タイトル:【虐?】 大好きな実装石
ファイル:大好きな実装石.txt
作者:匿名 総投稿数:非公開 総ダウンロード数:889 レス数:8
初投稿日時:2023/01/13-13:04:27修正日時:2023/01/15-21:31:40
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■



社畜な日々に心底疲れた私は、もう限界だと連休を取った。
予定があるわけではない。温泉旅行に行きたいわけでもない。

ただ、癒されたかった。
ゆっくりした時間を過ごしたかった。

だから。
有休の初日の早朝、双葉公園へ出かけ、大好きな実装石を捕まえてきた。



デスデスデス!
テチャー。
テチテチ!
レチ。

茂みの中のダンボールハウスを3つほど開けて、
目についた野良実装石をトングで掴んで市の指定実装ゴミ袋に詰める。
いっぱいになったところでささっと帰った。

自室でゴミ袋を開け、中を確認する。
成体2匹、仔実装10匹、親指が2匹だった。



デスデス!

成体はかさばるのでそのままゴミ袋の中に放置。あとで袋の口をしっかり縛った。



キッチンのテーブルの上に置いてある3つの水槽に雑に4匹づつ入れる。

テチャア!
テッチテッチ。
テチューン♪
レチィー。

仔実装たちの控えめな鳴き声が心地いい。

私は水槽の蓋を閉めると、朝食の準備を始めた。



濃い目のコーヒーを淹れ、パンをトーストし、ベーコンエッグを焼いた。
頂き物のお高そうなマフィンも開けちゃおう。

小さな3つの水槽が乗っているテーブルにそれらを並べると、私も椅子に座る。

気持ちのいい朝だった。



■



パンにマーマレードジャムを塗り、一口。おいしい。
コーヒーのいい香り。まずはそのままブラックで。
あんまり豆には詳しくないけど、コーヒーもおいしい。



テチャー。
テチュ?
テッチューン。
レッチ。

はじめは怯えてなるべく水槽の隅に身を寄せ合っていた仔実装たち。
私には個体の区別なんてつかないから、ただ4匹づつ水槽に入れただけだ。
親実装や姉妹と引き離された仔もいたかもしれない。
たぶんいただろう。きっといた。いたんじゃないかな。マチョト覚悟はしておけ。

それを悲しんで、テェンテェーンと鳴いていた仔もいた。
それぞれ、自分の身に何が起こったのか分からずにパニックを起こしていた。



驚くことに、この10センチ程度のヒトガタには知性があるから、
こんなに小さいのに、まるで人の真似事みたいに、泣いたり笑ったりする。

世間的には、Gと同じくらいに嫌われている害虫、いや害獣が、
実は猫や犬以上に、どころか猿以上に人間に近い感情表現をする。
それに気付いた社会は、だいぶ混乱してたと思う。以前の私もそうだった。

その生態が解明されていく中で、害獣対策のためのシステムは洗練されていった。
実装石にとっては不幸なことだけど、私たちにとってはありがたいことだった。
大量に需要ができた実装グッズも今ではかなり安価になっていたので。



私はゆっくり、有休の朝食を楽しんでいる。
水槽の仔実装たちが不思議そうに私を見ている。
私も仔実装たちを見る。

テッチ。テッチ。
テチュ!
テチューン♪
レチレチ。

仔実装たちは、水槽のアクリルの壁に張り付くように私を見ている。
時おりテチテチ鳴いて、何か言ってる。何かアピールもしている。
けど、実装石の言葉は分からないので、私は曖昧に笑顔を返す。



テッチ!
テチュー。
テッチュウーン♪
レッチ!

まあ、ご飯をくれと言ってるのだろう。
それくらいは分かる。あと、今まで実装石に関わってきた積み重ねもある。
ただ、私は愛護派ではないし、虐待派でもない。

こんなに小さな実装石の、まるで会話が成り立つかのような生態が好きなだけだ。

吹けば飛ぶような儚い生命が、毎日のように駆除されている指定ゴミ害獣が、
こんなに小さいのに、精一杯生きようとイゴイゴ蠢いているさまがとても愛しい。



どうして、いつからこんなに実装石に惹かれるようになったのかは分からない。
リンガルを使ってたこともあるが、色々考えたあとで、やめた。
私は「そちら側」と呼んでいるが、愛護派にも虐待派にもなりたくないのだ。



でもやっぱり、実装石のことはとても好きだった。
見ているととても癒される。



■



おかわりのコーヒーに多めにミルクと角砂糖を入れ、マフィンを食べ始めると、
仔実装たちはよりいっそう、私に釘付けになった。

テチテチテチ!
テッチュー。
テチュー♪
レチレチ。

水槽の壁をぽふぽふ叩く仔。
哀れっぽく涎を垂らして透明な涙を流す仔。
頬に手を当て媚びのアピールをする仔。
私には分からない言語で何か訴えかけている仔。



公園から連れ去られ、親や姉妹と引き離されてまだ一時間だ。

実装石の時間の感覚は人間とは違うのだろうか?
この姿は、どう考えても恐ろしい誘拐犯のはずの私に庇護を求めている。

たまらなく愚かで哀れで可愛く、ぞくぞくした。

甘いコーヒーが、高級なマフィンがより甘く感じられた。

(それでもなお水槽の隅でガタガタ震えたり縮こまっている仔実装も3匹いた。
 そういう仔も可愛いと思う。実装石には確かに知性があるが、その賢さには差がある)



ただ、私は虐待派ではないので。
仔実装が涎を垂らして飢えたり泣いたりするのを見るのが楽しいわけではないので。

コーヒーのおかわりを淹れに立ち上がって、戻る時に、水槽の給餌機のスイッチを押す。

テチャァー!!

仔実装にとっては山のように大きなニンゲンが、初めて水槽に覆いかぶさっているのだ。
悲鳴を上げ、逃げ惑い、糞を漏らす仔実装たち。



ばらばらばら。

けど、水槽内に実装フードが給餌されると。

テチャ!?
テッチ!
テチューン♪
レッチ。

私に拉致され、親から、姉妹から引き離された仔実装たちは、
けれど、歓喜の鳴き声をあげながら這いつくばって一心にフードを貪った。

そのさまはとても、可愛かった。



私はゆっくりゆっくり甘いコーヒーを飲み、甘いマフィンを食べた。



■



ホームセンターの実装コーナーで買ったこの水槽は、熱帯魚用に似ているが、実装用だ。

上蓋を締めると密閉されるが、電動の換気のチューブがついていて、窒息の恐れはない。
しかも、電源はコンセントでもUSBでもどっちでも大丈夫。実装グッズの進歩を感じる。

外付けの給餌機と給水機がついていて、ボタン一つで入れられる。



付属のトイレユニットは、いいやつだと水洗と脱臭+分解剤噴霧の機能を備えている。
けど、そんな高価な水槽は買わない。
私は愛護派でも虐待派でもないから、実装石を飼育するつもりはもともとないのだ。

この水槽の底は細かいすのこ状になっていて、底の部分が外せて糞を洗うことができる。
私はそれで充分だと思った。
野良実装はあちこちで糞をするし、よく漏らすし。
私も、野良実装にトイレの躾をする気はない。



部屋に実装石を置く時に重要なのは、臭くないこと。
あと、水槽外の清潔が保たれること。それでよかった。



私は一応、上蓋の裏に強力脱臭剤を貼っているし、部屋の空気清浄機も稼働させている。
けど、そもそも水槽内は密閉されているから、糞の臭いや実装臭が漂うことはない。

もちろん、高級品でないこの水槽はすぐに内部が汚れるだろうけど、
それは、みんないなくなった後で洗えばいい。



私の目の前には、野良で不潔で、糞を漏らしてる仔実装が12匹も蠢いている。
でも、そんなわけで、全然臭くない。

テチテチか細い鳴き声がとても可愛い。



私は朝食を終え、ゆっくりと甘いコーヒーを飲んでいる。

テチー。テチー。
テッチ。
テッチューン♪
レチレチ。

餌を食べた仔実装たちもどこか満足そうにテチテチ鳴いていた。



■



早起きして公園に出かけて、少し眠くなった私は、
キッチンに用意してた寝袋にくるまった。

椅子3つの上に広げたそれに私は入って、
スマホをぽちぽちしながら眠気に身を任せる。



テッチテッチと仔実装の鳴き声が聞こえる。

テチテチテッチュと重なるのは仔実装同士で会話をしているのだろうか
。
テッチューンという媚びの声。水槽の壁をぽふぽふ叩いている。
私は答えない。聞くだけだ。

レッチレッチ。より小さい親指はまだフードを食べているようだ。
もうほとんど食べ尽くされて欠片しか残ってないだろうに。

鳴き声は水槽に遮られて、さらにか細くなっててなお可愛い。



気持ちよく微睡んだ。



昼下がり、目覚めた私はお風呂に入った。

連休を取っているので、好きな時にしたいことができる。
幸せだった。

湯船にタブレットを持ち込んで、動画とかも見ちゃう。
お湯が冷めてきたら追い炊きをする。

たっぷりと、いつもの3倍くらい時間をかけてお風呂から出ると、
窓から西日が射し込んでいた。
もう夕方だ。楽しい時間が過ぎるのは早い。



私がまたキッチンのテーブルについて、TVを点けると、
水槽の仔実装たちが水槽の壁側に集まって来ていた。

はいはい。と、給餌のスイッチを押す。実装フードが補充された。
仔実装たちがテチテチとそれに群がる。

その光景を見ながら、満足しながら、今日はピザでも取っちゃおうかな、と思う。



テッチュウーン♪

3つの水槽それぞれから、私に向かってしきりに媚びる仔実装が数匹。

何か要求してるのかもだけど、分からない。
曖昧に笑顔を返すと、テチュテチュ騒いだ。



デリバリーのピザを食べ、ワインも飲んでいる。

きちんと餌を貰ってるはずの仔実装たちの一部が壁に張り付いて私を見ている。
テチュテチュ言ってる。
テッチュウーン♪ って媚びてる。
しばらくして、数匹がテチャアーー!!って威嚇している。怒っているようだ。

私がピザをあげないから。



私は楽しくて、声を出して笑った。
クワトロフォルマッジにハチミツをたらたらかけ、食べる。すごくおいしい。

シーフードイタリアーナは鉄板だ。めちゃくちゃおいしい!
パイナップルも私は大好きなので、ハワイアンとのハーフ&ハーフ。

サイドのポップコーンシュリンプをタルタルソースに浸ける。ああおいしい!

アップルパイもいいよねー。



媚びて、威嚇していた仔実装は4匹だ。
そこに、釣られて3匹が加わり、匂いも分からないのに、私を見て涎を垂らす。

透明な涙を流してる仔もいる。
哀れっぽく、演技っぽく、自分と親指を交互に指さしている。

その親指ちゃんは本当に妹かな? 絶対嘘でしょ。

ワインで酔ってきたこともあって、私は笑った。



もちろん、仔実装たちに声はかけない。
彼女たちは観葉植物と同じで、私の癒しなのだ。植物と対話や交流などしない。

だいたい、私はちゃんと実装フードをあげている。初日だから適量以上。
仔実装たちが飢えているはずなどないのだ。

リンガルはないけど、
そのウマウマをワタチによこすテチこのクソニンゲン! とか言ってるのかな?
そうじゃないかもだけど、私の今までの経験は君たちにデメリットしかないから。



スマホ見ながら、TV点けっぱなしで、しかもタブレットで動画とか見てる。
すごいダラダラ最悪な休暇だけど、それが楽しい。

私は仔実装たちに反応をすることはなく、
でも横目でちらちら見ながら、
たまにきちんと目を合わせながら。

私の休日を楽しんでいる。



■



まあ、悪趣味だとは自分でも分かっている。

言ってみればこれは、バクシーシだ。
旅行先で、貧困層がしきりにお恵みを強請り、ワンチャン庇護を勝ち取ろうとする。



それに全部答えちゃうような純粋まっすぐな旅行者なんてどこにもいない。

ほら、カイジでもあった。言ってた。
セーフティである愉悦。

あなたは飢えているかも知れないけど、私はそうじゃないです。
可哀想ですね? 産まれが不幸で残念ですね。



でも、しょうがないよね。
実装石なんだから。



安全なところから、とても高い位置から底辺を見下ろす愉悦。
分かってます。分かってるんです。
それをお手軽に味わっちゃおうなんて、インスタントに幸せだなんて。
私はとっても歪んでるんです。

そんな自虐すらも酔いのふわふわ感に心地良く。
テチテチ鳴く仔実装の声は相変わらず可愛いし。
ぽふぽふ鳴る音はまだ水槽の壁を叩いているのかな?

ピザをおいしくいただきました。

さすがに勢いで頼みすぎたので残っちゃったぶんは明日に。



私が全然反応しないからか、
夜中になってくると仔実装たちからの要求は聞こえなくなっていた。

テッチュテッチュと小さく会話やただの鳴き声がたまに響くくらい。



私は歯を磨いて、またゆっくりお風呂に浸かるとキッチンに戻った。


自室のベッドに入る気はない。
しばらくはキッチンの寝袋で仔実装の鳴き声を堪能するつもりだった。

水槽の仔実装のほとんどはもう寝ていた。
テチテチ寝息か寝言が可愛い。

けど、2匹の仔実装が壁に張り付いて私を待っていた。



■



テチテチテチテチ。

2つの水槽でそれぞれ、仔実装は私に何か訴えていた。

リンガルを使う気はないし、答えるつもりもなかったけど、
今までの経験からか、私は分かってしまった。仔実装が何を言ってるのか。

つまりそれは、

ママ、

という言葉だった。



私をママと慕っているのではない。

たぶん、

ずっと一緒にいたママは今どこにいるのか。
ママに会いたい。
ママを助けて。

そんなことを実装語で言っているのだろう。



私は、分からない振りをしたし、反応もしなかった。
ママがいるとしたら、市の指定実装ゴミ袋の中だ。

成体実装のデスデス声は耳障りだし、癒されないから今回は必要ない。

会わせてあげるとしたら死んだ後、実装ゴミ袋の中での再会だけだ。



テチテチ言う仔実装に笑顔を向け、手を振って。
「また明日ねー。お休みなさい」
それだけ言って私は寝た。



恐らくそこそこに賢いし、愛情深い個体なのだろう。
だけど、リンガルを使う気のない私には区別はつかないし、
明日になればこの仔がどれなのか分からない。目印をつける気もない。

私は寝た。



■



朝に給餌のスイッチを押し、
夕方にも給餌のスイッチを押した。

私は翌日のほとんどの時間をキッチンで過ごし、仔実装の可愛い鳴き声を聞いていた。



水槽の実装石たちはまったく飢えていない。そのはずなのに。

3日目。
共食いが起きた。



テジャアー!
テッチ! テッチ!
テッチュウーン♪
レチレチ!

水槽の壁に張り付き、私に媚びたり訴える仔実装たち。
2匹いたはずの親指が一匹になっている。
12匹の私の実装石が9匹に減っている。

水槽の床は初日から糞で汚かったが、
3日目の今日は明らかに死体の肉が散らばっていた。



「シャッフルタイムー」

私は水槽の上蓋を開けると、適当にそんなことを言った。

双葉公園で仔実装を捕まえた時のトングを持ち出し、
明らかに糞蟲の媚び仔実装と、口元に血肉をつけたままのを合計4匹同じ水槽に入れた。

残りの5匹を2つの水槽に分け直す。
片方に仔実装2匹。もう片方には仔実装2匹と親指1匹。



テチャーーー。
テッチィ…。
レチ…。

夜の間に、私が寝てる間に凄惨な暴力と殺戮を目の当たりにしたのだろう。



糞蟲でないと私が判断した5匹の、2つの水槽内はお通夜のように沈んでいた。
給餌のスイッチを押す。

実装フードがばらばらと餌皿に落ち、
けれど、5匹はショックからか、なかなか口にしなかった。

そういう光景も可愛いので、私はいつも通り、楽しむことにした。



しばらくして、餌を食べだした仔がまだショックを受けてる仔に分け与えてるのを見て、
このエンピツみたいな小ささの生命の知性に改めて感動した。



糞蟲の水槽への餌と水はやらないことにした。経過を見守る。



■



テチュー! テチュウー! テッチュウーン♪

一匹が、血涙を流しながら、水槽の壁ごしに、私に必死に何か訴えていた。
餌と水を止めて一日が過ぎ、糞蟲の水槽の中は醜い共食い闘争が始まっていた。



片腕を、片足を同属に喰われながらただただ私に媚びる一匹の仔実装。

ああ、と私は納得した。
彼女は自分のために人間に媚びる仔実装だが、共食いをする糞蟲ではなかったのだ。

テチュー! テチュウー! テッチュウーン♪

共食い糞蟲に自身を喰われながら、ずっと水槽の外の私にアピールを続けている。
鬼気迫る勢いだ。

リンガルを使わなくなった私だけれど、何を言っているのか分かってしまう。



ニンゲンさん! ニンゲンさん! ワタチは糞蟲じゃないテチ!! 共食いなんてしないテチ!!
ワタチはニンゲンさんの飼い実装になって幸せになりたかっただけテチ!
ニンゲンさん! どうかワタチを助けテチ! このままじゃワタチが食べられて死ぬテチ!
ニンゲンさん! どうかワタチを助けテチー!!



私はぞくぞくしながら聞いていた。
ちゃんとその仔実装に目を合わせてあげていた。



ごめんね。そうだよね。
媚びる=糞蟲じゃないよね。

君は飼い実装になって幸せになりたかっただけ。
そのために糞喰いをしたり共食いをしたりする糞蟲もいるけど、
君はそうじゃなかったんだよね。

うん。
分かった。ちゃんと分かったから。
糞蟲の水槽に入れたのは私の間違いだったね。



「ごめんね」

しっかり目を合わせて、謝った。
敢えて助けたりはしなかった。



テジャアアーーーーーー!!

その仔実装は結局私の目の前で、共食い糞蟲によって食べ尽くされて死んだ。
血涙を流して私を見上げながら死んだ瞬間は最高だった。
悲鳴ももう10分前から録音してた。

可愛かった。



ありがとう。
君のことは忘れないよ。
録音もいっぱい聞き返してあげるからね。



その満足感は、翌日お風呂に入って寝るまで続いた。めちゃくちゃ幸せだった。癒された。
だから私は実装石が大好きなのだ。



■



明日が実装ゴミの日なので、私はゴミ出しの準備をはじめた。

袋にはもともと成体実装が2匹入っている。

仔実装がママ、と訴えた時に思い出したので、その後に強力乾燥剤を袋ごと入れた。
それから数日、餌も水も与えていないので、成体実装はカラカラに乾いているだろう。
生死はどうでもいい。どうせゴミだ。

そこに、糞蟲の水槽の死体を入れていく。
4匹入っていた水槽だが、共食いによって3匹が死んだ。
生き残りの一匹はどうせ共食いの糞蟲なのでこのまま飲まず食わずのまま放置する。



そうじゃない二つの水槽だけども。
水槽を並べてて何が起きてるか見えるし聞こえる状態だったためか、
仔実装と親指が1匹づつパキンしていた。
その死体もゴミ袋に入れる。



生き残りが3匹と糞蟲一匹になったので、水槽を洗うことにした。



私は基本ただずっと観察していただけなので、全部の水槽が汚い。

糞をちゃんとトイレでする仔実装たちもいたが、けっこういたが、
わずかな糞蟲が全てを台無しにするのだ。

水槽の中は、シャッフルする前から、投糞と塗糞とパンコンの跡でさんざんだ。



トングで糞蟲以外の三匹をつまみ、ビニール袋に入れる。
糞蟲の水槽以外を丁寧に洗浄した。
きれいになった一つに三匹を戻す。



テチ! テチテチ!!
テチテチテチ!!
テッチ。

三匹の実装語は分からない。



たぶん、一匹は公園に帰してと言ってると思う。
もう一匹は、パターンが複雑で微妙だけども、糞蟲のことを気遣っている感じがする。
最後の仔はママ、と言ってる。

リンガルなんて使うものじゃない。
儚い生命に対して、つい何か言いたくなってしまうから。

私は、リンガルを使わないようになって本当に良かったと思った。



■



連休は残り二日。
私はまだ自室のベッドを使わずずっとキッチンにいる。

糞蟲の水槽は最高だった。

テジャアアア!!
テチャ。テチャ。テヒィー!
テフッ。テッ。テッテテッチュウーン。

罵り、煽り、悲鳴がずっと続き、今は命乞いと媚びだけを繰り返している。
たぶん、出勤の日までもたないだろう。

めちゃくちゃ癒される。
聞いていて、すごく気持ち良かった。



三匹の水槽はと言えば、

恐怖や不幸や悲しみに嘆いていた鳴き声はもう聞こえない。

私はちゃんと餌も水もあげているし、仔実装たちは飢えていないのだ。
見つめたり、話しかけたり、対話を試みることなどもしていないが。

仔実装たちは、今は水槽の壁を叩いて要求するようなこともない。
狭い水槽の中で、三匹の仔実装たちは満たされている。



テジャアーーッ!!
テッチュウーン!!

死に瀕して叫び続ける飢えた糞蟲の水槽と、

テチュ。
テッチ。
テチィ。

現状を受け入れた仔実装たちの水槽の、

それぞれの鳴き声が私の耳をくすぐっている。癒してくれている。



「ASMRだわー」

思わずひとりごちるし、ここ数日はずっと録音している。



もうじき糞蟲は飢え死にするだろう。
そうしたら、絶望の嘆きを延々聞かされていた3匹たちも少し違ってくるかも知れない。

私は別に、愛護派ではないし、虐待派でもない。
だから、この三匹はしばらくは生きると思うし、私の癒しになってくれると思う。



けれど。
つい考えてしまう。



この水槽の餌や水の供給を経ってみたらどうなるだろうか。

トイレユニットを洗わずにずっと放置してみたらどうなるだろうか。

一粒でいいから、ここに強力乾燥剤を入れてみたらどうなるだろうか。

どんな鳴き声を聞かせてくれるだろうか。



私は、仔実装の鳴き声が好きだ。



あの細く高い声。
喜ぶ声。驚く声。笑い声。嘆く声。

リンガルを使わないからこそなのか、仔実装同士の会話の声もものすごく好きだ。

楽観的な声。緊張感を持った声。裏切りの声。絶望の声。嘲笑の声。媚びる声。
家族間や、同属同士での争う声。共食いの声。



私は実装石にとっては何倍もの大きさの巨人だから、
やろうと思えば、どの瞬間でもその声を止めることができる。永遠に。

それを想像する暗い悦びも自覚しているし、いつでもそれを実践できる。



考えるほどにぞくぞくするのだ。
まったく、実装石は私を癒すために存在してるんじゃないかと思うくらいに!



■



テチュ。テッチュテチュ。

明日から出勤、という夜に一匹の仔実装が私にしきりに話しかけてきた。

「ごめんね。何言ってるか分かんないからー」



リンガルは使っていないが、何となく分かっていた。

最初の一節は私への感謝だ。ゴュジンサマ、と言っていたかも知れない。
後半の内容は、つまり「ママ」だ。



愛情深い上に賢い個体。
人間に話しかけるタイミングもずっと考えていたのだろう。

そういうことはどうでも良くて、私は仔実装の鳴き声にときめいていた。
可愛いし、ぞくぞくする。

だから、特別に返事をしてあげた。
リンガルがないから伝わるかは分からないけど。



「私が拾った成体実装は全部殺して捨てたよ。だってゴミ出すとこ、見てたでしょ?」

テチャアアアーーー。

仔実装は金縛りにあったように固まりながら、悲痛な声を絞り出した。
パキンしなかったのは、うすうす分かっていたからか。



ふふふ。
本当にいい声。可愛い。癒されるー。



別に彼女を追い詰めたかったわけじゃない。
彼女が望んだから、教えてあげただけだ。
私は愛護派でも虐待派でもないのだ。



テチャアアアーーー。

仔実装は、血涙を流して嘆き続けている。
可哀想で、可愛い。
そして、これも初めて聞く類の最高の声だった。



もっと可愛い声が聞きたい。
これからも、ずっと私は聞いたことのない声を求め続けるだろう。



私はただ純粋に、実装石のことが大好きなのだ。






おしまい






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1 Re: Name:匿名石 2023/01/14-04:48:59 No:00006697[申告]
リンガルを使ってほしくもあったが鳴き声そのものをニュアンスで楽しむのもアリだなと思った。
てかこの人タチの悪い虐待派じゃねえかw 最高。
2 Re: Name:匿名石 2023/01/17-09:28:15 No:00006706[申告]
淡々と観察してるけどどちらかと言えば虐待派だよなあ…
3 Re: Name:匿名石 2023/01/17-23:52:46 No:00006707[申告]
これは面白い…手を出さない虐待も良いものだ
4 Re: Name:匿名石 2023/02/04-16:11:50 No:00006747[申告]
直接的な虐待は実装石に任せて
人間はひたすら精神的に責めて反応を楽しむ

美しい分業なんだ
5 Re: Name:匿名石 2023/06/29-20:18:46 No:00007387[申告]
虐待派寄りの観察派かね?
こういうのも良いです。
6 Re: Name:匿名石 2023/06/29-21:18:43 No:00007388[申告]
実装石の素質によって偶に普通に飼ったり人に譲る事もある虐待派とかがいる中で鑑賞派とでも言うべきか何か清々しくもある悪辣さがあって面白い
7 Re: Name:匿名石 2023/10/10-00:09:14 No:00008102[申告]
リンガルを使う=実装石と会話し意思を汲み取る装置なので、この主人公が一貫して傍観者視点で実装石の生死を無責任に眺める姿勢は、とても落ち着いていながら極めて冷酷で、罵倒や暴力を伴わないけど、虐待度合いがかなり高く思えた。
積極的に関わらず、ただ仔実装達が衰弱して朽ち果てていくのを見て楽しんでいるだけ。
ママや飼い主へとにかく依存先をもとめる仔実装には、最もやりにくい相手だろう。なにせ一切干渉譲歩する素振りも意図も無い。
わかります。大好きな(弱り希望を失っていく)実装石。一番可愛い姿ですよね。
8 Re: Name:匿名石 2023/12/16-23:57:00 No:00008535[申告]
これわかるわぁー…テチテチ言ってるのを壁越しに隣で聞いていたい
糞蟲とかも出るだろうけど一切構わず弱っていく様をただただ眺めて声を聞いていたい…
素敵なスク。好き
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