実装石の日常 公園の駆除 青いスカーフをつけた実装石がため息をついた。今朝のゴミ捨て場の競争は熾烈を極め、体の節々が痛い。 持参したコンビニ袋に小さな、腐りかけの食パンが入っている。自分の一食分にさえならないが、 これを仔実装2匹と分け合わねばならない。それでも昨日は何も口にできなかったのだから、まだましと言えよう。 スカーフ実装の住む児童公園は若干の遊具とトイレ、水道があるだけの小規模なものである。 だが愛護派が餌付けをしたため、野良実装が激増した。食い扶持が増えたころ、足繁く通っていた愛護派が急に来なくなった。 近隣住民に抗議され続け、とうとう餌付けを中止せざるを得なくなったのだ。小遣いが尽きたのもあるが。 仔実装を含めて200匹。この大所帯は飢えた。人間を見るや餌をねだり、ゴミ捨て場を荒らす。 当然人間社会からの風当たりは悪化し、たまに餌をくれた一般人も野良を見かけると足早に去っていく。 近場のゴミ捨て場しか、餌にありつけない。乏しい食糧事情は餓死・共食いを多発させ、賢いスカーフ実装さえ5匹まで餓死させた。 泣く泣く死骸を家族で口にしたもののそれもすぐに尽きた。家で待つ仔実装2匹はやせ衰えただ寝そべっていた。 その姿に以前は涙したが、それもいまでは出ない。 「ただいまデス」 お帰りなさいテチ、と2匹は声だけで迎えた。細い体を横たえ、入り口の母を見上げた。 「今日は収穫があったデス、2匹とも、起き上がるデス」 「……起きられないテチ」 「ママが起こしてあげるデス」 ……もうこの仔は長くない そうスカーフ実装は感じた。餓死した仔も数日前から起きられなかったのだ。パンを二つに裂くとそれぞれに手渡す。 「ママは食べないテチ?」 「いいから食べるデス」 2匹とも危ない状態である、スカーフ実装は二日ぶりの食事を抜いて仔にまわした。 自分はまだ余裕があると思ってのことだが、顔のほほはコケ、色は青白い。 外でなにかデスデスと騒がしくなった。ドタドタを走り抜ける足音。こんな大騒ぎは久しぶりだった。 もう思い出せないが、愛護派の餌付けがくるとこんな感じだった。かすかに期待しながら 「少し様子を見てくるから大人しくしてるデス」 パンにがっつきながら2匹はうなづく。親も仔もかなり賢い部類に入るだろう。 実際、親実装は成体になってから頭巾を失うが、代わりにスカーフを拾い、うまくごかました。 そうでなくては周囲の野良実装から「半分裸デス……」などとされて命を失っていたかもしれない。 「ニンゲン、華麗な私に餌を与えさせてやるデス!」 「餌よこせデスー!」 「餌…餌…」 半狂乱の騒ぎであった。100近い実装が、入り口付近で珍しい客にひしめき合っていた。 すっかり公園を避けるようになった人間が10人ばかりやってきたのだ。人間=餌の図式が成り立つ野良実装は、 ひさびさの機会に興奮を抑えられない。押しのけ合い、人間に近寄ろうと必死だ。 ……あれはおかしいデス、なにかがおかしいデス スカーフ実装は異常を察し、木陰から冷静に騒動を見ていた。 人間は上から下まで真っ白な見たことがない服装で、顔もマスクで隠していた。手には大きなビニール、なにかの道具を携えて。 愛護派の餌付けとは一線を画す様相に、スカーフ実装は警戒を強めた。みると、他の賢いであろう実装も物陰から様子を眺めている。 だが愚かか、飢えで頭が回らない実装は人間の前で大騒ぎ。 そして。 「コンペイトウデスウウウ!」 人間が袋に手を突っ込み、色とりどりのコンペイトウをばら撒く。降り注ぐそれに実装たちは狂喜した。 忘れかけた幸せの味。かき集めると口にするのももどかしげにほお張り。 「デギャアァツ!」 猛烈な腹痛を覚えたかと思うと、下痢がはじまり止らなかった。コンペイトウに擬した実装駆除剤が、 行政機関によってばら撒かれたのだ。だが実装たちは食べるのをやめない。激痛に転げまわりながらも、 コンペイトウに似た猛毒を拾い集めて食べていく。 飢えが実装のもともと低い知恵をさらに低下させていた。周囲の実装が痙攣していても、他者のコンペイトウを奪って食べてしまう。 あたり一面、じきにのた打ち回る野良実装に埋め尽くされた。 ……白い悪魔デスー!とうとうこの公園にやって来たデス! スカーフ実装は一目散に我が家に逃げ戻った。 彼女は聞いたことがあったのだ、実装が増えるとどこからともなく ……白い悪魔がやってきて実装を皆殺しにする… ということを。異常繁殖した実装を、行政が処分しに来るのだがそのさい着用した防護服が たまたま生き延びた実装によってそういわれる様になったのだが、彼女もそこまでは知りえない。 ただ分かっているのは、白い悪魔がやって来たら、その公園の実装が皆殺しにされるということだけである。 「入り口封鎖終わりましたー」 携帯電話で係長は部下の報告を聞いた。双葉市職員であるこの男はこの気の進まない仕事の責任者である。 公園に住み着いた野良が激増したこと、飼い実装が野良に惨殺されたことで行政は重い腰を上げた。 処分方法はマニュアル化されており、公園の封鎖、実装コロリの使用、残存する実装の処分、となっている。 公園はフェンスで囲まれ入り口はプラスチックの板でふさがれた。知能の低い実装は、最初の実装コロリで概ね処分できる。 あとは職員が1匹1匹処分していくのだ。口で言うのは容易いが、肉体的に精神的にも(一部の職員を除いて)過酷である。 だからこそ、部下に押し付けるわけにはいかない、係長は自らバールのようなものを片手に公園へ入っていった。 デスデスー! デギャァッァァ! あちらこちらで実装の悲鳴が起こった。コロリを食べなかった残り100匹は逃げ惑う。 逃げるといっても封鎖された公園でしかも実装石の足である、たちまち捕捉され脳天に一撃を加えられる。 「ニンゲンさん、この仔は助けて下さいデスー!」 血涙を目にいっぱい浮かべ、その親実装は土下座した。傍らには馬鹿そうな仔が事態を把握できずぼけっと突っ立ている。 「私の命は差し上げますデス、だからこの仔だけは見逃してデス!」 親実装は分かっていた、通行人に纏わりつき、ゴミ捨て場を荒らす実装は人間から疎まれている、と。 だがせめて仔だけは許してもらおう、と人間の足元にへばり付く。 「お願いデス!お願いデス!」 親の心仔知らず。2匹は初めてみる真っ白な人間に空腹も忘れて興奮してテチテチ騒いだ。 「ニンゲンテチィー!かわいい私に餌をもってくるテチー」 「高い高いしてほしいテチー」 ヒィィィと悲鳴を出す親実装。2匹にも無理やり土下座させ、命乞いをさせる。 2匹は不満げに土下座しながらもテチテチ言っている。 他の害獣駆除と違うのは、こうした場面だ。必要とはいえ、人間に近い感情をもつナマモノを殺すのは忍びない。 「悪く思うなよー」 だが職業的義務感が職員のバールを振り下ろさせた。 命乞いに必死な親実装は隣の仔が静かなのに気づいた。振り返ると、仔がいた場所には緑色の押しつぶされた肉があるだけだった。 「デジャアーーーッ」 ……終わった。終わってしまった何もかも スカーフ実装はあわてて我が家に逃げ帰ったが事態は絶望的だった。一方的に人間が実装を殺している。 命乞いするもの、立ち向かうものもいるが、どちらも一瞬で砕かれていく。白い悪魔は素早さも力も圧倒的だ、 スカーフ実装はすべてをあきらめた。 仮に公園の外へ脱出しても栄養失調の自分たちは一日も生き延びられないことも明白だ。 あらゆる望みを奪われた彼女は、2匹の頭を撫でると、やさしい声で 「今日は特別の日デス、いい仔にしていた2匹にご褒美デスー」 ポケットからコンペイトウを出した。コロリではない、本物のコンペイトウ。見つめている仔は衰弱しているのに目を輝かせた。 懐かしい、幸せの味。 最後の最後のとっておきは、いざという時のために残しておいたのだ。 3粒のうち、1粒づつ手渡すと残り1粒を二つに割ろうとするが力が弱くなっていてうまくいかない。 「お前たちに分けようと思ったデスが、割れないから1粒目を食べ終わったら交代で舐めるデス」 「ママは食べないテチ?」 不思議そうに4女。スカーフ実装は微笑んだ。 「これはいい仔へのご褒美だから気にしなくていいデスー」 次女は手元のコンペイトウと親のコンペイトウを交互に見比べ。 「ママが食べないなら私も食べないテチ」 これにはスカーフ実装も驚いた。育ち盛りに空腹はつらいだろう。それでも優しい仔に育ってくれた。 気づかないうちに涙し、胸が熱くなる。 「わ、わたしも食べないテチー」 食いしん坊の4女もあわてて同意したのに、スカーフ実装と次女は顔を見合わせて苦笑した。結局3匹で仲良く食べることとなった。 ……私は生き残るデス、絶対生き残るデスー 生への執着を見せる実装が1匹、親に連れられて避難する親指を踏み殺すのもかまわず、駆け抜ける。 彼女はやっと1匹だちした個体である、生まれたときから食糧不足で姉妹は餓死しあるいは食われた。 彼女が生き残ったのはその見苦しいまでの執着心からだ、成体となると飢えた彼女は、仔へ自分の分まで餌を分けて弱っていた 親を食い殺した。 後は共食い一直線、ダンボールも奪い、弱まった仲間を食い、生き延びてきた。彼女の狙いは公園外への脱出。 特に東側の入り口は小さくて人間もいないだろうと踏んだのだ。 「デエエェェェー!」 入り口に人はいなかった。かわりに白いプラスチックの板が高さ1mほどにそびえ立つ。 「出して、ここから出してデスー!出ないと殺されるデスウウ!!」 先についていた仔連れの親は両手を血まみれにして板をたたいていたが、少し音を立てるだけであった。 厚さ2センチの板は、過去の封鎖作業において破られたことがない。ずるずると手を下ろすと傷だらけの両手を地面につく。 彼女もあのコロリによる処分を目の当たりにして、ダンボールに逃げ帰った1匹だ。スカーフと違うのは仔をつれ脱出を図ったこと。 幼い我が子の命があきらめ切れなかったのである。 最後の1匹である仔だ、なんとしても生かしてやりたい。 「大丈夫デス、ママがなんとかお前だけは助けるデ……」 血涙を流しながら仔を見ると、頭からがりがりと食われていた。 「デヒャァーーーーー!」 共食い実装は少しでも体力をつけようと手ごろな食い物に躊躇しなかった。 その親が泣きながらつかみ掛かってくると、手馴れた動きで顔面を殴りつけ昏倒させた。 それから両足をつかむと、声を上げてぐるぐるとハンマー投げのように振り回し、プラスチック板にぶつけた。 「デギャ!」 仔を失った親実装の悲鳴が出ただけで、依然とプラスチック板は入り口を守っている。 「ふざけるなデスーーー!私がこんなところで死んでいいはずないデスー!!!!」 共食い実装は、繰り返し同じ攻撃を試みた。板は親実装の血と涙で塗装され、肉片がこびり付いたがびくともしない。 共食いで強くなった実装も、息が上がって少し休んでいる。と、大きな人影がさした。 「お前みたいな糞蟲ばかりだと、駆除も気楽にできるのだがな」 職員はバール片手に音のしたこちらにやって来たのだ。城破槌代わりの親実装はただのミンチとなっていたので、 何があったかは一目瞭然である。共食いはあわてて死骸から離れると、しばらく恐る恐る人間を見上げた。そして意を決すると。 「デスス〜〜〜ン。…デギャアッツツ!!!」 媚びた姿勢のまま、バールの一撃を食らった。 「しまった、つい即死させちまった!」 職員はいたぶるつもりらしかったが、媚びに我慢できなかったらしい。 「おいしいテチおいしいテチ〜」 「甘くておいしいテチ」 外の地獄絵とは別世界なのがスカーフ実装のダンボール。甘い甘いコンペイトウに仔たちは大喜びし、 彼女自身もその光景に頬が緩む。もう彼女は決断したのだ、逃げ惑い、恐怖におののきながら殺されるよりは、 寸前まで楽しい思いを仔たちにさせようと。白い悪魔の一撃で即死できるかもしれない、 そうすれば、何も分からないまま子たちは逝ける。 「ママ、どうして泣いてるテチ?」 やはり不思議そうに4女がたずねる。次女はだまって親を見つめていた。 「なんでもないデス〜。少し考え事デス。それよりも、今日は楽しいお話を聞かせてあげるデス」 精一杯の笑顔と優しい声のスカーフ実装。人間が自分の子供に聞かせていた童話をひとつだけ知っていた。 それをアレンジして聞かせてやろう。 ぱっと喜ぶ2匹。娯楽がないに等しい野良実装の生活では、たいへんな刺激だ。 「昔昔あるところに……」 デスーデスデスー。 泣きながら親実装は仔を両手で持ち上げて見せた。人間に見せつけての命乞いだ。 「助けて下さいデス、ニンゲンさんっ」 「た、助けてテチュニンゲンさん〜〜」 仔実装もパンコンしながら嘆願した。他に2匹いるが、親に左右からしがみ付いている。 周りには打ち殺された実装の死骸が散乱していた、どれだけ鈍い実装でも現実に気づく光景だ。 「何でもするデス、公園もきれいにするデス!もうニンゲンさんにたかったりしないデス、ゴミ捨て場も荒らさないデス…。 だから……だから、わたしたちを殺さないでデスゥ!」 親もパンコンしていた。見ると顔が右半分つぶれている。逃走中に一撃もらい、動けなくなってのこの惨状だ。仔も必死に続ける。 「テチュー、殺さないでテチュウ!!!」 バールが振り上げられると、親実装は持っていた仔を慌てて降ろしながら叫ぶ。 「お前たち早く逃げ、バビュアっ!」 降ろした姿勢の親実装にバールが命中し、血がほとばしる。偽石を砕かれ即死した親実装はそのまま地面に沈み、 仔のうち2匹はテチテチ悲鳴をあげて走り出した。だが1mも進めないうちにバールが仔実装1匹を吹き飛ばした。 職員は素早くさらに1匹を踏み潰す。 「テチュァァァッァ!」 絶叫した残り1匹は親の死骸に取り縋った。 「ママッ、ママッ、大変レチュ!、お姉ちゃんたちがイタイイタイされたレチュ!」 ブリブリとパンコンしながら死骸を揺すぶる。 「逃げるレチュ、ママも早く逃げ、レチャァァァーーーー!!!!」 「……そうして仔実装の姉妹は、いつまでもいつまでも、楽しく幸せに暮らしましたとさ、デス」 最後まで語り終えることができてスカーフ実装は安心した。せめて、最後くらいは楽しい思いを少しでもさせてやりたい。 だが、途端に自嘲の思いが頭をよぎる。 ……何が「いまでもいつまでも、楽しく幸せ」なものか。私の仔は飢えしか知らないまま育ち、大人になる前に殺されてしまう。 この小さく暗く汚いダンボールの中しか知らず、姉妹の死骸を食うことをさせられて 「……最悪デス」 つい呟いてしまった。そして、我慢していたはずの涙がとまらない。2匹を抱き寄せ、震えながらブツブツと呟く。 「最悪じゃないテチュ、ママ」 次女は落ち着いて繰り返す。 「ちっとも最悪じゃないテチュ。なにがあってもママの仔で私は幸せテチュ」 スカーフ実装がまじまじと次女の顔を見る。次女は痩せた笑顔で親にささやいた。 「最後だけどママと楽しい時間をすごせてよかったテチュ」 すべてを察した表情だった。 「次女ちゃん……」 「ママはすごくすごく頑張ってくれたテチュ。十分頑張ってくれたテチュ。これ以上はしょうがないことテチュ」 スカーフ実装は涙をぬぐうと、次女の頭を撫でた。 「ママも……お前たちのママで幸せだったデス」 「走るデスッ!とにかく走るデスー!」 親指を背負い、その親実装はデスデス走った。仔実装がテチテチ泣きながら、5匹続く。 「ママ、ママァァーー!もう走れないレチュ!待ってレチューーーーー!」 最後尾の1匹は遅れながら親に救いを求めた。だがちら、と振り返っただけで親は止まらない。 「走るデス、走らないと死ぬデスウウウウウ」 どこへいつまで走らないといけないのか、親実装にはわからない。 ただ立ち止まれば、そこらじゅうに転がる死骸とおなじ姿になるのだけは間違いない。 レジャッ! 断末魔。最後尾の1匹が死んだ。追う人間はゆっくり、ゆっくり歩いていく。普通に歩いてはいきなり全滅させてしまうから。 「おいおい、逃げないと死んじまうぞ」 リンガルを持ち合わせない…規則で決まっている…ので、男の言葉は実装親子に通じない。しかし、恐ろしい言葉ということは理解できた。さらに1匹がつまずいてしまう。 「ママ、置いていかないでレチュ!ママーッ」 ママ、ママ、といくら叫んでもママは振り返りもせず走っていく。レジャァァァァと大口を開けて泣く仔実装。 「あー、お前要らない仔みたいだな。緑はいらない仔ー」 レチュ!と仔実装が振り向くと、人間が片足を乗せてくる。 ……待って、待って!殺さないで下さい!ママー!助けてー!マッ 踏み潰すと男は数m先の親子一行に追いついた。最後尾の仔はパンコンで重たくなったパンツで走りにくいらしく左右にふらつく。 ……よっと 男はまた1匹踏み潰す。さらに1分もたたないうちに親自身が転んだ。慌てて立ち上がろうとするがバランスが悪いので立ち上がれない。 「お前運動不足だなー、少しはジョギングしておくべきだぜ」 デ!と立ち上がると背負っていたはずの親指実装が、人間の靴の下で顔だけのぞかせて苦しんでいる。 回りを見ると、仔の死骸が5匹分、目をむいて悲鳴を上げた。 「デヒャハアッ!」 「デヒャだの、デギャアだの、ボキャブラリーが乏しいなお前らは」 悲鳴をあげる親実装を嘲笑する男。少し足に力を込めると親指実装の首から下が完全につぶれ、生首が親のほうへ転がる。 「デ……」 涙を流しながら、親実装は首を抱きかかえた。ひとしきり泣くと、きっと人間をにらみつける。 「なんでニンゲンは私達を殺すデスゥ!私たちも生きてるデスウッ、迷惑かけているかも知れないけど、殺されるほどじゃないデスゥ!」 「お前らがいるだけで大変な迷惑なんだよ」 意外と落ち着いた口調で、男はリンガルもないのに見当をつけて話す。 「公園やゴミ捨て場はあらされるし、人家に侵入するし、街は汚すし子供はおびえる。 そもそもおまえらがいるだけで餌付けしたりする愛護派もでる。 そして自然と愛護派と虐待派の対立が発生する。お前らが存在しなけりゃ、 いがみ合うこともなかったし、こうして下らない余計な作業をする必要もなくなる。俺、帰ってから徹夜の残業なんだぜ?」 大した話ではない。だが親子にとってはひと時の団欒だった。生死に関わる餌探しに忙殺されたとはいえ、 こうして家族で話すこともなかった。疲れ果て、帰宅すると泥のように眠る日々が続いたのだ。 スカーフ実装は最後の最後で満足感を得られたような気がした。 すぐそこまで人の足音がしていた。だが今更どうでもいい。 ダンボールが上から開かれて光と人影が現れた。しかし、もうどうでもいいことだ。 スカーフ実装はさすがにおびえる仔たちを抱き寄せる。 「怖いことは何もないデスー。ずっとママと一緒デス」 そのダンボールに駆除の責任者である係長のバールが振り下ろされた。 大した話ではない。先月係長の母親がなくなった。 あまり親孝行できなかったと思うものの、老齢とおもえば諦めるしかない。これは順番なのだから。 だが、いつだったか母に買った土産のスカーフを思い出した。 目の前では部下が死骸を袋詰めし、トラックに積み込む。プラスチック板を洗いこれも乗せる。駆除の後始末は淡々と進んだ。 「今日も多かったですね」 一仕事終えた若い職員がお茶の缶を持ってきた。ああ、と係長は上の空で答える。 「俺、実装嫌いなんですよ」 幾度目かの話を始める若者。彼は言う、実装石がいるから人が対立してしまうと。 家族か友人か、なにかあったのだろう。駆除で彼は大活躍だ。今回もなんだかんだ言って参加してくれた。 これから彼の職務も溜まっているので残業だろう。 駆除の済んだ公園に夕日が赤い光を投げかけている。しばらくすれば市民も公園に戻ってくるだろう、そして野良実装も。 ……どうして殺されなかったデス 理解できず、スカーフをつけた実装は悩んだ。バールの一撃でダンボールは破壊されたものの、人間はそれ以上なにもせず帰っていった。 おかげで親子ともども生き延びられた。白い悪魔が完全にいなくなってから公園を探索したが、あれほどいた仲間は、 死骸さえ残されていなかった。ダンボールなども回収されている。 「ママ」 心細いのか4女が身を寄せてくる。 頭を撫でていると、次女が木の実を拾い上げた。3匹なら、雑草や木の実や花を食べればこの公園でなんとかやっていけるだろう。 「……こうして実装の家族は、いつまでもいつまでも、楽しく幸せに暮らしましたとさ、デス」 見苦しいあとがき お読みいただきありがとうございます。感想スレ03や双葉ちゃん♪(07/01/08(月)18:33:40 No.32926577)で 実装石の日常1 についてたくさんのご感想をいただいて、本当にありがとうございました。 望外の高い評価をくださった方々、元気づけられました。 奇抜な作品のなか、スタンダードといいますか、テンプレといいますか、そうした姿勢で挑戦していきます。 月曜日のスレッドは書き込もうかと思いつつ、少し白熱しており、しり込みして結局眺めるだけでした。 その中で批評に関して様々なご意見がありますが、ほとんどがためになるものばかりです。 特に威嚇能力のある実装石を出しながら生かしきれていない、という指摘は正鵠を得るものでした。 言われてからああすれば良かった、こうすれば良かったと今更思っております。 (できれば改訂版をそのうち書きたいです)。 スクを読み込んでいるからこそ、できる具体的な批評ばかりだったと思いますし、自分では気づけないことでした。 やはり他者に読まれるということの重要性を思い知りました。 勉強になるご指摘、深甚なる感謝しております。 できれば今後もよろしくお願いします。
1 Re: Name:匿名石 2019/09/17-04:03:27 No:00006099[申告] |
日常シリーズでこれが一番好きだな。
パニック映画みたいだ。 |
2 Re: Name:匿名石 2022/01/07-06:10:27 No:00006463[申告] |
もう15年以上前の作品になるけれど何度も読み返してしまう 自分は基本、糞蟲実装石が醜くあるいは哀れに慈悲もなく駆逐されていく物語や、或は託児されるか買われた仔実装がギュウギュウと締め付けられる物語が好きで、実装石=虐される対象以外の何者でもないスタンスなのだけれど、日常シリーズのこの物語は、主石公の実装石側に「死ぬな!生きろ!」と感情移入せずにはいられない作品 テンポが速く疾走感ある駆除シーンの描写と、対照的に静かに語られるスカーフ実装石親子の描写が、物語に緊張感と寂寥感の絶妙な緩急を与え、世界観に思わず引き込まれる名作だと思う これ程の文章力と世界観を持った日常シリーズの作者さんが、渡り2の途中で未完のまま去ってしまったことが実に残念…嗚呼 |