タイトル:【塩】 首輪 (一期一会より)
ファイル:塩保管スク[jsc0342.txt]
作者:匿名 総投稿数:非公開 総ダウンロード数:1611 レス数:2
初投稿日時:2007/08/19-22:35:08修正日時:2007/08/19-22:35:08
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このスクは[実装石虐待補完庫(塩保)]に保管されていたものです。
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 ワタチはかちこいテチュ  ママはばかテチュ  ニンゲンにアタマをさげればゴハンなんていくらでもたべられるテチュ  なまゴミあさりなんてしなくてもおいちいゴハンがイッパイうまうまテチュ  ニンゲンはやさしいんテチュ  ニンゲンはぜったいにワタチたちのことをいじめないんテチュ  だからニンゲンにおあいそすればいいんテチュ  テェ?  ママなにいってるテチュ?  ニンゲンにおあいそするのはママテチュ  ワタチはおあいそなんかしなくていいんテチュ  ッテいうか、ママ、ギャクタイハってしらないテチュ?  ニンゲンにはそういうのがいるんテチュ  だからあぶないテチュ  ママがニンゲンにおあいそしてダイジョウブだったら、ワタチもおあいそするテチュ      ママはばかテチュ  ホンモノのクズムシテチュ  こいつがギャクタイハのニンゲンだったらどうするテチュ?  しんだほうがマシテチュ しんだほうがマシテチュ  死んだほうが、マシ、テチュ……  託児された仔実装は、テーブルに投げ出されてからもずっとそう喚いていた。 レジ袋には汚れはない。 クソも漏らさず、中身にも手をつけず(つけられず、か?)。 これを見るかぎり、まあ本人の自己申告どおり、「賢い」部類の実装石なんだろう、と思う。 そう思いながらリンガルと仔実装を見下ろしていたら、玄関のドアが開いて、夫が帰ってきた。 「ただいま〜。アレ、寝てなかったのか」 「ええ、ちょっと寝つけなくて」 「ふぅん。って、お前そのテーブルのヤツ実装石か?」 「ちょっとボーっとしてたみたい。やられちゃった」  夫にそう答えながら、私は苦笑する。  夫は困ったな、という表情を浮かべながら、どうする?、と目顔で尋ねてきた。 ゴキブリもそうだし、ネズミもそうなのだけれど、私はこの手の小動物が苦手だ。 処分するときもいつも夫の手を煩わせる。 今回もきっと処分してくれ、そう言われると思って夫は浮かない顔をしているんだろう。  私は首を横に振って言った。 「この仔はちょっと飼ってみようかな、って思うの。ウンチもしてないし、餌も漁ってないから賢いだろうし」 「え、いいのかそれで?」 「ええ。あなたにも迷惑かけないから、とりあえず飼ってみてもいい?」 「いや、ぜんぜん構わないけど、ホントに飼うつもりか、これ?」 「野良だから飼わない方がイイのかもしれないけど、躾られないようだったら保健所に持っていくわ」 「そこまで言うんなら別にいいよ」 「チワワほど高くないし?」 「う。イヤな事覚えてるねお前」  夫が参ったな、という顔で笑うのを見て、私もつられて笑ってしまう。 この人の笑顔を見ていると、不愉快な事も忘れられる。けどこの仔実装は許せない。  これの処分に夫の手を煩わせるわけにはいかない。これは私がケリをつけてやる。 —1—  鳴き疲れたのか、テーブルの上で寝息を立て始めた仔実装を掴み上げると、私はそれをキッチンの隅に設えた 仔実装の棲家(新調した炊飯ジャーの空き箱を使った簡単なもの)にそっと下ろしてやった。 刻んだチラシや新聞紙を敷き詰めた床に、使い古しの布巾を敷いて寝床代わりにしてやると、 仔実装はそのやわらかな寝床で、ころりと寝返りを打つ。 微笑ましく見えなくもないけれど、私はこの蟲の本性を知っている。 餌皿におまる、いろいろと空き箱の中に配置しながら、私はこの仔実装をどうしようか、思案を巡らせていた。  翌朝。 目覚めた仔実装がテチーテチーと囀っている。 空き箱の中を覗き込むと、右往左往する仔実装と空っぽの餌皿とおまる、そして寝グソで緑色に染まった布巾が見えた。 漏らしたパンツは布巾のそばに脱ぎ捨てられている。 「おはよう、仔実装ちゃん」  私はそう優しく仔実装に語りかけると、布巾を取り上げて流しに投げ出す。 チィィィと威嚇するような怯えるような、どちらともつかない声を上げた仔実装を刺激しないように、 そっと餌皿を持ち上げると、その中に人肌に温めたミルクを入れて、静かに箱の中に戻してやった。  頭上に延びる私の腕を、紅緑の瞳で見つめ続ける仔実装。 一度は取り上げられた餌皿に並々と注がれたミルクの匂いを嗅いで、仔実装は丸い目玉をさらに丸くした。 テェェェと驚きの声を上げた仔実装は目の前に置かれたミルクが信じられないようで、何度も私と餌皿とを見比べた。 私はあえて頷きもせず、ただじっと仔実装を見つめているだけだったのだが、 仔実装はそれをどうも自分の都合のいいように解釈したようで、おそるおそるといった様子で餌皿に一口、口をつけると 急いで顔を上げて私の顔色を覗った。 口の周りには白いひげが出来ている。ミツクチでは上手く飲みきれないせいか、白く涎が顎を伝っている。普通にキモイ。  私は当然無表情。 しばらくみつめあった私と仔実装だったが、仔実装のほうから視線を逸らし、今度は一心不乱にミルクを飲み始めた。 見る見るうちにミルクはなくなり、餌皿の底が見えてくる。  餌皿の底まで舐めて綺麗にミルクを飲み干した仔実装は、いまさらのように顔をあげて私の顔をもう一度、覗った。  当然、私は無表情。 ややあって仔実装は「テッチュー♪」と鳴き、手を顎に添えて首を傾げる、例のポーズをとった。  ああ、許されたと思ったのね。 私はほんの少しだけ唇の端を持ち上げて、顔面に笑顔らしきものを浮かべることにした。 それを見た仔実装が小さく「テプ」と鳴いたのを、私は聞き逃さなかった。  やっぱり、これはそういうイキモノなのだ。 明確な殺意が心の底から湧いてくるのを、私は自覚せずにはいられなかった。 けど、殺さない。殺しちゃダメなんだ。 潰したくなるような、殺虫剤でも噴きかけてやりたくなるような衝動をかろうじて抑えて、私はダンボール箱から離れる。 後に残されたダンボール箱からは仔実装のテチテチ囀る声が止むことはなかった。 —2—  そうして仔実装がウチに来て3日の間は、私は無表情で朝晩ミルクを与えつづけた。 固形物を摂取しても大丈夫なくらいの大きさにはなっているみたいだけれど、わざわざ実装フードを買うつもりもなかった。 トイレの場所は教えなかったが、食べられない砂の入ったおまるの意味を理解したのか、 仔実装はそこで用を足すことを二日目の朝には覚えた。 私は仔実装の棲んでいる箱の掃除をしてやらなかったから、そこで用を足さなければ 自分の生活空間が汚れるだけ、と仔実装も悟ったのだろう。 おまるを使うまでに垂れ流して汚れた新聞紙やチラシは底のほうへ埋め、なるべく綺麗な新聞紙を引っ張り出す。 見ているとホントに賢いのが良く分かる仔実装だった。 そろそろここの生活にも馴れたみたいなので、寝ている間に箱の壁に細工を仕掛けておく。 仔実装ちゃんの望みを叶えられるよう、私なりに考えたプレゼントだ。喜んでくれるといいのだけれど。  4日目の朝。 私は託児された夜以来はじめて、実装リンガルを使って仔実装に話しかけた。 「おはよう、仔実装ちゃん」 <おはよう、ご主人ちゃま>  ふふ。 口のききかたを知らない仔実装だこと。誰がご主人サマ? それに、いつタメ口を許したのかな? まあどうでもいいか、そんなこと。 本題はそこじゃないし。 「今日も元気そうね、仔実装ちゃん」 <はいテチ。いつもゴハンありがとうテチ>  にっこりと笑う私に、仔実装のブサイクな顔面を歪めて答える。 威嚇顔と寸分たがわぬ顔面の歪み。これこそが実装石の笑顔なのだというからホントに不思議なイキモノだと思う。 表情筋は犬猫よりはるかに発達してるらしいけど、ホントかしらね? 「ところで、いつ死ぬの?」 <テッ?>  あくまでにこやかに、そう尋ねると仔実装が顔面を笑顔に歪めたまま固まった。 「だってあなた、死んだほうがましテチ、って言ってたじゃない? いつ死ぬの? ねぇ?」 <テッテッテ……そんなことしないテチ! ご主人ちゃまはギャクタイハじゃないから死なないテチ!> 「そんなの関係ない。アンタは死んだほうがましって言ったの。死になさいよ」 <テェェ……ご主人ちゃま、どうしてそんなこと言うテチ?>  バン! 「わたしはご主人サマじゃない!」 「テェエエエエエエエエエエエエエエエ!!!!!」  空き箱を蹴りつけて、わたしがそう怒鳴ると、仔実装は悲鳴を上げた。 リンガルが翻訳しきれないほどの絶叫だ。私も、自分でも自分の大声に驚いた。 これじゃまるであの頃と一緒。夫が出勤した後でよかった。もし夫がいたら、またあの頃のように…… 私は気をおちつかせるためにいったん仔実装の居る箱から離れ、台所をうろうろと落ち着きのない獣のように歩き回った。 考えるな考えるな。こいつらは人間じゃない人間じゃない。 ふぅ、ふぅ、と深呼吸して自分を落ち着かせると、私はふたたび仔実装の箱を覗き込んだ。 パンコンして腰を抜かしている仔実装は、影がさしたことに気がついて上を見上げ、私と目が合うと「テヒッ!」と鳴いた。 「不思議でしょうがないのよね。死んだほうがマシ、って言うくせになんで死なないの?」 私はそう言ってしまうと、さらに一気にまくし立てる。仔実装の小賢しい反論など聞いてやるつもりはなかった。 「死んだほうがマシ、って言ったら人間の気を引けると思った?」 「私なんか死ねばいい、そんな風に言えば誰かかまってくれるとでも思ったの?」  自分で言葉にしながら、ボロボロと涙が溢れてくるのを抑えられなかった。 脳裏に、痴呆にかかった母が口癖のように言っていた「死なんばや、死なんばや」という言葉が蘇る。  母なりに、思いどおりにならない記憶と思考を抱えた自分がもどかしかったのだろうけど、その言葉は私の心を抉った。 母を介護する毎日で、一番辛かったのはその言葉だった。 その言葉を聞かされるたび、母を詰った。母に詰られた。どうしようもないほどに荒れて夫にも八つ当たりした。 母が死ぬその日まで、私の生活は地獄のようなものだった。 母を憎んでしまう自分を呪い、母に憎まれる自分を呪い、そんな自分を助けようともしない夫を呪った。 ただ周りが見えていないだけだったのに、ひたすら自分以外を呪いつづけたあの頃はまさに地獄だった。  この仔実装はそんな地獄を思い出させた。 母のように癒えぬ病を抱えて居るわけでもなく、五体満足であるにもかかわらず、死んだほうがマシ、と言った。 そう言いながらチラチラとこちらを盗み見て同情を買おうとするその姿に、殺意を覚えた。 だから私は、仔実装を飼うことにしたのだ。この仔実装が自ら命を絶つその日まで。  私の剣幕に気圧されたのか、仔実装はダンボール箱の隅でガクガクと震えながら蹲るだけだった。 今はそれでもいい。けど必ず殺してやる。必ず自分の手で死なせてやる。 軽々しく反論の出来ない台詞を吐いて歓心を買おうとしたことを、その命でもって思い知らせてやる。 —3—  夕方。 私は巣箱の仔実装に話しかけながら、いつものように餌皿にミルクを注ぐ 「こんばんは、仔実装ちゃん。いつ死ぬの?」 「テェェ……」 力無く鳴いている仔実装の返事も聞かずに、私はさっさとその場を後にする。 さて、生き意地汚い糞蟲がこの先どういう思考でもって生き長らえようとするのかしら? 自分でもイヤな笑みが浮かぶのが分かる。夫にこんなところを見られたらと思うとゾッとする。 夫のことを思い出したとたん、なんだか自分が情けなくなってきた。 こんなイキモノ相手に何を本気になっているんだろう、私は。 夫の、全てを包み込むようなおおらかな笑顔を思い浮かべて、ほんの少しだけ私は泣いた。  もうやめよう、こんな事。実装石はバカなイキモノ。虫唾が走るほどバカなイキモノだけど、相手しても疲れるだけ。 私は明日にでも仔実装を保健所に出そうと思った。夫にはやっぱり躾るの無理だったみたい、と言おう。 それでいい。こんなイキモノ、もう一緒に居たくない。  私の決意は、その晩には脆くも崩れ去った。  そろそろ臭いがきつくなってきたので、巣箱の中の布巾を取り替えようとした時、私は朝方つけっぱなしにしておいた リンガルのログを読んでしまった。 「……なに、これ……」  読んだことを本気で後悔した。 そしてこの仔実装だけはどうしても自分でケリをつけなければいけない、その思いをあらたにした。 数時間前まで、保健所で穏便に処分してもらおう、などと考えていたことは頭からさっぱり消え去っていた。 それくらいに、私の頭は沸騰していた。 —4—  夜が空けてしばらくすると、仔実装がテチテチと囀り始めた。 ヒョイ、と箱の中を覗くと、仔実装が空になった餌皿を腕差しながら泣いている。 「どうせ死ぬんだからもう要らないでしょ、餌なんて  っていうか、気付かなくてごめんね。死んだほうがマシなのに餌なんて要るはずなかったのにね(笑)」 「チャアアアアアア!!?」  そういうと私は箱から顔をそらし、家事に戻った。 けたたましく泣く仔実装の声はしばらく止むことはなかったが、さすがに体力の消耗に気付いたのか、昼前には止んだ。  夕方、ふたたび仔実装がテチテチと鳴く。 今度は本気涙を流しながら、朝よりもさらに切迫した表情で餌皿を腕差し、泣き喚く。 「うるさいわね。死んだほうがマシなんだからさっさと死になさいよ」 「チュワアアアアアアアア!!!!!!!!!」  仔実装は今度こそ本気で鳴いて、ぺスペスと巣箱の壁を叩いて喚いた。 これがあの死んだほうがマシ、とか囀ってた仔実装か、と思わせるほどに生き意地汚さを発露する仔実装。  ちょっと話を聞いてやろうと思った私は、リンガルを起動する。 ワタシもコイツに言ってやりたいことがあったので、ちょうどいい機会だと思った。 「ミルク、ミルク、ミルクミルクミルクミルク」  同じことを連呼しているだけだ。見れば眼窩も落ち窪み、手足が痙攣し始めている。 さすがに仔実装だと2食も抜くとそれだけで生命の危機に陥るものらしい。 「あーもう。そんなに生きたいのなら自分のウンチでも食べたら?」  て? と一瞬固まった仔実装だったが、猛然と反駁してきた。 ふたたび「ミルクミルク」の連呼だ。芸のないことおびただしい。 連呼に疲れたのか、最後には「こんなところもうイヤテチィ! ママのところに帰るテチィ!」とか言い出した。 「バカじゃないの? アンタママに捨てられたのよ?」 「捨てられたんじゃないテチ、ニンゲンそんなことも知らないテチ?  タクジはママもニンゲンに飼われるためにするものなんテチ」 「……普通はそうらしいわね。けどアンタは違うわ。捨てられたの」  そう言うとブルブル震えていた仔実装はいきなりチュワワアワアアアアアアアアア!!と絶叫した。 「違うテチィ!!!! ママはかちこいワタチを捨てたりしないテチィ!!!!!!!」と喚いている。  私は溜息をついて言ってやる。 「違わなくないわよ。バカでクズムシなアンタのママはアンタを捨てたの。  賢いアンタなら分かるだろうけど、どうしてママはいまだにこの家に来ないのかしらね?」  て? とふたたび仔実装が固まる。このワンパターンさにはそろそろ飽きた。  それはきっと道に迷っているテチ、馬鹿なママだからそれはしょうがないテチ、とか言い出した仔実装を遮り、 私は言ってやった。 「死ぬ死ぬ言っててロクに死なないかまってチャンの相手なんか、血を分けたママでもうんざりだったのよ、仔実装ちゃん」  自分でも驚くほど冷たい声だった。  昨夜のリンガルのログ。 仔実装は実の母親に対しても私に対してしたのと同じような方法で気を惹いていた。 要するに死ぬ死ぬ連呼して親の注目を自分に集め、姉妹の中でもより寵愛を受けるように画策していた。 そんなあさはかな芝居など、母親の目から見れば一目瞭然だったのだろう。 それでこの小賢しい仔実装は捨てられた。こんな仔を育ててもロクなことにはならないと判って居たのだ、親実装も。 だから生活が厳しくなったとたん託児という形で間引いたのだろうことは容易に想像できた。 死ぬ死ぬ、と喚けば反論されることはない、そう喚いていれば誰もがちやほやしてくれる、 仔実装は骨の髄からその旨みを知り尽くした糞蟲だったのだ。  もはや同情の余地などなかった。 人間だけでなく、実装石をもそうして騙してきた糞蟲。  これは生きていてはいけないイキモノだ。  これは死ななければいけないイキモノだ。  て! とみたび固まる仔実装。 もうこれ以外の反応の仕方を知らないのだろうか? 「もう死んじゃいなさいよ、アンタ。死ぬしかもう道はないのよ。さんざんウソついてたら信じてもらえなくなるのよ。  今ならまだ死んだら同情してもらえるかもよ。ほんとに死んだら、の話だけどね」 「イヤテチ、死にたくないテチ」  そう呟く仔実装に、私はもう一度言ってやった。 「アンタはね、自分で死んだほうがマシ、って言ったのよ。死になさいよ。  悪いけど、私はもうアンタに生きていて欲しくない。アンタが生きているとすごく不愉快。  けど殺すのもめんどっちいの。自分で死んでよ。  アンタのママが殺してくれれば、こんな面倒なくて済んだのにね」 「ママはそんなことしないテチ!」 「したでしょ、じっさい?  虐待派かどうかも判らない私にアンタを託児したじゃない。そして迎えに来ない。  アンタのママも、アンタが生きてるのは不愉快だけど、アンタを殺すのが面倒くさかったのよ、きっと」  ドプゥッ!! と血涙を溢れさせた仔実装は、大声で絶叫した。リンガルでも翻訳不可能。 本格的に発狂してしまったのだろうか、なまじ賢いだけに自分の置かれた環境というものが判ったらしい。 もはや正気とも思えぬ仔実装を掌で掬い上げると、私はその耳元でそっと囁いた。 「辛いでしょ。壁にかけてる道具、使い方は判るわよね。アレを使えば楽になれるわよ」 泣き止んでテチィ、と小さく甘えた声を上げた仔実装が、小首をかしげて私の言葉に耳を傾ける。 「アンタは誰からも望まれない仔なのよ。さっさとそれつけて死になさい」 て! と固まった仔実装の体の奥から、微かに、ピシリという何かが軋む音が聞こえた。 顔面蒼白になった仔実装を巣箱の中におろし、私は眠りについた。 —5— 次の日の朝。 ダンボールハウスの壁には仔実装がぶら下がっていた。 舌を吐いて、目は白く濁っている。完全死しているようだった。 足元には踏み台にしたと思われるおまるがひっくり返り、首にはナイロンヒモが食い込んでいた。 ようやく死にやがった、私がその仔実装の死体を見て、最初に抱いた感想はそれだった。 解放感も達成感もなかった。愚かな実装石が自ら死を選んだ、ただそれだけの事だと淡々と受け止めた。 そこまで追い込んだのが自分だという自覚はあったけれど、まったく後悔の念が湧いて来ないのには自分でも困惑した。 実装石とはいえ、一つの生命を自殺に追い込んだ自責の念が湧いてくるものかと思っていたが、全くそんなことはなかった。 ただ、ああ、死んだんだな、とその事実を受け止めただけだ。  もしかしたら、人間相手だとしても私はこういう風に考えるのかもしれない、とふと思う。 軽々しく死ぬ、自殺すると口走る人間。それでいて生き意地の汚さは実装石にも匹敵するほどの人間。 そんなのが居たら、きっと私は……  そこまで考えて、私は頭を振った。ささやかな地獄はもう終わったのだ、仔実装の死とともに。 「さあ、朝ご飯の支度しなくちゃ!」  私はわざと声を張り上げ、気分を無理やり換える。 腕まくりをすると、地獄の残滓である仔実装の巣箱を抱え上げ、玄関先に放り出した。  どさり、と音を立てて、玄関の土間に巣箱が落とされる。  壁にぶら下がった仔実装の首で、ヒモがゆらり、と揺れた。  それはまるで、飼い実装の首輪のように、朝の日光を受けてキラキラと輝いていた。 <了> ワタチはかちこいテチュ  ママはばかテチュ  ニンゲンにアタマをさげればゴハンなんていくらでもたべられるテチュ  なまゴミあさりなんてしなくてもおいちいゴハンがイッパイうまうまテチュ  ニンゲンはやさしいんテチュ  ニンゲンはぜったいにワタチたちのことをいじめないんテチュ  だからニンゲンにおあいそすればいいんテチュ  テェ?  ママなにいってるテチュ?  ニンゲンにおあいそするのはママテチュ  ワタチはおあいそなんかしなくていいんテチュ  ッテいうか、ママ、ギャクタイハってしらないテチュ?  ニンゲンにはそういうのがいるんテチュ  だからあぶないテチュ  ママがニンゲンにおあいそしてダイジョウブだったら、ワタチもおあいそするテチュ      ママはばかテチュ  ホンモノのクズムシテチュ  こいつがギャクタイハのニンゲンだったらどうするテチュ?  しんだほうがマシテチュ しんだほうがマシテチュ  死んだほうが、マシ、テチュ……  託児された仔実装は、テーブルに投げ出されてからもずっとそう喚いていた。 レジ袋には汚れはない。 クソも漏らさず、中身にも手をつけず(つけられず、か?)。 これを見るかぎり、まあ本人の自己申告どおり、「賢い」部類の実装石なんだろう、と思う。 そう思いながらリンガルと仔実装を見下ろしていたら、玄関のドアが開いて、夫が帰ってきた。 「ただいま〜。アレ、寝てなかったのか」 「ええ、ちょっと寝つけなくて」 「ふぅん。って、お前そのテーブルのヤツ実装石か?」 「ちょっとボーっとしてたみたい。やられちゃった」  夫にそう答えながら、私は苦笑する。  夫は困ったな、という表情を浮かべながら、どうする?、と目顔で尋ねてきた。 ゴキブリもそうだし、ネズミもそうなのだけれど、私はこの手の小動物が苦手だ。 処分するときもいつも夫の手を煩わせる。 今回もきっと処分してくれ、そう言われると思って夫は浮かない顔をしているんだろう。  私は首を横に振って言った。 「この仔はちょっと飼ってみようかな、って思うの。ウンチもしてないし、餌も漁ってないから賢いだろうし」 「え、いいのかそれで?」 「ええ。あなたにも迷惑かけないから、とりあえず飼ってみてもいい?」 「いや、ぜんぜん構わないけど、ホントに飼うつもりか、これ?」 「野良だから飼わない方がイイのかもしれないけど、躾られないようだったら保健所に持っていくわ」 「そこまで言うんなら別にいいよ」 「チワワほど高くないし?」 「う。イヤな事覚えてるねお前」  夫が参ったな、という顔で笑うのを見て、私もつられて笑ってしまう。 この人の笑顔を見ていると、不愉快な事も忘れられる。けどこの仔実装は許せない。  これの処分に夫の手を煩わせるわけにはいかない。これは私がケリをつけてやる。 —1—  鳴き疲れたのか、テーブルの上で寝息を立て始めた仔実装を掴み上げると、私はそれをキッチンの隅に設えた 仔実装の棲家(新調した炊飯ジャーの空き箱を使った簡単なもの)にそっと下ろしてやった。 刻んだチラシや新聞紙を敷き詰めた床に、使い古しの布巾を敷いて寝床代わりにしてやると、 仔実装はそのやわらかな寝床で、ころりと寝返りを打つ。 微笑ましく見えなくもないけれど、私はこの蟲の本性を知っている。 餌皿におまる、いろいろと空き箱の中に配置しながら、私はこの仔実装をどうしようか、思案を巡らせていた。  翌朝。 目覚めた仔実装がテチーテチーと囀っている。 空き箱の中を覗き込むと、右往左往する仔実装と空っぽの餌皿とおまる、そして寝グソで緑色に染まった布巾が見えた。 漏らしたパンツは布巾のそばに脱ぎ捨てられている。 「おはよう、仔実装ちゃん」  私はそう優しく仔実装に語りかけると、布巾を取り上げて流しに投げ出す。 チィィィと威嚇するような怯えるような、どちらともつかない声を上げた仔実装を刺激しないように、 そっと餌皿を持ち上げると、その中に人肌に温めたミルクを入れて、静かに箱の中に戻してやった。  頭上に延びる私の腕を、紅緑の瞳で見つめ続ける仔実装。 一度は取り上げられた餌皿に並々と注がれたミルクの匂いを嗅いで、仔実装は丸い目玉をさらに丸くした。 テェェェと驚きの声を上げた仔実装は目の前に置かれたミルクが信じられないようで、何度も私と餌皿とを見比べた。 私はあえて頷きもせず、ただじっと仔実装を見つめているだけだったのだが、 仔実装はそれをどうも自分の都合のいいように解釈したようで、おそるおそるといった様子で餌皿に一口、口をつけると 急いで顔を上げて私の顔色を覗った。 口の周りには白いひげが出来ている。ミツクチでは上手く飲みきれないせいか、白く涎が顎を伝っている。普通にキモイ。  私は当然無表情。 しばらくみつめあった私と仔実装だったが、仔実装のほうから視線を逸らし、今度は一心不乱にミルクを飲み始めた。 見る見るうちにミルクはなくなり、餌皿の底が見えてくる。  餌皿の底まで舐めて綺麗にミルクを飲み干した仔実装は、いまさらのように顔をあげて私の顔をもう一度、覗った。  当然、私は無表情。 ややあって仔実装は「テッチュー♪」と鳴き、手を顎に添えて首を傾げる、例のポーズをとった。  ああ、許されたと思ったのね。 私はほんの少しだけ唇の端を持ち上げて、顔面に笑顔らしきものを浮かべることにした。 それを見た仔実装が小さく「テプ」と鳴いたのを、私は聞き逃さなかった。  やっぱり、これはそういうイキモノなのだ。 明確な殺意が心の底から湧いてくるのを、私は自覚せずにはいられなかった。 けど、殺さない。殺しちゃダメなんだ。 潰したくなるような、殺虫剤でも噴きかけてやりたくなるような衝動をかろうじて抑えて、私はダンボール箱から離れる。 後に残されたダンボール箱からは仔実装のテチテチ囀る声が止むことはなかった。 —2—  そうして仔実装がウチに来て3日の間は、私は無表情で朝晩ミルクを与えつづけた。 固形物を摂取しても大丈夫なくらいの大きさにはなっているみたいだけれど、わざわざ実装フードを買うつもりもなかった。 トイレの場所は教えなかったが、食べられない砂の入ったおまるの意味を理解したのか、 仔実装はそこで用を足すことを二日目の朝には覚えた。 私は仔実装の棲んでいる箱の掃除をしてやらなかったから、そこで用を足さなければ 自分の生活空間が汚れるだけ、と仔実装も悟ったのだろう。 おまるを使うまでに垂れ流して汚れた新聞紙やチラシは底のほうへ埋め、なるべく綺麗な新聞紙を引っ張り出す。 見ているとホントに賢いのが良く分かる仔実装だった。 そろそろここの生活にも馴れたみたいなので、寝ている間に箱の壁に細工を仕掛けておく。 仔実装ちゃんの望みを叶えられるよう、私なりに考えたプレゼントだ。喜んでくれるといいのだけれど。  4日目の朝。 私は託児された夜以来はじめて、実装リンガルを使って仔実装に話しかけた。 「おはよう、仔実装ちゃん」 <おはよう、ご主人ちゃま>  ふふ。 口のききかたを知らない仔実装だこと。誰がご主人サマ? それに、いつタメ口を許したのかな? まあどうでもいいか、そんなこと。 本題はそこじゃないし。 「今日も元気そうね、仔実装ちゃん」 <はいテチ。いつもゴハンありがとうテチ>  にっこりと笑う私に、仔実装のブサイクな顔面を歪めて答える。 威嚇顔と寸分たがわぬ顔面の歪み。これこそが実装石の笑顔なのだというからホントに不思議なイキモノだと思う。 表情筋は犬猫よりはるかに発達してるらしいけど、ホントかしらね? 「ところで、いつ死ぬの?」 <テッ?>  あくまでにこやかに、そう尋ねると仔実装が顔面を笑顔に歪めたまま固まった。 「だってあなた、死んだほうがましテチ、って言ってたじゃない? いつ死ぬの? ねぇ?」 <テッテッテ……そんなことしないテチ! ご主人ちゃまはギャクタイハじゃないから死なないテチ!> 「そんなの関係ない。アンタは死んだほうがましって言ったの。死になさいよ」 <テェェ……ご主人ちゃま、どうしてそんなこと言うテチ?>  バン! 「わたしはご主人サマじゃない!」 「テェエエエエエエエエエエエエエエエ!!!!!」  空き箱を蹴りつけて、わたしがそう怒鳴ると、仔実装は悲鳴を上げた。 リンガルが翻訳しきれないほどの絶叫だ。私も、自分でも自分の大声に驚いた。 これじゃまるであの頃と一緒。夫が出勤した後でよかった。もし夫がいたら、またあの頃のように…… 私は気をおちつかせるためにいったん仔実装の居る箱から離れ、台所をうろうろと落ち着きのない獣のように歩き回った。 考えるな考えるな。こいつらは人間じゃない人間じゃない。 ふぅ、ふぅ、と深呼吸して自分を落ち着かせると、私はふたたび仔実装の箱を覗き込んだ。 パンコンして腰を抜かしている仔実装は、影がさしたことに気がついて上を見上げ、私と目が合うと「テヒッ!」と鳴いた。 「不思議でしょうがないのよね。死んだほうがマシ、って言うくせになんで死なないの?」 私はそう言ってしまうと、さらに一気にまくし立てる。仔実装の小賢しい反論など聞いてやるつもりはなかった。 「死んだほうがマシ、って言ったら人間の気を引けると思った?」 「私なんか死ねばいい、そんな風に言えば誰かかまってくれるとでも思ったの?」  自分で言葉にしながら、ボロボロと涙が溢れてくるのを抑えられなかった。 脳裏に、痴呆にかかった母が口癖のように言っていた「死なんばや、死なんばや」という言葉が蘇る。  母なりに、思いどおりにならない記憶と思考を抱えた自分がもどかしかったのだろうけど、その言葉は私の心を抉った。 母を介護する毎日で、一番辛かったのはその言葉だった。 その言葉を聞かされるたび、母を詰った。母に詰られた。どうしようもないほどに荒れて夫にも八つ当たりした。 母が死ぬその日まで、私の生活は地獄のようなものだった。 母を憎んでしまう自分を呪い、母に憎まれる自分を呪い、そんな自分を助けようともしない夫を呪った。 ただ周りが見えていないだけだったのに、ひたすら自分以外を呪いつづけたあの頃はまさに地獄だった。  この仔実装はそんな地獄を思い出させた。 母のように癒えぬ病を抱えて居るわけでもなく、五体満足であるにもかかわらず、死んだほうがマシ、と言った。 そう言いながらチラチラとこちらを盗み見て同情を買おうとするその姿に、殺意を覚えた。 だから私は、仔実装を飼うことにしたのだ。この仔実装が自ら命を絶つその日まで。  私の剣幕に気圧されたのか、仔実装はダンボール箱の隅でガクガクと震えながら蹲るだけだった。 今はそれでもいい。けど必ず殺してやる。必ず自分の手で死なせてやる。 軽々しく反論の出来ない台詞を吐いて歓心を買おうとしたことを、その命でもって思い知らせてやる。 —3—  夕方。 私は巣箱の仔実装に話しかけながら、いつものように餌皿にミルクを注ぐ 「こんばんは、仔実装ちゃん。いつ死ぬの?」 「テェェ……」 力無く鳴いている仔実装の返事も聞かずに、私はさっさとその場を後にする。 さて、生き意地汚い糞蟲がこの先どういう思考でもって生き長らえようとするのかしら? 自分でもイヤな笑みが浮かぶのが分かる。夫にこんなところを見られたらと思うとゾッとする。 夫のことを思い出したとたん、なんだか自分が情けなくなってきた。 こんなイキモノ相手に何を本気になっているんだろう、私は。 夫の、全てを包み込むようなおおらかな笑顔を思い浮かべて、ほんの少しだけ私は泣いた。  もうやめよう、こんな事。実装石はバカなイキモノ。虫唾が走るほどバカなイキモノだけど、相手しても疲れるだけ。 私は明日にでも仔実装を保健所に出そうと思った。夫にはやっぱり躾るの無理だったみたい、と言おう。 それでいい。こんなイキモノ、もう一緒に居たくない。  私の決意は、その晩には脆くも崩れ去った。  そろそろ臭いがきつくなってきたので、巣箱の中の布巾を取り替えようとした時、私は朝方つけっぱなしにしておいた リンガルのログを読んでしまった。 「……なに、これ……」  読んだことを本気で後悔した。 そしてこの仔実装だけはどうしても自分でケリをつけなければいけない、その思いをあらたにした。 数時間前まで、保健所で穏便に処分してもらおう、などと考えていたことは頭からさっぱり消え去っていた。 それくらいに、私の頭は沸騰していた。 —4—  夜が空けてしばらくすると、仔実装がテチテチと囀り始めた。 ヒョイ、と箱の中を覗くと、仔実装が空になった餌皿を腕差しながら泣いている。 「どうせ死ぬんだからもう要らないでしょ、餌なんて  っていうか、気付かなくてごめんね。死んだほうがマシなのに餌なんて要るはずなかったのにね(笑)」 「チャアアアアアア!!?」  そういうと私は箱から顔をそらし、家事に戻った。 けたたましく泣く仔実装の声はしばらく止むことはなかったが、さすがに体力の消耗に気付いたのか、昼前には止んだ。  夕方、ふたたび仔実装がテチテチと鳴く。 今度は本気涙を流しながら、朝よりもさらに切迫した表情で餌皿を腕差し、泣き喚く。 「うるさいわね。死んだほうがマシなんだからさっさと死になさいよ」 「チュワアアアアアアアア!!!!!!!!!」  仔実装は今度こそ本気で鳴いて、ぺスペスと巣箱の壁を叩いて喚いた。 これがあの死んだほうがマシ、とか囀ってた仔実装か、と思わせるほどに生き意地汚さを発露する仔実装。  ちょっと話を聞いてやろうと思った私は、リンガルを起動する。 ワタシもコイツに言ってやりたいことがあったので、ちょうどいい機会だと思った。 「ミルク、ミルク、ミルクミルクミルクミルク」  同じことを連呼しているだけだ。見れば眼窩も落ち窪み、手足が痙攣し始めている。 さすがに仔実装だと2食も抜くとそれだけで生命の危機に陥るものらしい。 「あーもう。そんなに生きたいのなら自分のウンチでも食べたら?」  て? と一瞬固まった仔実装だったが、猛然と反駁してきた。 ふたたび「ミルクミルク」の連呼だ。芸のないことおびただしい。 連呼に疲れたのか、最後には「こんなところもうイヤテチィ! ママのところに帰るテチィ!」とか言い出した。 「バカじゃないの? アンタママに捨てられたのよ?」 「捨てられたんじゃないテチ、ニンゲンそんなことも知らないテチ?  タクジはママもニンゲンに飼われるためにするものなんテチ」 「……普通はそうらしいわね。けどアンタは違うわ。捨てられたの」  そう言うとブルブル震えていた仔実装はいきなりチュワワアワアアアアアアアアア!!と絶叫した。 「違うテチィ!!!! ママはかちこいワタチを捨てたりしないテチィ!!!!!!!」と喚いている。  私は溜息をついて言ってやる。 「違わなくないわよ。バカでクズムシなアンタのママはアンタを捨てたの。  賢いアンタなら分かるだろうけど、どうしてママはいまだにこの家に来ないのかしらね?」  て? とふたたび仔実装が固まる。このワンパターンさにはそろそろ飽きた。  それはきっと道に迷っているテチ、馬鹿なママだからそれはしょうがないテチ、とか言い出した仔実装を遮り、 私は言ってやった。 「死ぬ死ぬ言っててロクに死なないかまってチャンの相手なんか、血を分けたママでもうんざりだったのよ、仔実装ちゃん」  自分でも驚くほど冷たい声だった。  昨夜のリンガルのログ。 仔実装は実の母親に対しても私に対してしたのと同じような方法で気を惹いていた。 要するに死ぬ死ぬ連呼して親の注目を自分に集め、姉妹の中でもより寵愛を受けるように画策していた。 そんなあさはかな芝居など、母親の目から見れば一目瞭然だったのだろう。 それでこの小賢しい仔実装は捨てられた。こんな仔を育ててもロクなことにはならないと判って居たのだ、親実装も。 だから生活が厳しくなったとたん託児という形で間引いたのだろうことは容易に想像できた。 死ぬ死ぬ、と喚けば反論されることはない、そう喚いていれば誰もがちやほやしてくれる、 仔実装は骨の髄からその旨みを知り尽くした糞蟲だったのだ。  もはや同情の余地などなかった。 人間だけでなく、実装石をもそうして騙してきた糞蟲。  これは生きていてはいけないイキモノだ。  これは死ななければいけないイキモノだ。  て! とみたび固まる仔実装。 もうこれ以外の反応の仕方を知らないのだろうか? 「もう死んじゃいなさいよ、アンタ。死ぬしかもう道はないのよ。さんざんウソついてたら信じてもらえなくなるのよ。  今ならまだ死んだら同情してもらえるかもよ。ほんとに死んだら、の話だけどね」 「イヤテチ、死にたくないテチ」  そう呟く仔実装に、私はもう一度言ってやった。 「アンタはね、自分で死んだほうがマシ、って言ったのよ。死になさいよ。  悪いけど、私はもうアンタに生きていて欲しくない。アンタが生きているとすごく不愉快。  けど殺すのもめんどっちいの。自分で死んでよ。  アンタのママが殺してくれれば、こんな面倒なくて済んだのにね」 「ママはそんなことしないテチ!」 「したでしょ、じっさい?  虐待派かどうかも判らない私にアンタを託児したじゃない。そして迎えに来ない。  アンタのママも、アンタが生きてるのは不愉快だけど、アンタを殺すのが面倒くさかったのよ、きっと」  ドプゥッ!! と血涙を溢れさせた仔実装は、大声で絶叫した。リンガルでも翻訳不可能。 本格的に発狂してしまったのだろうか、なまじ賢いだけに自分の置かれた環境というものが判ったらしい。 もはや正気とも思えぬ仔実装を掌で掬い上げると、私はその耳元でそっと囁いた。 「辛いでしょ。壁にかけてる道具、使い方は判るわよね。アレを使えば楽になれるわよ」 泣き止んでテチィ、と小さく甘えた声を上げた仔実装が、小首をかしげて私の言葉に耳を傾ける。 「アンタは誰からも望まれない仔なのよ。さっさとそれつけて死になさい」 て! と固まった仔実装の体の奥から、微かに、ピシリという何かが軋む音が聞こえた。 顔面蒼白になった仔実装を巣箱の中におろし、私は眠りについた。 —5— 次の日の朝。 ダンボールハウスの壁には仔実装がぶら下がっていた。 舌を吐いて、目は白く濁っている。完全死しているようだった。 足元には踏み台にしたと思われるおまるがひっくり返り、首にはナイロンヒモが食い込んでいた。 ようやく死にやがった、私がその仔実装の死体を見て、最初に抱いた感想はそれだった。 解放感も達成感もなかった。愚かな実装石が自ら死を選んだ、ただそれだけの事だと淡々と受け止めた。 そこまで追い込んだのが自分だという自覚はあったけれど、まったく後悔の念が湧いて来ないのには自分でも困惑した。 実装石とはいえ、一つの生命を自殺に追い込んだ自責の念が湧いてくるものかと思っていたが、全くそんなことはなかった。 ただ、ああ、死んだんだな、とその事実を受け止めただけだ。  もしかしたら、人間相手だとしても私はこういう風に考えるのかもしれない、とふと思う。 軽々しく死ぬ、自殺すると口走る人間。それでいて生き意地の汚さは実装石にも匹敵するほどの人間。 そんなのが居たら、きっと私は……  そこまで考えて、私は頭を振った。ささやかな地獄はもう終わったのだ、仔実装の死とともに。 「さあ、朝ご飯の支度しなくちゃ!」  私はわざと声を張り上げ、気分を無理やり換える。 腕まくりをすると、地獄の残滓である仔実装の巣箱を抱え上げ、玄関先に放り出した。  どさり、と音を立てて、玄関の土間に巣箱が落とされる。  壁にぶら下がった仔実装の首で、ヒモがゆらり、と揺れた。  それはまるで、飼い実装の首輪のように、朝の日光を受けてキラキラと輝いていた。 <了>

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1 Re: Name:匿名石 2020/08/24-09:32:10 No:00006263[申告]
プロの物書きかな?
とても引き込まれてあっという間に読んでしまった
本当に素晴らしい
2 Re: Name:匿名石 2023/05/27-20:45:43 No:00007236[申告]
実際現実でもそんな気なんて微塵も無いのに死ぬ死ぬ言ってる奴ほどこの世でみっともない存在は無いからな
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