★規約違反申告/バグ報告として作品[
]についたレスNo.
を管理人に申告します
★「つまらない」も1つの"感想"です、しかし"しつこく"投稿する場合は別なので対処します
◆申告の種類を選択してください
◆バグ報告等の場合は詳細を以下の欄にお願いします
タイトル:
名前:
本
文
***************************************************************************** 「冬のデパートと実装石」 現況一覧 親 × (B1・集荷場) 6 × (5F・食器 ) 1 ○ (7F・レストラン ) 7 × (6F・玩具 ) 2 × (7F・レストラン ) 8 × (6F・ペット) 3 × (3F・和服 ) 9 × (B1・仕分室) 4 × (3F・和服 ) 10 × (7F・レストラン ) 5 × (5F・生花 ) ※ ペット仔実装 ××××××××××××……… ***************************************************************************** — 冬のデパートと実装石・5 — 長女のイチは、次女ニィ・十女ジュウの妹二匹と分かれて以来、通風管の中で寝起きし、ごみ集積場に運び込まれる生ごみの袋を漁って日々の糧を得る生活を続けながら、二匹を捜し歩いていた。 二匹を見つけ出して説得し、再び安全な生活に引き戻すことが自分の務めだと考えていたからである。 「姉妹で助け合って、皆で生きるデス!」という、母の別れ際の言葉はイチの耳奥にまだ残っていた。 そして、妹達を無事に越冬させ、公園の母の元へ連れ帰る責任は、長女である自分の肩にかかっていると考えていたのである。 それだけにイチは、何もできないまま九女のキューを見殺しにせざるを得なかったことに、強い慙愧の念を感じていた。 そして、心の中に(もうこれ以上、妹達は誰一匹として悲しいことにはさせないテチ…。)という固い決意を抱いていた。 その気負いが、彼女の生活態度を極端に慎重にしてしまっていた。妹二匹が自分の元を離れて行ったのは、そのあまりの慎重さを重圧に感じたためであることに、彼女は気づいていなかった。 人間の建物の中で実装石が生き延びるためには、臆病なほどに慎重でなければならない、という理屈を説けば、ニィもジュウも自分の元に戻って来てくれ る、イチはまだそう考えていた。 しかし、春になったら再会する約束の母も、ニィ、ジュウをはじめとする妹達も、皆このデパートのおのおののフロアで無残な死を遂げていることを、イチは知る由もなかった。 イチがニィと再会できたのは、二匹が分かれてから二週間ほど経った頃である。 その日もイチは、通風管を辿って7階フロアのいくつかの部屋を巡り、妹二匹の姿を捜し求めていた。 しかし、結局何の手がかりも得ることが出来ないまま夜を迎え、ごみ集積場付近に戻って来たのであった。 一日中歩き回ったため、足は棒のように疲れ果て、体は寒さで小刻みに震えていたが、ともかく今夜の食料を確保しなければならない。 彼女は、いつものように通風孔からごみ集積場内に這い出すと、積み上げられたごみ袋を物色し始めた。 ふと、ある可燃ごみの袋が彼女の目に留まった。その半透明の袋の中には、汚れてしわくちゃになった雑巾が入っていたのである。 「テチュ~ン♪いいもの見つけたテチ!あの厚手の布なら、寝る時に風除けになるテチ♪」 彼女は嬉しそうに呟くと、トテトテと袋に駆け寄り、底に歯で小さな穴を開けた。その穴から袋の中に頭を突っ込むと、お目当ての雑巾の角を咥え、ずるずると外へ引きずり出す。 手にした雑巾をパッと広げて見てみると、全体が黒ずみ、所々コーヒーやケチャップのしみが残ってはいるものの、大きな穴も無く、十分使用に耐えそうである。首尾は上々といった所であった。 その時、袋の中から「ゴトリ」と音がした。雑巾を抜き取られた袋の中ごみが、中で崩れたのである。 その音にビクリとして、袋に目をやったイチの表情は、次の瞬間凍りついた。 袋の中に現れたのは、肌が土気色に変色したニィの死体であった。その目は既に光を失い眼窩は落ち窪んでいた。口だけがカッと裂ける程に開かれ、死の瞬間の恐怖と苦痛を示していた。 「テチャァァ!ニィ!しっかりするテチ!」 仰天して再び袋の中に頭を突っ込み、ニィの右腕を咥えて、袋から引きずり出そうとするイチ。 しかし、ニィの他の手足は、箱状の実装ホイホイにくっ付いており、それが邪魔をして袋から出すことが出来ない。 「今…出してあげるテチ…。」 涙目で必死に踏ん張るイチ。 やがて、ニィの右腕の根元がミシミシと音を立て始め、ついに脇の下から引き千切れてしまった。 「テチャ!」 ニィの千切れた右腕を咥えたままひっくり返って、床で頭を打つイチ。 起き上がって袋の中を見ると、ニィの死体には右腕の骨だけが残り、ふやけて腐りかけた肉の部分がイチの口に咥えられていた。 「テチャァァ!」 半狂乱になり泣き叫ぶイチ。 「ワタチが…ワタチがもっと強く引き止めていれば、ニィは死なずに済んだかもしれないテチ…。」 イチは後悔の念に苛まれ、つぶらな目からぽろぽろと悔し涙をこぼした。 この分では、ニィと一緒に付いて行ったジュウの生存も絶望的であろう。 「ニンゲンめ…絶対に許せないテチ…ニンゲンなんか、みんな死んじゃえばいいテチ…。」 涙を湛えた瞳の奥に、深い憎しみの炎を燃やしながら、人間に呪いの言葉を吐くイチ。 もはや食料を集める気も失せたイチは、雑巾を掴むとよろよろと立ち上がり、通風孔の中へと戻って行った。 その夜は、イチの嗚咽が一晩中風通管の中にこだました。 ********************************************************************************** 翌日。イチが目覚めた時は、既に昼であった。起きてすぐに、フロアの雰囲気に違和感を覚えるイチ。 おかしい。いつもなら、朝になれば、行き来する人間たちの足音や話し声で容赦なく目が覚めるというのに、今日に限って何故か静まり返っている。 妙に思ったイチは、通風管を辿って廊下付近の孔へ近付き、スチール製の格子蓋の隙間から、そっと廊下の様子を伺った。 普段なら、買い物客や店員の足がいそいそと動き回っているその廊下だが、今日は誰一人として歩いていない。 イチは、恐る恐る通風孔から廊下に這い出し、トコトコと辺りを歩き回った。 建物内には物音一つしない。空調も音楽も止まっている。 どうやら、このフロアだけでなく、デパート全体が無人の建物と化した様子である。 念のため、レストラン、屋上遊園地など、他の場所も一巡りしたが、人間の姿はどこにもない。 「ニンゲンが消えちゃったテチ…。」 不思議がりながらも、イチは慎重な判断を捨ててはいなかった。 「ワタチ達を安心させておびき出す罠かもしれないテチ。二、三日様子を見るテチ。」 イチは、再び通風孔の中に身を隠した。 それから三日が過ぎた。しかし、建物に人間が戻って来る気配はない。 イチはふと、先日「ニンゲンなんか、みんな死んじゃえばいいテチ」と呟いたことを思い出した。 「神様が、ニィとキューを殺した残酷なニンゲン達をこらしめるために、みな殺しにしちゃったに違いないテチ!」 可愛い妹達を無残に殺され、人間に対する憎しみを燃やしていたイチであったが、その人間が皆消えてしまったと分かり、ようやく溜飲を下げた。 「とすれば、この建物はもうワタチ達のものテチ!残った姉妹を探し出して、春まで楽しく暮らすテチ♪」 妹達を失ったことは悲しかったが、この食べ物やおもちゃに溢れた建物が全て自分達のものとなったことに、イチは喜びを隠せず、「チププ」と笑った。 まずは、他のフロアにいる妹達を探し出し、美味しい食べ物のいっぱいある所を見つけたら、暖かい寝床をしつらえて、春まで皆で仲良く暮らしてゆこう。春になったら、公園に戻って、ママもこの建物に連れて来よう。 もう、野良の犬猫や、気の荒い同族に怯えて、こそこそ隠れながらごみ箱を漁り、わずかばかりの食べ物を集める必要もない。 これからは、安全で豊かな生活が待っている。 今まで定期的に補給されていた生ごみは、人間がいなくなって補給が途絶えてしまった。 レストランがあった部屋にも、何故か食べ物は一切残されていない。 それに、人間と一緒に、楽しい音楽や暖かい空気まで無くなってしまった。 それは残念であったが、なお豊富な資源がこの建物には残されているはずだ。 もう、人間の目にビクビク怯えて通風管を移動する必要はない。 イチは、勇躍して廊下の真ん中を走り出した。 調べた所、廊下の突き当たりに階段があり、それがずっと下のフロアまで通じているようである。 階段を辿ってフロアを移動しながら妹達を探し出し、暮らすのに適当な場所をゆっくりと探すこととしよう。 もっとも、人間用の階段は、仔実装の背丈では一段一段降りて行くのに一苦労である。 一計を案じたイチは、便所に積んであるトイレットペーパーを抱えて来ると、それを階段の上から踊り場まで転げ落として、紙で滑り台のようなスロープを作った。 所詮トイレットペーパーなので、いつ底が抜けるか分からず少々心もとないが、このスロープの上を歩いた方が、効率的に他のフロアに移動できる。 ********************************************************************************** トイレットペーパーで作ったスロープを慎重に辿り、イチは6階のおもちゃ・ペット売り場に下りて来た。 ペット売り場からは、既に全てのペットが撤収され、どこか他所へ移されていたが、おもちゃ売り場には、まだ人間がいた頃のまま商品が残されていた。 「テェェ…」 姉妹で一番のしっかり者とはいえ、イチもまだまだ遊びたい盛りの仔実装である。溢れんばかりのおもちゃを眼前にして、瞳を輝かせた。 もう怖い人間はいない。このおもちゃは、全部自分達のものだ!嬉しくなったイチは、テチテチと歓声を上げながら、おもちゃ売り場に駆け込んだ。 その時、イチはふと懐かしい匂いをかすかに鼻腔に感じて足を止めた。 その生ごみと汚水と糞の混じった匂いは、間違いなく七女ナァと八女ヤァの匂いだ。 「ナァ!ヤァ!どこにいるテチ?オ姉チャンが迎えに来たテチよ!」 大声で妹達を呼ぶイチ。 しかし、その声は、売り場に空しく響くだけで、返事は無い。 「怖いニンゲンはもういないテチ!出て来ても大丈夫テチ!」 イチは、妹達の匂いを辿りながら歩みを進めて行った。 妹たちの匂いは、テーブルの上に山積みにされた小さな箱の間から漂っていた。 もっとも、そこは仔実装の背丈で届くような高さではない。 イチは辺りを見回し、消防車のおもちゃをコロコロと押して来ると、梯子を伸ばしてテーブルの高さまで上げ、それを伝ってテーブルの上まで辿り着いた。 その箱は、お菓子と小さなおもちゃがセットで入った「食玩」であった。 一番下の箱の隅に、わずかに緑色のしみが見える。それに鼻を近づけて、ヒクヒクと匂いを嗅ぐイチ。 「ヤァのウンチテチュ…。」 二匹が最近までこのフロアにいたのは間違いない。 箱を齧り開けてみると、中からはチョコレートを挟んだウエハースと、ロボットの人形が出てきた。 甘い香りを漂わせるウエハースに、恐る恐る口をつけるイチ。 次の瞬間、口に広がる未知の味に、イチは思わず 「テチューン♪」 と歓喜の声を上げた。 妹達の捜索を続けたい所であったが、腹も膨れたし、今日はもう遅い。 イチは、空になった箱をテーブルの下に放り投げると、消防車の梯子を伝って床に下り、今夜の寝床を探すことにした。 このフロアは広過ぎて、空調が聞いていないと少々寒い。 イチは、ふかふかのぬいぐるみが並べられた商品棚を見つけ、ここを今夜の寝床とすることに決めた。 いつもの風が吹き抜ける薄ら寒い通風管と違って、柔らかく暖かい寝床に、イチはすぐスピスピと寝息を立て始めた。 妹達と一緒にデパートの中ではしゃぎ回る夢でも見ているのであろうか、イチは 「テチチ…。」 と、寝ながら時々笑い声を上げた。 ********************************************************************************** 先日このデパートのレストランで、客に出された食事に実装石が混入していた事実は、たちまち保健所の知る所となった。 そして、レストランでの事件より以前から、他のフロアで実装石の生息が確認されていたにも関わらず、デパートが有効な対策をとらなかった事実も、同時に明るみに出た。 デパートには、故意に保健所への報告を怠った疑いがかけられ、事態を重く見た市は、レストラン以外のフロアを含む建物全体について、一か月間の営業停止を命じたのであった。 もっとも、このデパートがこれほど長期の営業停止命令を受けたのは、一部市議会議員の強い後押しがあったからだとの噂も、まことしやかに囁かれていた。 また、この出来事は、広く報道でも取り上げられ、新聞やテレビニュースによって巷に知れ渡ってしまった。 この時ばかりは、なまじ一流デパートとしての知名度が仇となった。 目立った事件もなかった折のこととて、下品な週刊誌は、社会正義と報道の自由の美名の下、この不幸な事件を必要以上にセンセーショナルに書き立て、デパートを攻撃した。 デパート内からは、日持ちのしない生鮮食品、閉店中も世話が必要なペットや植物は早々に引き揚げられ、倉庫や同系列のデパートへ移送された。 残された商品も、人目の無い深夜に順次運び出すこととなっていた。 1月半ばには、残された全ての商品の撤去を終え、続いて建物全体の大規模な清掃と害虫害獣等の駆除を行う算段となっている。 営業停止期間中、事業者は、衛生状態改善のための計画を策定し、保健所に提出して承認を受けるとともに、清掃・害虫害獣駆除・空調利水設備の保守点検を実施して、保健所の現場監査を受けなければならないのだ。 それまでの間、デパートには、経営幹部や建物管理部署の従業員の他、深夜に商品を移送するための作業員がたまに訪れる程度で、ほとんど無人となる。 哀れな多くの従業員達は、年が明けた後、自分達の職場が果たして残っているのかという不安を抱きながら、自宅で年末を迎えていた。 結局このデパートは、肝心の年末商戦を閉店状態で過すこととなってしまった。 こうなった以上、徹底的に衛生状態の改善を行って、社会的信用を取り戻すより他、デパートに生き残る方法は無い。 特に、営業停止の原因となった実装石を皆殺しにすることは、経営幹部以下デパート従業員の総意となっていた。 ********************************************************************************** 人間がデパートから姿を消してから一週間が経った。イチは、連日フロアを移動して妹達の姿を探し回っていた。 しかし、妹達の残り香を掴むことはあるのだが、姿を見付けることは全く出来ない。 「みんな、どこへ行ったテチュ…。」 イチは、妹達の生存について、徐々に不安を感じ始めていた。 それに加えて、建物内には、食べ物や物資はそう多くは残っていないことが分かってきた。 元々この建物内にあった品物は、人間向けの商品ばかりである。 人間がいなくなれば、撤去されるのは当然であった。 その上、奇妙なことに、夜寝ている間に建物内の品物が少しずつ消えてゆくのだ。 このままでは、この楽園は、遠からず巨大な空の箱に なってしまう。イチは、自分達家族の財産を盗む犯人を突き止める必要があると考えていた。 犯人は夜やって来るはずだ。今夜は寝ずの番をしなければならない。 夜。 4階の男性衣料フロアで、ネクタイに身を包んで寒さを凌ぎながら、眠い目をこすって盗人を待ち構えるイチ。 既に午前を回った頃、ようやく盗人は現れた。 下の階から階段越しに、どやどやと人間達の話し声が聞こえる。 やがて、その声の主達は、イチの隠れるフロアへ姿を見せた。 ぱっと点いた明かりに驚き、レジカウンターの下に身を隠すイチ。 やって来た人間達は、まだ建物内に残っている商品を夜のうちに移送するために来たデパートの作業員である。 彼らは、年配の監督作業員の指示を受け、めいめいフロア内の服やマネキン人形を運び出し始めた。 「ニンゲンたちめ…。性懲りも無くまたやって来たテチね…!」 運び出される商品を陰から眺めながら歯軋りするイチ。 それは自分達家族のものだ!勝手に持ち出すな!図々しくも再び姿を現した上、自分達の財産を盗取する人間達に、怒りで身を硬くする。 この一週間、デパートの主として君臨したイチには、もはや人間達の帰還を甘んじて受け入れる気は無かった。 「この建物はもうワタチ達家族のものテチ!ニンゲンなんか追い出してやるテチ!」 フロアから品物が消えてゆく光景に焦りながらも、イチは人間を撃退する機会を捉えるべく、息を殺して作業の様子を見守っていた。 数時間後、作業員達は、小休止のため集まって床に座り、談笑しながら飲み物を飲んだり、煙草を吸ったりし始めた。 床の上に置かれた灰皿には、次々と吸殻がたまってゆく。 それを見て、イチは、公園に住んでいた頃、人間が捨てた煙草の吸殻に近所の仔実装が触れて大火傷を負ったことを思い出した。 あの吸殻の攻撃力を持ってすれば、人間と言えども、殺せぬまでも負傷くらいはさせられるはずだ。 やがて、従業員達は立ち上がり、作業再開の前に、ある者はごみを捨てに、ある者は便所に歩いて行く。 それを見計らい、イチは置きっ放しになっていた灰皿に近寄り、慎重に中の吸殻をより分ける。 そして、まだ火が消えていない吸殻を引っ張り出し、脇に抱えると、先程作業員の一人が向かった便所へ走った。 イチは、便所に入り、作業員の一人が個室に入っていることを確認すると、パーティションと床との隙間から、その個室の中へ体をねじ込み、無防備となっている作業員の背後を取った。 個室の中にいたのは、年配の監督作業員であった。 幸い監督は、用便に集中してイチの姿には気付かない。ズボンを下ろし、和式の便器にまたがるように腰を下ろして力んでいるまっ最中である。 イチの目の前に、中年男の巨大な尻がドーンと広がる。 「うぐぐうぅ~っ!」 便が硬いのか、しばらく唸っていた監督であったが、やがて唸り声が一段と強まり、ゆっくりと肛門が広がってゆく。 「食らうテチ!」 イチは、そのタイミングを逃さず、肛門めがけて真っ直ぐに火の点いた吸殻を刺し込んだ。 「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」 次の瞬間、監督の絶叫が便所に響き渡る。 監督は、慌てて立ち上がった拍子に、ドアノブに頭をぶつけて横転した。 口から泡を吹きながら悶絶する監督。 「やったテチ!ざま見るテチ!」 奇襲に成功したイチは、個室の隅に置かれた三角コーナーの中に飛び込んで姿を隠した。 一方、監督の悲鳴を聞いた他の作業員らが、何事かと便所に駆けつけてくる。 監督の入っている個室を何度もノックするものの、返事はない。 思い切ってドアを蹴破った一同が見たものは、尻をむき出しにし、肛門にタバコを挿したまま、泡を吹いて気を失っている監督の姿であった。 その日の作業は中止となった。 ********************************************************************************** 次の日の夜。 昨夜のイチの勇敢な攻撃により打撃を受けたにも関わらず、またしても人間達はやって来た。 イチは、姿を隠しながら、作業員達の持ち物を盗んだり、荷物に糞を擦り付けるなどのゲリラ戦術で対抗する。 しかし、作業員達は一向に撤収する様子は無く、淡々と商品の運び出し作業を続ける。 次の夜も、その次の夜も、作業員達は、入れ替わり立ち代り商品を運び出し、ついにデパートからは一切の商品が移送されてしまった。 イチの手元には、昼のうちに通風管に運び込んでおいた食料や物資が残るのみとなっていた。 人間による理不尽な仕打ちに悔し涙を流すイチ。 「どうしてニンゲンはワタチ達をそっとしておいてくれないんテチ…。ワタチ達は、ただ暖かい寝床と、飢えない程度の食べ物と、安全な生活がほしいだけテチ…。」 母親や姉妹と一緒に送るはずだった豊かな生活の夢を打ち壊され、イチはテチテチと泣くより他なかった。 一方の人間達は、各所に残された糞や、階段に散乱したトイレットペーパーから まだ建物内に実装石が生存していることに気付いていた。 商品を移送する作業員達は、近くに憎き実装石が潜んでいるであろうことに歯噛みしながらも後日予定している大規模清掃と害虫害獣駆除に期して、ただ黙々と準備を進めていたのである。 さらに一週間が経過した。建物の中からは、食料となるようなものは一切撤去されてしまっていた。 イチは、取っておいた食料を食べ尽くしてしまった後、最後まで残っていた観葉植物の葉をかじりながら飢えを凌いでいたが、ついにはそれすら撤去されてしまった。 イチには、もはやトイレの和式便器の底に溜まった水をすするより他なかった。 さらに三日もすると、ころころと丸っこかった体は痩せ細り、青白い皮膚にあばら骨が浮き出るまでになっていた。 意を決し、糞を食べては空腹感を紛らわせていたのも束の間、栄養が足りないため糞の量すら減ってゆき、やがて動くことも億劫になってしまった。 食べ物を探して各フロアを巡りながらも、もはやイチの意識は朦朧となっていた。 「もうだめテチ…。」 ついに力尽き、パッタリと床に倒れるイチ。彼女は、テー、テーと肩で息をしながら、全てを諦めたように、ぼんやりと床面を眺めていた。 その時、突然イチの目に、一人の人間の姿が映った。その人間は、建物の清掃に来た清掃員であった。 この日は、建物の大規模清掃を実施するため、朝から数十人の清掃員がデパートに来ていたのである。 栄養失調で感覚の衰えたイチは、大勢の人間の気配すら捉えることが出来なくなっていたのだ。 イチにとっては、大嫌いな人間とは言え、弱り切った自分を救い得る最期の希望である。 (ここで助けてもらわなければ、飢え死にしちゃうテチ…。) 人間には、実装石を大事にしてくれる良い者もいると聞いていた。 今はその可能性に賭けるしかない。 イチは、残った力を振り絞って、栄養失調のためプルプルと細かく震える足で立ち上がると、骨と皮ばかりになった腕を口に当てて 「テチューン♪」 と鳴いて見せた。 「ニンゲンさん、ワタチはもうお腹ペコペコで弱り切っているテチ…。このままじゃ死んじゃうテチュ。こんな可哀相なワタチを、どうか助けてほしいテチ…。」 一方、清掃員の方も、イチの姿に気付き、思わず悲鳴を上げた。 「うわっ、汚ねぇッ!実装石だァ!」 この清掃員は、実装石が大の苦手であった。 青い顔で震えながら媚びて助けを求めるイチの横っ面を、箒の柄で思い切り張り倒す。 「テチュワァッ!」 イチは、吹っ飛ばされて顔面を壁にぶつけた。 その拍子に吹き出た鼻血が、壁に赤緑の花を咲かせる。 「このっ、この野郎っ!」 清掃員は、箒の柄を振り回してイチを追い立てる。 「テチャッ!テチャッ!」 圧倒的な力量の差を前にして、弱った体を引きずりながら、逃げ回るしかないイチ。 一方の清掃員も、その気になれば捕まえられるにも関わらず、様々な雑菌を保有しているであろう実装石を直に手で掴むには抵抗があるらしく、ただ箒で小突き回るだけに終始していた。 「テェェッ!」 いつものように壁に口を開けた通風孔の中に飛び込むイチ。 この狭い孔の中に逃げられては、さすがの人間もそれ以上どうしようもない。 「テェテェ…。何とか逃げ切ったテチ!」 荒く息をしながら安堵するイチ。しかし、孔に取り付けられたスチール製の格子蓋から覗く清掃員の顔は、さして悔しそうでもない。 「そうか…そんな所に隠れ住んでいたのか!」 むしろ、妙に得心したような表情をして、背を向けると悠々と通風孔の前から去って行った。 数時間後、疲れ切ったイチは、通風管の中で横になり、いつの間にか眠っていた。 その眠りは、管の奥から聞こえて来た、 「シューッ」 という空気が漏れるような音に妨げられた。 「テ?」 横になったまま、音のする方に耳を傾けるイチ。 本能が危険を感じ取っていた。やがて、音のする方向から、モクモクと白い煙が流れてくる。 その煙に追われるようにして、ゴキブリが何匹もこちらに向かって逃げてくる。 煙に巻かれたゴキブリ達は、ひっくり返ると、毛だらけの細い足をじたばたと痙攣させながらのた打ち回りだした。 煙の正体は、燻蒸式の殺虫殺鼠剤であった。 「テチャァァァッ!!」 残った力を振り絞り、立ち上がって逃げようとするイチ。 しかし、やせ細った足では、立つことすらままならない。やがて、イチの体も煙に巻き込まれていった。 始め少しの間は、煙を吸い込まぬよう息を止めていたものの、やがてたまらず息を吐き出し、胸いっぱいに煙を吸い込んでしまう。 途端に、舌に、喉に、肺に、粘膜を焼くような痛みが走った。 「テハッ!テハッ!」 喉を掻き毟りむせるイチ。薬剤に触れた皮膚がただれて、全身を引きつるような痛みが襲う。 喉の内壁が真っ赤に晴れ上がり、呼吸を阻害する。咳き込むたびに腫れた喉の粘膜が傷付き、溢れた血が口から吹き出た。 やがて煙が流れ去り、動かなくなったゴキブリ達に混じり、イチはふるふると全身を痙攣させていた。 「お…お水がほしいテチ…。」 イチは、全身の痛みに耐えながら、這って通風孔から抜け出し便所へ向かった。 便所の陶製タイルの床には、いつの間にか、白い粉が一面に振りかけられていたが、水を求めることに夢中なイチには、そんなものに気付くゆとりはない。 便所の中に這い入った途端、粉が宙を舞い、それを吸い込んだイチの舌から血が滲む。 続いて、体中の穴という穴から赤緑の血が吹き出した。また、粉が目に入った瞬間、まぶたを開けていられない程の痛みが走る。 「テチャ…ッ!!お目めが…お目めが…!!」 両目を押さえて転げまわるイチ。 悶絶するうち、イチは個室の和式便器の中に転がり落ちた。落ちた拍子に、パチャっと音を立てて水が跳ねる。 その白い粉は、即効性の殺鼠剤であった。 和式便器の中で仰向けになり、背中が水に浸かった格好で、イチは便所の天井を見つめていた。 もっとも、薬剤にやられて視力はほとんど失われており、ただ自分を包む夕闇をぼんやりと感じることが出来る程度でしかなかったのであるが。 今、イチの意識の中では、生まれてからの出来事が走馬灯のように繰り広げられていた。 貧しくて惨めな生活だったけれども、母親や妹達と過した、愛情溢れる時間が、今わの瞬間、鮮やかに蘇る。 (ニィ、キュー…。今逝くテチュ…。) 飢え、追い立てられて、乱れ切っていた先程までの心が嘘のように、イチは今心穏やかであった。 その時、天井の蛍光灯がパッと明るくなった。もはやほとんど見えないイチの目も、 その明かるさを捕らえることは出来た。 (テ…、天国への門が開いたテチュ…。) イチは、もはや従容として生を終える心持ちに至っていた。 そんなイチが転がり落ちていた和式便器の中を、一人の人間が覗き込んだ。先程とは別の清掃員である。 「何だ、実装石じゃねぇか…。さっきの薬剤散布にやられたんだな。 自分から墓場に転がり込んで、人間様の手間を減らすとは、殊勝な奴じゃねぇか。 よしよし、用を足したら、一気に流してやるぞ。」 清掃員はイチに向かってそう語りかけると、ズボンを下ろして、イチの真上で力み始めた。 ムリムリとひり出された大便が、イチの弱りきった体の上にのしかかる。 その匂いと重みに耐えかね、イチは 「テチュゥ…。」 と弱々しく鳴いた。 用を終えた清掃員は、立ち上がると足で便器の横にあったバーを踏んだ。 あっという間に、便器の中に激しい水流が巻き起こる。 (テヂャァァァッ!!ママァッ!) その水流に揉みくちゃにされ、中であちこち体をぶつけながら、イチは真っ暗で狭い下水管の中に吸い込まれた。 冷たい汚水で満ちた激流の中、イチはもがき、管の中をガリガリと引っ掻きながら流されていった。 清掃員は、イチの断末魔の悲鳴が下水管の奥に消えて行くのを見届けると、静かに手を合わせた。 ********************************************************************************** 1月末。デパートにとっては、待ちに待った営業再会の日が訪れた。 昨年末に業務停止命令を受けて以来、デパート従業員たちは、営業再開に向けて、保健所との間で膨大な事務処理をこなして来た。 そして先日、最後の現場監査に承認を受け、晴れて営業再開が為ったのだ。 デパートの従業員達は、新装開店に当たり、朝から詰めかけた客を誘導するのに追われていた。 一方、デパートでの事件を受けて、急遽行われた実装石の一斉駆除により、街の公園からも実装石は一掃されていた。 例年であれば、厳しい冬を生き延びた僅かな実装石が、春を迎え一斉に咲き乱れる花の花粉で受精し、一気に数を戻すのであるが今年は公園から耳障りな仔実装達の泣き声が聞こえることは無さそうである。 公園での一斉駆除に際し、かつてイチ達の一家が住んでいた段ボールハウスも、中に溜め込まれていたガラクタ共々廃棄された。 こうして、この家族が生きていた痕跡は、世の中から全て消え失せてしまった。 ********************************************************************************** — 冬のデパートと実装石 了 —
画像
[画像なし]
本文
追加
本文に本レスを追加します
削除キー
変更
投稿番号:00006857:を修正します。削除キーを入力してください
削除キー
スパム
チェック:
スパム防止のため7191を入力してください