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***************************************************************************** 「冬のデパートと実装石」 現況一覧 親 × (B1・集荷場) 6 × (5F・食器 ) 1 ○ (7F・レストラン ) 7 × (6F・玩具 ) 2 ○ (7F・レストラン ) 8 × (6F・ペット) 3 × (3F・和服 ) 9 × (B1・仕分室) 4 × (3F・和服 ) 10 ○ (7F・レストラン ) 5 × (5F・生花 ) ※ ペット仔実装 ××××××××××××……… ***************************************************************************** — 冬のデパートと実装石 (4) — イチ、ニィ、ジュウの姉妹三匹は、野菜が詰まった段ボール箱に入ったまま、業務用エレベーターで、最上階である7階・レストランフロアの食材倉庫に運ばれた。エレベーターのドアが開き、取っ手の穴から、段ボール箱の中に蛍光灯の光が差し込んでくる。 その段ボール箱は、作業員の手でエレベーターから取り出され、他の箱とともに、次々と積み上げられていった。 その様子を、緊張しきった面もちで、取っ手の穴から覗くイチ。一方、イチの腕に抱かれた末子のジュウは、何も知らず、すやすやと眠り続けていた。 ジュウを抱いたまま、懸命に外の様子を伺うイチの背中を、ニィの鋭い眼差しが刺すように睨んでいた。 (オ姉チャンは、我が身可愛さにキューを見殺しにしたテチ・・・。絶対に許せないテチ…。) 凄惨なキューの死を眼前で見せ付けられ、ニィは激しいショックを受けていた。姉妹が夏に街中の公園で生まれて以来、賢くはなかったが愛情深かった母親は、出来の悪い仔を間引くこともせず、同族の攻撃や人間の駆除をよく免れたため、これまで一匹も欠けずに育ってこれたのだ。初めて姉妹を失ったニィの心の傷は深かった。 加えて、キューを助けに行こうとしてイチに止められたことが、ニィの心の中で、姉に対する不信となって、わだかまりを残していた。 食材倉庫で仮積みされた段ボール箱は、中身に応じて、次々と冷蔵庫や冷凍庫にしまわれてゆく。 その様子に気付いた姉妹は、本能的にこの箱から逃げ出す必要を感じた。 作業員が背中を向けたスキを見計らって、躊躇せず段ボール箱から飛び出すイチとニィ。 イチに抱かれたジュウは、相変わらず、スピスピと寝息を立てていた。 三匹は、昨晩デパートに侵入したときと同じように、壁に口を開けた通風孔に潜り込んで、安全な部屋を探し歩く。 狭く真っ暗な管の中を進むことしばらく、やがて薄暗く 湿った、窓のない小さな部屋に行き着いた。人間の気配はない。 その部屋は、このフロアの各レストランが排出する廃棄物の集中集積場だった。青く塗られたスチール製の巨大なごみボックスの周りには、その中に入りきらなかった生ごみの袋が、うず高く積み上げられている。奥には、段ボール箱、ガラス瓶や缶、プラスチックなどが、分別されて集積されていた。 「テチュ~ン♪この部屋なら、ニンゲンに見つからずに春まで隠れられるテチ♪さっそくあの段ボール箱を使って、お家を作るテチュ♪」 ようやく見つけた安全な場所に喜ぶニィ。 「部屋の中で暮らすなんてダメテチュ、暮らす場所は、この管の中テチ。」 冷静にニィを諌めるイチ。 「テェェ…!?どうしてテチ!?こんな狭い管の中で暮らすのはイヤテチ!それに、この管の中は、スースー風が通って寒いテチ!どうせ部屋の中にはニンゲンはいないから安全テチ。 転がっている段ボール箱をお家にして、部屋の中に住めばいいテチ!」 意見に水を挿され、ムッとするニィ。 「部屋の中にお家を作るのは危険テチュ。ここにあるのがごみだとしても、ニンゲンのモノである以上、必ずニンゲンは戻って来るテチ。ニンゲンの建物の中で安全なのは、ニンゲンの目が届かない物陰や、管の中だけテチ。この管は、あちこちの部屋に通じてるみたいテチから、たとえニンゲンに見つかっても、すぐに別の部屋に逃げられるテチ。それに、寒いと言っても、凍え死ぬほどではないテチ。」 とつとつと諭すようにつぶやきながら、イチは素早く生ごみの袋に駆け寄ると、破れ出ているジャガイモの皮や、鳥の骨を引っ張り出し、トテトテと通風孔に引き返した。慌ててそれを追うニィ。 実際、この通風管は、廊下、階段、各レストランの客席や厨房、事務室などこのフロアのあらゆる部屋に通じていた。 今このように簡単に手に入れた残飯にしても、外の世界なら、野良の犬猫や同族と激しい争奪戦を繰り広げて、勝ち取らなければならないものだ。 確かにここは、外の世界に比べれば、生き易そうな場所ではあった。 しかし、母親の話から当初思い浮かべていた、楽園のイメージとは程遠い。 がっかりしながら、イチを追って再び通風孔の中に潜り込み、ジャガイモの皮をかじるニィ。イチの言うことに理はあったので従ったニィだったが、明らかに不満顔である。 ようやく目を覚ましたジュウも、レフレフと歓喜の鳴き声を上げながら、鳥の骨をしゃぶっていた。 (明日からは、この管の行き先を調べてみるテチ…。) 妹の心の機微に気付く余裕などないイチは、ようやく膨れた腹をさすりながら休むことなく、次にするべきことを考えていた。 こうして、仔実装たち姉妹の長い一日は終わろうとしていた。 もっとも、7階のレストランフロアに送られた、イチ、ニィ、ジュウの三匹を除いて姉妹たちはみな、各々のフロアで、既に無残な最期を遂げていたのであるが。 ******************************************************************************* 一方、デパートの営業時間も終わりを迎えていた。 デパートの売り場には、「蛍の光」のメロディーが流れて始めた。 店の中にはまだ上品な明かりが溢れていたが、既に建物の外は真っ暗である。 客たちは、慌しくレジで会計を済ませて去ってゆく。 客の姿が見えなくなると、明かりも一部を残して消え、静まり返った薄暗い各フロアの売り場には、デパートの従業員たちが、商品を片付けたり、レジの整理をする音が響くだけとなった。 やがて従業員たちも、残務整理を終え、次々と建物から出てゆく。こうして、デパートの一日は終わろうとしていた。 深夜。 普段であれば、数人の警備員が残る以外は、無人の建物となるこのデパートであるが、この日は、一部の人間たちが、いまだに会議室に残って打ち合わせを続けていた。 間もなく日付が変わろうという時刻にも関わらず、討論は終わる気配がない。 そこでは、各フロアの責任者や、テナントの代表たちが、この日突然現れた実装石による被害について、報告と対策の検討を重ねていた。この日一日の被害は、金銭的にも、デパートの信頼性にとっても、大変な打撃であった。 会議机には、被害状況の報告書と、その資料が置かれていた。資料の中には、真空パックに詰められた、仔実装二匹の死体もあった。 これらは、和服売り場とおもちゃ売り場で捕獲されたものである。 もっとも、捕獲の際に手間取ったのであろうか、資料とするには、毀損が著しかった。 二匹の死体には、激しく叩かれたり切られたりした痕が、生々しく残っている。 逃げ出さないようにと、現場の担当者が取った措置と思われるが、二匹とも手足の筋肉が凌遅され、骨が剥き出しになっていた。 その上、一匹はミシンで体中が縫われ、もう一匹は昆虫採集セットの針を体中に突き刺されて発泡スチロールの板に留められている。 店長は、この他のフロア責任者や警備員からも、実装石が発生したとの報告を何点か受けていた。 このデパートのように、不特定多数の人間が出入りする建物で、ネズミ、害虫、実装石等の不衛生な生物が発生した場合、建物の衛生管理責任者は、管轄地区の保健所に届け出るとともに建物全体を一時封鎖して、一斉に害蟲駆除を実施しなければならない。 現に、この日実装石の被害を被ったフロアの責任者やテナントの代表者は、衛生管理責任者であるデパートの店長に、早急の対策を要求していた。 しかし、時期が悪かった。年末商戦を間近に控え、同地区のライバル店としのぎを削るこの時期に臨時休業などという悠長な措置はとれないというのが、他の多くの出席者の意見であった。 しかも、臨時休業の理由が衛生対策となれば、風評上の懸念もある。 結局、日付をまたいで行われたこの会議で決定された対策は、当面保健所への報告は行わず、内々で解決するよう努めるべく、実装ホイホイを害蟲の通り道となりそうな場所に設置して営業を続けながら様子を見る、という折衷的なものであった。 実装ホイホイとは、組み立て式の紙箱の中に、コンペイトウなどの、実装石が好むエサを仕掛けた粘着シートを敷いてある捕獲器で、えさの匂いに惹かれて中に入った実装石をくっつけて生け捕りにする仕掛けである。 不衛生な実装石とはいえ、大量発生でもしない限りは、この程度の対策で十分間に合うであろう、というのが大方の意見であった。被害を受けたテナントの代表者は、不満そうな顔色を隠せなかったが、多数の店舗が軒を連ねるデパート内では、こうした妥協も致し方ない。 ようやく会議が終わり、出席者たちは、どやどやと喋ったり、伸びをしながら、みな荷物をまとめて部屋を後にした。 ******************************************************************************* 姉妹がデパートに来て数週間が過ぎた。イチ、ニィ、ジュウ三姉妹の生活は相変わらずである。起臥寝食は通風管の中でまかない、食料は一日数回、通風孔からごみ集積場に這い出て、人間が持ち込む生ごみを漁り確保する。 肌寒さは、拾ったビニール袋を着込んでしのぎ、日中はできるだけ動き回らず、イチとニィが交代でジュウをあやしながら、じっと過していた。 生きてゆくだけなら事足りる生活である。 しかし、快適な生活ではなかった。 声を上げてはしゃぎ回ることも出来ない。 楽しいおもちゃや、美味しいごちそうがあるわけでもない。 遊び盛り、食べ盛りの仔実装たちには、あまりにも退屈な、単調な日々であった。 長女のイチは、そんな生活にじっと耐えていたが、次女のニィは、日が経つごとに不満を強めていった。 姉妹は、最初の数日間で、通風管の調査を行い、先に通じる様々な部屋を見てきた。その結果、この管は、中華、フレンチ、和食などの各レストランの厨房やテラスの屋外遊園地にも通じていることが分かっていた。 しかし、イチは、そうした場所を発見しても、決して孔から出て行って遊んだり食べ物を探そうとはしなかった。ニィには、それが不満で仕方なかった。なぜ、あちこちにこんなにステキな場所があるのに、思い切って外に出ようとしないのか。 人間に見つからないように気を付ければよいだけではないか…。 しかし、結局イチは、この安全だが、暗く薄ら寒いごみ集積場付近に戻ってくるのであった。 次第にニィは、この退屈な生活が続くのは、姉の臆病のせいだと思うようになっていた。 ニィのそうした不満は、やがて口をついて出てくる。始めのうちは、ジュウに向かって 「退屈テチュね~。」 「もっと美味しいモノが食べたいテチュね~。」 などと、イチにわざと聞こえるように語りかけていただけであった。 もちろん、ジュウには、ニィが何を言っているかは分からず、ただレフレフとはしゃぐだけである。 イチの方は、そんなニィの不満を耳にしながらも、知らぬふりを決め込んでいた。 埒があかず、次第にニィは、イチに直接抗議するようになる。そのたびにイチは、 「安全が第一テチュ。」 とニィを諌めるのだった。 そんなある日、イチは、ニィとジュウが、ほかほかと湯気を立てるシューマイを隠れて食べているのを見とがめた。 「…それ、どこで手に入れたテチ?」 ニィに尋ねるイチ。温かく、型崩れもしていない食べ物が、ごみ集積場でそうそう手に入るものではない。 「…拾ったテチ…。」 ニィは、イチの顔から目をそむけて、ばつが悪そうに答えた。 「そんなウソ言ってもダメテチ、正直に答えるテチ。」 イチは、怒りを押し殺したように、再度質問する。 「…通風管を先に行った部屋で拾ったテチよ。」 白状するニィ。 ニィは、イチの目を盗んで、一匹で通風管をたどり、中華レストランの厨房に忍び込んで出来たての料理をちょろまかして来たのだ。おそらく、今回が初めてではないだろう。 イチの怒声が飛ぶ。 「ママが、ニンゲンの食べ物に手を出さないように言っていたのを忘れたテチュか! ワタチたちは、ここに運ばれる生ごみ以外のモノをみだりに食べちゃダメなんテチュ!」 しかし、ニィも負けてはいない。 「ここに来て以来ママの言っていたことの中で正しかったことがあるテチか!? ここはぜんぜん楽園じゃないテチ!怖いニンゲンが大勢いていつ捕まるか分からないテチ! おもちゃも食べ物もいっぱいあるテチが、どれもワタチたちとは無関係テチ! 溢れるほどあるステキなものに囲まれていても、ワタチたちは不幸テチ!」 次の瞬間、ぺちん、とイチの張り手がニィの頬を打った。 ニィは、いきなりはたかれて、びっくりした顔をしたが、溢れる涙をこらえて、きっとイチをにらみ返す。 「殴ったテチね…。」 「殴ってなぜ悪いテチ!オマエはイイテチ、そうして喚いていれば、気が済むんテチ!」 「ワタチがそんなに安っぽい実装石テチか!」 再び飛ぶ張り手。 「二度もぶったテチ!ママにもぶたれたことないテチ!」 こみ上げる怒りに、ニィは今までの不満を爆発させて、まくし立てるように怒鳴った。 「こんなに寒くて薄暗い所で、春が来るまでじっとしているなんて我慢できないテチュ! ちょっと行けば、楽しそうなおもちゃや美味しい食べ物が置いてある部屋がいっぱいあるテチ!」 ニィは、自分たち姉妹が何のためにデパートに来たのかを忘れてしまっていた。 姉妹がデパートに来たのは、あくまでも、凍えない程度には暖かく、最低限の食料は得られる環境の中で、無事に越冬することであった。 しかし、レストランから漂ってくる美味しそうな食べ物の匂いをフロアに流れる優しい音楽や暖かな空気を、屋外遊園地ではしゃぐ人間の子供たちの楽しげな声を、毎日眼前に見せ付けられ、その恩恵から切り離された自分たちの境遇に、いつしか強い疎外感を感じていたのだ。 このごみ捨て場にいれば、寒くても凍死することはないだろう。 美味しい食べ物は得られなくても、残飯は手に入る。 生きるのに最低必要な条件は揃っているのだ。 しかし、そのすぐ隣で、暖かく空調の利いた世界があり、楽しい遊び場があり、贅を尽くした料理が振舞われている。 自分たちは、今この瞬間にも寒空の下で凍え、飢えている野良実装たちよりは幸福だろう。 だが、すぐ隣の人間たちに比べれば、明らかに不幸だ。 しかし、自分たちだって、ちょっと勇気を出して孔の外へ踏み出せば、人間たちと同じような生活が手に入るのに、なぜ我慢しなければならない? いつまで我慢しなければならない? 「ワタチは行くテチ・・・。行って、毎日暖かい部屋で、美味しいものを食べて、楽しく遊んで暮らすテチ。」 「レフレフ、オ姉チャン、ワタチも一緒に行くレフ~。」 残飯ばかり持って帰るイチ より、美味しい食べ物を与えてくれるニィに、いつの間にやら、ジュウもすっかりなついてしまっていた。 ニィはジュウを抱きかかえると、イチに背を向けて、通風管の奥に向かって駆けて行った。 「テァァァァ!戻ってくるテチュ~ッ!」 イチの叫ぶような呼び声を、ニィは振り切るようにして走り続けた。 ******************************************************************************* ニィとジュウが新たな住みかとした場所は、フレンチレストランの厨房であった。 もうもうと立ち込める湯気と、飛び散る油、雑然と積み上げられた食材や備品の段ボール箱、けたたましく行き交う料理人たちの足と声。 ニィとジュウは、そんな人間たちのスキを見て、シンク下の棚に忍び込んだ。そこには、水道やガスの配管が通っているだけで、他には何も置かれていない。 人間のモノが何も置かれていないということは、人間は普段この棚の中を気にかけることはないということだ。 昼間はすぐ外を行き交う人間たちの声がうるさいが、温かく、すぐに美味しい食べ物が手に入るこの環境は、通風管の中よりはましに思われた。 ニィは、初めて得た自由を満喫するように、思いっきり伸びをした。 それからしばらくの間、ニィとジュウは、シンク下の棚を拠点として、広い厨房の中をあちこち隠れながら、料理や食材をちょろまかして生活していた。 堂々と厨房の中を歩き回るのは、さすがに閉店後に限られたが、二匹は活発に活動していた。 にも関わらず、レストランの従業員たちに見つかることがなかったのは、年度末商戦を間近に控え、戦場のような慌しさを呈している厨房の中が、従業員たちに害蟲の発見にまで注意を回すことを許す状況ではなかった上、たくさんの機材や物品は、二匹に隠れ場所を提供しているようなものであったからだ。 大胆にも、営業時間中に厨房に出ることもあった。 そうしたときは、冷蔵庫の裏や、スチール棚の陰、段ボール箱の中などに隠れ従業員の目を盗んで移動しながら 時には無遠慮にも、お客たちに供されるべき料理にまで手を出した。 濃厚なフレンチに飽きがくると、二匹は、通風孔に潜り込んで、他のレストランに「遠征」までした。 また、テラスに設けられた屋外遊園地に向かい、閉店後人けがなくなったのを見計らって、これまでの退屈だった日々を取り返すようにはしゃぎまわった。 この屋外遊園地に設置された乗り物や望遠鏡は、コインを投入しなければ動かないものであったし、パターゴルフ場やバッティングセンターも、人間の係員から用具を受け取らなければ、本来の遊び方ができない代物であったが、そんなことは知らない二匹は、このカラフルで楽しげな空間が、自分たちの占用に置かれていることに心躍らせるのであった。 ******************************************************************************* その日も、人間の気配がなくなったのを見計らって、ニィはジュウを抱いたまま昼の間隠れていたシンク下の棚から厨房へ這い出た。 いつものように、冷蔵庫の中を漁るためだ。 このフレンチレストランの厨房には、大型の業務用冷蔵庫の他に、普通の家庭用冷蔵庫が一台置かれていた。 ニィは、その冷蔵庫の中に、翌日用いる料理の下ごしらえや、 野菜、ジュース、デザートなどがしまわれていることを知っていた。 仔実装の力で冷蔵庫の戸を開けるのは、なかなか骨が折れることであったが、ここ数日、毎日のように冷蔵庫の中を漁るうち、あまり力を入れずに戸を開けるコツが分かってきた。 ニィは、冷蔵庫本体と戸の隙間に、フォークの先端を差し込むと、柄の方に全身の体重をかけるようにして押した。 すると、パコン、と乾いた音がして、冷蔵庫の戸が開く。 戸さえ開けば、あとはこちらのものだ。 ジュウを服のフードに入れると、冷蔵庫の棚に這い登る。 あとは、ジュウと一緒に、めぼしい食べ物を床の上に放り落として冷蔵庫から出て戸を閉めたのち、床に落とした食べ物を拾って、シンクの下の棚に戻り、ゆっくり味わえばいい。 今日は、冷蔵庫の中には、刻みバジル入りのビネガーに漬け込まれた鶏肉、グラタン用のホワイトソース、羊肉パテやクレソンがたっぷりと入ったテリーヌ、解凍中のライチ、型に入ったままのプリンなどが、所狭しと詰め込まれていた。 ニィは、それらをスプーンで少しずつ掬ってビニール袋に放り込むと、カットされたハム片や、トッピング用のぶどうの粒やいちごを床に放り投げ、甘い生クリームの入ったタッパーを開けると、拾ったシロップ用の小さなカップにたっぷりと注いで、服のフードに入れ背負い込んだ。 そして、棚からぴょこんと飛び降りると、 「ウジチャン、もうそろそろ帰るテチュよ~。」 と、まだ棚の上を這い回っているジュウに声をかけた。 ジュウは、プリンのカップに這い上がり、その上でトランポリンのように飛び跳ねながら、プリンの柔らかい弾力を楽しんでいた。 やがて、そこから漂ってくる甘い香りに気付き、ぱくりとかじる。その瞬間脳を直撃した、舌をとろかすような甘さに、悶絶しながらゆるい糞を漏らすジュウ。 「甘いレフ!うまいレフ!甘くて死んじゃうレフ~♪」 「ウジチャン!いい加減にするテチ!」 怒ったようにジュウを急かすニィ。 その時である。 レストラン出入り口の鍵がガチャガチャと音を立てると、ドアに取り付けられた鈴が、カランと鳴った。 更衣室に忘れ物をしたレストランの従業員が戻ってきたのだ。 「テチャッ!」 思わぬ事態にびっくりしニィは、慌てて床に転がった食料を掻き集めると、 スチールテーブルの下に潜り込んだ。 その瞬間、何かに足を取られて転ぶニィ。 「テェッ!?」 思わず両ひざ、両手を床につく。 その拍子に、手に持った食料がこぼれて散らばる。 その床の感触の違和感に、ニィは顔をしかめた。立ち上がろうとしても、ひざと手が床から離れない。 「テェェェ~ッ!テェェェ~ッ!」 ひざまずいた格好のまま、顔を真っ赤にして踏ん張り、手足を上げようとするが、どうしたことか、まったく身動きが取れず、代わりに 「プリョッ」 と音がして、糞がもれた。 このレストランでも、先日の会議の後、デパートから配布された実装ホイホイを各所に仕掛けていた。 ニィは、スチールテーブルの下に仕掛けられた実装ホイホイに、自ら飛び込んでしまったのだ。 振り返って、半開きの冷蔵庫の戸の隙間から奥を見ると、ジュウはまだプリンのカップの上でしっぽを振っている。 (ウジチャン、早く隠れるテチィィィ!!) 冷や汗を流しながら、心の中で必死に呼びかけるニィ。 従業員は、厨房を横切って更衣室に向かう途中、冷蔵庫の戸が開きっぱなしになっているのに気付いた。 「まったく、だらしないな。誰だ、最後に冷蔵庫を使ったやつは…。」 従業員は渋い顔をすると、冷蔵庫の戸をぱたん、と閉めた。 ふと、従業員は、スチールテーブルの足元に残飯が散らばっているのに気付いた。 再び眉間に皺を寄せる従業員。 厨房の床は、毎日閉店の前に、必ずデッキブラシで掃除をした上、湯を流して消毒しているはずだった。 転がったぶどうの粒を拾おうとかがんだ従業員の目に、実装ホイホイに捕らえられた仔実装の姿が映った。 「うへぇ、本当に出やがった!」 気分悪そうにつぶやく従業員。 一方、人間と目が合ってしまったニィは、手足をホイホイの粘着シートに捕らえられたまま歯を剥いて激しく従業員を威嚇していた。 ひざまずいたままの格好で 「デチャァァッ!デチャァァッ!」 と今にも飛びかからんとするかのように、上下の歯の間から、攻撃的な息を漏らす仔実装を従業員は鼻でせせら笑うと、立ち上がって考え込んだ。 仔実装を捕獲したことを、デパートの店長に報告したものかどうか、についてである。 前の会議以来、デパート内で実装石が発見されたのは、今回が初めてだ。 再度の実装石発見となれば、デパートを封鎖しての消毒等、より厳しい対応を迫られるであろう。 それは、このレストランにとってもありがたいことではない。 その上、このレストランで実装石が見付かったということは実装石の巣がこのレストランの中にあるのかもしれない。 とすれば、以前他のフロアやテナントに損害を出した実装石も、ここから発生したということになる。 そうとなれば、テナントに対する損害の補償や、レストランの衛生状態について、管理責任を問われることにもなろう。 捕らえた実装石をデパートの店長に提出して、発見したことを正直に報告しても、あまりよいことはなさそうだ。 幸い、ここには自分一人しかいない。 大事になる前に、こっそり処分してしまおう。 従業員は、清掃用具入れから、青いプラスチック製のバケツを取り出すと水を満々と入れて戻ってきた。 そして、ニィを捕まえた実装ホイホイを持ち上げると、そのままぽちゃん、とバケツの水の中に放り込んだ。 「デピャッ!デピャッ!」 口と鼻に突然水が流れ込み、むせるニィ。 沈みゆく実装ホイホイの中で、浮かび上がろうと必死にもがく。 しかし、手も足もまったく動かない状態では、どうしようもない。 頭と尻をじたばたと動かすニィを中に捕らえたまま、実装ホイホイは、ゆっくりとバケツの底に着地した。 手足を粘着シートから剥がそうと、ニィはなおも水中で体を左右に激しく振る。 息はもはや限界であった。全力でもがくうちに、右手が粘着シートから離れた。手のひらの皮膚が、シートにくっついたまま手から剥がれたのだ。 (は、剥がれたテチ!) ようやく見えた一筋の光明。しかし、幸運もそれまでであった。 ふと気が緩んだ次の瞬間、ニィは、残った肺の中の空気を一度に吐き出してしまった。 バケツの水面に、ぼこぼこと大量の泡が立つ。苦し紛れに吸い込んだ水が、ニィの肺に流れ込む。 (苦しいテチ!苦しいテチ!ママ~ッ!オ姉チャ~ンッ!) ニィの絶叫は、バケツの水面を少し振るわせたように見えた。 皮膚ごと剥がれた右手が、水中で海草のようにゆらゆらと揺れていた。 ニィが動かなくなったあともなお、カッと見開かれたままの両目からは血涙が流れ続け、バケツの水に溶けていった。 一方、レストランの従業員は、タバコの煙をくゆらせながら、ちゃぽちゃぽと揺れるバケツの水面をぼんやりと眺めていたが、タバコの火を灰皿でもみ消すとポケットから携帯電話を取り出し、ポチポチとメールを打ち始めた。 小さな液晶画面に見入って、メールに熱中する従業員。 15分ほど経って、携帯電話をポケットにしまい、思い出したようにバケツに目を戻した頃にはその水面は静まり返っていた。従業員は、バケツの水中から実装ホイホイを取り出すと、燃えるごみの袋にそのまま詰め込み、残った水を便所の大便器に流した。 それからバケツを軽くゆすいで清掃用具入れに放り込み、コートを突っかけると、何事もなかったかのようにレストランをあとにした。 ******************************************************************************* ジュウは、戸が閉められて突然真っ暗になった冷蔵庫の中で動転していた。 「レピェェェ!オ姉チャ~ン!」 プリンのカップの中で、涙を流しながら姉を呼ぶジュウ。 そのうち、だんだんと肌寒さを感じ始めた。 「レフェェェ、寒いレフ…。」 暖を求めて、プリンを掘り進むジュウ。 ジュウは、いつしか、プリンの中で体を丸めて仮死状態になっていた。 ジュウが目を覚ましたのは、それから半日以上が経ってからであった。 体表に感じ始めた温かさが、やがて体の芯まで染み入るようになってから、ジュウはようやくぴくぴくとプリンの中で体を動かし始めた。 ジュウが入ったプリンは、すでに冷蔵庫から取り出され、皿の上でホイップクリームやベリー・ジャムにより、トッピングされていた。 プリンをデコレートする従業員は、プリンの底にあいた小さな穴に気付きはしたものの気泡か何かだろうと、気にも留めなかった。 その日、このフレンチレストランには、ある親子連れが食事に来ていた。 この親子は、先日おもちゃ売り場でひどい欠陥品を掴まされた上、娘が傷害を負い、補償の交渉ためこれまで数回に渡り、このデパートの経営陣と話し合いに訪れたのであったが、今日ようやく示談がまとまり、和解のしるしとして、このレストランに招待されたのであった。 街の市議会議員であり、このデパートの大株主でもある父親は、街の経済を牽引し、個人的にも大きな利益をもたらしてくれるこのデパートとの和解を喜んでいた。 同席していたデパートの役員たちも、わだかまりが溶け、食事を楽しむばかりとなっていた現状に感謝していた。 やがて、一人一人に温かなスープが運ばれてくる。 母親の傍らに座る女児の腕に、小さな熊のぬいぐるみが抱かれていた。 このぬいぐるみ、先日手に取ったときは、生きているように暖かく彼女の腕に甘え、愛想を振り撒いていたのだが、今は冷たく、ぴくりとも動かない。 彼女は、最初にこの愛らしいぬいぐるみと出会ったとき、即座に両親に買ってもらおうとしたのであったがレジで突然気分が悪くなり、手から取り落としてしまったのだ。 気が付いたときには、病院のベッドの上で寝ていた。 体調が回復してから、すぐに両親に頼み込んで、今日ようやくあのぬいぐるみと再会を果たしたのであったが、ぬいぐるみからは、もはや以前のような人懐っこさは失われていた。 彼女は、激しい後悔に苛まれていた。 あのとき、このぬいぐるみを手から取り落としてしまったばかりに、中にいた熊の妖精が逃げていってしまったのだと彼女は思っていた。 しかし彼女は、あのとき手の中に感じた、命の温もりを、柔らかさを、儚さを諦めきれないでいた。 このぬいぐるみを持って待ち続けていれば、もう一度熊の妖精が戻ってきてくれるのではないか…。 そんな一抹の望みに賭けて、両親の厳しい反対にも拘わらず、改めて、このぬいぐるみを手に入れたのだった。 しかし、あやすように、すがるように女児が語りかけ続けるそのぬいぐるみに対し、隣に座った母親は、いまいましげな眼差しを投げかけるだけであった。 空いたメインディッシュの皿が下げられ、コースもいよいよ終盤のデザートにさしかかっていた。 みなの前に、クリームとベリー・ジャムがたっぷりと添えられたプリンが並べられる。 プルプルと震える美味しそうなプリンに、既に満腹だと思っていた誰しもが、再び食欲をそそられ、次々とスプーンを手にしていた。 女児のプリンも、まるでマンガように、ぽよん、ぽよん、と揺れ続けていた。 そのキテレツな動きを見て、始終沈鬱な表情だった女児の顔に、少し笑みが戻る。 しかし、大人たちは、みな会話に夢中で、そんな女児の変化に気づく者はなかった。 クリームをこぼさないように注意しながら、そっとプリンをスプーンですくう女児。 スプーンの上でもなお、ぷよぷよと動くプリンを、ぬいぐるみの口元に持っていってみるものの、やはりぬいぐるみには何の動きもない。
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