タイトル:【虐】 ジグソウ石スターズ 緑輝石(エメラルド)は砕けまくる
ファイル:【虐】ジグソウ石スターズ 緑輝石(エメラルド)は砕けまくる.txt
作者:ジグソウ石 総投稿数:41 総ダウンロード数:1321 レス数:6
初投稿日時:2017/03/04-22:31:56修正日時:2017/03/04-22:44:46
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 ※人間と実装石の会話は全てリンガル使用済みとしてお読みください。


 PART.1 依頼先を間違えるな

 2017年 T京都T東区虹浦町—————ジャパン


 とある公園に、一人の青年が佇んでいた。
いかにもひ弱そうな体型だが、高い鼻と青い目、そして金色の髪が、彼が西洋人であることを示していた。

「おかしいな……約束の時間はもうすぐのはずなんだけど……」

 青年が手元の時計で時間を確認する。
午後三時まであと十秒、約束の相手は未だ現れていない。

「まさか、場所を間違えたかな?」

 青年がきょろきょろとあたりを見回していると、突然後ろから声をかける者があった。

「アーノルド・アイゴ・ハヤネン……だな?」

「うわっ! びっくりした! いきなり声をかけないでくださいよ。って………あなたはもしや、ジョルノ13?」

「……そうだ」

「よかった。こっちが場所を間違えたか、来てくれないのかと思いましたよ」

「ちょうど今が約束の時間のはずだが……?」

「い、いやぁ……時間に正確な方だとは伺っていましたが、まさかここまでとは」

「……雑談はいい……それで、仕事の内容は?」

「は、はい……まずはこの仔の話を聞いてあげて下さい。ほら、大丈夫だから出ておいで」

 青年が茂みの中に向かって手招きすると、一匹の実装石が姿を現した。
一見すると禿裸のようだが、股間と内股の部分にだけピンク色の毛がもっさりと生えている。

「デェ……あなたがジッソウカンレンのおシゴトなら何でも引き受けてくれるという、ジョルノ13さんデスゥ?」

 その姿を見たジョルノの眉がぴくりと動く。

「ジツは……ワタシは元はジッソウ石ではなくジュウソウ石だったデスゥ。それがある日、コウエンにトツゼンやってきたギャクタイハの男にツメをもぎ取られ、全身の毛をむしられてこんな姿にされてしまったデス……」

「そして他の個体にリンチされて動けなくなっていたところを私が保護したのですが、この仔をこんな目に遭わせたやつが私はどうしても許せません!」

 青年がジョルノの前にずいと進み出て、元・獣装石の代わりに話を続ける。

「私が調べたところによると、そいつの名は井之頭としあき。あちこちの町に現れては実装石を虐待するとんでもない奴です。お願いします! あなたのお力でどうか……どうかこいつに正義の鉄槌を!」

「…………お前たちは一つ勘違いしている……俺は実装石に関する仕事なら何でも受け付けるが、それはあくまで『実装石を殺す』仕事だ。『虐待派の人間』を懲らしめる仕事は請け負っていない……」

「な、何ですって!? あなたも何の罪もない実装石を殺して喜ぶ虐待派の一人ですか! 許せない! こんなに可愛い生き物を虐待するなんて……
 どうせ社会でまともに働けない人格破綻者が、その劣等感を解消するためにやっているに決まってる!」

「…………(ギロリ)」

「ひ、ひぃっ!」

 ジョルノに一瞥され、青年が素っ頓狂(すっとんきょう)な悲鳴を上げる。
いくら口で相手を貶めたところで、実際に暴力を振るうことのできる人間、力で相手を制圧する実力を持った人間を目の前にすれば、口先で綺麗事を並べることしかできない者は黙るしかないのだ。

「俺は実装石のほうから媚びてきたり何か要求してこない限り、依頼のない殺しはしないことにしている……命は助けてやるから、さっさと俺の前から消えるんだな……」

「く、くそっ! この人でなし! 悪魔! 味付け海苔みたいな眉毛しやがって!」

 青年は元・獣武石を抱えると、考えうる限りの悪態をつきながら走って逃げて行った。
ジョルノはそれを黙って見送り、自らも踵を返して公園から立ち去った。


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「だめじゃだめじゃだめじゃ!」

「テヂュアァッ!!!」

 逆さ吊りにした仔実装の両足を左右に引っ張り、体を真っ二つに引き裂く。
そして袈裟斬りならぬ袈裟裂きになったそいつを、灰皿の上で燃えているティッシュの上に投げ込んだ。

「テヂィィィィィィッ!!!!!」

 頭がついてないほうの半身は動かないが、もう半身はジタバタと悶え苦しんだ挙句に真っ黒な炭となって崩れ落ちた。

「どうしてわしは虐待が上手うならんのじゃ。がんばらんか守! しっかりせんか守!」

 某ヒロシマ少年のような顔で頭を抱えて悩む俺の名は門矢守(かどや まもる)。
かつて『実装石専門放火魔』の異名をとった虐待派だ。

 最近、俺は完全にスランプに陥っていた。
少し前から感じていたことだが、どうにも最近虐待がつまらないのだ。
理由はすでに思い当たっている。
自分が実装石を焼殺することにこだわっているのもあって、やり方が完全にマンネリズムに陥っているせいだ。

 本当の楽しさといのは新しい刺激から生まれる。
よほどの名作であれば前に読んだことのある小説を読み返すのも楽しいが、駄作は何度読み返しても駄作でしかない。
読み返すほどに感想は色褪せていくし、名作であってもやはり初見に勝る驚きと感動はないのだ。

 とはいえ、何においても『やり方』というものは、自分で思いつかない限りは全て誰かの模倣にすぎない。
このマンネリズムを打破できるのは天才的な発想、ひらめきしかないのだが、俺にはそこまでの才能はなかった。

「あとは得意の工作を駆使した新しい虐待アイテムの開発ぐらいだよなあ……」

 そう言いつつ、古い玩具と工具が一緒くたに入った箱をごそごそと漁る。

「おっ、これは………?」

 箱の中から面白いものを見つけた。
これは昔遊んでいたミ○四駆—————それも大きな中空タイヤで悪路を走行したり、ホイールにツノのようなキャップをかぶせることで片輪走行したりできる『ワイルド○ニ四駆』だ。

「うーん、懐かしいなあ。昔はこんな玩具でも色々遊び方を考えついたもんだけど………」

 その形状を見ているうちに、俺の脳内に一つのイメージが浮かんできた。

「そうだ! こいつを改造して………」 

 俺はありったけの部材や工具をひっくり返すと、新しい“玩具”の開発に入った。


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 俺の名は井之頭としあき。
自分でもちょっとイカれすぎなんじゃないかと思うほど実装石の虐待が大好きだ。

 今日はT京都T東区虹浦町の公園で、買ってきたサンドイッチを食べながら次の獲物を物色している。
この双葉公園は神社の森を開放して公園にした場所らしく、かなりの樹齢を経たであろう大きな木もたくさんあり、実装石たちが営巣するには良い場所だ。
しかも神域は穢れを嫌うという理由からか駆除業者の手も入らないため、実に多様な野良実装を手に入れることができる。
さらに虐待派もそういう場所では殺生を遠慮するのか(俺はしないが)、ここは比較的安全な公園であるという噂が愛護派の間でも広まっているらしく、
リードもつけずに放し飼い状態で散歩している飼い実装もよく見かけることができる。
逆にいえば、飼い実装を浚いたい虐待派にとっても最高の穴場なのだ。

「素晴らしい町だ虹浦町……こんなに素晴らしい町が他にあるかな」

 木の下に腰掛け、サンドイッチを食べながら陽の光を全身に浴びる。
虐待用の実装石をゲットできる場所でなくても、なかなか居心地のいい公園じゃないか。
 そんないい気分に浸っていたところ、俺は傍に置いてあったサンドイッチの紙袋がなくなっていることに気付いた。

(な、ない! 袋がないぞ! いかん……あれには最近ハマっていた飼い実装殺しの記念に集めたリボンが入って……! あれを誰かに見られたら、最近ここらで起こっている連続飼い実装殺しの犯人が俺だとバレてしまう)

 慌ててサンドイッチの入った紙袋を探す。
キョロキョロとあたりを見回すと、少し先にサンドイッチの袋を抱えた実装石が歩いているのが見えた。
袋の中にはもうリボンしか残っていないのだが、どうやら袋に残ったサンドイッチの匂いにつられて袋を奪ったらしいな。

 よく見ると、そいつは野良実装ではなく飼い実装であることが分かった。
服はフリルのついたピンクの実装服などではないものの、耳にリボンを結んでいるうえ、胸には名札までつけているのだ。

 なんて卑しいやつだろうか。
飼い実装でありながら他人様のもの、しかも落ちているものを拾って持ち帰ろうとするとは。
こいつはただ始末するだけでなく、相応しい苦しみを味わわせてやらねばいかんな。

 ————— ザッ —————

 袋を持った飼い実装を追い越し、その前に立ち塞がる。

「君を始末させてもらう」

 そう言いつつ、懐から取り出したコンペイトウを一粒、飼い実装の前に転がしてやる。
すると飼い実装はたちまち「デッスゥ〜ン♪」という気持ちの悪い声を出しながら、紙袋を横に放り捨ててコンペイトウを口に入れた。
こいつらは新しい餌を目の前にすると、たとえ前の餌のほうが良い物であったとしても、アシダカグモがゴキブリを襲うのと同じように新しいほうに反応する習性があるのだ。
そもそも「君を始末させてもらう」などと言った相手が投げたものを口に入れるなと言いたいところだが……やはりこの卑しい性格では欲望が理性を上回るらしい。

「デェ〜……ウマかったデスゥ」

 飼い実装が満足そうに腹を撫でる。
だが、その顔はすぐに困惑の表情へと変わっていった。

「……デ、デデッ? な、なんデス? オナカが……オナカがアツいデスゥ!」

(ふふ、効いてきたか……)

「デェェッ!? あ、アツイデス! オナカが焼けるようにアツイデス! デ……デデ…………デェアァーーーーーーーッ!?!?!?!?」

 飼い実装が腹を押さえて地面を転げ回る。
俺がこの飼い実装に食わせたのは『実装マグマ』を改良したものだった。

 『実装マグマ』とは、実装石の喉と総排泄孔を強制的に収縮させて体内の糞を排泄できないようにした後、異常発酵させた糞と薬品そのものの化学反応によって凄まじい熱を発生させる虐待用の薬物だ。
これを飲んだ実装石はまさにマグマで腹の中を焼かれるような地獄の苦しみを味わうのだが、とことん虐待するためだけの薬なので本来は非致死性である。

 俺はとある闇医者の協力を得てこれを改良し、全身の水分を沸騰させて黒コゲの消し炭になるまで焦がし続けるものに仕立て上げた。
これこそが実装石を最も苦しめ、確実に殺すことができる薬品だと自負しているのだが、そうだな……『キラーグリーン』とでも名付けようか。

「デギャァァァァーーーーーーーッッッ!!!!!!!!!!」

 飼い実装は全身の水分が沸騰し、手足からも水蒸気を上げながら悶え苦しんでいる。
涙さえ沸騰しているので、両目は乾燥しすぎて表面にヒビが入りはじめていた。
あと少しすれば全身がミイラのようにシワシワになると同時に、ウレタンボディと呼ばれる皮膚や肉の部分は焦げて真っ黒に炭化するだろう。
さらにこの薬の凄いところは、実装石の体を炭化させるほどの熱を発しながらも炎上しないという点だ。

 他人の家の中にいる飼い実装を殺したいときには、開いた窓の隙間やドアポストなどからコロリのような毒物を投入するのが一般的だ。(というよりも、それぐらいしか方法がない)
しかし致死性の毒物は基本的に駆除用なので、長く苦しめてから殺すようなものは少ない。
そこでこの『キラーグリーン』なのだが、もしもこれが実装石の体を炎上させてしまうようなものであったなら、絶対に他人の家の中にいる飼い実装には使えない。
なぜなら他人の所有物である実装石を殺すだけなら器物損壊で済むが、他人の家を炎上させてしまったら放火、家主が家にいるときなら殺人未遂にまでなってしまうからだ。
それを避けるため、この薬品は実装石の身体を黒コゲにしつつも、それ以外は着ている服すら焦がさないという絶妙のバランスに調合されているのである。

「デ……デゲ……ガガ……」(パキン!)

 飼い実装が偽石を崩壊させて絶命する。
あとはこの消し炭を踏み潰してしまえば服以外は何の証拠も残らないだろう。
いや、服にしたって野良実装が持ち去ってしまうに違いない。

 俺は炭と化した飼い実装の服からリボンだけを剥ぎ取ると、体を踏み潰して証拠を隠滅した。

「ふん……俺の楽しみを脅かそうとしなければもう少し長生きができたかもしれんのにな」

 ただの黒い染みと化した飼い実装に言い捨て、さあ帰ろうかと思ったそのとき—————

「す、凄い……!」

 突然、背後から声をかけられた。

「(見られた!?)な、なんですかあなたは?」

「今の、見てましたよ。凄いですね……成体実装が丸コゲだ。それなのに衣服は一切燃えてない……一体どんな薬品を使ったんですか?」

 目の前に現れた青年は目を輝かせ、興味津々といった顔で語りかけてくる。
よかった、どうやら愛護派ではないようだ。

「ああ、突然すいません。僕はちょっとばかり実装石の虐待に凝っている者でして……あなたもそうなんでしょう?」

「ええ、まあ……」

「僕は実装石を焼殺するのが大好きでしてね。その筋では『実装石専門放火魔』なんて呼ばれたりもしてたんですが……実は最近どうにも虐待がマンネリ気味でして。新しい焼殺方法はないかと試行錯誤してたんですよ」

 ほう、この青年が噂に聞く『実装石専門放火魔』か。
噂には聞いていたが、こんなに若い青年だったとは。

「それで公園に実験用の糞蟲を探しに来たんですが、いやあ〜……まさかこんな素晴らしいものを見られるとは。さっき実装石に食べさせたのって、あなたが作ったオリジナルの毒物ですか?」

 それにしても楽しそうに虐待を語る青年だ。うむ、彼になら手の内を明かしても大丈夫かな

「ええ、製作は知り合いの闇医者に頼んだんですがね。実装マグマをベースにエタノールその他を加えることで水分を奪い、熱が全身に行き渡るようにしたんです。そして他人の家の中にいる飼い実装でも殺せるよう、
 身体は黒コゲにしつつ発火はしないというギリギリのところで止まるよう成分調整したんですが……その結果、長く苦しめるという副次的な効果まで得られましたよ」

「素晴らしい! あ、あの……よろしければその薬、作り方を教えていただけないでしょうか?」

「ええ……別に構いませんが」

「あ、ありがとうございます! よーし、これでまた焼殺が捗《はかど》るぞ。あ、そうだ! お礼に僕が作ったコイツを差し上げましょう。使ってみてください」

 そう言って、青年はソフトボールぐらいの玩具を取り出した。
直径十センチぐらいのタイヤが四つ付いた車のシャーシに、拳ほどの大きさをした作り物のコンペイトウが乗せられている。

「これ、昔に流行った『ミ○四駆』を改造したものなんですが……そうですね、実際に使ってお見せしましょうか」

 青年はキョロキョロとあたりを見渡すと、二十メートルほど向こうで「デッス、デッス」と歩いている成体の野良実装に向け、その車の玩具を走らせた。

 ————— シュィィィィン………… —————

 上に大きなコンペイトウを乗せた車が走っていく。
だが野良実装が歩いていくせいで狙いが逸れ、かなり後ろのほうに行ってしまう。

「あの……逸れていっちゃってますが……」

「大丈夫ですよ。見ててください」

 青年は自信満々の表情で車の行方を眺めている。
それにならって自分も車の行方を目で追っていると、意外なことが起きた。
車が急に進む方向を変え、野良実装の方へと走っていくのだ。

「おお!」

「ね、言ったでしょ。実はあの車には簡単なAIチップと偽石サーチャーが組み込んであって、偽石に反応して実装石をどこまでも追っていくようになっているんです」

 ————— シュィィィィ………… —————

「デ?」

 後ろから走ってくる車のモーター音に気付いたのか、成体実装が振り向く。

「デデッ!? でっかいコンペイトウがこっちにやって来るデス! こ、これはきっとワタシへのカミサマからのオクリモノに違いないデスゥ!」

 イミテーションのコンペイトウにあっさりと騙され、野良実装も車の方へと走り出す。
車のほうは野良実装の手前まで近づくと、ターゲットを轢かないようにぴたりと止まった。

「ウマそうなコンペイトウデス……これは全部ワタシのものデッスーン♪」

 野良実装はがっしりとコンペイトウに抱きつくと、口を開けてかじりつこうとする。
だが次の瞬間、コンペイトウのツノの一つがぱかりと開き、ノズルのようなものが飛び出した。

 ————— カチッ —————

「デ? ……デギャァァァァァァッ!!!!!?」 

 何かのスイッチが入ったような音とともにノズルの先端から火が出て、たちまち野良実装は火ダルマになった。
おそらく、あのノズルはチャッ○マンのようなライターの先端だったのだ。

「イェェェイ! 大・成・功! 見ましたかあのコンペイトウ。抱きついて体重をかけるとライターが飛び出し、スイッチが入って着火するようになってるんです」

 ほう、夏休みの工作じみた安っぽい物かと思ったら、なかなかよくできた殺傷アイテムじゃないか。
この青年、テンションの高さに反して実に手の込んだ物を作るな。
それにこの車、武器をライター以外の物に換装すれば飼い実装の殺傷にも使えるかもしれない。

「うーむ、凄いな。これを私に?」

「ええ、もちろん」

 いやあ、本当に素晴らしい町だ虹浦町。
実装石の虐待がしやすいだけでなく、こんなにも有意義な技術交流ができる同行の士に出会えるとは。

「お互い、今日は素晴らしい出会いになりましたな」

「ええ、本当に」

「はっはっは」

「はっはっは」

 青年と二人で笑い合う。
その後、青年とは連絡先を交換して別れた。

 それにしても実装虐待は奥が深い。
俺も今回は新しい薬品を使ってみたが、これはあくまで元からあるものに手を加えただけだ。
しかし彼のようにただメーカーに用意されたアイテムを使うだけではなく、一から開発するという道もあるんだな。

 俺は青年……門矢くんに負けないよう、さらなる精進を誓うのであった。


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 PART.2 ある神父からの依頼

 2017年 T京都T東区虹浦町—————ジャパン


 小高い丘の上に、一軒の教会が建っていた。
なかなか立派な造りで、この町の布教にそれなりの力が注がれているのが分かる。

 教会の入口から入って正面奥の祭壇に安置されたキリスト像の前に、年老いた神父が立っていた。
頭頂部はほぼ禿げ上がっており、両サイドに残った髪もほぼ真っ白で、一見すると七十歳近くにも見える。
だが、その体つきは恐ろしく大きい上に筋肉質で、とても老人のものではない。
その神父のすぐ傍らに、トシアキ・西郷ことジョルノ13がいた。

「…………つまり、俺にこの町の飼い実装を皆殺しにしろということか」

「いえ、殺すのではありません……救済するのです。実装石という糞蟲生物を……」

「…………救済……か…………」

「ええ、そのためにも飼い実装たちは全て糞袋を焼き潰し、仔を産めない体にして絶望させることで自決に追い込む……という方法で神の御許に送らねばなりません」

「…………」

「私は今までにも町の野良実装たちをそうやって“救済”してきましたが、さすがに他人様の家の飼い実装ともなると手が出せません。ですが、やらなければならないのです。これは神のご意思なのですから……
 この仕事を成し遂げることができるのは貴方しかいないでしょう。お願いしますジョルノ13!」

「…………俺は神を信じてはいないが……実装石という生物はみな糞蟲で、死こそがやつらにとって唯一の救済だという部分には同意する。だからお前の動機にどうこう言うつもりもない…………引き受けよう」

「おおっ!」

「他人の家にいる飼い実装を、糞袋を焼いて妊娠能力を奪いつつも殺さず、絶望に追い込んで自決させる方法か…………実装マグマを使うしかないな」

「方法はお任せします」

 ジョルノは神父に背を向けると、落ち着いた足取りで教会を後にした。


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 PART.3 飼い実装たちの絶望

 2017年 T京都T東区虹浦町—————ジャパン


 春も近づいた3月、この時期は公園の野良実装だけでなく飼い実装たちにとっても出産のシーズンだ。
しかしここ数日、虹浦町では愛護派が飼い実装を散歩させるという光景が見られることはなかった。
飼い実装が実装マグマで腹の中を焼かれ、妊娠能力を奪われるという事件が次々と起こっていたからである。

 この事件が起こって以来、実装石を飼っている愛護派たちはみな戦々恐々としていた。
一連の事件の犯人は飼い主から離れて散歩している飼い実装だけではなく、家の中にいる者すらターゲットにしていたからだ。
犯人は家主がいない間を見計らい、ドアポストや少しだけ開いた窓、換気扇の隙間など、あらゆる場所から家の中に実装マグマを投げ込み、留守番をしている飼い実装たちに食わせるという手口で被害者を増やしていた。

 飼い主たちはなんとか自分の実装石を守ろうと、色々な対策を講じたりもした。
戸締りをしっかりしたり、飼い実装を家の中でもケージに入れっぱなしにしたり、コンペイトウと同じ形をした実装マグマを食べないよう躾を施したり……だが、それもほとんど効果はなかった。
どれほど戸締りをしっかりしていても、犯人はちょっとした隙間さえあれば実装マグマを放り込んでくるのだ。
家主が在宅のときですら、少しでも窓を開けているといつの間にやら実装マグマが投げ込まれているので迂闊(うかつ)に換気もできない。
そしていくらコンペイトウを食べてはいけないと言い聞かせたところで、なにしろ実装石というものは欲望に忠実な生物である。
虐待派がよくやるように毒を食わせて懲りさせるといった厳しい躾を行える愛護派が少なかったのもあり、飼い実装は次々と実装マグマの罠にかかって腹の中を焼かれていった。
また、ケージの中にいた者は実装マグマの被害にこそ遭わなかったものの、飼い主が不在の間ずっと狭い場所に閉じ込められているストレスで糞蟲化したり死亡する者もいて、対策が逆効果になった例も多かった。

「デー…………」

 とある家庭のリビングで、一匹の成体実装が虚ろな目をしながら座っていた。
実生に絶望したという感じで、下手をすればこのまま偽石が崩壊してしまいそうなほどに弱っている。

「な、なあミドリコ……そんなに落ち込むなよ。そうだ! 今日のご飯はステーキにしようか。デザートにプリンとコンペイトウだってあるぞ」

「デェ……」

 飼い主が一生懸命に慰めるが、ミドリコは元気がないままだ。

 実装マグマは非致死性なので、それによるダメージそのもので死亡した者は一匹もいない。(仔実装や蛆実装などのストレスに弱い幼生体を除く)
しかし、絶望のあまりに偽石を自壊させて死んだ者はあまりにも多かった。
原始的な欲望を満たすためだけに生きているといっていい実装石にとって、出産によって自分の家族を増やすことは何よりも大切な幸せの象徴なのだ。

「だ、大丈夫だよミドリコ。お前のお腹は治る! お医者さんにきちんと手術してもらえば治るんだぞ! ただ、もうちょっと時間がかかるだけでな……」

 そう、焼かれた糞袋を治す方法がないわけではない。
偽石さえ無事であれば、ミキサーにかけられたミンチ状態からでも復活可能なのが実装石という生物である。
再生不能なのは焼き潰された細胞だけなので、その臓器自体を切除してから再生させれば妊娠能力を取り戻すことはできるのだ。

 もちろん麻酔なしでそんな処置をすれば、根性のない飼い実装などひとたまりもなくパキン死してしまうだろう。
そうならないよう、医師によってきちんと麻酔をしてから手術する必要がある。
しかし町中の飼い実装がこのような状況では、どの動物病院も手術の予約でいっぱいだった。
この家のミドリコもまた、長い順番待ちを余儀なくされているうちの一匹だ。

「ほらミドリコ、元気を出せ。ご飯ができるまでテレビでも見てるか? ちょうどお前の大好きな『ゴシュジンサマといっしょ』やってるぞ」

「デェ……」

 ミドリコがぼんやりした表情のままテレビの画面に目を向ける。
それを見て少し安心したのか、飼い主はミドリコの餌を用意するためにキッチンへと向かった。
しかし、それからわずか数分後—————

「デェェーーーッ!!!!!」(パキン!)

「ど、どうしたんだミドリコ! …………み、ミドリコ? ミドリコぉぉぉっ!?」

 悲鳴を聞いて駆けつけた飼い主が見たものは、両目から絶望の黒い涙を流し、偽石を崩壊させて死んだミドリコの亡骸だった。

「な、なんで…………どうして?」

 飼い主には、ミドリコがどうして死んだのか分からない。
もしやテレビに『自分の仔と楽しそうに遊ぶ実装石』でも映ったせいで絶望したのかとも思ったが、今流れているのは番組そのものではなくただのCMだ。

 一体、ミドリコに何が起こったのか。
その秘密は、流れていたTVのCMにあった。

 この町の飼い実装たちに実装マグマを食わせて回ったのは、もちろん神父の依頼を受けたジョルノ13である。
しかし実装マグマの効果だけでは偽石を自壊させるほどの絶望に追い込むことはできないし、医者に見せれば焼けた糞袋を治療することも可能だ。
その前に飼い実装たちを絶望させて殺すため、ジョルノ13が用いたのが『サブリミナル効果』だった。

 『サブリミナル効果』というのは、映画などで何コマかのうちに一コマの割合で『コーラ』と書かれたコマを挟み込むと、それが認識できていなくてもなぜかコーラが飲みたくなるという現象のことだ。
宣伝どころか洗脳にも使えるため、公式の映像にこの技法を用いることは禁止されている。

 ジョルノは架空の会社名を使い、この地方で流される実装石が好んで見るであろう番組のスポンサーとなって自作のCMを流させた。
内容は一見何の変哲もない架空の会社のCMだが、彼はそれに『仔供を持てない実装石はクズ』『仔が産めない出来損ないの実装石は死んだほうがいい』といったメッセージをサブリミナルで仕込んだのである。
もちろん実装石は文字が読めないため、『仔のいる実装石が仔のいない実装石を嘲笑いながら足蹴にしているシーン』などを紙芝居のような形で流すものだが、弱った実装石にはそれで十分に効果があった。

「デェェーン!!!」(パキン!)

「え、エリザベスちゃん! どうしたザマス!?」

「わ、ワタシはデキソコナイの糞蟲デスゥゥーッ!?」(パキン!)

「どうしたのハナコ! ハナコぉぉっ!?」

 この日、ミドリコの家で起こったことはそこだけに止まるものではなかった。
虹浦町のあちこちで、このCMを見た飼い実装たちが次々と偽石を崩壊させて死んだのだ。
その数はCMが流れた初日だけで数百匹にも上った。


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 PART.4 狩られていたターゲット

 2017年 T京都T東区虹浦町—————ジャパン


 ここは虹浦町のとある邸宅。
家主が不在の家の庭に、スーツを着た一人の男がいた。
ジョルノ13である。
彼は塀に囲まれた豪華な邸宅をぐるりと一周し、どこか実装マグマを放り込む隙間がないかどうかを探っていた。

(……どの家も随分と戸締りが厳しくなったな……これではいよいよ窓ガラスを破ることも考えなければいかん……)

 実装石という“生物”は、法律上では他のペットなどと同じく“財物”として扱われる。
それゆえ飼い実装を殺すこと自体が器物損壊という罪にあたるのだが……
今までターゲットが“家の中にいる飼い実装”だったとき、それ以外への被害を極力出さないようにしてきたジョルノにとって、ガラスを割るという行為は実に不本意なものだった。

 ジョルノは実装マグマを放り込める隙間がないかどうかもう一度確かめるべく、再び家の周りをぐるりと回りはじめた。
そして庭のほうにある出窓の前に差し掛かったとき、妙な違和感を覚えた。

(…………む?)

 おかしい、静かすぎる。

 この家は成体実装が四匹、仔実装が七匹と、十一匹もの実装石を飼っているのが調査済みだ。
そしてこの出窓のある部屋は、その実装石たちのために用意された部屋のはず。
ならばもっとデスデステチテチという声が聞こえてもいいはずだ。
この真昼間に、十一匹全てが昼寝を決め込んでいるとも考えにくい。

 ジョルノは出窓に近づくと、カーテンのかかっていない横の隙間から部屋の中を覗いてみた。

(…………っっ!)

 そこにあったのは血の海だった。
赤と緑のマーブル色はそれが実装石の血であることを示していて、緑と茶色の混ざったような糞とは明らかに違うものだ。
そして血の量からして、これは十一匹全てが殺されていると思っていい。
その証拠に、この惨状でも悲鳴を上げて逃げ回る者は誰もいないのだ。
どこかに隠れている者が一匹や二匹はいるのかもしれないが、それにしてはこの状況を作った張本人が生き残りを探し回っている様子もない。
逆に犯人が去ったのなら、生き残った者は這い出してきて安堵のため息でも漏らしていていいはずだが、それも見当たらない。
つまり、少なくともこの部屋に生き残っている実装石は一匹もいないということだ。

 ジョルノはすでにターゲットが全滅しているのを確信すると、表の通りに人がいないのを慎重に確認してから邸宅の門を出た。

(……一体誰があのような真似を……)

 ジョルノが訪れたとき、あの家の玄関にはきちんとカギがかかっていた。
玄関だけでなく窓もしっかりと施錠されていたので、どこかのガラスを割らずに出入りすることは不可能だ。
それなのに家の中の実装石は皆殺しにされていて、彼が訪れて以降誰も玄関からは出ていない。

(…………もしや、犯人はまだ家の中にいるのか? 少し様子を見てみるか…………)

 ジョルノはターゲットのいた家から目を離さぬように歩き、向かいの家の隣に建つアパートの一室、二階の角部屋に入っていった。
ここはターゲットの飼い主が在宅中、窓が開いたときに口径を大きくした改造エアガンで実装マグマを撃ち込めるよう借りていた部屋である。
窓からはターゲットの家がほぼ丸見えなので、出入りする者がいれば一目瞭然だ。
ジョルノはオペラグラスを覗きながら、ターゲットの飼い主が帰宅するのをじっと待った。

 午後七時、飼い主が帰ってきた。
いかにも愛誤派といった風体のババァだ。

「きぃやぁぁぁぁーーーーーーっ!!!!!」

 ババァが家に入ってすぐ、耳を塞ぎたくなるような金切り声の悲鳴が聞こえてきた。
そして数分後に警察が到着し、出てきたババァがもの凄い剣幕で何かを喚きたてている。
ババァ自身が犯人と鉢合わせしていれば襲われる可能性が高かったはずだが、どうやらそれはなかったらしい。
そして家の中から連行されてくる者がいないことから見て、ターゲットを殺した犯人はジョルノが訪れた時点ですでに逃走していたようだ。

(……警察が聞き込みに来る前にここを引き払うべきだな…………それにしても、犯人は一体どうやって密室である家の中にいる実装石たちを殺し、窓一つ開けることなく逃走したのだ? 少し調べてみる必要があるな……)

 ジョルノはアパートの部屋を出て、警察に呼び止められないよう素早くその場を立ち去った。


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 ————— ゴトン —————

 ある土曜日の午後、とある愛護派の青年が住むマンションのドアポストに、週刊漫画雑誌ほどの厚さの郵便物が投函された。

「ん? 郵便か……」

 日頃の仕事の疲れで昼まで寝ていた青年は、寝ぼけた目を擦りながら玄関へと向かい、郵便受けに入っていた物を手に取った。

「なんだこりゃ? 『実と荘・十二月号読者プレゼント』…………こんなもの応募したっけ? でも、宛名はちゃんとウチになってるしなあ……」

 青年は訝りつつも、郵便物の包装を開けてみた。

「これって……」

 そこに入っていたのはプラモデルの箱だった。
ミ○四駆のようなタイヤがついたシャーシの上に、コンペイトウ型のボールが乗ったイラストがパッケージに描かれている。

「なになに……『これは実装石を遊ばせるための玩具です。内部には偽石サーチャーと簡易AIが組み込まれており、実装石から付かず離れずの距離を保ったまま逃げ回ります。
 上に乗った巨大コンペイトウを追い回すことで実装石の運動不足を解消し、ストレスの発散にも効果が見込めます』……か。こりゃいいや!」

 折しも飼い実装をターゲットにした凶悪事件が多発しているときである。
この家で飼っている実装石の親仔もまた、青年が仕事で不在の日中は窓のない狭い部屋に閉じ込められ、ストレスを溜めていたところだ。
こうやって遊べる玩具があれば、いい気晴らしになるかもしれない。
しかもAIで自走するので、飼い主が不在の間でも自由に遊ばせておくことができる。

 青年は“渡りに船”とばかりに箱の中身をテーブルの上に広げると、説明書を読みながらてきぱきと組み立てていった。
プラモデルといってもパーツは全て切り離し済みのうえ、シャーシの上に動力ユニットらしきボックスを乗せ、それを二分割されたコンペイトウ型のボディで覆うだけの単純な作りだ。
あとはシャーシに金属製のシャフトを二本差し込み、その先端に四つのタイヤをはめ込むだけで完成なので、これなら子供から老人まで誰でも組み立てられる。

「よし、できたぞ。おーいミドリ、コミドリ、グリン、エメリー、いいものがあるんだ。出ておいでー」

「ゴシュジンサマ、なんデスゥ?」

「イイモノってなんテチ? オイシイものテチ?」

「あはは、食べ物じゃないけどね。楽しい玩具だよ」

「オモチャ! オモチャテチィ!」

「はやくアソビたいテチ! アソビたいテチィ!」

「分かった分かった。じゃあ走らせるよー」

 青年は完成した玩具に単三電池を二本入れると、スイッチを入れて床に置いた。

「テェェ……コンペイトウテチ! おっきなコンペイトウテチィ!」

「ワタチが食べるテチ!」

「これはワタチのものテチィ!」

 三匹の仔実装がたちまちイミテーションの巨大コンペイトウに飛びつこうとする。
だが、偽石サーチャーによって仔実装の接近を察知した車はすぐさま少し後退し、その突進をかわした。

「テェ?」

「ニゲルなテチ!」

「おいかけるテチ!」

 たちまち仔実装たちと車の追いかけっこが始まる。
親実装であるミドリはそれを眺めながら、久々に見る仔供たちの元気な姿に丸い目を細めていた。

「デェェ……これはコドモたちのいい運動になるデス。ゴシュジンサマ、ありがとうデスゥ」

「いや、お前たちが喜んでくれて良かったよ」

 飼い主の青年もまた、仔実装たちの楽しそうな追いかけっこに目を細めている。
物騒になった町のせいで気持ちが沈んでいた青年と実装石の一家に、久しぶりに笑顔の花が咲いていた。


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 俺の名は井之頭としあき。
自分でもちょっとイカれすぎなんじゃないかと思うほど実装石の虐待が大好きだ。
今日は門矢青年と出会った公園に来て、新しい“遊び”に興じようと思っている。

 ベンチに座ってノートPCを開き、起動する。
そしてあるアプリヘのショートカットをクリックすると、画面に見知らぬ家の様子が映し出された。

「お、映ってる映ってる」

 画面には窓のない六畳ほどの部屋の様子と、周囲にいる四匹の実装石が映っている。

「ふむ……この家にいるのは成体実装一匹とその仔が三匹か……」

 ちなみに周囲に人間の姿はない。
この家の主が仕事に行ったことはさっき家の前で確認済みだ。

 映っている仔実装たちは画面に近づこうと追いかけてくるが、仔実装たちを映しているカメラは巧妙に距離を保って触らせない。
俺は仕込んでおいた装置が正常に作動していることを確認すると、アプリの画面下にある『Massacre』(皆殺し)と書かれたボタンをクリックした。
するとそれまで仔実装から離れるように動いていた画面が一度ストップし、逆に目の前にいた一匹へと迫っていく。

「テェッ!?」

 そしてモニターに映っていた仔実装の顔がアップになったかと思うと、次の瞬間 —————ぐしゃん!(パキン!)————— という音とともに画面が緑と赤のマーブル色に染まった。

「デ、デェェーッ!?」

「「テ、テヒャァァーッ!?」」

 周囲から親実装と仔実装の悲鳴が聞こえてくる。

 カメラの向こうで一体何があったのか、俺には分かっている。
この光景を映しているカメラが仕込まれた機械—————ミ○四駆を改造して作った車の玩具が、コンペイトウを模したトゲつきのボディで仔実装の一匹に体当たりしたのだ。


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「デ、デェェーッ!?」

「「テ、テヒャァァーッ!?」」

 親実装と仔実装の姉妹はパニックを起こしていた。
近づくと逃げていくコンペイトウの玩具を追いかけて遊んでいたはずなのに、突然その玩具が仔の一石に向かって体当たりしてきたのだ。
しかもコンペイトウのトゲトゲのうち正面にある一本がユニコーンのツノのように飛び出し、仔の体を串刺しにしたのである。

「コッチヲミロォォー……」

「デヒィッ!?」 

 親実装は素っ頓狂(すっとんきょう)な悲鳴を上げた。
コンペイトウの玩具が突然喋ったのだ。

 コンペイトウの玩具は震えながらパンコンしている親仔にゆっくりとツノを向けると、再び突進してきた。

「こ、コドモたちっ! ニゲルデスゥゥーッ!」

 親実装は声を振り絞ってそう叫ぶと、二石の仔実装を突き飛ばした。
そして自分はその反動で逆に飛び、玩具の突進を辛うじてかわす。
すると突進をスカされた玩具は勢いに任せて親仔が遊び場にしているダンボールの箱に突っ込み、その壁面に小さな穴を穿った。

「イマブッ刺シタノハ偽石ジャネェーッ(コッチヲミロォー)」

 玩具は再び親仔のほうへと向き直り、なおも突進の機をうかがっている。

「デ、デヒィィーッ!!!?」

「「テヒャァァー!?!?!?」」

 そして、親仔にとって恐怖の追いかけっこが始まった。


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「くっくくくく…………」

 PCのモニターを眺めながら、俺は逃げ惑う親仔の様子を存分に観察していた。
いやあ、本当に楽しい。
門矢青年にもらった玩具をヒントに作ったこのアイテムは見事に俺の想定どおりの性能を発揮している。

 俺は門矢青年にもらった玩具—————AIと偽石サーチャーで実装石をどこまでも追い詰める車を改造し、より俺好みのものにした。
最近ハマっている飼い実装の殺害、それも“他人の家の中にいる実装石”を殺すことに特化した殺石マシンだ。

「テェェーッ! たすけテチィィーッ!」

 モニターには逃げ惑う仔実装の姿が鮮明に映し出されている。
俺が最初にやったのは、この隠しカメラの追加だ。
これは動力であるモーターと電池ボックス、そしてAIと偽石サーチャーをまとめたユニットのさらに内部にブラックボックスとして仕込まれており、俺のPCへと映像を配信してくれるようになっている。
他人のプライバシーを覗く趣味はないのでそういうことには使わないが、家主の不在確認に使えるし、なにより逃げ惑う実装石の姿を録画して楽しめるのが最高だ。
映像を捉えるのは機体前面に隠された極小のピンホールカメラだが、実装石の血や体液でレンズが汚れてもすぐに落ちるよう撥水(はっすい)コーティングまで施してある。

「テヒィ……テヒィ……も、もう走れないテチィ…………」

 ターゲットにされた仔実装はだんだん疲れ、走る速度が落ちていく。
しかし車は仔実装を一気に追い込んだりせず、あくまで同じペースを保ってじわじわと近づいていった。
このマシンはサーチャーに反応する偽石の大きさから仔実装か成体実装かをAIが判断し、その平均速度をほんの少し上回る速度しか出さないようにプログラミングされているのだ。
おかげでターゲットをじりじりと追い詰め、腰を抜かしてパンコンしたり壁際でイヤイヤと首を振る実装石の姿を存分に堪能することができる。

 そして一分ほど経ったところで、いよいよ仔実装は壁際に追い込まれた。
コンペイトウ型のボディから一本だけ伸びたトゲが偽石の位置をぴたりと捉え、ゆっくりと車が前進していく。

 ツノのように伸びるこのトゲも、元の飛び出すライターから換装したものだ。
これなら他人の家にいる飼い実装を殺しても家そのものに被害は出さないし、串刺しにされてもがき苦しむ実装石の姿がしばらく楽しめる。
ちなみに「コッチヲミロォー」という台詞を入れたのも俺の趣味というわけではなく、実装石をビビらせてさらに楽しもうという意図がちゃんとあったりもする。
このマシンに名前をつけるとすれば、そうだな……どこまでも実装石の心臓(偽石)を追いかけて攻撃するから『デスゥハートアタック』なんてのはどうだろうか?

「テェェ……イヤテチ……イヤ……テチ……」

 仔実装はパンコンしながら首を振って命乞いをするが、デスゥハートアタックはまるでゴム動力であるかのように淡々と前進していく。
そしてついに、ツノの先端が仔実装の胸に突き刺さった。

「チュゲェーッ! イタイテチ! イタイテチ! イタイイタイイタイイタイタイタイタ……ガ……!」(パキン!)

 胸の奥まで達したツノに偽石が砕かれ、仔実装が絶命する。

「よぉしっ! いい絵が撮れたぞぉ!」

 仔実装の見事すぎる死に様に思わず叫んでしまった。
あの顔、あの悲鳴、死ぬ寸前までデスゥハートアタックの表面をペチペチと叩いていたあの無駄な抵抗、全てが最高だ。
やはりこいつを作って良かった。
本当に苦労したからなぁ……

 一番苦労したのは改造そのものよりも“どうやって他人の家にこいつを忍び込ませるか”という点だ。
最近起こっている連続傷害事件のせいで実装石を飼っている家の戸締りは厳しくなっているし、ドアポストからねじ込めるサイズでもない。
さらに一番の問題は、飼い実装を皆殺しにした後の回収ができないことだ。
もしも警察にこいつを調べられたら、ブラックボックスを解体されてすぐに虐待派の仕業だとバレてしまう。

 俺は散々に悩んだ挙句、その問題を解決する方法を考え出した。
逆転の発想というべきか、要は“飼い主自身にこのマシンを組み立てさせてしまおう”というものだ。
懸賞で当たったものを装ってバラバラの状態でポストに投函し、飼い主自身に組み立てさせてしまえば、それは“自分が組み立てた玩具”だ。
そうなれば自分の不在中に実装石が皆殺しにされていたとしても、飼い主はその玩具が犯人であるなどとは思いもしない。
万が一にも疑われないよう、わざわざ本来の目的とは逆の動きをするモードも搭載し、しばらく楽しい玩具として稼動させることで信用を得られるようにもしたのだ。
仮に血痕などからこれが原因であることに気付いたとしても、ただの誤作動による事故だと思い込むだろう。
さらに飼っている実装石が全滅すれば、飼い主は「もうウチには不要だから」と捨てる可能性が高いし、こちらが回収する必要もなくなる。

 最初に懸賞品を装う時点で疑われることも十分に考えたが、仮に胡散(うさん)臭いアイテムであっても、今まさに困っていることを解消してくれるものだと知れば一度使ってみようと思うのが人間だ。
唯一この点に関してだけは、最近この町で起こっている事件が上手く作用してくれた。
飼い実装もその飼い主も、丁度ストレスのはけ口となる玩具を求めていたのだ。
こうして、俺は見事に“他人の家にデスゥハートアタックを潜り込ませる”という難題を解決した。

「テ、テヒィィ……コワイテチィィ……」

「デェェーン! ゴシュジンサマ、はやく帰ってきてデスゥー!」

 残った二匹は腰を抜かし、逃げることもできずに床を這い回っている。
だが、機械であるデスゥハートアタックには命乞いも無抵抗も通用しない。

「コッチヲミロォォー……」

 デスゥハートアタックはもう一匹の仔実装に狙いを定めると、ゆっくりとそちらに向かって進みはじめた。
仔実装のほうを先に狙うのもAIに仕込まれたプログラムによるものだ。
なぜそんなプログラムを組み込んだのか、それがここで明らかになるかどうかは親実装の行動にかかっている。

「テェェーッ! こ、こっちに来るテチィ! ママ、たすけテチィィーッ!」

 仔実装がチィチィと(リンガルを通さないとこう聞こえる)鳴きながら親を呼ぶ。
するとそれまで腰を抜かしていた親実装が急に立ち上がり、デスゥハートアタックの前に立ち塞がった。

「デ、デェェ! これ以上ワタシの仔をコロさせないデスゥゥ!」

 親実装は仔実装の前で仁王立ちになり、鬼のような形相で両手を広げている。

「仔をコロしたいならまずワタシを倒してから行くデス! かかってくるデスゥ!」

 決意、態度、口上、全てが見事だ。
見事なほどに滑稽だ。
そう、これが見たかったのだ。
仔を守ろうとして健気にもデスゥハートアタックの前に立ち塞がる親実装の姿。
そして—————

「デギャァァァァァァァァァァァッス!!!」

 そんな親実装がデスゥハートアタックのツノに貫かれ、無様にも涙を流して悶え苦しむ姿。
これだ。
これが見たかったがために、わざわざ仔実装を優先して襲うようプログラムを組み込んだのだ。

「デギッ! デギィィィ! デギャァァウ!」

 親実装はさっきの仔実装と同じように身を捩(よじ)り、デスゥハートアタックのボディをぺしぺしと叩きながら悶え苦しんでいる。
本当に、この滑稽な姿は何度見ても飽きないな。
特に“A”型の口から見える歯を真一文字に結び、食いしばっているこの表情がいい。
怒っているときの表情にも似ているが、両目から血涙が流れることでそこはかとなく醸し出される哀愁……これがたまらない。
この血走った目にも針をブッ刺してやりたくなる。

「デ……ギギ…………ギギグ…………」(パキン!)

 とうとう親実装も偽石を砕かれ、苦悶の表情のまま固まって絶命した。
ツノが刺さって死んだだけなので一見綺麗なようにも思えるが、もがき苦しんだせいで傷口が大きくかき回されて体の前後が血の海だ。

「マ、ママァーッ!」

 母親が死に、残された仔実装が悲痛な叫びを上げる。
しかしそんな仔実装の悲しみと絶望に構うことなく、デスゥハートアタックはさらに前進して最後のとどめを刺そうとした。

「テ……テェェ……」(パキン!)

「あっ! くそ……殺される前にパキン死しやがった」

 家族を皆殺しにされた絶望のためか、それとも確実に迫ってくる死の恐怖のためか、仔実装はデスゥハートアタックに貫かれるのを待たずして偽石を崩壊させた。

「最後の最後で、実に残念だな……まあ二匹目と三匹目でいい画が撮れたので良しとするか」

 俺はPCを操作し、モード切り替えボタンの隣にある『Disposal』(廃棄)ボタンをクリックする。
すると突然アプリの画面が暗くなり、その場の音声も聞こえなくなった。
これは事が終わった後、カメラやマイクなどの配線を焼き切って二度と使えなくするためのものだ。
万一警察にデスゥハートアタックを分解して調べられたとき、俺のPCへと映像を送信していた証拠を消すための用心でもあるが、これ以上飼い主のプライバシーを侵害しないための配慮でもある。
もちろんこのままカメラ機能を残しておけば、帰ってきた家の主が飼い実装の死体を見つけたときの慟哭も聞けるだろう。
だが、俺が見たいのはあくまで“苦しむ実装石の姿”なのであって、ペットを殺されて嘆き悲しむ飼い主の姿ではないのだ。

 俺も多くの虐待派と同じく、愛護派など虫唾の走る偽善者どもだと思っている。
しかし『罪を憎んで人を憎まず』ではないが、いくら愛護派を憎んでいようと、そこだけには触れてやらないのが虐待紳士の嗜みというものだ。



 ノートPCの電源を落としてモニターを閉じる。
そして短くため息をついて虐殺の余韻に浸っていると、三メートルほど先にいつの間にやら一人の男が立っていた。
細い目からもの凄い眼光を放ち、俺のほうをじっと見ている。

「………………」

(な、なんだこいつは?)

 少々武術を嗜(たしな)む俺には一見して分かる。
この男、只者ではない。
眼を見ただけで相当の修羅場を潜ってきたことが見て取れるのだ。
それに実装石の虐待に夢中になっていたとはいえ、俺に気配を悟らせずにここまで接近してきたこと自体が普通じゃない。

 この男が何者かはともかく、もしも俺に敵意を持っている人間だとすればこの体勢は不利だ。
すぐに立ち上がり、ベンチを背にしないところまで移動する。
だが、目の前の男はその間も俺から視線を外そうとはしない。
こいつ……もしや警察関係者か何かか?
それとも俺が今まで殺してきた飼い実装の飼い主、もしくは飼い主から雇われて俺に危害を加えにきた者か?

「あなた……私に何かご用ですか?」

 あからさまな戦闘体勢はとらないが、相手が間合いに入ってきたらいつでも迎撃できる心構えを持って話しかけてみる。

「…………俺は別にお前の敵ではない……ましてや愛護派でもない。ただ、お前が今やっていたことについて少し興味があるだけだ」

「今やっていたこと……な、何のことですか?」

「とぼける必要はない……お前が遠隔操作のロボットで何匹もの飼い実装を殺していることは分かっている……」

「…………な!」

 なぜこの男はそれを知っている?
いや、そもそもどうして?
デスゥハートアタックはまだ数軒の家にしか使っていないはず……それなのにどこからバレた?

「どこからバレた……という顔だな」

「む…………」

「実は俺もある者から依頼を受け、この町の飼い実装を殺して回っていた。その最中、ターゲットの実装石が先に殺されていることが何度かあったのでな……少し調べさせてもらったのだ」

 こうなったら観念しよう。
この男には下手に言い訳をしても無駄なようだ。

「私の作ったロボットは一度使うごとに通信機能を破壊していたし、飼い主が本体を処分していたはず……どうして私のことが分かったのですか?」

「……同じような事件が起こった家を二軒も調べればすぐに分かる。事件が起こった後すぐ、被害者の家から捨てられたゴミにこの玩具があったことが共通点だった」

 そう言いながら、男は懐からデスゥハートアタックを取り出した。
どうやらゴミ捨て場から回収してきたらしい。

「警察や飼い主自身はこれが事件の原因であることに気付かなかったようだがな……分かってしまえば分解して構造を調べ、まだ事件の起こっていない家から出た電波を逆探知することでお前に辿り着ける」

「今使っていたやつの電波を辿ってきた……というわけですか」

 なんということだ、このような方法で俺に辿り着く者がいるとは。
飼い主には“デスゥハートアタックが犯人だと気付かれない”ということを前提に考えていたので、別々の事件の共通項を洗い出されるとデスゥハートアタックの存在が浮き上がるという脆弱性に気付かなかった。
それに警察は実装石虐待に関する事件は本腰を入れて捜査しない、という油断もあった。
今後は電話回線ではなくWifiなどのネット回線にプロキシ経由で接続するとか、もう少しセキュリティ面を改善する必要があるな。

「いや、あなたが愛護派や警察でなくて本当に安心しましたよ。しかし……それならば一体なぜ私のところに?」

「……これだ」

 男は懐に手を入れると、そこから何かを取り出して俺の前に差し出した。
金だ。
帯つきの札束が三つ、三百万はある。

「これは?」

「俺は仕事をしていない分の報酬を受け取るつもりはない……だが雇い主は成果が出た以上、差額を返してもらう必要はないという。だから“遂行しなかった仕事”の報酬は、お前に受け取ってもらおうと思ってな……」

「そ、そんな……私はあくまでただの趣味で飼い実装どもを虐殺していたに過ぎません。それなのに、このような大金をいただくわけには……」

「構うことはない……これは俺のけじめの問題だ。お前が受け取らないというなら、これはこの場で燃やしてしまうまでだ」

「それはさすがに勿体(もったい)ないですよ! 分かりました。謹んで受け取らせていただきます……」

 驚いた。
まさかこんな展開になるとは。
それにしてもこんな大金をポンと他人に渡すとは、なんという仕事へのこだわりだろう。
この人は一体……?

「あの、あなたは一体何者なのですか? こんな大金をあっさり他人に渡すことにも驚きましたが、私を見つけた捜査力、そして他人からの依頼で実装石を殺すプロの仕事ぶり……只者とは思えません」

「俺の名はジョルノ13……もしも俺に実装石殺しを依頼したければ、新聞の三行広告に『J13型デスクーター買いたし』というメッセージを送れ……」

 そう言って、男は公園を去っていった。
あれが……あれが噂に聞くジョルノ13か……



 いや、それにしても今日は驚くことが多かった。
噂に名高いジョルノ13に会えたこともそうだが、図らずもこんな大金が手に入るとは。
そうだな……腹も減ったことだし、これで何か美味いものでも食べに行くとしようか。
そう思い、公園から立ち去ろうとしたとき—————

「イノガシラトシアキ……ようやく見つけたデス!」

 突然背後から声をかけられ、振り向いてみる。
するとそこには、股間にだけピンク色の体毛を生やした禿裸の実装石がいた。

「……ん? なんだこいつ。妙な禿裸だな……それにどうして私の名を知っている?」

「ワタシのことをオボエテいないデスか……!」

 覚えていないかなどと言われても、そもそも実装石の顔など全部同じに見えるのだから個体識別ができない。
禿裸ということは前に虐待した実装石という可能性もあるが……放っておいても死ぬような状態でない限り、俺が実装石を殺さずに解放することなどほとんどないはずなんだがな。
いや、待てよ?
股間にだけ生えたこのピンクの体毛……どこかで見覚えがあるような……

「ああ! 思い出したよ! お前、ちょっと前に爪と体毛をむしり取ってやった獣装石か。いやあ……あの状況でよく生き延びたなあ」

「思い出したデスゥ? あの後、ワタシはブカだったはずのレンチュウにあやうくコロされそうだったところを、シンセツなアイゴハのニンゲンサンにタスけられて生きのびたデス。そしてオマエをさがし出し、
 ずっとフクシュウするキカイをうかがっていたデスッ! 見るデス! これがお前のしたことデスゥ!」

 そう言いながら、元・獣装石の禿裸は大股を開いて地面に寝そべった。
股間に唯一残った体毛を見せつけようというのかもしれないが、その姿は発情した実装石がよく「デッスゥ〜ン♪」とかいう気持ち悪い声を上げながらやるポーズと全く同じだ。

(うわぁ……ブチ殺してぇ)

 このポーズを見れば、虐待派であれば誰でも反射的にそう思ってしまうだろう。
俺もその例に漏れず、この糞蟲の股間をめしゃりと踏み潰してブチ殺してやりたい衝動に駆られた。

 足を上げ、元・獣装石の股間にストンピングをかまそうとする。
だが、俺はその直前で一瞬止まった。
妙な違和感が頭の中をよぎったのだ。

 こいつ、俺に復讐しに来たとか言いながらどうしてこんなポーズをとっているのだ?
どう見ても戦闘する姿勢ではないうえ、これでは自らドドンパでも食わない限り糞すら飛ばせまい。
むしろこんなにも無防備で、虐待派の心理を逆撫でするようなポーズをとる意味は一体なんだ?
そもそもこいつはどうやって俺の名前を知った?
公園の“渡り”にすらよく失敗する実装石、それも禿裸がどのような方法で俺を探し出し、ここまでやって来たというのだ?
そこまで考えたとき、俺の中で全てが繋がった。

「アーノルドッ!」

 元・獣装石が突然大きな声で叫ぶ。
俺はその声に合わせ、持ち上げていた足を逆に後方へと振り上げた。
下から上へ、すくい上げるような後ろ蹴りだ。

 ————— ガツッ! —————

「ぐわっ!」

 鈍い手ごたえとともに、背後から俺に迫っていた外国人らしき人間が肘を押さえてよろめいた。
それと同時にナイフが宙を舞い、くるくると回転しながら地面に落ちる。
どうやら俺の背中に向かって刃物を振り下ろそうとしていたようだが、俺がくり出した後ろ蹴りで肘を蹴り上げられ、ナイフを落としてしまったらしい。
危ないところだった。
こいつらの意図に気付くのが一瞬遅れていたら、背中をザックリと刺されていたところだ。

 それにしても……人の背中に躊躇(ちゅうちょ)なくナイフを振り下ろしてくるあたり、こいつは相当イカれた愛“誤”派だな。
ベジタリアンだのグリー○ピースだのといった連中と同じで、自分の好きな動物の命を守るためなら人間の命を蔑ろにしてもいいと思っている類の輩か。
こういう連中はそれもまた命に序列をつける行為であり、“実装石だから何をしてもいい”のだと思っている虐待派と何ら変わらないと気付かないところがタチが悪い。
まあいい、とりあえず相応の報いは受けてもらうぞ。

「むんっ!」

 俺は肘を押さえている外国人青年の腕を取ると、関節を極めながらブン投げた。
古武道の道場主をしていた祖父から徹底的に叩き込まれた合気道の技だ。

 ————— ごきん! —————

「ぎゃあっ!」

 俺が自分の体重を思い切り浴びせたため、体が地面に落ちると同時に肩の関節が外れて青年が悲鳴を上げる。
だがこんなものでは済まさない。
俺はさらにもう一方の腕を取ると、それを真っ直ぐに伸ばして自分の股間に挟み、『腕ひしぎ逆十字』で肘の関節を極めてやった。

 ————— ぼりゅんっ! —————

 手羽先の骨と軟骨を引き剥がしたときのような音がして、青年の肘関節が破壊される。
骨折ではなく靭帯の断裂だが、この痛みは下手に骨そのものが折れるよりも何倍も痛い。

「ぎひぃぃぃぃっ!?」

 青年が発狂せんばかりの悲鳴を上げて足をジタバタと暴れさせる。
地面を転げ回りたいのだろうが、そうすると外れた肩か肘のどちらかが地面と自分の体に挟まれてしまうため、こうして天を仰いだまま足を動かすことしかできないのだ。
続いてアキレス腱でもひねり壊してやろうかとも思ったが、すでに青年の戦闘力は完全に失われている。
いくら相手がナイフを持ち出したとはいえ、これ以上やると過剰防衛になりそうなのでここで止めておこう。
それよりも次は元・獣装石のほうだ。

 俺がそちらに向き直ると、元・獣装石は股間に残ったピンク色の体毛を漏らした糞で緑色に染めながらガタガタと震えていた。
ああ、そういえばこの汚い毛を触りたくなかったから股間の毛だけ残したんだっけ。
ならば……

 俺は懐から『キラーグリーン』を一粒取り出し、嫌がる元・獣装石の口に無理やり押し込んだ。
たちまち喉と総排泄孔が収縮し、元・獣装石は上からも下からも糞を排泄できなくなる。

「デ……デデッ……?」

 そしてだんだん全身の水分が沸騰してゆき、元・獣装石は体内から煮込まれるような熱さと苦痛を味わうことになった。

「デギャァァァァァァァァ!!!!!!!!!」

 全身から湯気……いや煙を上げ、元・獣装石が地面を転げ回る。
二分も経たないうちに獣装石の体はカラカラに干からびたミイラのようになり、最後には完全に炭化して真っ黒になった。

「ふん、身の程知らずの糞蟲め。さて……こいつはともかく、この外人青年のほうは救急車ぐらい呼んでやるか」

 携帯を取り出し、119番に電話して救急車を呼んでやる。
立派な殺人未遂なのだから警察を呼んでもいいのだが、俺自身が飼い実装殺しの関係でかなり真っ黒な人間なのでやめておいた。
そして数分後—————

 ————— ピーポー ピーポー —————

 お、早いな。
もう来たのか。

 ————— ピーポー ピーポー………… —————

 あれ? おかしいな。
サイレンの音が近づいてきたはずなのに、また離れて行ったぞ。

 ————— …………ピーポー ピーポー —————

 かと思ったらまた近づいてきた。
もしかして、ここの場所が分からなくて右往左往してるのか?
やれやれ、面倒だが誘導してやるか。

 公園の外に出て、向かってくる救急車に「こっちだ」と手を振ってやる。
すると救急車の運転手は慌てたような顔で、手を横にブンブンと振りだした。
「邪魔だからどけ」というジェスチャーだ。
何をやっているんだ?
俺が邪魔ならブレーキを踏んで手前で止まればいいだろうに。

「危ない! 後ろ!」

 窓から顔を出した運転手が叫ぶ。
それを聞いて振り向くと、すぐ目の前に軽自動車が迫ってきていた。

「なっ……!」

 迫ってきていたのは、老人が運転する軽自動車だった。
脳梗塞か、それとも心筋梗塞でも起こしたのか、ハンドルに突っ伏している。

 ————— ドンッ! —————

 そこで、俺の意識は途切れた。


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 小高い丘の上に、一軒の教会が建っていた。
建物の前は展望台のようになっていて、虹浦町を一望することができる。
崖になっている場所から人が落ちないように設けられた柵の前に、神父とスーツ姿の男が立って町を見下ろしていた。

「……依頼は果たしたぞ。町の飼い実装全てとはいかなかったが、少なくともこの町で新しく実装石を飼い始めようという者はかなり減るだろう……別の者も動いていたようだしな」

「分かっていましたよ。ここから実装石たちの魂が天に昇っていくのが見えていましたから」

 そう言いながら、神父は空にかかる雲を見上げる。
もちろんジョルノには何も見えない。
神父の言っていることがイカれたサイコ野郎の妄言なのか、それとも本当に神だの天国だのといったものが見える聖者の言葉なのか、それも分からない。
彼にとっては全てがどうでもいいことだ。

「じゃあな……」

 ジョルノが踵を返し、その場から立ち去っていく。
神父はそれを見送ると、その背中に向けて一人呟いた。

「実装石と関わる者はみな緑色の魂を持っている……糞蟲の糞にまみれ、本来の輝きを失ってしまった魂だ。あなたも同じだジョルノ13。実装石などに関わらなければ、もっと違った生き方があったものを……
 私は実装石の魂を救済するだけではなく、それに関わる人々の魂をも救済しているのだよ。今までも、そしてこれからも…………」

 神父は再び空を見上げると、死んでいった実装石たちを弔うかのように胸の前で十字を切った。


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「井之頭さーん。ご飯ですよ」

 看護師さんの声が聞こえる。
もうそんな時間か。

 昨日、運転中に具合が悪くなった老人の車に撥ねられた俺は、丁度目の前に来ていた救急車ですぐさま病院に運ばれた。
幸い怪我は大したことはなく、肋骨に二本ヒビが入っただけだ。
ただ倒れたときに頭も打ったようなので、大事をとって入院することになった。

 俺を撥ねた老人も幸い命には別状なかったようで、同じ病院のどこかの病室に入院しているはずだ。
だが駆けつけた救急車が俺と老人を乗せて行ってしまったため、俺が関節技で痛めつけた青年がその後どうなったかは分からない。

「はーい。今日のメニューは煮物と焼き魚、それとジソエビスープですよ」

 うえっ……この病院、食用実装石を病院食として出しているのか。
確かに食用の実装石は栄養だけは豊富らしいが、実食自体に嫌悪感を持つ人間も多いだろうに……一体何を考えてるんだ?

「あー、その顔、井之頭さんも実食に偏見があるタイプですか? いけませんよー、好き嫌いしないでちゃんと食べないと」

 そう言いながら、看護師が真空パックに入ったジソエビを開封しようとする。
こういった真空パックに入れられた食用実装というのは仮死状態で、開封してしばらくすると蘇生する者も多いらしい。
どうやらこのスープは真空パックから出したばかりの新鮮なジソエビを後入れし、スープそのものの熱を通して食べる料理のようだ。

「いやぁ……私にとっての実装石というのは食べるものじゃなくて、切り刻んだりひねり殺したりするものでして……」

 その言葉を聞いた看護師の手がぴたりと止まる。

「ジソエビなんて言い換えたところで、所詮は“蛆”実装なわけじゃないですか。蛆実装といえばですね、私が実装石の虐待にハマるきっかけになったのは、有名な実装虐待絵師の『○る縁』氏が描いた
 『仔実○ウジ』や『仔実装テ○ーとの四日間』でして……作中で切り刻まれる仔実装や蛆実装を初めて見たとき、なんていいますかね……その……下品なんですが……『勃起』しちゃいましてね。
 今でも蛆実装を見るとついカッターナイフでこう……ザクザクといきたくなっちゃうんですよ」

 ふと顔を上げてみると、看護師はドン引きを通り越して「信じられない! この人本当に人間なの?」という顔をしていた。
いかん、つい調子に乗ってペラペラと喋ってしまった。

 自分にとって楽しい話だと饒舌になってしまうのは人間なら誰しもあることだが、今回は少しTPOを弁えなさすぎた。
看護師は「あ、あとは自分でできますよね?」と言うと、四匹の蛆実装が入ったままの真空パックを置いて別の病室へと行ってしまった。
うーむ、他の看護師たちの間でも悪い噂を立てられなきゃいいが。

 さて、丸一日ぶりの食事を楽しむとしますか。
もちろん蛆実装はスープに入れたりせず、しばらく置いて蘇生させてからちょっと楽しんでやることにしよう。

 いかにも病院食といった煮物と焼き魚をおかずに食事を進めていると、真空パックから出した禿裸の蛆実装がぴくぴくと動き出した。
動き出したのは四匹のうち三匹、どうやら一匹はパックされた時点で死んでいたようだ。
目を覚ました蛆実装たちは、あたりをキョロキョロと見渡しながらレフレフ鳴いている。
リンガルがないので何を言っているかは分からないが、どうせ「ここはどこレフ?」とか「ママやオネチャはどこにいったんレフ?」とか言っているのだろう。

 そうだ、パック牛乳についてるストローでこいつらを口から総排泄孔まで串刺しにして、三匹を連結してやったらどうだろう。
そのままストローに火をつけて、導火線みたいに前のやつからじわじわと焼いてやったら後ろのやつの恐怖はハンパないはずだ。
俺も門矢くんに影響されてきたかな……

 よし、食後のデザート代わりにひとつやってみよう。
俺は蛆実装たちをストローで串刺しにすると、屋外の喫煙所で火をつけるために病室を出て行った。


 −END−


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 あとがき

 Break Down! Break Down!(挨拶)

 昨年末にジョ○ョ第四部のアニメ最終話を見て構想を思いつき、それから早三ヶ月……やっとこさ書き上がりました。
完全に“オール”スターズではないのでタイトルはただの“スターズ”になっていますが、今までの作品から色んなキャラを登場させた集大成です。
他にも色んなキャラを出したかったのですが……それをやると尺的にも収拾つかなくなりそうなので割愛しました。

 集大成というわりに最後のオチが弱い気もするんですけどね。
モデルにしたのが孤独のグ○メの番外編ともいえる病院編なので……
その前の神父のシーンでカッコよく締めたので、それをラストシーンにしてもよかったのですが
神父が『実装石と関わる人々の魂も救済したい』と言ってるのに、そんな気持ちを知りもしない井之頭がそれを台無しにするという面白さを演出したいがために順番を入れ替えました。

 読んでいる方々には気付かれないかもしれませんが、今回のスクには上記のような試行錯誤が色々と入れてあります。
一番力を入れたのは『デスゥハートアタック』の説明部分ですね。
今までなら説明だけをダラダラと書き連ねてくどい文章になることが多かったのですが、途中で犠牲になる仔実装の台詞や実際に攻撃される描写を挟むことで
“話の流れの中で自然に説明”というのができるよう頑張ってみたつもりなのですが……いかがだったでしょうか?

 早いもので、作者が最初にスクを投稿してから約一年になります。
それを記念して……というわけではないですが、これからは予告していたデビュー前の習作を週一ペースで投稿していきたいと思います。


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1 Re: Name:匿名石 2017/03/04-23:41:41 No:00004491[申告]
なんか引きがすごく気になる、これは続編フラグ?
ゴノレゴ風の描写も作品の中に引き込まれる。
2 Re: Name:賞金首 2017/03/05-03:54:32 No:00004493[申告]
お久しぶりです、待ってました!
セルフクロスオーバーすごくいいですね、こういうのワクワクします
丁寧に焼き殺す描写がとても痛快で、特に道具の説明が丁寧でわかりやすかったです
3 Re: Name:匿名石 2017/03/05-04:50:46 No:00004494[申告]
元獣装が声を上げなければ愛誤派に気づくのが遅れて復讐達成できた可能性があったろうになあ
つくづく実装石というのは物事を台無しにするやつだ
4 Re: Name:匿名石 2017/03/07-12:20:22 No:00004496[申告]
長すぎて読むのに疲れた。
前編、後編に分けても良かったかも。
5 Re: Name:匿名石 2017/03/08-18:40:17 No:00004497[申告]
三ヶ月に渡る執筆お疲れさまでした
まさに大作というボリュームだと思います
自分は長い文章を読むのが苦手なので数日に分けて
じっくり読ませて頂きました
キラーグリーンとか笑っちゃいました
あとジソエビスープが美味しそうです
6 Re: Name:匿名石 2018/06/03-19:27:54 No:00005300[申告]
こういうの楽しい
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