タイトル:【虐】 【再掲】ローゼンの笛吹男
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初投稿日時:2021/11/03-22:50:40修正日時:2021/11/03-22:50:40
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ローゼンの笛吹男

ふたば市市役所で、職員は困り果てていた。
ふたば市児童公園で野良の実装石が増えすぎて周辺住民から苦情が出ているのだが、この手の話はどこの自治体でもよくあることだった。
2000年代は職員が防護服を着て駆除していたが(そのせいで一部の虐待派・虐殺派から役所は人気の就職先となった)、
ここ10年くらいは経費削減のため、わざわざ駆除のために職員を過剰に採用するようなことはせず、民間の駆除業者に外注するようになった。
人件費だ備品費だなどと言っていたら、結局外注の方が安いのだ。それも、よくあることだった。

ただ、ふたば市の場合、駆除業者の選定基準が入札だけだった。つまり入札金額が安ければどこでも受注できてしまう点が他と違ったのだ。
普通は金額以外にも、周辺住民に迷惑をかけないようにブルーシートで養生するとか、実装石の断末魔が聞こえないように眠り薬の入った餌を使うとか、
そういった工夫点を評価するための説明書類を入札前に提出させるのだが、ふたば市はそういったことは何もせず単純に安い業者を募集する
入札広告を出してしまったのだ。

「何でこんな広告出しちまったんだ」
職員は呟くが、後の祭りである。既に入札は終わり、受注業者は決まってしまった。
「有限会社 漏善」が契約先だ。会社というが職員はよれよれのスーツを着た初老の社長一人、会社の登録先住所はふたば市内のマンションの一室だ。

「この会社、本当に大丈夫なのかな」
職員は不安を隠せない。それもそのはず。契約金額は消費税込みで14,036円なのだ。
今回、大手の業者と地元の業者も入札したのだが、それぞれ20万円と17万円で、まぁ普通それくらいなのだが、いくらなんでも1万4千円というのは、
もはや次元が違う。

「これ、オンブズマンとかきたら相当めんどくさいんだろうな・・・」
だが契約してしまったので、もう引き返すことはできない。職員は腹を決め、有限会社 漏善に電話する。
「もしもし、ふたば市役所 環境保全課の「」です。入札頂いた件、早速取り掛かって頂きたいんですが、いつ始めますか?」

社長はしゃがれた声で答えた。
「あー、いつでもええよ、うちは。ただ、駆除する前日に30分ほど現地の公園を視察させてね。」

契約金額1万4千円ぽっちで視察って・・・
職員は苛立つが、仕方ない。
「分かりました。じゃ明日の午後、視察で、明後日の午前が駆除で良いですね?
 一応私も駆除の開始と終了時は立ち会うことになってるんで、その視察とやらについても、同行しますよ。」

やれやれ、である。ただでさえ膨大な業務があるのに、わけのわからない怪しい業者の相手もしなくちゃいけない。
職員は頭をかきつつ、仕事に取り掛かった。



翌日。
職員が児童公園に行くと、入り口によれよれのスーツを着た男がいた。社長だ。
「や、どーも。有限会社 漏善 取締役の漏善です。」
名刺を渡してきた。
流石に名刺は持ってるんだな、と職員は思ったが、職員も社会人だ、反射的に自分の名刺を取り出した。
「ふたば市役所の「」です。今日はよろしくお願いします。」

「ほいじゃ、早速視察させてもらいますわ」
社長がへらへらした顔をしながら児童公園に入っていく。
入口からでも、実装石がそこら中にいることがよく分かる。ここまで放置した市の責任は誰がとるのだろう?
市長?部長?課長?まさか自分が、そんなことを職員が考えていると、社長はスマホを取り出した。

実装石の写真でも撮るのだろうか?
実装石の駆除業者の中には、あらかじめ実装石の巣(というか段ボールの家)を写真撮影しておき、
賢い個体がどこにいるか事前に把握していたのを思い出した。
だが、漏善社長は違った。実装石など、目もくれない。

「えーっと、ここが38.XXXと、140.XXXね。」
スマホを見ながら何か呟き、入力している。
「ほいで、ここが35.XXXと、139.XXXね。」
「それから、35.XXX、136.XXX。」
「最後に、34.XXXと、136.XXXか。」

緯度経度?そんなもの何に使うのだろうか?
いよいよ怪しい会社だ、始末書ですむだろうか、いや地方ニュースになりでもしたら・・・
職員は天を仰いだ・・・。



さらに翌日。
「おーい、「」さん」
社長が元気よく挨拶してきた。駆除の開始時と終了時は職員も立ち会わなければならない。
そういう契約内容になっている。面倒だが、児童公園内の実装石は相当な数だ、駆除はかなり時間がかかるだろうから、
最初の立ち合いを終えたらさっさと市役所に戻って仕事しよう。最後の立ち合いは後でまた来れば良い。

「おはようございます、漏善さん。今日はよろしくお願いします。」
「おはようさん、じゃ早速始めますわ」

社長はワゴン車の荷台をあけ、荷物を取り出す。大量の麻袋が出てきた。
そういえば、契約内容は「実装石の死体は指定の麻袋に入れて市が別途契約している処理業者に引き渡すこと」だったな。
そこらへんはちゃんと分かってたか。

「よっこいしょ」
社長が荷台の奥に入って何かを取り出した。
それを見た瞬間、職員は目を閉じ、自らの今後、将来を真剣に考え始めた。
ラジコンカーが出てきたのだ。

これはいよいよ、終わったな。何だろう、ラジコンカーに実装石を載せて連れ去るとでも言うのだろうか?
それとも実装石を轢き殺す?だが、ラジコンカーのサイズは前後長さ60cm、幅2,30cmくらいだろうか。
仔実装なら轢き殺せるだろうが、成体は無理だろう。いずれにせよ、こんなもので駆除なんてできるわけない。
課長に何て説明すれば良いだろう?いや、いっそのこと課長の責任という方向に話を持っていけられないだろうか?

職員がそんなことを考えていると、社長は次々と小物を出してきた。
コンビニ袋に入った金平糖、スーパーの袋に入った特売の寿司、そして百均のタッパーからは驚くべきことにチキンステーキが出てきた。
何だ、これは?

職員は眉間にしわを寄せ、社長を見つめる。
社長はラジコンカーのリア部分に、アルミの棒を付け始めた。アルミの棒は長さ1mくらいだろうか?
L字型に曲がっており、曲がった先には糸が付いていた。その糸の先に、菓子用の袋から透明な袋に移し替えた金平糖、特売の寿司(容器ごと)
チキンステーキ(何故かステーキだけ裸の状態だ)を括り付けていった。

ラジコンカーのフロント部分には、錘のつもりだろうか、巨大なバッテリーが何個も積まれていた。
社長はラジコンカーの中の電子機器をいじり、コントローラとスマホを交互に触っている。
一体、何だ、これは?

「さ、「」さん、準備できましたよ。」
異様な光景に言葉を失っていた職員が、我に返る。
「あ、はい。じゃ、あの、駆除、始めて下さい。」

「はいはい。それじゃ。」
社長はラジコンカー(+金平糖、寿司、チキンステーキ)とスマホを持ち、児童公園に入っていった。
突然の金平糖、寿司、チキンステーキの襲来に、既に公園中の実装石たちは騒ぎ始めている。社長に話かけている個体もいるほどだ。
「えー、このへんやな」

社長はスマホの地図アプリを見ながら、呟いた。
ラジコンカーを置き、スイッチを入れた。ピープ音がなり、ラジコンカーの電子パーツのLEDが光る。
「ほな、いってらっしゃい」
社長が言うと、ラジコンカーは走り始めた。

ラジコンカーは走る。だが、社長は操縦などしていない。ラジコンカーは自動で走り、自動でカーブしていった。
職員は目を見張った。自動運転?なのだろうか?
そしてラジコンカーの後ろ。実装石たちが、成体も仔も餌に釣られてラジコンカーを追いかけていた。
そしてその数。ラジコンカーが走れば走るほど、追いかける実装石の数も増えていった。
10匹とかそういうレベルではない。あっという間に3,40匹、いや5,60匹はいるだろうか?
足が遅い仔実装は群れに付いていけず、倒れてしまう。その上に餌に釣られた成体実装の群れが襲い掛かり、仔実装は一瞬で地面のシミとなった。
一体、何なんだ、これは?


「それじゃもうひと仕事ね。」
社長はそう言うと、麻袋と火ばさみを持って児童公園の茂みの奥へ消えていった。

デギャッ
デヂッ

実装石の悲鳴が聞こえる。だが、一瞬の叫び声なのでこれなら近所から苦情は来ないだろう。
社長が茂みの奥から帰ってきた。

「いやね、このラジコンカー使った駆除、頭の良い実装石には通用しないからね、頭の良い奴らは僕が人力で駆除するのよ。
 普通に火ばさみで頭摘まんで、麻袋入れて、踏んづけるだけ。流石に頭の良い奴らも、あんな餌いっぱい積んだ
 車が走って皆が追っかけてたら、そっち注目して見るでしょ。だから、後ろから近づくのも結構簡単なのよ」

職員は呆気にとられて、何も言えない。
一体、何が起きているのか?

「あのラジコンカー、あと10時間くらいは走れるから、まぁ追っかけてる実装石のスタミナの方が先に切れるやろうね。
 踏みつぶされて死んだ奴とか、走り疲れて倒れた奴は後で僕が麻袋にポイッてするわけ。
 「」さん、仕事戻る?この後しばらく僕ら暇よ?」
そう言うと、社長は缶コーヒーを飲み始めた。

職員はなかなか言葉が出ないなか、喋る。
「あー、いや、その、見学させてもらいます。」

職員はスマホでリンガルアプリを起動する。スマホを餌に釣られる実装石たちに向ける。
『デスーッ、ステーキデスゥ!コンペイトウデスゥ!!寿司デスゥ!!!』
『あれはきっとニンゲンの遣わした使いデスゥ!あれに乗れば飼い実装になれるデスゥ!!!』
『ママーッ!!待ってテチーーーー!!!ワタシもう走れなテベチャッ!』
もはや阿鼻叫喚の地獄である。

5,60匹の実装石が、一糸乱れず群れとなり、ラジコンカーを追いかけていた。
ラジコンカーがカーブを描けば、実装石の群れも見事なカーブを描いて走り続けるのだ。

職員が社長に質問する。
「あれ、ドローンじゃだめなんですか?餌釣って、空中で留まるとか。」
社長がすぐに答える。
「ドローンね、うるさいて近所から苦情くるでしょ。そもそも、こんな住宅街でドローン飛ばすなら警察に許可もらわないとだから、めんどいでしょ。」

なるほど、である。続けて質問する。
「あの車、実装石がスタミナ切れ起こして走る速度が落ちたらどうなるんですか?」
社長がすぐに答える。
「あのラジコンカーね、GPSで設定した範囲をぐるぐる回るんだけど、リアのところの赤外線センサー積んでてね、
 実装石との距離に応じて速度変えるようにしたのよ。実装石との距離が30cm以下だと加速、50cm以下だと減速ってね。
 30cmとか50cmて数字は適当に設定したんだけど、まぁこの感じなら丁度良かったみたいね。」
「はぁ・・・なるほど・・・」

職員は走り続ける実装石たちに目をやる。迷惑生物実装石だから良いが、地獄のような光景だった。
足をもつらせ倒れた実装石は皆踏みつぶされ、頭が欠損していたり、内蔵が飛び出ていた。
先回りしようとラジコンカーの前に立ちはだかった個体はラジコンカーにはねられ、そのまま群れの下敷きとなった。
仔だけでもラジコンカーの餌にありつけさせようと、投擲のような姿勢で仔を投げた親もいた。
仔は餌に届くこともなく、地面に落ち、下半身がひしゃげ、潰れていった。


30分後。
実装石たちはほとんどが力尽き、地面に倒れていた。
『デー、デスゥ、、コ、コンペイトウはすぐそこデスゥ』
『ステーキ、、、ステーキデスゥ』
『寿司がすぐそこにあるデスゥ、、体が動かないデスゥ』
『ステーキのにおいを感じるデスゥ、ワタシのためのステーキデスゥ・・・』

チキンステーキを裸にして吊るしたのは匂いで釣る効果もあったのか。
それにしても実装石の本能はたくましい。ほとんどの個体が靴(?)が擦り切れ、血が出ている。
つま先が潰れて骨が出ている個体もいる。八つ当たり的に成体に体を半分食いちぎられた仔もいるが、
その仔もやはりステーキを求め上半身だけで蠢いていた。
群れに加わらなかった、賢い実装石も既に社長が"人力で"始末したので、児童公園内にいた実装石は壊滅した。

「じゃ、倒れた実装石、回収しますわ。」
そう言って社長は火ばさみと麻袋を持ち、倒れこんだ実装石を麻袋に入れていった。

「「」さん、駆除終わりました。請求書は後日郵送しますんで。」
呆気にとられたまま、駆除は終わってしまった。
「あ、はい。分かりました・・・。どうもお疲れさまでした。」



数日後。
職員が市役所で仕事をしていると、事務の職員から郵便物を渡された。
小さい茶封筒には、有限会社 漏善 とあった。
中を開けると、実績報告書(要は処理した実装石のキログラム数が羅列された紙)と処理業者への引き渡し証明書、請求書が入っていた。

ステーキ     500円
金平糖      300円
寿司       600円
バッテリー充電  200円
人件費     10,000円
管理費     1,160円
小計      12,760円
消費税         1,276円
合計          14,036円


「本当に1万4千円かよ。」
職員は思わず呟いた。まぁ、とりあえず支払い手続きのため経理部署へ回送したが、30分そこいらの駆除で人件費1万円てのも無茶苦茶な話だ。



さらに数カ月後。日曜日。
職員は休日ということで、街をプラプラしていた。ふと書店に入る。
電子工作の本が目に留まった。学生時代はよくこういう本読んで手作りラジオとか作ってたなとか考えながら
本を手にとり、ページをめくり、目を見開いた。

『電子工作のプロ 漏善さんにインタビュー!』
見出しの下の写真に写っている老人は間違いなくあの社長だった。
インタビュー記事は対談形式で綴られていた。
『漏善さんは長年、電子工作、特に自動制御について様々なユニークな発明をされてきました。最近はどのようなものを作られたのですか?』

社長は答える。
『最近はね、実装石の駆除とかやりましたよ。役所の仕事でね。』

『へー!役所の仕事!お堅い方々の相手もされてるんですね!』

『いやいや、単純にラジコンカーに餌吊るして、公園走らせただけよ。
 実装石って馬鹿やから、追っかけて追っかけて、スタミナ切れてバタンキューよ』

『実装石の駆除っていうと、白い服着た人たちがそれはもう地獄絵図のようなことやってるイメージでしたけど、
 漏善さんの駆除方法はそれとはだいぶ違うんじゃないですか?』

『そうねー。そういう白い服着た人ってのとはだいぶイメージ違うかな。
 僕のやり方だと血出ないし、何より自動だとお金かからないからね。』

血出ないって、あの時の実装石たちの足下はかなり大変なことになっていたはずだが、お金がかからないというのは間違いなく事実だ。

『漏善さん、それ新しいビジネスなんじゃないですか?
 そういった形で社会貢献されていくご予定なんですか?』

『いやいや、僕は自動制御で面白いもの作って遊びたいだけやから、駆除はもうやんないよ。
 遊んでお小遣い貰えるんやから、もう最高よ。次は一日中ペットの相手してくれるロボットとか作ろうかな思てるんですよ」

ここまで読んで職員は本を閉じ、棚に戻した。
何だろう、夢でも見ているかのような、変な気分だ。老人の遊び?に付き合わされて、確かに仕事はきちんとこなしてくれたが、
これだと今までの駆除業者の頑張りは何だったのだろう?職員は何とも言えない気分のまま、書店を後にした。


書店を出て、街を歩く。
路地に入るところに、実装石の親仔がいた。
スマホのリンガルアプリを起動する。
『ニンゲンさんに近づいてはいけないデスゥ。ニンゲンさんはワタシたちを玩具のように殺すデスゥ。
 ゴハンはニンゲンさんがいないところで手に入れるデスゥ。』
『ママ、わかったテチ。ワタチはオネチャのようにニンゲンさんに握り潰されたりしないテチ』
『お前は賢い仔デスゥ、ママは幸せデスゥ』

思えば、実装石のペットブームが起きたのが2000年代半ばだったか。
いつの間にかリンガルはスマホのアプリになった。増えすぎた野良実装の駆除は市の職員を動員する形から専門業者に頼むようになった。
そしてそれも自動制御の機械がやるようになった。

世の中はゆっくりと、確実に変わっていくんだなと、職員は思った。
一方でこいつら実装石の会話は昔から何一つ変わっていない。
『テェッ!?ママ、ニンゲンさんテチッ!』

野良の仔実装が職員に気付いた。
『デスゥ!マズいデスゥ!目を合わせずに、そっと、逃げるデスゥ』
職員はリンガルアプリの翻訳モードをオンにして親仔に話しかけた。

「それでいいんだよ、お前らは。実装石がこれからどうなるかは分からない。けど世の中は確実に変わってる。
 お前らに対する人間の接し方も、色々と変わっていくんだろう。それでお前らが幸せになるか不幸になるかは分からん。
 けど、お前らはそのままで良いんだよ」

実装親仔は頭の上に「?」が浮いたような顔をして、職員を見つめていた。
職員が歩き出す。

世の中、変わらずそのままであり続ける、というのも悪くないのかもしれない。
漏善の社長という最先端技術を楽しむ老人と、昔から何も変わらず必死に生きて死んでいく実装石という、ある意味両極端な者同士の関わりをみて、
職員はふとそんなことを思ったのであった。


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1 Re: Name:匿名石 2021/11/04-16:07:46 No:00006430[申告]
爺さんカッコいい…
2 Re: Name:匿名医師 2022/05/17-15:08:49 No:00006503[申告]
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