【真夏の車内】 「よっしゃ!今日も暑くなりそうだぜ!!」 ハンドバック大の保冷パックを抱えた一人の男が真夏の天を仰ぎ、これからする行為の成功を確信する そして男は保冷バックの中を覗き、中のナマモノに対して呟いた 「さてと!一週間世話してやったんだからな!」 親指大のそのナマモノは、パックの中でオッドアイの瞳をキョロキョロさせていた そう、パックの中には冷えた親指実装石が41匹も詰め込まれていたのだ 身動きするのも不自由な親指実装石たちは、一斉に不満そうな顔を向けて男に対して叫びだす 親指実装の不満など聞く耳を持たず、 「これからちゃんと役に立ってもらうぞ!」 と、一方的に話し、男はパチンコ屋の駐車場に停めてある一際目立つ車の前に立っていた 男はこのパチンコ屋の元従業員であり、この車の持ち主に何らかの恨みがあるらしい 「このDQNカーだけは間違ようがないぜ」 車種はト○タのセル塩で色はシルバーなんだが… フロントバンパーが地面スレスレまで伸びたフルエアロ仕様というありえない改造してある 後はお決まりのサイドステップ、リアバンパーに加え、リアウイング、アイラインが付いていて、 まあ一言で言うとセル塩とは思えない形状に魔改造されている この広い世界と言えどDQNでもセル塩にこんな改造の仕方をするぶッ飛んだ奴は極少数、まさにDQN中のDQNと言えよう 一方、男はビニール手袋をはめ、保冷パックに手を突っ込み適当な親指実装を一匹取り出すと、地面に叩きつけた 「テチャア!」 親指実装は断末魔の声を上げ、即アスファルトで緑色の染みと化す 次に2匹の親指実装を取り出し、その染みに身体を擦り付けさせた 「止めるテチィ!、汚い汁で服がベタベタテチィ!」 「コラ!バカニンゲン、臭いテチィ!、気持ち悪いテチィ!」 とか、勝手な事をほざき始める 男はリンガルのスイッチを入れる事無く、無視して黙々と作業に取り掛かる まず、摘んだ二匹の足を地面からフロントのエアロパーツ、ボンネット、ドア、助手席側の窓ガラスの順にペタペタと何度も押し付けた 傍目から見ると緑色に汚れた実装の足跡が続いて描かれており、不自然ではあるがそこを何匹かの実装が歩いたようにも見える 男はそれを確認すると助手席の窓を覗き込む 「よし、いつもどおり開いてるな」 よく見ると運転席側と助手席側の窓ガラスが2cm程開いている 盗難防止装置付きで安心しているらしく車の持ち主は換気の為か、閉め忘れなのか、何時も窓をこの状態にしていた その隙間を利用し、男は次々と保冷パックから親指実装達を取り出して車内に放り込む 男が仔実装よりも小さい親指実装を選んだ最大に理由がこれだ 40匹もの親指実装達を全て放り込んだ事を確認すると 「うし!お前ら!後は頑張って、この車の中を地獄絵図にしてくれよ〜」 と捨て台詞を残し、辺りを気にしつつ足早に男は去った 残された親指実装達は呆然と辺りを見渡す 車内をキョロキョロと視界に入れながら、無い脳味噌で状況把握を始めたのだ 「床がフワフワテチィ〜♪」 数匹が助手席のシートの上で楽しそうに跳ね始める 蛆よりマシだが充分に塵い親指実装達が放り込まれても即死せずにいたのはこのシートのお陰だ 「キラキラ光って綺麗テチィ〜♪」 呆けて車内のインテリアを眺めている者もいる それは只のガラスやプラスチックのシャンデリアもどきだった… 「なんだか美味しそうなにおいがするテチィ〜♪」 煙草の臭い消しの芳香剤の香りが車内には充満している 自然な食物の匂いではない化学物質まみれの香りに心ときめかす… 「でも、とても暑いテチ…」 そろそろ太陽が高く昇り始め、夏の日差しが本格的に照り始めていた 「涼しい日陰に入るテチ…」 のたのたと涼しい場所にもぐりこもうと親指たちは移動を始める 保冷パックから出されて2,3分程度しか経っていないのに、もう暑さにやられたていたのだ この親指たちは元々ペットショップの売れ残りを男がまとめて買ってきたもので、格段に弱い野良の親指よりも更に体質が弱い 加えて男が一週間面倒を見たのは、クーラーを最大に効かせた部屋で、凍えそうな程寒くした環境だった 与えていた餌も栄養素が殆んど無く、その代わりに添加物や甘味料で味が誤魔化された中国産の安物実装フードだけ お陰で元から弱かった身体はますます弱っていた 止めに、与えられる水の量が日々減らされ、遂にここ2日間は一滴も水を飲んでいない 安物実装フードに霧吹きで水分を染み込ませ、死なないようだけはしてあった その為、飼われた当初は親指たちの糞は水分を含んだ軟便で 「ウンコでたテチィ〜、おしりきもちいいテチィ〜 もっとだすテチィ〜♪」 という至福の排泄行為だったのが、次第に固形化した糞しか出無くなり 「ウンコかたいテチィ! おしりいたいテチィ! お前なんか私の中からとっととでてけテチィィィィ!」 と、只の苦痛に成り果てる 糞が我慢できずに排泄する事にしか身体が働かない実装石に、硬い糞になったからと便秘などありえない だが硬い糞によって総排泄口を傷つけながらする排泄行為は、生命力も著しく削ぐ結果となる 男が水分を与えなかったのは脱水症状で直ぐ死なせるためだったが、予期せず食糞による水分補給をさせてしまうことも防いでいた さて、この車は本来スモークガラスが当たり前の後部座席窓やリアウィンドウをわざとクリアガラスにしてる為、夏場は死ぬほど暑い 見た目重視になっているので元々居住性が最悪だった 「この隙間に入ればきっと涼しいテチ…」 必死に涼を求めてレザーのシートの隙間に潜り込んだ数匹が 「苦しいテチィ!暑さも変わんないテチィ!」 っと、出てきた 他の者は右往左往し、パニックで髪を掻き毟ったり、裸になったりしているものもいた が、夏の日差しの洗礼を地肌で受け、 「なんだかさっきより暑いテチィ…なんだかそれに痛いテチィ…いたあつい…テチィィィィ…」 往々にして自らの身体で悟り、服を着なおして頭巾を深く被る 「こっちの方がマシテチ…」 あたかも亡者のような様相でフラフラと歩き回り、最終的に殆んどの親指達はなんとか床に降りて直射日光を避けていた 大部分がボンネットの下と座席の下に分かれてだが 「狭いテチィ!お前ら寄るなテチィ!」 「お前こそあっちにいけテチィ!」 「暑苦しい醜い身体をくっ付けるなテチィ!」 座席下では親指とはいえ20匹近くが限られたスペースに密集したため押し合いへし合いの乱闘が起きていたのだ 「お前ら出てけテチィ!」 特に弱っていた数匹がとうとう座席下から追い出されてしまう 「テチュァアアアアア!!!暑いテチィ暑いテチィ…あつい…テチィィィィ…ィ…」 ひっくり返って直射日光をモロに浴びた5匹が暑さによる苦しみに仰け反りながら、次第に身動き一つしなくなった 直視した太陽光線の眩しさに、あっけなくショック死したのである だが、うつぶせでまだ動けるものは這いずりながら後部座席の下に潜り込んだ 「ハァ、ハァ、…なんとか…助かったテチィィィィ…」 呟きの声に力無く、最早虫の息で死が間近なのは明らかだ 即死するほどではない痛みや状況でも、精神的に『死んだ』と思い込むとショック死してしまうのが実装石であるが、 じわじわと確実に死が目前に迫りくる状況であれば、人間すら超えるほど見苦しく生に執着し足掻きまくるのが実装石だ 外気温は38.5度、車内温度は50度を越えるこの環境では人間の大人ですら根を上げるだろう しかし、遥かにチリイ親指実装石たちは懸命に存命を図り続けた 「バカニンゲンがワタチ達を入れたあの上の隙間から外に出るテチィ!」 「でもあんなとこ登れないテチィ…」 「きっとあのバカニンゲンが戻ってくるテチィ!」 座席の下の親指たちが今後の相談を始めていたのだ 暑さで朦朧とし、思考が定まらない状況では良い考えなど浮かばない どうせ好き勝手な事を言い合い、幸せ回路に接続するのがオチだろう まあ元々良いアイディアが出るほどの脳を持っていないのが実装の悲しい所で、もっぱらその思考は食欲に向くのが通例だ 「なんか肉の旨そうな匂いがするテチィ」 不意に一匹が足元の埃まみれの塊を手にした それは酒のツマミのビーフジャーキーの欠片だった 車中で飲み食いした時にこぼれたのであろうそれは干からびていたが、肉の匂いを微かに残していた 「いただきますテチィ」 反射的と言える程自然に何も考えず、愚かにもそれを口に入れる一匹の親指実装 「美味しいテチュ〜♪」 つられてその場にいた親指たち全員10匹は、足元のそれらしいものを我先にと探して掴んで次々口に放り込んだ 「「「「「美味しいテチュ〜♪」」」」」 皆、汗すら出ない程水分が元々身体に無いこんな状況で、出ないはずの唾液を不可思議な力で出して咀嚼する が、それも限界があった 「テッ!喉が渇くテチィ!渇きまくりテチィ!水テチィ!みずぅぅぅ!!!」 「美味しいのに痛いテチィ…どうしてテチィ?…」 「ぅ〜カバニンゲンがくれた食べ物はお水が無くても、たくさん、たくさん食べれたテチィ…おかしいテチィ…」 「べ、…べリョ…のどぉ…いあぁぁぁ…」 あるはずも無い水を求めて座席の下でもがき苦しむ親指たち 男の「水を含ませた実装フード」が功を奏し、咽の渇きと食欲とが相反するとは考え付かなくなっていたのだ 自滅としか言えないほど愚かな行為で存命行為を自ら放棄した 一方、ボンネット下の生き残りの20匹は何を思ったか日陰から自ら出て、ダッシュボードを登り始めていた フラフラでありながら互いに協力し合ってフリークライミングよろしく内装を登り、コンパネたどり着く 次にヨロヨロと開けっ放しの吸殻入れに足を掛け、エアコンの噴出し口を蔦ってダッシュボードの上に次々と降り立つ 熱中症による幻覚作用だった 一匹が、 「あそこに飲み物があるテチィ!間違いないテチィ!」 と、叫んだのだ その視線はダッシュボードの上に置きっぱなしのスチール缶を指していた 目の前の座席の下で繰り広げられた「水を寄越せ」の大合唱に危機感を煽られ、皆苦しみから逃れる為にその幻覚に従ってしまった 「テチュァアアアアア!!!暑いテチィ暑いテチィ…あつい…テチィィィィ…ィ…」 なんどめだなうしかな叫びを上げて、ダッシュボードの上に降り立った親指たちは下手なタップダンスを踊り狂う ダッシュボードの上は車内でハンドルと並んで一番暑くなる場所だ 外気温度が40度を越え、車内温度は60度近くまで上昇し、そこは更に熱い80度まで上がっていたのである 馬鹿な幻覚に踊らされて灼熱地獄に自ら降り立ったのだ この猛烈な熱さから逃れる為、ダッシュボードから次々に飛び降りる親指たち だが、最初に降り立ったシートより床のマットはその衝撃をけ止めてはくれなかった 「テチャア!」 「テェェエエ!?」 「テッ!」 落ちた先から順番に即死していく親指たちは、レミングスを思わせる光景だ そんな中、最初に叫んで「笛を吹き」仲間を死に追いやった幻覚まみれの親指実装石はスチール缶に辿り付いた 足から伝わる熱も最早感じないのか、うわごとのように 「水テチィ、これを飲めば生き残れるテチィ…」 と呟き、スチール缶に手をかけた もちろんそこに水などあろうはずも無く、親指実装が手をかけたことで空き缶は倒れる 生き残り最後の親指実装を巻き込んで、床に落ちる空き缶 「お水こぼれるテチィ…飲むテチィ…美味しいテチィ…」 一緒に落ちた実装は断末魔の声を上げる事無く死んだ 後部座席に逃れた数匹もとっくの昔に衰弱死していたので、最早車内に生物の気配は皆無となった 男が実装石を車内に入れる嫌がらせを思いついたのは、仲間と川原でバーベキューに行った時の事 間抜けにも肉のパックを1つ車内に忘れたまま、炎天下に車を放置してしまったのだ 一泊二日程遊び倒した後戻ってくると、ドアを開けた瞬間、強烈な腐敗臭に鼻が曲がり乗り込むことすら出来ない 業者に洗浄してもらっても一週間ほど臭いが落ちなかったほどだ 「牛肉であれなら、もっと臭い実装石の死骸ならどうなるのか楽しみだぜ」 男はほくそえんでこの街を後にした もちろん一週間だけ親指が彼と暮らしたアパートの部屋も引き払っている 別の街でもう一度やり直すのだろうが、果たして… … 終わり