タイトル:【虐】 夏祭り
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作者:匿名 総投稿数:非公開 総ダウンロード数:2423 レス数:10
初投稿日時:2022/07/30-23:28:49修正日時:2022/07/30-23:28:49
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夏祭り

ミドリは、目を開いた。
周囲は薄暗い。暗がりに目が慣れていないせいで、何も見えない。いや、窓の外に光が、うっすらとした明かりが見える。
窓の外を見る。ごおごおと音を立てながら流れる川がまず目に入る。
その川の向こうに、赤い光が見えた。松明や提灯のうっすらとした、けれどもどこか暖かい光。
ニンゲンの声が聞こえる。甲高い笛の音が、ドンドンという太鼓の音が聞こえる。

ミドリは思った。
ここはどこだろうか?あの明かりは、ニンゲンの喧騒は、甲高い音とドンドンという音は何だ?
部屋の中に目をやる。木製の古い箪笥の向こう、真っ暗で何も見えないが、"何か"いる気がする。
怖い。怖いときは、眠りにつこう・・・。これはきっと夢だ。このまま眠ってしまおう・・・。
眠って、目覚めれば、ここでのことは全て夢だったと、思えるのだから・・・。



飼い実装ミドリは目を覚ました。夢だったか。変な夢だ。見たこともない光景なのに、どこかで見たような・・・。
周囲に目をやる。窓からは朝日が漏れている。隣には一人娘のテチが寝息を立てている。
後ろから声がした。飼い主だ。

「おはよう、ミドリ」
「おはようございますデスゥ、ご主人様。今日はご主人様の"いなか"に行くデスゥ」
「ああ、そうだよ。朝ごはんを食べたら、支度だ」

テチを起こし、親仔で実装フードを齧る。
ミドリは自らとテチのぶんのペットグッズ(簡易トイレ、給餌機等)をビニール袋に入れていく。
飼い主の男も朝食をさっと済ませたあと、ペット用の迷子防止用のGPS発信器をミドリとテチの服にそれぞれ付けた。
前日用意していた自身の荷物を持つ。
「さぁ、行こうか」
「デスゥ!」
「テチィ!」

親仔は元気良く答えた。

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高速道路を走る男の車の中で、ミドリは男に尋ねた。
「ご主人様の"いなか"はどんなところデスゥ?」
「自然ばかりの何もない田舎だよ。でも、動物はいっぱいいるな。」
「動物デスゥ?」
「ああ、イノシシやらヘビやらカエルやら、いろいろだよ。山実装もたまにいるな」
「テチィ!山に実装石が住んでるテチ?」

テチが会話に入る。都会暮らしの親仔、特にテチにとっては田舎の暮らしはまさに非日常なのだろう。
「ママも会ったことはないデスが、話に聞いたことがあるデスゥ。山に暮らす実装石は、それはそれは逞しいそうデスゥ」
「すごいテチ!会ってみたいテチ!」
「はは、運が良ければ会えるんじゃないかな」

男の車は高速道路を駆け抜け、山へ向かっていった。

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数時間後。
車は無事、飼い主の男の田舎に着いた。そこは田舎というよりも、村、いや集落といった方が適切かもしれない。そんな田舎だった。
集落は南北に流れる川によって東側と西側に分断されていた。西側には家々があった。といっても山と川に挟まれた狭い土地のため、
山を崩した崖のような斜面によりかかるような作りになっていた。
東側には神社と、雑貨屋があった。西側の土地は家を建てるだけで精一杯な広さのため、車を止める場所は専ら東側の神社の脇の空き地だった。

男はその空き地に車を止めた。
ミドリとテチも男と一緒に車を出た。強烈な日差しに肌が焼けるようだ。

カーン、カーン
大きな音がする。ミドリが目をやると、大きな石でできた門(鳥居)の向こうに木でできた古い建物(神社の本殿)がある。
本殿の隣もまた空き地になっており、ニンゲンが集まって何かを作っていた。
それは、竹を組んで作る盆踊りに使うような櫓だった。


飼い主の男がその櫓を作っているところへ歩き始めた。
作業をしていた初老の男性が話しかけてきた。
「おう、としあきやないか。元気しとったか」
「どうも、お久しぶりです。元気ですよ」
「そいつが、お前の実装石か」
「はい、そうです」

初老の男性はミドリに目をやる。ミドリは初めて会うニンゲンに緊張しつつも、ムスメを、テチを見てほしいと思い、テチの両脇を抱え初老の男性に見せた。
「ほー、立派な実装石やな、仔もおるんか」
初老の男性はテチを撫でるのは程々に、ミドリの頭をガシガシと撫でた。
無骨な手だが、優しい撫で方だった。

「本番は明後日ですよね?もう櫓を組み立ててるんですか」
飼い主の男が話す。
「まぁ色々準備があるから、早めに始めたんや。」
二人は世間話をした後、初老の男性は作業に戻っていった。

飼い主の男がミドリに話しかける。
「それじゃ、家に向かおうか。」
歩きながらミドリが訪ねた。
「ご主人様。あれは何を作っているデスゥ?」
「あれはお祭りに使うんだよ」
「お祭りデスゥ?」
「そう。夏祭りといってね、食べ物が今年もたくさんできますように、ってお祈りをするんだ。」
「お祈りすると食べ物がたくさんできるデスゥ?」
「そうだな。神様がきっと願いを聞いてくれるんじゃないかな」
「デスゥ・・・すごいデスゥ」

ミドリにとって神という概念はよく分からない。だが、何か超常的な存在がいるのだろう、
さすがのニンゲンもそのような存在に縋るところがあるのだろう、
そう思った。

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飼い主の男の家では、同じように男の家族がミドリたちを可愛がってくれた。
ミドリは悪い気がしなかった。飼い主の男はもちろん優しいが、ニンゲンには怖い者もいる。
そう思うと、皆が優しくしてくれるこの田舎は、天国のように思えた。

ただ、やはり「お祭り」のせいか、少しびっくりするようなこともあった。
玄関を入ったところにあるそれだ。
玄関を入ってすぐ、土間のところに竹で組んだテーブルのようなものがあり、その中央にはやはり竹でできた椅子のようなものが置いてあった。
そしてその椅子には、ぼろ布でできた人形が鎮座していた。椅子は成体実装でも座れそうな大きさだったが、
人形はやや小ぶりで、テチより少し大きい実装石くらいだろうか?いずれにせよ、それは実装石から見ても少し異様な光景だった。

飼い主の男はそのテーブルにパンパンと拍子をとり、深く頭を下げた。
ミドリとテチはその様子を不思議そうに眺めていた。
「これも、"お祭り"さ。こうやってお祈りをすると、来年も病気をせずに元気に過ごせるんだって。」
「デスゥ?」
「テチィ?」

さすがにミドリもテチも、ちょっとよく分からないという感覚だった。
飼い主の男が笑いながら話しかけた。
「はは、昔の習慣だよ。大昔は病院もなかったから、こういったお祈りを大切にしていたんだよ。
 そうだ、ミドリ、この後雑貨屋に行こう。冷凍実装フードが売ってるはずだよ。」

冷凍実装フードというのは昨今の猛暑で熱中症になる実装石が増えていることから発売された、実装石用のアイスのことだ。
「デスゥ、ぜひ行きたいデスゥ。」

飼い主の男とミドリとテチは家を出た。そこに、別の実装石がいた。
「おや、お隣さんの実装石だね」
飼い主の男が声をかけた。お隣さんの実装石はお辞儀をして話し始めた。
「はいデスゥ。グリーンといいますデスゥ。昨日隣の県からご主人様ときたデスゥ。皆は今日来たデスゥ?」
「ワタシたちは今日XXから来たデスゥ」
ミドリが答える。それをきいたグリーンは驚いた目をして答える。
「それは都会デスゥ。都会の実装石は美味しい実装フードが毎日食べられると聞いたデスゥ。羨ましいデスゥ」
「デス?」

ふと、ミドリがグリーンの顔を見る。グリーンは両目とも緑色だった。妊娠しているのだ。
「おめでたデスゥ?」
「そうデスゥ。昨日ここに着いたときに、ご主人様が花を摘んできてくれたデスゥ」
それを聞いたミドリは目を細めて笑う。
「仔は良いデスゥ。ワタシもムスメがいるデスゥ。仔育ては大変デスゥ。でも仔の成長をみるのは何事にも代えがたいデスゥ」
「ワタシも今から楽しみデスゥ。今晩からお歌を歌ってあげるつもりデスゥ」
ミドリ達はグリーンと一通り世間話をした後、飼い主の男と共に雑貨屋へ向かった。


=============================================
雑貨屋の店内はかなり狭いつくりになっているので、ミドリとテチは店の外で待つことにした。
店前の日陰で親仔は周囲を見渡した。一面が森だ。そして蝉の声。あふれる日差し。

チリーン

何か音がすることにミドリは気付いた。何だろう?
それは、雑貨屋の脇、神社の入り口近くの茂みの中から聞こえた。
ご主人様は雑貨屋のおばあさんと会話している。少しくらいなら離れても大丈夫かな。
そんな思いがミドリの頭をよぎった。

「テチ、何か聞こえたデスゥ?」
「テェ?何も聞こえないテチィ」
「あそこの茂みから、不思議な音が聞こえたデスゥ。ちょっと見てみるデスゥ」
「ママ、あまり動くとご主人様から怒られちゃうテチ」
「すぐ戻るデスゥ。お前はここで待っているデスゥ」
ミドリは小走りで茂みに向かった。

ミドリが茂みの奥を見る。そこには、実装石がいた。
いや、実装石なのは間違いないのだが、見たこともない実装石だった。
その姿にミドリは驚嘆した。
まず服。金色に輝く服を着て、その上に黒や茶色、赤、白、様々な色が縞々になった上着も来ていた。
(なんて美しい服デスゥ!この世のものとは思えないデスゥ!)

そして、ミドリはさらに驚嘆した。
美しい服を着た実装石の食べ物。コンペイトウだ。しかも、ただのコンペイトウではない。
光り輝く蜜がかかっていた。あれはきっと、蜂蜜だ!コンペイトウの蜂蜜がけなど、想像したこともなかった。
蜂蜜は、実装石が食べるとあまりの甘さに気絶すると聞いたことがある!
いったいどんな味がするのだろう!

「~~~~~~」
美しい服を着た実装石は、目を瞑りながら何かぼそぼそと喋っている。
そしてコンペイトウを食べ、うっとりとした表情をしていた。

チリーン

どこからともなく音がする。
結局音の正体は分からないが、そろそろご主人様のところに戻らなくては。
ミドリはその光景を目に焼き付けようと目を見開いたまま、足早に雑貨屋に戻っていった。


=============================================
夕方。
ひぐらしが鳴く中、神社からはニンゲンの声が聞こえていた。
飼い主の男の家でミドリたちは休んでいたのだが、窓を見ると、川が、そしてその向こうに神社が見える。
その神社から、ニンゲンの声がずっとずっと、絶え間なく聞こえていた。
それも一人二人の声ではない。十人以上の声がずっと響いていた。

あまりにも長く続くので、テチは少し怯えている様子だ。
ミドリはテチの頭を撫でながら、飼い主の男に尋ねた。
「ご主人様、あのニンゲンさんの声は何デスゥ?」
「ああ、あれはお祭りの準備をしているんだよ。ああやって神様にお祭りを始める挨拶をしているんだ」
「でも、なんだか怖いデスゥ。」
「そうだね。僕も子供の頃は怖かったな。まぁ、あれがミドリたちに危害を加えるわけじゃないから、安心しな」

ミドリは不安そうな顔をして、窓の向こうの神社を見る。

チリーン

またあの音だ。ふと、今日見た美しい服を着た実装石を思い出す。


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翌日。
結局、ニンゲンたちの声は朝まで続いた。ミドリもテチも少し寝不足気味だ。
飼い主の男が話しかける。
「おはよう。ちょっと寝不足気味かな?でも熱中症になると危ないから、しっかり朝ごはんは食べるんだぞ」
「はいデスゥ」
「はいテチィ」

ミドリとテチは朝食をとろうとしたのだが、ここで妙なことに気付いた。
ミドリとテチの朝食のメニューが、少し違うのだ。
ミドリは都会の自宅から持ってきた実装フードと田舎でとれた野菜を細かく切ったものだが、
テチは野菜を細かく切ったものと"餅"だった。

飼い主の男が申し訳なさそうにミドリとテチに話しかけた。
「ごめんな、思ったより家から持ってきた実装フードが少なくてな。餅は腹持ちも良いし、栄養も実装フードに負けないくらいだから、
 テチはしばらく餅を食べてくれないか」
「テチ・・・ねばねばしてて食べづらいテチィ・・・」
テチはねばつく餅に悪戦苦闘しつつ、朝食を済ませた。

ミドリは飼い主の男に尋ねた。
「ご主人様、実装フードはテチにあげてほしいデスゥ。食べ慣れたものを食べさせないとテチが夏バテしちゃうデスゥ」
「餅は結構栄養すごいんだぞ。そりゃ、食べにくいかもしれないけれど、慣れれば大丈夫さ」
「デスゥ・・・」
ミドリとしてはあまり納得いかなかったが、渋々受け入れることにした。


=============================================
昼。

「テチャアアア!」
水しぶきを上げてテチが川遊びをしている。ミドリはグリーンと一緒に川辺に足をつけ、川の水の冷たさを楽しんでいた。

「テチャアア!冷たいテチャ!気持ちいいテチャ!」
テチは川遊びなど初めてだったので、大興奮だ。

ミドリとグリーンはお互いのことを話していた。驚いたのは、ミドリもグリーンも、母親を事故で亡くしていたことだった。
そして、お互い母親の記憶がなかった。それだけで二匹の距離はぐっと縮まった。飼い実装として何不自由なく過ごせているとはいえ、
やはり親の愛を十分に受けられずに成体になったことについては、コンプレックス、劣等感、喪失感、何とも言えない感情が付きまとうのだ。

ミドリの母は、ミドリが生まれてすぐに車に轢かれて死んでしまった。飼い主の男から聞かされた話だ。
そして飼い主の男はミドリの母親代わりとなり、育ててくれた。本当にありがたいことだった。
グリーンも似たような境遇だった。母親はグリーンが生まれて間もなく病死したそうだ。
その後、グリーンの母親の飼い主に育てられ、飼い主の田舎であるこの地に初めてやってきた。ミドリとグリーンは似た者同士だった。

「気持ちいいテチ!もっと遊びたいテチ!」
「そろそろ戻るデスゥ」
遊び足りないテチをミドリがなだめる。
「ご主人様のところに戻るデスゥ」

ミドリとテチはグリーンと別れ、飼い主の家に戻った。
「おかえり。そうだ、テチは消毒しておこうな。」
「テチィ?」
消毒?
飼い主の男の言葉に、テチも、ミドリも首を傾げた。

「テチは仔実装だから、川の生水は危ないんだよ。だから、消毒だ」
飼い主の男がそう言って手に持ってきたのは、塩だった。
「デスゥ・・・ご主人様、ワタシはいらないんデスゥ?ワタシも足を川の水につけていたデスゥ」
「ミドリは成体実装だから、大丈夫だよ。」
「デスゥ・・・」

飼い主の男はテチの体中に塩を擦りつけていった。
「テチィ!なんだかしみるテチィ!痛いテチ!」
「大丈夫だよ、消毒だから、少し沁みるんだな。我慢してくれ」
「テチイイ!ほんとうに痛いテチィ!」

ミドリが割って入る。
「ご主人様、テチは本当に痛がってるデスゥ。そろそろやめてほしいデスゥ」
だが飼い主の男はやめない。
「大丈夫だって、あと少し」

「テチィ!!」
「痛いテチィ!!」

テチは血涙を流し、痛みを訴え続けた。
ミドリはその様子を心配そうに見守ることしかできなかった。


=============================================
夕方。

「テチ、ちょっと良いか?」
ミドリと一緒にテレビを見ていたテチに、飼い主の男が訪ねた。
「テチィ?何テチ?」
「ちょっと付き合ってくれ。俺とテチだけで行くところがあるんだ」
「テチィ・・・分かったテチ」

テチも、ミドリも不安げだった。
「デスゥ。ご主人様、ワタシも行くデスゥ」
「いや、大丈夫だよ。テチだけで良いから。ミドリはテレビを見ていてくれ。」
ミドリは飼い主の男から拒絶されたような感覚と、テチがどこか、自分の知らないところに行ってしまうのではないかという不安が
混ぜこぜになり、次の言葉が出なくなった。

「ほんの2,30分だ。夕飯までにはちゃんと戻るから」
そう言って飼い主の男はテチを持ち上げ、家を出ていった。

飼い主の男がテチを連れて行ったのは、神社から川に向かって下りた先だった。
そこには、小さな祠のようなものがあった。
祠を開くと、小さな錫杖のようなものがあり、飼い主の男はそれを取り出してテチの頭上で音をならした。

「テチィ?これは何テチ?」
「これもお祭りの一つでね。大事なことなんだよ」

シャリーン
シャリーン

テチは不思議そうに見上げる。
ここにきてから、ご主人様はどこかおかしい気がする。
なぜ自分だけあんな痛い思いをしてまで塩を塗られたのか?なぜ今自分だけここでお祭りの大事なことをされているのか・・・?


=============================================
翌日。

ミドリとテチは、朝食を食べていた。
昨日とは打って変わって、ミドリもテチも餅だけだった。飼い主は「餅は体に良いから」と繰り返すが、内心ミドリは気が気ではなかった。
昨日。なぜテチだけ川遊びの後、テチが泣いて嫌がるほどの塩を体に塗ったのか。なぜテチだけご主人様と出かけたのか。
何か、おかしい。

ミドリもテチと同様、そう思い始めた。
飼い主の男が、餅を載せた皿を一つ余分に持って来た。
「これは、ミドリのものだよ」
「デスゥ?」
ミドリが顔を見上げる。餅が盛られた皿がミドリの前に置かれた。
小さな団子状になった餅が3つ、置いてあった。

「昨日の夕方はテチだけ連れ出して、寂しい思いをさせてすまなかったな。これはお詫びだ。食べてくれ」
そう言って、飼い主の男は台所へ戻っていった。ミドリは、目に涙が浮かぶのを我慢していた。
ご主人様はワタシのことをきちんと考えていてくれたのだ!それなのに自分はご主人様を疑うようなことを・・・
ミドリは餅を食べる。一口サイズだから齧らずそのまま口に運べた。

おいしい。
どこか懐かしい香りがする。ご主人様を疑ったことへの悔恨、ご主人様への愛、それらが普通の餅の風味を変えてしまったのだろか?
もう一つ食べる。おいしい。とても懐かしい。
何か、優しさに包まれたような、そんな風味が口の中いっぱいに拡がる。
こんなにおいしいものは食べたことがない。最後の一個。ゆっくり食べるように、まずは半分だけ齧ろう・・・

シャリッ

妙な音がした。
「デスゥ?」
ミドリは訝し気に舌を転がし、口の中を探る。音の正体が何なのか確認しようとする。
餅ではないものが入っている。何だろう、シャリシャリする。繊維状のものだ。
齧った餅を見る。ミドリは目を見開いた。

実装石の髪の毛が入っていた。

間違って入ったようなものではない。1,2cmくらいの長さで、束になって入っていた。
「これは・・・何デスゥ・・・」
台所にいる飼い主に目をやる。こちらには気付いていないようだ。
ミドリは本能的に悟られてはまずいと思い、吐き気を我慢しながら残りの餅を喉に流し込んだ。

=============================================
昼。

ミドリとテチは川で遊んでいた。
ミドリがテチに尋ねた。
「昨日、ご主人様とどこで何をしていたデスゥ?」
「テエ、神社の近くにあるちっちゃなたてもののところにいったテチ」
「ちっちゃなたてものデスゥ?」
「そうテチ」
「そこで何をしていたデスゥ?」
「よく分からないテチ。音が出る棒をワタシの上でシャリシャリ鳴らしていたテチ。お祭りの一つらしいテチ」
「そこに案内できるデスゥ?」
「テチ・・・覚えてるか自身ないテチ。でもがんばるテチ」

ミドリとテチは川遊びをやめ、神社へ向かった。
川から神社へ行くには一旦西側の家々を通り、橋を渡り、雑貨屋の前を通る必要があった。
といっても実装石でも十分歩いて行ける距離だった。家の前を通り、橋を渡る。
雑貨屋は開いているが、客は一人もいない。蝉の声だけがけたたましい。


チリーン

雑貨屋と神社の間の茂みのところ。
またあの音が聞こえた。ミドリは思わず足を止めた。
そういえば、あの美しい服を着た実装石は今も茂みのところにいるのだろうか?
あいつは何なのだろうか?なぜ皆とは違う服を、違うコンペイトウを食べているのか・・・?
あいつは何か知っているかもしれない。なぜテチだけ、塩を、祭りを・・・。あの髪の毛の餅は・・・。

ミドリは気になった。だが、心のどこかで、茂みの中を覗いてはいけないという叫びが聞こえていた。
ーーーーーー茂みの奥を見てはいけないデスゥ。恐ろしいものが見えるデスゥ。
ーーーーーーでも、見たいデスゥ。もう一度あの美しい服を見たいデスゥ。

ミドリは茂みの奥を見た。
そこには、あの実装石がいた。
いや、実装石だった、ものがいた。

その実装石は、体中に穴が開き、血を流していた。目は片方が潰れ、そこから肉が盛り上がっていた。
腕と足は無くなっているのだろうか?本来手足があるはずのものが何もない。代わりに血がドクドクと流れ出ている。
傷口からは血とともに膿のようなものが流れ落ち、キラキラと光りを放っていた。
口も、下あごが無くなっていた。
その実装石は虫のような息だが、生きていた。かすかに息遣いが、声が聞こえる。
だが何を言っているかは最早分からない。そしてあの美しい服は血に汚れながらも健在であった。

ミドリは目を見開いたまま、後ろに下がっていった。
「ママ、どうしたテチ?何が見えるテチ?」
「お、お前は見てはいけないデスゥ。そんなことより、ママと来るデスゥ!ここから逃げるデスゥ!」

ミドリはテチを抱え、神社の脇の山を走って登り始めた。
よく分からない。分からないが、お祭りというものは実装石に危害を加えるのではないか?
あの美しい服を着た実装石は、やはりそういうことなのではないか?
だとしたら・・・塩を塗られ、神社の近くの小さなタテモノに連れていかれたテチはどうなるのだ?
テチも・・・あの美しい服を着た実装石のようになってしまうのではないか?

ミドリは無我夢中で山を登る。だが、所詮は実装石の体力。そして村の周囲は大自然に囲まれ、急峻な山々が延々と連なっている。
そう簡単に逃げることなどできないのだ。
ミドリは息が上がり、下を見下ろす。あんなに頑張って走ったのに、村はまだすぐそこだ。全く離れられていない。

「ママ、どうしたテチ?」
ムスメの声で我に返る。
このままここにいれば、きっと、ムスメは、テチは、体中に穴を開けられ残酷な仕打ちを受けるに違いない。
そしてこの村からは逃げられない。

ならば、いっそ、自分の手で、安らかにしてあげた方が良いのではないか。
ミドリはテチの肩に手をやる。
「テチ、ここは、この村はワタシたち実装石が生きるには厳しいところデスゥ。今から別の場所に行くデスゥ」
「どこテチ?」
「天国というところデスゥ。ママもテチが行った後、すぐに行くデスゥ」
ミドリは首筋から目にかけて、血管という血管がドクドクと脈打っているのを感じた。視界が妙に狭くなる。
その狭い視界の中央には、愛しいムスメの姿が見えた。
そして、ムスメの首に、手を・・・



「あ、いた!」
「デデッ!?」

飼い主の男がいた。ミドリは思った。しまった。迷子用の「はっしんき」が服に着いたままだった。
終わった・・・。テチは、ムスメは、体中を穴だらけにされてしまうのか。"お祭り"の道具にされてしまうのか。
「ご主人様・・・お願いデスゥ、どうかムスメは、テチは苦しませないでほしいデスゥ。
 ワタシはどうなっても構わないデスゥ。ムスメだけは、助けてほしいデスゥ」
ミドリは涙を流し、飼い主の男に土下座した。涙が頬を伝い、それが地面の土にくっついて、ミドリの顔は土だらけになっていった。
「何を言ってるんだ?ミドリ」

飼い主の男はミドリとテチを抱きかかえ、家へ戻る道へ連れて行った。
道路の脇で立ち止まり、ミドリとテチを立たせ、飼い主の男は膝を折って話しかけた。
「ミドリ、お前、何か勘違いしてるぞ」
「デスゥ?」
勘違い?では、やはり美しい服を着た実装石は何かの間違いだったのだろうか?
ミドリはひどい目に合わなくて済むのだろうか?

「今晩の夏祭りの 生 贄 は 、ミドリ、お前だぞ?」

ミドリは固まった。いけにえ? だって、テチばかり塩をかけたり、神社の脇に連れて行ったり・・・
「テチは"次"だよ、次の夏祭りの生贄。今年はお前だ」

ふーっ

ミドリとテチは飼い主の男から粉薬のようなものを吹き付けられ、眠りについた。



=============================================
夕方。
ミドリは目を開いた。体が動かない。
「ママ、ママ、起きてテチ!」

テチがすぐそこにいた。だが体が動かない。今すぐムスメを抱きしめたいのに!
声は辛うじて出た。
「テチ・・・よく聞くデスゥ。この村は、ご主人様は危険デスゥ。できるだけ早く、遠くに逃げるデスゥ」
「でも、ママでも逃げられなかったテチ!」
「いったんご主人様に従うふりをするデスゥ。そしてXXの家に戻ったら、家から脱出するデスゥ
 XXなら、ニンゲンも実装石もたくさんいるデスゥ。力になってくれる味方がいるはずデスゥ」
「そんな・・・ママなしで無理テチ!」
「ママはもうだめデスゥ・・・お前に全てを託すデスゥ・・・ママのぶんまで生き残って、幸せになってほしいデスゥ」


「さぁ、そろそろ時間やぞ」
声がした。声の主は、初日に櫓を組み立てていた初老の男性だった。

ふーっ

粉を吹きかけられたテチは、再び眠ってしまった。
ミドリは涙を流し、初老の男性を睨みつける。初老の男性の奥には、飼い主の男もいた。
「なぜこんなことをするデスゥ?」
飼い主の男が答えた。
「言ったじゃないか。これはこの村の幸せを願う大切なお祭りなんだよ。」
「ワタシの幸せはどうなるデスゥ・・・」
「今まで十分幸せに暮らせただろ?そもそもミドリはこのために生まれてきたんだから。」
「このため、デスゥ?」
「そうだよ。ミドリの母親も、このお祭りで生贄になったんだ。」
「ママは交通事故で死んだはずデスゥ」
「それは嘘だよ。ミドリがまだ仔実装の頃、生贄に使ったんだ」
「何のために、こんなことをするデスゥ・・・」
「昔からの伝統だよ。村の外から実装石を連れてきて、生贄にする。今晩使う3匹の実装石は皆県外から来ているからね。」
「3匹・・・デスゥ?」
「そう。ミドリを入れて、3匹だよ」
「ワタシも体じゅうを穴だらけにされるデスゥ?さっきのこみたいに。だとしたら二匹デスゥ」
「ああ、神社の脇の奴か。それも生贄だけど、ほら、お隣のグリーンも今晩の生贄だよ」
「・・・!! グリーンちゃんは妊娠しているデスゥ!仔が生まれるデスゥ!生贄なんてダメデスゥ!」
「それが重要なんだよ・・・ま、とにかく、時間だから、行こうか。」

飼い主の男はミドリを抱きかかえ、玄関の土間に作られていた竹製のテーブルのような祭壇に置いてある椅子からぼろ布でできた人形を外し、
代わりににミドリを座らせた。椅子の両脇にはには車輪が付いていた。ちょうど車椅子のように飼い主の男がミドリを運ぶことができた。
「おじさん、それじゃ、仔実装は頼みます」
「おう、任せとけ。」
初老の男性は眠るテチを抱え、部屋の奥へ消えていった。

それを見届けた飼い主の男は、ミドリの髪の毛を1,2cmほど鋏で切り、紙に包み、自身のズボンのポケットにしまった。
そして竹製の車椅子を押し、ミドリを家の外に連れ出した。
竹製の手作り車椅子の乗り心地はかなり悪く、アスファルトの道路を通るだけでガタガタと振動した。
体が思うように動かないミドリは何度も落ちそうになりながら、血涙を流し、体中が恐怖で震えていた。

神社に着く。
境内の空き地に、大きなやぐらができていた。何人ものニンゲンがそこにはいた。
松明がパチパチと燃え、笛の音、太鼓の音が鳴っていた。
やぐらの足下、松明の明かりが最も集まるその部分に、両手両足を縛られたグリーンの姿があった。

「グ、グリーンちゃん」
ミドリは辛うじてしゃがれた声で話かける。
「ミ、ミドリちゃん!ここは何デスゥ?何が始まるデスゥ?」
ミドリは生贄の話をしようと思ったが、グリーンの緑色の両目を見て、留まった。妊娠しているのだ、刺激を与えてはいけない。
「分からないデスゥ・・・分からないデスゥ・・・」


太鼓の音が激しくなった。真っ白な服を着たニンゲンがやって来て、二匹の前でよく分からない言葉を喋る。
「~~~~かしこみ~~~~かしこみ~~~~」

すると、大きな金色の布が神輿のようなものに乗って運ばれてきた。
わずかに蠢いている。ミドリは、もう分かっていた。体中を穴だらけにされた実装石だ。
真っ白な服を着たニンゲンから見てミドリ、グリーン、金色の布の順番になる位置に神輿から下され、布がとられた。
「デギイイイイイ!!!!」
「デッ・・・・」

その姿を見てグリーンは叫ぶ。そしてミドリも息をのんだ。
体中に開いている穴という穴から、草が生えていた。その実装石はもはや目も映ろで、生きているのかどうかすら怪しい。
真っ白な服を着たニンゲンが、またしてもよく分からない言葉を喋る。
「~~~~かしこみ~~~~かしこみ~~~~」

真っ白な服を着たニンゲンは、穴あき実装石から生えた草を勢いよく引き抜き、木でできた四角い桶に草を並べていった、
草を引き抜けば、自ずと肉も引きちぎられ、そこからは新たに血が噴き出していった。
「ヒギイイイイィィィィィ・・・ヒギイイイィィィィィ・・・」

辛うじて生きている穴あき実装石から悲鳴が聞こえる。
グリーンとミドリは、血涙を流しその光景を見ていた。だが、グリーンは両手両足を縛られているせいで、ミドリは粉のせいで体が痺れて動かない。

真っ白な服を着たニンゲンが、またしてもよく分からない言葉を喋る。
「~~~~かしこみ~~~~かしこみ~~~~」
他のニンゲンたちがグリーンの足を縛った紐を外した。そこに真っ白な服を着たニンゲンが、銀色に鈍く光る刃物を持ってグリーンに近づく。
「えいっ!」

グリーンの額が横一文字に切り付けられた。
「デデッ!?」
額から流れた血が、目に入った。両目が赤く染まった。
「デッ!?う、生まれるデスゥ!!」
するとグリーンの足の紐を切ったニンゲンが、グリーンの総排泄口に手を突っ込んだ。
「デギャアッ!!デギャアッ!!やめてデスゥ!痛いデスゥ!痛いデスゥ!」
ニンゲンは手ごたえを探り、一気に引き抜いた。
ニンゲンの手には産声を上げる仔実装がいた。
「デスーッ!ワタシの仔デスゥ!ワタシの赤ちゃんデスゥ!返せデスゥ!」
グリーンは死に物狂いで我が子を取り返そうと暴れる。しかしニンゲンは仔実装を白い布に包み、持って行ってしまった。

代わりに別のニンゲンが大きな竹を抱えてやって来ていた。
竹は片方の切り口が槍のように尖っていた。その尖っている方を、容赦なくグリーンの総排泄口に突き刺した。
「デギャアアアアアああああああ!!!!」

しかし、グリーンの額から流れる血は、目を赤く染め続けていた。つまりグリーンは強制出産状態なのだ。
そこに大きな竹やりを突かれたため、総排泄口からは血が、未熟児が、あふれ出ていた。
「デギャアアアアアああああああ!!!!」

竹やりを刺したニンゲンはそのままグリーンを刺したまま、竹やりを垂直に掲げ、「えいっ!えいっ!」と掛け声を上げながら上下に揺らした。
「デギャアアアアアああああああ!!!!ああああああああああああああああ!!!!」
グリーンの総排泄口からは血が雨のように滴り、地面を濡らしていった。やがて、グリーンの声が聞こえなくなった

ついに、真っ白な服を着たニンゲンが、ミドリの前に立つ。
「~~~~かしこみ~~~~かしこみ~~~~」

ミドリは目を見開き、息をするのも忘れる思いで真っ白な服を着たニンゲンを見つめていた。
真っ白な服を着たニンゲンがミドリの首を掴み、横に倒した。
刃物で左胸を刺す。
少し遅れて、耐え難い激痛がミドリを襲った。
「デギャアアアアア!!!!!デギャアアアアアアア!!!!!」

真っ白な服を着たニンゲンはそのまま鋸のように刃を上下させ、ミドリの体を抉り続ける。
「デギャアアアアア!!!!!デギャアアアアアアア!!!!!」
死に物狂いで暴れるミドリだったが、体が痺れていてほとんど動かない。
「デギャアアアアア!!!!!デギャアアアアアアア!!!!!」
真っ白な服を着たニンゲンはミドリの心臓を取り出し、それを天高く掲げた。

心臓はまだ動いていた。ミドリは、急激に意識が無くなる中、思った。
自分は裏切られたのだ。ご主人様はこの日のために、ママは交通事故で死んだと嘘をついて自分を育てたのだ。
だが、仔は、テチだけは、助けなければ。あの仔にはご主人様の元から逃げるよう伝えた。あの仔なら、きっとやってくれる。
猛烈な痛みの中、ムスメのことを想う。

ああ、できればもう一度あの仔を、テチを抱きしめたい。あの暖かさを、あの匂いを感じたい。
だが、もうそれも叶わない。そのことを認識した途端、今までとは別の恐怖がミドリを襲った。
それが死への恐怖なのだと分かったところで、ミドリは息絶えた。


心臓を掲げる真っ白な服を着たニンゲンに対して、周囲からは惜しみない拍手が送られた。
飼い主の男と、遅れてやってきた初老の男性も拍手する。
初老の男性が飼い主の男に話しかける。

「としあき、大変だったけど、頑張ったな。お前の実装石は立派に務めを果たしたぞ」
「大変でしたけど、良かったです。これで今年も収穫が捗りますね。やっぱりこの祭りがないと、季節の変わり目は来ないというか。」
「しかしなぁ、外部から実装石を連れてくるのが本来の習わしで、昔は一山超えた山実装を捕まえて生贄にしてたけど、
 ある時捕まえた実装石が実は近所の野良で、その年が大飢饉になったからって、こんな面倒なことしなくってもなぁ」

初老の男性は腕を組んで悩ましい顔をしながら話を続ける。
「それ以来やぞ。確実に村の外から来たって分かるように、あえて村を出た若者に実装石を育てさせて、繁殖もさせて、生贄にするんよなぁ。
 まぁそういう意味やと、お前のところのミドリも隣の家の実装石・・・グリーンやったか?あいつらはまさに血統種やな。
 代々親仔が生贄の役割を果たしてきたわけやし。そういえば、ミドリが仔実装の頃も、親が生贄になる前に俺が眠り薬でミドリを眠らせたんだっけなぁ」

飼い主の男は答えた。
「たしかにそうですね。当時ミドリは母親が生贄になる直前に眠らせました。まぁミドリは覚えてなかったでしょうけど。
 そうそう、ミドリの仔のテチは、ちゃんと清めの塩と、ここで作った餅を食べさせるのと、祠のお参り、やっておきましたから」
初老の男性が尋ねる。
「ミドリの方もやっといたのか?」
「ええ、もちろん。ミドリの母親の髪の毛入りの餅を食べさせました。生贄の引継ぎとして、一番需要なポイントですからね。ミドリの髪の毛も入手済みです。
 ミドリの髪の毛は来年まで僕が持っておきます。来年、餅に混ぜてテチに食べさせるだけですから、僕が持っていくのが一番無くさない方法でしょう。
 ところで、テチの方はもう大丈夫なんですか?だいぶ母親から色々吹き込まれてしまっているみたいですが。」

初老の男性は自信満々に答えた。
「ああ、あの仔実装なら大丈夫や。思いっきり眠り薬の粉かけといたから。ここ2,3日のことなんて夢の中のできごとだとでも思うやろうね。
 まぁ母親はまた交通事故で死んだとか言っておけば、簡単に騙せるやろう。あの薬は実装石の記憶も混乱させるみたいやし」
飼い主の男は頷く。
「それなら良かったです。それにしても、あの草を生やした穴だらけの実装石は本当に準備が大変そうでしたね」
「あれは大変やったよ。何せ2,3日前から準備が必要やしな。ほら、ちょうどとしあきが来た日の夕方だよ。死なないように慎重に体中に穴あけて、
 叫び声が周囲に聞こえないように神社で男10人が徹夜で祝詞上げるんやから、大変だよ本当。それにしても蜂蜜入りの金平糖を食べさせた
 実装石の傷口に種を植えると、作物が急成長するなんて、昔の人はどうやって発見したんやろうな~」

飼い主の男が話す。
「まぁでもこれで、草を生やした実装石は実りの象徴、妊娠した実装石とその血は子宝と恵の雨の象徴、ミドリは神様への供物として、
 今年も無事やりとげましたね」

生贄の儀式を終えた村では、夏祭りが最高潮を迎えた。
皆がやぐらの周りで盆踊りを楽しみ、屋台で焼きそばやたこ焼きを食べ、酒を飲み、子どもたちはお面をかぶったり射的をして遊んでいた。
松明の明かりが神社を照らし、笛の音が、太鼓の音がどこまでも、いつまでも続いた・・・。


=============================================
そのとき、飼い主の男の家で、テチは目を開いた。
周囲は薄暗い。暗がりに目が慣れていないせいで、何も見えない。いや、窓の外に光が、うっすらとした明かりが見える。
窓の外を見る。ごおごおと音を立てながら流れる川がまず目に入る。
その川の向こうに、赤い光が見えた。松明や提灯のうっすらとした、けれどもどこか暖かい光。
ニンゲンの声が聞こえる。甲高い笛の音が、ドンドンという太鼓の音が聞こえる。

テチは思った。
ここはどこだろうか?あの明かりは、ニンゲンの喧騒は、甲高い音とドンドンという音は何だ?
部屋の中に目をやる。木製の古い箪笥の向こう、真っ暗で何も見えないが、"何か"いる気がする。
怖い。怖いときは、眠りにつこう・・・。これはきっと夢だ。このまま眠ってしまおう・・・。
眠って、目覚めれば、ここでのことは全て夢だったと、思えるのだから・・・。



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1 Re: Name:匿名石 2022/07/31-05:04:24 No:00006516[申告]
村の因習を題材の長編素晴らしい!
2 Re: Name:匿名石 2022/07/31-07:52:17 No:00006517[申告]
いやあ面白かった。ありがとう!!!
3 Re: Name:匿名石 2022/07/31-14:55:04 No:00006518[申告]
最後にいろんな謎が一気に謎が解ける感じがとてもワクワクしました
4 Re: Name:匿名石 2022/08/02-22:15:10 No:00006519[申告]
久しぶりに大作を読んだ気がする。
5 Re: Name:匿名石 2022/08/05-13:25:12 No:00006524[申告]
実装が存在する社会って感じだなあ
祭りだ祭りだ
6 Re: Name:匿名石 2022/08/10-15:01:10 No:00006530[申告]
おもしろかった! ありがとう!
7 Re: Name:匿名石 2022/08/28-16:18:18 No:00006539[申告]
最後の締め方いいね
8 Re: Name:匿名石 2022/09/05-02:10:04 No:00006540[申告]
GJ!の一言
9 Re: Name:匿名石 2023/03/12-19:53:33 No:00006910[申告]
最初実装寄りの視点進んでいくのがとってもホラーサスペンス味ある
きっちりネタバラシパートがあってまたループしてゆく、ベタなんだけど気持ちいい
10 Re: Name:匿名石 2023/04/30-16:49:37 No:00007106[申告]
糞蟲も人間様の役に立てて誇りだろうね
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