 4姉妹、すべて体調に問題なし。蛆、親指なし。 それを見て安心したのか他にも妊娠する個体が現れ始める。 「フフ……いよいよ増殖が始まったな」 博士は身を乗り出すようにモニターを注視し微笑んでいた。 その隣でデータを取っている研究員はげんなり顔である。 愛らしい実装石たちの姿を見ながら仕事をするのは愛護派にとっては天国だ。 しかし、ほとんどの無関心派にとっては良くて退屈、もっと言えば苦痛でしかない。 楽な仕事のわりに給料は破格であるが、すでに3人が辞めて別の研究者に交代している。 比較的成長の速い実装石とは言え、マウスに比べれば世代の入れ替わりはずっと遅い。 この楽園計画は数年単位で実装石の相手をしなければならず、簡単に見えて誰でもできる仕事ではなかった。 なお、一度だけ「実装石と関わる仕事ということはヒャッハー!」と勘違いした虐待派が研究員募集に応じて派遣されたが、面接の時点で正体を見破られ博士の手で秘密裏に砲殺されている。 ※ 楽園経過報告。 実装楽園稼働から2年経過。 仔が成体になる前の死亡率は10%以下をキープ。 すでに第五世代が生まれており、楽園内の実装石の総数は先日500体を超えた。 それと同時に実装石同士の争いがよく見られるようになる。 「第一供給所で食料の奪い合いが頻発しています。現在は殺し合いにまでは発展していないようですが、いずれは時間の問題かと」 「辛いが今は耐えるしかない」 食料の供給は無限だが、時間帯あたりの供給量は有限である。 ひとつの供給所が賄える実装石の数は安定して100体まで。 それも公平に分け合った場合の話である。 「我々が手を貸せばその時点で実装石の楽園とは言えなくなる。いずれ彼女たち自身が気付いてくれるのを待つさ」 博士の祈りが通じたのか、争いに加わっていた実装石の中から他の供給所に移動する個体が現れ始めた。 食料が足りなくなったら別の場所に移動すればいい。 その事実に気づいてくれさえすれば、まだまだ住み分けて繁殖し続けてくれるはずだ。 愛護と称した家畜的飼育を憎悪する博士だが、逆に「自然の中の死」ならばそれはある程度は受け入れるべきと思っている。 故に楽園環境下における実装石同士の争いを掣肘する気は一切なかった。 たとえそれで仲間内の殺し合いが発生し、多くの死者が出ようとも。 ※ 楽園経過報告。 実装楽園稼働から3年が経過。 仔が成体になる前の死亡率は15パーセント以下をキープ。 楽園内の実装石は先日5000体を越えた。 「すごい勢いで増えてますね……」 「このペースならあと2年もあれば10万体に達するかもな」 「第二楽園の施設は完成済み、第三楽園も建設に取り掛かっています。必要ならいつでも開けますよ」 「実装石の食料配給は滞ってないか?」 「はい。今日もトラック3台分が倉庫に届いてます」 「そうか」 楽園の実装石を飢えさせないためのフードの生産工場も同時に建設した。 ちなみにフードの材料は外で駆除された野良の実装石や野生の山実装である。 まあ、いずれすべての実装石が楽園に住むことになるのだから、それまでの尊い犠牲と言えるだろう。 「さあて、例の『群れ』はどうなったかな?」 この辺りに来ると実装石のコミュニティにも変化が表れ始める。 外の生活環境では決して起こりえなかった、奇妙な変化が。 ※ 「四番目の。これが今日の分のお前の家族の餌デス」 「はっ! ありがたくいただきますデス!」 「五番目の。これが今日のお前の家族分の餌デス。お前は仔が生まれたばかりなので少し多めにくれてやるから、健康を大事にするデス」 「ありがたき幸せデス!」 「感謝は働きで返すデス。これからもワタシに忠誠を尽くすデス」 実装石も群れればコミュニティを作る。 家族単位で緩やかなつながりを持つ公園の野良実装。 オサを中心に包括的な縦社会集団を形成する山実装。 楽園におけるコミュニティは山実装のそれに近い。 ただ異なるのは、オサに対する忠誠心の高さだろう。 「この前隣のコミューンのガキがちょっかいかけてきやがったデス」 「おお、こんど挨拶に行かないとデス。我々に歯向かうとどうなるか『理解(わか)』らせてやるデス」 コミュニティから離れると即座に死が待っている山実装と違い、楽園では集団から離れても別の食糧供給地点に行けば暮らすことができる。 だから研究者たちは当初、コミュニティが作られるならば公園の野良実装に近い形になると思っていたのだが…… 「この世界で最強の『クニ』は我らの『オウサマ』が治める第一コミューンデス。デプププ……」 彼女たちは食料を手に入れるため苦労をすることがない。 そのため空いた時間と心の余裕をコミュニティに捧げ始めた。 結果として山実装にも見た縦社会を自ずと築くことになる。 オサに当たる集団のトップはいつからか『オウサマ』を自称するようになった。 多くの実装石の上に立つオウサマが気分を良くするのは当然として、彼女に仕える下の者たちも決してただの非支配層ではなかった。 クニを守るメンバーの一員として自分の地位に誇りを持ち、集団のために己の身を捧げる様はまるで誇り高い騎士のようでもある。 「オラァ! 第一コミューン特攻一番機、ミドラーシュ様のお通りデスゥ!」 オウサマは自分のコミューンに属する実装石に名前と身分を与え、供給所の食料を彼女たちに配給する。 このシステムを通さずに勝手に食料を取ろうとした者はコミューンの総意に基づいて罰せられる。 結果として、配給所を中心に『クニ』という名の群れが成り立った。 「珍しい形の群れですけど、まあ別に問題にするほどではないでしょうね」 「もともとが強い社会性を持つ生き物だ。仲間内で協力し合うならそれに越したことはないさ」 博士たちは楽園と言う特異な環境で発生した新たな形の実装コミュニティの発生に満足し、このまま問題ないとして観察を続けることにした。 ※ 楽園経過報告。 実装楽園稼働から4年が経過。 仔の死亡率は12パーセント前後を推移。 ただし、成体実装の死亡率が目に見えて増え始める。 理由はコミュニティ同士の争いが頻発する為である。 「今日こそ『第五』のカスどもを皆殺しにして餌場を奪うデスゥ!」 「返り討ちにしてやるデス『第八』のブタ共! お前らの肉を我々のカミに捧げるデスゥ!」 実装石のクニはさらに領土を拡大する。 複数の食料供給地点を支配する国家も現れ始めた。 彼女たちは周囲の環境を利用して建物を増改築もし始める。 オウサマの住む場所は宮殿と呼ばれる、壮大な規模になってした。 「グリコ。ママは戦場に行ってくるデス」 「行ってらっしゃいテチ。武運長久を祈るテチ」 「もしママが武運つたなく戦場で果てたら、その時は……」 「わかってるテチ。ワタシがこの『ドリミ家』の嫡女としてオイエを次いでオウサマに忠誠を尽くすテチ」 クニの実装石には外のコミュニティには見られない特徴を現した。 支配者が自分の仔に跡目を継がせようとするコミュニティは野良でも見られる(大抵は上手くいかず即座に滅ぶ)が、 ここの実装石は支配階級だけでなく、被支配階級の戦士身分も『イエ』という意識をもって自らの地位を娘に伝えていた。 個体よりも己の家系を大事にする直系家族。 食料問題がなく、また人の手による飼育も受けない実装石。 彼女たちはこの楽園で、他にはない独自の進歩を遂げたと言えるだろう。 このような社会環境は非常に権威的であり、また劣る者への差別を是とし、仔への教育も熱心である。 結果としてその他の核家族実装に比べて強力な戦闘力を有するようになった。 「『第一』所属グリドル家、当主キミドリ=グリドルよ」 「はっ!」 「貴君を第一の筆頭家老に任ずるデス。これからもオクニのために奮励努力するデス」 「あ、ありがたき幸せデス!」 そして数々の「お家」を束ねた「クニ」はますます強大化していった。 一つのクニは一つ、あるいは複数の配給所を支配し統治する。 もはや配給所から食料を得るためにはオウサマに服属しクニに所属するしかない。 そしてクニの中では厳密な階級が存在し、高い階級に属する者がより多くのフードを与えられ、良い住処で暮らすことができた。 まさしく人間と同様の階級社会。 力ある者が統べ、暴力と権威がモノを言う国家そのものだった。 そして国家としての集団の『力』は、戦争でこそ真価を発揮した。 「キミドリ=グリドル、先陣を切るデス!」 「なんの! このワタシ、パイナプ=ドリミこそが此度のイクサの一番槍デス!」 「オイエのために! そしてオクニのために! この命、捧げるデス!」 御恩と奉公。 忠誠心が高く、権力欲や向上心を高く持つ実装石たちの身体は闘争を求め、その版図を広げていった。 ※ 「ちょっと変わってるけど、ここまでは、まあ想定内ですかね」 「ああ。ネズミにできたことを実装石ができないわけがない」 実際のところ、疑似国家の発生自体は動物にとっても特別なことではない。 野生でも自然とボスがまとめる群れはできるし、自分たちの縄張りを広げようとするのも生物なら当然なことだ。 先日、アメリカで行ったマウスの実験でも似たような現象が起こったという。 群れのリーダーがエサ補給場を占拠し、その下には付き従いつつも隙あらばボスの地位を狙う戦士のような構成員たちがいた。 楽に十分な食料と安全を得られる環境とはいえ、常に下克上を狙い、他集団と戦う集団の様は人も獣も変わりはない。 「ネズミの実験ではこの後、集団に属せなかった個体が異常を起こすんでしたっけ」 「そうらしいな」 マウスの実験では格差が拡大した結果、秩序が破壊され、やがて異常行動が蔓延し群れ全体が生殖能力を失ったと聞く。 十分な安全と食料があるにも関わらずに最終的に絶滅という結果となったそうだ。 人間社会の行く末を暗示するかのようなその結末は興味深くもあるが、おそらく実装石がその轍を踏むことはない。 「まあ見ていようじゃないか。楽園に住まう実装石たちの行く末を……」 ※ 結果として、博士の予想はある意味で当たっていた。 「や、やめてくださいデス。ワタシはただ歌をうたって平穏に暮らしたいだけデス。少しの食べ物さえ分けてもらえれば、ちゃんと貴方たちに服属するデス。絶対に逆らったりしないから放っておいて……」 「黙れデス!」 「デギャアッ!?」 クニに属さず、配給所から離れたところにひとり暮らしていたその実装石は、鋭く尖った石の武器を持つ戦士実装に斬り殺されて絶命した。 「弱い者に生きる資格はないデス。服属か死か、あるいは戦って勝つしか道はないデス」 集団としての自意識を極限まで肥大化させた実装石たち。 十分な食料と生活圏を保障された彼女たちは、命よりも『誇り』を重んじる気質が出来上がっていた。 故に、弱い者は許さない。 食い物は余るほどあるが分けてやるつもりはない。 マウスの実験では権力闘争から逃れて異常行動を起こし始めたひきこもり集団は発生せず、すべての実装石はクニに飲み込まれていった。 そしてクニはさらに大きくなる。 オウサマたちの治めるクニは数十の配給所を支配下に置く領域国家を形成。 人間ほどではないが、マウスを遥かに超える意思伝達能力と命令系統をもって、彼女たちの領土は際限なく大きくなっていった。 「命を惜しむな、武器を取れデス! 名こそ惜しめよ、死地へと向かえデス!」 ※ 「これは、マズいぞ……」 博士は焦っていた。 クニが大きくなるにつれて、明らかに全体の個体数の伸びが鈍化しているのだ。 理由は主に二つ。 クニの構成員たち誰もが国家に貢献し出世することを第一に考えるあまり、出生率が下がっていること。 妊娠中は戦うことができない。 また、子育て中はそのためにある程度の拘束を強いられる。 残念ながら子育て期間中の保障を国家が用意するほど社会福祉は充実しておらず、そもそも実装石ではそんなシステムは思い付きもしないだろう。 第二の理由は言わずもがな。 戦争における死者数が増加の一途を辿るばかりだからだ。 命よりも名誉を重んじるクニの実装石たちは死ぬことも殺すこともためらわない。 国家が大きくなるにつれ戦闘の規模は大きくなり、先日の仮称・ミドリ国とグリーン国の会戦では一度の戦闘で2000匹の実装石が死亡した。 実装石の総数はすでに3万を超えているとはいえ、これは決して無視できる数値ではない。 「どうします? さすがに手を入れましょうか」 「いや……必要ない」 部下の提案を博士は一蹴する。 ここで人間が手を貸せばそれは実装社会の敗北だ。 大丈夫、乗り越えられるさ。 人間だって今世紀初頭には愚かな戦争を繰り返してきた。 その反省から平和や理想社会を求めるようになったし、優しくもなれた。 いまは真の楽園を築く前の試練の時に過ぎない。 博士はそう信じたかった。 ※ しかし…… 「いくデス! グリーン国の奴らをぶっ殺せデスゥ!」 「オクニのために! オウサマのために! 殺って殺って殺りまくるデスゥ!」 実験開始から6年目。 現在、クニは統廃合を繰り返した結果「ミドリ国」「グリーン国」「ヴェルデ国」の三大国に集約された。 クニに属さない実装石はほぼおらず、いてもすぐに狩られるか仔も成さずにただ隠れ生きてい死んでいく。 三国合わせてすでに第一楽園の80%を支配しているが、彼女たちがすでに開け放たれた第二楽園への門へ向かうことはなかった。 第一の未開拓領土にも興味を示さず、彼女たちはただお互いに殺し合うことだけを続けている。 全体の出生数を死亡数が上回ったのは約一か月ほど前のことだ。 「オラオラオラァ! 来てみやがれデス! 何匹で来ようと薙ぎ払うデスゥ!」 マシンガンのような兵器を構えて乱射するグリーン国の戦士実装。 この半年で彼女たちの技術力は飛躍的に向上していた。 はじめは水車を、次に密閉した糞が膨張するときの爆発力を利用した『糞気機関』を発明。 実装ドドンパの原理と同様のエネルギー装置を自ら生み出し作り上げたのだった。 「グェェッ」 「く、苦しい……苦しいデスぅ……!」 さらに野草を調合し、コロリの効果をもつ弾薬も発明。 グリーン国が作り出した新兵器マシンガンは敵実装たちを次々と薙ぎ払っていった。 「なんの! こっちも新兵器を投入するデス! えいデスっ!」 「デ……グエエエッ!? 息が、息ができないデスゥ!」 「箱をクルマに乗せてみたデス! これで一気に突撃しつつ敵の真ん中で砲を撃つデス!」 「こっちは(短距離だけど)飛ぶ乗り物を作ったデス! 空からグリーン国の奴らを虐殺しまくってやるデス!」 対するミドリ国やヴェルデ国も次々と兵器を発明。 気化駆除剤や戦車もどき、航空機もどきを作り出して敵国に対抗した。 「セイヤッ、デス!」 「デ……」 そして彼女たちの文明の象徴でもあり戦士としての魂でもある『腕輪にはめて使う剣』は、すでに敵実装石の身体を一撃で両断するほどの鋭さを持っていた。 ※ 「は、博士……これは、もう……」 食料と安全を保障した特異な環境に置いたためか、実装石の文明の進歩は研究者たちの想像をはるかに超えていた。 このままでは実装石は殺し合いで全滅……いや、場合によっては楽園を管理している研究者たちに牙をむく可能性だってある。 「こいつらが外に出たら、もう完全にバイオハザードですよ」 「実装石だからって侮ってる場合じゃありません。研究結果としては興味深いですけど、終わらせ方を考える段階では?」 現代人基準で見れば愚かな行動をとることの多い実装石。 しかし、彼女たちは紛れもなくこの地球上で唯一、人間に迫る知性を持つ生物だ。 愚かなところも言い換えれば人間とは大きく行動原理が異なるだけ。 人間と似て非なる異種族。 好意的に解釈すれば『小さいだけの人間』と呼べる彼女たちが一定の文明を築けば、それは現生人類にとって恐ろしいほどの脅威となるだろう。 今ならまだ研究所にある設備で駆逐できる。 こいつらがいずれコロリなどの毒に対する対抗技術を生み出したら、もはや民間でどうにかできる範囲を超えてしまう。 「いや」 しかし、博士は首を横に振った。 「もう少し様子を見てみよう。なあに、みんな心配しすぎだ。たかが実装石に何をそんな恐れることがある」 「で、ですが……」 欺瞞である。 博士は研究所の中でも誰よりも実装石の底力を信じている。 たかがなどと思ってもいないし、その脅威は言われるまでもなく十分に認識していた。 「いざとなればリセットだってできるんだ。それよりもちゃんと監視を続けて、データを纏めるのに集中しろ」 「はい……」 博士はまだ信じていた。 この期に及んでもまだ、実装石が英知をもってこの状況を打破することを。 人類が乗り越えられた危機を彼女たちが乗り越えられないはずはないと。 その結果として人類にとって脅威となるほど実装文明が発達しようが、それはむしろ喜ぶべきことだと。 だが多くの人間にとって幸運なことに、博士の願望が実現することはなかった。 ※ 「こ、このままではヴェルデ国は滅ぼされてしまうデス……その前に、なんとしても『アレ』を……」 一匹の実装石が、楽園の端のとある場所へやってきていた。 そこは上空から続く長いパイプの終着点。 彼女は三か月前に偶然ここを発見し、その謎の設備の研究に生涯を費やしていた。 研究と観察の果てに、ついにその正体を突き止めることに成功。 それが『決して開けてはいけない地獄の蓋』であることを知った。 「デププププ……ミドリ国やグリーン国の糞蟲どもに滅ぼされるくらいなら、いっそ……!」 そして彼女は国家に対する忠誠心熱きヴェルデ国民のひとり。 祖国の滅亡が目前に迫った今、躊躇することなく地獄の蓋を開く。 「みんな、死んじまえデス!」 地獄の蓋——万が一楽園が暴走した時のため研究所が用意した、超強力気化コロリ剤散布口を。 ※ 翌日。 研究所の職員たちが出勤したときには、すべてが終わっていた。 「北東地区、全滅……生き残りは一匹もいません」 「南東地区も、南西地区もです。第一楽園は屋内に至るまで完全に死体しかありません」 「念のため第二楽園に入り込んでる生き残りがいないかもチェックしろ。いくら時間をかけても構わん」 「はい」 楽園計画は思わぬ形で幕を閉じた。 マウスの実験のように緩やかな終末を迎えることはなく、それはほんの一晩で起こった。 まさか研究所の駆除設備に気づいて、それを利用するなんて。 それにしても集団自殺のような手段を選んだのは、クニという複雑な社会を持った実装のパーソナリティが故か。 「ああ、なんてことだ……!」 博士は顔を覆って泣いていた。 やはり争いを放置したのは間違っていた。 この全滅は過度な期待をかけ過ぎた自分の責任だ。 「楽園計画、失敗ですね」 「ああ……『最初の楽園』は失敗だ」 「え?」 自由に任せ過ぎたのは間違いだった。 やはり、実装石は人間が正しく導いてやらねばならん。 指導する絶対者が必要だ! 博士は立ち上がる。 そして見開いた目で傍らの研究員を睨む。 「ひっ……!」 「次はもっとうまくやる。さあ、第二楽園の始まりだ。予算と時間は十分にあるぞ!」 ——つづく。