タイトル:【害】 空飛ぶ糞蟲!? 実翔石の悪夢! の巻
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作者:みぃ 総投稿数:41 総ダウンロード数:1262 レス数:6
初投稿日時:2016/09/05-08:20:36修正日時:2016/11/26-07:04:10
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 それは一人の無責任な愛護派の発言から始まった。



「天使のようにかわいらしい実装ちゃんに天使のような翼があればもっとかわいくなると思うザマス」



 普通なら単なる妄言で終わるだけのセリフである。
 しかし都合の悪いことに、この成金婦人は自由に動かせる莫大な資産を持っていた。
 そして彼女の愛人はとある大企業の経営者であり、また『合成遺伝子学』の権威でもあった。

「実装石の品種改良を行う部門を設けよう。資金はいくらでも出す」

 こう言われて喜ばない科学者はいない。
 日本が誇る魔改造大好きHENTAI科学者たちは、潤沢な資金を惜しみなく費やして盛大な実験を開始した。

「実装石に鳩の遺伝子情報組み合わせてみました」

「なんだこりゃ、奇形ってレベルじゃねーぞ。不快だから潰せ」

「チベッ」

「失敗だな。最初から上手くはいかないものさ」

 普段から様々な生物を相手にしている科学者たち。
 彼らは実装石を糞蟲だと侮蔑するような気持ちは持っていない。
 代わりに代わりに一個の命として尊重することもなかった。

「改めて遺伝子配合を変えてみました」

「鳩分が弱すぎだな。これじゃタダの実装石とかわりない」

「チベッ」

 意志の力でさえその姿を微妙に変える特性を持つ実装石。
 極上のレスポンスを持つその小動物は彼らにとって最高の実験対象だった。

「あ、今回は一匹だけ原形を保ったまま羽だけが生えた個体がありました」

「どれどれ……バランスが悪すぎだ。自立できなきゃ意味がない」

「だが手応えはあるな。もうちょっと改良を続けてみよう」

「チベッ」



「今回の結果をご覧下さい」

「なんだこりゃ。羽が黒いぞ。こっちは耳が欠けてやがる」

「チベッ」



「外見上は問題なく成功しました。ただし内臓の大部分を翼の根が占めているため出産能力を有していませんが」

「それじゃ生物として致命的だろ。あ、でも一応婦人には送っておけ」

「チベッ」



「夫人は大喜びみたいでしたよ。引き続き研究は続けてもいいって社長から許可が出ました」

「どうせ羽があるなら実際に飛ばしてみたいよな。あ、これもういらないから捨てておいて」

「チベッ」



「こんな飾りみたいな翼じゃ飛ばすのは無理ですよ」

「チベッ」



「飛べるとしても鳩胸じゃ実装石とは言えないでしょう」

「とすると鳥より昆虫だな」

「チベッ」



「トンボやセミの遺伝子を使ってみたらどうかな?」

「チベッ」



「ははは、こりゃおもしれーわ。もっといろんなモノと掛け合わせてみようぜ」

「チベッ」



「やっぱネックは大きさですね。成虫でも親指と仔実装の間くらいの大きさになるよう成長抑制しましょう」

「骨をもっと柔らかくして軽量化しないとな。何世代か回して地道に変えていこう」

「チベッ」



「やっばー。サンプル400番から600番を倉庫の奥で放置しっぱなしでした」

「おいおい頼むよ。生体もタダじゃないんだからな」

「失敗作の廃棄が追いつかない。大型処理機を導入しよう」

「チベッ」「チベッ」「チベッ」「チベッ」「チベッ」「チベッ」「チベッ」「チベッ」「チベッ」「チベッ」「チベッ」

 言い出しっぺの愛護派はすでに実装石から興味を失っていたが、一度情熱に火がついた科学者たちは止まらない。
 すでに当初の目的は果たされた。あとは資金を使い尽くすか底知れぬ欲望と探究心を満足させるためだけに彼らは研究を続ける。

 試行錯誤。言葉にすればわずか4文字である。
 しかし失敗作の烙印を押された命は実に七〇〇〇〇匹。
 途方もない数の死を積み重ね、ついにそれは完成した。

「やった、ついに完成したぞ……空を飛ぶ実装石が!」

「名前はどうします? 外見通りに翅実装?」

「いいや、もっとカッコイイ名前がいい。そうだな……こんなのはどうだ?」




 ————実翔石(じっしょうせき)というのは。



   ※

 うー(中略)僕は(中略)双葉としあき。
 休日に家でゴロゴロしながらゲームに興じていた俺は冷蔵庫からコーラを持ってこようとして、そこで思わず固まった。

「うあっ……!」

 ワンルームマンションの廊下と一体化した台所。
 その片隅に緑色の生き物がちょこんと立っており、ジッとこちらを見ていた。

 丸い顔とオッドアイの両目。
 中途半端な前髪とツインの後ろ髪。
 エプロンのような前掛けのついた緑色の服と尖った耳を覆う頭巾。

 そう、実装石だ。
 しかも大きさで言えば親指実装。
 吹けば飛ぶような弱々しい存在である。
 何かの間違いで人間様の住処に入ればあらゆる手段を持って一秒未満で殺されるような憐れな生物。

 そう、そのはずだ。
 むしろこいつが単なる親指実装であってくれと俺は本気で願う。

 OK、俺様クールになれ。

 こいつが単なる親指実装だろうと『アレ』だろうと同じ事だ。
 間合いはわずか二歩の距離。こいつがどっちだろうと踏み潰せばそれで終わりだ。
 床が緑と赤の染みで汚れるのは嫌だが万が一『アレ』だった場合を考えればたいしたリスクではない。

 よし、行くぜ。
 タイミングを計って……5、4、3、

「フェイントだっ!」

 ノーモーションで足を前に出し、そいつがいた場所を思いきり蹴りつぶす。
 手応え、もとい足応えは————なかった。

「レェーン!」

「うわあっ!」

 俺の踏みつぶし攻撃よりも一瞬早く動いた『そいつ』は、後ろ髪に見える翅を見えないほどの勢いで羽ばたかせた。
 実装石とは思えない速度で俺の視界を横切り、部屋の壁にぴたりと止まる。

「レーン、レーン、レーン」

 そしてどこかセミを思わせる聞き慣れない鳴き声を発する。

「ちくしょう! やっぱり実翔石だったか!」

 俺は素早く奥の部屋へ行き、いらない雑誌を握り締めそれを丸めて即席の武器を作った。
 そしてすぐ台所に戻ってきたが……

「ちっ、いない!」

 わずかの時間に移動したのかすでに同じ場所に実翔石はいなかった。
 逃げられたかと焦りを感じたのも一瞬、すぐにそいつは見つかった。

「レーン、レーン、レーン」

 やつは換気扇の近くに留まっていた。
 まるで自分の位置をわざと知らせるかのように、わざわざあの特徴的な鳴き声を発している。

「舐めるなッ!」

 俺は剣豪になったつもりで丸めた雑誌を振り抜いた。
 だが今度の攻撃も当たる直前で翅を翻して逃げられる。
 しかも今度は強烈な反撃が来た。

「わぶぶぶぶぶぶぼばあっっ!」

 実翔石は俺の頭上を越えながら緑色の糞便を盛大にぶちまけた。
 それは俺の顔面に容赦なく降り注ぐ。

「ぐわーっ! ぐわーっ!」

 耐えがたい悪臭と不快感。
 さらに実翔石はそんな俺を小馬鹿にするように廊下に降りると、普通の実装石がそうするように口元に手を当てて笑った。

「レププ、レプププッ!」

 この……糞蟲がァっ!

 怒りのままに拳を叩きつける。
 しかし実翔石はこれを四つん這いになってカサカサと避けた。
 そいつはそのまま奥の部屋へと逃げ込んでいく。

「レーン、レーン、レーン」

「待ちやがれァ! ぶっ殺してやんよォ!」

 戸棚から引っ張り出した殺虫剤を片手に部屋へと飛び込む。
 しかし実翔石は噴射範囲を大きく迂回するように飛んで逃げ回る。
 そのたびに部屋は緑色の糞で汚れていく。

 読みかけの漫画が、奮発して買ったハイビジョンテレビが、稼働中のプレステ4が。
 ベッドが、時計が、壁が、こっそり買った美少女フィギュアが。苦労して作ったプラモが。
 俺の部屋が次々と実翔石の糞で汚損されていく。

「ちくしょーっ! うおーっ!」

 パソコンラックの裏に逃げ込まれた時は、思わず後先考えずにデスクごと引っ張り倒してしまった。
 倒した拍子にモニターが割れ、破片があちこちに飛び散ってしまう。

「うわーっ! やっちまった!」

 即座に正気に戻った俺は絶望のあまりにその場で膝と両手をついてしまう。
 ああ、なんてことだ! 一体型のパソコンだからモニターだけ買い換える訳にはいかないのに!
 メーカーに問い合わせたら修理してくれるだろうか……
 などと考えていると、俺の右手に何かが触れた。

「レチ、レチュゥ」

 実翔石がまるで「ドンマイ」とでも言いたげに俺の手をぺしぺしと叩いていた。
 瞬間。俺は完全にフットーした。

「ぐぬらぼばれぼぎぼじゅばらぎゅぎょだごらべぶぢょあーっ!」

 壁に立てかけてあったエクスカリバー(模造刀)を鞘から引き抜き半狂乱で振り回す。
 盛大な音を立ててガラスが割れ、そこから実翔石が外へ逃げて行ったことに俺はしばらく気づけなかった。
 俺がようやく落ち着いてグチャグチャに荒れ果ててた部屋の中ですすり泣き始めるのと、近所の人が呼んだ警察が家に駆けつけるのはほぼ同時だった。



   ※

 HENTAI科学者どもが研究欲を満たすためだけに作った実翔石は、双葉市内限定で販売されたもののほとんど買い手はいなかった。
 もともと実装ブームが下火になっていた所に加え、普通の実装石と違った飼い方を必要とする実翔石の需要は驚くほどに少なかったのだ。
 たまに興味本位で買う物好きがいたとしても、その恐るべき敏捷性についうっかり逃がしてしまう者が大半だった。

 そして「人間に飼われて自由を制限された状況下ではわずか1週間ほどでストレス死してしまう」というペットとしてあり得ない欠点が見つかるに至り、
 実翔石はあっという間に流通から消えた。

 だが市場から消えるまでのわずか二週間弱。
 その間に誰かに買われ、逃げ出した実翔石はあっさりと野生化した。
 高い知性を持ち、他生物から逃げる『翅』を持った緑色の空飛ぶ生き物は、恐ろしい害虫として双葉市内に解き放たれたのだ。



「ちっちゃいニンゲンが来たレチ」

「レププ。マヌケに並んでひょこひょこ歩いてるレチ」

「それじゃワタチから行くレチ……レチャァ!」

 親指サイズの実翔石は後髪に見える翅を羽ばたかせ、下校中の小学生の頭上を横切った。
 同時に総排泄孔を拡げ、緑色の軟便を投下する。

「うわあ、ジッショーセキだぁ!」

「やだやだっ、うんちかけられたっ!」

「うわーん、わーんっ!」

 不意の爆撃を受けた小学生たちは驚き戸惑う。
 中には泣き出してしまう子もいた。

「レーン、レーン、レーン」

 それを近くの電柱に掴まりながら眺め下ろす実翔石。
 普通の実装石と異なる特徴は翅だけではなく、あらゆる物体に自在にくっつく分泌液を出す両手にもあった。

「ちくしょう! 降りて来やがれくそむし!」

 小学生の男の子が石を投げつけるも実翔石には当たらない。
 その必死な姿を別の実翔石が笑いを堪えながらこっそりと眺めていた。

「レププ……空も飛べず地面に這いつくばるニンゲンは本当にこっけいレチ」

 散々にプライドを満足させると、二匹は空中で合流し揃って大空へと羽ばたいていった。



   ※

「いいですか、みなさん。実翔石の糞害を避けるため晴れていても傘を差すのを忘れないように」

 双葉市内の学校では先生が子どもたちに注意を促している。

「オヤジ、実翔石が出たぞ!」

「うわあマジか! ちくしょう、今日はもう店じまいだ! 業者を呼べ!」

 街中では主に飲食店が被害を受け、実翔石が発生した場所では1日かがりで駆除が行われた。

「お前、最近あんまり車を大事に乗らないのな」

「だっていくら洗っても洗ってもすぐ実翔石が汚すじゃねえか! やってらんねえぜ!」

「だからってフロントに糞をくっつけたままってのはどうかと思うよ」

 街中は至る所が汚れ、市民たちもそれが当たり前になってしまっていた。

「うわーっ、なんでこんな所に実翔石が!」

「こいつらほとんどゴキブリだぜ!」

 やつらはコロリ等の餌を使った罠にもまるで引っかからない。
 公園の実装石などと違って段ボールハウスのようなわかりやすい巣を持たず、普段はどこに隠れているのかわからない。
 気がつけば生活範囲内に忍び寄り、明確な意志を持って糞で汚していく。
 それは社会生活にすら大きな影響を与えるほどの凄まじい害虫だった。

 休日に外出する人の姿はめっきり減った。
 誰の顔も暗く沈んでいた。



 無論、人間たちも黙っていたわけではない。
 業者による個別駆除は何度も行われた、が。

「ちょっと! せっかく駆除してもらったのにまた実翔石が現れたわよ!」

「根本を断たないことには……」

 野生の危機察知能力と実装石の知恵を持ち合わせた実翔石は簡単に逃げ果せてしまう。
 公園や建物など一定の場所から追い出すことはできても別の場所に潜伏し、日を改めてまた姿を現すだけだ。
 そして逆襲とばかりに強烈な汚染を再開するのだ。

「ひゃっはー! オレら『虐待連合』に任せろー!」

 市は苦し紛れに実装石の虐待派と呼ばれていた人間たちを雇い、一種のボランティア駆除団体を設立した。
 ところが彼らは思っていたほどの成果を上げてくれなかった。

「くそがぁーっ! 降りて来やがれ糞蟲ーっ!」

「レーン、レーン、レーン……レププ、レプププッ!」

 所詮は弱っちい実装石相手に調子に乗っていただけの乱暴者の集団。
 専門的な捕獲ノウハウもない。ただ暴れ回るだけの彼らは実翔石に翻弄され、怒り狂うあまり関係ない傷害を犯して逮捕される者も少なくなかった。

 中には根性で捕獲に成功する者もいたが。

「レーン、レーン……レェッ!?」

「ぐっへへへ! ようやく捕まえたぜ翅糞蟲がぁ! さあて、どうやっていたぶってやろうか……」

「レェェン、レェェェーン…レーン」 パキン

「うおおおお捕まえたそばからあっさりストレスで死ぬんじゃねえ糞くそクソおおおおおっ!」

 実装石以上に脆い実翔石は、捕獲する苦労に見合うだけの愉悦を決して彼らに与えてはくれなかった。



 汚れた街は人々の心をも変質させる。
 前述の虐待連合による暴力事件なども重なり、双葉市民たちの心はどこまでも荒んでいった。

「ひゃっはー! 実翔石は皆殺しだーっ! 殺させろ、頼むから殺されてくれよーっ!」

「殴れ! 刺れ! 犯れ! 殺れ! 壊っちまえー!! 愛護? 保護? 博愛? 飼育? そんなもの……クソ喰らえだ!
 そんなものは虚栄ココナッツですよー! 『虐待連合』の目にうつるものはただ一つ! デストローイ!」

「フハハハハ! 双葉タワーなどレイプしてくれるわー!」

「うわーん! どうせみんな実翔石に汚されるんだー! なら僕が汚してやるー!」 ブリブリブリィ

「果たして進化を辞めた人類に生きる意味はあるのでしょうか……?」

「双葉市に住む科学者どもは自分たちの事しか考えていない! だから抹殺すると宣言した!」

「戦え、実翔石、駆除業者。あたしの手の中で戦いなさい。勝った者をあたしが全身全霊を賭けて愛してあげるよ……」

「この辺がキラキラして胸がわくわくしてウルトラハッピー!」(^q^)

「そうさ……FUTABA CITY……汚れちまったこの街に……熱いのは……俺たちのABUSE……」(^q^)

 昼夜を問わず暴れ回る暴漢たち。
 発狂する者や電波を受信する若者たち。
 危険思想や薬物が蔓延し、街はさながらリアル世紀末の様相を呈していた。 



   ※

 市長官邸には多くの議員たちが詰め寄っていた。
 彼らはみな専門家の意見に耳を傾けている。

「現段階ではまだ双葉市外での目撃例はなく、実翔石の多く市北西部の双葉山に棲息している可能性が高いとのことです。
 山中で十分な栄養が確保できることからも生息域の拡大の兆候は今のところありませんが、次の繁殖期を迎え個体数を増やせばいつまでも留まっている保障はありません」

「市内の惨状は目を覆わんばかりの悲惨さを極めております。この被害が日本中に拡がればとんでもないことになります」

「市長、ご決断を」

「やむなし、か……」

 市長は数秒間目を閉じた後、重い腰を上げこの場の全員を見回すと凜とした声で命令を下した。

「ただいまより実翔石を特A級の生物災害と認定。
 直ちに対策本部を建てて国に大規模駆除を要請……実翔石の殲滅を開始する」



   ※

「レチ? 最近ニンゲン共をあまり見かけないレチ」

「きっとワタチタチに恐れをなして街を明け渡したんレチ」

「飛べない下等生物は愚かにも逃げるしかできないレチ。レプッ、レププ」

 高い木の上にゴミを集めた足場を造り、燕の巣のようなものを作っている実翔石が三匹。
 これはあくまで一例であり、中には下水道や住宅の空きスペースを巣にしている者もいる。
 個体事に巣の形式が違うのも駆除から逃れうる重要な要素といえた。

「臆病なニンゲンどもに逃げられちゃ困るレチ。うんちを当てる的がいなきゃつまらないレチ」

「同感レチ。特に小さいニンゲンが逃げ惑う姿は興奮モノレチ」

「レププ。お前らは本当にたいしたギャクタイハレチ。アイゴハのワタチは遠くからそれを見てれば満足レチ」

 いい気になってお喋りをする三匹。
 その中に割って入るように一本の管が下からのっそりと伸びてきた。

「レ? これなんレチ?」

「レチャッ! 逃げるレ————」

 勘の良い個体が即座に羽ばたこうとするが、その前に管から勢いよく吹き出したガスが樹木全体を覆った。

「レベベベベッ!」 「レヂャァ! 苦しいレチャァ!」 「レ……レ……ァ……」



 木上から落ちてきた三匹の実翔石が大地の染みになる。
 しかし人間たちはそれに対して一切の関心を払わなかった。

 全身灰色の防護服に身を包んだ駆除作業員たち。
 彼らの駆除対象は個別の実翔石ではなく森そのものだ。
 ひとつの木に滞留式の殺虫ガスを上から下まで浴びせたら、今度はその隣へ。
 ただ機械的にその作業を繰り返していく。

 実翔石は機動力の高さに比べ、生命力そのものは本家実装石と比べても極端に弱い。
 水溶性コロリを一〇〇倍に薄めたガスを噴霧するだけで簡単に殺すことができる。
 もちろん、逃がさずにガスを当てるには莫大なガスの量と人手が必要となる。

 しかし本気で駆除をすると決めた人間たちに容赦という言葉は存在しなかった。



 双葉市内の住人たちは国によって強制的に一時退去させられた。
 しかし予想したような反発はほとんど起きなかった。
 誰もが実翔石の害に辟易しており、大規模な駆除が行われることを誰もが心待ちにしていたのだ。
 自衛隊や全国各地の警察・消防団員、そして多くのボランティアが集められ総勢三〇〇〇〇人の駆除作業員が双葉市内で駆除を行っていた。

「二丁目の下水道は駆除完了」

「三丁目、空き家の個別駆除の終了まであと三百世帯ほどだそうだ」

 トランシーバーを片手に連絡を取り合っている作業員たち。
 その姿を柱の陰から見ている二匹の実翔石がいた。

「クソニンゲンども……下等生物のくせにやってくれるレチ」

「今に見てるレチ。仲間の仇は必ずとってやるレチ……レ?」

 彼女たちは背後に感じた気配に振り返る。
 そこには殺虫剤を手にした別の作業員が立っていた。

「ヤバいレチ、逃げ————レベバボバベバァ!?」

「ニンゲンサンやめてレチ! ワタチは悪いジッショーセキじゃないレチ! 話し合えばわか————レヂュボァッ!?」



   ※

「ニンゲンたちの反撃が始まったレチ」

 とある巣。複数の実翔石たちが作戦会議をしている。
 彼女たちもすでに人間が本腰を入れて自分たちを駆逐しようとしていることは理解している。
 それでもほとんどの実翔石たちはまだまだ余裕があった。

「飛べない地蟲どもがいくら抵抗したところでどうってことないレチ」

「どうせクジョは長く続かないレチ。しばらく巣に籠もって様子見してればいいレチ」

「灰色のこわいニンゲンがいなくなったところで、またウンチだらけにしてやればいいレチ。レププ……」

 楽観的に放す彼女たちの元に、外から一匹の実翔石がやってくる。
 フラフラとした動きながらしっかりと翅を動かし命からがらの体で巣に入ってきた。

「レェ……レェ……」

「ど、どうしたレチ!? 大丈夫レチ!?」

「ニンゲンどものガスに当たったレチ……苦しいレチ……」

「よく無事だったレチ。さあ、そこに横になって休んでるレ————」

「苦しいレチ。苦しいレチ。苦し……レボアァッ!?」

 瀕死実翔石は盛大に吐血し、その場に倒れ込む。
 慌てて介護しようとする周りの実翔石たち。

「しっかりするレチ、しっか……レ? レチ……レ……ァ……」

「頭が痛いレチ、苦しいレチ、レチャァ……」

 すでに事切れている瀕死実翔石の身体からガスが漏れ始める。
 それは瞬く間に巣に蔓延し、他の実翔石たちの身体を蝕んだ。



「ガス濃度は200分の1にしておけだとさ。
 食らった実翔石は即死しない代わりに、毒を持ち帰って仲間にも蔓延させてくれる。
 巣ごと一網打尽ってわけさ」

「了解です」



   ※

「オヤマの仲間はほとんど全滅したレチ」

「しばらく公園に避難するレチ。木に掴まってると狙われるから歩いてやり過ごすレチ」

 双葉山の一斉駆除から逃れた個体は市内に散らばった。
 そのうちの二匹はここ双葉市民公園に降り立ったのだが。

「翅糞蟲、見つけたデス」

「レ?」

 自分たちと似た形をしつつ、その何倍もの体格を持つ実装石に囲まれる。
 片割れは生体実装石にひょいと持ち上げられるとあっさりとその口内に消えていった。

「レチャァァァァァ!?」

「おっと、翅は残しておくデス。証拠があればニンゲンサンはコンペイトウと取り替えてくれるデス」

「な、なにするレチ!? ワタチたちはアナタタチの敵じゃないレチ! 仲間レチ!」

「黙るデス。オマエタチ翅糞蟲のせいでこっちは良い迷惑デス」

「ニンゲンが今回使ってる翅糞蟲用に希釈したガスはワタシタチには効かないデス。
 しかし巻き添えで弱い親指や蛆は全滅してしまったデス。貴重な保存食を殺されてみんな苛立ってるデス」

 実翔石という大敵を駆逐するため、人間たちはかつて糞蟲と蔑んだ実装石すらも利用した。
 身体能力は低いが同族の匂いを辿ってその場所を探し当てることができる実装石は安手の警察犬代わりとして重宝した。
 駆除部隊の中からはこいつらもまとめて絶滅させてしまえという過激な意見も出たが、かかるコストを考えてその意見は見送られたのは彼女たちにとって幸いだったと言えるだろう。



   ※

「こっ、こんな翅があるから狙われるレチ! ワタチは静かに生きたいだけレチ!」

 中には自らアイデンティティーである翅を引きちぎる実翔石もいた。
 実装石にとっての後ろ髪でもあるそれを失うことは彼女たちのプライドを大いに傷つけたが、それでも命を失うよりはマシだと思ったのだろう。

「レチャァッ! い、痛いレチ……でも、これで……」

 その個体はちぎった翅を大事そうに抱え、近くで駆除作業を行っていた人間に近づいた。

「ニンゲンサン、ワタチはもうただの親指チャンレチ! だから殺さないで保護して欲し……レチャァァァァァッ!?」

 無論、そんな勝手な要求が通るはずもない。
 射程範囲に入るなりガスの噴出を食らって息絶えた。

 翅を失ったところで産まれてくる仔は実翔石である。
 将来の危険を考えれば生かしておく理由などなにもないのだ。
 
 さらに言えば駆除部隊は実装石だろうと実翔石だろうと構わず一度はガスを吹きかける。
 体力のない普通の親指は死んでしまうが、それで怒るのはよほど愛情深い親くらいだ。
 疑わしきは抹殺せよ。駆除部隊に手心は一切存在しない。



   ※

 う〜(後略)

 蒸し暑い防護服の中で俺はため息を吐いた。
 実翔石駆除ボランティアに参加してから三日目、すでに街の大部分で翅糞蟲どもは完全に駆逐されたと聞いている。

「おい双葉! 休憩に入れ!」

「はい!」

 防護服を脱いでベンチに腰掛ける。
 やっていることと言えば命令に従ってひたすら事務的に実翔石の生活域を潰していくだけ。
 思ったような爽快感はまったくなく、特に二日目以降は実翔石の姿すらほとんど見ることがなかった。

「まあ、駆除の現場ってこんなもんだよな……」

 それでも結果を出すことが一番なのだろう。
 実翔石の飛んでいない青空を見上げれば不思議と満足感が沸き上がってくる。
 
 双葉市はシケた街だ。陰気くさいし娯楽もない。 
 いつかおん出てやるってずっと思ってた。 
 でも不思議だよな……今、この街を守りたいと思ってる。 
 あんな糞に汚染された状態を見ながら陰でニヤけている奴らがいる翅糞蟲がいたかと思うと胸クソ悪くてヘドが出そうだ。
 相手が誰でもオレの生まれた街で勝手なマネはさせねえ。

「レチ、レチッ!」

「ん?」

 ふと横を見ると、一匹の翅糞蟲がベンチの上に立っていた。
 翅を後ろ髪に擬態せず見せつけていることからも逃げ隠れするつもりはないのだろう。
 それどころか必死に何かを訴えかけようとしているように見える。
 いったいどういうつもりだ? 俺がお前らを駆除している人間だって事はわかるだろうに。

 ルールでは実翔石は見つけ次第ガスで殺すことになっている。
 しかし俺はなんとなく気になってリンガルを起動させた。

「なんだ翅糞蟲」

「は、話は通じるレチ? ならお願いがあるレチ、今すぐクジョを止めさせてくださいレチ!」

 ふん、もはや逃げ場がないと悟って命乞いに来たか。
 元が実装石だけあって他の害虫にはない行動を取りやがる。
 もちろん俺がそんな事を聞いてやる必要は無いし、当然ながら駆除を辞めさせる権限もない。

 代わりに、これまで散々に煮え湯を飲まされた礼として、こいつを精神的にいたぶってやりたいという黒い感情がふつふつとわき上がってきた。

「そいつはできねえな。お前ら翅糞蟲は絶滅させることになってるんだよ」

「ぜ、絶滅……レチ……?」

「ああ。一匹残らずぶっ殺してやる。テメエも、テメエの親や娘も、知りあいも友人も全員だ」

「なぜレチ……なんでそんな酷いことをするレチ……」

「酷いことぉ? テメエら翅糞蟲がこの町で何をしたか思い出して見やがれ!」

 俺はメチャクチャになった自分の部屋や、糞で汚された町並み、そして荒んでしまった市民たちの姿を思い出した。
 怒りのあまり怒鳴ってしまったが幸いそれで翅糞蟲がショック死するようなことはなかった。
 むしろ逆に表情に怒りを滲ませて文句を言ってくる。

「勝手レチ! 人間は勝手すぎるレチ!」

「何だと?」

「知ってるレチ! ワタチタチ、ジッショーセキはニンゲンが作ったレチ!」

「ああ、そうらしいな。だから?」

「自分たちの都合で産み出しておいて、いらなくなったら全滅させるレチ? そんなのふざけてるレチ! 命をなんだと思ってるレチ!」

「知るかよ。お前らを作ったのは俺じゃねーし」

 翅糞蟲ごときが命の権利を主張するなんて三十五億年早えんだよ。
 普通の実装石ならこうして冷たく突き放せば絶望して黙りこくるか、理性を失ってギャーギャー騒ぐだけになる。
 だがこの翅糞蟲はさらに理屈で抵抗して来やがった。

「それを言うならワタチもニンゲンに迷惑はかけてないレチ! 森で大人しく蜜を吸ってひっそり生きてたレチ!
 ニンゲンがひとりひとり違うように、ワタチたちもひとりひとり違うんレチ! 一部が迷惑かけたからってまとめて全滅させるなんて……酷すぎるレチ!
 お互いの違いを尊重し合って共存するべきレチ! それが高い知性を持つ生物としての責務レチ!」

 ……ちっ、ああ言えばこう言いやがる。
 確かにこいつも生きるために必死なんだろうなってことはわかる。
 だがそれが何だってんだ。
 お前らを生かしておけばまた街を汚して人に迷惑をかけるだろうが。

 共存は不可能。本当に暴れてるのが一部だけだとしても、巻き込まれる翅糞蟲へ慈悲をかけてやる必然性なんてこれっぽっちもない。
 ああ、そうだ。俺は憎いんだよ。
 お前たち翅糞蟲が。種族そのものが。お前が。

「ムカつくぜ、お前……!」

「それがワタチタチを絶滅させる理由レチ? ようやく本性を現したレチ」

「あ?」

「自分がイライラしてるからとりあえず殺したいだけレチ。よーくわかったレチ。所詮、地を這う下等な地蟲の精神構造なんてそんなもんレチ。
 やるならかってにやれレチ。レププ……ワタチは死ぬ前にニンゲンの低脳さが見れて満足レチ。ほら、殺されてやるからさっさと潰してみろレチ」

「この……糞蟲ッ!」

 良いように挑発され、俺は怒り任せに手を振り上げた。
 こいつを衝動のままに叩き潰したやりたいと思って。

 瞬間、薄紫色のガスが視界を覆った。

「レッ」

 翅糞蟲はほとんど言葉もなくあっさりと瞳を曇らせる。
 顔を上げると先輩が殺虫剤を持って立っていた。

「あ……」

「リンガルの使用は厳禁だと聞いていなかったか?」

「その……すいません」

 ルール破りは言い訳の仕様もない。俺は素直に頭を下げた。

 死んだ翅糞蟲をずだ袋に放り込むと先輩はベンチの隣に腰掛けた。
 しばし無言の時間が流れる。怒られるかと思ったがその様子はない。
 俺はつい思っていたことを口に出していた。

「あの、先輩」

「ん?」

「先輩は実翔石を駆除するときになにを考えていますか?」

「なんだ、駆除対象と会話して情でも移ったか?」

「そういうわけじゃないんですけど……」

 自分でもよくわからない。
 実翔石は生かしておいてはいけない人間の敵だ。それはよくわかっている。
 もしかしたら俺は悔しいと思ったのだろうか。
 明らかに下等な生物であるあの翅糞蟲の挑発に対してまともな反論をできなかった自分自身が……

「実翔石を殺す時、か」

「……」

「お前は確か双葉市の出身だったな」

「はい」

「憎いか、この街をこんなふうにしてあいつらが」

「……はい」

「なら答えてやる、俺があいつらを殺す理由はひとつ……仕事だからだ」

「仕事、ですか」

「ああ。生き物の命を奪うときは何にも考えちゃダメだ。
 愉悦や憤怒は確かに強い殺害動機になるが、決して長くは続かねえ」

 歳のころは俺より二回りほど上だろうか。
 たしか本職は警察官をやっていると聞いたが、その言葉の一言一言には確かな実感がこもっている。

「俺はクソッタレな犯罪者どもを殺す仕事を長年続けてきた。
 最初の頃は幼稚な正義感に酔ったり、悪人を裁くことに快感を覚えたこともあった。
 だがいつからかそんな気持ちは冷めちまってな。今じゃ誰を殺してもむなしさだけがこみ上げて来やがる」

「正義に飽きた、ってことですか?」

「どうだかな。ひとつだけ言えるのは、どんな憤怒や愉悦もいつかは色を失っちまうってことだ」

 俺はいま、とにかく糞蟲を殺したいと思っている。
 できるだけ残虐な方法で殺したいし、それを想像するだけでわくわくしてくる。
 だがそんな感情もいつかは消えてしまうと言うのか?

 そうなのかもしれない。
 人間の感情なんて曖昧で、意欲を失ってなお必要ないことを続けるのは単なる苦痛でしかないのかもしれない。
 それがやらざるを得ない仕事なら無心でやるのが正しいんだろう。
 でも、だけど。



「それでも俺は……糞蟲を殺すことを楽しみたい」



「青いな」

「ええ」

「まあいいさ、そいつは若いうちの特権ってもんだ。せいぜい悩んで自分なりの答えを見つけるんだな」

「はい」

「さあ行った行った。もう休憩は終わりだろ」

「はい、どうもありがとうございました」



「だがな双葉、よく覚えておけ……」

「俺たちみたいに命を命とも思わない連中が、ああいう害虫を作り出しちまったんだってことをよ……」




   ※

 三日三晩かけた一斉駆除は終わった。
 様子見のためにさらに一週間の間を置いた後、ようやく双葉市の一般人立ち入りは解除された。

 遅まきながら政府の特殊部隊が捉えて拷問した科学者たちから音響攻撃が有効だとの情報が入ると、念のため各世帯に大型の音叉が配られた。
 しばらくの間は双葉市だけでなく日本中に音叉の音色が響き渡った。
 巻き込まれて日本中で親指実装と蛆実装が死んだが、それがかえって実翔石がもうどこにも生きていない証左となった。

 一ヶ月が経ち、実翔石災害に終息宣言が出された。
 人間の手で産み出された翅を持つ生き物たちは、人間の手であっという間に絶滅した。

 だが安心してはいけない。
 実翔石が欲望によって産み出された以上、いつか第二、第三の実翔石が現れるときが来るかもしれない。
 そう、今度は君の街にも————











「すぐに死んでしまう可哀想な実装ちゃんにもっと強い肉体を与えてあげたいと思うザマス」






「完成しました! 象の皮膚強度と巨大さを備えた実象石です!」

「なんの! こちらはさらにスピードと強力な牙と爪を持った実豹石だ!」

「いやいや、一〇式戦車を参考に砲塔とテレパシーC4I機能を備えた実砲石はいかがかな!」

「オリハルコニウムのボディに風の精霊の力を搭載しマッハで空を飛ぶ実装機神サイデスターをご覧下さい!」



 身勝手な科学者たちの狂気はきっと、人類を滅ぼし尽くすまで止まらない。



                                     おわり

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1 Re: Name:匿名石 2016/09/06-16:26:36 No:00002518[申告]
Gの俊敏性と実装石の品性のない知性と異次元グソの融合・・・
恐ろしい・・・恐ろしや・・・・
2 Re: Name:匿名石 2016/09/06-17:27:02 No:00002519[申告]
簡単に殺せない不快生物の不快さは尋常じゃないな
3 Re: Name:匿名石 2016/10/02-01:05:44 No:00002555[申告]
簡単に殺せない不快生物…
愛誤派ババァのことだな
何かの間違いでニンゲンに生まれ、ニンゲンの形をして、ニンゲンの権利を持った糞蟲だ
そいつらを殺してこそ真の平和が訪れる
4 Re: Name:匿名石 2016/11/09-05:00:15 No:00002756[申告]
サイデスターwww
あかんアカシックノヴァ撃たれるwww

ちょっとデス・グランゾン呼んでくるわw
5 Re: Name:匿名石 2016/11/09-20:15:07 No:00002759[申告]
やっぱり愛誤派は糞蟲だってわかる作品なんやな
6 Re: Name:匿名石 2019/11/04-22:11:47 No:00006135[申告]
市長官邸w
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