タイトル:【虐】 後編です
ファイル:茂みの中の仔実装2.txt
作者:匿名 総投稿数:非公開 総ダウンロード数:6089 レス数:4
初投稿日時:2006/09/14-23:51:19修正日時:2006/09/14-23:51:19
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「テェ〜・・・やっと帰ってこれたテチィ・・・」

夜も変わらず風に揺れる包丁草。
その間に出来ている狭い道。
さして長くない距離のはずだが、ニィの身体は相当消耗していた。
月光が遮られたせいで家に着くまでに手間取ったようだ。

「月が隠れたのはアイツの呪いかもしれないテチィ・・」

自らの想像にぶるるっと身体を震わせて、ニィは眼前に迫った家に向かって再びフラリと歩き出す。





「イチお姉ちゃん、帰ってこないテチィ・・・」
「ニィお姉ちゃんも帰ってこないテチィ・・・」

三分前に口をついたセリフがまた出て行く。
ミィとシィはイチが飛び出してからずっと、家の入り口で待っていた。
最初はすぐ帰ってくるものと思って軽い気持ちで待っていたが、やがて日が沈んでも姉が帰らないことに不安感を覚え、
動くに動けなくなってしまっているのだ。

「お姉ちゃん達、帰ってくるテチ?」
「心配テチィ・・・」
「レチュー・・・レチュゥゥ・・・・」
「レフゥ〜・・・レフゥ・・・」

姉の不在というかつてない事態に見舞われた二匹は、親指や蛆のように眠ることは出来なかった。
ただただ早く姉に帰ってきて欲しい、自分達を安心させて欲しい一心で待ち続ける。

ガサリ、と草を踏む音が聞こえたのはそのときだった。

「「テチ?!イチお姉ちゃんテチ?!」」

二匹は喜び半分不安半分で足音の主に飛びついた。

「テチィィー!怖かったテチィ!もうワタチだけは嫌テチィィ〜〜!」
「テェェェーーーーン!やっぱりイチお姉ちゃんがいないとダメテチィーー!!!





家の入り口まで辿り着いた瞬間に飛び掛られ、ニィは思わずたじろいた。
ミィとシィはどうやら極度の不安で自分がニィなのかイチなのかを判断できていないようだ。
本当はイチの方がニィよりわずかに大きく顔も引き締まっているのだが、そんな細かい部分に着目できるほどミィとシィは
賢く無かった。
ニィは咄嗟に考えこんだ。

(この仔達、ここまでアイツの事が好きだったテチ・・?このままだと説明してもわかってもらえそうに無いテチィ・・・)

「「テ?どうしたんテチ?イチお姉ちゃん?」」
「な、何でも無いテチ」

抱きつかれて何も言わないニィを不思議に思ったのか、妹達が不安気な顔で見上げてくる。

(!そうテチ!このままアイツに成りすませばいいテチ!そうすればワタチも頼りにされるしこの仔達も悲しまないテチ♪)

迷ってる時間は無かった。
ニィはいつもより硬い表情を作り、ミィとシィの頭を撫でる。

「さぁ、もう家に入るテチ。こんな時間まで起きてたら明日起きるのが大変テチィ」
「「わかったテチィ〜〜〜♪」」

まんまと騙されたミィとシィに家の中へ入るように促す。
彼女達が後ろを向いている間、ニィの顔は思わず笑みを形作った。

「ところでイチお姉ちゃん」
「なな、何テチ?」

急にミィが振り返ったため、すぐに顔を引き締めるニィ。

「ニィお姉ちゃんは見つからなかったテチ・・?」
「ニ、ニィなら大丈夫テチ。あの仔は強いからきっとどこかで生きてるテチ。なんてったって自慢の妹テチィ!」
「見つからなかったんテチ・・。ニィお姉ちゃんかわいそうテチイ・・・」

悲しげに顔を伏せるミィにかける言葉を選べず、ニィはそれ以上何も言わずに床についた。
ニィが横になると、その横にミィとシィが寄ってくる。
妹達に頼られる幸せを噛み締めながら、ニィの意識は沈んでいった。







次の日、ニィ達は盛大に寝坊をした。
いつもなら朝日が昇る時間には餌摂りに行かなくてはいけない。
すでに日は頭上高く上っており、この時間では餌に出来る親子連れの出現率は絶望的と言えた。

「テェェェーー!!イチお姉ちゃんが初めてお寝坊したテチィィィ!!」
「大変テチ!もうお昼テチィ!」
「あ、焦るんじゃないテチ。まだ餌がいるかもしれないテチ。急ぐテチィ〜〜」

いつもどおり、親指と蛆を家に残し、ニィは妹達とともに狩場へと向かった。





「ご飯来ないテチィ・・・」
「おっきいのしか通らないテチィ・・・」

狩場へ到着してからかれこれ一時間。
通る実装石の数は少なく、たまに目の前を通り過ぎるのは成体ばかり。
子連れの実装石など一度も見かけなかった。
今日は餌抜きを覚悟しかけたとき、ついに親子連れの実装石の声が三姉妹の耳に届いた。

『デスゥ〜ん♪今日の美容師はそれなりに上手かったデスゥ〜♪今度はこの美しい髪につける髪留めをニンゲンに買わせる
 デスゥ〜〜〜♪』
「「テププ、美しいって罪テチィ♪」」

ニィが身構え、二匹は後ろで待機する。
これを逃したら今日は確実に餌抜きだ。
そう思って機を狙うニィ。
だがニィはイチの教えを忘れていた。

飼い実装にはくれぐれも手を出さないように、との教え。

「テチ!!!」
「テチャァァァーーー?!何テチィィィ?!」

イチと同じ要領で最後尾の仔実装を茂みに引きずりこみ、喉を殴り潰・・・・・せなかった。

「テェェェ?!首輪が邪魔で喉が殴れないテチィ!」

飼い実装の首輪は意外と頑丈に作られているため、仔実装の力で壊すのは不可能。
さらにもう一つ、飼い実装にイチが手を出さなかった理由。

バヂヂヂヂィィィィイィイイ!!!!!

「テギャァァァァァァーーーー!イタイテチィーー!」

強烈な電撃を全身に受け、ニィはそこかしこから煙を上げて転げまわった。
飼い実装は大概が何かしら護身用の道具を持たされている事が多い。
安値のスタンガンとはいえ仔実装相手には相当な衝撃だ。
威力は転げまわるニィの姿が説明せずとも語ってくれた。

「ママーーーー!ここに下僕共がいるテチィィィーーー!ママーーーーー!!!!」

ニィから解放された仔実装が、大声で親を呼び出した。
姉を助けに姿を見せたミィとシィをスタンガンで牽制しながら親を呼ぶ。

「「「まずいテチィィーー!?」」」

痛みにのたうっていたニィも状況のまずさにすぐ立ち上がり、三匹揃って逃げ出す。
だが・・

バヂンッ!

「テヂャァァァーーーー!!!!?」
「「シィーーーーーーー!?」」

後ろを向いたとき、一番仔実装の近くにいたシィが電撃をくらってしまった。
シィの身体ではその一撃に耐えられなかったのか、ふらふらとよろめいて倒れてしまう。
姉達は助けに行こうとするが、仔実装はシィを足蹴にしつつスタンガンを向けてきた。
さらに

『エリザベスー、エリザベスどこデス〜?』

親実装が戻ってきた。
このままここで睨みあいを続けていては三匹とも親実装の餌食にされてしまうのは容易く想像できた。
時間がニィに決断を迫る。

「・・・・ミィ!走るテチィ!!」
「お、お姉ちゃん!?シィを見捨てる気テチュ?!」

「お、お姉ちゃぁぁぁぁぁぁーーーん!!!助けてテチィィィィーーーー・・・」
『デス?エリザベス偉いデスゥ♪新しい下僕発見デスゥ♪』

小さなミィの手を掴み、ニィは家へ続く道を走った。
ミィが叫び、シィの声が遠ざかり、飼い実装達の嘲笑が聞こえた気がした。
それを振り切るようにニィは逃げた。




「テヒィ・・・テヒィ・・・・ここまで来ればもう追ってこれないはずテチィ・・・・」
「・・・・・・」

息を乱す二匹の姉妹。
安堵に溢れたニィに比べ、ミィの顔は悲壮感に塗りつぶされている。
ミィは意を決して口を開いた。

「・・お姉ちゃん・・・なんでシィを見殺しにしたテチ・・・?」
「・・・・あれが一番賢い選択だったテチ。そうしなければワタシ達は皆あの大きな実装石に食べられてたテチ」

頭ではミィも姉のとった選択の正しさを理解していた。
だがどうしても納得出来なかったのだ。

「わかってるテチィ!でも・・でも!!」
「・・・・」

ニィもそこそこに悲しんではいるが、ミィほどシィに愛着があったわけではない。
というより、姉妹の中で爪弾き的存在だったニィは、姉妹に対する愛情が他の仔よりも薄いのだ。

「そもそもイチお姉ちゃんが寝坊しなければこんなことにはならなかったテチィ!!」
「テ!?な、何言ってるテチ!?ワタチは今まで皆を起こした事なんて一度も無いテチ!!!」

その言葉を聴いた瞬間、ミィの顔から一瞬感情がすっぽりと抜けた。
同時に、ニィの顔にも冷や汗が浮かぶ。
しまった、という顔だ。

「ワタチ・・?起こした事が無い・・・・?」
「テチィ〜ン♪ごめんテチィ、今度は寝坊せずにちゃんと起こすテチ♪」

震えるミイに向かって、ニィは本能からか媚びという選択をとった。
しかし、ミィの心に根を張った不信感が拭われることは無い。

「ひょっとして・・ニィお姉ちゃんテチ・・・・?」
「テェェェ!?何でバレたテチィィィイイ!?」
「・・やっぱりテチ・・・・・!」

さらには言葉となったミィの疑問の声を聞いて、肝の小さいニィは自ら正体を晒してしまった。
正体を見破ったミィの形相が見る見るうちに赤く怒りに染まっていく。
逆に見破られたニィの顔は血の気が引く音が聞こえる程青くなっていった。

「・・・ニィお姉ちゃん・・・・イチお姉ちゃんをどうしたテチュ・・?!」
「テ・・テテテェェェェェェェエエ!!!?」

激しい形相で迫るミィに、体格で勝るはずのニィは怯えた。
少しずつ通路の端に追い詰められていくニィ。
そしてついに包丁草の鋭利な葉がニィの背に触れた。

「イチお姉ちゃんはどこテチィィーーー!!?」
「あ、案内するテチィ!アイツのところに案内してやるテチィ!だから待つテチィィーーー!!!」







背中に突き刺さる妹の視線を感じながら、ニィは昨夜イチを食い殺したゴミ山へと向かっていた。
おそらくいざ取っ組み合いになれば勝つのはまず間違いなくニィだろう。
一回りも体格が違えば当然である。
だが、ミィの有無を言わさぬ迫力に最初の一手が出せないでいる。

「まだテチ・・?」
「っもももももうちょっとテチィィー!焦るなテチィィ〜〜!」

ナイフを突きつけられているような状況。
それでもまだニィはあきらめていなかった。
これから訪れるであろうチャンスを虎視眈々と狙っているのだ。

「つ、着いたテチ!」
「・・・・イチお姉ちゃんはどこにいるテチ?」

ニィは笑った。
この場でそのセリフを待っていたとばかりに。

「それテチ」

まるで物も指差すように、ニィは無感情に「それ」を指差した。

「・・・・?」

ニィが指差した物、それは錆びた釘にぶら下がった小さな肉片だった。
すでにハエや蛆、その他の虫がたかっており、完全に食い尽くされるのも時間の問題だろう。
姉が何を言っているのか、ミィには理解できなかった。

「テェェェェヂイィィイィエェェアア!!!!!」
「テヂャァァーー!!!?」

突如奇声を上げて、ニィがミィに体当たりをかまし、そのまま馬乗りになった。
そして無言でミィを殴りまくる。

「ワタチだって!オマエの!お姉ちゃん!テチィ!何で!アイツにばっかり!頼るんテチィィィィ!!!」
「テボッ!テブェッ!テギャッ!テギャア!!!?」

恨み言と共に打ち出されるビンタの応酬に、ミィはたまらず悲鳴を上げた。
実装石の短い手では顔を守る事も出来ない。
口内が切れて血が噴出し、糞が下着の隙間からはみ出る。
右目が飛び出し、顔の形が変形しだし、それでも姉はまだ殴る。
ミィに出来るのは悲鳴を上げながら短い手足をばたつかせる事だけだった。



「テェェェ・・テヒィ・・・」
「テ・・・テヂュ・・・テビュ・・・」

殴りつかれたニィはミィから離れてゴミ山を漁っていた。
殴られ消耗したミィは辛うじて動けるようだ。
ニィも激情に駆られて殴りかかっただけなので、ミィを殺す気は無い。
しかしミィには力の差がしっかりと刻み付けられた。

「テェ・・・テビィ・・・・」

近くに落ちていた小さな棒切れを杖代わりに立ち上がり、ニィの様子を見た。
ニィはゴミ山に裏に回って何か探しているようである。
今度はミィにチャンスが到来した。

「テ・・チュゥゥ・・・!!」

杖に支えられ、ミィは包丁草の茂みの比較的草の少ない部分に入っていった。
ミィにはこれから先もあの姉と暮らしていく気は毛頭無い。

「親指ちゃんと・・蛆・・ちゃんを・・・連れて行けない・・・のが・・心残りテチ・・・」

だが今のままでは姉の横暴を止めることは出来ないだろう。
逃げて機を待つ、それがミィのとった最良の選択だった。
大きくなって、強くなって、いつか必ず迎えに行こう。そう誓った。

ニィが溢れんばかりのガラクタを手にしてゴミ山の麓まで降りたとき、満身創痍な妹の姿はどこにもなかった。







「親指ちゃん、蛆ちゃん、帰ったテチィ〜」
「レチューン♪」
「レフレフ〜」

あっさりとミィをあきらめて家に帰ったニィは親指と蛆に餌として虫にまみれたイチの下半身を与えた。
二匹はいつもと違い悪臭を放つ餌にとまどっていたが、意を決して一口齧った後、いつもと変わらぬ味だと確認すると
残さず食べてしまった。
そして食べたらいつもどおり眠ってしまう。
ニィは眠った二匹を満足そうに見つめると、外に出た。

ダンボールハウスの横の地面に、いくら雨が降っても消えることの無い赤緑の染みがある。
それを見てイチの言っていた事をふと思い出した。
本当は自分達の上に四匹の姉がいるはずだったこと。
姉達が水場の無いこの空き地内での出産で、生まれてすぐに潰れて死んでしまったこと。
その死体と体液がクッションになって、自分達が生き延びることが出来たということ。

この染みはそのときに潰れた姉妹達の血と、死んだ母が流した血なのだという。

「・・・・ワタチは生きるテチィ。お姉ちゃん達のような無様な死に方はごめんテチィ!」

性根は腐っていたが、ニィもまた生きるために必死だった。






翌日はあいにくの雨だった。
しとしとと降っている程度だったが、万年ダンボールに住む野良実装には深刻な問題だ。
ニィも雨漏りを危惧していたが、今日の雨量なら浸水の心配は無かった。
ここでまたイチの教えを何故かふと思い出す。
イチはごく少量の雨しか降らなかった日でも、必ず溜まった水を掬って落としていた。
だがニィの目にそれは無駄な行動としか写らなかった。

「この程度の雨のために大切な身体を雨水に晒すわけにはいかないテチュ〜」

高らかに宣言して、ニィは鼻息も荒く屋内に戻る。
冷たい風がダンボールに遮断されて、家の中は少々暖かく感じる。
ころころと転がって遊ぶ親指達を寝転んで眺めながら、ニィはいつしか眠りに包まれていった。







ポツリ

ニィの顔に水滴が当たった。
どれくらい寝てしまったのかはわからないが、いまだ雨は降り続いているようだ。
雨漏りも始まってしまったようなので、ニィは梯子と洗面器を持ち出して屋根へと向かう。

「結構降ってきたテチィ・・・やっぱり弱いうちに登った方が良かったかもしれないテチィ・・」

雨粒がだんだんと大きくなり、勢いも少しずつ強くなる。
何より今まで四匹で行っていた作業を一人でこなすのだ。
自然とペースは遅れる。

「ま、まずいテチ・・。水が溜まる方が早いテチ・・!」

せっせと水を掬っては捨て、掬っては捨てを繰り返すが、雨の勢いが増す中では無意味だ。
さらに事態は悪化する。
焦ったニィが湿ったダンボールを踏み抜いてしまったのだ。

「テチィィ!?」

開いた穴に向かって一気に水が流れ込んできた。
下から聞こえる親指と蛆の悲鳴がニィの耳に届いた。

「親指ちゃん!蛆ちゃん!!待ってるテチィ!」

とは言ったものの、このままでは家は潰れてしまう。
そう思ったニィは、まずトタンの水を傾けて流してしまおうと考えた。
これだけはニィの専売特許である。
持ち上げるのに一番楽な場所に行き、屋根の水をざっと流す。
だが・・・

「レェェェェァァァァァーーー!?!?!」
「レピャァァァァアアーーーーーー!!!????」

その行為が命取りになった。
屋根からの浸水で家の中が水浸しになっていたため、親指と蛆が外に避難していたことにニィは気づいていなかったのだ。
そのうえトタンから流された大量の水。
一時的に出来た水流に飲まれた親指と蛆は包丁草の茂みに突っ込み・・

「レベァ・・・」
「レ・・・・」
「お、親指ちゃーーーん!蛆ちゃぁーーーーん!!!!」

茂る葉に幾重にも身を切断されてしまった。
体液が水に混じり、ばらばらになったまま茂みの奥に消えていく二匹を見つめ、ニィは屋根に膝をついた。
どうして、イチにはあんなに簡単に出来たことがどうして自分には出来ない。

「・・・ワタチは生きなきゃいけないんテチュ!こんなところで死ぬわけにはいけないテチィィィーー!!!」

自分を奮い立たせ、ニィは一番安全なこの屋根裏で今日一日を過ごすことにした。
ここにいれば水に流される心配は無い。
直接雨に晒される心配も無いからだ。

「今日を乗り切れば・・きっと楽しい日々が来るテチュ!」

前向きで幸せな妄想を繰り広げるニィだったが、この状況では一つ誤算があった。
明日までその場所で一日を過ごせるかという問題だ。




「・・・テェ?なんだかさっきより視線が低くなったような気がするテチュ・・・」

あれからさらに一時間が経過した。
ニィを入れたダンボールハウスは、水の重みと湿気で潰れ始めていた。
上に乗っているだけのニィには下で起こり始めた惨劇に気づく術は無い。
ただ何か異変が起こっているのは察したようだ。

「テェー・・・だ、大丈夫テチ・・きっと死んだママやお姉ちゃんが守ってくれるテチ」

危機に陥ったときだけ都合良く味方にされた母と姉達。
そして案の定、死んだ家族達はニィに一秒たりとも微笑まなかった。

「テェェェーー?!何テチュ?!お家に坂道が出来たテチュゥゥーーーー!!!?」

どうやら右側面と隣接している側面がついにふやけて潰れてしまったようだ。
家は大きく傾き、乗せてあるだけだったトタンの屋根が滑り落ちる。
必死でダンボールの内屋根に縋り付く。

「テェェェァァァアアアアーーー!?お家が・・・お家が縮んじゃったテチィィーーーーー!!!?」

頑丈で水を通さぬ外屋根のトタンが地面に沈み、内屋根にしがみついているニィの全身に容赦なく強烈な雨粒が降り注いだ。
雨はニィの体温を急速に奪い、家を潰しにかかる。

「テェェ・・・テェェ・・・・・お家が、お家が・・・・」

家族に対しての愛が薄かったニィでも、生まれてからの期間を共にした家が崩壊していく様はショックだったのだろう。
絶望を顔に貼り付けたまま、ニィは坂を滑り落ちていく。

「テェェェェーーーーン・・・テェェェーーーーーン・・・!!」

水を吸ってぬかるんだ地面がニィの下半身まで一気に取り込んだ。
さらに水かさが容赦なく増す。

「テェェェーーーーン!!お姉ちゃーーーん!!ママァァァーーー!ママァァァァーーーーーー・・・」

大声で泣いて、あれほど罵倒した親姉妹に助けを求め、ニィの身体は少しずつ水没していった。











昨日の豪雨が嘘のように、その日は晴天だった。
水を吸って元気になった植物達が次なる栄養、日光を求めてキラキラと輝く。
包丁草の茂みも例に漏れない。

「テェ・・・なんとか助かったテチィ・・・」

そう言ってゴミ山の中から顔を出したのはミィだった。
あの後、雲行きが怪しくなってきたのを見て、ニィの不在を確認した後にゴミ山へ戻ったのだ。
金属やプラスチックなど水を遮る物に溢れたこの山は、昨日のような日を乗り切るのには最適だった。

「親指ちゃん達・・心配テチィ・・・」

だがもしニィも無事だった場合、ミィはきっと家に引きずり戻されるか殴られるだろう。
今、妹達の安全を確認することは出来ない。

「とりあえず、今日から一人で頑張って生きていくテチ!」

普通の公園で暮らしているのであれば、何匹いようと仔実装が生き残ることなど出来ない。
だが、この空き地ならば。
イチの教えに従って慎ましく生きていれば、もしかすると成長するまで無事でいられるかもしれない。

「頑張るテチ!大きくなって親指ちゃんと蛆ちゃんを取り返しに行くテチィ!」












それから三ヶ月。
ミィはなんとか生き延びていた。
ずっとこの空き地の中で。

「デスゥ・・・そろそろ・・・ワタシもまずいデスゥ・・・・」

決意の朝以降、ミィは姉から教わった生活の知恵を出来る限り思い出し、姉妹で生活していたときと同じように生きていた。
ゴミ山はずっとい続けるには不衛生だったので、雨の日以外はゴミ山のすぐ横に建てた小さなダンボールハウスに住み、
狩場では早朝、親子の中でも特に小さな仔実装を襲った。
包丁草の通路の順路も必要最低限だが頭に叩き込み、生活に支障をきたさないようにした。
だがミィは致命的なミスを犯していた。
いや、これは母の教えを全て受け継いだイチ以外は危惧しない問題だったのだろう。

「結局・・親指ちゃんも・・蛆ちゃんも・・・・見つけられなかった・・デス・・・・」

植物の生命力は強い。
潰されていた包丁草とていつまでも寝ているままでは無い。
何ヶ月かして身体が大きくなってきたミィ、それに反比例するように狭くなり始める通路。
ミィは序々に大きく開けたゴミ山以外の場所に立ち寄る事が出来なくなった。

そして現在。
念願の成体実装まで成長したミィの身体は限界を迎えていた。
成長した体では狭くなっていく通路を通るたびに切り刻まれる。
身体が大きくなってしまったため、仔実装を捕まえる前に親実装に気づかれて逃げられることが増えてしまった。
満足に餌も摂取出来ず、全身を襲う苦痛に苛まれ、ミィは心身ともに疲れ果ててしまっていた。

「でも・・・ワタシが死んでも・・・この仔達がきっと・・・」

そんなミィは今、件の包丁草の通路を再び踏み歩いている。
やがて生まれ来る我が仔のために、もう一度道を作ろうとしているのだ。
疲れ果てたその身体で、鋭利な包丁草を何度も踏み潰す。
そして空き地の出口までなんとか道を作り出す。
この出口の部分だけは親実装から見つからないように上の葉を少ししなだらせておく必要がある。

『ほら、下僕!ペースが落ちてるデスゥ〜!まだまだ先は長いデスゥゥ〜〜!』
『・・・・もう嫌デスゥ・・・お姉ちゃん達のいるお家に戻りたいデスゥ・・』
『テピャピャ、下僕は歩き方も惨めったらしくて最低テチュゥゥン♪』
『ママ〜!次はワタチ達がこいつに乗って公園一周するテチュゥン♪』
『スピード落としたら後ろからバチってやってやるテチュ〜〜!』

そのミィの眼前を飼い実装の親子と、こき使われている奴隷が横切った。
丸々と肥えた親実装を背に乗せて、涙を流しながら歩く奴隷実装。
禿裸で仔実装にスタンガンを突きつけられてビクつきながら歩くその姿を、ミィはうらやましいと思っていた。

(奴隷とはいえ、ここから出て暮らしているのだから幸せ者デス・・)

そう胸中で呟く。
やがて一団の声が完全に途絶えると、ミィは再びゴミ山に向かって歩き出した。






「後ちょっとで生まれちゃうデスゥ・・・」

ゴミ山から使える材料をかき集め、即席で作り上げたダンボールハウスを可能な限り加工していく。
とはいっても穴だらけの雨合羽を被せ、軽い金属の屋根を乗せ、下に割れたガラスを敷くくらいしか出来ない。
それでも生まれてくる仔実装達には心強い家となってくれるはずだ。
そう、かつてミィの母があの立派な家を必死で作り上げてくれたように。

「これで・・・いいデス・・・。でも本当は少し餌も用意してあげたかったデス・・・」

残念そうにそう言うと、ミィはゴミ山にもたれかかって唄い始めた。

「デッデロゲー♪デッデロゲー♪」

他の生物には全く理解できないこの言葉、実装石以外の生き物には全て同じに聞こえてしまうこの言葉。
だがその内容は実装石によって千差万別だ。
ミィは生きる術を仔実装に託そうとしている。
自分に生活術を伝授してくれたイチのことを思い出しながら。

「デッデロゲー♪デッデロゲー♪デッデロゲー♪デッデロゲー♪・・・・・」






やがて出産が始まる。
先日の雨水を溜めた洗面器の上で力み、新たな命を生み出そうと踏ん張る。

「デェェェェ・・・・デェスゥゥゥ・・・・」

この出産からそう時間を待たずして、ミィは力尽きるだろう。
だがそれでも彼女は生まなければならなかった。
理由は、母だから。
それだけだ。

「デェェッスゥゥ・・・デェェッスゥゥ・・・」

自分達姉妹のような不幸な生き方をさせないように、胎教を施した。
後はきっとイチのような素晴らしい長女が皆を導いてくれるだろう。
ニィのような仔も、今度はきちんと躾けてくれるだろう。

「デェェェェェッ・・・・」

子供達にはこんな空き地では無い広い世界にいつか旅立って欲しい。
自分がついに生涯出ることの出来なかったこの狭い世界から抜け出して欲しい。

そして何より幸せな生を掴んで外の世界の素晴らしさを謳歌して欲しい。

「デェェェェェァァァァアアア!!!」

ミィの願いはお腹の子供達に届いたのだろうか?
お腹の子供達はミィの願いをかなえることが出来るのだろうか?

これは空き地という我々のすぐ隣にあるような所で起こったのかもしれない仔実装の物語。








「テッテレー♪」

































先程もう一度念入りに前編を読み返してみました・・・・。
ここまで矛盾している部分が多かったとは・・申し訳ない限りですm(_ _)m
今度は読んでくださった方&的確な助言を下さった方々に感謝を。

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1 Re: Name:匿名石 2019/03/10-21:21:38 No:00005793[申告]
どうせだったら人間様の手で皆殺しにしてやりたかったぜ
2 Re: Name:匿名石 2024/03/10-13:02:06 No:00008880[申告]
名作だ
ニィの末路が深く明言されないのが特にいい
3 Re: Name:匿名石 2024/03/10-16:58:56 No:00008882[申告]
ミィ余力が尽きそうなのは明言されているし何よりも自覚もある
なんか産む事がゴールになっている数多いる実装石のソレに帰結してるに過ぎないっていうね
胎教や偽石記憶は下地に過ぎないし本当に大事なのはそれからの事
パイの奪い合いなんて言うけど実装に用意された取り分はあまりにも少ない
苦海に溺れる事であろうミィの仔が不憫でならない
4 Re: Name:匿名石 2024/03/10-22:11:19 No:00008884[申告]
イチが哀れ
糞蟲は家族の情に流されずちゃんと殺さないと駄目なんだなって
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