タイトル:【観察】 仔実装処分待機室
ファイル:COUNTDOWN-ROOM.txt
作者:みぃ 総投稿数:41 総ダウンロード数:8402 レス数:10
初投稿日時:2016/09/12-18:04:31修正日時:2016/11/26-07:18:26
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「うっほーぃ! 仕事仕事ゥルァ!」

 今、職場に向かって全力疾走してる俺は社会の歯車たるごく一般的な社会人だぜ!
 しいて違うところ? 日々の生活を全力で楽しんでることってくらいだゼ!
 名前は双葉としあき。

 つーわけで、職場にやって来たんだよゥ!

 ふと見ると先輩がいたぜ!
 ウホッ! オハヨーッス!

「朝からテンション高いな、双葉……」

「そりゃもう、今日も全開バリバリっすよ!」

 俺の職場は街の外れにある小さなコンクリートの建物だ。
 特に何の施設であるかを表すような看板は出ていない。

 出勤簿を見れば今日の出勤は俺と先輩のふたりだけ。
 さっき挨拶した先輩はタイムカードを押すと、受付のカウンターに座って事務作業を黙々と始めた。

 この先輩に限らず、うちの職場の人間はあまり社交的でない人が多い。
 というかハッキリ言えばみんな陰気くさい。
 この人はまだマシな方だが中には挨拶すらまともに返ってこない人もいる。

 ま、別にいいんだけどね。
 同じ職場にいるからって会話しなきゃいけないことなんてほとんどないし。
 毎日のように命が消えていくこんな職場だし、俺の方がおかしいってことは自覚してる。

 さあて、俺は俺の仕事をしましょうかねっと。
 灰色の作業着に着替え、建物の一番奥の部屋のドアを開ける。

「テェェェェェン、テェェェェェェェン」

 同時に鼻孔を貫く実装臭と仔実装の鳴き声が聞こえてきた。
 おお、おお! 今日もいい絶望の声だね!

 部屋の中には横10×縦3の合計30個の透明な水槽が並んでいて、その中のいくつかに仔実装が一匹ずつ入っている。
 一見するとペットショップの展示ケースのようだが、水槽の広さはせいぜい15平方センチメートルほど。
 隅っこのあたりが網目状の簡易トイレになっている以外は全く何もない空間だ。

 遊び回るほどの広さもなければ、自分の意志で食事や給水をすることすらできない。
 実装石を『飼う』ためのケースではなく、『一時的に入れておく』ためだけのスペースだからだ。
 そしてその水槽にはそれぞれ1〜4つの赤いマグネットと何も書かれていない付箋がくっついていた。

 俺は本来持ち込みが禁止されているリンガルを手にとって起動させる。


「助けてくださいテチ、ニンゲンサン! ワタシまだ死にたくないテチ!」

「イヤテチイヤテチイヤテチ死にたくないテチ助けてテチ出しテチイヤテチイヤテチ」

「ショクインさん聞いて下さいテチ、ワタシタチもあなたと同じように生きてるんテチ、ひとつの命なんテチ、家族がいるんテチ」

「テッテロケェ〜♪ ワタシのお歌を聴いてテチ〜♪ ワタシはこんな素敵なお歌を歌えるテチ〜♪ ……だから助けてくださいテチ出してテチお役に立ちますテチなんでもしますテチ」

 おうおうおう、俺がやってくると同時に必死の命乞いが始まったよ。
 ったく、なんてかわいらしいやつらなんだ。

 遠からず殺されることが決まった実装石ってやつは、本当に愛らしい存在だぜ!



   ※

 ここは不要になった仔実装の一時保管施設。言い換えると処分待機場だ。
 法改正によって保健所に持ち込まれた仔実装の即時処分が禁止されたため設立された市の出張機関である。

 始まりはどこぞの愛護派議員のこんな言葉だったと聞いている。
 
「何も知らない仔実装ちゃんを人間の都合であっさりころすなんて酷すぎるザマス!」

 動物愛護という美しい言葉は建前としては十分だ。
 だがもちろん、人間にとって不要になったすべてを救ってやるわけにはいかない。
 特に実装石は犬猫と違い圧倒的な繁殖力と、放っておいたときの実害の大きさから適度に処分しなくてはいけない存在だ。

 それがわかってる現実的な議員と、情熱的(で他にすることがないほどヒマ)な愛護派議員の(無駄な)話し合いの結果、双方の妥協点で実装石に関する新しいルールが作られた。
 以下がその要約である。

1、処分が決定した仔実装は必ず5日間の猶予を儲けること。
2、その間は専門の保管施設で保護すること。
3、5日以内に引き取り手が現れた場合は簡単な調査の後に譲り渡すこと。

 簡単に言えば「不要になった仔実装ももしかしたら誰かにとっては不要じゃない可能性もあるからちょっとだけチャンスを与えてやれ」ってことだ。
 ちなみに中実装以上に育っていれば保健所に持ち込まれた時点で容赦なく処分される。

 このシステムは当然ながら大きな反発があった。
 主に実装ショップの経営者たちからである。
 保管施設に来ればほとんどタダで仔実装を手に入れられるのなら、わざわざ金を出して飼おうとする人間はいなくなるだろう。
 ここには躾済みの元飼い実装も多くいるのだから。

 そのクレームに対する行政の対策もまたよくわからないもので、「保管施設は一切看板を出さない」という謎ルールの追加だった。
 つまりどこが保管施設だかわかりにくくすることで引き取り手の殺到を防ぐというものだった。

 元々が不要だから捨てられた仔実装。
 その上、施設の存在そのものを秘匿する。
 結果どうなるかと言えば……引き取り手はほとんど来ない。

 故に保管施設は単なる処分待機場となってしまったわけだ。
 作られてしまった歪んだルールを守るためだけの無駄な機関。
 もちろん儲けなんて出るわけないので、ここの運営費(俺たちの人件費含む)は税金から出されている。

 ま、俺にとってはありがたいことなんだけどな!
 仮にも市からの嘱託扱いなのでそこそこ給料は良く、そのくせ労働内容はほとんど座ってるだけで本当に楽だ。
 まあ、人によっては精神的に辛い仕事ではあるけれど。



 さて。実装ブームの過ぎた昨今。
 30個並んだ水槽の中、中身が入ってるのは上段のうちわずか8個のみだ。
 とりあえず俺は朝一の定例の作業を行う。

 部屋の隅にある蛇口を捻る。
 すると各水槽の下部を伝う下水管に水が流れ、網目の簡易トイレから落とされた糞が綺麗に流れていくのだ。

 この簡易トイレ、当初はずっと水を流しっぱなしだったが、昨今の節制ブームの煽りを受けて日に数回だけ流すことになった。
 昨日の夜から現在までに溜まった糞は水槽の中をかなりの悪臭で満たしていたはずだ。

 ……お、5番水槽の奴は相変わらずまともにトイレを使えていないみたいだ。
 トイレと逆側の部屋の隅に糞がこんもりと山積みになっている。

 まあ別に良いんだけどな。さて次は室内&実装石洗浄だ。
 俺は下水管の隣の蛇口を捻る。
 すると網目状の天井から水槽内にシャワーが降り注いだ。

「テェェェッ、冷たいテチィ……」

「ちゃんとお手々で洗って欲しいテチュ……」

 文句を言やつも居たが、基本的には清潔を好む元飼い実装たちだ。
 一日に一度の洗浄を黙って受け入れる者もいれば、服を脱いで丁寧に汚れを落とそうとしている者もいる。
 元飼い実装なので赤や青の高級実装服を着ているやつもいる。
 捨てられた今もそれらは飼い主からもらった大切な宝物なのだろう。

 預かり物であるこいつらをわざわざ職員が洗ってやったりはしない。
 放っておくと実装臭で部屋が満たされどうにもならなくなるので仕方なく洗浄してやるだけだ。
 まあ、他の奴が言うにはそれでもこの部屋匂いは耐えがたいらしく、平気で業務をしていられる俺はすごいとのことだ。
 俺は別に嫌いじゃなんだけどね、このくらいの実装臭なら。

 降り注いだ水はトイレの網目から下水へと流れていく。
 5番水槽の中の糞がすべて流れたのを確認してシャワーを止めた。
 その後はエアコンのスイッチを入れて5分ほど温風を当ててやる。
 濡れたまま放置するのは虐待に当たるからだ。
 ここでも賢い個体は服を風の良くあたる場所に拡げて置いたりしている。
 それぞれの違いがよく見られて面白い光景だ。

 さて、洗浄が終わるともうしばらくすることはない。
 俺の仕事はあくまで監視と最低限の措置だけ。
 市民様からの預かり品で遊ぶことは固く戒められている。
 部屋の隅のデスクに座って備え付けのノートパソコンでしばらくネット散策だ。
 不真面目? 受付で一日中ソシャゲやってる先輩よりはよほど働いてるよ。

 実装石たちは俺が無反応モードになったのを知って話しかけてくることはなくなった。
 何匹かは隣の水槽のやつとテチャテチャと話し合ってるし、やたらそわそわ落ち着きなく歩き回ってるやつもいる。
 特に水槽前面のマグネットの数が少ない奴ほどその兆候は強い。

「おなか空いたテチ……」

「がまんテチ。もうすぐお昼テチ」

「ゴシュジンサマ、戻ってきてくださいテチ……はやく、はやくしないと……」

 俺はテーブルの上においたリンガルを時々眺めながらネットダイブを楽しんだ。
 ちなみにこの仕事、基本的にはリンガルの使用を固く禁止されている。
 これから死に行く動物たちの声を聞き続けた職員が精神に異常をきたしてしまう可能性がある、というのがその理由だ。

 そんな馬鹿な、糞蟲ごときの死に一喜一憂するものか……と思う人も居るかもしれない。
 今はまだ落ち着いているが、夕方くらいから状況が一変する。
 死を強く意識し始めると、水槽から聞こえてくるのは怨嗟と絶望と憤怒のの声、声、声。
 たとえ実装石のことを害虫としか思ってない人であっても、明確な負の感情を人間の使う言語に置き換えて浴びればを平静ではいられないのだ。
 なぜなら、その文書を通じて受け取れる『感情』の強さは人間と比べても決して引けを取らないのだから。

 他の職員がやたら淡々としているのも、こいつらがたちが一個の命であることを考えないような人間が選ばれているからだろう。

 有名な話だが、以前にテレビの企画でとある若手芸人が処理施設の体験作業を行ったことがある。
 職員からは絶対禁止だと言われていたが、テレビ局がこっそりと彼にリンガルを持たせて作業をさせた。
 最初こそ嬉々としながら実装石をからかっていた若手芸人だったが、半日が過ぎた辺りでゲッソリとやつれていた。
 収録後は三日三晩うなされた後に頭を丸めて仏門へ入ったそうだ。

 結局の所、愛が足りないんだよな。
 俺なら四六時中ここで生活できるぜ!
 実装石たちの悲しみの声は心地よい草原のオーケストラだからな!

 ちなみに仮にも市の嘱託職員なので、あからさまにヒャッハーな虐待派は面接の時点で弾かれる。



 trrrr……

 デスクに備え付けの電話に受付から内線が入った。 
 実装石たちがにわかに騒ぎ出す。引き取り手の人間が来てくれたかもしれないと期待しているのだろう。
 だが残念ながら彼女たちが期待するような来客ではなかった。

「2匹ほど持ち込みがあった。今から持っていく」

「お、マジですか!」

 新しい入居者のお知らせである。
 これで五日連続、珍しいこともあるもんだ。
 俺は受付の先輩が二往復して持ってきたケージを受け取る。
 二匹は姉妹で、今朝方まとめて保健所に持ち込まれたらしい。

「こわいテチ……ワタシタチ、悲しいことされちゃうテチ……?」

「大丈夫テチ、次女チャ。きっと新しいゴシュジンサマに助けてもらえるテチ……」

 よしよし、姉妹同士は隣の水槽にいれてやるよ。
 9番と10番ね。それくらいのサービスはしても罰は当たらないだろう。

「オネチャ……」

「次女チャ……」

 別々の水槽に入れられた姉妹は透明な板を挟んでお互いに触れあおうとしている。
 うんうん、いいね。こういう姉妹愛は見ていてとても和やかになる。

「このクソニンゲン! さっさと昼飯にするテチャァ!」

 おっと、5番の仔実装が文句を言ってきた。
 こいつは元飼い実装にしては珍しい糞蟲なんだよな。
 まあ俺から見ればこういうやつも十分に愛しいんだけれど。
 新入り二匹をトングで摘まんで水槽に入れ終わると、ここの仕組みをレクチャーしてやる。

「よーし、新入りも入ったことだし改めてここのシステムを説明するぞー。他のやつらもしっかりと聞いておけよー」

 業務として実装石に話しかけるのが許されるは新入りが入ったこの時だけである。

「まず、お前たちは飼い主に捨てられた実装石だ」

「テェェ……」

 新入り姉妹を含めたほとんどの仔実装は改めて突きつけられた現実にうなだれる。

「最大で5日後、お前らの水槽にくっついたマグネットがゼロになった日が処分の日だ」

 びくり、とある一匹の仔実装が過剰に反応する。
 7番水槽。そいつはこの中で唯一マグネットが残り1つになっている。

「しかし運が良ければ外から人間がやって来てお前らを引き取ってくれる。チャンスがあったらちゃんとアピールするんだぞ」

 最後は少し私情が入ってしまったが、まあこのくらいは許されるだろう。
 これで話は終了。ルールを理解したかどうかは各々次第だが、まあ夜になれば嫌でもわかるだろう。

 とりあえず話を終えた俺はまたデスクについた。

「オネチャ、やっぱりワタシたち捨てられちゃったみたいテチ……」

「仕方ないテチ……ゴシュジンサマの家でいっぱいは飼えないテチ。三女チャンだけでも残って良かったテチ」

 リンガルに表示された物わかりの良い姉妹の会話に満足しつつ、俺は日誌をつける作業に映った。
 現在埋まっている水槽は新入りを含めて10個。それぞれの状態と特筆事項を書き記す。



1・状態良し        【2】
2・状態良し        【3】 
3・状態良し、やけに大人しい【3】
4・状態良し        【4】 
5・状態良し、糞蟲     【2】
6・状態良し        【2】
7・体調悪し        【1】
8・状態良し        【4】
9・状態良し、姉妹の姉   【5】
10・状態良し、姉妹の妹   【5】 



 【】は残りマグネットの数で、夜7時に一個ずつ減る。
 これが0になったら処分執行の時だ。

 日誌を書き終わったとほぼ同時にチャイムが鳴った。
 正午だ。
 実装石たちの食事の時間である。

 俺はデスクの引き出しの一番下から徳用フードを取り出した。
 それを持って水槽に近づくと、何匹かはテチテチと騒ぎながらガラスを叩き始めた。
 上部の網目蓋の隙間から、フードを投下してやる。
 各水槽に一粒ずつ。

 1、2、4、6、8の個実装たちは水槽内に落っこちてきたフードを掴むと一心不乱に食い始めた。
 ここでの食事は一日に一回、昼時だけである。
 しかも内容は毎回変わらず徳用フード一粒のみ。
 24時間の間が空いた仔実装たちはみなとても腹を空かせているのだ。
 どうせ処分する仔実装ども、飢え死にしない程度に与えてやれば十分だそうな。

「テシャァ! またこの糞マズいフードテチ!? いったいいつになったらステーキを献上するテチこのクソニンゲン!」

 5番水槽の仔実装は相変わらず文句を言っている。
 もはや見慣れた態度だが、しばらく待てば叫び疲れて大人しくなるだろう。
 どうせいつも飢餓感に抗えずにちゃんと食うのだ。

「いただきますテチ。今日もごはんが得られる幸せに感謝テチ」

 3番水槽の仔実装は人間のように両手を合わせてから、ゆっくりと噛みしめるようにフードを味わっている。
 こいつはちょっと変わった奴だ。詳しくはまた後に語ることもあるだろう。

「マズいテチ……パサパサテチ……」

「次女チャ、ニンゲンサンがくれた食べ物に文句言っちゃダメテチ……」

 そして新入りの9番と10番は与えられたフードがお気に召さない様子である。
 無理もない。こいつは実装フードの中でも最も安いやつで、味はほとんどなく栄養も最低限。
 それこそ丸一日なにも食ってないレベルで腹が減っていなければまともな飼い実装は受け付けないだろう。

 文句を言いつつも食べている時点でそれほど育ちが悪いわけでもなさそうだ。
 5番なんて初日は夜になって代わりが出てこないと気付くまで意地でも食わなかったもんな。

 そして7番の仔実装は……

「オ、オェェェ……!」

 フードを口内に入れた直後、激しく咳き込んですべて吐き出してしまった。
 
「テホッ、テハッ!」

 その後、7番はしばらくむせていた。
 昨日の昼過ぎからこいつはどうも体調が悪い。理由はもちろんストレスだろう。
 だが残念ながらここでは医療行為なんて受けられない。
 体調が悪いことを報告する必要はあっても、わざわざ治療してやる義務はないのだ。

 7番は吐瀉物をかき集めてもう一度飲み込もうとするが、そのたびにまた吐き出してしまう。
 結局、最後は涙を流しながら吐いたモノをトイレの網目に運んでいた。



 午後はまったくすることがない。
 引き取り手の人間でも来れば別だが、やることと言えば仔実装たちが変なことをしないか見張っているだけである。
 と言ってもトイレの網目以外は何もない水槽内で仔実装ができることはなにもない。
 何度か思い出したように「ここから出しテチ」だの「助けてくださいテチ」だの「死にたくないテチ」だのと話しかけてくる奴もいたが、俺はそのすべてを目すら合わせず無視した。
 本当なら思いっきり語り合ってやりたいが仕事なので我慢我慢。

 そしてその日は結局何もないまま夜がやって来た。

 ボーン、ボーン。

 7時を告げるチャイムが鳴った、その途端。

「テチャアァァァァァァァァ! テッチャァァァァァァァァ!」

 7番水槽の仔実装が大声で騒ぎ始めた。
 俺はそれに構うことなく、1番水槽から順番にマグネットをひとつずつ外していった。
 10番まで外した後、部屋の中央で折りたたみテーブルを拡げてその上にひとつ空の水槽を用意する。
 準備を終えるとトングを持って7晩水槽に近寄った。
 網目蓋を開けると7番はさらにひときわ大きな声で叫びながら水槽の中をメチャクチャに走り回る。

「テチャァァァァァァ! 助けテチャァァァァァァァ! 死にたくないテッチャァァァァァァァ!」

 両目から色のついた涙を流しながら走っては水槽の壁にぶつかり、倒れては起き上がってまた走りを繰り返す。
 あまりに不憫なその姿に思わず笑みがこぼれるが、俺は心を鬼にして7番をトングで掴んだ。

「テチャァァァァァァァァァァァッ!」

 ぽふぽふ。胴体を挟まれながらも両手で必死にトングを叩いて抵抗をする7番。
 俺はそいつを先ほど用意した空の水槽に下ろす。
 わざわざ折りたたみテーブルを拡げたのは、ここからなら他の仔実装たちもよくその姿が見えるからだ。
 この水槽は処刑室である。



 公的機関による実装石の処分方法には厳しい制限がある。
 これもまた無知な愛護派によって作られたルールだ。

 まず、身体を痛めつけるようなことはすべて禁止されている。
 ローラーやギロチンなどの設備はもちろん、職員が自分の手で殴ったり潰したりするのもダメだ。

 そしてガスや毒の類いもダメ。
 以前はほとんどの施設で使われていた手段だが、愛護派議員のBBAが事もあろうに議会でガス室の動画を流し、
 「これでははヒ○ラーと変わらないザマス!」などと吠えたことで全面禁止にされた。
 日本の政治家はヒ○ラー扱いに非常に弱い。とりあえず認定しておけば相手を叩ける魔法の言葉だ。
 そろそろドイツの方たちは怒ってもいいと思う。

 ということで、「仔実装がほとんど苦しまず一瞬で死ねる方法」は軒並み禁止された。
 代わりの処分法だが、愛護派議員は「そんな事は考えたくもないザマス。話し合うことすら汚らわしいザマス」と議論を拒否し、
 それぞれの施設が適切な方法で処理することという曖昧過ぎる通達が現場に出されたのみだった。

 もちろん、公的機関とはいえできる限りコストは削りたい。
 結果としてうちの処分場が取った方法はこれだ。

「さあ、いくぞー」

 手元の蛇口を捻ると、水槽上部の管からシャワーが降り注ぐ。
 それだけなら朝の洗浄と一緒だが、この水槽には網目トイレのような排水機関はない。
 結果、足元から少しずつ水が溜まっていく。

「助けテチお願いテチまだ死にたくないテチ! ショクインさんお願いだからお水を止めテチィ!」

 7番は涙を流してこちらを見上げながらぽふぽふと水槽を叩いていた。
 うむ。これは動物愛護の人にはかなりキツいだろう。
 知能が高い故に自分の身に何が起こっているのかを正しく理解しているのだ。

 だが俺はこんな仔実装の姿を心底かわいらしいと思う。
 命が潰える最後の瞬間まで生を諦めず、必死になって嘆願する姿は言葉には表せないほど愛おしい。

 やがて水位は仔実装の頭を越えた。

「ガボガボゲボガボガボゲボ」

 実装石と言う奴は構造上泳ぐことができない。
 頭まで水に浸かれば後は溺れて死ぬだけだ。

「テ、テチィ……」

「テチャァ……」

 必死に水中でもがいている7番の姿を、他の仔実装たちは青ざめた表情で眺めていた。
 明日は我が身と考えれば人ごとではないだろう。
 しかも彼女たちは今まで人間に飼われていた飼い実装ばかり。
 同族の死というものにほとんど慣れていないはずだ。

「チププ……また糞蟲が憐れな水中ダンスを踊っってワタシを楽しませてくれるテチ」

 7番を眺める仔実装たちに2匹だけ例外がいた。
 糞蟲の5番はまったくの他人事とばかりに楽しそうに笑っている。
 こいつは4日目になるのに未だにここのシステムをよく理解していないようだ。

「テプ、テプ、テプ……」

 そして3番。こいつは両手を合わせるとまるで念仏でも唱えるかのように何事かを呟いている。
 やがて来る死を理解した上で受け入れているのか、実装石にしてはかなり特殊な個体のようだ。

 新入りの9番と10番はここに来てようやく現実味が湧いてきたようで、互いに壁を隔てて寄り添いながらガクガクと震えている。

「あの仔、溺れちゃうテチ、死んじゃうテチ……」

「ワタシたちもいつかあんな風に処分されちゃうんテチ、こわいテチィ……」
 
「ゲボガボガボゲボガボゲボゲボ」

 頭まで水に浸かっておよそ5分ほどが経っただろうか。
 すでにシャワーは止めているが、はるか頭上にある水面へ5番が顔を出す術はない。
 やがて体力の限界を迎えて大人しくなった。

 クスリや物理的処刑方法を禁じられた結果、こんな最悪レベルの苦しみを与える処分方法しか受けられなくなった仔実装たちにはある意味で同情する。
 こいつらの親は保健所に持ち込まれた時点であっさりとガス室に送られてあの世へ行けたはずだ。

 7番が完全に動かなくなったのを確認して水槽から引き上げる。
 瞳の色はほとんど灰色。高確率でもうすでに死んでいるだろう。

 だが実装石には『仮死』という特性がある。
 書類上はこの時点で死亡と認定しているので、次は死体処理という名のトドメを刺す。
 鉄製の鉄板の上に7番の死体(たぶん)を置き、サラダ油をかけてその上から火をつけたマッチを落とす。
 7番の身体が盛大に燃え上がった。

「…………テ? テチャァァァァァァァッ!」

 あ、やっぱり生きてたか。
 実装石って水没じゃなかなか死んでくれないんだよね。
 水責めの後に火攻めとか、本当に気の毒だよなあ。



 真っ黒焦げになった7番の死骸を袋に詰めて捨てると、今日の業務はすべて終了。
 何匹かパンコンしてる奴もいるけど、残念ながら明日の朝までシャワーはナシだからね。

 今日の書類をまとめて先輩に渡した後、電気を消して部屋を退出。
 恐怖にガクガクと震えている仔実装たちはこちらを見ていないが、一応挨拶として手を振ってやる。
 それじゃみんな、また明日!



   ※
 
1・状態良し        【1】
2・状態良し        【2】 
3・状態良し、やけに大人しい【2】
4・状態良し        【3】 
5・状態良し、糞蟲     【1】
6・状態良し        【1】
7・空室
8・状態良し        【3】
9・状態良し、姉妹の姉   【4】
10・状態良し、姉妹の妹   【4】



 翌日、俺はいつものように元気よく出勤した。

「ショクインサンお願いテチこわいテチもう許しテチィ!」

「ワタシ死にたくないテチ! 溺れるのも燃やされるのも嫌テチ!」

 今日は処分の日になるやつが3匹もいるからか、昨日以上に出会い頭の命乞いが激しかった。 
 ごめんな、気持ちはわかるけど俺の権限じゃ何もしてあげられないんだよ。
 だって俺、嘱託社員だから立場弱くて。

 まずは下水管の蛇口を開けて糞を流す。
 その次はシャワーで洗浄だ。
 同族の水死を見た後とはいえやはり汚れた身体を洗いたい欲求は強いようで、水を恐れるということはない。
 きちんと排水が行われているという安心感もあるのだろう。
 
 洗い終わってしばらくすると昼食の時間。
 いつものように格安のマズいフードを一粒ずつ与えてやる。
 5番の糞蟲も文句を言いつつ食っていた。
 その後は夜までひたすら暇な時間……になるはずだった。

 trrrr……

 デスクの電話が鳴った。

「はいもしもし」

「あ、こちら受付。いま仔実装を引き取りたいって人が来ててさ」



「テチャァァァァァッ!」

「あ、どうもこんにちは」

 見るからに好青年然とした男性が部屋に入ってくると、仔実装たちは一気に大騒ぎになった。
 職員以外の人間がやってくるということはつまり、自分たちを飼ってくれるかもしれないご主人様候補がやって来たということだからだ。

「ちょっと見て選んでもいいですか?」

「はい。決めたら水槽にくっついてる付箋に名前を書いてください」

 引き取りのルールを説明すると、青年が仔実装を選んでいる間、彼の提出した書類に目を通す。
 一応は公的施設であるため、引き取る方もいろいろと書いてもらわなくてはいけないものがある。
 そんな煩わしさも引き取り手を遠ざけている原因のひとつだろうが。

「ニンゲンサンテチ! とっても優しそうなニンゲンサンテチ!」

「ワタシはお歌をうたえるテチ! テッテロケ〜♪ テッテロチュ〜♪」

「自慢のダンスを見てくださいテチ! ワタシを飼ってくれたらいつでもゴシュジンサマを楽しませてあげられるテチ!」

 必死のアピールを始める仔実装たち。ある者は歌い、ある者は踊り、ある者は必死に自分を飼うことの利点を語っている。

「どれがいいですかねえ」

「お好きなのを選ばれると良いと思いますよ」

「そうですねえ。それじゃ……」

 青年の視線が一心不乱に踊っている1番水槽の仔実装に注がれる。
 注目を受けたことに気付いたのか1番はよりダイナミックな動きでアピールする。

「テチャテチャ! どうテチ、ワタシのダンス! 最後に決めの大技を————テァッ!?」

 ところが、調子に乗った1番は小さくジャンプすると同時に足をくじいて倒れてしまう。
 彼女はすぐに立ち上がろうとするが……

「それじゃ、この仔にします」

 青年は一生懸命歌っていた6番ケージの付箋を手に取ると、ボールペンで名前を書き込んだ。

「テ、テェ……!」

 歌を中断させ、感動に落涙しながら水槽にへばり付いて青年を見上げる6番の仔実装。
 それと対照的に1番はとてつもない絶望の表情を浮かべていた。



 俺は6番の仔実装をトングで掴みあげると、ふんだんに綿を敷き詰めた紙箱に入れてやった。
 死を待つだけの部屋から抜け出し、新しい場所へと旅立つ6番へのせめてもの手向けである。

「ああ、そんなに丁寧に包装してくれなくても結構ですよ」

「一応は決まりですから」

 紙箱の蓋を閉め、リボンで包んで青年に手渡す。
 閉める直前の6番の幸せそうな表情は見ているこっちまで嬉しくなるほどだった。

「ちなみにこいつを選んだ理由って何かありますか?」

「ええ。一番丸っこくて脂が乗ってそうだったからです」

 当たり前だが、別に青年はこいつの歌が気に入ったわけではない。
 1番がダンスをとちらなくても結果は一緒だっただろう。
 だってこの青年が仔実装を引き取りに来た理由は……

「きっとうちのハニーちゃん(青大将)も喜ぶと思いますよ。たまの贅沢ですからね」

 飼っている大型蛇の餌を求めて来たから……だ。
 職員が実装石を傷つけるのは固く禁じられているが、引き取った民間の方がどう扱うかまで口出しはできない。
 この青年も書類にハッキリと「引き取り理由・ペットの餌」と書いているし。

 実装石を欲しがる人間にとってはこの保管室は穴場である。
 訪れる人間の大半は、こういう消耗品としての使い方を求めた人間であるが……

 まあ、6番も一瞬とは言え幸福な気持ちになれたんだからよかっただろう。
 どうせ放って置いても今晩7時には死んだんだし。



 問題となるのは残された1番の方だった。

「お願いしますテチ、もう一度やり直させてくださいテチ! 今度はぜったいに失敗しないで踊ってみせるテチィ!」

 青年が帰ってからも、こっちが無反応にも関わらず必死に大声で懇願し続けている。
 別に踊りが失敗したから選ばれなかった訳じゃないのだが、彼女の中ではどうやらそういうことになってしまったらしい。
 選ばれた先に待ってるのは蛇の生き餌だよ? とは言えないのが辛いところ。
 果たして溺れ死ぬのとどっちが辛いんだろうね。

 ボーン、ボーン。

 さてさて、お待ちかねの夜七時がやって来ましたよ。
 俺は半日間ずーっと騒いで声も枯れ果てた1番をトングで掴むと、用意した排水昨日のない水槽に移し替えた。

「イヤテチ−、シニタクナイテチー」

 かすれ声で訴えながらぽふぽふと水槽を叩く1番。
 その姿を見て糞蟲でおなじみの5番がテププと笑った。

「あきらめの悪いやつテチ。大人しく不様に死ぬ姿を晒してワタシを楽しませろテチ」

 うん、楽しそうな所悪いけどね。
 今日は君も処分される番だから。

「テ?」

 5番をトングでつまみ上げる。
 ほとんど抵抗もなかったのはこの期に及んで状況を理解していないからのようだ。
 絶望的に鈍いやつ……

 さあ、二匹を入れた水槽にシャワーを注ぐ。

「テッチャァァァァァァァッ!」

 ここに来てようやく5番も状況が飲み込めたらしい。
 いつも笑っていた水死ショーを自分が演じることになったと理解したようだ。

「おいクソニンゲンここから出せテチャ! ワタシはここで死ぬような取るに足らない存在とは違うテチャァ!」

 俺が悪態に対して無視を決め込んでいると、5番は狙いを同じ水槽の1番に変えた。
 声にならない声で訴えながら水槽を叩いている1番の後頭部を後から殴りつける。

「テッ」

「オマエが! オマエが犠牲になってワタシを生き延びさせるテチャ!」

 5番は1番を何度も殴りつけ、襟首をひっつかんで引き倒す。
 叫び疲れて体力を消費していた1番は為す術もなく踏み台にされた。

「ガボガボゲボガボガボ」

「テッチュ〜ン☆ やっぱりワタシは頭いいテチィ☆ 糞蟲を踏み台にして生き延びるテチャァ」

 あまりと言えばあまりな光景だが俺は手出しをできない。
 それに二匹以上まとめて処分するときはよく見られる光景だ。

 少しだけ高い位置に立った5番はこれで助かったとばかりに喜んでいた。
 しかし数十秒後には彼女の顔にまで水位が上がってくる。

「ゲボガボッ! ガベボッ!」

 この処刑用水槽の高さはおよそ50センチほど。
 仔実装が二匹立ったまま縦になったところで頭すら出ない。
 残念ながら1番も数十秒ほど死が遠ざかっただけだ。

「ンクンクッ! ンゴッ、ンッグググゥ!」

 それでも5番は必死に抵抗した。
 なんと鼻先まで登ってきた水を飲み込み始めたのだ。
 仔実装の腹が少しずつだがパンパンに膨らんでいく。
 だがもちろんシャワーの勢いの方がずっと強く、5番の腹もすぐに限界が来た。

「ヂュボーッ!?」

「————ゲッ!? ゲボボボボボッ!」

 口と排泄孔の両方から緑色の軟便を吐き出す。
 悲惨なのは踏み台にされている1番で、失いかけていた意識を糞で強制的に覚醒させられより長い時間苦しむ羽目になった。



 15分後。二匹が動かなくなったことを確認して水槽から引き上げる。
 5番の糞で汚れた水は直ちに下水に流し、代わりに火葬用鉄板を用意する。
 油をかけてファイヤー! 幸か不幸か二匹はきっちり水死していたらしく、燃やされても息を吹き返すことはなかった。



   ※

1・空室        
2・体調悪し        【1】 
3・状態良し、やけに大人しい【1】
4・状態良し        【2】 
5・空室
6・空室 (引き取り済み)
7・空室
8・状態良し        【2】
9・状態良し、姉妹の姉   【3】
10・状態良し、姉妹の妹   【3】 

「テチ? ニンゲンサン、シャワーが止まっちゃったテチ。今日は早すぎるテチ。もっと洗いたいテチ」

 翌日の朝の洗浄中、きれい好きの4番が文句を言った。
 いつもなら先に服を洗った後、自分の身体をこすって洗う時間は十分にある。
 だが今回は服を洗った時点でシャワータイムが終了してしまったからだ。

 確かに今日のシャワー時間はいつもと比べて短い。
 その理由は簡単で、いつも部屋を糞で汚していた5番が死んだからだ。

 部屋が綺麗になればいいわけで、これは別に仔実装どもへのサービスタイムでもなんでもないのだ。
 糞蟲の存在がシャワータイムの長時間化に繋がっていたとは仔実装の頭じゃ思い至らないだろうね。

「文句を言ってはいけないテチ。与えられた状況すべてをありのままに受け入れるテチ」

 そんな4番に説法者のように言い聞かせるのは隣の3番の仔実装。

 3番は不思議な奴だった。

 外から人間がやって来てもまったくアピールをしない。
 他の仔実装が処刑されている間は、実装石にしては聞き慣れない言葉をひたすらに呟いている。
 今日は自分の処刑日だというのにまるで平常通りだ。昼に与えられたフードも手を合わせて落ち着いて食べている。
 なんというか、すでに死を受け入れているようにも見える。
 果たして実装石がそんな崇高な精神状態になることなどあり得るのだろうか?

「死にたくないテチ……こわいテチ……テェェェェン、テェェェェェェン」

 対照的にフードも喉を通らずひたすら泣いているのは逆隣室の2番。
 こいつは今朝から明らかに顔色が悪く、目前に迫った死に怯えきっているのが痛いほどよくわかる。

「死を恐れてはいけないテチ」

 手元に置いたリンガルにそんな言葉が表示された。
 どうやら3番が今度は2番を諭そうと何か話しかけているらしい。

「死は所詮一時の苦しみに過ぎないテチ。苦しみの後に喜びもあるテチ」

「……テ?」

「この肉体は所詮借宿にすぎないテチ。死んだ後もタマシイは滅びずジッソーはサンゼをひたすらに繰り返すテチ。
 やがて多くの苦しみを超えたタマシイはゲダツして真のゴクラクへと向かうテチ」

 なんだこいつ。実装石のくせに仏教徒なのか?
 いや、仏教徒にしては随分といい加減で都合の良い解釈だが。

「テェェ……アナタが何を言ってるのかよくわからないテチ」

「恐れないことが肝心なんテチ。ワタシのようにイノルことで心の平静を保てば、一時の苦しみなど簡単に乗り越えられるテチ」

「でもやっぱり死ぬのはこわいテチ……」

 まあこの3番がひたすら特異な個体ということなのだろう。
 残念ながらありがたいご高説も2番の恐怖を取り除いてやることはできなかったようだ。


 ボーン、ボーン。

 そして処刑の時間、午後7時。
 チャイムが鳴ると同時に2番は一昨日の7番を思わせる大声で叫んだ。

「テッチャーッ! 死ぬのはイヤテチャーッ!」

「テプ、テプ、テプ……」

 対照的に3番は手を合わせて例の聞き慣れない言葉をひたすら唱えている。
 念仏のようなモノだろうか? 
 こいつの飼い主がどんな奴でどういう経緯でこいつを捨てたのかが気になるところだ。

 とりあえず俺のやることは変わらない。
 いつものようにトングでまずは2番を掴み、処刑用水槽へと移動させようとして————

「イヤーッ! ぜったいイヤテチーッ! テチャー! テチャー! テッ、テッ、テッチャーァッ!」

「あっ、こらバカあんまり暴れると————」

「テーッ! テチーッ! ……テ?」

 全力で暴れる2番に思わず手の力が緩む。
 2番はトングから落下し、リノリウムの床へと真っ逆さまに落ちていき。

「ヂッ」

 潰れたプリンのように赤と緑の染みになってしまった。

「うわーっ、やっちまった!」

 俺は大いに慌てた。
 事故とはいえ預かり物の仔実装を殺したとなれば始末書は免れない。
 今晩は残業確定である。
 2番のやつ……最後の最後で俺に一矢報いてくれたな……

「テ……? テ……?」

 ああ、仕方ない。とりあえず残った仕事を先に片付けちまおう。
 俺はいつの間にか念仏をやめて潰れた2番の死骸を呆然と眺めている3番をトングで掴んだ。
 うん、こいつは大人しくていい仔だな。溺れ死ぬ時も騒がないでくれるとありがたい。

 3番を処刑用水槽に入れ、シャワーを注ぐ。
 その時、変化は突然起こった。

「…………嫌テチ」

「ん?」

「嫌テチーッ! やっぱり死ぬのは嫌テチーッ!」

 なんと、それまで落ち着いていた3番が急に騒ぎ始めたのだ。

「グチャグチャになったテチ! 死んだテチ! 痛そうテチこわいテチ! 
 生まれ変わるなんて嘘テチ! ゴクラクなんてありっこないテチ! ぜんぶ嘘テチ!
 死んだらそれで終わりテチ! 何もかもお終いテチ! あとは無しかないテチ! そんなの嫌テチーッ!」

 おおう、なんか知らないけど突然信仰を捨てたぞこいつ。
 同族の無残な死に様を目にして動物としての本能の方が強くなったか。

「ニンゲンサンお願いテチワタシを助けテチ! ワタシ立派でモハン的なシュージンだったテチ!
 おいそこの糞蟲、ワタシと変われテチャァ! 不様に死ぬのはオマエの方がお似合いテチャァッ!
 おいこら見てないで助けろテチクソニンゲンーッ! イヤーッ! シニタクナイテチーッ! 助けテチーッ!」

 ……心変わりしたとは言え醜いことだ。
 さっきまで落ち着いて仲間を諭していた高僧のようなお前はどこに行ったんだ。

 ふと俺は自分自身の死についても考えてしまった。
 現代日本人として俺は普通に無神論者だし、死んだ後もなんとなくあの世とかないのかなーと思ってた。
 だが普段は考えないようにしている死を目前としたとき、最後まで安らかで居るためには何かを信じ込むことも必要なんじゃないのだろうか。
 そう考えると宗教って人間の産み出した知恵なんだな〜、とか柄にもないことを思ってしまう。

 ああ、それよりも始末書を書かないと。
 いつやってくるかわからない死よりも目の前の残業を片付ける方が大事だよね。

「ゲベガボガボゲボガボ」

 始末書を書いている間ずっと放置していた3番の水死体をすくい上げたのは、それから30分ほど経ってからだった。



   ※

1・空室        
2・空室         
3・空室
4・体調悪し        【1】 
5・空室
6・空室 (引き取り済み)
7・空室
8・体調悪し        【1】
9・状態良し、姉妹の姉   【2】
10・状態良し、姉妹の妹   【2】

 一時は10匹もいたこの処分待機室も、気付けば残り4匹まで減っていた。
 5日連続で持ち込みが続いたためここしばらく退屈しなかったが、やはり都合良く増えるばかりではないのだ。

 朝の洗浄の時点で4番と8番の処刑日組がかなりぐったりとしていた。
 4番はいつものように服を脱いで洗うこともせず、水槽の隅っこに座り込んだままシャワーに打たれるがままになっていた。

「もうダメテチ……ワタシタチ、みんな死ぬんテチ……テェェェン、テェェェェン」

 そしてついには泣き始めてしまう。
 8番はもっと弱り切っていた。
 水槽の中央に横たわると、止めどなく涙を流しながらむせび泣いている。

「テェック、テェック……」

 考えればこいつらも憐れなやつらだ。
 別に悪意を持って虐待されているわけではない。
 むしろ一時は人間に飼われていたのだから幸運な立場だったと言えるだろう。
 それなのに人間の都合で捨てられ、人間の間違った善意のせいでこのような絶望の時間を味わわされている。

 まったく、実装石って奴は本当に……かわいくて仕方ないぜ!



 trrrrr……

 昼過ぎ、デスクの電話が鳴った。
 与えられた餌すら食べずに放置していた4番と8番が同時に顔を上げる。

「はい、もしもし」

「あ、こちら受付。引き取りしたいって人が来てるよ」



「よろしくなノ。選ばせていただくノ」

 うわぁ……

 そいつの姿を見た瞬間、俺は確信した。
 書類には引き取り理由・愛護のためと書いてあるが、このデブから放たれるオーラは紛れもない虐待派のそれだった。
 しかも恐ろしく陰湿な、きっとどうしようもない自分の人生の鬱憤を晴らすために実装石を虐待するような、性根の曲がったタイプの人間だ。

「んん〜っ、どれにするかなノ。せっかくわざわざ双葉市まで来たんだから、いいくそむ……仔を選びたいノ」

 資料に記された住所を見るとわざわざ関東からやって来たようだ。
 確かに今の時勢、こんな施設は全国でも双葉市くらいにしか存在しない。
 そういうのを好む人間にとってこの街が聖地のように扱われていることも知っている。
 実装石の聖地とは大半の無関心派の住人にとっては不本意だろうが……
 まあ露出魔の聖地と呼ばれてる某市よりはマシか。

 知る人ぞ知るこの処分待機場は、タダで仔実装を引き取れる事に加えてもう一つの利点がある。
 それは「死を目前とした仔実装を助けてあげることでものすごく懐かれる」可能性があるということだ。
 死の淵から救出してあげたということは図らずも極上のアゲに繋がる。
 仮にこの後、凄惨な虐待を受けたとしても「この人は自分を助けてくれたニンゲンだから」とギリギリまで新たな主人を信じようとするのだ。

 このデブは明らかにそれを狙ったやつである。
 しかしそうと気付かない仔実装たちはギリギリで訪れた最後のチャンスに必死のアピールを開始する。

「テッテロケ〜♪ ニンゲンサン、お歌を聴いて下さいテチ〜♪」

「ワタシなんて踊りながらうたえるテチ〜♪ テッテロケ〜♪」

「テェ!? ま、負けないテチ〜♪ ワタシも踊るからワタシを選んでテチ〜♪」

「テッテロケ〜♪ テッテロチュ〜♪」

 互いに競い合うように歌い、踊り、自らの良さをアピールする4番と8番。
 この機会を逃せば確実に死が待っているとわかっているから、その歌声の軽快さと比べて態度は必死のそのものだ。
 デブはそんな二匹をニヤニヤした顔で見比べている。

「ん〜、どっちも捨てがたいノ。いい声で泣いてくれそうで迷うノ。
 ここの引き取りルールが一匹限定じゃなければ四匹まとめて引き取ってあげたいところだったノ。
 ちなみに以下この行は読み飛ばし可なノ。この『C』シリーズはボキの以前に出てた作品と同一作者なノ。つい思いついた露骨なパロディを書いたはいいけど叩かるのが怖くて名無しで投稿したノ。オーソドックスなとしあきキャラは妹ちゃんのキャラが固まりすぎてできなかった短編を書くのに都合良くてそのまま続けてるノ。なのでこの期に同一作者の作品を↓にまとめておくノ」

 なにかよくわからない独り言を呟きながらしばらく迷っていたデブだったが、最後は8番のこのセリフが決め手となった。

「ワタシを飼ってくれたらゴシュジンサマを死ぬまで愛し続けるって誓うテチ〜♪」

「お前に決めたノ。名前は『虹裏』にするノ」

「テチャッ!? テッチャー、テチャー! ありがとうテチ! ありがとうございますテチゴシュジンサマァ!」

 選ばれた上に即座に名前までもらえて8番は狂喜乱舞した。
 俺は8番をトングで摘まむと持ち帰り用の紙箱に詰めてやる。

「グフフ……愛情深い元飼い実装がタダで手に入るとか、まったく双葉市は最高だぜなノ……」

 醜悪な笑みを浮かべながらデブは挨拶もなく去って行った。
 さようなら、8番。
 お前は間違いなくここ最近で一番かわいそうな結末を迎えるだろう。
 間もなく死んでしまうのとどっちが幸せかは俺には判別がつかないが。

「テ……テ……」

 一方、あのデブの性質など理解できていない4番は、自分が選ばれなかったことに深く絶望していた。
 最後のチャンスを失い、この先に待っているのは逃れようもない確実な死。
 元より絶望しきっていたところ、最後の気力を振り絞った歌とダンスを認めてもらえず、4番の心は完全に折れた。
 
「テェェェン、テェェェェン!」

 水槽の真ん中に座り込み、恥も外聞もなく大声で泣きわめく。
 ブリブリと糞を漏らし容赦なくパンコンするが、きれい好きなはずの4番はもはやそれを気にすることもなかった。
 そこから二つ離れた水槽では姉妹が透明な壁を挟んで寄り添っていた。

「あの仔、きょうの夜には死んじゃうテチ……」

「かわいそうテチ……」

 こいつらは引き取られてからというもの、特に大きく騒ぐことも餌を残すこともせず大人しくしていた。
 自分たちも同じ立場でありながら他者を気遣えるだけの心の余裕が残っているのは、気心の知れた肉親がすぐそばに居るためだろうか。
 まあそれも明日になればどうなるかわからないが。



 4番は散々泣きわめいた後、最後の望みとばかりに俺に対して必死の説得を行ってきた。
 助けて、許して、ここから出して。誰にも迷惑かけずにひっそりと生きていくから殺さないで。
 しかしもちろん応えてやるわけにはいかない。俺は心を修羅にしてその訴えを無視し続けた。
 
 ふと時計を見上げると6時半を差していた。
 もうすぐ終わりの時間だな……と切ない気分になったとき、デスクの電話が鳴った。

 trrrr……

「はい」

「こちら受付。また引き取りたいって人が来てるよ」

 なんと!
 タダでさえ珍しい引き取り手が一日にふたりも来るなんて、俺の知ってる限りで初めてのことである。
 すっかり諦めモードに入って横たわっていた4番は、部屋のドアが開いて外の人間がやってくると、まるで電撃を受けたように跳ね起きた。
 その身体がふらりと揺れる。パンコンしていたため重心がぶれたのだ。

「テッ、テェッ! テッチャァ!」

 大いに慌てる4番。
 二度と来ないと思っていたチャンスがせっかく現れたのに、自分はみっともなくパンコンしている。
 これじゃ、このままじゃニンゲンサンに選んでもらえない!

「さあて、どうしよっかな〜」

 引き取り手の中年男性は姉妹の入った水槽の前で二者を見比べている。
 たまたま入り口に近いそちらに先に目が留まったからだろう。
 その横顔を4番は絶望的な表情で眺めていた。
 アピールしたくても、みっともなくお漏らしした自分をどうやって売り込めば良いのかわからないのだ。

 ところが、奇跡は思わぬ所から起きた。

「ニンゲンサン、あっちの仔をもらってあげて欲しいテチ」

 9番ケージの中の姉妹の姉の方がそちらを腕差した。

「ワタシたちはまだ余裕があるテチ。でもあの仔は今もらってもらわなかったら死んじゃうテチ。だからお願いしますテチ」

「ワタシからもお願いしますテチ。ワタシにはオネチャがいるけど、あの仔には家族が居ないテチ。ニンゲンサンがゴシュジンサマになってあげて欲しいテチ」

 なんと、姉妹は自分たちを覗き込む人間に対して4番をもらってあげるように勧めていた。
 明日には潰えることになっている命が助かるチャンスだというのに。
 危機感が足りない……わけではなさそうだ。
 きっと本当に優しい心を持った姉妹なのだろう。

「テ……テ……!」

 驚きに目を見開くのは4番だった。
 引き取り手の男性はリンガルを持っていないので姉妹の言葉は通じないが、なんとなく態度から察したようで少し離れた4番の水槽に視線を向ける。

「ん〜、今日が最後の仔か〜」

 4番はもう必死のアピールもしない。ただ水槽の壁に縋り付いて涙を流しながらその人間を見上げていた。

「よし、この仔を飼ってあげよう!」

「テッチャァ!」

 そして彼がそう言うと、あまりの喜びにまた糞を漏らした。

「あ、ありがとうございますテチ! ニンゲンサン、ここにお名前を書いて下さいテチ!」

 水槽の付箋を裏側からぺしぺしと叩きながら4番は感激の涙を流す。

「うんうん、仔実装の嬉しそうな姿を見ていると心が洗われるなあ……ねえ、職員さん」

「はい?」

「悪いけど持って帰るケージを忘れて来ちゃいました。ちょっと家まで取りに行ってきますね」

「いいですけど、あと30分でここは閉まりますよ」

「あちゃあ、そりゃ大変。急いで持ってこなくちゃねえ」

「もし明日まで取っておくなら付箋に名前を書いていただければ残しておきますけど」

「あ、別にいいです」

 彼は水槽の中の4番に話しかける。

「ごめんね。急いで君のお家を持ってくるから、もうちょっとだけ待っててね」

「わかりましたテチ! お待ちしてますから早く来て下さいテチ!」

「それじゃ職員さん、ありがとうございました」

 そう言って引き取り手の男性は一礼して去って行く。
 うん、これはあれだ。
 もう二度と来ないな。あの人は。

 シュレディンガー派と言う虐待派がいる。
 実装石に時限式の酷いことをしつつ、その後の結末を思い浮かべて悦に入るタイプである。
 初めて会うが彼はそういう人間なのだろう。 
 これから死に行く実装石に希望を与えるだけ与えて放置するという妄想便りの高度なプレイヤーだ。

 まあ、その結果をしっかりと見られる立場である俺から見れば素晴らしいエンターテイナー様だが。

「楽しみテチ〜、優しそうなニンゲンサンに飼われてワタシの第二の実装生が始まるテチ〜」

 思いっきりパンコンしながらも、すでに夢見心地で自分が飼われる姿を想像して悦に入っている4番。
 幸せ回路はかつてないほどにフル稼働していることだろう。

 そして30分後。やはり彼はやってこなかった。
 俺は黙って処刑用水槽を準備する。

「テチ? ショクインサン、今日は悲しいことになる仔はだれもいないはずテチ。なんでこわい水槽を準備してるテチ?」

 不思議そうな顔で4番が聞いてくる。
 すでにこいつの中で自分は救われた立場つもりでいるのだろう。

 だが残念ながら、付箋に名前も書かれていない状態では引き取りの約束は成されていない。
 処分待機の仔実装は期日になったら粛々と処理するだけだ。

 俺はトングで4番を掴んで水槽に移した。

「テ? ニンゲンサン間違ってるテチ。ワタシが入るのはあの白いふかふかの入った箱のはずテチ」

 蛇口を捻ってシャワーを注ぐ。
 4番は何を勘違いしたのか服を脱ぎ始めた。

「わかったテチ。うんち漏らしたままじゃニンゲンサンに失礼だから洗うテチ。テッテロケ〜♪」

 楽しそうに歌いながら服の汚れを落とす4番。
 腰の辺りまで水が溜まってもなお異変に気がつかない。
 ……いや。

 ふと4番が顔を上げた。
 そして口元に手を当てて笑い出す。

「テププ……ワタシは飼い実装テチ。選ばれたんテチ」

 楽しそうに笑いながら、色のついた涙を流す。

「だから殺されるはずないんテチ。こんなのは嘘に決まってるんテチ。テプッ、テププププッ♪」

 すでに肩の辺りまで水に浸かっているにも関わらず、こいつは騒ぎもせず服をごしごしと擦りながら歌い続ける。

「テッテロケ〜♪ テッテロケ〜♪ これは単なるお洗濯テチ〜♪ 違うんテチ〜♪ おしまいの雨じゃ……ないん……テ……チ……」

 パキン

 笑顔のまま、涙を流しながら、4番は偽石を崩壊させて死んだ。
 受け入れがたい死に対して幸せ回路で抵抗するという、ある意味で3番以上に実装石らしい恐怖からの逃れ方をしながら。
 俺はルール通りに4番の身体を水に浸してから15分待ち、取り出した死体を火葬した。



   ※

1・空室        
2・空室         
3・空室
4・空室        
5・空室
6・空室 (引き取り済み)
7・空室
8・空室 (引き取り済み)  
9・状態良し、姉妹の姉   【1】
10・状態良し、姉妹の妹   【1】

 新米だった姉妹にも最期の日がやってきた。

 今日、新入りが来なければ完全に待機所は空になってしまう。
 そうなったら俺の仕事は単なる空き部屋管理だ。
 給料はもらえるが退屈極まりない仕事になってしまう。

 さてその姉妹だが、当日になっても特に慌てたり騒いだりすることはなかった。

「イモウトチャ、覚えてるテチ? ゴシュジンサマとコウエンに行ったときのこと」

「覚えてるテチ〜、あの時はとっても楽しかったテチ〜」

 やはり肉親がすぐそばに居ることが精神安定に役立っているのだろう。
 透明な壁で隔てられ触れあうことはできないが、姉妹は水槽の隅っこでお互いに向き合いながらテチテチと飽きもせず会話を続けている。
 産まれてから保健所に預けられるまでわずか10日ほどだったと資料には書いてあった。
 すでにここで過ごした時間は実装生の三分の一になっている。
 短すぎる記憶の中、語ることなどほとんどないだろうに……

 今日もいつものようにシャワーで身体を洗い、与えられたマズいフードをカリカリと囓る。
 壁を隔てていつでもふたりは一緒。
 俺はデスクに突っ伏しながら横目でそんな姿を眺めていると、いつの間にかうとうとと眠りに落ちてしまった。



 ……ん。
 ああ……おっと。
 いかんいかん、仕事中に居眠りをしてしまった。
 幸いにもまだ時刻は午後六時。最期の業務の時間にはなっていない。
 姉妹を見ると相変わらず二匹でテチテチと語り合っていた。

 ふと机の上に置きっぱなしだったリンガルに目を通す。
 そこには大量の文章データとして姉妹の声が残っていた。
 さあ、死を目前にしたこいつらはいったいどんな会話をしていたのか————

『ニンゲン、寝てるテチ』

『今がチャンステチ。イモウトチャ、よく聞くテチ』

 うん?

『おしまいの雨の部屋に入れられるとき、ワタシが抵抗してニンゲンを油断させるテチ。その隙にイモウトチャはここから逃げるテチ』

『テェェ……オネチャを置いて逃げられないテチ……』

『言うことを聞くテチ。ぜったいにもう一度ママに会うって話したテチ。ふたりいっしょが無理ならイモウトチャだけでも夢を叶えて欲しいテチ』

『テチ……』

『ママにはワタシが勇敢に戦ったと伝えて欲しいテチ』

 よく見ると変わらず語り合ってる姉妹の目には涙の後があった。

 えーと……うん。
 あまりにも計画が穴だらけで反応に困るが、どうやらこの姉妹、俺が寝ている間に反乱を企てていたらしい。
 大人しいと思ったらそんなことを考えていたのね。

 いちいち説明するのも面倒だが、果たして仔実装が俺にどんな抵抗をするというのか。
 今まで仲間たちが為す術もなく掴まって水槽を移されていたのを覚えていないのか。
 はたまた本気でやれば何とかなると思ってるのか。
 そして俺が隙を作ったとして妹はどうやって脱出するというのか。
 その時点でまだ妹は自分の水槽の中のはずなんだが……出られるなら夜のうちにいくらでも抜け出せるだろうに。

 いや、言うまい……
 産まれて二週間ちょっとの仔実装たちの考えることだ。
 こういった最期の抵抗を考えるのも死への恐怖を和らげる一つの手段なのだろう。

 だけど、ごめんな。
 反抗を企てたやつらはちょっと違った方法で始末しなきゃ行けない決まりなんだ。

 時刻は午後6時10分。
 俺はため息を吐くと、いつもの朝シャワーの蛇口の横にあるコックを捻った。
 網目状のトイレ部分にある透明な板がスライドし、下水管に通じる部分に蓋がされる。

 これで個別水槽からも排水機能は失われた。
 そしてシャワーの設定温度をめいっぱいに上げる。
 姉妹は仲良く話していて俺の行動に気付かない。
 すでにこの四日でチャイム=終わりの時とすり込まれているこいつらはまだ最期の時は来ないと安心しきっているのだ。

 悪いな。こいつは決まりで、俺はそれに従わなきゃ行けないんだ。

 俺は設定温度を75度に上げたシャワーの蛇口を捻った。

「……テ? お洗濯の……雨……テッチャァァァァァァ!」

「熱い! 熱いテチャァァァァァァッ!」

 人間でさえ火傷をする高温の雨。
 それが滝のように小さな仔実装たちに降り注ぐ。
 反抗を企てた仔実装は周りにその思想が伝線する恐れがあるので、強烈な見せしめとしてこの熱湯シャワーの刑が科せられる。

 まあ、もう他に生きてる仔実装はいないから別にやる意味はないんだけどな。
 ルールだからやる。お役所仕事で一番大事な基本原理だ。

「オネチャァァァァ! 熱いテチィィィィィッ!」

「助けテチィィィィ! イモウトチャァァァァ!」

 ガラス板一枚を隔てて姉妹は向き合いながら、必死にポフポフと水槽の壁を叩く。
 突然すぎる熱湯攻撃に状況理解が追いついていないらしく、俺に助けを求めたりはしてこない。
 一抹の寂しさを覚えながら、俺は最期になる姉妹の家族愛を眺めていた。

「シニタクナイテチィ……オネチャァ……!」

「イモウトチャ……ママ……ママァ……!」

 お互いを隔てる壁さえなければきつく抱きしめ合っていただろう。
 姉妹はガラス板にぴったりと身体をくっつけたまま、熱湯の海の中に沈んでいった。

 頭まで熱湯に沈み、熱さと息苦しさに悶える姉妹を見ながら俺は思う。
 どうせこうなった時点で報告書類をまとめるため残業は確定だ。
 せめてもっと早い時間に反抗が発覚していればよかったのに。

 ま、これも死に行く仔実装たちから精一杯の抵抗を食らっちまったんだと諦めよう。
 俺は熱湯シャワーを止めると、妹の方をトングでつまみ出してやる

「テ……?」

 急に熱さと苦しさから解放されて呆けた顔をする妹仔実装。
 もちろん助けてやることはできない。
 そんな事をしたら始末書どころじゃ済まないからだ。

 持ち上げた妹を改めて姉と同じ水槽に落とす。

「テチャァァァァァァッ!」

 熱湯の中で互いの身体を抱きしめ寄り添い合う姉妹。
 生後二週間ちょいの生き物が必死に抵抗を試みたんだ。
 その気概に免じて、これくらいのサービスはしてやってもいいよな?

「オネチャ、オネチャァ……」

「イモウトチャ……」

 抱擁し合いながら全身を真っ赤にゆであげた姉妹の死骸をつまみ上げつつ、俺は明日からの退屈な業務を思ってため息を吐いた。



   ※

 預かっている仔実装がいなくても施設は運営しなくてはいけない。
 今日から俺の仕事は単なる空き部屋管理だ。
 Wikipedia巡りでもしながら時間を潰すしかないかと考えていると、デスクの電話がなった。

「受付だ。大仕事が入ったぞ」

 俺と違って暇をこよなく愛する先輩が不満そうな声で言う。
 なんでも、近所で駆除があったらしく大量の仔実装が引き取られるそうだ。
 うち以外でも何カ所かに割り振られるが、30個の水槽が満タンになるほど仔実装が送られてくるらしい。

「5日後は残業確定だよちくしょう……駆除業者の野郎、キチンと始末しろよな……」

 野良駆除においては仔実装であろうともその場の始末が認められる。
 しかし生きて回収してしまった以上は、保健所に持ち込まれた飼い実装と同様に5日間の保護をしなければならないのだ。

 フル稼働となれば日々の業務もそれなりに大変になる。
 だが俺の心は晴れやかだった。

「先輩! そんな暗い声出してないで、仕事がんばりましょうよ!」

 なにせかわいいかわいい仔実装たちの死へのカウントダウンを思う存分観察できるのだ。
 躾の行き届いていない野良たちは自分が殺されるために預けられたと理解したとき、どんな反応をしてくれるのだろう?
 それを思うだけで俺はワクワクが止まらなかった。

 さあ、今日も一日お仕事がんばろう!


                                   おわり

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1 Re: Name:匿名石 2016/09/12-21:54:32 No:00002525[申告]
ちょっとここの採用面接受けてくる
2 Re: Name:匿名石 2016/09/12-22:37:23 No:00002526[申告]
楽しそうだなぁ~(刃牙感)

唐突なデブの語りには「つーかお前かよ太田!」とツッコミましたよ、ええ
シュレディンガー派というのも初耳ですが、高度すぎてついて行けない変態ってすごい(小波感)
3 Re: Name:匿名石 2016/09/13-23:22:23 No:00002527[申告]
人為は入りつつも基本的に淡々と処理する実装処分場の手順に従ってるだけで
積極的な介入は行わないあたりが高度な観察派だわ。
並の虐待派なら我慢できずに勝手に収容実装をミヂミヂしたり言葉責めでパキン死させたりで長く勤められんだろう。

しかしアレだ、世界観共通だったのかw
吹いたわw
連れてかれた末路を想像するのがまた楽しい、これってシュレディンガー派か?w
4 Re: Name:匿名石 2016/09/14-11:55:00 No:00002529[申告]
駆除や食実装もそうだが
こういう淡々と動物扱いで処理される話は下手な虐待よりずっと残酷で心に響くね
5 Re: Name:匿名石 2016/09/24-01:17:08 No:00002542[申告]
すごく面白かった
情と義務的な行動が適度に描かれているのがいい
6 Re: Name:匿名石 2016/10/02-02:40:12 No:00002560[申告]
仏法石がどんな飼い主に飼われていたやつか気になる
姉妹はどちらかまたは両方が糞蟲で醜い争いになるやつだとばかり思ってたけど最後まで家族愛はあったなあ

そして、やっぱり愛誤派が最低最悪すぎる
喚くだけ喚いて対策は出さないし
お前らが代わりにガス室に入ったらいいんじゃないかな…
7 Re: Name:匿名石 2016/10/02-15:17:51 No:00002564[申告]
最高の作品じゃないか。
今迄、見た作品なんか足元にも及ばない糞作品だ。
感動した!
8 Re: Name:匿名石 2016/10/02-16:10:23 No:00002565[申告]
最高の作品じゃないか。
今迄、見た作品なんか足元にも及ばない
感動した!
9 Re: Name:匿名石 2016/10/14-07:08:22 No:00002585[申告]
あちこちに感想書き回るなら
せめて削除キーの使い方くらい覚えろよ
10 Re: Name:匿名石 2019/09/09-17:54:46 No:00006095[申告]
仏法石の最後はナディアを思い出した
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