※この作品は、特定の思想への傾倒を推奨するものではありません。 とある公園に、ある実装石の家族が住んでいた。 母親は元飼い実装で、名前をミドリという。 生来とても頭がよく、ショップの調教師や飼い主に厳しく躾けられたこともあって、性格も誠実極まりない良蟲であった。 この公園に捨てられたときも、飼い実装の象徴ともいえるピンクの実装服に嫉妬した野良実装に襲われるという、まるで飼い実装の末路の見本のような運命を辿りかけたのだが、 「そんなにこのお服が欲しいなら差し上げるデス。でも裸になってしまってはさすがにワタシも困るデスから、あなたの着ているお服と交換して欲しいデス」と交渉を持ちかけることで、見事に危機を回避したほどである。 (ちなみにその野良実装は、ピンクの実装服のせいで別の野良実装に飼い実装と勘違いされ、ほどなくして殺された) そして野良実装としての生活に馴染んでからも、ミドリは周囲の実装石たちになるべく至誠をもって接するようにした。 もちろん愛護派の餌撒きなどで潤っている公園ならともかく、殺伐とした環境の公園に暮らす野良実装は、基本的に自分とその家族以外の者を容易く信用したりはしない。 この公園の野良実装たちも、最初は野良実装として愚かしいとさえいえるミドリの生き様を笑っていた。 だが、ミドリの不器用ともいえる生き様はいつしか周囲の実装石たちの在り様まで感化したらしく、この公園に住む野良実装たちはいつの間にか相互扶助の精神で結ばれた麗しい関係を構築していくようになった。 そのうち居心地の悪くなった糞蟲は自然と公園を去るようになり、良蟲ばかりで構成された集団が出来上がっていく。 ミドリがこの公園に捨てられてから一年が経過する頃には、野良実装たちが皆仲良く暮らし、愛護派によって撒かれた餌を醜く奪い合うこともなく、虐待派の人間に禿裸にされた者を奴隷扱いして嘲笑うこともないという、 愛護派が見れば麗しく、虐待派から見れば虫唾の走るような光景が広がっていた。 それを見たミドリは、自分の生き方が正しかったことを痛感し、いつかきっとわが仔にもそれを伝えていこうと決意していた。 ------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- 半年後の秋、ミドリは母親となっていた。 仔実装が三匹だけというのは多産な実装石にしては少ないように思えるが、実は他にも一匹が親指実装、三匹が蛆実装として産まれていた。 しかし今年は人間ですら死者を出したほどの酷暑だったせいか、四匹とも産まれてすぐに死んでしまったのだ。 その分、ミドリは健常に産まれた三匹の仔が可愛くて仕方がなかった。 「いいデスゥ? ジッソウ石というものはツツシミブカく、セイジツに生きないといけないデス。自分勝手な糞蟲は他の皆からも嫌われて追い出されるし、いつかニンゲンさんに飼ってもらえそうな日がきても そのチャンスを逃してしまうデス。間違ってもニンゲンさんに対して偉そうに何かを要求したり、クソニンゲンなどと汚い言葉で罵ってはダメデスゥ」 「ツツシミとかセイジツってなんテチ?」 「ママの言ってることはサッパリワカランテチ」 「そんなことよりゴハンが食べたいテチ」 「デェ……」 ミドリは自分の知識と経験を余すことなく伝えようと一生懸命に語り聞かせるのだが、残念ながら仔供たちには母親の言ったことの意味が全く伝わっていない。 糞蟲とまではいかないが、三匹の仔はあまり頭のいい部類ではなかった。 実装石というものは単為生殖であり、仔は親の完全なクローンなのだが、それゆえに生来の頭の出来というものは全て『等しく馬鹿』であり、賢い個体というのは胎内にいるときの栄養状態や産まれた後の教育、 もしくは経験によってしか育まれないのだ。 だが、この仔たちをなんとしても立派な実装石に育てなければ。 そしていつの日か、かつて自分が失ってしまった飼い実装の生活をこの仔たちにも……… ミドリが再び決意を燃え上がらせていた、そんなある日の早朝————— 「デギャァァァース!!!!!」 平和な公園の静寂を切り裂くような悲鳴が響き渡った。 この公園は中央にある噴水を中心とした広場があり、それを取り囲むように芝生や木を植えた緑のスペースが存在するのだが、実装石たちはその緑のスペースにある植え込みの陰などにダンボールハウスを設置して暮らしている。 ゆえにどのダンボールハウスからであっても水場である噴水への距離はさほど変わらないし、一歩出れば広場を一望することができるのだが、同属の悲鳴を聞いたミドリが慌ててダンボールハウスの外に出てみると、 そこには異様な光景が広がっていた。 広場の地面に広がる赤と緑のシミ—————すなわち実装石の血。 無惨に切り裂かれた実装服と髪らしき切れ端、そして鋭利な刃物で切断されたと思われる実装石の手足、そして白濁した目で宙を見上げる実装石の—————首、そして首。 「ボクゥゥゥー………」 広場の中央にある噴水の縁に立ち、大きな金色の鋏を掲げ、実装石とは左右の色が違うオッドアイをギョロギョロと動かして次の獲物を探す“ヤツ”の姿————— 白いシャツに青いチョッキを羽織り、黒いズボンに黒いシルクハットという服装。 そう、それは実装石と対を成すはずの存在でありながら、実装石最大の天敵でもある『実蒼石』だった。 噴水の傍には、十数匹の成体実装がバラバラにされた状態で転がっていた。 もちろん全員が完全に死亡しており、両目が白濁している。 おそらく、朝の食事や洗濯のために水を汲もうと噴水に集まっていたところを襲われたのだろう。 (どうしてここに実蒼石が?) ミドリが訝るのも無理はない。 実蒼石というものは実装石のあるところ必ず存在するなどと言う者もいるが、基本的に人間(虐待派もしくは駆除派)に飼われている存在である。 人間だってわざわざ山奥にやってきた実蒼石に山実装が襲われたなどという話はあまり聞いたことはないだろうし、そもそも野良実装ならぬ野良実蒼というものを目撃したことのある人間もそう多くはないだろう。 ましてや大量の野良実蒼など、人間が実装石の目の色を左右反転させ、実蒼石と同じにするという“禁忌”を犯した場合に、その人間を制裁するためにどこからともなく現れる……などという都市伝説でしか聞いたことがないはずである。 それがここにいるということは————— 他の実装石には思いも付かぬことだっただろうが、頭がよく、元飼い実装だった彼女だけは察することができた。 人間が、飼い実蒼をここに放したのだ。 理由はなぜ? 決まっている、私たち実装石を駆除するためだ。 でも駆除される理由は? 私たちは人間たちと上手くやっていたはずだ。 私が伝えた飼い実装としての知識によって、この公園の実装石たちは人間に『媚び』をしなくなった。 愛護派が来たときに仔実装たちが歌やダンスを披露してコンペイトウを与えてもらうことはあるが、決して自分から『飼って欲しい』というアピールはしないし、そのために『おあいそ』をしたりもしない。 一部の人間にとってそれは不快なものでしかないということを知っているし、虐待派と呼ばれる人間の前でそれをやったら、むしろ死を呼ぶ行為でしかないことも知っているからだ。 食べていくためにゴミ捨て場のゴミを漁ることはするが、決してゴミ箱を倒したりはしないし、漁った後は食べられないものをちゃんと元通りゴミ箱に入れておくようにもした。 ウンチだって砂の地面や遊具の近くにしたりはしない。 草や木の生えている緑の地面を掘った穴にしたうえで、その上からちゃんと土を被せて埋めるようにしているし、むしろそのおかげで木や草がよく育つようになったはずだ。 それなのに、一体なぜ? 人間に迷惑をかけないよう、慎ましく、真面目に生きてさえいれば疎まれることはないはず—————そう考えているミドリに理解できるはずもなかった。 ここに実蒼石を放した人間は、『実装石という生物は実装石というだけで害悪、ただ見苦しい、皆殺しにすべし』という、筋金入りの駆除派だったのだから。 「ボクゥゥゥーッ!」 水場に集まっていた実装石たちを皆殺しにした実蒼石は一度大きな雄叫びを上げると、次に周囲を取り囲むダンボールハウスに住む実装石たちに狙いを定めた。 一軒のダンボールハウスへと実蒼石が全力疾走する。 そのスピードは中年になって体が鈍ってきた人間の全力疾走にも劣らない。 歩幅が違いすぎるせいで人間よりは少し遅いというだけで、足の回転の速さからいえば人間を上回っているほどだ。 実蒼石がダンボールハウスの一つへ突撃しても、意外にもほとんど悲鳴が上がらなかった。 中にいた実装石の親仔たちは、悲鳴を上げる間もなく瞬殺されたのだろう。 むしろ振り回した鋏が当たってダンボールの壁が切り裂かれるときの、 ————— ばすん! ばすっ! どかっ! ————— という音のほうが大きく響いたぐらいだ。 入ってからわずか五〜六秒で、ダンボールハウスの出入り口から実蒼石が飛び出してくる。 中にいた実装石たちは一匹も生き残ってはいないだろう。 実蒼石は隣の家、そしてまた隣の家へと、時計回りに移動しながら次々に実装石の家族を皆殺しにしていく。 その手際には一切の慈悲も、万に一つの遺漏もなかった。 (どうすればいい?) ミドリはこんな状況においてもパニックに陥ることはなく、実装石にしては賢い頭をフル回転させて考えた。 仔供たちを家の中に隠したままにして、自分が囮になるつもりで逃げ出すか? いや、実蒼石はわざわざ一軒一軒家の中に入って、中にいる者を皆殺しにしているのだ。 ならば今のうちに仔供たちを家から脱出させて、茂みの中へと隠したほうが————— そう考えているうちに、すでに実蒼石はすぐ隣の家へと迫っている。 いつの間にやら、生き残っているのはミドリたちとその隣に住む家族だけになっていた。 その隣の家でも、親実装が七匹もいた仔実装たちをあっという間にバラバラに解体されて悲鳴を上げている真っ最中だ。 そんなとき、 「ママァ……イッタイなんの騒ぎテチ?」 「うるさくて寝てられないテチ……」 「オナカすいたテチ。さっさと朝ゴハンにするテチ」 周囲の喧騒に目を覚ました三匹の仔実装たちが、ダンボールハウスの外へと出てきてしまった。 「ダメデス! 早くニゲルデスゥ!」 このままでは自分たちも—————ミドリがそう思ったそのとき、 「ヒィィィャッハァァァァァァァァ!!!!!」 実装石であれば誰もが恐怖を覚えずにはいられない遠吠えとともに、実装石の生首がどこからともなく飛んできた。 飛んできた実装石の首は、実蒼石が切り裂いたものではなかった。 断面は鋭利な刃物によるものではなく、鈍器などでの鋭い一閃によって千切られたものだ。 三角形の爪ようなもので抉った傷が二箇所開いているところからみて、虐待派が使うバールのようなものでゴルフスイング式の一撃を食らい、千切れ飛んだのだと思われる。 その生首はミドリたちの住むダンボールハウスの脇をすり抜け、隣の家の前で今まさに親実装の首に鋏を突き立てている実蒼石のほうへと飛んでいく。 「ボクッ!?」 ————— ジャキン! ————— 実蒼石が素晴らしい反射神経で鋏を親実装の首から抜き取り、飛んできた生首を真っ二つに切り裂く。 「ああっ! ゴメンゴメン! 大丈夫か!?」 そこへ、肩にバールのようなものを担いだ一人の男がやってきた。 「いやあ、久々に糞蟲どもを相手にヒャッハーしに来てみたら、まさか実蒼石が先客でいたとは……本当にゴメンな、当たらなかったか?」 男は実蒼石に向かってペコペコと頭を下げている。 「ボクボクゥ」 実蒼石のほうも両手を胸の前で広げながら左右に振っている。 恐らく「いいえ、大丈夫でしたのでお構いなく」とでも言っているのだろう。 「キミはもしかして………飼い実蒼か? ご主人様の命令でここの糞蟲どもを駆除に来たとか?」 「ボクッ」 実蒼石がこくりと頷く。 「うーん、じゃあ噴水のとこの死体の山はキミの仕業か……なあ、悪いんだけど、ここにあるダンボールにいるやつらだけは俺に譲ってくれないか? せっかく来たのに獲物がさっき首をかっ飛ばしてやった一匹しかいなくてさあ、 欲求不満なんだよ。こいつらは俺がきっちり処刑しといてやるから、それならキミもご主人様にちゃんと全石始末しましたって報告できるだろ?」 「ボクー………」 実蒼石はしばらく悩んだ後、男が肩に担いだバール(略)を見て、その使い込み方から男が真性の虐待派であることを悟ったのか、「ボクッ!」と短く返事をしつつ頷いた。 「よしっ、じゃあ交渉成立だな」 男は実蒼石と握手を交わすと、口の両端を三日月のように吊り上げ、ミドリたちのほうをぎょろりと睨みつけた。 ミドリは戦慄していた。 一体こいつらは何なのだ? いきなりやって来て、何もしていない自分たちを虫けらのように虐殺する。 今の会話にしても、まるで安物のお菓子を分け合うような感覚、もしくはトイレの順番を譲ってもらう程度の感覚で、自分たちの命を“命”と認識しているとは到底思えない。 躾済み実装として売られるために高い水準の教育を受け、捨てられるまでは主人にもそこそこ可愛がられて育ったミドリにとっては全てが理解不能であった。 男はヘッドセット型のリンガルを装着すると、ミドリたちに向かって話しかける。 「そういうわけだ。残念だけど死のうねえ糞蟲ちゃんたち♪ 俺の殺し方は実蒼石みたいに優しくないぞぉ♪♪♪」 そう言いながら、男はバール(略)を肩に担ぎ、バイクのスロットルを捻るようにくるくると回しながら、座ったままのアヒル歩きでミドリたち親仔のほうへとにじり寄る。 「デ、デェッ! コドモたちに手は出させないデス!」 ミドリは胸を張り、男の前に立ちはだかって仔実装たちを守ろうとする。 だが、立ち上がっても四十〜五十センチが関の山の成体実装が立ちはだかったところで、人間の背丈とリーチの前では何の障害にも成り得ない。 「そんなふうに言われると、仔実装のほうから虐めたくなるんだよなあ……俺は♪」 男が立ち上がって長い腕をぬうっと伸ばすと、それはミドリの頭の上をあっさりと越えてゆき、三匹の仔実装はまとめて襟首を掴まれてミドリの頭上へと吊り上げられた。 「テヒャァァー!」 「チィーーーッ!」 「テチャァァァッ!?」 自分たちの母親よりもはるかに大きな生物に突然掴まれ、落とされれば地面の染みとなるのが確実な高さまで吊り上げられた仔実装たちが、恐怖のあまり盛大にパンコンする。 「デェェーッ!? ナニをするデスゥ! やめてデスゥゥーッ!」 ミドリは必死にジャンプして仔供を救おうとするが、男の腰までも届いていない。 「おいガキども、助かりたいか?」 男が摘み上げた仔実装たちに問いかける。 すると仔実装たちはジタバタと暴れながら、チィチィテチャテチャと耳障りな声で何かをまくし立てる。 男がドラゴン○ールのス○ウターのようなリンガルのモニターを見ると、そこには「生きたいテチ」「生きておいしいものを食べたいテチ」「食べるならコンペイトウがいいテチ」などと表示されていた。 「うーん、素晴らしい。典型的な糞蟲っ♪ 俺は賢い動物は好きだから、もうちょい気の利いたことが言えたら(虐待用のオモチャとして)飼ってやってもよかったんだがなあ。こんなありきたりな台詞しか出てこないようじゃあ 全員死刑確定っ♪ 残念でしたー!」 死刑宣告をされて動揺するのかと思いきや、仔実装たちは男の台詞の「飼ってやっても」のところだけを拡大解釈し、目を輝かせて喜んでいた。 辛い目に遭った経験がまだ少ない仔実装は、成体実装以上に『幸せ回路』の働きが激しいのである。 「「「テッチュ〜ン♪」」」 仔実装たちは片手で摘まれている状態のまま、三匹並んで『媚び』をした。 危険から逃れるためではなく、飼い実装になれるという喜びを表現したものだ。 だが虐待派の前でのこの行動は、窓に向かって突進し、頭でガラスを突き破った後に首を回転させて自ら頚動脈を掻っ切るがごとく馬鹿げた自殺行為である。 母親であるミドリは決して人間に対してこの行為をしないよう、仔実装たちを厳しく躾けていたのだが、恐怖や痛みに対しては耐えることができても、喜びや快楽の前ではあっさりとそれを忘れてしまうのは人間でも同じだ。 いずれにせよ、三匹の仔実装たちの末路はこれで確定した。 殺すことは決定したが、男は仔実装たちをそのまま地面に落としたりはしない。 この男は仔実装であろうと成体実装であろうと、手足の先からネチネチと甚振って殺すのが大好きなタイプなのだ。 男はバール(略)を地面に置くと、仔実装たちを摘み上げていたのとは逆の手で、今度は仔実装たちの首を三匹まとめてわし掴みにする。 「「「チュゲェ!」」」 喉を締め付けられた仔実装たちが無様な悲鳴を上げるが、男の狙いは絞め殺すことではない。 ————— ぶちっ! ぶちぃっ! ぶち! ぶち! ぶちん! ぶちぃ! ————— 「「「テヂャァァァー!!!!!」」」 男はさっきまで仔実装たちを摘み上げていたほうの手で、三匹の後ろ髪を連続して引きちぎる。 ————— ぶちっ! ぶちっ! ぶちん! ————— 「「「テギャァァァッ!?!?!?」」」 さらに前髪も引き抜かれ、仔実装たちはあっという間に禿にされた。 ————— びりっ! びびびぃ!!! ————— 続いて男は三匹の服を一気に引き裂いたが、そのとき仔実装を掴んでいるほうの手に力が入りすぎたのか、左右にいた仔実装はそれぞれ外側の腕の骨を、そして真ん中にいた仔実装は両脇の姉妹に圧迫されて肋骨を砕かれた。 「「「チュベェ!」」」 三姉妹がようやく男の手から解放されて地面に転がされたときには、三匹とも禿裸となり、真ん中にいた仔は折れた肋骨が肺や糞袋に刺さってかなりのダメージを負っていた。 「デェェー!? む、娘たちぃぃ!」 ミドリが姉妹に駆け寄ろうとするが、男はバール(略)の尖った先端をミドリの鼻先にぎらりと突きつけてそれを制する。 実装石であればこの恐怖に打ち勝って前に出ることなどできるものではない。 「まあ待て、お前は一番最後だ」 男はそう言いながら、すでに満身創痍で気絶している仔実装、右腕の折れた長女の左足にバールのようなものの曲がった部分を当て、杖をつくように体重をかけていく。 ————— みり………みり……みしり……… ————— 「テァァーーーッ!?」 左足がミジミジと潰されていく痛みで覚醒した長女が、体を激しく捩ってバタバタと暴れる。 男はそれを無視して、今度は左腕の折れた三女の右足を同じように潰す。 「ヂィィーーーッ!!!!!」 「………よし、こんなもんでダメージは均等かな。おい、真ん中の糞蟲も起きろコラ」 そう言いながら、バール(略)の尖った先端を真ん中の仔実装—————次女の口の中に突っ込み、捻ってその先端をぐりぐりと地面にくい込ませる。 「ヂュオェアァァ……!」 バール(略)の先端が内側から頬を突き破り、その痛みで次女が失神から覚醒する。 頬に穴こそ開いたが、この傷は痛いだけで身体機能に影響はない。 「よし、三匹とも起きたな。では改めて………はい、ここで今からキミたち姉妹に殺し合いをしてもらいまーす」 「デェェ!?」 仔実装ではなくミドリが悲鳴を上げる。 「生き残った一匹だけを、ウチの飼い実装にしてあげようと思います」 “飼い実装”という台詞で、満身創痍だった仔実装たちの目に光が戻る。 「テェェ! 飼いジッソウ! 飼いジッソウテチィィ!」 「わ、ワタチが! 高貴でカワイイワタチが飼いジッソウになるテチィ!」 「ステーキ! コンペイトウ! 食べ放題テチィィ!」 たちまち元気を取り戻して叫びだす糞蟲たち。 「ダ、ダメデスゥ! そんなのウソに決まってるデスゥ! 姉妹で殺し合うなんて糞蟲のすることデス! ワタシの仔なら分かるはずデスゥ!」 「うるせえ、お前は黙ってろ」 「モゴァ!?」 男はバール(略)の先端をミドリの口に突っ込んで黙らせ、そのまま地面に押さえつけて動けないようにする。 「ほら、さっさと殺し合えよ。連れ帰ってやるのは一匹だけだぞ」 「テェ……飼いジッソウになるのはワタチテチィ……オネチャたちは死ねテチャァァ!」 まず三女が長女へと殴りかかろうとする。 だが、 ————— べちゃり ————— 「テェッ!?」 右足が折れていたため、躓いて転んでしまう。 その拍子に折れた右足の骨が皮膚を突き破り、そのうえ骨折した左腕を自分の下敷きにしてしまったせいで、三女はさらなる痛みに襲われる羽目になった。 「テヂャァァァッ!!!」 さらに地面を転げ回る三女に足をとられ、長女もまた転んで同じ痛みに見舞われる。 「ヂィィーーーッ!!!」 「チププwww マヌケテチィ。死ぬのはオマエらテッチャァァ! ……ッテ………テギャァァァッ!? ………ゲッボァ!」 両足の残っている次女が倒れている姉と妹に襲い掛かろうとしたが、こいつはこいつで自分のアバラがバキバキに砕けているのを忘れていたらしい。 激しく動き、腕を振り上げたせいで折れた肋骨がさらに内臓を傷つけたらしく、次女が激しく吐血する。 だが、次女は倒れ込みながらも三女の上にのしかかり、その喉元に噛み付きにいった。 「テギィィィィ!!!」 大した根性である。 確かに成体実装以上に威力のない、蝶の羽ばたきのようなパンチで殴り合うよりも、脆弱な実装石の肉体の中で唯一殺傷能力があるといっていい歯で噛み付くのはかなり有効だろう。 「テゲェェェ………や、やめ………オネチャ……やめテチ………」 喉を食い破られた三女が命乞いをするが、今となっては全てが手遅れだ。 そのうち次女の歯が頚動脈まで達したらしく、その瞬間三女は首から噴水のように血を噴き出して息絶えた。 「つ、次は……オネチャの番テチィ……」 血まみれでよろよろと立ち上がり、まだ痛みで立ち上がれない長女へと次女が迫る。 「テ、テチャァァ! こ、こっちに来るなテチィィ!」 パンツの中に漏らした糞を掴み、片手で必死に投げつける長女。 その塊の一つが顔面にヒットしたところで、次女が動きを止めた。 「テェ?」 次女は全く動かない。 よく見ると、両目が白く濁っている。 立ったままこと切れていたのだ。 実装石の肋骨も人間と同じく中が空洞になっているが、それが心臓に刺さったことでストローのように血液を噴き出させてしまったらしい。 見た目には分からないが、次女の糞袋は折れた肋骨によって心臓と連結され、すでに血袋と化していたのである。 体内から漏れ出てこそいないが、脳やその他の臓器に血が回らなければ失血死するのも当然だろう。 「や、やったテチィ! これでワタチが飼いジッソウテチャァァ!」 次女が死んでいることに気づいた長女が勝利の雄叫びを上げる。 しかし長女は気づいていなかった。 先ほど転げ回った拍子に、自分の脇腹にも解放骨折した右腕の骨が刺さっていたことに。 そしてその傷口から、大量の血を失っていたことに。 「テ……」 長女の視界が急激に暗くなっていく。 そして寒い—————骨折の炎症と潰された足の疼きで暑くてたまらなかったさっきまでとはえらい違いだ。 「あーあ、せっかく勝ったのに死にやがったよ」 男が勝利のガッツポーズのまま死後硬直した長女の体を小突いて倒す。 「デェェーッ! 長女! 次女! 三女ぉぉーっ!!!」 押さえつけられていたバール(略)から解放されたミドリが姉妹の死体へと駆け寄るが、もちろんそれで何が変わるわけでもない。 「デェェーン! デェェーン!!!」 ミドリの慟哭が、もはや自分以外に生きている実装石のいなくなった公園に響き渡る その姿を、男はずっと優しげな微笑みで見つめていた。 その顔は、可愛い飼い実装と戯れる飼い主とさほど変わらないように見えるほど爽やかなものだ。 男は仔実装たちが殺し合いを演じている間、ずっとそんな穏やかな笑顔で見守っていた。 「デスン………デスン………」 泣き疲れたミドリがようやく落ち着きを取り戻して顔を上げると、まるで仏像のように穏やかなアルカイック・スマイルを浮かべる男と目が合った。 「デ、デェェ………ど、どうしてデスゥ! どうしてワタシの仔を殺したデスゥゥ!」 「ん? 何を言ってるんだ? こいつらを殺したのは俺じゃないぞ。こいつらが勝手に殺し合って勝手に死んだだけだろ。生き残ったやつはちゃんと(虐待用として)飼ってやるつもりだったんだけどなー。いやー残念だわー(棒読み)」 「オマエが殺したようなもんデスゥ! どうして……どうしてェェ!!!」 男は再びアルカイック・スマイルを浮かべながらミドリが取り乱す様を十分に堪能する。 「うーん、なかなか楽しませてもらえたなあ。じゃあそろそろお前も死ぬか? 仔実装たちのところへ送ってやろうじゃないか」 そう告げられた瞬間、ミドリの心は急激に冷え込んでいった。 死の恐怖はない。 あるのはただ、自分を含めた実装石というものに降り掛かり続ける『理不尽』への怒り—————いや、疑問だった。 「ニンゲンさん、ちょっと待って欲しいデス」 いきなり真顔になったミドリに話しかけられて、男が一瞬驚いたような顔をする。 キレて見苦しく罵倒してくるか、それとも泣き喚いて命乞いをするかと思いきや、急に冷め切った目で語りかけてくる実装石というのは男にとっても初めてだった。 あまりの苦痛や悲しみに心が壊れて「デー……」としか呟かなくなった実装石の顔がこんな感じだが、この実装石はちゃんと理性を残して会話も成立している。 「あ? なんだよ、命乞いでもしたいのか?」 まるで初期型実装石のような不気味な雰囲気を醸し出すミドリに対して、男は多少警戒しながらも虐待派らしい表情を取り戻して答えた。 「そんなことじゃないデス……どうせ何を言ったところで、ニンゲンさんの気が変わったりはしないデスゥ? だったら最後に、一つだけ聞かせて欲しいことがあるデス」 「聞きたいことがあるって、どうせ死ぬのに何か聞いてどうするってんだよ………」 「意味はないかもしれないデス……でもどうしても聞いておきたいんデス。聞いておかないと死んでも死に切れない………メイドノミヤゲというやつデスゥ」 「………なかなか難しい言葉を知ってるじゃねえか。まあいいだろう、聞きたいことって何だ?」 本来ならば実装石の今際の願いなど聞いてやる必要は全くないのだが、男はミドリから感じる奇妙な知性に興味を持ったようだった。 男は定期的に公園でヒャッハーするのが大好きな虐待派ではあったが、先ほど仔実装たちに殺し合いをさせる前に言ったことは嘘ではない。 男は犬にせよ猫にせよ、知性の高い動物にはそれなりの厚遇を与えるタイプだったのだ。 「………楽しいデス?」 「は?」 「デスから………ジッソウ石を殺して楽しいデス?」 「何を聞いてんだお前は。楽しいに決まってんだろ? 楽しくて楽しくてしょうがないからやってんだよこっちは」 「ジッソウ石だって必死に生きているデス。どうしてそんなに楽しそうに殺せるデス?」 「……結局のところこっちの情けに縋る作戦かよ。期待外れだな……」 「違うデス!」 「だから……何が違うってんだよ!」 「このダンボールのおウチを、そしてお隣の、そのまたお隣のおウチを見てみるデス。どのおウチも、必死で手に入れたダンボールで作ったデス。雨が漏らないようにビニール袋を上に被せたデス。秋になったら冬に備えて たくさんたくさん落ち葉やシンブンシを集めて溜め込むデス。そうやって一生ケンメイ作った生活を、ワタシたちのイノチを、どうしてそんなに簡単に奪えるデスゥ?」 「………それが泣き落としでないってんなら、もっと話の核心を突いたことを言え。結局のところ、お前は何が聞きたいってんだ?」 「要は『何の“ケンリ”があって、ニンゲンはワタシたちを殺すデスか?』ということデス」 「なるほど………“権利”か」 「そうデス。ワタシは元飼いジッソウだったから分かるデスが、愛護派にしたって同じデス。ニンゲンはワタシたちをギャクタイするかと思ったら、飼って可愛がったり、かと思えばジブン勝手な都合で捨てたり……… 一体どうしてニンゲンはそんなに偉そうなんデスゥ?」 男はミドリの高い知性に多少驚きながらも、ミドリの不気味な変化がどのような心境から生まれたものなのかということには得心がいったので、気まぐれに賢い元飼い実装との問答に付き合ってやることにした。 「強いからだよ」 男は短く、だがはっきりと言い放った。 「デ?」 「人間は実装石よりも圧倒的に強い。そして強いやつは弱いやつに何をしてもいい。何をしても許される。それが自然界の、弱肉強食の掟だ。お前も野良実装なら知っているだろう? それが全てだ」 「デ、デェェ!? そんなのあんまりデスゥ! ブンメイジンのリクツじゃないデス! ヤバンジンの言うことデスゥ!」 「お前……本当に難しい言葉知ってるなあ。元飼い実装だったにしても大したもんだわ。確かにお前の言う通りだ。それに、今言ったことは人間同士の世界じゃあ通用しないこともある」 「じゃあどうしてデスゥ?」 「言い方を変えようか。要は『弱いやつは強いやつに何をされても文句は言えない』ってことなんだ」 「……………」 ミドリは男の言葉に唖然とする。 「デェェ………そんなの………そんなのあんまりデスゥ………マジメに生きていればきっとイイコトがあると信じていたデス。イヤなお隣さんやコワイニンゲンさんだって、ちゃんと話せば誰もが分かってくれると思っていたデスゥ」 実装石の幸せ回路は周囲から与えられる情報を自分の都合のいいように捻じ曲げて解釈するものとはいえ、さすがにこの脳内お花畑ぶりには男も失笑を禁じえなかった。 「クッククク……あのな、お前のそれは『やられる側の理屈』だ」 「デェ……?」 「例えばな、お前が自分の家族たちの間で『他の家から物を盗むのは悪いことだから、この家では泥棒行為は絶対にしちゃダメ』というルールを作ったとしよう。だからといって自分の家の入口を開けっ放しで餌を探しに行ったら、 その間に他の実装石がお前の家に忍び込んで蓄えた餌を盗んでいったり、仔を襲わないでいてくれると思うか?」 「デ………!」 ミドリが何かに気づいたかのように口元に手を当てる。 「理解したか? お前の理屈はな、泥棒に入られたり他人に殺されたりしたら困るやつ、そういうことをするやつが現れても何も抵抗できないやつが、『私はあなたにそれをしません。だからあなたも私にそれをしないでください』という “お願い”でしかないんだよ。そんな何の拘束力もない“お願い”はルールたり得ないし、ましてや赤の他人が守ってくれる保障などどこにもない。だから『やられる側の理屈』だというんだ」 「デ、デェェ………」 先ほどまでの不気味なほどの冷静さはどこへやら、ミドリは涙目になりながら男の話を聞いている。 「人間の世界だって、皆の生活を脅かす悪い奴の横暴を止めるには警察とか軍隊というものを使って、結局のところ人数や武器という“力”で押さえつける。それらを引っくるめて“権力”と呼んだりもするし、 お前らが餌などと引き換えに他の実装石に何かしてもらうときのように、人間はお金というものの力、すなわち“財力”で人を動かしたりもする。いくら『文明人として〜』とか『社会性が〜』と言ってみたところで、 その社会の安定を保障したり、シムテムそのものを守っているのは結局のところ力なんだ。逆に言えば、その力がなければ社会のルールに従わないやつがいても、誰もそいつを処罰できない。そいつを止めようがないんだ」 「………」 「つまり『やる側の理屈』を止められるのは“力”しかないし、『やられる側の理屈』を通せるのは、様々な“力”によって国や社会のシステム、そして種族や個人の立場が安定しているときだけってことだ。お前はなかなか賢そうだから 色々難しい言葉も使ったが………これで分かったか? お前ら実装石がなぜ人間に好き勝手されるのか」 ミドリは男の言葉そのものを完全に理解できたわけではなかったが、論理の骨子そのものは理解した。 つまりは実装石が弱いから、実装石が実装石であるから悪いのである。 しかし、それでは実装石という生物には何の救いもないことになるではないか。 実装石という、仏教における三毒(貪=貪欲=どんよく 瞋=瞋恚=いかり 痴=愚痴=おろか)が、骨の髄どころか魂にまで回っているとしか思えない生物にしては考えられないほど珍しいことではあるのだが、 『至誠天に通ず』をモットーとして生きてきたミドリにとって、男の語る論理はあまりにも酷な、そして理解はできても納得することなど到底不可能なものだった。 「理解して、そのうえで逆ギレしてこないところも立派なもんだが………理解できたならそろそろいいか? 死のうか?」 「ま、待ってくださいデスニンゲンさん!」 「なんだよ……まだ何かあんのか?」 「ワタシを……ニンゲンさんの飼いジッソウにして欲しいデスゥ」 「はぁぁっ!? お前、この流れでよくそんな台詞が出てくるなオイ。お前、さっきまで仔供を殺したのはお前だとか言ってなかったっけ? それなら俺はお前の仔の仇だろう?」 「それはいいんデス……いえ、よくはないけどそれどころじゃないんデスゥ。ワタシは……ワタシはもっと賢くなりたいんデス」 「………どういうことだ」 「さっきニンゲンさんは、ニンゲンはおカネやケンリョクという力も使うと言ったデス。それはつまり“頭を使って生み出せる力”があるということデスゥ? それならワタシたちジッソウでも、ほんの少しでもニンゲンさんに 近づけるかもしれないデス。そうすれば、それを使ってジッソウたちやニンゲンさんたちのイシキを変えることが………ジッソウがニンゲンさんに憎まれないセカイが作れるかもしれないデス。ワタシはこんな弱いままで、 リフジンにされるがままの実生を終えるのでは死んでも死に切れないんデス。お願いしますデス! ステーキもコンペイトウもいらないデス! ワタシにニンゲンさんのチシキを授けてくださいデスゥ!」 土下座をしながら男に慈悲を乞うミドリ。 男は先ほどのものとは違う意味で、またも失笑を漏らした。 まさかここまで意識の高い、そして愚かな実装石がいようとは。 ここまで人間の論理を理解する知能を持ちながら、まだ実装石が救われる道があると考えるとは。 男はその瞬間、肉体的な苦痛で殺すよりもはるかに面白い虐待方法を思いついた。 「いいだろう。お前をウチの飼い実装にしてやろう。そして俺の知る全てを授けてやろう。だが修行は厳しいぞ!」 「あ、アリガトウございますデスゥ!」 そうして、男はミドリを家に連れ帰った。 ------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- ————— 四ヶ月後 ————— 「デェェェン! どうして皆わかってくれないデスゥゥ!」(バンバン!) 野良のときより少しだけ身奇麗になったミドリがPCのモニターを前に、実装石でも打てるようにキーを大きくしたキーボードをバンバンと叩いて悔しがっていた。 「おいソフィー、キレるのはいいがキーボードを壊すなよ。俺はいつ お 前 を 壊してもいいんだぞ?」 「す、スミマセンデスゥ………」 ソフィーが慌てて居住まいを正す。 ソフィーというのは男がつけたミドリの新しい名前だ。 『哲学』を表す『Philosophy』(知性を愛する)から取ったらしい。 男はこの数ヶ月、ソフィーに様々な知識を与えた。 特に力を入れて教えたのは倫理学、そして政治学などだ。 それこそソフィーの一番欲しいであろう知識であると考えてのことだが、男はさらにPCとネット掲示板、そして各種SNSの使い方も教えた。 ソフィーが得た知識、そしてそこから構築した思想を多数の人間に向けて発信できるようにするためだ。 そして一通りの教育が終わった後、ソフィーは男の目論見どおり、自ら作り上げた『人間なら罪もない実装石を虐待するのは間違っている』とか、『一人ひとりが優しくなれば、世界は変えられるはずだ』といった 虫唾の走るような綺麗事をネット掲示板やSNSで披瀝し始めた。 そしてその結果は……語らずとも分かると思うが、無論そんな手垢のついた戯言に耳を貸す人間は誰もいなかった。 今もソフィーが見ているネット掲示板には、ソフィーの主張に対して 『ば〜っかじゃねえのwww』 『脳内お花畑wwwww』 『ブサヨ乙w』 といったレスがついている。 先ほどはそれを見てソフィーが取り乱していたのだ。 男はテレビを見ているふりをしながら、半狂乱になっているソフィーの姿を横目に必死で笑いを堪えていた。 (アホめ……そんな思想はとっくに人間様が思いついてんだよ。つーかそんな綺麗事で世界が平和になるなら、釈迦や孔子やソクラテスが生きてた時代に戦争なんぞ撲滅されとるわ) 実装石に限らず、右寄りにせよ左寄りにせよ、この手の極端な思想を持つ人間というのは『人間』というものの認識を根本的に誤っている場合が多い。 特に人間というものを、性善説と性悪説のいずれかで語れると思っている点だ。 人間というものはときに神にもなり、悪魔にもなる、善悪併せ持った存在なのである。 それを、善の部分だけを見て悪の部分から目を背けたり、悪の部分だけを見て人間の存在そのものを否定するような思想に傾倒するのは滑稽と言わざるを得ない。 例えば虎という動物を見たことのない人間が、茂みの中から尻尾だけを出した虎を見て、虎をよく知る者に『気をつけろ! 虎がいる!』と言われて『これが虎というものか』と認識し、 後日一人のときに同じように尻尾だけを出した虎を見て、『なんだ、こんなものの何が怖いのか』と迂闊に近づけば、茂みの中から出てきた虎の本体に食い殺されてしまうだろう。 それと同じように、最初の『認識』というものを誤れば、そこから導き出される『評価』も必然的に誤ったものになるのだ。 そんな誤った認識から生まれた思想や政治システムが、人の世を平和に導けるはずがあろうか。 そもそも人間は社会的動物ではあるが、社会だけでなく自然界の生物としても生きているのだ。 ゆえに、政治や社会のシステムだけを変えたところで、運命とか宿命としか言いようのない個々人の人生の悲哀を完全に解決することなどできはしないし、仮に高度な福祉社会や平和思想に染まった社会が実現したところで、 それが永遠の普遍性をもつことなどあり得ない。 三○志で有名な諸○孔明が言っているように、民に放縦の癖がついたときには峻厳な法を用い、民が圧制に苦しんだときには法を緩やかにするというふうに、政治や法というものには流動性と柔軟性が必要なのだ。 そういった複雑な事情が絡み合った人間社会、そしてこれまた複雑極まりない性質を持つ、人間という生物そのものを正しく導き、啓蒙することなど、未だ人間自身にもできないというのに、 ましてや人間以上に自身の性をコントロールすることのできない実装石ごときが、そんな思想を構築することなど最初から不可能なのだ。 男はそれを分かったうえで、ソフィーの望むままにさせていた。 誰にも理解されず、そのうち相手にもされなくなったとき、ソフィーがどのような反応をするかを楽しんでいるのだ。 元々実装石というのは、他者から構われなくなることが最も精神的に堪える生物である。 匿名掲示板で叩かれている現状など、精神的な虐待としてはまだ序の口といっていい。 「デェェーン! ツィッターもまた炎上デスゥゥーッ! こいつらは皆バカデスゥ? それともニンゲンの糞蟲デスーッ!?」 ソフィーは血涙で前掛けをグシャグシャに濡らしながら、抱えた頭をデスクにゴツゴツと叩きつけている。 体内にあるのでソフィー自身は気づいていないが、ここ数日でソフィーの偽石はかなり黒ずんでいた。 (さて、いつまで持つことやら………偽石が絶望で崩壊するのが先か、それとも逆ギレでせっかくの知性を失って糞蟲化するのが先か………今の言動からすると後者かな? まあ糞蟲化したならしたで、 糞蟲に相応しい肉体的な虐待で始末してやるまでだ) 男はソファにもたれかかりながら、掲示板のレスに一喜一憂するソフィーの姿をいつまでもニヤニヤと眺め続けていた…… -END- ------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- あとがき 今回は小難しい話になってしまいましたが、虐待派としての自分の『実装石を虐待することの正当性』を主張してみました。 要は『人間が実装石を虐待して、何が悪い!』という話です。 楽しい以外に理由がいるのかと、人間にはそういうところもあるんだと、そういうお話です。 本当は仔実装たちをもっとあっさり殺すつもりだったのですが、それだとあまりにも虐待成分が少なくなってしまうのでそれなりのシーンを入れてみたら、またも長い話になってしまいました。 次回はさらに、一見まともな人間にだってそういうところはあるんだ、無性にそういう気分になることがあるんだ、というお話にしてみたいと思っています。 今回は自分でも少しつまらない話になったかなーと思っているのですが、次回はもっと単純な虐待話になる予定ですので、その前フリみたいなもんということで……
1 Re: Name:匿名石 2016/06/28-17:30:33 No:00002418[申告] |
意識の高い()実装石!
これはワクワクします。 実際にいたら絶対フォロワーになるなぁ。 |
2 Re: Name:匿名石 2016/06/28-20:46:41 No:00002420[申告] |
> 野良実装たちが皆仲良く暮らし、愛護派によって撒かれた餌を醜く奪い合うこともなく、虐待派の人間に禿裸にされた者を奴隷扱いして嘲笑うこともない
うーん、元々は糞図々しい人間の10倍濃縮体として実装石の虐待に愉悦を感じていたはずなのに… この光景に虫唾が走ったって事は自分は理由など無き、生粋の虐待派だったんだろうか 実装石の寸足らずの出来損ない容姿そのものがイラつくのかなあ |
3 Re: Name:匿名石 2016/06/28-21:50:57 No:00002421[申告] |
サンドバックを殴るのに権利が必要か、なんて面白いこと言うもんだ |
4 Re: Name:匿名石 2016/06/28-23:06:18 No:00002422[申告] |
この虐待派、実蒼には礼儀正しく議論を楽しむ余力まで見せつける、只者じゃないな!
実装石に自由にSNSを使わせつつ精神的に自滅させると言うのも意表を突かれた感があるが、最初の糞蟲仔も自滅させてるしテクニカル虐待派だな。 |
5 Re: Name:匿名石 2016/10/01-21:08:33 No:00002548[申告] |
力と、力と力の関係を常に意識し続けなければ平和も幸福もない
ということを教えられていながら結局お花畑思想に行き着いて発表するあたりが実装だなあ |
6 Re: Name:匿名石 2018/06/03-19:35:58 No:00005301[申告] |
糞蟲の行き着くところが人間の中の糞なのか
人間の中の糞の戯画が糞蟲な面もあるので当然といえば当然かもしれないのだが何とも愚かな花畑牧場ソフィーだ |
7 Re: Name:匿名石 2019/12/20-23:07:11 No:00006150[申告] |
正当性を説かれるとなんか萎える |
8 Re: Name:匿名石 2024/01/30-01:35:18 No:00008658[申告] |
この作者さんの作品に通底するけど理屈的に問題がないよみたいな道徳の逃げ道を用意してるところがまさしく作中のソフィーと同類に思えたんですよ |