タイトル:【観察】 そうしてなにひとつ良いこともなく死んでいきましたとさ
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作者:匿名 総投稿数:非公開 総ダウンロード数:3047 レス数:16
初投稿日時:2015/02/25-06:38:07修正日時:2015/02/25-06:38:07
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 朝の路上。
 作業靴の裏が仔実装がこの世で見た最期の景色だった。

 次の瞬間には、仔実装の身体は腹に溜めた大量の糞と赤い体液の、まだらな路上の染みになっていた。

「オネチャン、死んじゃったテチ」

 妹の仔実装はそうつぶやいた。

「デェ、死んだデスね」

 母の親実装はため息をついた。

 二匹は手をつなぎ、帰路へとついた。
 親実装の肩にはビニール袋が担がれていた。
 中身はゴミ捨て場でみつけた食糧。

「オネチャンがいないから、オネチャンの分まで食べるテチ」

 仔実装は母越しにビニール袋をものほしそうに見上げながら、そう言った。

「オネチャンの分はママが食べるデス、オネチャンの代わりの仔を産むには栄養がいるのデス」

 仔実装は母の言葉に、テチィと残念そうな鳴き声をあげた。



 公園、ダンボールの家に着くと、蛆実装が二人を迎えた。

「レフレフー、おかえりなさいレフー、ただいまのプニプニしてほしいレフー」

 二匹は蛆実装を無視すると、早速ビニール袋の中身の吟味にかかった。
 湿気たクッキーに、痛んで酸っぱい臭いを放つ肉や野菜。
 三匹ともその臭いに、思わず涎がこみあげる。

「はやく食べるテチー」

「ウジチャンもたべるレフー」

「蛆ちゃんに食べさせるゴハンはないデスー」

 二匹はレフレフと涙を流す蛆実装を横目に、食餌をはじめた。
 袋に手を入れて掴めるだけ取り出して口に放りこみ、ニチャニチャと時間をかけて咀嚼する。
 締まりのの悪いミツクチの端から、濁った汁がこぼれて、染みだらけの前かけに更なる彩りを加える。

「今日のゴハンはなかなかデスー」

「テチー、おいしいテチー、オネチャンの分まで食べるテチー」

「レフ? そういえばオネチャがひとりいないレフー」

「オネチャンは死んだテチー」

「そうデス、肉にもならない親不幸者デスー」

「レフレフ、それならオネチャンのゴハンはウジチャがたべるレフー♪」

「蛆ちゃんのゴハンはウンチデス」

 レフェーンと情けない声をあげて、蛆実装は血涙を流す。
 仔実装は姉の分まで食べようと袋に手を伸ばすが、親実装に殴られて、部屋の隅まで転がる。
 ネチャネチャと咀嚼しながら、袋を抱えこむようにして親実装は食餌を続けた。



 食後、二匹はすっかり空になったビニール袋に糞をした。
 白い不透明なビニール越しにも、糞の濃い緑色が浮かんだ。
 蛆実装は親実装の手に掴みあげられ、そんな糞の中に放りこまれた。

「いやレフ、ウジチャもうウンチいやレフ」

 糞溜まりの中でもがく蛆実装の頭上で、袋の口がキュッと結ばれる。
 親実装はその場に仰向けになると、ぷっくりと膨らんだ腹を抱えてデープーと寝息をたてはじめた。
 仔実装は親実装の口の周りや胸に付着した食べカスをペロペロといじきたなく舐めまわしていた。
 ビニール袋の中では空腹に耐えかねて、蛆実装が糞を食べはじめていた。

「まずいレフ、プニプニもないレフ、ウジちゃんかなしいレフ」

 蛆実装は下顎で糞をすくい取るようにして口に入れ、そのまま呑み込む。
 ただ、腹を満たすために詰め物を入れるような食餌ともいえないような食餌だった。

「いなくなったオネチャはプニプニしてくれたレフ、ゴハンもわけてくれたレフ」

 プピップピッと糞を食べながら、蛆実装自身も無意識に軟便を垂らしていた。
 それに気づくこともなく、蛆実装は自身と家族の糞を食べていく。

「あのオネチャは、プニプニもゴハンもくれないレフ」

 蛆実装は考えたことをそのまま口に出しながらも、糞を食べることを止めない。
 全て平らげなければここから出してはもらえないのだ。

「あのオネチャがしねばよかったレフ、クソムシはしんだほうがいいレフー」

 突然、ビニール袋越しに何かが蛆実装を叩いた。
 蛆実装は驚いてレヒャっと悲鳴をあげたが、痛みはなかった。
 ビニールと糞に阻まれて、ただでさえ貧弱な仔実装の殴打は蛆実装に届かない。

「糞蟲はオマエテチ!! 高貴なワタチが生きているのは当然テチ!!」

 ボチャッ、ボチョッと仔実装がビニール袋を叩くたびに、湿った音が鳴り響く。
 蛆実装は袋越しの仔実装の殴打と怒声にしばらくプルプル震えていた。
 それもしばらくして、自分に害がないことが分かると、仔実装を罵りはじめた。

「レププ、プニプニもゴハンもくれないオネチャはいらないレフー」

「オネチャンより百倍も高貴で美しいワタチはいる子テチ!!」

「下のオネチャはクソムシレフー、ウジチャのウンチたべるレフー」

「テチャァァァ!! ウンチ食べてるのはオマエテチ!」

「レフー、ウンチたべてるウジチャのウンチたべるオネチャはクソムシよりクソムシレフー」

「ワタチはウンチなんて食べないテチ!
 高貴なワタチにはコンペイトウやスシやステーキがふさわしいテチ!!
 ゴミみたいなゴハンばかり食べさせるママも糞蟲テチ!!
 この家にはワタチ以外糞蟲しかいないテチ!!」

 仔実装は逆上のあまり、蛆実装を相手にすることをも忘れていた。

「こんなみすぼらしい家は嫌テチ!
 臭いゴハンもいやテチ!
 臭いママも蛆ちゃんもいやテチ!
 なんであんな糞ママからワタチみたいな美しい子が生まれたテチか!?
 どうしてニンゲンの家で飼い実装として生まれなったテチ!!
 綺麗なドレスとたくさんのゴチソウがワタチにふさわしいテチ!
 なにもかもまちがってるテチ!
 オネチャだけがわかってくれたテチ!
 だからオネチャはワタチをかばって踏みつぶされたテチ!
 バカでブサイクだったけどオネチャだけはワタチの価値をわかってたテチ!」

 絶叫で目を覚まし、背後でのっそりと立ち上がる親実装に、仔実装は気付かなかった。
 首根っこを掴まれると、無造作に部屋の隅に放り投げられる。
 打ちどころが悪く、右手はあらぬ方向へと曲がり、頭は陥没して右目が飛び出した。
 仔実装は今までとは違う声色で悲痛の叫びをあげ、こぼれた眼球を眼窩に押し込む。
 親実装はあくびをしながら、そんな仔実装を眺めていた。

「・・・まったく、ゆっくり眠ることもできないデス
 この仔はこれ以上育てても無駄デスね
 長女はまだ見込みがあったデスが、この仔は糞蟲デス
 近いうちに肉にするデス」

「レフレフー、ウジチャもオニクたべるレフー」

「蛆ちゃんは残さずウンチを食べるデス」



 夕方の公園。
 実装一家は水場の水道へと向かっていた。
 親実装はビニール袋を背負っている。
 ビニール袋の中には糞を平らげ、水風船のように膨らんだ蛆実装が寝息を立てていた。
 仔実装は元通りに回復して、親実装の足元でキャッキャと跳ね回っていた。

「まったく、回復力だけはあるデスね・・・」

「テチー、テチー、夕焼けまっかっかテチー」

「レプー、もうたべられないレフー」

 水場に着くと、親実装は器用に蛇口を開けて、ほとばしる水をビニール袋に注ぐ。

「レピャァ!?」

 寝起きの蛆実装は突然の冷や水に驚いて飛び上がる。
 水かさが増すごとに、蛆実装の身体もぷかぷかと浮かぶので溺れることはない。
 だが、親実装はビニール袋を中ほどまで水で満たすと、口を縛ってシェイクをはじめた。

「レベ、レピャ、レプピ、レペ」

 悲鳴をあげることもできない蛆実装の奇声に、仔実装は笑い転げる。
 親実装はビニール袋の中身を捨てる。
 緑色に濁った水が排水口に注がれ、泥のような糞が金属のカバーに残る。
 
「テププ、臭い臭いテチー♪」

 仔実装は鼻を押さえて、ビニール袋ごと水で洗い流される蛆実装をあざ笑う。

「見てないでプニプニしてやるデス」

「テェ!? そんなのしたくないテチ! ウンチついちゃうテチ!!」

「どうせオマエも洗うデス、長女がいなくなったからプニプニはオマエの仕事デス」

 蛆実装は自らの意思では排便をすることができない。
 軟便であれば垂れ流しだが、硬い便となると蛆実装の筋力では排出できないのだ。
 そのため、蛆実装の糞抜きには外からの刺激が必要不可欠だった。

「レフー、おなかポンポンレフー、はやくプニプニしてほしいレフー」

 仔実装はそろそろと今にも弾けそうな蛆実装の腹に手を伸ばす。
 プニップニッと触る度に、親指の排泄孔から水鉄砲のような勢いで糞が吹きだす。

「レフー、プニプニがたりないレフー、下のオネチャはつかえないレフー」

「うるさいテチ! はやくウンチするテチ!!」

「なにやってるデス、早くしないと日が暮れるデス」

 親実装は仔実装の背中をドンと押した。
 仔実装は蛆実装の腹へ飛び込むようにして倒れこむ。
 眼前の総排泄孔から、濃緑色の糞が勢いよくほとばしる。

「レピャー! プニプニつよすぎるレフ! ウンチでおまたさけちゃうレフ!!」

「テベベベ、くさいテチ、ウンチ口に入ったテチ、まずいテチ」

 仔実装は顔中を頭巾の中まで糞まみれにしながら、ふらふらと立ち上がる。
 立ち上がると目の前には一面の糞が広がっていた。

「ママァ、臭いテチー、はやくお水でキレイキレイしてほしいテチー」

 ボタボタと上半身から糞を垂らしがら、甘えた声をあげて親実装の方へ振り返る。
 すると、そこには人間に頭を踏みにじられて、声も出せないでいる親実装の姿があった。

「おめーらかよ、水場を汚してたのは」

 仔実装の小さな身体を芯から凍りつかせるような、男の低い唸り声だった。
 親実装は手足をばたつかせるが、頭を踏みつける足はびくりともしない。
 男の上体が傾くごとに、その足への荷重は増えて、親実装の頭もそれにつれて潰れていく。

「いくら野良でも水場は汚さないもんだろうが、糞蟲以下が」

 グチッブチッと親実装の頭の内容物が弾け、手足は痙攣的にひきつる。

「ガキは糞まみれだしよ、まったく」

 男は汚物でも見るように二匹の仔を見た。
 仔実装はその場に凍りつき、ブリブリと盛大に糞を漏らした。
 すっかり糞を出し切った蛆実装は糞溜まりの中で転げまわってプニフーと鳴いていた。

「ハァー、掃除する身にもなれってんだよ」

 男は全身糞まみれの二匹を目の当たりにすると、怒りを通り越してあきれてしまった。
 彼はすき好んで実装石を痛めつける、いわゆる虐待派ではなかった。
 ただ、町内会長である父の頼みで水場を見張っていたのだ。
 
「おまえらはいいや、とっとと散れ」

 男は仔実装の頭上で手首をひらひらさせた。
 仔実装はしばらくぼんやりとその仕草を見上げていた。
 急にテチャッとひと鳴きすると我に返り、走りだそうとした。
 だが、数歩進んだところで立ち止まり、すぐに引き返して親指を抱える。
 そして今度はわき目もふらずに、繁みの奥にあるダンボールハウスへと逃げて去った。

「おー、美しい家族愛ってやつか」

 男は去っていく仔実装の背中を見送りながら、感心した風に言った。
 そして足下にした親実装へと目を向ける。

「まあ、ガキに免じて殺すのは勘弁してやるか
 でもまあ、無罪放免ってワケにもいかないな
 確か利明さんが言ってたな、実装石は髪と服をとられるのが一番堪えるって・・・」

 その言葉に、親実装の身体はビクンと震えた。



 ダンボールハウス。
 仔実装は蛆実装を床に放り出し、ガタガタと震えていた。
 蛆実装はレプーと乱暴な扱いに抗議する。

「ウジチャはやわやわだからもっといたわるレフー」

 蛆実装は仔実装の様子も気付かず、室内を這いまわる。

「レフレフー、ウンチしたらおなかすいたレフー、ごはんほしいレフー」

「だまるテチ」

「レフー、プニプニもまだたりないレフー、プニプニごはんレフー」

「なに言ってるテチ、ごはんはもうないテチ、ママもいないテチ」

「ママもいなくなったレフー?」

「そうテチ、ニンゲンにつかまったテチ、きっと殺されるテチ」

「バカレフー、ニンゲンならウジチャにまかせるレフー、きっといまごろ飼い実装レフー」

「ウンチまみれじゃいくら高貴で美しいワタチでも飼われるのは厳しいテチ・・・」

「レププ、オネチャウンチまみれレフ、レピャ!? ウジチャもウンチまみれレフ!」

「最悪テチ、ママが蛆ちゃんをプニプニさせたせいでチャンスを逃したテチ・・・」

「レフーウンチたべるレフー、まずいレフー」

「ウンチにさえまみれてなかったらニンゲンはワタチを見てメロメロになったテチ・・・」

 仔実装は目の前の現実から逃れるように、幸せ回路を働かせる。

「きっとそうテチ、バカなママと蛆ちゃんのせいで幸せを逃したテチ
 ワタチだけならきっとニンゲンもメロメロになるテチ!」

 言うが早いか、仔実装はダンボールハウスを飛び出した。
 繁みを抜けて、公園を出て、路上へ飛び出す。
 行き交う人々に、テチッテチッと両腕をあげて声をかける。
 ほとんどの人間は相手にすることもなかった。
 たまに視線を向ける人間がいても、糞に手足が生えたような仔実装の姿に、嫌悪の表情を浮かべる。

「レチューン、みるレチー、ウンチいっぱいついてるけどワタチは美しいテチー
 今ならこんな高貴で美しいワタチを飼わせてやるテチー、先着一名限りテチー
 そこのオマエ、コンペイトウをよこすテチー
 そこのオマエ、ステーキとスシをよこすテチー
 まったくオマエたちの目は節穴テチー
 こんなにも可愛いワタチを素通りするなんてクソニンゲンテチー
 ワタチにふさわしいニンゲンはいないテチかー?」

 傍を通る人間の足先が仔実装に触れる。
 掠っただけで仔実装は転がり、テチャッと鳴き声をあげる。

「なにするテチ!!!
 ワタチの高貴で清らかな身体に乱暴するとは許さんテチ!!!!
 お詫びにステーキとコンペイトウを山盛りにしてもってくるテチ!!
 どうしてもっていうなら飼わせてやらんこともないテチ!!!」

 仔実装は去っていく人間の背中にテギャテギャと罵声をあびせるが、もちろん相手にされない。
 気を取り直して立ち上がると、目の前には人間の足の裏があった。
 ゴム底のギザギザとした幾何学的なパターンが仔実装の視界一杯になる。
 それが仔実装の頭に下りてくるのはとてもゆっくりだった。
 仔実装の脳裏には姉である仔実装の言葉が走馬灯のように浮かんだ。

『はやく逃げるテチ、イモウトチャ!!』

 そう言って妹を突き飛ばし、自ら人間の足元に身を晒した姉の仔実装。

「オネチャ、たすけ・・・」

 ベチャっと泥水を踏みつけたような音を立て、姉の仔実装は死んだ。
 だが、妹の仔実装の眼前では、頭スレスレでピタリと靴底は止まった。

「おやおや、危ないな」

 足を止めたのは中年の紳士だった。
 下ろそうとした足をどけると、そこには硬直した仔実装の姿があった。
 紳士はその場で腰を落として、目線を仔実装に近付ける。

「大丈夫かい、怪我はしていないかな?」

 やさしくそう声をかける。
 その声と眼差しに、仔実装の引き攣った身体と表情が溶ける。

「テ・・・テチャァァァァン!!」

 仔実装はへたり込んで、盛大に糞と涙を垂れ流した。

「おやおや、困った仔だな。お母さんはどこへ行ったんだい」

 紳士は手慣れたように、手提げの鞄から実装リンガルを取り出す。

「ニンゲンに殺されたテチィィ、オネチャもニンゲンに踏み殺されたテチィ、みんなみんな死んだテチャァ」

「可哀相に、ひとりきりなのかい?」

「そうテチィ、もうお家にはだれもいないテチィ、ワタチひとりっきりテチ、蛆ちゃんはいるけど、蛆ちゃんはお肉だからワタチひとりテチィ」

「それはそれは・・・、よかったらウチに来るかい? 丁度元気な仔実装が一匹ほしかったんだ」

 仔実装はもちろん快諾した。
 紳士はニッコリと微笑むと、ビニール袋を取り出して仔実装をそこへ招き入れた。

 仔実装はゆりかごのように心地よく揺れるビニール袋の中で、生まれたばかりの頃を思い出していた。
 今よりももっと小さかった頃、親実装は姉妹をビニール袋の中に入れて運んでいた。
 ビニール袋の中で姉の仔実装と蛆実装とで身を寄せあっていたあの頃。
 互いの体温で暖めあった懐かしく心地よい記憶。
 身体が大きくなって、自分の足で歩くようになってからは、互いの心まで離れてしまったかのようだった。
 姉の仔実装は手のかかる蛆実装ばかり可愛がり、ちっとも自分には構ってくれない。
 あまりにも馬鹿な蛆実装を虐めると、蛆の肩ばかりもつ姉がキライだった。
 それでも、ワガママを言ってママから打たれれば、痛むところをやさしく撫でてくれた。
 それが嬉しくて、ワザと打たれたことも何度もあった。
 姉の関心を蛆実装から奪えることがうれしかった。
 好きだった、家族の誰よりも愛していた。

「オネチャ・・・、きっと天国からワタチを助けてくれたテチ」

 仔実装はビニール袋の底でひとり、ポロポロと涙を流した。

「ひとりは寂しいテチ・・・、けど、やさしいニンゲンサンが一緒テチ
 ワタチはやさしいニンゲンサンのお家で、オネチャやママの分まで幸せになるテチ!」



 親実装は禿裸に剥かれてから解放された。
 後頭部にはくっきりとゴム長の靴底のパターンが刻まれている。
 頭は半分陥没し、耳からは灰色の脳味噌がこぼれて、太いウドンのようにブラブラしていた。
 意識ははっきりしているのだが、呂律がまわらない、手足が自由に動かない。

「デベ、デペペペペ」

 親実装は目玉をぐるぐるさせ、這いながらダンボールの我が家へ帰ってきた。
 そこには蛆実装が一匹、軟便で軌跡を描きながら這いまわっていた。

「レフー、ママレフー」

「デベ、ウジチャ、デデデデ」

「レプー、ママおかしいレフー」

「デジャ、ウジチャ、ジジョチャ」

「下のオネチャはおうちにいないレフー、とびだしてったレフー」

「ドコッタデ」

「わかんないレフー、おなかすいたレフー」

「デヒュー、デェェェ・・・」

 身体が思うようにならない今では、親実装には仔実装だけが頼りだった。
 その仔実装さえ居なくなったと聞いて、親実装は意気消沈した。
 性格的に難のある次女のことだ、きっと人間に飼われようと息巻いて出て行ったのだろう。
 あの糞蟲相手では、人間の対応など目に見えている。
 せめて、長女さえ生きていれば・・・。

 蓄えといえば、ビニールに包んで地面に埋めたクッキーが何枚かと蛆実装だけだ。
 これで、身体が回復するまで生き延びることができるのだろうか。
 野良実装として生を受け、様々な受難を乗り越え生き残ってきた。
 その親実装でさえ、目の前が真っ暗になるほどの絶望。
 辛い現実の前に、幸せ回路はすり切れて、妄想の世界に逃げ込むことさえできない。

 せめて、眠ろう。
 眠りの中であれば、現実を忘れさせてくれるような幸福な夢をみることができるかもしれない。
 親実装は身体を横たえ、レフレフと這いまわる蛆実装の声も遠くなり、意識を無くした。

「レフレフー、ママー、おねむレフー?」

 夢の中では、炎が舞っていた。
 生き物のように親実装の剥ぎ取られ抜き取られた衣服と髪の上で踊っていた。

「ウジチャおなかぺこぺこレフー、ウンチでいいからたべたいレフー」

 人間はあざ笑い、親実装は絶叫した。
 何よりも、仔よりも、親よりも、姉妹よりも、失うことを恐れた半身が燃えている。
 何もなくなっても、それさえ残っていれば安心できた。
 生まれた頃から一緒だった、心の支え。

「おきてほしいレフー、ウンチしてほしいレフー」

 髪と服だけが、野良として生きる親実装のプライドだった。
 飼い実装と同じ姿と形。
 飼い実装とワタシの何が違うのだろう。
 飼い実装は幸運で、ワタシは不幸なだけの話だ。
 ワタシはいつだって胸を張って人間を迎えることができる。
 それが儚い夢であっても、可能性は0ではない。
 髪と服さえあれば、きっといつか人間はワタシを迎えてくれる。
 
「レフー? ママのおみみからなにかでてるレフー、ウンチレフー?」

 だけど、髪と服を失った。
 飼い実装への架け橋を失った。
 ワタシは飼い実装になれない。
 一生野良実装だ。
 仔も仲間も、みんな汚い糞蟲だ。
 ワタシは一生不幸だ。
 食べ切れないほどのコンペイトウもステーキもスシも手が届かない。
 やさしいゴシュジンサマを迎えることもできない。
 ゴシュジンサマとの間にかわいいかわいい子供をもうけることもできない。

「レピャー! おいしいレフー!! こんなのはじめてレフー!!
 やわやわフワフワクリーミーレフー、これがステーキレフか!?」

 ごめんなさい、ママはあなたたちを産むことができないの。
 天使のようなワタシの子供たち、ゴシュジンサマとの愛の結晶。
 ゴシュジンサマとの架け橋は焼け落ちてしまったの。

「アナにまだつまってるレフ、ウジチャたべるレフ、ぜんぶレフ」

 おいしいおいしい。
 ママのステーキおいしい。




 仔実装は紳士の家に迎えられると、ステンレスの広い流しに降ろされた。
 そこで温かいお湯をかけられ、体中にこびりついた糞を洗い流された。
 仔実装は刺すような冷たい水しか知らない身に、はじめて浴びたあたたかなお湯にうっとりと目を細める。
 紳士はむっと立ち昇る悪臭に顔をしかめることもなく、微笑を湛えている。
 あらかた、身体の糞を流水で溶かすと、紳士は仔実装に服を脱ぐように促した。

「しっかりと綺麗にしないとね」

 仔実装は少し恥じらうように身をくねらせると、頭巾をおろし、結び目を解いた。
 そして身体を覆っていた衣服から脱皮するようにして抜け出す。
 次に、足先にキャップのようにくっついた小さな靴をスポンと脱いだ。
 最後に、紳士を上目づかいでうかがいながら、ゆっくりと恥じらうようにパンツを脱いだ。
 それらをひとまとめにして、紳士に差しだす。
 紳士はゴム手袋をはめた手のひらで、それを受け取る。

 実装洗剤で泡立った桶の中、紳士の手は仔実装の身体を丁寧に洗う。
 軟らかな毛先のブラシはくすぐるようで、仔実装はテチャテチャと鳴き声を漏らす。
 仔実装の身体はお湯から色がなくなるまで、洗浄を繰り返された。
 泡を流され、白いタオルに乗せられた仔実装の姿は見違えるようだった。
 垢がこびりついて褐色だった肌は透き通るように白い。
 絡まり合い、汚れで固着し棒のようになっていた毛髪は梳かされ、艶やかな亜麻色の絹糸のように変わった。

「驚いたな、とても美人さんだ」

 仔実装は顔をただでさえ上気した顔を赤らめ、テチューンと感謝のひと鳴きをした。

「さて、今度は服を洗おう
 待っている間、これでも食べなさい」

 紳士が仔実装に渡したのは、色鮮やかなコンペイトウだった。
 仔実装は思わず、テチャッと声をあげた。
 コンペイトウをうけとるやいなや、夢中でむしゃぶりつく。
 紳士はほほ笑みながらそんな仔実装を見ると、洗濯板を取り出し、実装服を洗い始めた。
 ふかふかの温かなタオルの上で、仔実装は紳士の大きな背中を眺めながらコンペイトウをしゃぶっていた。

「テチューン、身体ポカポカスベスベテチ、タオルフカフカテチ、
 コンペイトウとってもアマアマでおいしいテチ、
 ゴシュジンサマはとってもやさしいテチ、幸せすぎて怖いテチュー」

 仔実装は頭からほのかに湯気を立てながら、小さな身体にはち切れそうなほど注がれた幸せに酔いしれていた。

「オネチャにもこんな幸せを味わってほしったテチ
 ママにもウジチャにもこの幸せをおすそわけしたいテチ
 でも、オネチャはきっと天国でおなじくらい幸せ一杯テチ
 オネチャは良い子だからカミサマからいっぱいごほうびもらってるテチ
 ワタチも良い子にして、オネチャと同じところにいくテチ」

 紳士は洗った実装服を脱水ペーパーを敷いた網の上に並べた。
 実装服は染みついた汚れを落とされ、鮮やかなグリーンと純白になっていた。
 ゴム手袋をステンレスの蓋つきのゴミ箱に捨てると、紳士は仔実装へ振り返る。
 食べかけのコンペイトウを抱きしめがら、仔実装はタオルに包まり寝息を立てていた。
 紳士は指先でツンツンと仔実装の腹を突いた。
 仔実装は身じろぎもせず、規則的にテプーテプーと寝息を立てていた。
 紳士は針を取り出すと、再び仔実装の腹を吐く。
 やはり、仔実装は無反応だった。

「良い加減みたいだね」

 紳士は仔実装から意識と痛覚を奪った食べかけのコンペイトウを拾いあげ、ゴミ箱に捨てる。
 新しいゴム手袋を取り出すと、仔実装の身体にスプレーの消毒液を振り掛ける。
 手術道具一式に冷蔵庫からビーカーをを取り出し、鋭利なメスで仔実装の胸部を切開した。
 指先で探るようにして中を探ると、あたりをつけてピンセットで偽石を取り出す。
 あらかじめ用意しておいた実装賦活剤入りのビーカーにポトンと落とす。
 付着した赤い体液の尾を引きながら、偽石は透明な液体の中に沈む。
 次に頭にぐるりと一周メスで切れ目を入れて、ズルリと頭皮をはがす。
 剥き出しになった頭蓋骨にドリルで何か所か穿孔、回転刃で穴を繋ぐように開頭した。
 頭蓋骨を取り外すと、缶詰の蓋を開いたときのように、内容液があふれ出した。
 脱脂綿で滲出した体液を除くと、ピンク色のツルツルとした脳味噌が姿を見せた。
 紳士はプルプルとした脳を両手の指先で掴むと、ズルリと引き抜いた。
 片手で脳を保持しながら、脳幹をメスで切断する。
 そうして、冷蔵庫から取り出したビーカーに入った別の脳と中身を取り換えた。

「良かった、ピッタリだね」

 接着剤で頭蓋を張り合わせ、皮膚を実装パテで繋ぎあわせる。
 実装パテはすぐに皮膚に馴染んで、切開跡はすぐに赤い筋だけ残して消えてしまった。

 紳士は伸びをして、汚れた手袋を捨て、煙草に火をつける。
 仔実装は何事もなかったかのように再びタオルに包まれ、スヤスヤと眠っている。
 その表情が時折緩んで、微笑みが浮かぶ。

「一体、どんな夢を見ているんだろうねえ」

 紳士は顔に張り付いた笑い皺を深くし、紫煙をフーッと吐き出した。
 そしてふと、トレーに乗った脳に目を向ける。

「さて、一服したらついでにもうひと仕事かな」




 翌日の早朝、双葉動物病院のドアの前の階段で、ひとりの少年が座っていた。
 手には陶器の貯金箱を抱えて、そわそわと開院を待っている。

「おや、大地君、早いねえ」

 ドアを開き、紳士————獣医師の双葉利明が顔を出した。
 大地と呼ばれた少年は、ペコリと頭を下げる。

「おはようございます、先生。あの、アイツは・・・」

 利明はにっこりと愛相を崩す。

「言っただろう、実装石のことなら先生に任せとけって
 もちろん、手術は成功だよ」

 パァっと少年の顔にも笑みが浮かぶ。
 キラキラと輝く少年の瞳に、眩しそうに利明は目を細めた。
 迎え入れるように利明がドアの前で半身をかわすと、少年は院内に飛び込んだ。

「わあ、すごいや先生!」

 台の上には、昨日利明に拾われた仔実装の姿があった。
 少年は指先で仔実装の前髪をくすぐる。
 すると、仔実装はテチューンと甘い鳴き声をあげ、くすぐったそうに身をよじる。

「さあ、新しいご主人様だよ、ご挨拶しないとな」

 利明の声に、仔実装は背筋を伸ばしてペコリと少年に頭を下げる。

「すごいや! 実装石って賢いんだね」

「個体にもよるけど、この子はなかなか賢いみたいだね」

「それじゃ、手術代だけど・・・」

「うーん、その子は責任もって大地君が飼うのかい?」

「もちろんだよ!」

「それじゃ、今回は初回ってことで、負けておこうかな」




 満面の笑みを浮かべて、ドアから現れた少年に男性はぶつかりそうになる。

「お、大地か、気をつけろよ」

「平野のおじさん、みてみて、ぼくの実装石!」

 少年は両手に抱えた仔実装を掲げてみせる。
 仔実装は不思議そうな顔で、平野の顔をみあげる。

「なんだ、物好きだな、実装石なんて・・・」

「この子、すごく賢いんだよ!」

「何言ってんだ、実装石なんて公園の水場は汚すし、ロクなもんじゃねえよ」

「おまえはそんなことしないよなー」

 少年の声に、仔実装はもちろんそうだとでも言うように、テチューンと鳴いた。



「なんスか、あの仔実装」

 平野は診察台の上で愛犬のペスを押さえながら、利明が爪切りをしているのを見守っていた。

「昨日大地君が持ち込んできて、踏みつぶされでもしたんだろうな、グチャグチャだったのを治してやったんだよ」

 利明は熟練の手さばきでペスの爪を次々と切断していく。
 ペスも慣れたもので、ほとんど落ち着き払っていた。

「へえ、やっぱ実装石はとんでもねえな、ミンチから一晩で再生するのか」

「いや、脳と偽石以外は総とっかえさ」

「それってなんか詐欺っぽくね」

「上手くいったみたいだよ、ちゃんと実格も交換されていた
 元の身体の持ち主は糞蟲だったが、ミンチの方はなかなか賢い個体のようだ」

「ふーん、でもさ、大地ん家って飲食だろ、飼わせてくれんのかね、実装石なんて」

「まあ、再び野に放たれるならそれでいいんじゃないかな、私も半分趣味だったしね」

「さすが利明さん、虐待紳士は健在だねー」

「褒めてもお代は負けないよ、だけど、アレなんてどうだい」

 利明は流しの上のビーカーを顎でしゃくった。

「なんスかアレ、なんかグロくないスか」

「あの身体の元持ち主さ」

 ビーカーの中には脳と神経組織が赤と緑の虚ろな眼球と共に浮かび、底には偽石が沈んでいる。

「標本?」

「いや、生きてるよ」

「じゃ、自分の身体が他人にとられて、飼われていくのを見ていたワケ?」

 利明の口の端がにんまりとつり上がる。
 ペスはキュンと小さく鳴いて、不安げに主人を見上げる。

「まったく、先生は悪趣味デチュねー、ペス」

 そんなペスを撫でながら、平野は言った。

「ほら、終わったよ、お疲れ様、ペス
 平野君、お代はいつも通り千円だ」



 ビーカーの中。
 仔実装は目の前で自分の姿をした別の誰かが大地少年に抱き上げられ、飼われていく姿を閉じることもできない瞳で余さず見ていた。

(どうしてテチ)

 悲鳴をあげようとしても口も喉もなかった。
 脳は空しくシグナルを送るが、ビーカーを満たした活性剤に波紋ひとつ起こさない。

(あれはワタシじゃないテチ)

 涙を流したくても涙腺はなかった。
 漏らしたくても臓器も排泄孔もなかった。
 空しいシグナルが神経組織の末端で消えていく。

 ビーカーを覗きこむ影があった。
 仔実装は見上げようとしたが、上手くいかない。
 ピクピクと眼筋がひきつるばかりだ。

 利明は腰を落として、流し台の上の仔実装と目線を合わせる。
 手にはビーカーの中の脳と有線したリンガルがあった。

(ゴシュジンサマ)

「あー、テステス、聞こえるかな」

(聞こえるテチ)

「ああ、良いみたいだね
 耳がないから肉声は届かないんだ」

(よくわからないテチ、ワタチはどうなったテチか)

「身体を可哀相な仔実装に分けてあげたんだ」

(テチャァ!? やっぱりアレはワタチテチ!!)

「そうだね、君だった身体だ
 もしかしたら踏みつぶされたっていう君のお姉さんかも知れないね」

(オネチャは死んだテチ、グチャグチャのウンチみたいになってたテチ!!)

「いや、まったく、言いえて妙だね、まさに糞みたいだったよ
 あんなのが持ち込まれたときは流石にどうしようかと思ったが、
 幸い、脳の半分以上と偽石は無事だったからね、正直上手くいくとは思わなかった」

(騙されたテチ! ワタチを飼うって言ったテチ、大事にするって言ったテチ!!
 ワタチを幸せにしてくれるって言ったテチ、ママとオネチャンの分まで幸せになるテチ!!
 かえすテチ、ワタチの身体かえすテチ!!)

「まあ、身体は飼い実装になったんだ、それに中身も今こうやって大事にされてるんだ
 騙すなんて人聞きが悪いな」

 利明はちょんとビーカーを突く。
 剥き出しの神経に、ガラスと水を介しても僅かな衝撃が激痛となって仔実装を苛む。

(テギャーーーーーーーーーーーー!!!!!)

「うーん、悲鳴がリンガル越しのテキストだけってのは味気ないなあ
 まあ、君の身体でお姉さんが幸せになったかもしれないじゃないか
 それで良しとしようじゃないか
 君もそこでよければ飽きるまで飼ってあげるよ、何、遠慮はいらないよ
 ただ、患畜や飼い主を怖がらせるといけないから、昼間は冷蔵庫だけどね」

 そう言って、利明は仔実装の入ったビーカーを冷蔵庫に仕舞った。

(暗いテチ、寒いテチ)

 冷蔵庫の中で、仔実装は考えることしかできなかった。

(ここは嫌テチ)

(あれは本当にオネチャンだったテチか)

(オネチャン、ワタチの身体をとったテチか)

(高貴で美しいワタチを妬んで、バカニンゲンを使って盗んだんテチ?)

(許せないテチ)

(地獄に落ちるテチ)

(殺してやるテチ)

(手足を食いちぎってやるテチ)

(禿げ裸にしてやるテチ)

(でもあれはワタチの身体テチ)

(食ってやるテチ、全部食ってやるテチ)

(そしたら全部元通りになるテチ)

(手も足も身体も、髪も服も、全部食べるテチ)

(そしたら全部元通りテチ、高貴で美しいワタチはやさしいゴシュジンサマに飼われるテチ♪)

(テププ)

(テププ、テププ)

(テヂプ、テジャ、テギャギャギャ)

(かえせ、からだかえせ)

(オネーーーーーーーーーーーーーーーチャン
 ウジチャンーーーーーーーーーーーーーーーー
 マママママーーーーーーーーーーーーーーーーーーー)

(よこせ、よこせ、よこせ、よこせ、よこせ)

(からだからだからだらdふぁいふぇじゃjふぇふぇ)

 夕方、利明は冷蔵庫からビーカーとリンガルを取り出した。
 リンガルには意味をなさない文字の羅列が永延と繰り返されていた。
 ログを見返しながら、利明は溜息をついた。

「うーん、やっぱり持たなかったか」




 大地少年が持ち帰った仔実装は少年の部屋で飼われることになった。

「いいかい、声を出しちゃ駄目だよ
 餌はいっぱい置いておくから、ちょっとずつ食べるんだよ
 ウンチはこの中にするんだよ
 絶対にお母さんにみつかっちゃ駄目だからね」

 仔実装はコクコクとうなづいた。

 少年が学校に行っている間、仔実装は掃除に入った大地の母にあっさりと見つかった。
 その夜、少年は父から生まれて初めて殴られることになる。


 仔実装は母の手で元の公園に戻されていた。
 仔実装には、自分の身に何が起こっているのか理解できなかった。
 死んだと思ったら生きていて、飼われたと思ったら捨てられている。
 仔実装はふらふらと、見慣れた公園の見慣れた繁みを潜り、我が家へと帰っていく。


 ダンボールハウスの中は薄暗かった。
 たった一日ぶりの我が家なのに、妙に懐かしい。
 仔実装は家族の姿を探す。

「ママ、イモウトチャ、ウジチャ?」

 家の奥の方から、デーと声が聞こえた。

「ママ?」

 仔実装は家の中に踏み入り、声がした方へ寄っていく。
 暗がりに目が慣れると、ぼんやりとした禿裸のシルエットが浮かんでくる。

「テチャッ誰テチ!?」

「デフー」

「びっくりしたテチ、ママテチ、どうして禿裸になったテチ?」

「デフデフーデフー」

「ママ、何言ってるかわかんないテチ、ウジチャとイモウトチャはどこテチ?」

「デフー、ウジチャデフー」

「ママ、可哀相テチ、きっと虐待派に襲われておかしくなったテチ・・・
 イモウトチャもウジチャもいっしょに悲しいことをされたテチ・・・」

 仔実装は禿裸を抱きしめ、ポロポロと涙をこぼした。

「もうワタチにはママだけしか残ってないテチ
 飼い実装にはなれなかったけど、ママとワタチが一緒ならきっと大丈夫テチ!」

 禿裸はそんな仔実装の言葉を聞いているのか聞いていないのか、這いつくばって部屋を行ったりきたりしはじめた。
 仔実装は禿裸の奇行に、茫然と立ちすくむ。

「デフデフーブニフー」

 禿裸はひっくり帰り、手足をばたつかせながらだらしなく膨らんだ腹を天井に向かって突き出す。

「テププ、ママ、ウジチャみたいテチ」

 仔実装は眩暈を覚えながらも、禿裸に調子をあせて腹を撫でてやる。

「ブニブニフー、ウンヂデフーーーー」

 ブチャブチャと剥き出しの排泄孔から部屋中に糞が撒き散らかせる。
 頭から糞を被って、仔実装は硬直していた。
 その顔からみるみる血の気が引き、不安から恐怖へと感情がシフトしていく。
 仔実装は、ダンボールハウスの出入口と禿裸を交互に見る。
 何か決意したかのように、出入口の方へと足を踏み出す。

「デフー、ウンヂデタフ、オナペコペ、ゴハン、ゴハン、ゴハン」

 仔実装の前に、ずるんと禿裸が這い出して、脱出穴を遮る。

「ママ・・・、ママじゃないテチ・・・?」

「ワタジ、ウジヂャ、オミミ、オミミウンチ、オミソ、ホチイ、オイヂーーーーー!!
 オネチャ、チョーダイ」




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1 Re: Name:匿名石 2015/02/25-09:22:09 No:00001649[申告]
蛆は色々な意味で寄生蟲だな
2 Re: Name:匿名石 2015/02/25-09:37:32 No:00001650[申告]
淡々としてるのに時々ゾッとさせられる
上手いなあ
3 Re: Name:匿名石 2015/02/25-21:39:12 No:00001652[申告]
>だが、数歩進んだところで立ち止まり、すぐに引き返して親指を抱える。

抱えていったのは、糞蛆ではないかな
4 Re: Name:匿名石 2015/02/26-12:57:07 No:00001654[申告]
作者です。

ご指摘の通り蛆ちゃんの誤りです。
パスワード未入力のため修正不能です・・・。

ご指摘ご感想ありがとうございます。
5 Re: Name:匿名石 2015/02/26-20:36:11 No:00001656[申告]
(実装にしては)善良な長女が不幸な末路を迎えるのはなんかかわいそうに思える似非虐待派の俺であった
しかし、蛆が親の体を乗っ取るのはもうホラーだな
獣医先生もあの公園で張ってれば自作よりやばい奇妙な実装を見られたろうに惜しい
6 Re: Name:匿名石 2015/02/27-00:43:11 No:00001658[申告]
つまり蛆はどこまでも脳を食い続け遂には頭のなかに入ってそこで
親実装の脳と蛆の体が一体化して蛆が親の脳を乗っ取った…でオK?
7 Re: Name:匿名石 2015/02/27-09:16:38 No:00001659[申告]
再生中の脳に潜り込んだ蛆が巻き込まれて
正常な復元に失敗したようにも見えるね
偽石の記憶と生理的欲求だけ残って
蛆本体の自我は消滅してそう
ザ・フライみたいなオチだ
蛆だけに
8 Re: Name:匿名石 2015/02/27-17:20:45 No:00001660[申告]
内容がばらけていて何がやりたいのかわからなかった
9 Re: Name:匿名石 2015/03/05-21:15:48 No:00001667[申告]
逆にこの進行好きだな。
淡々と同時進行する事自体が実装石が軽く扱われてる表現では
10 Re: Name:匿名石 2015/03/24-02:59:01 No:00001685[申告]
生き地獄のような実装石の日常
救いの手に見えるそれは次の地獄の扉
あっさり描いてるのがいいです
11 Re: Name:匿名石 2023/02/15-16:57:25 No:00006807[申告]
作り込みが凄くて驚きました。
良仔のオネチャが可哀想でキュンキュンします。
12 Re: Name:匿名石 2023/10/21-23:56:58 No:00008142[申告]
蛆かわいがった報いがこれか…
13 Re: Name:匿名石 2023/10/25-22:30:18 No:00008160[申告]
やっぱり蛆なんか野良じゃ糞穴にぶち込んでそのまま放置が一番だね
14 Re: Name:匿名石 2024/01/31-12:35:14 No:00008662[申告]
展開が二転三転して面白かった
15 Re: Name:匿名石 2024/01/31-23:52:17 No:00008663[申告]
よくある野良実装の日常が狂いながら流転して最悪の形で収束するのが淡々と描かれてる。題目通りでホントいい
16 Re: Name:匿名石 2024/03/17-16:56:56 No:00008912[申告]
大地くんの平野…?妙だな…
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