タイトル:【虐】 タノシイオモイデ
ファイル:タノシイオモイデ.txt
作者:匿名 総投稿数:非公開 総ダウンロード数:8209 レス数:4
初投稿日時:2007/02/16-21:39:13修正日時:2007/02/16-21:39:13
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タノシイオモイデ


 その仔実装は、とても愛されていた。
 大きくて優しく、思いやりに溢れた母親実装と、可愛らしい妹達。
 そして、そんな自分達家族を守ってくれる、もっともっと大きくて暖かいニンゲンのご主人様。

 幸せだった。
 これ以上のものが望めるだろうかというくらい、仔実装は満足していた。
 この幸福は、ずっと続く。
 そう固く信じていた。
 疑いもしなかった。
 無根拠なまでに。



 ——だが、それは「以前」の話。


 仔実装は、今自分が置かれている状況に、大きな不満と不安を抱いていた。
 ここは暗い。
 暗くて、とても狭い。
 その上閉鎖感があり、とても息苦しい。
 ごくたまに、頭の上の方にうっすらと光が差し込む事があるが、とてもそこまで上り着けないため覗き込みようがない。
 手は真横には自由に伸ばせるが、正面に向けると肘を伸ばし切らないうちに硬い壁のようなものにぶつかってしまう。
 足はかろうじて伸ばせているが、座れるほどの奥行きはないため、少し膝を曲げると背中と尻が硬いものに
ぶつかってしまう。
 必然的にずっと立ちっ放しになってしまうので、休んだつもりでも疲労が抜けない。
 真横に身体を倒そうとした事もあるが、床面に何やらゴツゴツしたものが沢山散らばっていて、横になる事すらできない。
 身体全体を横方向に移動させようとしても、すぐに頭や腹や尻が引っかかり、バランスを崩して倒れそうになる。
 それに唯一の明かり取りから遠ざかるようで、それも嫌だった。
 つまり仔実装は、板のようなもので前後を挟まれ、身動きが取れなくされている状態だっだ。

 身長20センチたらずの小さな小さな仔実装は、どことも知れない「異常に狭い空間」の中に閉じ込められていた。

 どうして、こんなところにいるのだろう?
 いつから、ここにいるのだろう?
 外の様子がまるでわからないから、時間など知りようがない。
 まして、まだ時間経過の概念すら充分に理解出来ていない。
 仔実装は、もうとてつもなく長い時間ここに閉じ込められているような気がしていた。

 お腹が空いた。
 喉が渇いた。

 ご飯はどうすれば食べられるの? お水は誰が飲ませてくれるの?
 ウンチが出たら、誰が片付けてくれるの?

 仔実装は、不安に駆られて何度かテチテチと鳴いてみた。
 だが、狭い暗闇空間のどこからも、その呼びかけに対する反応はない。 
 空腹を紛らわすため、仔実装はこれまでの記憶を遡った。
 どうして、こんな状況になってしまったのか、それを思い出せば脱出の糸口が掴めるかもしれないと、なんとなく
考えたのだ。


 ——テチ…




 真っ先に思い出したのは、ある日の朝のこと。
 仔実装が思い返せる、一番最近の朝のことだった。


 いつものように、暖かい毛布の中で目覚めた。
 第二妹チャンが、可愛いお手々でほっぺをペチペチして起こしてくれた。
 朝に弱いから世話を焼かせてしまうけど、妹チャンはいつも嫌な顔せず起こしてくれる。

 木で出来た実装ハウスから出ると、既に朝ご飯の用意が整っていた。
 いつもの大きな白いお皿に、大好きな実装フードが盛られていて、その横には見慣れた水皿がある。
 蛆実装の第六妹チャンでも水が飲めるように、ご主人様が皿の横には緩い傾斜の台を付けてくれたんだ。
 その朝は、第六妹チャンが喉が渇いたと泣いていたから、ワタシが抱き上げて水皿まで連れて行ったんだ。

 妹チャンの「レフ〜♪」という嬉しそうな声を聴いていると、ママが朝のトイレをすませなさいと呼びかけてきた。
 ご主人様のお言いつけで、ご飯の前にトイレをすませて、手を洗うきまりになっている。
 第六妹チャンを抱っこしたまま、実装用トイレに並ぶ。
 ママに手伝ってもらって下着を脱いで、トイレでウンチをいっぱいする。
 爽快感を味わって、それから手洗い用の別な水皿で石鹸を使って丁寧に洗う。
 まだ一人で手が洗えない第四妹チャンは、その朝もご主人様に手伝ってもらっていた。

 ご主人様は、今朝はとても明るく笑っている。
 最近お元気がなくて心配だったから、ワタシはとても安心した。


 タオルで手を拭いて、皆でご飯のお皿の周りに座る。
 ご主人様も、ちょっと離れたテーブルにニンゲンさんのご飯を置いて、一緒にお食事する。
 「いただきます」を皆で言ってから、長四角の実装フードを両手で丁寧に取って、角からカリカリ齧る。
 第六妹チャンはまだ実装フードが齧れないから、ママが別のお皿にフードを割り入れて、そこに牛乳を足して
ふやかしている。
 ワタシ達もそれが食べたくていつもおねだりするけど、ママは絶対分けてくれない。
 これは赤ちゃんの食べ物なんだから、と言う。
 でもカリカリの実装フードもおいしいし、ワタシはだんだんこっちの方がいいように思えてくる。

 溢さないように、ゆっくり、しっかり噛むこと。
 食べてる間は、絶対によそ見をしちゃダメなこと。
 取ったものを全部食べてから、次のご飯を取ること。
 妹チャン達のご飯を横取りしないこと。
 もし溢したら、カケラをちゃんと拾って片付けること、そしてゴメンナサイをすること。
 ご飯は三粒までにすること、絶対に残さないこと。
 でも、ママはワタシが大きくなったら四粒食べてもいいと言ってくれた。
 食べ終わっても、皆が食べ終わるまで待ってること。
 そして、みんなで「ごちそうさま」を言うこと。

 みんな守った、みんなで守った。
 そしてご主人様も、「よくできました」と褒めてくれた。
 皆の頭を笑顔で撫でてくれた。

 第二妹チャンが、「ご主人様、今日は笑ってくれたテチュ。元気になってくれて嬉しいテチュ♪」と言った。
 ワタシもそう思ったから、大きくウンと頷いた。
 



 仔実装は、感覚的にそろそろ排便をしたくなる頃だと判断した。
 でも、まったく便意がない。
 それどころか、この暗闇の中に来てから一度も便意を催したことがない事に気付いた。
 決して便秘というわけではなく、腹の中に出るべきものがないのだ。
 もちろん、こんな狭いところで脱糞してしまったら大変な事になる事はわかっていたので、ちょっとだけ都合の
良い事でもあった。
 だがしかし、ウンチが出ないという事はそれだけ身体に元気の素が入っていないという事だし、実装石特有の
「排便によるストレス解消」も出来ないという事でもある。
 仔実装は、やがて自分はどんどん元気がなくなってしまうのではないかという恐怖に駆られ、テチーテチー!
と鳴きながら…否、泣きながら目の前の見えない壁を叩いた。

 だが、ぽふぽふという音にもならないような音が響くだけで、何の変化もない。

 この暗闇は、ただ暗いだけではなかった。
 限りなく完璧に近い静寂に包まれていた。
 たまにどこからか大量の水が流れるような音や振動が響いてくる事はあったが、仔実装にはそれが何なのか
判別する事は出来ない。
 たまに、遠くからニンゲンの話し声が聞こえたこともあった。
 主人のものらしき高い声が聞こえることもあったが、こちらが何度呼びかけても返事がなく、それどころかヘタを
すると身体を揺さぶるほどの強い衝撃と振動が返ってくるため、いつしか仔実装は恐くて大声を出せなくなって
しまった。
 もっとも、最近はその強い衝撃すらも来なくなって久しいが。

 仔実装は静寂と孤独感を払おうとして、歌を唄う事を思いついた。
 大好きな歌を。
 今はニンゲンさんの声も聞こえないから、あの「ドカッ」っという衝撃も来ないだろう。
 そんな確信があった。




 ——朝食が終わった後は、みんなでお遊びの時間。
 あの時も、皆で楽しく遊んだんだ。

 実装ハウスの周りに張られたウレタン製マットの上でコロコロ転がったり、フワフワのスポンジボールで
キャッチボールをしたり、ミニカーを転がしたり。
 ワタシは、蛆ちゃん専用滑り台(厚紙を折り曲げただけの簡素な物)に第六妹チャンを乗せて、一緒に遊んで
あげた。

 ママとご主人様は、少し離れた所で楽しそうにお話していた。
 ご主人様のお膝の上に座って、ほっぺを真っ赤にしている。
 ママは、ご主人様のとてもおっきなおっぱいに頭や顔をくっつけて甘えるのが大好きだ。
 いつも、羨ましいなと思う。
 ご主人様は時々とても辛そうなお顔をする時があるけど、それはママが嫌いだからじゃない。
 よくわからないけど、悩み事があるみたい。
 だけど、ワタシ達と遊ぶ時はその事を絶対言わない。
 ご主人様は、とってもエライんだな、と思う。

 ご主人様は、ママだけじゃなくて皆が大好き。
 ワタシ達も、皆ご主人様が大好き。
 だから、皆お膝とおっぱいの抱っこをして欲しかった。
 今はまたお手々の上に乗せてもらうだけだけど、早く大きくなってご主人様に抱っこしてもらって、おっきなおっぱい
にぎゅーってするのがワタシの夢。
 でも今は、お姉ちゃんとして妹チャン達の面倒をみるの。


 今日は、ご主人様にお歌を聴いてもらうんだ。
 ワタシと第二妹チャン、第四妹チャンは、前から練習していた「みんなでなかよしのうた」を唄って、ご主人様とママ
にいっぱい褒めてもらった。
 ご主人様は、何かキカイを持ってきて、「ロクオン」という事をしていた。
 ワタシ達は唄ってないのに、ワタシ達の歌がキカイから聞こえてきてビックリした。
 ご主人様は、それを何度も何度も繰り返し聴いて、嬉しそうにしていた。
 ワタシ達はちょっと恥ずかしかったけど、とっても嬉しかった。
 ご主人様が悲しそうなお顔をしなくて済むためなら、ワタシ達はなんでもしたかった。
 もっと喜んでもらおうと思って、ワタシ達は次に唄う歌を考える事にした。


 「デンワ」という、遠くのニンゲンさんとお話できる不思議なキカイが急に鳴いた。
 昨日もいっぱい鳴いてたのを、ワタシは知っている。
 でもご主人様、鳴いてるデンワを見て凄く嫌そうな顔をした。
 それを見て、ワタシ達も不安になる。
 お腹の奥がぐるぐるする。
 ご主人様は、デンワから伸びてる白いヒモみたいのをぐっと引っ張った。
 そしたら、もうデンワは鳴かなくなった。
 何をしたのかよくわからなかったけど、ご主人様はもう嫌そうなお顔をしなくなったから、まあいいかと思った。





 テッテチュ〜♪ テッチュテチュ〜♪ テッテ〜、テッテ〜♪ テチテチチー♪

 歌声が、暗闇の中で反響する。
 リズムも音階もめちゃくちゃな歌を、必死で唄う。
 この歌はご主人様とママに届いて、きっと自分を助けてくれる!
 そう信じて、ひたすら唄い続ける。
 しかし、相変わらずどこからも反応はない。
 仔実装は、昨日もまったく同じ事を考えて、まったく同じ行動を取っていた事をすっかり失念していた。

 この中は、とても蒸し暑い。
 汗ばんだ身体がむずかゆくなってくる。
 体熱が狭い空間の空気を暖め、益々息苦しさが強まる。
 四回目の歌の途中で嘔吐感を覚えた仔実装は、唄うのを止めた。
 そして、あまりのせつなさと不安に、ボロボロと涙を流し始めた。

 テェェェェ……テェェェェェ……

 お風呂に入りたい。
 ご飯が食べたい。
 おトイレにも行きたい。ウンチ出ないけど、ご主人様との約束だから…
 ママ、今度はちゃんと一人でパンツ脱げるようになるから…だから…

 汗のせいで、服や頭巾が身体にまとわりつく。
 全身いたる所にかゆみを覚え、手が届く範囲を掻く。
 だが、手が届かない頭頂部のかゆみがかなり酷く、今まで味わった事がないほどの辛さになってくる。
 毎日ママとご主人様に丁寧に洗ってもらっていた仔実装は、汗や垢に汚れまみれた経験がない。
 そのため、このかゆみ地獄は例えようもないほどの苦痛だった。

 やがて、自分の丸い手では充分に身体を掻けないと理解した仔実装は、見えない壁に身体を押し付けてごしごし
擦りつけ始める。
 かゆみが収まるのはごく一部だけだったが、今の仔実装には、これが最良の対策に思えた。
 何度目かの「ごしごし」で、実装服の袖が破れたが、仔実装本人はまったく気付かない。

 やがて仔実装は、だんだんそのかゆみすらも、気にならなくなっていく事になる。
 

 

 いっぱい遊んで、お歌を唄ったワタシ達は、ご主人様のお手々の中で順番に可愛がってもらった。
 ご主人様の綺麗なお手々は、フワフワで暖かくて、とっても大好き!
 でも第四妹チャンが、さっきウンチしたばかりなのにまたお漏らしをした。
 ご主人様に遊んでもらって、嬉しくなって気が緩んだのかも。
 ママが叱り、ワタシも怒る。ご主人様が「デコピン」で「しつけ」というのをする。
 第四妹チャンはワンワン泣いて、ご主人様を困らせる。
 仕方ないから、妹チャンを洗うついでに、皆で朝のシャワーを浴びる事になった。

 ご主人様が、泣いている第四妹チャンの頭を撫でている。
 優しいご主人様だから、きっともう許してくれたんだ。
 ご主人様の白くてすべすべなお手々にナデナデされて、嬉しそうにしている。
 ちょっと羨ましいな。

 皆でお服を脱いで、ワタシ達用の小さなバスタブに入る。
 ワタシ達と一緒に裸んぼになったご主人様が、暖かいお湯をかけてくれる。
 皆で身体をキレイキレイする。
 ご主人様も、とっても綺麗で真っ白で柔らかそうな身体を、丁寧にキレイキレイしている。
 第六妹チャンは、ママの手の中でキレイキレイ、第四妹チャンはご主人様がキレイキレイしてくれている。
 ちょっと羨ましい。
 でも、ワタシはお姉ちゃんだから自分で洗って、それから第二妹チャンをキレイキレイしてあげる。
 お風呂場を出て、皆でホカホカキレイキレイになる。
 ご主人様が、お着替えの新しい実装服を着せてくれた。
 お洗濯したいい匂いがする。ワタシはこれが大好き!
 もう少ししたら、お散歩に行こうってご主人様が言う。
 皆で喜ぶ。ママも喜んでいる。
 ご主人様は、本当に優しいニンゲンさんだ、ワタシ達はご主人様がもっともっともっと大好きになった。



 
 汗が流れるほどに、喉の渇きがきつくなる。
 流れ落ちた汗は、どこへともなく染み込み消えていく。
 仔実装は、自分の腕の汗をペロペロ舐めて水分を補っているつもりになっていた。
 だが、益々渇きがきつくなるだけだ。
 次第に声も荒れて、ハアハアという乾いた呼吸音だけが響く。
 空腹感は絶頂に達し、もう、なんでもいいから腹の中に入れたいという欲望がこみ上げてくる。

 この仔実装は…否、その母親も妹達も、同族食いや自身の身体の一部を食べるという緊急措置的手段を禁忌
だと認識していた。
 幸せな思い出を沢山持ってはいるが、この仔実装も、飼い実装として当然ともいえる厳しい躾を受けている。
 その際、たとえどんなにお腹が空いても「与えられたご飯」しか食べてはいけないときつく戒められていた。


 仔実装は、今はもういない「三番目の妹」と「五番目の妹」の事を思い返した。
 三番目の妹は、姉妹唯一の糞蟲だった。
 横暴・ワガママ・自己中心的・快楽追求主義と、ことごとく母親の教えに反する性質を持っていた。
 そんな出来の悪い仔でも、母親は必死で躾を行おうと努力した。
 主人は早々に間引く事を勧めていたのだが、それを断ってまで躾けようと試みたのだ。

 だがある晩、三番目の妹は「夕ご飯が食べ足りなかったから」と言い放ち、姉妹の中で最も大人しくて無口な
親指実装・五番目の妹をいたぶり殺して、その肉を食い漁ってしまった。
 生まれ落ちてから、三日も経たないうちに発生した悲劇。
 激怒し、同時に激しく悲嘆した主人は、母親に断ることもなく問答無用で三番目の妹を間引いた。
 
 その一件の辛い思い出が、仔実装が取るべき緊急措置を阻害している。

 もう、悲しくても涙すら出ない。
 涙が出れば、それを飲んで渇きを潤せるのに。
 仔実装は、思う通りにならない自分の身体を呪った。



 やがて。
 極限の空腹感に達した仔実装は、暗闇の中に幻覚を見出した。

 暗闇の中に、大好きな実装フードが盛られている。
 いつも食べている、皆で仲良く食べている、あの実装フードだ。
 でも、他に誰も居ない。自分しかいない。
 勝手に食べたら怒られると思った仔実装は、その幻覚にも必死で耐えた。

 だが。
 その幻覚自体、仔実装の飢餓感が生み出した偽りの映像。
 自身が生み出した誘惑の象徴に、耐えられるわけがない。
 仔実装は、さほどの時間も経たないうちにフラフラと吸い寄せられる。
 まともに身動きが取れないので、顔だけを近づけて口でフードを取ろうとする。

 ——カリ……

 硬いものが、歯に当たる。
 歯ごたえがある…という事は、本当にここにご飯があるんだ!
 確信を得た仔実装は、その直後、夢中でそれに齧りついた。
 いつもより硬くて食べ辛い気がするけど、好き嫌いを言ってはいられない。
 
 齧ると言っても、実際には歯でカリカリとこそぐ事しかできない。
 僅かに削れた粉が、口の中に落ちてくる。
 仔実装は、それを舌の上でまとめると、まだ僅かに染み出す唾液で固めてごくんと飲み込んだ。
 仔実装が口にしているものは、「壁」の破片だった。
 平たい壁に、必死で口を押しつけているのだ。
 硬い物を使えば、少しずつだが削り取れる程度の強度。
 勿論味などある筈がないし、消化も出来ない物だから、無駄に腹に溜まって行くことになる。
 しかし今の仔実装にとって、これは何物にも代え難い嗜好の食料だった。 
 もはや、自分の口にしているものが食べ物ではないという事すらも、判断できないほど神経が衰弱していたのだ。




 皆で新しい実装服を着て、おめかししてお散歩に出かけることになった。
 ワタシは蛆チャンの形をしたポシェットを肩から提げて、中におやつの金平糖を入れてもらった。
 妹チャン達も、それぞれ別な色と形のポシェットをもらっている。
 頭にはおリボン。ワタシはピンク色。
 ママの背中でおんぶひもに包まれている第六妹チャンにも、おっきな黄色のおリボンが付いている。
 ママは髪の毛を三つ編みにしてもらって、その先に一つずつおリボンを結んでもらっている。
 ワタシ達はちょっと羨ましかったけど、大きくなったら同じようにしてあげるってご主人様に言われたから、それまで
待つことにした。

 「おけしょう」というのをしてもっと綺麗になったご主人様が、ワタシ達をおうちの玄関に連れて行ってくれる。
 ママのお首に「リーダー」っていう道具が着けられる。
 ワタシ達には何も着けないけど、おんもでは絶対お手々を離しちゃダメだと言われる。
 そうしないと、おうちに帰って来られなくなっちゃうんだって。
 コワイコワイ、だから絶対お手々を離しちゃダメ。
 ワタシは妹チャン達に言う。皆何度も首をコクコクさせる。

 ご主人様が、特別にお弁当を作ってくれた。
 それを持って、近くの公園にお出かけ!
 生まれて初めておんもに出るから、ワタシ達はドキドキ。
 公園には、ワタシ達と同じお友達がいっぱい住んでいるんだって!
 お友達いっぱい出来るといいな♪




 頭がボンヤリする。
 腹がものすごく痛い。だが、空腹感はまだ続いている。
 息を吸うと、ものすごく熱い空気が入り込んでくる。
 仔実装は、自分が熱を出している事に気付いていない。
 極限まで弱まった体に、絶対消化できないものを大量に摂り込んだため、異常を来しているのだ。
 体温は上昇し、益々思考を鈍らせていく。
 それでも仔実装は、懸命に記憶を辿っていた。

 ここに閉じ込められるまでの——




 ゆっくりゆっくり歩いて、公園にやって来た。
 公園の色んなところに、ワタシ達と同じ仲間が居る。
 皆、それぞれのご主人様と一緒。
 いろんな人達が居る、いろんな仲間がいる。
 皆とても楽しそう。

 向こうでは、ご主人様がお傍に居ない仲間もいた。
 お風呂に入ろうとしてるみたいだけど、どうしてタオルとお着替えを持ってないのかな?
 髪の毛がない仔もいるよ?
 ご主人様とママが、遠くに行ったらダメだよと呼びかける。
 だからワタシ達は、ママのすぐ近くで遊ぶ。
 お日様の光が、とても気持ちいい。

 知らない仲間に、ご挨拶をする。
 綺麗な服を着たオバチャンが、ニコニコしながらワタシ達の頭を撫でてくれた。
 オバチャンのおうちの子供達と仲良しになった。
 みんなとっても良い仔だった。
 こんなに大勢の仲間と遊ぶのは、初めて! とっても楽しい!

 それから、お昼ご飯の時間。今日はおんもで食べるの。
 ご主人様が、ワタシ達用に作ってくれたご飯のお弁当を出してくれる。
 ニンゲンさんのご飯を食べさせてもらうのは、初めて!
 ワタシ達は、とっても喜んで皆でお礼を言った。

 オバチャンの家族も、そのご主人様も、一緒にご飯を食べた。
 おんもに出ると、公園に出ると、こんなに楽しいんだ! 知らなかった!!
 ワタシと妹チャン達は、おんもと公園が大好きになった。

 いつも食べてる実装フードとは違うけど、お弁当のご飯はとってもおいしかった。
 また食べたいな!




 どうやら、知らないうちに眠っていたようだ。
 まだ、かろうじて生きている。
 仔実装は、いつの間にか「楽しかった思い出」の中に今の自分を投影させて、現実逃避を行っていた。
 だが、余りの寒さに急激に意識が戻ってしまった。
 もう少し楽しい思い出に浸っていたかったが、あらためて現状を思い出す。
 静寂と暗闇が、相変わらず仔実装を包み込んでいた。


 テチイィィィィ……

 テェェェェン……


 身体が冷える、震える。内側から寒さがこみ上げてくる。
 高熱を出したため、今度は悪寒に襲われたようだ。
 汗と体液で濡れた服は、容赦なく体温を奪っていく。
 先ほどまで感じていた、燃えるような暑さはもう微塵も感じない。
 自分の状態をまったく理解できない仔実装は、ただ両肩を手で掴み、出来る限り身体を縮めて体温を温存しよう
と努めた。
 ふと、また気が遠くなる。
 仔実装の意識は、もはや断続的にしか持続しなくなっていた。




 公園で楽しいご飯を済ませて、もう少しだけ遊ぶ。
 ご主人様とママが、もうお帰りの時間だと声をかけるから、急いで集まる。

 あれ、第二妹チャンがいない?
 さっきまで、ワタシのすぐ傍に居たのに?

 ご主人様が、ママが、ワタシと第四妹チャンを見て困った顔をしている。
 ワタシも不安になる。
 辺りを見回しても、誰もいない。
 オバチャン達も、お風呂に入ろうとしてた仲間も、ちょっとバッチいお服を着た仲間も、誰もいなくなっている。

 ご主人様が、声を出した。ママもだ。
 向こうを見ると、一人だけ知らないニンゲンさんが立っている。
 帽子を被っていて、お顔がよく見えない。
 ニンゲンさんの居る方から、第二妹チャンの泣き声が聞こえた。
 えっ? どうして妹チャンの声がするの?

 その途端、ご主人様が怖い顔になった。

 持っていたバッグを放り投げて、知らないニンゲンさんの方に走って行った。
 あ、知らないニンゲンさんが逃げる!
 ご主人様がおっかけた。

 しばらくして、ママが「隠れるから付いて来なさい」と言った。
 だんだんよくわからなくなってきた。
 少し離れたところから、仲間の臭いが漂ってきた。
 とってもくちゃい。


 ママに言われて、ワタシ達はどこかに隠れた。
 色んなところからバッチい仲間が出てきて、ワタシ達を探しているみたいだ。
 きっとワタシ達を心配してくれてるんだ、と思って声をかけようとしたら、ママが口を塞いで絶対声を出しちゃダメ
だと言う。
 よくわからないけど、その通りにした。
 バッチい仲間達が、ご主人様の投げたバッグの中を覗き込んでいる。
 ソレを見た妹チャン達は、何か怖くなったみたいで泣きべそかきながら震えている。

 しばらくしたら、バッチい仲間たちが叫びながらどこかへ逃げていった。
 さっき逃げた筈の知らないニンゲンさんが、何人かの仲間を踏み潰しながらこっちに来た。
 ゆっくり屈んで、ワタシ達の方にに手を伸ばしてくる。
 ママが怖い顔で、おっきな声を出す。
 ワタシ達はママの後ろに隠れる。

 少しして、ママが「ゲボッ!」っていう変な声を出して動かなくなった。
 ママの背中にいた第六妹チャンも、「レピャッ」って泣いてから静かになった。
 あれ、ママのお顔がないよ? どこに行ったの?
 第四妹チャンが、ワタシの後ろで「ママが後ろから見てるテチュ」とか、訳のわからない事を言ってる。

 ワタシと第四妹チャンは、ニンゲンさんに捕まえられて、真っ暗なところに入れられた。
 妹チャンが泣いている。ワタシも怖くて泣く。
 でも、真っ暗だから何がなんだかわからない。
 ママもいない、ご主人様もいない。

 その後、いっぱい痛い事をされた。
 お腹を切られてた。
 お水を一杯飲まされた。死にそうになったのに止めてくれなかった。
 知らないニンゲンさんが、ワタシの身体を捕まえて、飲みきれないくらいの水をお口に流す。
 やめて! どうしてこんな事をするの?!
 苦しくなって、目の前が真っ暗になった後、どっかから落っことされるような感じがした。
 どこかにぶつかって、頭が痛かったけど、少しネンネしたら平気になった。

 そうだ、それからずっと、真っ暗なままなんだ!
 やっと、思い出した。
 そういえば、ニンゲンさんに何かされていた時、どっかからご主人様の泣き声みたいのが聞こえたような気もした
けど……あれ?




 仔実装は、掠れていく意識と記憶を懸命に繋ぎ止めながら、なんとか記憶の断片を繋ぐ事に成功した。
 だが、本当にこれでいいのか確証もなく、またどうしてそんな目に遭わされたのか、理解が及ばなかった。
 あれからどれくらいの時間が経ったのだろう?
 ママは、妹チャン達は、ご主人様はどうなっただろう?
 そんな事を考えながら、仔実装は、既に重くなりキリキリと痛む腹を引きずり、顔を見えない壁に押し付け、
また「幻覚の実装フード」にカリカリと歯を立てた。
 充分な水分もないため、仔実装の口の中は粉だらけとなり、ほとんど水分が失われている。

 粉となった破片は内臓の壁面に付着し、身体は限りなく砂袋に近いものとなっていく。
 もはや排便による体外排出すらも行えず、腹だけが不気味に膨らんでいく。
 だが仔実装は、その腹の痛みの理由が理解できず、お腹が空きすぎて痛いんだと無理に解釈した。
 勿論、いくら仔実装でも精神状態が正常だったなら、そんな馬鹿げた解釈などしない。
 そんなありえない考えに至ってしまうほどの極限状態に追いやられていたのだ。


 腹が不自然に膨らんだため、仔実装の身体は壁に挟まり、いまや完全にロックがかけられた状態となっていた。
 それでも気にかける事なく、必死で壁の破片をこそぎ落としていく。
 やがて、口が届く範囲内に壁の破片がまったくなくなってしまった。
 身体も動かせないため、これ以上何かを口に入れる事はできない。
 どんなに口を前に突っ張らせても、舌を伸ばしても、何も触れるものがない。
 仔実装は、悲しげにテェェェ…と呻いた。
 頭の中では、目の前にある筈の実装フードに口が届かない様子が思い浮かべられていた。




 仔実装は、突然、誰かに声をかけられた。
 
 それは、あの優しい母親の声だった。
 そして、一緒に妹達の声もする。
 見上げると、頭の上にある明かり取りの中で、大好きな家族が揃って微笑んでいた。

 ママ、第二妹チャン、第三妹チャン、第四妹チャン、ちっちゃな第五妹チャン、そして可愛い第六妹チャン。

 皆無事だった、とても元気にしている。
 仔実装は、嬉しくなって両手を伸ばす。
 光が、どんどん周囲に満ちていく。
 仔実装は、とても暖かい感覚に包まれた。

 ——しかし。
 その光の中に主人の姿がない事に気付いた仔実装は、突然、意識を現実に引き戻されてた。
 頭上の明かりは相変わらずほんの微かなもので、ともすると見失ってしまいそうなほど弱かった。
 幻を見ていたという事を、仔実装はなんとなく理解し、そして泣いた。





 その後、気を失うように眠りについた仔実装は、突然、大きな音で目覚めさせられた。
 どこからか響いてくる大勢のニンゲンの声と、無数の足音、そして連動する僅かな振動。
 叫び声のようなものまで聞こえた。これは、幻聴ではない。
 意識が混濁している仔実装でもはっきり理解できるくらい、その「音」と「声」は大きかった。
 それは、誰かが言い争っているようにも感じられる。

 仔実装は、きっとご主人様が助けに来てくれたのだろうと思い、必死で声を振り絞り、鳴いた。


 テェ………


 本人はありったけの力で叫んでいるつもりなのだが、体力も水分も、意識すらほとんど失っている肉体は、かつて
実装ハウス内で生活していた時の“寝息”よりも小さな音量しか出せなかった。
 本来なら、とっくの昔に命を失っている筈の身体。
 四肢はやせ細って無様にひん曲がり、落下時のダメージから奇妙に歪んだ形で治癒してしまった頭部、皮膚の
至る所が破れ裂け、いびつな形になってしまった体表。
 知らぬうちにボロボロになり、もはや身体を覆う役割を果たさなくなった実装服「だったもの」。
 挙句に、餓鬼のように不自然に膨れた上に、一部が破れてどす黒い内臓を露出させている不気味な腹部…
 仮に「そこ」から助け出されたとしても、もはや主人は、それがかつて自分が可愛がっていた仔実装の一匹だとは
認識できなかったことだろう。
 それほどまでに、仔実装の姿は変わり果てていた。


 ——否、それ以前に。
 その主人も、実装石を飼っていた過去どころか、それまでの自分の生い立ちすらまともに思い返せない状態と
なっていたのだが。


 やがて、仔実装の意識はまた途切れた。 
 だが、死は決して彼女の前に訪れなかった。











 とあるマンションの一室。
 近所住民の訴えた「不快な臭気」「気味悪い呻き声」等の苦情と、「郵便受けから溢れかえる新聞やチラシ」を
怪しんだ管理人は、何度目かの呼びかけを行った。
 しかし相変わらず反応がないため、住人の身に何かあったのではと心配した管理人は、警察に立会いを依頼
した上でマスターキーを使う事にした。
 数名の警官の到着を待ち、問題の部屋の鍵を開ける。 
 ドアの向こうからは、おぞましい腐臭が噴き出してきた。
 肉の腐った臭い、汚物の凝縮したような臭い、焼け焦げたような臭い…それらがまとめて襲いかかってきたのだ。


 室内の様子は、余りにも凄惨だった。
 管理人は即座に口元を押さえ、外へ飛び出して激しく嘔吐した。
 万が一の事態を想定し覚悟を決めていた警官達も、さすがにこの光景には戸惑いを隠せなかった。


 大量の汚物・生ゴミ、体液のこびりついた布類が、玄関・廊下を問わず至る所に飛び散っている。
 飛び交う無数の蝿、蝿、ハエ。
 これまで、室内で異常極まりない行為が行われ続けていた事を、警官達は瞬時に理解する。


 奥の部屋では、衣服を奪われ、頭皮ごと毛髪を引き抜かれた上に、全身を荒縄や鉄の鎖などで何重にも拘束
された傷だらけの成人女性が、まるで放り捨てられたボロクズのように横たわっていた。
 両脚が、あらぬ方向に折り曲げられているのがすぐにわかる。
 そしてその脇では、同じく全裸の男性が、口に出すのもおぞましいような醜悪な行為にふけっていた。
 まるで、立ち入って来た警官達の存在に気付いていないかのように。
 周囲には、血塗られたバールのようなものや刃物、錐状の道具が沢山散らばっており、不気味な固形物が刃に
付着しているノコギリまで発見された。

 女性のうつろな目が、警官達に向けられている。
 それを見た警官の一人が、女性の左目が潰されている事に気付く。
 部屋の反対側の隅には変色した女性の右腕が転がっており、大量の蛆虫が湧いていた。
 その腕の所々に、えぐり取られたような跡が見られる。
 刃物を使ったとは到底思えないそのいびつな傷口が、どのような出来事が繰り広げられていたかを容易に想像
させる。
 零れた血や体液などのせいで、もはや床がフローリングなのか畳なのかすら区別がつかない状態だ。
 鈍器のようなもので開けられた穴がいくつもある壁、倒されたままの家具、割れたガラス類、閉ざされたまま
下の方が腐食しているカーテン、腐臭を放つ裂けたゴミ袋、点けっぱなしなのに無音のテレビ、音が出ていない
のにエンドレスリピートされているCD…
 部屋の中の物すべてが、常識的な人間の領域を遥かに超えているようだった。

 部屋の中の男は、警官達に難なく取り押さえられた。
 彼を引き上げ立たせた時、小さなアルマイト製の弁当箱が転がり、蓋が外れた。
 その中には、体長15センチ程の小さな仔実装が身体をねじ曲げられて詰め込まれていた。
 大量の蛆に全身を包まれながらもいまだヒクヒクと蠢いており、微かに「チィ…」と鳴いた。
 それを目の当たりにした警官の一人が我慢の限界に達し、大量の吐瀉物を吐き出した。
 捕らえられた男は、最後まで無抵抗のまま、笑顔を浮かべていた。




 後の現場検証で、男の部屋があらためられた際。 
 机の引き出しや本棚、押入れの奥などから、被害者女性を被写体とした盗撮写真が数千枚単位で発見された。
 その中には、かつて彼女が飼っていた実装石の親子の姿も見られた。
 だが、被害者女性と共に室内から発見された実装石は、弁当箱の中から見つかった「偽石除去処理を施された
仔実装」一匹のみであり、それ以外はいくつかの実装石用ポシェットやリボンなどの遺留品しか発見されていない。
 しかし、後に押収品の小瓶の中から二個の偽石が出て来たため、関係者間に動揺が走った。
 押収された物品や被害者女性の所持品も徹底的に再調査されたが、もう一体の実装石は発見されなかった。
 後に男の自家用車のシート下からミイラ化した仔実装の死体が発見されたが、こちらには偽石が残されていた
ため、関係者は大いに首を捻った。

 やむなく警察は、二匹分の飼い実装の死体を「被害の一部」として数える事として、その母親や他の姉妹達の
存在を丸ごと闇に葬った。
 


 
 ——トイレの壁に開けられた穴から落とされた仔実装の長女は、それから数ヶ月後に徹底リフォームが
行われるまで、その存在を気付かれる事はなかった。




 (終)

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 テンプレ展開の発展性を自分なりに考慮してみたつもりですが…なかなかにむずかしいものですね。
 一部専門用語を失念してそのままになっている部分がありますが、思いだし次第修正します(笑)。

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1 Re: Name:匿名石 2019/04/03-19:16:50 No:00005848[申告]
幸せな飼い実装どもが全滅?!!ギャハハ!!!
ざまあねえぜ
2 Re: Name:匿名石 2023/09/19-19:18:00 No:00007993[申告]
なんだこれ(笑)
3 Re: Name:匿名石 2023/09/19-20:29:38 No:00007994[申告]
こえーなこれ
実装石も不幸なんだろうけどそんなのどうでもよくなるくらい悲惨な事件だ
4 Re: Name:匿名石 2023/09/20-07:47:52 No:00007996[申告]
可哀想なのは抜けない…
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