タイトル:【愛】 仔実装と水槽
ファイル:仔実装と水槽.txt
作者:匿名 総投稿数:非公開 総ダウンロード数:6706 レス数:3
初投稿日時:2007/02/26-08:27:44修正日時:2007/02/26-08:27:44
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仔実装と水槽


ある晴れた日、男は道端で仔実装を拾った。
はぐれたのか、捨てられたのか、親の姿は確認できない。
なんとなく興味を持った男は、とりあえず連れて帰ることにした。

仔実装を拾ったはいいが、どこで飼おうか男は迷った。
大きな水槽はあるが、現在熱帯魚を飼っているので塞がっていた。
さて、どうしたものか……と、男は考えた。

仔実装を見ると、人間の部屋が珍しいのか、きょろきょろと室内を見回していた。
男はふと思いついて、部屋の片隅に置いてあった発泡スチロールを、カッターナイフでドーナツ型にくり抜いた。
そしてドーナツ型の発泡スチロールの中心を仔実装の体に通す。
よし、ぴったりだ、と男は頷いた。
不思議そうに自分の体にはまった発泡スチロールを見つめる仔実装に、男は話しかけた。

「なあ、仔実装。僕はお前を飼ってやる事にしたよ」
仔実装は男の言葉がわかるのだろう。
テチャテチャと嬉しそうに飛び跳ねていた。
「名前は……そうだな。スイにしよう。お前の名前はスイだよ」
ニンゲンサン、名前くれるテチ?
嬉しいテチ!
喜ぶ仔実装を摘み上げ、水槽を載せてある台の上に置いた。
仔実装……スイは水槽を見て、首を傾げた。
水槽で泳ぐ熱帯魚を見て、光る尾鰭に目を輝かせている。
ガラス越しに触ろうとぺちぺちと水槽を叩いていた。

「今日からこの水槽がお前のおうちだよ」
笑顔で告げると、スイはテステスと抗議の声らしきものを上げた。
何言ってるテチィ?
この中にはもうお魚さんが住んでるテチ。
ワタチには住めないテチ。
リンガルは無いが、男はスイの言うところの、大体は理解した。
「お前の言いたいことはわかるよ。でも、水槽は一つしかないんだ。諦めてくれ」
なおも抗議の声を上げ続けるスイを摘み上げ、水槽の中にそっと入れた。

「テチャァ、チャァ、テチャアアァア」
溺れると思ったスイは、水面で必死にもがいた。
「テチャ、チャ、チャ……テテ?」
しばしもがいたスイは、自分の体に沈む気配が無いことに気がついた。
「よしよし、発泡スチロールで作った浮き輪はうまくいったみたいだな」
浮き輪を着けたスイは、引っ繰り返ることも無く、安定して水に浮かんでいた。
「これからは熱帯魚と仲良く暮らすんだぞ」
こうしてスイは水槽の住人となった。


最初の間はスイは水槽での生活に当然ながら不満を覚えた。
まず、外に出せと男に訴え、泣き喚き、暴れた。
だが男はそしらぬ顔で放っておいた。
次は自力で脱出しようと試みた。
しかし、水槽の壁はスイが手を伸ばしてもなお高く、濡れた壁に手を掛けても滑って脱出することは叶わなかった。
「テチュ〜」
暴れ疲れ、ぐったりと大人しくなったスイに、好奇心旺盛な熱帯魚たちが集まってきた。
スイの足をツンツンとつつく。
「テチャッテチャッ!」
お魚さんに食べられちゃうテチッ
そう思ったスイは足をバタバタと動かした。
驚いた熱帯魚たちは、スイから離れた。
だが、離れた熱帯魚たちはスイが大人しくなると、また近くに寄って来てつつく。
「テッチャ〜ッ」
熱帯魚たちが飽きるまで数度繰り返された。

スイはそんな生活にも三日もすれば慣れた。
水槽の水の水温は温かく、寒さを感じることは無かった。
餌も男が一日に二度運んでくれて、食事に困ることも無かった。
糞をもよおしたときは、水の中にそのまました。
スイの糞は熱帯魚が食べるので、水が激しく汚れることも無かった。
水槽の中は平和そのものだった。

温い水に体を浮かべたスイは、まどろみの中で陸地で過ごしていた日々のことを思った。
親実装と共に生ゴミを漁り、他の実装石と争ったこと。
運悪くマラ実装と出会ってしまい、必死で逃げたこと。
辛く過酷な毎日だったが、親実装が守ってくれた。
ここではそんな危険は一つも無い。
飢えも無い。
寒さも無い。
しかし、ここではスイは一人ぼっちだった。
スイは常に寂しさに包まれていた。
餌をもらう時以外には、男と触れ合う機会はなかった。
家族が欲しい、とスイは思った。

ある日スイは、熱帯魚の内の一匹の腹がやけに膨らんでいることに気付いた。
「テチィ?」
スイは、餌をやりに来た男に腹の膨れた熱帯魚を指差し、首を傾げた。
男はスイの疑問を察し答えた。、
「ああ、あの熱帯魚は妊娠しているんだよ。お腹に子供がいるんだよ」
正確には子供ではなく卵だが、ともかく男はスイにそう説明した。
子供テチ。
ママになるんテチ。
ワタチも子供が、家族が欲しいテチ。
スイはそう感じた。

それから数日が過ぎた。
男が朝食を摂っていると、水槽の置いてある部屋から妙な声が聞こえた。
「……ケー。テ……ロ……」
気になった男は水槽のある部屋に向かった。
声の正体は、スイの歌声だった。
「テッテロケー。テッテロケー」
男がまさかと思い、スイを見ると、予想通りスイの両目は緑に染まっていた。
スイは幸せに満ちた顔で、胎教の歌を歌っている。
男はスイが妊娠した理由がわからなかった。
飼い始めてからスイを水槽から出したことはないし、妊娠の原因になるという花もこの部屋には持ち込んだことはない。
頭を抱えた男は、あるものに気がついた。
水槽に植えている水草だ。
水草には確認したときには無かったものが付着している。
半透明の小さな粒。
熱帯魚の卵だ。
熱帯魚を確認すると、腹の膨らんだ固体はいなかった。
おそらく昨夜にでも卵を産んだのだろう。

「まさか……でも、それしか……」
男はスイが妊娠した理由に思い当たった。
熱帯魚の精子だ。
通常、魚はメスが産んだ卵にオスが精子をかけて受精する。
熱帯魚の出した精子の一部が、水流によってスイの排泄口に付着し、受精したのではないだろうか。
男はそう考えた。
実装石が魚の子供を宿すなど聞いたこともないが、他にスイの妊娠を促すようなものは思いつかない。
スイは熱帯魚の精子で受精した。
とりあえず男はそう結論づけた。

その日から、男はスイに滋養のある食物を与えた。
拾ってからそんなにも長くは無いが、男はスイに熱帯魚に対するのと同等程度の愛着を持っていた。
熱帯魚の精子で受精したスイが、どんな子供を産むのかも興味があった。
なんにしろ、母子共に無事に産まれて欲しいと男は思った。

スイは幸せだった。
もうすぐ子供が産まれるのだ。
欲しかった家族が増えるのだ。
そう思うと、より一層の愛情を込めて、歌を歌った。
「テッテロケー。テッテロケー」

そして出産の日が来た。
男がスイの様子を見ると、スイの両目は赤く変化していた。
出産が近いことを理解した男は、用意してあった小さな網をスイの体の下に敷き、スチロールの浮き輪を取った。
親の体の下に網を敷いておかなければ、産み落とされた子供たちは、水槽の底に沈んでいってしまうだろう。
スイを水槽から出さずに出産させるのは、陸では呼吸のできない水生生物が産まれるかもしれないという、男なりの配慮だった。
もちろん、陸生の普通の実装石が産まれたときのために、子供を置くための容器も用意してある。
網の上で安定感がイマイチとはいえ、スイは十数日ぶりに腰を下ろした。
男がスイを見守っていると、スイは網を掴み、いきみ始めた。
出産が始まったのだ。

スイが苦しげに息を吐き出すごとに、スイの足の間から子供が少しづつあらわれる。
「テッテレー」
ついに一匹目の仔が産まれた。
見た目には普通の蛆実装に見える。
スイは素早く仔を抱えると、仔を包む粘膜を舐め取った。
「テチュー!」
粘膜を舐め取られた仔は、身をよじり、親の手からするりと離れた。
男があっと思った時には、仔は網の外まで飛び出て、水槽の水に潜り込んだ。
仔は、まさに水を得た魚の如く、水中をすいすいと泳いだ。
男が目を凝らし、水槽の中の仔を観察すると、仔の足には靴は無く、代わりに水を掻きやすそうなヒレがついていた。
実装服は着ているが、素肌の部分にはうっすらと鱗のようなモノが見えた。
「テッテレー」
二匹目の仔が産まれた。
二匹目も最初の仔同様に粘膜が取れると同時に、水の中に飛び込んだ。
産みの苦しみは想像以上だったが、それでもスイは喜びに打ち震えた。
家族ができたから、もう寂しくないテチ。
子供たちとは、ずっとずっと一緒テチ……。

その後も、スイは次々に子供を産み、最終的に五匹の仔を産んだ。
よくもまあ、あのちいさな体にこれだけの仔が入っていたものだと、男は感心した。
産まれた仔は全員、一匹目と同じ姿をしていた。
親となったスイは、自分とは少々カタチの違う子供たちを、とても可愛がっているようだった。
仔たちもスイに懐き、腹が空いたらスイから乳をもらい、夜はスイの側にあつまり、眠った。

男は仔を一匹摘みあげ、自分の手のひらに乗せた。
驚いた仔は、男の手から逃れようとした。
そのニンゲンサンは私のお世話をしてくれるニンゲンサンテチ。
大人しくするテチ。
スイが声をかけると、仔は素直に手の上でじっとした。
男は仔を安心させるように、指先で優しく仔を撫でた。
「テチューン」
仔は気持ちよさそうに、男の指に頭を擦り付けた。
安心した仔を撫でながら、男は仔の体を見つめた。
水槽越しに見たように、やはり足の先には魚のようなヒレがついていた。
素肌の部分には鱗。
そっと仔のスカートを捲って見ると、服で隠された部分にも鱗が隠されていた。
しばらく、観察を続けていると、仔の息が荒くなり始めた。
ぜえぜえと息苦しげに喘ぐ仔を、慌てて水槽の中に解放すると、何事も無かったように泳ぎ始めた。
どうやら、長くは陸にいることが出来ないようだった。

仔たちは順調に育っていった。
体もだんだんと成長していき、乳離れし始めたころ、男は悩んでいた。
仔の成長のおかげで、水槽が手狭になってきたのだ。
それに加えて、スイもまた成長していた。
男が飼い始めたときに比べると、スイは今や二倍の大きさになり、声も変わり始めていた。
しかし、男にはこれ以上水槽を増やしたり、買い換えたりする余裕は無かった。
男は随分と悩んだが、ついに決心をした。

男は実装リンガルを実装ショップで買った。
家に戻った男は、リンガルのスイッチを入れると、水槽の前に立った。
「やあ、スイ。子供たちは元気かい?」
「ニンゲンサン、こんにちはテス!
 ニンゲンサンがゴハンをくれるから、みんなとっても元気テス!」
スイは近くにいた仔を抱え、男のほうに差し出した。
男は仔を少しばかり撫でてやると、水の中にそっと下ろしてやった。
「スイ、今日は大事な話があるんだ」
男の真剣な顔に、スイは少しばかり気圧された。

「これ以上、子供たちを飼っていけなくなった」
スイは驚いた。
「どうしてテス?みんなとっても良い仔テス」
男はスイに教えた。
水槽が手狭になってきていること。
このままの水槽では、いずれみんなで住めなくなること。
自分には新しい水槽を用意することができないこと。
「子供たちを、海に放そうと思う」
「そんな……。どうしても、ここでは暮らしていけないテス?」
「ごめんな。でも、無理なんだ」
スイはうつむいた。
水面をじっと見つめ、何かを考えているようだった。
「お前だけなら飼ってやれるよ。水槽から出て、普通の飼い実装みたいにしてもいい。……今更だけどな」
男はスイとは離れたくなかった。
自分でも気付かなかったが、いつの間にかスイに随分を愛情が湧いていたのだった。

男の言葉を聞いても、スイはしばらくの間、ずっと水面を見つめていた。
「ワタチも、子供たちと一緒に海に行くテス」
顔を上げたスイの言葉は、男の予想外のものだった。
「もちろん、普通の飼い実装になりたいテス。でも、それ以上に子供たちと別れたくないテス。
 この仔たちを産んだときに誓ったんテス。ずっとずっと一緒いると誓ったんテス」
スイの決心は固いようだった。
男は何度も説得したが、スイは子供たちから離れる気はないようだった。
仔たちは男とスイの話を理解できないようで、水中を楽しげに泳ぎまわっていた。


男はスイたちとの別れのために、会社から休暇をとった。
小さめの水槽を用意して、そこにスイの子供たちを移した。
子供たちの入った水槽を車に乗せ、スイを助手席に乗せた。
男は自分も車に乗り込むと、南に向かって車を走らせた。
季節は春になっていたが、近隣の海の水はまだ冷たい。
温かい南の方まで行けば、ずいぶん過ごし易いだろうと男は車を運転し続けた。
休憩を挟みながらも、男は一昼夜車を走らせた。
途中でフェリーにも乗り、男が行ける一番南の海へ、スイたちはついに到着した。

車からスイと水槽をおろすと、仔たちは始めて見る海の大きさに、驚きはしゃいだ。
「すごいテチュ!」
「すっごく広いテチュ!」
「どこまでも続いているテチュ!」
はしゃぐ仔の隣で、スイは海の広さに気圧されるかのように、呆然と立ち続けていた。

「ここが海だよ。スイ、本当に行ってしまうのかい」
今ならまだ間に合うよ、と話しかける男にスイは首を振った。
「いいえ、ワタチはこの仔たちと一緒に行くテス」
「そうか……。残念だよ」
「ニンゲンサン、この仔たちを海に入れてやって欲しいテス」
男は仔たちを一匹ずつ丁寧に海に移した。
仔たちは新しい環境にも怯えることもなく、海中を泳いでいる。

「お前たち、ここがワタチたちの新しい家テス」
スイが子供たちに声をかけた。
「おうち、大きくなったテチ」
「いっぱいいっぱい遊べるテチ!」
「ニンゲンサンも一緒に遊ぶテチ?」
「このニンゲンサンとは今日でお別れテス」
スイの言葉に仔たちは不思議そうな声をあげた。
「これからはママとお前たちだけで、力を合わせて生きていくテチ」

「今までお世話になったテス。ありがとうございましたテス」
スイは男に向き直るとペコリとお辞儀をした。
男がスイに新しく作った浮き輪をはめてやると、スイは海に飛び込んだ。
「お前たちもニンゲンサンに挨拶するテス」
スイが仔たちに促すと、今の状況がわかっているのかいないのか、次々にお辞儀をした。
「ニンゲンサン、おせわになったテチ」
「今までゴハンくれてありがとうテチ!」
男は岸に実装フードを置いた。
「お腹が空いたら、これを食べるんだぞ。一週間はもつからな」
「ありがとうテス。自分たちでもゴハンが取れるようになるように、がんばるテス」
「ああ、がんばるんだぞ」
男の目には知らず涙が浮かんでいた。
「ニンゲンサン、さよならテス」
「「「「「さよならテチ!」」」」」
スイと子供たちが別れに言葉を告げた。
「さよならスイ。元気でな……」
男も別れの言葉を告げた。

こうして、男はスイたちと別れた。



男がスイたちと別れて一ヶ月が過ぎた。
男は熱帯魚の世話をしながらも、スイたちのことを思い出さない日はなかった。
休日の昼、男はテレビのスイッチを入れた。
テレビには女子アナがなにやら深刻な顔をして映っていた。
画面の下部を見ると赤い字でテロップが出ている。
「驚愕!南の島の海に人魚現る!?」
女子アナが地元の漁師らしき老人に、インタビューをしていた。
「あなたは人魚を見たという方ですね」
「ああ、そうだよ。オラは驚いたよ」
老人は大げさに身振り手振りを交え、話し始めた。

老人の話はこうだ。
海で両足にヒレのついた生き物を見た
生き物は海に潜り、器用に両手で魚をつかまえた。
捕まえた魚を、近くにいた浮き輪のようなものをつけた生き物に渡した。
そして、その生き物たちは実装石と呼ばれる生き物に似ていた……と。

男はテレビを見ながら、心が躍り始めるのを押さえられなかった。
「ああスイ。お前たちはたくましく生きているんだな」
いつかスイに会いに行こう。
その為には旅行資金をためなくてはな、と男は考えた。

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1 Re: Name:匿名石 2020/01/23-22:10:23 No:00006173[申告]
いざ海に出たら役立たずになる親を見捨てることもなく一緒に生きていける立派な仔たちだな
2 Re: Name:匿名石 2023/07/29-21:50:36 No:00007656[申告]
生きてて良かった
3 Re: Name:匿名石 2023/09/25-01:07:12 No:00008019[申告]
意味の分からん生き物を海に放してんじゃねーぞ!
まぁ…海でも食物連鎖の最下層だからすぐ食べられちゃうか
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