★規約違反申告/バグ報告として作品[
]についたレスNo.
を管理人に申告します
★「つまらない」も1つの"感想"です、しかし"しつこく"投稿する場合は別なので対処します
◆申告の種類を選択してください
◆バグ報告等の場合は詳細を以下の欄にお願いします
タイトル:
名前:
本
文
— 冬のデパートと実装石(1) — . 秋も終わりに近づいていた。ここは、街中のとあるデパートビルの地下1階にある集荷場。 日中は、何台もの運搬トラックが、ビルの裏手にあるスロープを通じて次々 と出入りする慌しい場所である。 もっとも、今は既に深夜で、人の気配はなく静まり返っていた。 . 打ちっぱなしのコンクリートが、染み出すような寒さをかもすこの集荷場で、その 実装石親子は別れを惜しんでいた。都市に住む実装石たちの中には、子を人間のビル や地下街にやって越冬させるものがいる。 人間が生活する、暖かく食料豊富な屋内は、屋外の寒さや飢え、野良の同族や犬猫に よる捕食という危険の中での越冬よりは、生存の確率が高いからだ。 この親実装もその例に倣い、自らの子をこのデパートビルに 「託児」するべく忍び込んだのであった。 子の数は十匹。 末っ子のジュウはまだ蛆実 装で、一番しっかりものの長女、イチの胸に抱かれて眠っていた。 . 夏の終わりから秋の初めにかけて生まれた姉妹たちは、本来なら、親自身による間引きや 天敵による捕食で、もっと数が減っていて然るべきであったが 子煩悩なこの親実装は、あえて間引きをせず、見つかりにくい不便な場所に巣を作って 天敵の発見から子供たちを守ってきた。 しかし、そのことが、皮肉にも一家全員で揃って越冬することを難しくしてしまっていた。 自身を含む家族十一匹全員が篭れるような、越冬用の巣を用意するのも 食料を確保するのも、この善良だが無能で非力な母親には不可能であった。 . この親実装が、このデパートビルを「託児」の場に選んだのには訳があった。 親実装は、元々飼い実装で、仔実装時代、このデパートのペット売り場で売られていたのだ。 もっとも、彼女を買った主人は、彼女が成体になり可愛らしさを失うと、買った ときと同様、簡単に彼女を公園に手放したのだが。ともかく彼女は、この建物の構造 が複雑であり、仔実装なら長期間隠れて生活できる場所が各所にあることを知っていた。 「いいデスか、普段は倉庫や機械室に隠れて暮らすデス。決してニンゲンに姿を見せちゃ駄目デスよ。 食料は、レストランの残飯置き場や、生鮮食料品売り場のごみ捨て場から調達するデス。 お菓子売り場やそうざい売り場の食べ物は美味しいデスが、絶対に手を出しては駄目デス。 売り物に手を出したことがニンゲンにばれたら、建物中に薬をまかれて殺されちゃうデスよ。」 「ワタチたちは大丈夫テチ、それより、どうしてもママは一緒に来ないテチか?」 次女のニィが寂しそうにつぶやく。 「ママは体が大きすぎて、すぐニンゲンに見つかっちゃうデス…。 そうなれば、お前たちにも危険が及ぶデス。大丈夫、春になったらまた会えるデス。」 一家は、子がデパート、親実装が公園で別々に越冬し、春になったら再び落ち合う 算段になっていた。 . 親実装は、仔実装たちを一匹一匹抱きしめると、名残惜しそうにデスデスと鳴いた。 「さ、行くデス。ぐずぐずしていると見回りのニンゲンが来ちゃうデス・・・。」 まさにその時である。親実装の頬を、懐中電灯の明かりがさっと照らした。 「デッ!」 突然の光に驚き、親実装は眩しさに眼を細めた。ビルの警備員が巡回に来たのだ。警備 員の方も、突然照らし出された大きな害虫に、一瞬度肝を抜かれたが、すぐに気を取り 直し、怒声とともにこちらに向かって来る。 「この糞虫め!どこから入り込みやがった!」 幸い、仔実装たちは、物陰にいたため、まだ見つかっていないようである。 「早く行くデス!姉妹で助け合って、みんなで生きるデスゥ!!」 仔実装たちは、その声に弾かれたように、コンクリート壁に開いた通風孔に次々と飛び込んだ。 それを見届けると、親実装も通風孔と逆の方向へ走り出した。 自分がおとりになって、仔実装たちを少しでも遠くへ逃がそうというのだ。 「糞ニンゲン!ここには仔実装なんかいないデス、ワタシだけデス! オマエみたいなノロマに捕まるかデス!悔しかったら追いついてみるデス!」 わざと挑発的な言葉を発し、物陰に隠れながら、地上へと続くスロープに向かう。 もっとも、そんな罵声は、リンガルなど持っていない警備員には、デスデス という不快な鳴き声にしか聞こえないのだが。 . もちろん、親実装は捕まるわけにはいかない。 春になって、仔実装たちが公園に戻って来るまで、自分も生き残らなければならない。 貨物備品や山積みの段ボール箱に隠れながら、必死で逃げ回る。 しかし、実装石の短い足と脆弱な体力で、人間から逃げ切るのは至難の業だ。 警備員は、リフトカーに隠れた親実装の背後にすばやく回り込んだ。 「デッ!!」 しまった、という表情で振り返る親実装。その瞬間、警備員の振り下ろした警棒が、親実装の肩にめり込んだ。 「デハッ!!」 親実装は肺を潰され、気道から逆流した赤緑色の血を 大量に吐き出すと、警備員の足元に崩れ落ちた。 「やれやれ、手間かけさせやがって。」 警備員は、気を失った親実装の首根っこを 清掃用のトングで摘むと、集荷場の隣にある従業員駐車場に向かい、そこで落ち葉や ごみを燃やしていたドラム缶に、親実装を放り込んだ。突然体を覆った熱に、親実装の意識は引き戻された。 しかし、炎の燃え盛る深いドラム缶からは逃れるすべもない。 冬篭りに備え蓄えた皮下脂肪に、たちまち炎が燃え移る。 「デギャァァァァァッ!!」 ドラム缶を内側から激しく叩くが、その手もブスブスと焼け焦げてゆく。火の点いた葉や ごみを巻き上げながら、親実装は全身がケシズミになるまでドラム缶の中でのた打ち回り続けた。 . **************************************** . 一方、仔実装たちは、通風管の中をまっすぐに走り続けた。 「デギャァァァァ・・・」 背後から親実装の絶叫が響いてくる。 しかし、立ち止まるわけにはいかない。 親は、自らをおとりにして自分たちを逃がしてくれたのだ。 「テチュッ!」 先頭を走っていた長女のイチが、通風管を抜けて真っ暗な部屋へ飛び出した。 「ここはどこテチ・・・?」 闇に怯える妹たちをなだめながら、イチはじっと目を凝らした。 ぼんやりと浮かぶ、積み上げられた無数の段ボール箱。 そこは、集荷場で荷降ろしされた貨物を一時積んでおき 各階にある売り場に振り分けるための仕分け室であった。 . 「テェェェ・・・。」 きらびやかな明かりや、暖かい部屋、始終流れる音楽や、溢れんばかりの食べ物とおもちゃ。 デパートについて、そんな楽園のような話ばかり母親から聞かされ ていた仔実装たちは、予想外の寒々とした光景に落胆を隠せない。 ともかく、今夜の寝床をしつらえなくては。 幸い、家の材料となる段ボール箱は山ほど転がっている。 もっとも、どの段ボール箱にも商品が詰まっており、姉妹全員が入れるようなものはない。 仔実装たちは、二、三匹ごとに分散して、めいめいが手ごろなダンボールを仮の家と決め、取っ手の穴 から中に潜り込むと、皆それぞれの箱の中で、一日の疲れのためたちまち眠りについてしまった。 . 朝。 シャッターの開くけたたましい音によって、仔実装たちは目覚めた。 デパートが今日の活動を始めたのだ。 どやどやと人間が話したり、作業したりする音も聞こえ始める。 仔実装たちは、段ボール箱の中で震えながら、取っ手の穴から外の様子を伺う。そこでは、 従業員たちが、昨夕荷降ろしされた商品の箱を仕分けしている最中だった。 ここ地下1階には、集荷場に隣接してこの仕分け室が、その向こうには生鮮食品売り場があり 地上1階に化粧品やブランド品売り場 2階から3階にかけて婦人服売り場 4階に紳士服売り場やスポーツ用品売り場 5階に日用品や雑貨売り場があり 6階におもちゃとペット売り場 最上階の7階にはさまざまなレストランが設けられていた。 荷降ろしされた商品や食材は、この仕分け室から、貨物用エレベーターを使って それぞれのフロアに送られるのだ。 . 仔実装たちが息を潜めている段ボール箱も、その中身に応じて、フロア別に整理されて いった。仔実装たちは、その様子に不安を感じ始めていた。 どうやら、この段ボール箱は、どこかにバラバラに送られてしまうらしい。 このままでは、姉妹が離れ離れになってしまう・・・。 昨晩分散して寝床を定めたのは失敗だった。 しかし、人間やリフトカーが激しく行き交う中で、みなが再びどこか一箇所に集まるのは不可能だった。 そのうち、1階向けの箱がエレベーターに積み込まれ始めた。 女性用の香水が詰まった箱に、従業員が手を掛けた、その時である。 . 「テェーン!オ姉チャーン!!」 その箱に、一匹で隠れていた九女のキューが、取っ手の穴から外に飛び出した。 ひとりぽっちの不安に耐え切れなかったのだろう、イチの隠れる野菜の 箱めがけて、テチテチと走って来る。 「テチャッ!こっち来ちゃダメテチュ!早くどこかに隠れるテチュ!」 イチは、泣きながらこちらへ駆けてくるキューに呼びかけるが、キューは完全にパニック状態になっていた。 一方、従業員は、突然飛び出して来た蟲に驚いて、思わず悲鳴をあげ、箱を取り落とした。 箱の中から、ガラスが割れる音が聞こえ、次の瞬間、芳しい香りが辺りを包む。 . 上役らしい年配の従業員が何事かと走ってくる。 箱を落とした従業員が、キューを指差して年配の従業員に何か叫ぶ。 すると、年配の従業員は、傍にあったスプレーを手に取り、 あと一息でイチの箱に辿り着こうとしていたキューに向かって、薬剤を吹き付けた。 「デチャァァァァァ!!ギョペペペペペ!!」 それを浴びた途端、床に倒れ激しく悶絶するキュー。 左右の目から血涙を流し、口からは赤緑の吐しゃ物を吐き出している。 未熟なキューは、日頃から、しばしば恐怖や驚きでパンコンしたが 今パンツに溢れる糞の量は、かつてないほどだ。 「ママ・・・オ姉チャ・・・助け・・・クルシい・・・テチ・・・。」 痙攣しながら姉に助けを求めるキュー。 そこに、無情にも、重ねてスプレーを吹きかける従業員。 「テッ・・・テテッ!!」 再び手足を激しく震わせるキュー。もはや声も出ない。その様子を見かねて、イチと一緒の箱に隠れて いた次女のニィが、助けに飛び出そうとする。それを必死で抑えるイチ。 「離すテチュ、このままじゃキューが死んじゃうテチュ!」 「出たらダメテチュ、ワタチたちも殺されちゃうテチュ!」 「テェェ!オ姉チャンは、自分が助かるためにキューを見殺しにするテチか!」 歯軋りしながら抗議するニィ。目には涙が光っている。 「オ姉チャンを恨みたければ恨むがいいテチュ でも、ここで出たら、他の姉妹も殺されちゃうかもテチュ!分かってテチュ!」 イチの目にも涙が光る。 「テベ・・・ッ!」 キューは、背を弓なりにそらせてブルブル震えると、口から赤黒い臓物 を一気に吐き出し、それっきり動かなくなった。 それを見るイチとニィの頬に涙が伝う。 念のためということであろうか、従業員はその動かなくなったキューの体に、薬剤がなく なるまでさらにスプレーを吹きつけ続けた。 姉妹は、めいめい隠れた箱の中で、キューの最期を見ながら、声を漏らさぬようこらえて泣いていた。 幸い、人間たちは他の姉妹には気づかず、段ボール箱の積み込み作業に戻って行った。 姉妹は、そのままなすすべもなくエレベータに積み込まれ、荷物とともに 別々のフロアに送られていった。 . *************************************** . 三女のミィと四女のシィが入っていた箱には、様々な色に染め上げられ、一つ一つが 丁寧にビニール袋に梱包された手ぬぐいが詰まっていた。 この荷物とともに彼女たちが運び込まれたのは、3階婦人服売り場の和服コーナーであった。 一緒に送られてきた足袋、かんざしなどの箱は、到着するとすぐに、売り場のバックヤードで 待ち構えていた男性従業員の手で開梱されてゆく。 やがて、ミィとシィの入った箱にも手が掛けられる。 「テェェ・・・今箱が開けられたら見つかっちゃうテチ・・・。」 怯えるシィを、震えながらも気丈に励ますミィ。 「いいテチか、箱が開けられたら、一気に飛び出して、どこかに隠れるテチよ!」 「分かったテチ!」 人間から逃れる計略を立て、息を飲んで箱が空けられる瞬間を待つ二匹。周囲のガムテープ が剥がされる音は、永遠に続くかと思われるほど長く感じられた。 ふいに音が止んだ。次の瞬間、箱のふたが開けられ、まぶしい蛍光灯の明かりが二匹 の目に突き刺さるように飛び込んで来た。しかし、躊躇する暇はない。 「テチャァァァ!」 二匹は、箱を開けた瞬間に現れた害蟲にひるんだ従業員を、さらに威嚇するように叫ぶと、 箱から飛び出した。 「テッチ!テッチ!」 お互い逆に向かって走る二匹。 「まっ・・・待てえ!」 我に返った従業員は、展示してある着物に向かって走るシィを追いかけ始めた。 唐突のことだったので、 どうやらミィの方には気づかなかったようだ。 「テチャァァ!来るなテチィ!」 ターゲットにされたシィは、パンコンしそうなのを必死で我慢しながら、涙目で走る。 恐怖で足がもつれ、思ったように走れない。 しかし、何とか着物まで辿り着くとその影に隠れて、そっと走って来た方を覗いた。 シィは、人間の視線の届かないところに隠れて、逃げ切った気になっていた。しかし、 従業員の目には、着物の影に飛び込む仔実装の姿がはっきりと捉えられていた。これでは隠れたことにならない。 しかし、すでに冷静さを取り戻していた従業員は、それを見て無理に捕まえることを止めた。 彼は、実装石の生態について多少知識があり、興奮したり、 恐怖に駆られたときに、激しく糞尿をひり出す特性を知っていたのだ。 あの仔実装が陰に隠れている着物は500万円する。 その脇に置いてあるかんざしは30万円 帯には100万円の値が付いている。 それ以外にも、高価な和服と、その付属品の並ぶこの売り 場で、仔実装を下手に刺激して品物を汚されてはたまらない。 . 従業員は作戦を変えた。 着物を見張りながら、ゆっくりとバックヤードに戻り 休憩時間に食べるつもりだったビスケットを持って来た。 そして、それを仔実装が食べやすい 大きさに砕いて、自分の足元に置くと、優しく舌を鳴らしてシィをおびき寄せる。 一方のシィは、人間の追撃が止んで、多少落ち着きを取り戻したものの、まだ緊張は解いていなかった。 人間の優しい呼びかけと、美味しそうなビスケットに、つい着物の端から顔を覗かせてしまったが すぐに飛び付くようなことはしない。 従業員は、思ったより用心深い仔実装の様子に、内心イラつきながらも 「ほーら、甘くて美味しいビスケットだよー、怖くないから出ておいでー・・・。」 と、優しげな呼びかけを続ける。 しかし、5分ほど経っても、仔実装はこちらをじっと見ているばかりで 出て来ようとはしない。 (自分が見ているから出て来ないのかもしれないな…。) そう考えた従業員は、 「ここに置いておくからね、お腹が空いたらいつでも出て来て食べてねー・・・。」 と、着物に向かって声を掛けると、ビスケットをそのままに、再びゆっくりとバックヤードに戻った。 そして、会場設営用の道具箱から木づちを取り出し、扉の影から様子を伺う。 しばらくすると、着物の端がもそもそと動き 「テッチューン♪」 と歓声を上げて仔実装が飛び出して来た。 実際のところ、シィは空腹であった。 昨晩一家揃っての最後の夕食以来、シィたち姉妹は何も食べていない。 デパートの中に入れば、ご馳走が溢れている、との 姉妹の期待は外れ、食べ物に未だありついていない上、予想外の危険に晒され続け、逃げ 回って来た。腹が空いていないはずがない。
画像
[画像なし]
本文
追加
本文に本レスを追加します
削除キー
変更
投稿番号:00006844:を修正します。削除キーを入力してください
削除キー
スパム
チェック:
スパム防止のため7431を入力してください