タイトル:【観察】 実装石と生きる一族①
ファイル:実装石と生きる一族①.txt
作者:石守 総投稿数:9 総ダウンロード数:945 レス数:4
初投稿日時:2021/12/08-19:53:16修正日時:2021/12/08-19:53:16
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   実装石と生きる一族①   棲み始めと最初の食事



我が家の庭に実装石たちが棲むことになったのは、昨日のことだ。

2家族で総勢11匹。

ひとつ目の家族は、かなり窶れているが体長は70センチほどもある大型
の親実装(個体を区別するため「デカ」とする。名前では決してない。)、
30センチほどのこれも痩せている中実装1匹(「チュウ」とする。)、
15センチほどの仔実装2匹、最後に、親指実装が1匹の総勢5匹家族。

もう一方が、60センチ弱ほどの痩せているというよりは細身な感じの
親実装(「ホソ」)と、10センチ仔実装3匹、親指実装1匹、最後に、
仔実装に抱えられた蛆実装1匹の、総勢6匹家族。

見つけて声をかけた時、デカ、チュウ、ホソの3匹は、各々片手に
ボロボロヨレヨレのビニール袋を1枚ずつ持っており、中にはそれぞれ
少量の木の実やら生ゴミやらが入っていた。
非常食なのだろう。

これらが我が家の庭に入り込んだのが、昨日の夕方だった。

糞蟲なら問答無用で通常待遇に処すところだったが、控え目で行儀が
良かったので、即断はしないが、暫定的に我が家の庭にいることを許し、
ちょうど2つ空いていた犬小屋を、それぞれに貸し与えることにした。

その後、それぞれの小屋から少し離れたところに糞用の広く浅めの穴を、
これもそれぞれに掘ってやり、
「そこ以外の場所で糞をしたら、蟲ども全てを、殺す」
と言い含めたところが、この日の時間と体力の限界だった。

そして、最後に、もうひとつだけ大事なことを伝えた。

「蟲ども。うちの庭でいることは許すが、決して飼ったわけではない。
 少しでも勘違いしたことを言ったり、態度に出したら、殺すからな」

==================================

翌朝8時、『我が社』特製・完全非売品の実装リンガルを身に付け、
よく晴れた庭に出る。
広い敷地に、多くの木立がある我が家の庭は、実に気持ちが良い。

が、今は残念なことに、かなりの実装臭がしている。
2つの小屋周りを動き回っている緑色の生物のせいだ。

実装石の朝は基本的に早いこともあってか、既に全ての蟲が起き出して
活動を始めていたようだ。
そもそもが、ここに来る前の生活環境で食いはぐれたであろう蟲たちだ。
前の棲み家でも欠食で、加えて、どれだけの日数がかかった知らないが、
ここにたどり着くまでの道のりでも既に、相当腹を空かせてきたはずだ。
そして、それを分かっていながら、私は昨日意図的に、この蟲どもに
一切の食い物、飲み物を与えなかった。
今は、空腹に耐えられなくなっていても、おかしくない。
ゆっくり寝てもいられなかったのだろう。

見れば、デカ、ホソ、チュウが仔実装と親指実装たちに指示を出して、
それぞれの小屋周りの雑草を取らせたり、小石を集めさせたりしている。
蛆実装は、レフレフと幸せそうに、草と戯れているだけだが、これは
仕方があるまい。
デカ、ホソ、チュウは小屋の周りに、木の枝を使って溝を掘っている。
排水を意識してのことかも知れない。

何やらずいぶんと優秀なことだが、そんなことには惑わされずに、私は
これから、この蟲どもの本質を見極めていかなければならない。

「蟲ども。全て集まれ」

声をかけると、全実装が振り向き、作業をすぐに中断する。
仔実装の1匹は、転がっていた蛆実装を急いで抱え上げる。

デーデー テス テチテチテチテチ レチレチ レフ と集まって来た。

   やかましい。

「蟲ども。これから、俺が話すことを良く聞いて、理解しろ。
 まずは、蟲どもの食べ物の話だ」

私は、決してこれら実装石を「人」のようには扱わない。
だから、「お前ら」などとは呼ばない。
せいぜい「蟲ども」「実装石」「これら」呼ばわりだ。
頭が腐れた傲慢な実装石たちには、さぞや屈辱的な物言いだろうが、
今は食い物にありつけそうなことと、私の出で立ちが異様なために、
感心なことに大人しくしている。

私の、対実装石ファッション

非売品の特製リンガルは、頭部全体を覆うフルフェイス・タイプで、
色はダーク・グレイ。
実装用マイクとスピーカー、それに実装石の個々の知能に合わせて
私の言葉を実装石語に自動翻訳する超高性能AIほか、対実装石用の
各種機能を搭載し、見た目より透過性と通気性が高く、しかも、軽い
という、ハイパースペックの強化偏光フィルム製の逸品だ。

首から下はダーク・グリーンのツナギ・タイプ、いわゆるカッパ。
足元は同じ色の耐水ブーツ。
このツナギ・カッパの素材は、防水性が極めて高いにもかかわらず、
身体にフィットし、しかも、伸縮性が高い優れものであり、デザインも
ライダースーツを意識した風になっているため、パッと見でカッパと
見抜くことは難しかろう。

リンガルもツナギも、価格は、ちょっと想像もつかないほどの高額だ。
社の支給品でなければ、私も、手を出そうとすら思えないレベルだ。
まあ、そもそも、市販されていないのだが。

とはいえ、街を歩いていたら、5分と経たずに警察に連行されること
請け合いな格好であることは、自覚している。

それだけに、実装石に対する迫力・威圧感は、凄まじいらしい。
眼下の実装石たちは、例外なく怯え、小さく震えている。

いや、例外はいるか。
『オネチャ、ウジちゃん、おなかすいたレフ。せめてプニフしてレフー』

……まあいい。
さすがの私も、蛆実装には敵わない。

もとい。

「では、蟲ども。まずは確認だ。
 蟲どもは、冬が近くなって来ているのに、十分に食い物が手に入らず、
 藁にもすがる思いで “渡り” をして、ここまで来た、と推測するが、
 それで間違いないか?」

デカとホソが、ガクガクと頷く。

「元いた場所はどこだ。森の方か、川の方か」

『……ものすごく大きな木がたくさんあるところデス。
 たくさんの仲間たちがいたデス』

ホソが答える。
真面目に答えるところを見ると、度胸もあり、性格は良さそうだが、
あまり知能は高くなさそうだ。
もっとも、私の聞き方もまずかった。

「それじゃ分からん。ここに来るまでに、坂を下りて来たか?」

『すごく危ない坂デスゥ。歩いていると足が止まらなくなる坂デスゥ。
 ワタシも仔どもたちも、ここに着くまでに、たくさん転んだデスゥ』

今度はデカが答える。
確かによく見れば、蛆実装以外、新しい痣や細かな生傷だらけだ。
状況把握もでき、具体的に例をあげて説明できるところからすると、
デカはホソよりは賢そうかな。

そしてそのお陰で、この蟲どもが何処から来たのかが判明したようだ。

この近くには、実装石たちが大挙して棲む公園が2箇所ある。
南の森林公園と、東の河川緑地公園だ。
どちらもちょうど1キロほどの距離にあるが、森林公園はここよりも
20メートル以上高い丘の上にあり、ここまでの道のりは急な下り坂だ。
対して、河川緑地公園までは、終始平坦な道が続く。

よって、これらがいたのは、森林公園で、まず間違いない。

今年、あそこは去年より大幅に実装石が増えた。
去年は、天候が良く、銀杏をはじめとする木の実が豊富だったため、
そこに棲む実装石たちが秋に妊娠しまくり、その後、おぞましいことに
出産ラッシュとなったのだ。

加えて、冬から今年の夏までは、熱心な愛護派たちが餌を撒いていた。
そのため冬に死ぬ実装石が少なく、夏も冷夏で比較的平穏に乗り切った
実装石たちは、10月半ば過ぎた今、ほとんど数を減らしていなかった。

しかし今年は、冷夏の影響で木の実のなりが悪い。
しかも、熱心だった裕福な愛護派の中心人物が体調を崩して活動から
身を引き、ついでに資金提供も止めたため、他のメンバーは資金不足に
陥ったらしい。
それでもなお、残った愛護メンバーたちは、感心なことに細々と活動を
続けているものの、餌撒きの量と回数は以前より大きく減っているのだ。

そうした状況は、市も把握している。
要は、今年の冬、森林公園で実装石による大量の同属食いが発生する
ことは、確実な状態なわけだ。
だから現在、市民に対して、2月に実施する予定の駆除が済むまでは、
特に子供を森林公園に行かさないよう、アナウンスがされているのだ。

この実装石たちは、野生の勘か、または人間の話を耳にして理解してか、
冬に向け危機的状況になることを察知し、そうなる前に逃げ出して来た
グループなのだろう。
悪くない判断だ。

「よし。良く分かった」

そして、一段大きな声で言い渡す。

「いいか蟲ども、ここにいれば、生きて冬を越せることを約束してやる。
 それどころか、場合によっては一生ここに棲んで、仔を産み、殖やす
 ことも許してやらんでもない」

その言葉に、実装石たちの顔が、パアッと明るくなる。
が、間髪入れず続ける。

「だが、俺は、蟲どもに食い物をやるつもりは、ない。
 “人間が作った物”で蟲どもが使っていいのは、この小屋と、後で話す、
 もうひとつの物だけとなる。
 もし、俺の許しなく、勝手に人間の家や持ち物や食べ物に手を出そう
 ものなら、その場で殺す。
 蟲どもが食う物使う物は、全て蟲どもが、自分で、手に入れろ」

実装石たちが何事か言おうと声を上げる前に、さらに畳み掛ける。

「絶対に間違えてはいけないことだが、俺は蟲どもを飼うわけではない。
 絶対にだ。汚ならしい蟲どもを飼うなど、絶対にあり得ない。
 あくまでも、蟲どもが庭で生活することを許すだけだ。
 蟲どもが食べていい物、使っていい物も、俺が許した物だけだ。
 それがイヤなら、今すぐここで、殺してやる」

静寂が庭を支配する。        プニフー

「ここは俺の家だ。俺の庭だ。
 だから、俺に、絶対に逆らうな。
 少しでも逆らえば、殺す。
 いいか。絶対に逆らうな。本当に、殺すぞ」

『…………分かりましたデスゥ……。
 全てニンゲンさんの言うとおりにするデスゥ』

デカが代表して答える。
この並外れて大きく、風格のある実装石がこのグループのリーダーで
間違いはないようだ。

ホソも深々と頭を下げ(そんな仕草を知っていること自体、驚きだ)、
『死ぬのはイヤデス。だから、ニンゲンさんの言うことを聞くデス』
と約束した。

仔どもたちも、テステチレチと、か細く声を出す。     レフン

「よし、それを忘れるな。
 ついでに云うが、『ニンゲンさん』は止めろ。
 『ニンゲン様』だ」

『『はいデス(ゥ)。ニンゲン様』』

================================

「今日の朝は、まず、これを食え」

庭の一角にデカ、チュウ、ホソを連れて行き、そこにあるものを指差す。

『こ、こんなクサいの無理デスゥ!』

デカが悲鳴にも似た声を上げる。

   早速逆らうか、糞蟲が。

と思いつつ、これは正直、無理もない。

何故ならば、私が示したのは、ドクダミなのだ。
デカの反応からすると、ドクダミを知っているが、その臭さから食べる
ことができるとは思っていなかったようだ。

「確かに臭いは、少し(イヤ、かなり)キツいが、この草は、蟲どもが
 生きるためには最適な食べ物のひとつだぞ」

説明しながら、食べための処理方法をやって見せて教えていく。

大きめの平べったい石の上に何枚か千切ったドクダミを乗せ、そこに、
少しでも食べやすくなるよう、そばに生えているヨモギ、ミントの葉を
混ぜ、細く先が丸まった石で擂り潰し、実装石の1口サイズに丸める。

ごく単純な作業だから、実装石の不器用な手でも、15分もあれば、
1匹当たりで10個くらいは、成体実装一口サイズのドクダミ団子を
作ることができる。

「あそこの蛇口の水は、自由に使っていい。
 これに少し水を加えてやれば、親指でも食べやすくなるだろうしな」

庭の水は、夏冷たく冬温かい井戸水で、実装石にも使いやすいよう、
レバー式になっている。

この水が、デカホソたちが使っていい “人間が作った物”のもうひとつだ。
水だけは仕方ない。
池を作ることも考えたが、水の循環に問題が出る。
といって庭に川を作るわけにも行かない。
少しでも自然に近い井戸水を実装石たちに使わせることは、この観察・
研究を行うための環境設定上、致し方ない妥協点だったのだ。

「食べてみろ」

見本で作ったドクダミ団子を、数個差し出す。

デカ、チュウ、ホソは、頭を下げながら(全員お辞儀を知っているか……)
小さく鳴いて礼を言い、ドクダミ団子を手袋をした私の手のひらから
受け取ると、クンクンと不安げに団子の臭いを嗅いだ。
そして互いに顔を見合せて頷き、ひとつ深呼吸の後、意を決したように、
3匹同時にドクダミ団子を口へと運ぶ。

   息ピッタリだな。

怖々と、ゆっくりゆっくり噛みしめるうちに、次第にデカたちの表情が
明るくなってくる。

『思ったより全然食べられるデスゥ!』   何気に失礼だな。
『むしろこれはこれで美味しいかもデス』   その感想は、セーフ。

親実装2匹が意外の声を上げる。

『すごいテス、ニンゲン様。
 こんな食べ方、ジッソウセキは誰も知らないテス』

チュウが感動したように言うが、実装石からの称賛と感謝は、むしろ
屈辱にしか感じられない。

しかし、はじめが肝心なので、一応正しい知識を説明しておく。

「実装石の左目や体液、羽毛や糞に至るまで緑色なのは、葉緑体を、
 その身体の中に取り込んでいるからだ。
 肉が好物だと言われているが、本来、蟲どもは草食であるはずなんだ。
 しかもドクダミは、どこにでも、いくらでも蔓延るし、身体にも良い。
 ここにいる間に、正しい食生活を身に付けとけ」

『葉緑体って何テス?』

首を傾げてチュウが尋ねる。
さすがに特製AI搭載リンガルも、これを自動に噛み砕いて翻訳する
ことは出来ないか。

「……蟲どもの身体を作っている、とても大切なもののひとつだ」
『お胸のお石みたいなものテス?』

立て続けに質問か。賢いのかもな、チュウは。

「胸の石ってのは、実装石の生体チップ、いや、偽石のことか?
 それとは違うが、実装石が生きるために絶対必要なものだ」
『……まだちょっと分からないテスが、とても大事なのは分かったテス。
 教えてくれて、ありがとうテス、ニンゲン様』

   ふーむ、飯以外のことでも、きちんと礼まで言うのか……

そんなやり取りをしてる間に、親実装2匹は仔実装どもたちを呼び寄せ、
自分が作った団子を食べさせながら、今度は自分たちが、仔どもたちに
作り方を教えている。

実装石が生き残るために不可欠な教育であり、良い心掛けでもある。

見れば、仔実装も親指実装も、問題なくドクダミ団子は食べられそうだ。
まあ、腹が減って死を待つだけよりは、はるかにマシだろうしな。
蛆は……   ママノ オッパイ アッタカ アマアマ ウマウマ レフ~   ……問題ない。

しかし、これは、驚嘆に値するレベルで、賢いグループかもしれない。
そもそも、野良実装にしては、全ての蟲が身なりを綺麗にしている。
(十分に汚れ、クサいが)
昨日は、不必要に騒ぎもせず、統制も取れた様子だったし、もし糞蟲で
あったとしても、その時点ですぐに始末してしまえばいいかと考えて、
とりあえず庭にいるのを許したが、予想以上に賢いグループのようだ。

  ……これは、当たりかもな。

予断は許さないが、今のところ『実験対象』とする資格十分と言える。

私は足元で楽しげに動き回る実装石たちを眺めながら、今後のプランを
頭の中で描き始めていた。



     ——続く——

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1 Re: Name:匿名石 2021/12/08-21:50:15 No:00006444[申告]
観察派だから期待
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2 Re: Name:匿名石 2021/12/09-04:30:09 No:00006445[申告]
これは続きが楽しみな
3 Re: Name:匿名石 2021/12/09-12:34:11 No:00006446[申告]
食べ物が有って飲み物が有って小屋まである状態から
どうやってハプニング起こしていくか非常に楽しみ
内部からどれだけ糞蟲が出てくるかも楽しみ
4 Re: Name:匿名石 2022/08/10-12:16:33 No:00006529[申告]
久しぶりにおもしろい連載がきた!
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