タイトル:【食】 実装料理 藩献亭『泣き仔の姿造りとジソネギの黄金焼き』
ファイル:実装料理 藩献亭『泣き仔の姿造り』.txt
作者:ムツジソウ 総投稿数:23 総ダウンロード数:3300 レス数:3
初投稿日時:2014/01/20-21:44:16修正日時:2014/01/20-21:44:16
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赤い提灯がならび、裏路地にひっそりと佇む、食通のあいだではそれなりに名が知れた店。
 
『実装料理 藩献亭(ぱんこんてい)』
 
今日も仕事帰りのサラリーマンに、ご近所の常連さん。
そして珍しい実装料理を求めて、県外からも客は集まってくる。
 
どこか懐かしい演歌が流れる店内で、
店員はオヤジさん一人きり。
 
今日はどんな料理が出されるだろう。
 
 
 
『泣き仔の姿造りとジソネギの黄金焼き』
 
 
 
大きな檜の一枚板を贅沢に使ったカウンター。
ケースの中では、今日も元気にテチテチレフレフと仔実装や蛆実装が泣いている。
赤々と暖かい光を放つ石油ストーブが、窓の外を落ちる雪の寒々しさを払い。
上に乗せたヤカンからうっすらと茶の香りが店内を満たしていた。
 
『新年あけましておめでとうございます』
 
そう達筆な筆裁きで書かれた書初めが、板に貼られ飾られている。
今年も良い年でありますように、書初めは新年の恒例行事だ。
 
そんなカウンターの裏で1匹の仔実装がスヤスヤと眠っていた。
 
「デーデスー…」
 
我が仔を愛おしむように、優しく撫でるウマミちゃん。
髪を梳かれてよほど気持ちいいのか、テェテチィと寝言とヨダレを漏らしながら、
コロリと座布団の上を転がった。

それをオヤジが仕込みつつ眺め、フッと小さく微笑んで…手元で泣くジソッ仔の髪を引っこ抜いた。
ヂィィと叫ぶジソッ仔を見下ろして、そろそろ新しい献立を考えようかと、
窓の外を揺れ落ちる牡丹雪に考えを巡らせた。
 
 
 
 
店を開いて数時間、いつもの常連さんが赤い暖簾をくぐって入ってきた。
何かいいことでもあったのか、常連さんは寒さに顔を赤くしつつも良い笑顔。
 
「………………らっしゃい、あけましておめでとうございやす…」
「デーデスー、デデスデスー」
「これはどうも、今年もお世話になります」
 
トンと、常連さんお気に入りの焼酎をカウンターに置き。
剥いただけのジソエビにちょっと塩胡椒をふりかけたお通しをカウンターに置くのだった。
 
 
######################
 

しばらく実装料理に舌鼓を打ってから、思いたつように注文がはいる。
 
「オヤジさん、泣き仔をください」
「……時価ですが」
「今日は特別なんですよ」
「そうですかい……おめっとさんです」
 
それだけ言うと、オヤジさんはカウンター裏の棚に居るソレを見た。
本日のメイン。年に一回、特別な日に男が首を長くして待っていた料理。
 
泣き仔。
 
その仔実装はレチィレチィとウマミちゃんに抱きついて眠っていた。
安堵と喜び、幸せで満たされた寝顔には、嬉し泣きか、赤と緑の涙の跡が残っている。
 
「デー…」
 
注文が入ると同時に、ウマミちゃんが一つ溜息をついた。
 
泣き仔とは山実装料理だ。
手間がかかるため、一日一品のみの限定料理だった。
 
この仔山実装は仕入れてきた食用蛆や仔実装に、わざと紛れさせて仕入れる。
もちろん混ざらないよう目印はしっかり付けなければならない。
 
徐々に目の前で下拵えされていく同族を見て、恐怖の声を上げながら震える山実装。
捌かれて絶叫を上げる仲間達をわざと見せつけ絶望に染めてやる。
これがます、落としの段階だ。
 
そして、上げである。
 
最後の一匹になった仔実装にウマミちゃんが近寄って、オヤジさんに訴えかける。
 
「お願いデスご主人、この仔は助けてあげてほしいデスゥ。
死んだワタシの仔にそっくりなんデス…ワタシが最後までちゃんと育てるデス。
お願いデスお願いデスゥ」
 
何故かウマミちゃんが気不味げに目を合わせない事に、仔実装は気がつかない。
ただ、命が助かった安堵で腰が抜けてへたりこむばかりだ。
そのままウマミちゃんが抱きとめ、優しく撫でてやる。
 
すると先ほどまでの絶望から解放され仔実装は、すぐにウマミちゃんをママと呼びはじめる。
(もちろん発注の際に糞虫でないことを確かめる必要があるのだが)
優しく抱かれ、一緒にお風呂に入り、美味しい新鮮な野菜、ハーブ、甘い甘い蜂蜜を沢山。
幸せいっぱい、お腹もいっぱい、ママと一緒にベッドでオネム。
そして生きる喜びを胸に涙を流す仔実装。
 
これで『泣き仔』の下拵えは完成である。
 
 
今仔実装は、頭に直接実装ネムリとシビレの混合液を注入され、
意識も感覚も全くない状態にさせられていた。
 
そのまま調理が始まる。
 
「デスー…」
 
すまなそうにオヤジさんに仔実装を手渡し、裏に引っ込んでしまったウマミちゃん。
これは毎度の事なので気にせずに、オヤジは仔実装をまな板に寝かせた。
服を剥がれ、髪を剃られ、お腹を開かれて内蔵を全て抜かれる仔実装。
左肩にあった偽石はチャポンと栄養剤の満たされたコップに入れられる。
 
簡単に捌かれ、寝た格好の姿造りになって完成だ。
 
 
客の男がゴクリと唾を飲み込んだ。
目の前でスヤスヤと眠る仔実装はまったく起きる気配はない。
 
そしてまず一口、何も付けずに頬張ると、その瞬間に口に広がるその旨味!
生きている肉はプシュッと肉汁を飛ばし、仔実装が食べたのであろうハーブの優しい香りと、
ほんのりとした甘味が口いっぱいに広がる。
 
「………最高だ…」
 
その一言に尽きる。
 
実装石は虐待されると旨味が増す。
それはたしかにそうだろう。だが、虐待された旨味は歯応えという壁に阻まれてしまう。
虐待された実装肉は硬くなってしまい、内の旨味を閉じ込めてしまうのだ。
 
だがこの幸せそうに眠る仔実装の肉はどうだ。
 
ただひたすらに柔らかく、何もかもを許す舌に蕩ける肉汁。
幸福の味というものがあるならば、それはこの肉に他ならないと男は思う。
 
いつの間にか半分近く平らげていた。
危ない危ない、まだここからなのに。
 
男は箸を置き、オヤジを見た。
 
わかっているとばかりに頷く親父は、小さな注射器を仔実装の頭に射し込んだ。
 
中身は中和剤。
 
ピッと針を抜くと、すぐに仔実装が目覚め皿の上から辺りを見回した。
何が起きたのかわかっていないのだろう。
 
「テチィ?」
(ママ…どこ?)
 
一言、そうつぶやく。
そして、なぜか動かない体を、どうにか動かそうと首を大きく振る。
 
「テチ テチャッ! テチューーン! テチューーーーン!」
 
体が切り刻まれ、中和剤で痛みが振り返してきた仔実装は、泣きはじめた。
 
(ママ助けて! どこにいるの! ママーーー! ママーーーーー!)
 
その様子をジッと見ていた男は、言ってやる。
 
「捨てられたんだよお前は。ママはお前がいらないんだってさ」
 
フルフルと首を振る仔実装。
信じられないのだろう、動かない両手を必死に耳へ当てようと必死にもがきながら、
イヤイヤと首を振り続ける。
 
ピキリと、コップの偽石にヒビが入った。
 
そのタイミングで、男は一発デコピンをかます。
 
「ヂィッ!」
 
頭が割れ、指の形に開いた仔実装のデコに醤油をかける男。
仔実装は痛みに悶えながら、ママ、ママと叫び続け…
 
パキンッ
 
偽石が割れた。
 
これが本当の泣き仔の姿造りだ。
 
絶望から幸せの絶頂へ、そしてまた一気に落とされ、仔実装は死んだ。
柔らかくほぐされた肉が、程よい歯応えを得たのである。
 
キュッと締まった肉をまずはそのまま、何も付けずにいただく。
先ほどと違い柔く跳ね返す歯ごたえが男を出迎えた。
その途端、プチュリと肉が口の中で弾ける!
 
「…………………………!」
 
先ほども美味かった、とてもとても美味かった、なのにやはり違う。
何度も食べているはずなのにこの瞬間は変わることはないだろう。
絶句するほどの命の味!
コリプチと弾けた中からワッと訪れるこれは、
長い年月を積み重ねた洋食屋の黄金のコンソメスープか…いや、それすらも足らない。
塩っけはない、ただ旨味というものを凝縮させた何かだ。
喉を嚥下し、鼻を突き抜ける香りまでも、どこまでも甘美。
 
もみじおろしと柚子皮を乗せて二口。
焼酎をあおりながらいただく、ああ痺れる旨さだ。
 
「………そろそろ」
「………ああ、すいません。じゃあ残りをお願いします」
 
〆の準備をはじめるオヤジさんに皿を手渡して、幸せの余韻を楽しんだ。
さあ、最後の仕上げはやはりアレだろう。
 
オヤジは皿から仔実装だったものを下ろし、ネギを一本取り出す。
さっと青い部分と土のついた部分を剥ぎ取り、すっと一本縦に切れ目を入れた。
ジャキと新鮮な音を奏でるネギの間に肉をはさみ、頭から取り出したジソミソを混ぜ、
肉に絡めてからネギの切れ目を爪楊枝で閉じた。
 
足元に置かれた七輪で全体を焼き入れて行くと…なんとも言えない香ばしい匂いが店を包む。
どよどよと周りの客から視線が集まり、大皿に一本。
焦げついたネギが鎮座する。
その横にチョコンと、頭を開かれ滂沱と涙をこぼし酒の器となった仔実装。
ジソミソの残滓を絡めながら呑む酒は本当に旨い。

そして………。
 
シャリと、焦げた部分を剥がすと、中から金色に輝くジソミソを絡めたネギの芯。
滴る旨味を乗せたそれが姿を現した。
 
『ジソネギの黄金焼き』の完成だ。
 
香りたつ皿の横に、トンと置かれた一杯の銀しゃり。
ネギは箸で簡単に切れるほどに柔らかく、その内から肉汁とネギの出汁が溢れ出した。
その出汁をご飯に落としつつ一口。
ああもう、何も言うことなどない。
出汁を吸った飯とネギを、無言で往復するだけだ。
ほっこりほっくりハフハフと、咀嚼と嚥下のリズムだけ。
いつの間にか出されたジソ味噌汁をグイッとあおり、トンと器を置き。
 
「…………ふぅ」
「………お粗末さまです……」
「…デックッ……デッデスー」
 
ご馳走様でした!

パンと柏手を打ち、残った酒をクイッとあおる。
鼻を抜けた余韻はとても程良くて、ついと笑顔が浮かびあがった。
年明けから結構な浪費だが、今日はそれでもよかったなと、
雪の降る外に躍りでた男は一人軽くステップを踏みながら帰っていった。

昨日産まれたのは女の子。
新しい家族が増えた日は、とてもとても嬉しくて、さっきの仔実装に幸せを頂いたかのよう。
さて、今日はどんな顔で寝てるだろう。

######################

カウンターの裏から出てきたウマミちゃんは、大皿から仔実装を抱き上げた。
運良く3日間注文を受けなければ育ててもいいと言われているが、いままでついぞ一度だって、
仔として迎え入れたことはない。

「デスー…」
「…………ウマミ、お客さんだ」

らっしゃいと、デーデスー。
いつもの言葉といつもの動作、涙を流した仔は数え切れないのに、このやるせない気持ちは変わらない。
これも『いつもの』になってしまいそうで、少しだけウマミちゃんは寂しげに鳴いた。
その手の亡骸はゴミ箱へ、今日も悲しさと一緒に捨てた。


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1 Re: Name:匿名石 2014/09/12-06:54:50 No:00001327[申告]
中島らものエッセイであった、夢の中で食べた海老と蟹を足して割ったような料理の話を思い出した
美味そうだなー
2 Re: Name:匿名石 2014/09/19-15:50:05 No:00001361[申告]
普通にカニミソとネギで作っても旨い酒の肴になりそう
3 Re: Name:匿名石 2019/12/12-02:56:41 No:00006143[申告]
子が生まれた祝いに他者の子を食らう…業が深い
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