タイトル:【虐 観察】 ワタシをスキーにつれテッチュ~ン
ファイル:ワタシをスキーに連れテッチューン.txt
作者:匿名 総投稿数:非公開 総ダウンロード数:733 レス数:1
初投稿日時:2023/02/18-11:39:40修正日時:2023/02/18-12:32:45
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ワタシをスキーに連れテッチューン

 その実装石姉妹は『ナツ』と言う飼い実装の仔として何不自由なく生活し生後1年。肉体は既に親実装と大して変わりない体格になっている。だが、語尾はまだデスではなくテチのままだ。
 雪の降る季節に生まれた為に飼い主から『ユキちゃん』『ツララちゃん』と名付けられ大切に育てられた。育てられている。『ナツ』もその飼い主を魅了できる位には飼い易い、性格の良い個体なのだろう。
 運はあれど、そういう個体をきちんと躾けて産まれた仔を厳選すれば、その仔らは投資を上回る利益をもたらす。その厳選と言う生存競争を生き残ったのが『ユキ』と『ツララ』なのだと言う ——。

 その日は珍しく都会でも雪が積もった次の日だ。そんな実装石親仔が飼い主を連れて公園でスキーの真似事をしていた。
 実装石達は実装服を模した、モコモコの防寒着(ダウンジャケット)を服の上から纏い、人間幼児用の全長40cm程の薄いプラスチック製ミニスキーを使用している。ずいぶん懐かしく思う。
 幼児用の流用品とは言え出来は良い。脚の固定部分はシリコンゴムの圧力で履く長靴の様に出来ていて、理屈を覚えさせれば実装石単独でも脱ぎ履きが行なえ、簡単には抜け難く、それでいて危険な転倒やパニック時にはある程度の力で抜ける様に出来ている。
 しかも、脚の固定部はアタッチメントで付け替えが出来て、より小さい仔実装にはスノーボードスタイルで使用することが出来たり、親指や蛆実装の為にエアクッション付きボックスアタッチメントによりソリとして使う事も出来る代物だ。
 バランス取りや緩い坂でも歩行を助けるストックも付いていて、やはりアタッチメントでサイズに合わせたり、技量に合わせて接地面積を変える事が出来る、値段がそれで5倍に成るのは別の話で、単なる在庫処分では済まない考えられた商品だ。
 それは全長と良い、幅と良い、実装石の体格・体重で使えば、割りとバランスが取れるのかもしれない。幅が無駄に広めだが、それも転倒に対する安定性に寄与する事になっている。
 どうせ、幅が狭くても一人では履いた状態で起きる事は出来ないのだから。端的に言えば、実装石がスキーをするのではなく、スキー板が実装石を載せている状態ではある。
 そんな運動神経の欠乏した生物と言われる実装石にしては、便利なグッズのお陰で転倒も少なく和気藹々と滑って見せている。見ている分には平和でほのぼのとした光景だ。

 紹介が遅れた。私は寿(とし)・あき夫。実装石愛護派とは縁遠い…かと言って過激虐待派にも染まっていない。そして、観察派と言う程に我慢強くもないと言うどうしようもない一個人。
 今も、休日に雪の公園でベンチに独り座って、そのペット実装様が平穏なお外の愉しみを、本を片手に眺めている。
 流石に最強寒波の翌日であり、私が観るべき野良は冬眠成功か、物陰でひっそりと凍死していて、陽も高々と昇っているのにたまり場たる公園でも姿を見せる余力が無い有様だ。
 確かにこう言う日は、逆に安心して野良を気にする事無く、飼い実装を遊ばせられる機会とも言える。そこに私と言う、1人と3匹の運命に対する変数が存在するとして。

「テチー!また転んだテチ…うんちょ、うんちょ…テー!ママァ、ツララちゃん起こして欲しいテチー」『ユキ』とネームプレートを付けた仔実装が、私の近くまで滑ってきて、不器用…いや、逆にどうやったらそう転ぶのかという動きで器用に転がる。
「デス?今いくデスー。デスデス…デー!はい、おっきデス。ユキちゃんはまだまだデス。もう少し練習するデスゥ」親のナツがやってくると、その手を取って引き起こす。
「テチテチ…デチ~~。ママ!ご主人様!私、凄く早いデチー。もうプロの腕前デチー!!観るテチィー」少し離れた場所では、飼い主の作った滑り台をツララが滑降して楽しんでいる。
 ツララは、ユキと比較して少し成長が早いのだろう声色が少し低めで、濁音発声になっている。ナツもツララも、実装石にしては道具を扱い慣れ、体幹も鍛えられているのか、思う程に無様な姿は晒していない。
 ほぼ同じ産まれで比べれば、ユキはツララよりは少し頭の足りない分、成長が僅かに遅い個体の様だ。

「テチテッチ♪ワタシも滑れるテ…ブベラッ!!」再度滑り出したユキが、更に私の方に滑ってきて倒れる。
 私の周囲は簡易ゲレンデとして整えられて居る訳では無い、新雪か足跡、足跡がなくても凸凹で荒れた場所だ。それをそこに進むしか出来ない技量か、見て理解できない阿呆なのかを計る。
「テチーーー!!おべべびっしょり、ここ滑りにくいから転んじゃったテチー。助けてママー!」ユキは泣き出す。見てそれが予測できないのは飼いとしては、礼儀など出来ていても知識が些か残念な仔の様だ。
「デー…ご主人様にお願いするデス!!そんなに簡単に向きが変えられないデスッ!」一度、ユキを起こしたナツだったが、足場が悪いのを察してか既に飼い主の近くに戻る滑りをしており、面倒見きれない感が出ている。
 スキーを履いての歩行と言う疲労からすぐに役目を投げ出して飼い主に頼る思考だ。
「デチチ…ユキちゃん、また転んだデチ?恥ずかしいテチ!ワタシはお嬢様として完璧マスターデチーッ…ブベラ!デボデボブベベ!!止まらないデチッ!お顔が!ワタチのお顔に傷が付いちゃうデチー!」
 緩いスロープを滑り終え、坂を登り、再度滑降するツララは、余所見をして滑ったせいで、転倒して顔面で滑る事になり大泣きを始める。

「テー!!ツララちゃんがワタチを笑うテチー!恥ずかしいテチ。こんな姿恥ずかしくてパキンしちゃうテチー(チラチラ)…テェェェェン」ユキは、自分を先に起こせと泣き声アピールに走っている。
 わがままの程度は野良よりマシとは言え、そう言う行為に訴えるほど精神年齢が生存時間と乖離している。飼い主からどう見えているか分からないが、傍からはチラ見しているのがバレバレだ。
「デチィーーーー…(チラチラ)テチィィィ!!お顔がイタイテチィ!私の方が大重傷デチ!これはアマアマ(金平糖)が無いと治らないテチィ!!テェェェン!」ツララも自分の方に注意を引きたくて鳴き声アピールに声色を仔実装の頃の音程のに戻して泣く。
「デ…デスゥー。デ、デデェー!!?」ナツの方も、足の自由が効かない状態に加え、仔が泣くと言う状況に晒されて、遊んでいる楽しさで忘れていた疲労が前に出てきて、どちらにも行けないパニック状態だ。
 一皮剥けばこうなるので、飼い主は物事の頃合いを見なければならないのが大変なのだが。
 3匹が遊び初めてもう30分程度。基本室内で害悪から隔離され飼われる実装石にとっては、滑るというより、滑らないのを抑えている本能と筋肉の動きに逆らう為に結構な運動量である。
 同時に上がるテンション以上にストレス等の外的要因があって蓄積疲労が溜まって、知能や精神面のメッキが剥がれやすい。
 
「よし、よし、転んじゃったな」私は、近くで転んだユキを拾い上げると元の姿勢に戻して立たせる。
「テテ!?ニンゲンさん、ありがとテ…ありがとうございますテチィ」ユキは起こして貰って、ちゃんとお礼が言えた。成長性は残念でも礼儀は出来ている。”もったいない”と思ってしまう。
「あ、ありがとう御座います」飼い主が礼を言いに来る。
「いえいえ、大した事じゃありませんので。それより、ずいぶん頑張りますね?寒さは昨日より良いとは言え…それにスキーは人間でも結構な運動量ですよ。お休みには?」私は平静に対応する。そろそろ家に帰るべきだと暗に匂わせる。
 その質問に、飼い主は自信を持って言う。
「うちの仔達はカクカクシカジカで、拾った頃から賢いユキから産まれた特別な原石なので…それに愛好家によるオフ会での実装スキーをさせる予定がありまして。恥ずかしい目に遭わない程度の滑りをする練習なので、まだ頑張れる筈です」
 そう自信を持った顔で、そこまで聞いていないのにユキを拾った経緯から長々と語った。私は非道にもそれによって決意してしまった。
「ああ、宝石ならば磨けば磨く程に輝きを増すでしょうね?」そう言いながらポケットに手を入れる。
「それはそうと、この仔のスキーは少し滑りが悪いようで…。練習も良いですけど、道具の方も手を入れてみては?」そう言いながらポケットの中から、ホームセンターで買った引き戸用の固形ワックスを取り出す。
「例えば…コレ。まあ、これは偶々買った物で、専用スキーワックスより色々と劣るでしょうが、滑り改善にお試しになられては?」そう言って仔実装ユキの脚からスキーを外し、接地面にワックスを刷り込む。
 脚から優しくスキーを外す時に「テチャ?」っと顔を赤らめて媚びる姿勢を見せたのは見逃さない。
「あー、ワックスですか。良いですね」思い付かなかったのかと疑問があるが、このぐらい呑気でないと実装石をペットにしようとはしないだろうと思う。ちょっと優しくすれば疑わない辺りも。
 もし、私が過激な虐待派なら、仔実装に触れた時点で取り返し様のない事になるかも知れないと言うのに…。
 まあ、何かを仕込んだと言う点では、私も過激虐待派と大した違いはない。他所様の所有物に『害があるかも知れない』と予測しつつ、物の価値を下げる事は器物損壊だろう。実装石相手で無ければ…だが。

「テチ…テチ?テテテー!滑るテチ!!凄いテチ!風になったようテチー!!テッテテー♪」
 ワックスを塗り終わった物を履かせたユキは、背中を軽く突いてやるだけで、スゥーっと新雪の起伏を乗り越えて1m行かない程度を滑走して勢いが無くなり、止まったと同時にポテッっと倒れる。
 薄い新雪に凸凹と言う場所では良い滑り具合だ(道具のほうがな)。フユも気持ち良い滑走を経験して興奮し、疲労や転んだ事が気にならないレベルでハイテンションだ。
 その固形ワックスの効果に飼い主も目を丸くする。次々とナツとツララも寄って来て、スキーを不格好に脱ぎだすと、自分も、自分も!と私に要求してくる。
「こら、お前たち」その行動には流石に飼い主もペットをなだめる。
 だが、強く叱って止められないのが…そいつの技量の限界だ。私は、黙々とスキーにワックスを塗ってやる。

「デスゥ!?不思議デス!」「本当にラクチンデチ!!テッテレー♪」安物プラスチックの玩具スキーでも、ワックスが用途違いでも、摩擦係数の低下によって滑りは向上する。
 今の3匹は、ただ板に乗って力を抜いているのに、人間の指で軽く背中を押されているだけで疾走すると言う、簡便化された行為の快感を味わえている。
 私は、その様子をベンチに戻って座り眺める事にした。
「デッスデッス~♪私はプロスキーヤーデスー♪」
「デッチデッチ!たのしーデッチュン♪ママー、ワタシもプロになっちゃってるデチ!」
「テッチテッチ~♪もっと押して欲しいテチュン♪ワタシの方を押してご主人様ーテッチ」
 こうなれば、もう好き勝手な方向に向いた3匹が、飼い主を押し手として奪い合い、遊びに夢中で引き下がらない流れだ。これには飼い主もお手上げになっていく。
「じ、じゃぁ。今度は上から滑ってみようか?」飼い主は仕方なく、自分が手を使わなくても良い方法に頼る。自分が作った緩やかな坂の上に3匹を抱えていく。
「デスゥ?さっきみたいに、お坂を滑るデス?押して貰うのが楽デスゥ…」ナツは坂を滑り降りるより、押して貰うのが楽だと理解した。
「デッチッチ…ワタシはもうプロですからテチッ!こんなしょちんしゃコースなんて楽勝デチー!」ツララは既に天狗になっている。
「ご主人様抱っこテチュ~。テテテ!またここテチュ!?ここ嫌テチュ…さっきのニンゲンさんの所で押して貰うのがいいテチュ~」ユキは、運動が姉妹の中で苦手な分、坂を怖がると言うより、ナツと同じく楽な方が良いと思っている。

 飼い主が、そのユキに僅かに手と気を取られた間に事態は進行した。
「ツララちゃんがプロスキーヤーデス?デスフンス!ママの実力を知るデス!テレビで観たから出来るデス!プロプロスキーヤーはこう言う格好で滑るデスー!」
 娘のツララの自信に触発されたか、ナツはボテボテと不器用に傾斜の手前まで歩み出ると、両方のストックを雪に挿して、それを支点に身体を前後に動かす。スキー競技でよくあるスタート方法を真似ているのは分かる。
「デースゥー…デースゥ…デデッ!デー…」しかし、そうやってスタートを切る意味を身体で理解していないナツは、ヘコヘコと前後運動を繰り返すだけで、飛び出すタイミングが自分では掴めない。
 普通に傾斜に任せたほうが簡単なのに、知識上の見栄を優先した報いだ…。
 こう言う時でなければ、そのヘコヘコ運動は、人を馬鹿にしているのかと怒りたくなる珍妙な動きだ。

「デデッ!デェーーーーーーー…」ナツは、その馴れない動きの最中に身体を支えるストックを挿している部分が拡がって抜けてしまうと共に、滑降スタートとなる。
「デジュ!デベ!?デギャァァァ!!」ナツは自分の狙ったタイミングを外して体制を崩し、無駄に振り子運動などの力が一気に加わった分、足の固定された部分から上で足が折れてしまう。
 更にその勢いで後頭部を強打する。そして、その強打が最後の一押しになって地獄への滑走が始まる…。
「デジァ!!あんよがぁ!デ!?動いてるデスーーー!!ご主人助けてデスゥゥゥ…」ナツのスキーが緩い傾斜を加速して進む。
 ワックスが無かった時なら、傾斜を降りきって2~3mも滑走すれば、安プラの板の抵抗力で止まっていただろう。そもそも、スタート地点での無駄なヘコヘコ運動も出来なかっただろうし、偶発的にスタートを切る事もなかったかも…知れない。
 しかし、運命は動き出した。スキー板と汚物の絶叫と共に。

「イタイデスゥ!イタイデスゥ!イタ…ご主人助けろデス!早くデスゥ」そう喚いても加速した物体は止まってくれない。飼い主が駆け出してももう遅い。
 ナツを載せたスキー板は、制御不能で傾斜を終えて真っ直ぐ進んでいく。残念にもその進行方向は公園の出口であった。(私は気付いていたけど…)
 ナツのスキーは公園の出口を抜けたすぐの道路にまで飛び出す。そのスキーは偶然、1車線を通過したトラックの下を駆け抜けた。
 空とトラックの底を見上げる事しか出来ないナツの気分はどんなものだろう。諦めか?絶望か?理解できていないままなのか?トラックの底を駆け抜けたスキー板は、対向車線の車道と歩道の段差にカツンと当たって止まる。
 スキー板はそこで止まるが、ナツの足はその衝撃で千切れながら固定具から抜けていく。足を失った胴体は運の悪い事に、車道のスキー板よりも轢かれやすい位置にべチャリと落ちる。
「デ…」その一声は、一テンポ遅れて状況を理解し意図して出したものか、縁石にぶつかった慣性や地面との衝突で体内の空気や液体の移動が喉から出た物なのか、とにかく声を上げた瞬間、対向車線を走ってきた車にグシャリ!!と頭を踏まれていた。
 潰れてものも言えない頭から汚い花を咲かせて、ナツの身体はピクピクと手を彷徨わせるのだが、手が普段の感覚の顔の部分を探って、頭がないと理解できるとヘタリと動きを止めた。声は出せないが楽には死ねなかったようだ。

 最初に通ったのが普通車だったりで、サイドボディに当たればせめても命だけは有っただろうに、そこで運悪くも良くもトラックの下を通る辺り、中々に美味しいやつだな…と思う私が居た。
 しかし、飼いになって仔まで設ける位は生き残ったのだ、十分な実装生だろうと私は手を合わせる。
 そもそも頭を効かせて、頭を物理的に使えれば、少しスキー板を開いて、頭を物理的ブレーキにして速度を落とすぐらい出来ていればそこまでの速度は出なかったはずだ。いや、これは私や飼い主が実装石の筋力を過大評価しているのかな?

 その間にも、動き出した運命は止まらない。飼い主が滑っていったナツの元に駆け出す時、同じく滑り出したナツに残された2匹の気も移る。まあ、親の両足が折れて滑っていったのだ。そりゃ驚く。
「ママ!!ママのアチがぁぁ!ママー!!」
「デチャァ!ママー!戻るデチィィ!早くデチ!」
 2匹が同時に慌てて傾斜の方に、自由にならない足でポフポフと進み出る。焦ると周囲も足元も疎かになるのが実装石だ。可哀想にユキは自分で処刑証明書に手形ならぬ足形を踏み出した。
「ママ!マ…テチャ??」フユは、突然軽くなった足元にパニックを起こす。「テチャ!テヤァァァァァ…」
「ユキちゃ…」ツララも同じく踏み出したが、まだ踏みとどまれる位置だった。しかし、その無駄な動きがフユの命取りになった。バランスを崩したフユに手を伸ばすツララだったが、身体に対し幅の広いスキーを履いている事が認識できていなかった。
 コツン…実装石の短い手よりも先に、幅広いスキー板の側面同士がぶつかり合うのが、どう見ても先なのは明らかだ。ツララがスキー板でユキを押し出す形になる。
「テ…!?ツララ…ちゃ…テァァァァァ!!!」「デチッ!!ユキちゃんどうして離れるデチ!お手々を…」
 ユキから見て、ツララはどう見えたのか。押し出すツララはユキの顔がどう見えたのか?まるで届かない手と手の距離が加速を付けて離れていく。感動物の別離シーンだ。(棒読み)

 理想的な直滑降スタイルで、人間から見れば緩やかな坂を進むユキは、その重さで出せる最高速度を叩き出していく。そして、「テチィ!!」と衝撃を受ける。勾配が終わったのだ。
 そのままの速度で、ユキは平地の雪面を行くが、1つ問題があった。衝撃で、僅かに右足の板の向きと、左足の板の向きがズレを生んだ。
 そのせいで、右足と左足が進むほどに離れていく。そして、それを修正できる力も頭も働かない…。板が錘を載せて走っているだけなので、止まる技術など持ち合わせていない。この速度も、ワックスを塗った効果だ。
「テェーーーーー!テェェェェ!お股ァァ。ワタチのオマァァァ(ブチブチ、ベチョ)」
 ユキの肉体は、『お股』と言い切れずに30cmは進み、その分股下30cmを左右に開きにして内臓を雪面に溢して、裂けるウレタンボディの抵抗が制動力になってようやく止まる。
(うむ、薄いプラ板スキーでもこれだ。スキー・スノボ専用ワックスをしっかり使えば、どれだけ裂けるか測ってみたい所ではある)
「テテテテテテテテ…テチヤァァァァァァァ!!!」身体の半分が裂けて、内臓の殆どが後方に拡がる有様でも、ユキは両手でポフポフと裂けた部分を集めようと逞しく泣いて藻掻いていた。
 しかし、こぼれた部分に偽石が有ったので、驚くほど瞬く間にユキの血色は紫色に悪くなり動きはガタガタと言う振動に変化する。雪面に直に偽石が落ちているので肉体の方は、より短時間で低体温症の症状を起こした。
「アツイテチ…アツイテチ…。フユノ アンヨ…。テーーーー…ワタチ ウジチャンレフ…プニフー…」最後は、経験のないはずの蛆実装にでもなった幻覚を見て、その双眼が光を失う。

「ユキチャーーーーーー!!!」
「え!ユキ!!ツララはそこに居なさい」
 飼い主が気が付くが、間を置かずに起こった別方向の事態に、どちらに行けば良いか戸惑う。それも飼い主として致命傷だ…。判断が遅い!!とは言わない。全ては運命なのだ。
「ママ!ツララチャ!ワタシが助けるデチィ!!」待てと言われて待たないのは映画ではよくある展開だ。人間でも大概は碌な事にならない。
 言っている内に、自身が『滑れる』と勘違いしてしまったのだろうか?頂上に残されたツララは、意を決して傾斜に踏み出し滑り出す。
「デチィ?景色が早いデチ!ワタシ、滑れてるデチー!ご主人様滑れてるデッチュン♪」ツララはユキ以上のスピードで傾斜を降りる。姿勢も出来ている。だが、親と妹を助ける目的は秒で忘れている…。
「デチ?デデデ!?ご主人様待ってデチィ!こんなに滑れる賢いワタシを置いていかないでデチィ!」ツララは出ているスピードが怖くなると共に、飼い主が離れていくのを見てパニックに陥る。
 飼い主が離れているのではない。ツララが、飼い主、ナツやユキから遠ざかる見当違いの方向に滑って行ったのだ。そして、何度も言うが、ツララがスキー板に乗っているのではない。スキー板に載っているのだ。
 とてもではないが、加速した状態を制御できる技術も筋力も持っていない生き物で、制御するにはスキーの方が幅広過ぎる。せめて、人間なら転び方を知る様に、実装石ならプルークボーゲンは習得出来ないとスキーは危険過ぎると言う事だ。
 まあ、そのスキー板の幅では、ボーゲン出来る位に足を開かせたらユキの股裂け姿になるのだけど…。

「デーーーーー!デェェェェェ!!」ツララは一度取った降下姿勢を変えられないまま平地を滑走し距離を稼ぐ。
(おお、ツララ選手、滑走距離の記録を更新しそうですよ?)そう思いながら記録を見守る。だが、記録は残念ながら伸びない。ツララの進んだ方向には、公園の低木常緑樹のツツジがあった。
 せめて、前を見ていれば…最後の最後に火事場の馬鹿力で速度や方向を変えられたかもしれないが、ツララは離れていく飼い主の方を向く事に全力だった。まあ、ツツジは横に広いので抵抗すれば無事だったかは定かではない。
「デベボラァ!!デヂバァァ…」ツツジに突っ込んだツララは、大寒波のせいで凍ったツツジの枝という剣山に貫かれる。これも、凍っていなければ無事だったと言う保証はないが、枝が凍っている分柔軟さがなく強度は上がっているだろう。
「ヒベギャァァ!!ヘッヒ!ヘヒィィィ!!」可哀想に、ウレタンボディが深くツツジの中にめり込んで、上手く喋れず、糞尿を噴いて藻掻いている。
「いらひヘヒ(イタイデチ)…はむいヘヒィィィ(寒いデチィィィ)」
(ああ、あそこまで深く密集した小枝に突っ込んじゃったら抜けるのかな?)
 ツツジは常緑樹だ。勢いで突き抜けた後に葉が返しになって、道具のない今、手早く抜く時には、刺さる時より酷い事になるだろう。何せ、相当な傷でも時間と共に再生してしまう能力が有るのだから。

 飼いとして産まれてしまったツララは、助け出されるまでこの気温と放熱で生きていられるか?
 枝に刺さったまま治る部分が治癒された後に、より痛いであろう抜く際の痛みに耐えられるのか?
 抜けたとして、その理不尽な痛みの果てに飼いとしての精神を保てるかは不明だ。敢えてその結果を知らないというのも、私は想像する楽しみがあると思う。
 幸いだが、高かったであろう、プラスキーと実装服の上に纏っていたダウンジャケットは無事に残っていた。あの速度で実装服と一緒に破れる程ヤワな商品では無かったようだ。
 ナツの物は駄目だろうが、無事な2セットと2着は次の飼いにでも使わせてやると良い。

 ああ、私が3匹の運命に介在してしまった事は認めるとして、一つの出し物としては、寒空の元でベンチに座っていた事が無駄にならなかったと思うほど楽しめた。
 私が介在したとして、狙いとは別に予想ができたのは多少大滑りしてパニックどんちゃん騒ぎ位だが、その他の事は3匹の運命だったのだろう。まさか、3匹揃って地獄へ直滑降とは予想以上の見世物だった。
 私が手を出さずとも、私が遠回しに忠告した時点で、遊びを止めて置くと言う選択が出来なかった飼い主の誤判断の方が重い。
 私の方から見れば、私は良かれと思って、私のために買った引き戸の滑りを良くする固形ワックスを使ってあげた方なのだ。それ以外は一切手を出していない。

 実装石は…犬猫を飼う事より遥かに繊細で、決断力を要求される生き物なのだと言う教訓になっただろう。この冬に外で遊ばせる事も危険が満載だと。
(しかし、オフ会で実装石にスキーをさせるとか…ペットを無駄死にさせたい連中が多すぎる)と冬の澄み渡った空を見て思うのだった。

-終わり-

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1 Re: Name:匿名石 2023/02/19-03:16:23 No:00006839[申告]
飼いでも野良でも調子に乗るとろくなことにならないいい例過ぎる…
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