タイトル:【虐】 どこかの公園の片隅でありそうな地味なもの
ファイル:赤トンボ.txt
作者:匿名 総投稿数:非公開 総ダウンロード数:6023 レス数:5
初投稿日時:2007/02/14-00:56:35修正日時:2007/02/14-00:56:35
←戻る↓レスへ飛ぶ

日没までにあと1時間ほどだろうか。
西に微かに朱を帯び始めた初秋の空を赤トンボが飛んでいる。


公園の片隅の植え込みの陰、人目を忍ぶように据えられたダンボールハウス。
そこには、窓代わりに開けられた小さな穴から飽くこともなく赤トンボを目で追う
1匹の仔実装の姿があった。

時には滑らかに、時にはジグザグに、気持ち良さそうに空を泳ぐ赤トンボに
仔実装はすっかり心を奪われていた。


『テッチィ、テッチィ♪』

『テチ!』『テチャ』『テチィ!』

やがて赤トンボが小さな窓から見えなくなると、一緒に留守番していた姉妹たちの制止に耳も貸さず、
仔実装はその姿を求めて、はしゃぎ声を上げながらダンボールハウスを飛び出してしまう。

仔だけでオウチの外に出てはいけない、無闇に大きな声を出してはいけない、と
あれだけ母に厳しく言われていたのに。




郊外にあるこの公園では、広大な敷地のおかげでどの実装石もが快適な巣を構えていた。

左側には24時間体制で稼動する大きな工場があり、そこで働く人々の憩いの場であることを
考慮してのことか、公園の外灯はかなり多目に設置されている。
常に明かりと人の気配があるため、虐待派と呼ばれる人々が訪れることは多くはない。

正面には片道三車線の大きな道が走り、住宅街と公園とを隔てている右側の道も
広さのわりには交通量が多く、他所からタチの悪い同属が入り込むのを食い止めている。
野良猫の姿をあまり見かけないのも、この車道のせいなのだろうか?

風の流れによるものか、あるいは工場や車の音によるものなのか、
背後の河川敷からカラスや蛇などの天敵がやって来ることもない。

カマキリや蜘蛛が脅威となるのは、わずかな期間だけだ。
生まれてから2週間もすれば、仔実装でも12cmほどの大きさに成長し、
それらの虫たちは危険ではあっても致命的な相手ではなくなる。

工場の食堂から出る生ゴミの管理は厳しく、住宅街へのゴミ捨て場も遠いものの、
公園を訪れる人が多いため、園内のゴミ箱を漁るだけでも馬鹿にならない量の餌を
手に入れることができた。

何よりも、この公園に植えられた樹木の多くが餌となる実を結ぶものであり、
樹木や植え込みの下生えの雑草も食用に適したものが多かったことが大きい。

おかげで実装石たちが食料に困ることはなかった。


そんな環境のせいか、ここに住む実装石たちは皆穏やかな性格をしていた。

少なくとも、共食いやリンチなどとは無縁の生活を送り、
心無い人間の悪戯で禿裸にされた実装石でさえ、普通にとは言えないまでも、
食料や奴隷にされることもなく、どうにか生きて行くことができた。

こうした平和な公園で生まれ育ったとなれば、仔実装に警戒心が足りなかったのも
仕方のないことかもしれない。




警戒心こそ足りないとは言え、この仔実装もそれなりには賢いようだ。
それとも、親実装がよほど賢いのだろうか。

仔実装の髪も服も、野良とは思えぬほどに綺麗なものである。

赤トンボを追って仔実装の身体が弾むたび、緑の実装服の裾が、亜麻色の髪が、
重力に逆らうかのようにフワリ、フワリと弾む。

その姿は、ショーケースに入れられた高級なペット用仔実装とでもいい勝負になりそうだ。
乱雑にケージに詰め込まれたお手頃なものとでは比較にもならない。

これは手入れとか身繕いとかの問題ばかりではなく、先天的な要素によるものも大きいだろう。
母か、あるいは祖母あたりが捨てられた元高級ペットなら、十分にありえる話だ。

親実装や姉妹の姿でも確認できればいいのだが、親実装はまだ帰って来ていないようで、
姉妹たちがダンボールハウスの中から出てくる様子もない。




『テチィ、テチィ♪』

幼い個体特有の高く澄んだ声を上げ、おぼつかない足取りで懸命に
赤トンボを追いかける仔実装の姿は、とても可愛らしいものだった。


「……」

そして、仔実装が赤トンボを追いかける以上の熱心さで彼女の姿を追う視線があった。




「……よし、あの子にしよう」

立ち木の陰から様子を窺っていた少年が、仔実装目がけて駆け出した。
学校帰りなのだろう、黒いランドセルがその背中でゴトゴトと揺れている。

ランドセルの痛み具合からして、2年生か3年生といったところだろうか。


『テ!?』

走り寄る少年に気づいたときには、既に遅かった。

『テッチ、テッチ、テッチ、テッチ』

植え込みの中に逃げ込もうと、仔実装は必死になって走る。

「ほら、捕まえた!」

『テチ!』

男の子と呼んだ方がしっくり来るような年端も行かぬ少年でも、
仔実装どころか成体の実装石よりもはるかに俊敏だ。

あっと言う間に少年が追いつき、仔実装は抵抗も空しく、
少年の手の中に収まってしまう。


『テチャアア!』

何をするの?
離して!離して!

「えーっ、と……どうしようかな……」

両の掌でつつみ込むようにして仔実装を抱えたまま、少年はキョロキョロと辺りを見回す。
仔実装の精一杯の威嚇も、まるで効果がない。


「おい、おとなしくしてくれよ」

『テヂャアア!』

ビリ

『テチャ!?』

「あ、こら!暴れちゃダメじゃないか!』

少年の掌の中で暴れたせいか、仔実装の服が大きく裂ける。

『テ、テ…テ…』

「服が破けちゃったじゃないか!
 お前が暴れるからだぞ……まあ、いっか、どうせ……」

『テェエエーン、テェエエーン』

「そんな泣くなよ、静かにしてくれよ」

『テェエエーン、テェエエーン』

「……」

『テヒ!』

仔実装が詰まったように短く息を呑む。


少年は仔実装の前髪をつまんでいた。

『テ、テ、テ』

もてあそぶようにクイクイと引っ張ってみせる。

『テ、テ…テチャアアア!』

大切な髪を守るべく、短い両手で少年の指先を押し止めようとするが、
非力な仔実装では少年の力にはとても敵わない。

「おとなしくしないと、本当に禿にしちゃうよ」

『テ!?』

「わかった?」

『…』

怯えきって、無言でコクコクとうなずく仔実装。

「よーし、いい子だ」

すっかり仔実装が静かになったことに満足したのか、少年は再び辺りを見回す。
その視線が、深く生い茂ったツツジの植え込みの上で止まる。

好都合なことに、その植え込みの周囲に人影はない。

「……あそこでいいか」




少年は立ち入り禁止の看板を無視して植え込みの奥に足を踏み入れ、
仔実装の左右の後ろ髪をツツジの枝の両側から回して蝶結びにした。

「よし」

自分の腰ほどの高さのあるツツジの生い茂ったこの植え込みならば、
誰かが仔実装に気づくことはないだろう、
少年は自分の見つけた隠し場所にすっかり満足していた。


「大人しく待っているんだぞ」

『テチャア!テチャア!』

どうして、こんなことをするの!放して!

しかし、リンガルを持たぬ少年に仔実装の言葉が理解できよう筈もない。


「すぐに戻って来るからな。楽しみにしてろよ」

嬉しそうに微笑み、少年はツツジの枝を押し退けていた手を離し、
しゃがんでいた身を起こした。

『テチャァアアアア!テチャァアアアア!』

必死に助けを求めて叫び続ける。

「だから、すぐ戻るってば……」


少年が仔実装に背を向けて歩き出す。

『テチィ』

仔実装は彼の背中を追って走り出した。

ブツッ、ブツブツッ

後頭部に走る不気味な痛みに思わず足が止まる。
慌てて痛むところに手をやると、大切な髪が抜けていた。

すぐに足を止めはしたが、それでも1割ほどは抜けてしまっただろうか。

仔実装がパニックに陥るのには十分過ぎた。

『テチャアア!テチャアア!』

少年の興味を引いたあの可愛らしい声とは程遠い、
狂ったような甲高い声でひたすらに叫ぶ。

だが、仔実装の声を無視して少年は植え込みを後にした。




叫び続けて10分もすると、仔実装は疲れ果てて座り込んだ。
いや、正確には座り込もうとした。

ブツッ

またしても後頭部に走る痛み。
慌てて立ち上がって手をやれば、またしても抜けた大切な髪。

少年が仔実装の髪を結びつけた枝は、ちょうど彼女の背丈と同じぐらいの高さのものだった。
これでは座ることもできない。

『テエエエ…』

もはや仔実装には泣くことしかできなかった。

肩から背中にかけて大きく裂けてしまった実装服。
5分の1ほどは失われてしまっただろう大切な髪。

いったい、自分はこれからどうなってしまうのだろう?


……

『!』

考えるうち、仔実装はふと思い出す。
寝物語に母が教えてくれた恐ろしい天敵たちの話を。

猫、カラス、蛇、カマキリ、蜘蛛……
そして、そんなものよりも、ずっと、ずっと恐ろしい、虐待派と呼ばれる人間たちのこと。

実装石が命の次に大事にしている髪や服をもてあそび、
ついには虐め殺してしまうという恐ろしい人間たちのこと。

公園に僅かにいる可哀想な禿裸の実装石たちは、
恐ろしい虐待派に髪と服を奪われたのだと母は言っていた。


『…テ!?』

髪や服をもてあそぶ?

まるで、あの小さなニンゲンのことではないか!


『……』

あのニンゲンは去り際に何と言っていただろうか?

”すぐに戻って来る”

それじゃあ……


そう、仔実装の想像した通りである。あの少年はじきに戻って来る。


『テ、テェ…』

今度は何をされるかわからない。

やはり、服を取られるのだろうか?
髪もひっこ抜かれるのだろうか?

もしかしたら……殺されてしまう?

ううん、きっと殺されてしまう!

逃げなければ!



……でも……どうやって?

この髪をどうにかしなくてはならない、それだけは仔実装にもわかった。
必死になって短い両手を背後に伸ばすが、いくら頑張ろうとも結び目どころか、
髪が結び付けられている枝にさえ届かない。

それどころか、もがくたびにプツリ、プツリとかすかな痛みが後頭部に走る。

『テェエエエ…』

このままでは禿になってしまう。
でも、死にたくない。

母から貰った大切な髪。

これがなくなれば、自分は母に捨てられてしまうかもしれない。
あの可哀想な禿裸たちと同じように、みんなの笑いものにされるかもしれない。

でも、今度捕まったら、それよりも酷いことをされるかもしれない……

母が教えてくれたことが本当なら、それこそ楽に死ねるなら幸運な方……



『……テチ!』

決心がついたようだ。

何を思ったか、仔実装は急にいきみ始めた。

ブリッ、ブリッ

真っ白だったパンツがふくらみ、じんわりと緑の染みが広がる。

『テチィ!テチィ!』

パンツの中にたっぷりと出された糞を手に取り、背後に向けて闇雲に投げつける。

結び付けられている、ということはわからないまでも、
髪が何かに引っ掛かけられている、ぐらいには理解できているらしい。
滑りを良くすれば外れるかもしれないと思っての行動なのだろう。

仔実装の発想自体は悪くなかったようで、上の葉に当たった糞がちょうど結び目の上に落ちてきた。
どれほどの効果があるかはわからないが、少なくとも、何もしないよりはマシな筈である。


『……』

が、いざとなるとなかなか踏ん切りがつかない。

位置について、用意、ドン。
用意、の構えまではできるのだが、どうしてもドンで走り出すことができない。

もし、ダメだったら?

どれぐらい髪が抜けるだろう?

そう思うと、足がすくんでしまう。


『テェエエ…』

ダメ……できない……

構えの姿勢が崩れて棒立ちになり、弱々しい泣き声が漏れる。

『……』

ママが探しに来てくれるのを待とう。
ママでなくてもいい、誰か大人の実装石が来てくれるのを待とう。


しかし、理由もなしにこんな場所をわざわざ訪れる実装石などいない。
大切な服を台無しにされかねない密集したツツジの枝は、
実装石にとっては恐ろしい存在なのだ。




仔実装が植え込みの中に囚われて、小一時間ほども経っただろうか。

ガサリ

植え込みをかき分ける音がする。

音のした方に仔実装が目をやると、重なり合ったツツジの枝のわずかな隙間に
見覚えのあるズボンが見えた。


あのニンゲンだ。

もう一刻の猶予もない。

やるしかない。

どんな結果になろうと、あのニンゲンに捕まるよりはマシだろう。


仔実装は今度こそ覚悟を決めた。



『テヒッ…テヒッ…』

ベソをかきながら、用意の構えを取る。

『……』

固く目をつぶり、歯を食いしばる。

『!』

一気に走り出す。

ブツッ、ブツッ、ブツブツッ、ブツッ

拘束が急に力を失い、勢い余った仔実装が激しく転倒する。

ズザーッ、ビリッ、ビリッ

この音……どこかに服を引っ掛けてしまったらしい。



『…テェエー……』

身体中が痛むが、何よりも気になるのは後頭部の激しい痛みだ。

仔実装はおそるおそる、手をやってみる。

『!?』

そこに髪はなかった。

正確には、少年が枝に結びつけるときに束ね損ねた分が残ってはいるものの、
それは元々あった髪の1割にも満たない。
仔実装の先の試みは、徒労に終わったようだ。
それとも、すぐに走り出していれば結果も違っていたのだろうか。


髪が…ワタシの髪が……


『…テ、テェエエ……』

仔実装は喉まで出かかった泣き声を、両手を口に当ててどうにか押さえ込んだ。

声を出したら、あの意地悪なニンゲンにみつかってしまう。
それでは、何のためにこんな目にあってまで逃げ出したのかわからない。


ガサガサと枝をかき分ける音がどんどん近づいて来る。
少しでもこの場から遠ざかろうと、しかし目立たぬようにと、
仔実装は腹這いになって精一杯の速さで逃げる。

「あれえ…この辺だと思ったんだけどなあ……」

声は仔実装のほとんど真上から聞こえて来る。

『…』

お願い!見つけないで!


ガサリ

仔実装の悲痛な願いを嘲笑うかのように、真上の枝が大きな音を立てて動く。
恐怖のあまりに仔実装は顔を上げることはおろか、身じろぎ一つできない。

「……う〜ん、いないなあ」

『?』

泥と糞とで汚れきっていた仔実装の姿は、ただでさえ周囲に溶け込んでいた。
そこへ加えて、この薄暗さだ。外灯の光も満足に届かぬ植え込みの中では、
少年が仔実装を見落としてしまうのも無理はないだろう。


「逃げちゃったのかなあ……」

『…』

ガサ、ガサ…

「この辺にいるはずなんだけどなあ……」

『…』

ガサ…ガサ……ガサ……

植え込みをかき分ける音が遠ざかって行く。


…………

『テェエエ……』

完全に音がしなくなると、仔実装は大きく安堵の溜息をつき、身を起こした。

『テ!?』

すると、左の胸がはだけた。転倒したとき、どこかに引っ掛けてしまったのだろう、
背中の裂け目は服全体に広がり、もはや服と言うよりはボロ切れと言った方が近い。

『……』

あらためて、自分の姿を確認してみる。

大部分が失われてしまった、フワフワだった亜麻色の髪。
ほとんど用を成さなくなった、綺麗だった緑色の服。

完全な禿ではないことを主張するかのように風に揺られている前髪と、
わずかに残った後ろ髪が、かえって痛々しい。


『テヒッ…テヒッ……』

我知らず嗚咽がこぼれる。


これからワタシは一体どうなってしまうのだろう?

こんなことなら、ママの言いつけを聞いておくんだった。

一人でオウチから出るんじゃなかった。

ママはワタシのことを許してくれるだろうか?

今まで通りに可愛がってくれるだろうか?

やっぱり、あの可哀想な禿裸の大人たちと同じように、みんなの笑いものにされるのだろうか……


『テヒッ…テヒッ…テヒッ……』

もはや大声で泣く気力すらも残らぬ仔実装は、力なく啜り泣きながら、とぼとぼと家路を辿った。








「あーあ…可愛い仔実装だったのになあ……」

ショーケースに並ぶペット用仔実装は、少年の財布には荷がかち過ぎた。
かと言って、それが両親においそれとねだる訳には行かない金額であることも、
幼いなりには理解していた。

それでも仔実装を飼ってみたいと思っていた少年。

その前に現れた可愛らしい仔実装。


仔実装を入れる袋を取りに、いったん家に帰ったのが間違いだったのだろうか?

だが、仔実装が潰れたりしたら、落としたりしたら大変だ。
ランドセルに押し込むのも、そのまま手で持って帰るのも不安だった。


それとも、公園に戻る途中でペットショップに寄り道したのが間違いだったのだろうか?

だが、仔実装が喜んでくれると思ったのだ。


「あーあ……」

手にしていたペットショップの紙袋の中身を見て、再び大きな溜息をつく。

そこには、仔実装のものとなる筈であった安物の、
それでも少年にとっては精一杯の、小さな首輪があった。


もしかしたら、あの仔実装が追いかけて来てくれるかもしれない、
そんな思いに何度となく後ろを振り返りながら、少年もまた、とぼとぼと家路を辿った。




日はすっかり沈み、赤トンボはいつの間にか姿を消していた。




(終)

■感想(またはスクの続き)を投稿する
名前:
コメント:
画像ファイル:
削除キー:スクの続きを追加
スパムチェック:スパム防止のため8781を入力してください
1 Re: Name:匿名石 2014/11/21-16:15:48 No:00001565[申告]
救われない、決してよい方向へは転がらない(‾▽‾;)
2 Re: Name:匿名石 2020/05/08-21:29:48 No:00006245[申告]
ひでぇ話だ
3 Re: Name:匿名石 2020/05/08-21:29:48 No:00006246[申告]
ひでぇ話だ
4 Re: Name:匿名石 2023/12/09-18:17:38 No:00008519[申告]
親の言いつけが守れない糞虫候補が自滅したいい話だな
5 Re: Name:匿名石 2023/12/10-00:52:37 No:00008520[申告]
自然に弾かれるべき個体だろうけど一々選択をミスり自らドツボに嵌って行くのは典型的な実装石だなぁ
そもそも何かこの環境、淘汰圧が低すぎて爆発的に繁殖して対策されそうでもある
戻る