タイトル:【観察】 ライ麦畑で捕まえテッチュン
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作者:レマン湖 総投稿数:17 総ダウンロード数:2315 レス数:2
初投稿日時:2015/11/30-15:20:46修正日時:2015/11/30-15:20:46
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 ペット用の高額なエサが美味しいとは限らない。
むしろ不味い場合が多い。健康を考えているからだ。
とくに病気療養用のエサは高額で不味い。
人間の子供ですら薄味で野菜たっぷりな健康食よりも
味の濃い油まみれのジャンクフードの方を食べたがる。

 ましてや実装石は。

 ニンゲンさんのお食事に憧れる贅沢な実装石には
普通の実装フードですら嫌なものだ。


 それに実装石の療養食は「トクベツに不味い」のだ。

 
 ピンク色のフリフリを着た飼い実装、
ヴィリディアちゃんはゴロゴロと部屋を転げまわった。

「ああ、お寿司がたべたいデス。
 オクチに溶けるトロトッロのまぐろ、
 アマアマのふんわりジューシーなタマゴ、
 ギンギラギンにピカピカな光り物、
 ジュジュッと炙ったとろけるサーモン、
 まったりとしていて、それでいてしつこくないエンガワ、
 口に入れたとたんにホロホロとほどけるツヤツヤの酢飯、
 奇跡のマリアージュデス。
 和を以て貴しと為すデス。
 まさに和食の頂点デス。」
 
 クッソ生意気にもヴィリディアちゃんが回想する
おいしいお寿司屋さんは回転しない寿司屋であった。

 だが目の前のボーンチャイナの白く美しい器に盛られているのは
緑色の簡素で味気ないペレットのみであった。

 もう一週間。
具合がわるいから、今はまだお腹がすいていないから、
ダイエット中だから、そう言って食事を避け続けていた。
そうしていればきっとごちそうに変えてもらえる。
次の日こそ、次の朝こそ、目がさめれば異臭を放ついかにもまずそうなエサは
お寿司、ステーキ、コンペイトウになっている。
そう信じていた。だがその期待は裏切られた。

 ヴィリディアちゃんはとりあえずミネラルウォーターを飲み
空腹を紛らわして、忌々しげにエサをながめた。

 これでもヴィリディアちゃんは賢い実装石からさらに厳選されて
虐待以上につらいといわれる躾を受けてきた高級飼い実装である。
ゴシュジンサマからいただいたお食事に文句をつけるなんて糞蟲のやること。

 しかしそれも薄皮一枚。パチンとはじけてしまいそうであった。

「このエサを用意したのはオマエかクソニンゲン!」
「とっととごはんをチェンジデス!オマエもいっしょにチェンジデス!」

 そんなふうに怒り狂って叫びだしたかった。

 だが賢いヴィリディアちゃんにはまだ理性がのこっていた。


 それ以上いけない。ダメ、ぜったい。

 
 我慢してペレットを口に含む。金魚の水槽のような臭いが口腔にひろがる。
贅沢になれた肥えた舌を蹂躙するエグみ、苦味、こびりつくような不味さ。
ヴィリディアちゃんはそれを涙目になりながら水で流し込んだ。
胸がムカムカする。こみあげてくるゲップがこれまた臭い。
ペットショップでお買い上げされてからは
一度も流したことがなかった色付きの涙があふれる。

「デェ、デェェェェ、なんで、なんでワタシがこんな目にデスゥ」
すべての餌を食べ終わった頃、ヴィリディアちゃんのピンクのフリフリドレスは
色付きの涙でグチョグチョになり、緑色と赤色で染めあげられていた。
 ヴィリディアちゃんはフラフラになりながらドレスを脱いで
実装石用全自動乾燥機付き洗濯機に放り込むと、そのまま意識を失った。


 ヴィリディアちゃんは夢をみていた。長い長い夢をみていた。
夢の中でヴィリディアちゃんは小さな仔実装になっていた。
「夢にまで見た食パンテチ!」
 カビだらけの食パンにかぶりつく。くちにひろがる青カビのにおい。
唇がピリピリとする。油粘土のような臭いもする。ドロリとぬめる、糸をひく。
それでもそれは美味しかった。脳がジンジンとしびれるほどに美味しかった。

 ニンゲンさんの手がのびてきて仔実装をもちあげる。
「はーい、5598失格ぅ」

 ああ、もうおしまいだ。ワタチはチヌ。チヌんだ。それでもいい。
もうひとくち、もうひとくちだけ、あれを食べたい。食べたい。食べたい。
血涙を流し、イゴイゴと精一杯の力で手足をバタバタさせる。
ゆっくりと回転するドラムが彼女を少しづつミジミジする。
「イタイテチ!イタイテチ!イタイ!イタイ!イタイ!イタイテチィィ!
 ニンゲンさんゴメンナサイテチ、もうしないテチ、ゆるチテチィィ!」
激しい後悔、苦痛、死の恐怖。閉ざされる薔薇色の未来。迫り来る絶望。
いっそ生まれてこなかったほうがよかった。黒く塗りつぶされる心、偽石。

 知っている。あれは調教の最終テストだ。
調教中、食事は極端に制限される。飢えて死ぬギリギリだ。
成長を抑えるためだ。ペットショップで売れるのは仔実装のうちだけだから。
エサ代を抑えるために、成長抑制剤のコスト削減のために、
ニンゲンさんの都合のためだけに。

 ああ、あの頃飢えはとても身近な存在だった。

 そのなかで与えられる食パン。食パンは輝いてみえた。
ホカホカで焼きたてで美味しそうな白いパン。
だが実装石たちは耐えた。頑張って耐えた。
調教師が「食べるな」と命令したからだ。
やがてカビていく食パン。そのパンが朽ちたら「卒業」なのだ。
 だが耐え切れないオトモダチが出てくる。
そうすると連帯責任で調教はやり直しなのだ。
下手をするとロットごと破棄という場合もありうる。
何度くりかえしても糞蟲が発生するということは、
そのロットに質が低くなる要素がどこかにあるということだ。
全処分もしかたないといえよう。

 実装石たちは必死だった。
大事なオトモダチに苦しい思いをさせないためにも、
なによりも夢の飼い実装になるために。

 あともう少し、もう少しで幸せをつかめる。

 ヴィリディアちゃんが見た夢は、そんな中で誘惑に勝てなかった
裏切り者の身を焦がすような激しい後悔と絶望そのものだった。



 目を覚ますとヴィリディアちゃんはフワフワの羽布団に寝かされていた。
おめざに用意されていたのは「いつもの実装フード」だった。
こっそりとトイレに流してつまらせ、大目玉をくらった事もある実装フード。

 だがそんな実装フードも今はキラキラと輝いて見える。
サクサクした食感。香ばしい香り。安心感あふれるいつもの味、緑の粒。
お寿司を思わせるすこし酸味のきいたほんのり甘いタマゴ色の粒。
ステーキを思わせるパンチのきいたツブツブ胡椒入り、肉汁風味のあふれる赤い粒。
そこにアクセントと彩りをくわえる小さなコンペイトウのトッピング。
美味しい。実に美味しい。
これが生きているという事なのだろうか。

いつのまにか涙があふれていた。感謝の涙だ。

「ゴシュジンサマありがとうデス!
 こんなワタシに、ワタシに!
 ワタシはサンゴクイチのシアワセ実装デス!」


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 俺のバイト先は実装石用プレミアムフードの工場だ。

 一番安いプレミアムフードのつくりかたは
材料用の実装石を塩ビ管一本に1匹のみ詰めて上にフタをして放置するだけ。
ひと月後に出すとだいたいは飢えとストレスでパキンしている。
死体はものすごい形相になっている。
まぁしかたない。ぼっちは寂しいよな。すごくわかる。
それをミンチにして乾燥、ペレット状にする。一切の混ぜモノなし。
500g定価8000円。驚きの高額だ。庶民には手がでない。
これを食べさせると良くなつき、好き嫌いなく食べる実装石になるらしい。
仕事自体は簡単。糞で溢れかえりそうな使用済み塩ビ管を洗うのが苦痛なくらい。

 もっと高い実装フードの材料は
工場と提携しているペット用実装石のブリーダー、
もしくはトレーナーから卸してもらっているようだ。
普通は廃棄されるものらしく値段がつけば双方ウィンウィンらしい。
 こっちのスーパープレミアムフードは高い。
 目的別にいろいろあるらしいが大体は100g2万円ぐらいだ。
なんの末端価格だよ! 

 特殊な死に方をした実装石の死体を材料にした実装フード。
それに高い効用が認められるのは、おもに偽石の記憶のおかげらしい。
 どういう仕組みかはわからないが、偽石の経口摂取によって
記憶の共有がされるようなのだ。きめぇ。
 
 まぁ摂取する個体に学習能力ないと効用は低いようだけれども。



「なぁ、実装石ってどこから来たんだろうな?」

 パイプの洗浄中に突然声をかけられてビクッとなる。
バイト仲間で同じ大学のやつだ。
 なにやら複雑怪奇で小難しい事を考えているらしい。
こいつインド哲学専攻だからなぁ。
 
 「ぅあ?何を突然。あれだ、なんかいつのまにかいたよな。
 俺が子供の頃にはあまりみかけなかったから
 あれか?外来種ってやつ?」

 奴は小馬鹿にしたような顔でフフンと鼻を鳴らした。
「おいおい、君が知らないだけだ。実装石は昔からいたよ。
 戦国時代にもいたって話もあるぜ?
 でも外来種か、それはあたっているかもな。」

 おれは少しムカついて喧嘩腰に言った。
「はぁぁぁぁぁ?戦国時代ってあれだろ?
 ほら、あの、すっげぇむかしだろ?
 むかしからいたのに外来種ってwおめw」

 奴は俺の苛立ちが汲み取れていないのか話を続けてきた。
「パンスペルミア説っていうのがあってな、
 生命の起源は宇宙から来たというやつでな、
 他にも昆虫地球外生命体説というのも…」

 なにやらトンデモをとなえはじめた。
やばい。これあれだ、宗教の人だ。そっち系の人だ。
何やら変な方向に行きそうなので、俺はあわてて別の話題をふった。

「なんかほら、このエサを食った実装石って
 変な夢見るらしいってはなしだけどさ、
 食うと夢をみるなんて実装石ならでだよな!」

 すると別のうんちくがはじまった。

「スティルトンってチーズしっているか?
 人間もそれを眠る前に食べると
 奇妙な夢をみるって話だぜ?」

 まぁたかよ、今いそがしいんだけど?実装石ならでは
っていうのを否定されても別にくやしくないんだからね!

 「なんだよそれ。そんなチーズしらねぇよ。
 6Pチーズは究極。さけるチーズは至高。
 さぁ仕事仕事!」

 空気をよまずに奴は会話を続ける。

「僕はこうみえても実装石愛護派なんだ。
 このバイトは実装石の未来につながっていると信じている。
 ライ麦っていうのはさ、昔は麦畑の雑草だったんだ。
 それを人間が引っこ抜いたりして人為選択した結果
 麦に擬態するように進化していった。
 最終的には穀物として人間に保護され栽培されるようにまでなった。
 僕はね、糞蟲病っていうのは麦角菌のようなものだと思っているんだ。
 ほんらいの彼女達は人間に愛されたくて愛されたくて仕方ない
 愛されるために生まれてきた存在なんだ。
 人間が愛されるための進化の方向性を示してあげればやがては…。」

 なんですか?意識高い系バイトアッピールですか?
さすがにもうイラッとした所で奴の足に糞まみれでベトベトな実装石が絡みついてきた。
パイプに生き残った実装石がまだいたらしい。

やーいやーい、ばっちいの、きったねー、
エンガチョ!エンガ!ビビンチョ!エンピ!バリヤー!

うん。なにやら溜飲が下がったね。
まさに足元をすくわれたってやつだな。




 家に帰ると飼っているウジ実装がレフレフとお迎えしてくれた。

 ウジちゃんはカワイイ。ウジちゃんだけはカワイイ。
だがほかの実装石はダメだ。おまえらは死ね。

 そう思いながらエサをやる。
掃除の時に出たプレミアムフードのクズだ。
だからこのウジちゃんはウジちゃんといえどもなかなかに賢い。
そしてとてもいい仔ちゃんだ。

「ウジちゃんおゆめをみていたレフ。
 なんにもないところにいたレフ。
 ずっとずっとマイゴだったレフ。
 ウジちゃんお石になっていたレフ。
 ウジちゃんお空を飛んでいたレフ。
 おひさまキラキラが見えたレフ。
 きゅうにぐんぐん落ちたレフ。
 コワかったレフ。
 ニンゲンサンが拾ってくれたレフ。
 ウジちゃんもうさみチくなくなったレフ。」

プニプニしようとしていた手がとまる。

昼間のあいつの言葉を思いだしてしまっていた。
いやまさか、でも。
そして思い直す。
こいつ鳥がくわえていたのがおちてきたんだっけか。
おれのモフモフマフラーに。
虫みたいに体重が軽いから高くからおちても平気だったんだよな。
うん。その記憶に違いない。

 気を取り直してプニプニをする。レフンレフンと飛び出すウンチ。
そんな記憶はウンチといっしょに排出してしまったようで、
ウジちゃんはそれ以来そんなことは二度と言わなくなった。

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1 Re: Name:匿名石 2015/12/01-22:58:18 No:00001873[申告]
実装はどこから来たのか 実装は何者か 実装はどこへ行くのか
2 Re: Name:匿名石 2019/12/25-19:10:16 No:00006152[申告]
They are from hell.
They feel a living hell.
And, they go to hell.
以上。

ゴーギャンもビックリの簡(不)潔な答え
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