タイトル:【観・少虐】 イソトマ
ファイル:イソトマ.txt
作者:匿名 総投稿数:非公開 総ダウンロード数:4331 レス数:6
初投稿日時:2010/06/23-23:27:29修正日時:2010/06/24-23:25:56
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     ◆イソトマ◆


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1.

 家の飼い実装、ミドリが受粉妊娠した。ミドリは実装ショップで安売りされていた
凡庸な奴だ。
 実装石の生態上、勝手に妊娠するなと言うのは無理な話であり、何よりペットである
以上、飼い主には責任も発生する。
 もっとも実装石の場合は避妊処置のような手間はかからず、点眼着色で手軽に妊娠解除
できるのだが、観察派兼軽い虐待派の俺には積年の疑問があったため、ミドリに出産を
許可することにした。
「ミドリ、仔を産みたいか?」
 無言で頷首するミドリ。妊娠の徴である緑色の両目で俺を見上げる。
「でも、御主人サマに迷惑がかかるデス……」
 殊勝な事を言う。セール品だったとはいえ躾け済み仔実装。成体になっても調教師の
教えは忘れていないようだ。
「構わん。仔が独り立ちするまでなら面倒見てやろう」
 まあ、調教が十全なら自ら仔を産みたいという素振りさえ決してしないんだけどな。

  ◆ ◆ ◆ ◆

 ──約二週間後。
 ミドリの両目は赤く染まり、風呂場で5匹の仔実装を産んだ。ふむ、ミドリは仔実装
の形で産むタイプか。しかし10匹以上産まれると思っていたので意外だった。それに
どの仔も公園で見かける野良実装が生んだものより明らかに大きく、親指実装や蛆実装
のような未熟児もいなかった。その分産むのに苦労していたようだが。
 人間以上の過剰な環境適応能力を持つとされる実装石。飼いという恵まれた環境が
多産を不要としたのだろうか?
 そういえば野良だと妊娠から四、五日くらいで出産する事もある。仔実装など未熟児
しか産まないから二、三日で出産するという話さえある。ミドリの二十日弱というのは
結構長いのではないか?

 妊娠期間と産まれる仔の関連性か……うむ、いきなり新たな題材が出来てしまった。
 常に死と隣り合わせである野良実装なら、身重な妊娠期間は短ければ短いほど良い。
もし、実装石は愚かにも「早産」を実装していたとしたら?
 しかし妊娠期間が余りにも短ければ、生まれるのは未熟児ばかりとなる。蛆実装と
いう母体に負担の少ない形で比較的楽に産み落とし、粘膜を舐め取り仔実装にする
タイプの出産方法は、それの結構ギリギリのラインではないのだろうか?
 かつては成体で60cm程もあった実装石の身長が、現在は40cm台と急速に小型化した
のも、未熟児同然の生まれ方をしているからかもしれない。
 ──これは案外、ダンボール住居に適応するため小型化したという説の対抗馬になる
のではないだろうか?
 そして野良とは逆に大したストレスも無く、安全が確保されている飼いの状態なら、
妊娠期間は多少長くても構わない。大量に産んでから「自然が」仔を淘汰するのではなく、
腹の中で仔は「自然に」淘汰され、その栄養は母体と残るより優れた仔に還元される。
そしてミドリの仔のように最初から仔実装として生まれるのだ。
 ……まあ、これはあくまで仮説だ。実証してみなければ何も判らないが、例えばもし
ミドリの妊娠期間を無理なく延ばせたら、産まれてくる仔は何匹で、一体どうなるのか?
興味が尽きない。

 兎も角、これは後の題材として頭の隅に押し遣っておく事にしよう。仮説に囚われて、
今スタートしたばかりの題材を疎かにしては元も子もない。

 俺が盛大に脱線した事を考えていた横で、ミドリは早速、難産で消耗しているにも
拘わらず仔に授乳を始めている。
「ワタシはシアワセモノデスゥ…」
 そう呟くとミドリは一筋の涙を流した。

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2.

 ──約一ヶ月後。
 仔共の身体測定をすると身長は倍、体重は三倍以上になっていた。ミドリは単純に
産んだ順に序列をつけていたが、僅かな差ではあるが、ちゃんと上から順に背が高い。
 既に餌はミドリと同じものを与えるようになっている。居間の一角を仕切って飼育
スペースにしているのだが、流石に六匹もいると消臭効果付きの実装フードだけでは
部屋の臭いが気になるようになってきた。花粉対策も兼ねて空気清浄機を購入予定だ。
 そして俺は仔共を躾けつつ、その性癖も十分に観察してきた。長女は賢い仔。次女、
三女は元気で馬鹿な普通の仔。四女は甘えん坊でやや糞蟲。そして五女は表面上は
良い仔である、賢い糞蟲。割とよくある姉妹構成だ。

 その日の夕食後、俺はミドリに宣言する。
「これから間引きを行う」
「デェッ!?」
「ママ、マビキってなんテチ?」
「なんテチ?」」
 硬直したミドリを見上げ次女達が不思議そうに尋ねる。見たところ長女だけは理解して
いるようだ。
「そ、それは……御主人サマ……」
 ミドリは押し黙り、その赤と緑のオッドアイに精一杯の願いを込めて俺を見上げる。
 俺自身も十分に躾けたミドリが歯向かう事は無い。だが母となったミドリが我が仔
可愛さに判断を誤る事もあるだろう。
「さて、お前達、糞蟲は知っているか?」
「知ってるテチ!」
「悪いコのことテチ!」
「そうテチ!」
「ふむ、優秀優秀。間引きとは、仔の中から家族を不幸にする糞蟲を取り除く事だ」
 そう言って俺は五女を摘み上げた。
「デェエッ!?」
 目を丸くするミドリ。いや元々丸いけれど。これには流石に泡を飛ばして抗議してくる。
「チ、違うデス御主人サマ! 五女は優しくて良い仔デス! 糞蟲は、糞蟲はよ──」
「ミドリ!」
 俺は大声でミドリの言葉を遮る。今はまだ親仔に不要な亀裂を作る必要は無い。
「ミドリ、俺が間違えた事があるか?」
 少し声色を変えて諭す。ひょっとしたら有るかもしれないが、ミドリは大人しくなる。
「テチテチ、テチュー♪」
 五女は親さえ見下ろせる視点に喜んでいる。まだ状況が飲み込めていないようだ。
賢いとは言ったが所詮は仔実装レベルでの話。何より自身に糞蟲の自覚が無いのだろう。
「ミドリ、こいつがどんな仔か、他の仔に聞いてみろ」
「──クソムシテチ!」
 素早い反応。聞くまでも無かったようだ。
「五女チャンはママのいないところでワタチをイジメるテチ!」
「ワタチをいっぱい叩くテチ! ウンチ付けられたテチ!」
「ママと長女チャがいる時はイイコのふりしてるテチ!」
 ダメ押しに監視カメラの映像を見せる。
 再生されたのは姉妹に暴力を振るう五女の姿。注意された事を逆恨みし、積み木が
自然に崩れたかのように装い長女の両足を潰した瞬間。トイレへ行く事を面倒がり、
寝ている四女の足元に糞をひり出す様子。その他数々の、未熟な仔故という免罪符では
片付けられない醜い行為。
 ミドリはその映像に呆然とし、次に怒りに震え、そして気付けなかった己を恥じる
ように力無く呟いた。
「……もうわかったデス御主人サマ。五女は、糞蟲はワタシが間引くデス」
「うむ。自ら間引きを申し出るとは殊勝な心がけだな。だが糞蟲の始末は俺がやる」
 温室育ちで今回が初産のミドリに上手く間引きが出来るとは思えない。
「……お願いするデス」
 
 実装石の間引きは親が糞仔を密かに処分し、他の仔には糞蟲故「悲しい事になった」と
諭すものだが、糞蟲気味の仔が多い場合は目立つ一匹を見せしめに公開処刑する事で他の
仔の糞蟲化を抑えるという手段もあるらしい。
 今回は長女以外は一つ間違えば糞虫になる可能性が高いため、五女には見せしめとして
役に立ってもらう事にする。
 だがしかし、五女を激しく処刑すれば他の姉妹のトラウマとなり、偽石を傷める可能性
もある。逆に時間をかけ虐待すれば、姉妹が既に五女を糞蟲認定している以上、間引きの
恐怖を忘れ五女を見下すようになり、結果糞蟲化してしまうものが出る事は確実と言って
もいい。
 残念ながら……実に残念ではあるが、サクッとやるべきだろう。

 あらためて五女を睨む。糞蟲は顔に手を当てて無表情に首を傾げ「テチュー」と媚びた。
そこへサクッと実装服の上からカッターナイフの刃を挿し入れる。
「テ?」
 前もって偽石の場所は調べておいた。別に生かす必要は無いので適当に刃を捩じり、
肉ごと掻き出す。
「テヂィィィィ!!」
 五女は激痛のあまり脱糞し、パンツをはち切れんばかりに膨らませた。
 俺は五女を飼育スペースに投げ捨て、流し台で手と偽石に付いた体液を洗い流す。
 居間に戻ると五女は顔に両手を当て泣き出している。パンコン玉が床に落ちた衝撃を
和らげ無傷のようだが、代わりにパンツは破れ糞塗れになっていた。
 その哀れな姿を遠巻きに、母と姉妹に見つめられながら。

 実装石が命より大切にするものは三つ。実装服、髪の毛、そして具現化した魂とも
例えられる偽石。このうち服や髪を失った実装石は仲間の侮蔑の対象となり、両方失え
ば奴隷以下の存在に転落する上、あんなものでも有ると無いでは自然に対する生存率が
大きく違ってくる。
 しかし偽石を奪われた場合は何故か特に差別を受けない。それどころか場合によって
は同情される事さえある。服や髪と違い外見が崩れる訳ではないという理由もあるの
だろうが。

「テェェン! テェェェェン!」
「五女チャン……」
 姉妹達も先程まで糞蟲認定していた五女に同情の涙さえ浮かべ近寄ろうとするが、
それをミドリは遮り、諭すように静かに首を振る。
「お前達、糞蟲がどうなるか、よく見ておくデス」
 俺は薄緑に煌めく偽石を五女に示す。気付いた五女は慌てて立ち上がり、目からは
血涙を、裂けた腹からは体液を零しながらも必死に飛び上がる。
「返すテチ! ワタチのおイシ返しテチーッ!」
「さあ糞蟲ちゃん、死のうねぇ」
 一度言ってみたかった台詞と共に、偽石にゆっくりと爪を喰い込ませてゆく。
「ヂッ! もう悪い──ヂヂッしないテチィ! ヂィイイコにずるテヂィィィィッ!!」
 ──パキリ。
「チギッ…」
 五女はコロリと、人形のように転がった。

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3.

 ──それから約三ヶ月後。

「テスー!」
「テステスー!」

 四姉妹となったミドリの仔共は糞蟲化する事も無く健やかに育った。調教師に躾けを
受けたミドリと違い、実装石らしい軽率な言動が多いが、それでも野良とは比べ物に
ならない。やはり五女の公開処刑が功を奏したのだろう。
 実装石が成体になるまでの期間は個体差があるが大体半年前後。ミドリの仔共も鳴き
声が中実装のそれに変わっており、体格も成体より一回り小さい程度で、一畳ほどの
飼育スペースも随分と手狭になってきている。日中は庭掃除も兼ねて庭に放している
のでストレスは無いだろうが、最初のうちは些細な事で怪我したり死にかけたりで、
糞と体液を撒き散らしていた。今では雑草抜きやゴミ拾い、水撒き程度の事なら俺が
指示をしなくても出来るようになっている。

「テテース! テテース! テテース!」
「テステース!」
「テステース!」

 その姉妹達は庭で元気にゴムボールと戯れている。二対二のサッカーもどきを教えた
ら驚くほど熱中してしまい、毎日のように走り回っている。お粗末なプレーだが運動
量は四匹合計すれば一級の競争石並みであろう。ミドリが庭具の手入れの片手間に
並べているビー玉(10点)おはじき(1点)の数を見ると、40対44。キーパー無しとはいえ
バスケのようなスコアだ。

「テステース!」
「テステース!」
「テッシャー!」
「テーーーーーース!!」
「テッスーン!」

 その掛け声は親指実装の声量ほども無い。これは近所迷惑にならないよう、おやつ
代わりに実装ヒソリを与えているからだ。
 実装ヒソリとは例によって金平糖状の丸薬で、実装石が摂取するとその声量を大幅に
下げる事が出来る。主にアパートや公共の場等で一時的に実装石の鳴き声を抑えたい
場合のマナーアイテムとして人気を博している。また、周囲の耳が気になるが実装石の
悲鳴や泣き事は聞きたい、という虐待派にも重宝されているようだ。一時は大変な売れ
行きだったが、供給が安定してからは求めやすい価格になっている。
 因みに同系統の実装ダマリという一時的に声を消す薬もあるが、声を出せない事は
実装石のストレスとなり、虐待派にしても使い道が限られるのでヒソリほど売れては
いないようだ。

 昼の陽気をもたらした日差しは和らぎ、僅かに涼しい空気が流れている。芝生の上を
囀りとともに小さな影が不規則に左右する。ミドリを妊娠させたであろうスズランの花
は既に散り、イソトマの白い蕾が膨らむ初夏の午後──。

「……」
 少し惜しい気もするが、頃合いだろう。
 俺はミドリを呼ぶ。庭の花壇に水撒きをしていたミドリは如雨露をインターバル中の
長女に預け駆け寄ってきた。無駄に満ち足りた顔をしている。
「ミドリ、仔達はもうすぐ成体になるな」
「ご主人サマのおかげデスゥ」
「お愛想はいらんよ」
 ミドリは首を振る。
「ご主人サマと、五女のおかげデス」
「五女か……」
 俺は空を見上げる。つられてミドリも。
「……あの仔は自らを犠牲に姉妹を救ったのだ。誇っていいぞ」
「自慢のムスメデスゥ」
 青空には、笑顔でお愛想する五女の姿が浮かんでいた。

 ── ありがとうご主人サマ ──

「……」
「……」
 おっと。お約束はこれくらいにして本題に入ろう……ミドリの中では幸せ回路により
本気で立派な娘だったと記憶が改竄されているかもしれないが。
「──ミドリ、そろそろ仔に巣立ちの準備をさせておけ」
「…………デ?」
 脳に届いていないようだ。俺はもう一度言う。
「す・だ・ち、だ。野良じゃなくとも知っているだろう?」
 そう、これが俺のやりたかった事。
 責任感のある飼い主なら避妊処置を施すのは当然として、飼い実装が仔を産めば、
愛護派なら里親を探すだろう。虐待派なら虐待に、観察派なら観察に。無責任な飼い主
なら公園に捨てるか、よくても保健所送りだろう。
 では普通に成体まで育て巣立ちさせるとどのような結果になるか。行為自体は観察派
か実験派の領分になるのだろうか。

「……わかりましたデス」
 これは意外だった。てっきり「デェェェェ!?」みたいな感じで狼狽すると予想して
いたのだが。そう問うとミドリは困ったような顔をした。
「仔を産むお許しを頂いた時、ご主人様は『仔が独り立ちするまで』と言ったデス」
「ほう……」
 こいつ、覚えていたのか。
「それにワタシにもよく分からないデスが、そうしなければいけない気がするデス」
 実装石──いや生物としての本能だろうか? ひょっとしたら俺が手出ししなくても
巣立ちは起きたのかもしれない。
「でも御主人サマ、あの仔達が素直に出ていくとは思えないデス」
「だろうな」

 本能優先の野生動物ならともかく、実装石は感情と理性も無駄に発達している。折角の
飼い実装の立場を捨てて巣立つとは思えない。人間でさえ「親の脛を齧る」という言葉が
あるくらいだ。今で言うパラサイト・シングル、ニート、自宅警備員等々。

「それに、あの仔達は良い仔デスが、ワタシよりご主人サマを上に置いているデス。
きっと、ワタシが追い出そうとしても聞かないデス」
「成程な」

 もちろん実装石の巣立ちについてはそれなりに調べている。
 野良ならば、親実装はある時を境に仔を完全に「無視」し始める。仔は諦め察し何れ
出て行くが、それが効かない場合は威嚇で追い出すらしい。まだ成体に成り立ての仔は、
母の本気の威嚇に慄き逃げ去るという。もっとも間引きに失敗して仔が沢山いたり糞蟲が
残っていたりすると逆襲されるらしいが。
 飼い実装の仔の巣立ち方法も「無視」だとされているが、成功率はかなり低いそうだ。
脳内でシミュレーションしてみると、無視された仔達はあらゆる手で俺やミドリの気を
引こうとするだろう。行為は徐々にエスカレートし、わざと物を壊したり糞で汚したり、
最後にはミドリがいなくなれば目がこちらに向く、と考えるかもしれない。愚行極まり
ないが、それが実装石のサガだ。勿論そこまでされて無視を貫くほど俺も大人では無い。

「でも、ご主人サマが追い出すのは、ご主人サマの目的とは違うデス?」
「ああ、そうだ」

 俺の望みはなるべく自主的または合意の上で仔を巣立ちさせる事。公園に置き去りに
するのでは捨てるのと一緒だ。帰巣本能で戻ってくる可能性もある。

「デスから、あの仔達に新しいご主人サマが出来ればいいと思うのデス」

 ……それにしても意外だった。ミドリは浅墓ながらも俺を誘導しようとしている。
意外な記憶力といい、凡庸な奴と侮っていたが、少し考えを改めよう。それとも母は強し
と言うべきか。

「デスからご主人サマ、あの仔達に──」
「ミドリ、何の問題も無い」
「ほ、本当デス!?」
「ちゃんと巣立たせる手は考えてある」
「デ……でも」
「それに我が家のペットの定員は常に一匹だけだ。その一匹を俺が選んでもいいのか?」
「デデッ……!?」
 ミドリの葛藤は手に取るように分かった。──我が仔は可愛い。自慢の娘達。少なく
とも長女は自分より多くの面で素質がある。他の姉妹も体格、体力的に上になるだろう。
何より若い。俺がたまに気紛れを起こす事を知っている。自分が仔の誰かに譲るべきか
……いや、恵まれた生活と飼い主との関係は何物にも替えられない。しかし可愛い可愛い
我が仔──という感じで堂々巡りしているようだ。
「ミドリ、俺に協力しろ。お前にも仔にも悪いようにはしない」

  ◆ ◆ ◆ ◆

「──という訳で、お前達は巣立ちをしなければならない」
 その日の夕食後、俺とミドリは仔共を並べて巣立ちの通告をした。
 四匹とも突然の話に馬鹿面を晒している。沈黙の中、プリプリと四女のパンコンする
音だけが聞こえている。
「……あ、四女チャン、こんな所でソソウは駄目テス…」
 最初に我に返った長女が、それでも現実逃避ぎみに四女に近づこうとするが、俺は
手振りで制止し話を続行する。
「──ど、どうしてテス! どうして飼いのワタシたちが出てかなくテッシャー!?」
「ご主人サマはワタシたちをシアワセにするギムがあるはずテス!」
「そうテス! ワタシたちを捨てるのはムセキニンなクソニンゲンテス!」
 言葉の使い方は微妙だが実装石にしては頭が回る。人間と暮らして得られる情報量は
野良の比ではないのだろう。
「ママはなんで黙ってるテッスー! ワタシたちが可愛くはないのテス!」
「……可愛いからこそ、お前達を巣立ちさせるのデス」
「そういう事だ。それに俺はミドリの御主人様であって、お前達の御主人様ではない」
 そう言って俺は脚本通りミドリを抱きかかえ頭を撫でた。ミドリは不気味に目を細め
うっとりしているが、これは演技ではなさそうだ。
 仔共は実装石にとって至福の形の一つと言ってもいいその光景を凝視し、場は一瞬
だけ静まった。
「……テ、テェェ! じゃあ、じゃあワタシに新しいご主人サマをよこすテス!」
「そうテス! よこすテスクソニンゲン!」
「四女チャン! ごしゅ──ママのご主人サマにそんな口きいちゃ駄目テス」
「長女チャン黙るテス! ワタシ達の石生がかかってるんテッシャー!」
 三女が切り出し四女が追従し長女が諌め次女が反抗する。なかなか性格が表れている。
「まあ確かに、お前達の里親を探す義務は有るな」
「そっ、そうテス!」
「──だが断る」
「「テ!?」」
「飼い主としての義務の果たし方は別に一つではない。同じ義務なら里親を探すなんて
面倒なことをせずに、お前達を保健所送りにして処分することで責任を果たす」
「ホケンジョ! 処分は嫌テスゥ!」
「テェェ…」
「ヒドイテス…」
「お前達を生まれてすぐに処分も捨てもせず面倒を見てやったのはミドリへの義理だ」
「テェェェェン!テェェェェン!」
「テェェン…(チラ)…テェェン…(チラッ)」
「イヤイヤテスー!」
 泣き落しに入る姉妹達。もはや母が味方では無いことを理解しているのかミドリに
縋る事はない。長女以外は既にパンコンしている。四女などは床に身体を投げ出し、
とうとうパンツから溢れだした自身の糞にまみれながら手足をバタつかせている。
 俺とミドリは仔共が疲れて大人しくなるまでしばらく放置した。

「テェェ……テェェ……」
「……お前達を産む時に、ご主人様にお前達が仔の間だけ養うという約束で出産を許可
して頂いたデス。出て行くのが嫌ならワタシにその命を返すデス」
「テ…ェ」
「それも嫌ならお前達を無視するデス。もうゴハンも居場所もないデス。ここに居ても
絶対にご主人サマは手に入らないデス。だから巣立つデス。生きぬいて仔を産んで、
自分だけのご主人サマを見つけるデス。お前たちなら出来るデス!」
「……」
 長女は諦めたように座り込む。次女は耳を押さえるようなポーズでイヤイヤと首を
振っている。三女は涙目でお愛想を続ける。四女はまるで死んでいるかのよう。
 これまでの幸せが突然無くなり、まさにお先真っ暗となったわけだ……意外と楽しい
ぞこれ。ある意味上げ落としだからな。
「まあ、お前達が成体になるまでまだ少し時間はある。それまで確り考えるんだ。それに
巣立っても会えなくなるわけではない」
 仔が其々にピクリと反応した。
「時々は俺やミドリに会えるだろう。なに、それほど難しい事ではない。独立の支援
くらいはしてやる」
 少しだけ希望を残してやるのがミソだな。

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4.

 翌日から早速、仔共の独立訓練が始まった。まあ、長女以外は昨日の件を悪い夢を見た
という事にしたり、完全に無かった事になってたりしたが。幸せ回路とは実に都合のいい
ものだ。
 姉妹のテンションは低かったが、その幸せ回路のおかげで徐々に立ち直っていった。
 ミドリは仔を引き連れ、二日に一度は外出するようになった。行き先は近くの公園だ。
 その双葉西公園には二、三十匹程の成体実装石の家族がコロニーを形成している。
付近の住人にも有名な、元飼いのボスが群れを統率しており、そこに仔を住まわせる
つもりなのだろう。何度か付いて行ったが、公園の野良達への顔見せと交渉をしている
ようだ。主に臍繰りの金平糖と引き換えに公園での暮らし方を熱心に聞いている。

  ◆ ◆ ◆ ◆

「今日は生きていく上で大事なことを教える」
 俺は二つに分けた割り箸を一本ずつ姉妹に配る。
「折ってみろ」
「こんなの簡単テスー」
 パキ、パキと次々に割り箸は折られてゆくが、実際はかなりの力を込めているようだ。
「じゃあ、次はこれを折ってみろ」
 今度は四本を張り合わせたものを一番威勢の良かった三女に渡す。
「テ…」
 見た目でこれは無理だと気付いたようだ。
「全員でやってもいいぞ」
 悪戦苦闘する四匹。やがて長女と次女が割り箸の両端を支え、三女が真ん中を押し、
四女が引っ張るという形に辿り着く。だが割り箸はミシリと音を立てるものの折れそうな
気配はなかった。
「わかるか? 一本なら簡単に折れる割り箸も、四本集まれば折れない」
 そう言って割り箸を取り上げ指し示す。実際は接着剤の強度も含まれるのだが。
「これはお前達だ」
「なるほどテスー!」
 次女がポムと諸手を打った。こいつに判るのなら全員理解出来ただろう。
「──だが」
 俺はバキリと、容易く四本の割り箸をへし折る。
「テェェ! すごいテスゥ」
「いくらお前達が力を合わせようと、人間には絶対敵わない。よく覚えておけ」

  ◆ ◆ ◆ ◆

「お前達、人間サンにしてはいけない事は何デス?」
「お愛想テス」
「ウンチ付けテス」
「おマタを見せることテッスー」
「クソニンゲンと呼ぶことテス」
「上出来デス。でも愛護派にだけはお愛想してもいいデス」
「アイゴハテス?」
「愛護派とは虐待派の反対の、優しい人間サンデス。愛護派だけは踊りもお歌も喜んで
くれるデス」
「どうしてアイゴハにしか踊りもお歌もしちゃいけないんテス?」
「愛護派以外の人間サンが踊りやお歌を喜んでくれるのは仔のうちだけデス」
「テェ…」
「お前達が覚えた踊りとお歌は無駄じゃないデス。仔を産んだら教えてあげるデス」
「──でも、仔がいたら飼いになれないテス!」
「そうテス!」
「ワタシを見るデス」
「……説得力あるテスゥ」
「仔がいれば人間サンからゴハンを沢山もらえるデス。良い仔に育てれば人間サンに
お預けする時、運が良ければ一緒に飼って貰えるデス」
「本当テス?」
「公園で聞いたから間違いないデス。もし飼って貰えなくても、大切に育てた仔なら
恩返ししてくれるデス。公園での地位も上がるそうデス」

  ◆ ◆ ◆ ◆

「今日は野良実装に襲われた時の訓練だ」
「テスー?」
「お前達は最近よく公園に行っているが、そこの野良達をどう思う?」
「最初は怖かったけれど、イイ石ばかりテスー」
「ボスサン達はかっこいいテスー」
「でも、ちょっと臭かったテスー」
「あの群れは珍しいくらい良い群れだ。だが気を抜くな。糞蟲は何処にでもいるし、いざ
となるまで本性は見えないものだ。五女の事は覚えているな?」
「五女チャン……」
 俺と姉妹は空を見上げてお約束を行う。
「さて」
 俺は持っていたゴミ袋をひっくり返す。転がり出たのは薄汚い野良実装。
「デブッ!?」
 地面とキスした衝撃で目が覚めたようだ。顔を摩りながら周囲を見渡す野良。近所の
河原には双葉西公園の群れのルールを守れずボス実装に追い出された不良実装の小さな
コロニーがあり、そこで捕獲してきたものだ。
「おはよう糞蟲」
「……ここは何処デス?」
「突然だがこの金平糖が欲しければあの四匹と闘え」
 野良に金平糖の袋を見せる。
「突然デスがやるデス!」
「「テェ!?」」
「デッシャァァァ!!」
 野良は一目で四匹が体格は良いもののまだ中実装だと見抜き襲いかかった。パンコンし
散り散りに逃げ惑う姉妹。サッカーもどきで培った脚力とスタミナは大したものだったが、
どんどん膨らむパンコン玉をぶら下げて上手く走れるはずもなく、四女が転倒する。
「まずはお前デスゥ!」
「テェエ!」
「四女チャアアン!」
 ──ポフ!
「……テ?」
 ポフ! ポフ!
「デッシャッシャー!」
「……あんまり痛くないテス」
「デデッ!?」
 驚く野良。他の姉妹も立ち止まる。四女は立ち上がりテププと笑った。
「今度はワタシのパンチをくらうテスー!」
 ──ポフ。
「……」
「……」
 ウレタンに例えられる身体の実装石同士が殴り合えば当然こうなる。脆い仔実装相手なら
ともかく、成体実装は相手を殺す気で殴ってやっとダメージを与えられるのだ。四女並びに
姉妹は中実装だが、栄養状態が良いため体格も良く、野良と互角に近かった。
 ポフポフ! ポフポフ!
「テェェ、これは勝負つかないテス」
「──お前達、割り箸を思い出せ」
 姉妹達の頭上に同時に『!』マークが浮かんだような気がした。
「そうテス! ワリバシテス!」
 姉妹は四方向から野良を取り囲み、一斉に殴り始めた。

 ポフポフポフ「デ、ちょっと待つデス!」ポフポフポフポフポフポフポフポフポフポフ
ポフポフポフポフポフポフポフポフポフポフポフポフポフポフポフポフポフポフポフポフ
ポフポフポフポフポフポフポフポフポフポフポフポフポフ「卑怯デス!」フポフポフポフ
ポフポフ「デッシャー! デッシャー!」フポフポフポフポフポフポフポフポフポフポフ
ポフポフポフポフポフポフポフポフポフポフポフポフポフ「デデ、服が!」ポフポフポフ
ポフポフポ「デフッ!?」ポフポフポフポフポフポフポフポフポフポフポフポフポフポフ
ポフ「デヒィィィ!」ポフポフポフポフポフポフ「お願いだからやめるデスゥ」ポフポフ
ポフポフポフポフポフポフポフポフポフ「デエェ…」ポフポフポフポフポフポフポフポフ
ポフポフ「デェェェン! デェェェン!」フポフポフポフポフポフポフポフポフポフポフ
ポフポフポフポフポフポフポフポフポフポフポフポフポフポフポフポフポフポフポフポフ
ポフポフポフポフポフポフポフポフポフポフポフポフ「……」ポフポフポフポフポフポフ
ポフポフポフポフポフポフポフポフポフポフポフポフポフポフポフポフポフポフポフポフ
ポフポフポフポフポフポフポフポフポフポフポフポフポフポフポフポフポフポフポフポフ
ポフポフポフポフポフポフポフ──

「よーしストップ」
 流石にキリが無いので止める。姉妹が離れると、野良は禿裸の血達磨となっていた。
「おてて痛いテス…」
 姉妹の手の皮も剥けている。
「でも勝ったテスー!」
「そうテス! ワタシたちが力を合わせれば誰にも負けないテス!」
 気炎を上げる姉妹。少し調子に乗せすぎたか。
 ──後日、双葉西公園で合意の上で群れのNo.2と闘わせ、コテンパンにしてもらった。

  ◆ ◆ ◆ ◆

「今日は虐待派の見分け方デス」
「どうやって見分けるテス?」
「虐待派は、バールのようなものを持ってるデス」
「バールってなんテス?」
「バールじゃなくて『バールのようなもの』デス。先の曲がった鉄の棒デス。これを
振り回してワタシ達を殺しながら「ヒャッハー、ヒャッハー」と鳴くデス。この鳴き声
が聞こえたらすぐに身を隠すデス」
「はいテスー」
「このバールのようなものを隠している虐待派もいるデス。この虐待派が一番恐ろしい
デス。騙されて連れ去られたら、死ぬよりも辛い虐待をずっとずっとされるデス」
「テヒィ! ギャクタイハ怖いテスー」
「注意深く見れば判るデス。お顔は笑っているのに冷たい目をしてるデス。そして同族
の血と体液の臭いがするデス。どれかに気付いたら絶対に近付いてはいけないデス」

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
5.

 ──そして一ヶ月後。
 長女の声がいつの間にか成体のそれに変わっていた。最近やけに大人しいと思って
いたら、発声を隠していたようだ。翌日には次女もデスデス鳴きはじめ狼狽していた。
 俺は今週末を巣立ちの日と決め、姉妹に通告した。これまで幸せ回路で誤魔化していた
現実を改めて突き付けられ涙目になる四姉妹。下の緩い四女がパンコンしなかったので、
多少なりとも心の準備は出来ているようだ。

  ◆ ◆ ◆ ◆

 週末は旅立ちに相応しい日本晴れ。俺は縁側に立ち、姉妹は其々荷物を詰め込んだ
風呂敷を背負い庭に。ミドリは仔共と一匹ずつ抱き合い、別れを惜しんでいる。

「長女は賢く素晴らしい仔デス。でも公園では良い仔なだけでは生きては行けないデス。
もっと強かになるデス」
「はいデス」
「次女は一番力が強いデス。長女と一緒にみんなを守るデス」
「まかせるデス!」
「三女は足の速い仔デスが気も早いデス。公園ではもう少し用心深くするデス」
「デェック…わかったデス」
「四女は優しい仔デス。しっかり姉達を助けるデス」
「ママァ…」

 ミドリは名残惜しげに俺の傍らに戻る。
「みんなワタシの自慢のムスメデスゥ。きっとご主人サマがみつかるデス。それまで
生き延びるデス!」
「「デス!」」
 何故か軍隊式の敬礼っぽいものをする姉妹。

 手向けとして姉妹の前掛けの下に『観察中』と記した名札を縫い付け、虐待派に
捕まってどうしようもなくなったった時にだけ見せるよう教えた。確率は低いが仁義の
通る相手なら見逃してもらえるだろう。逆に飼われる際は見つかると捨てられるので
飲みこんで隠せと念を入れている。

「来週末には公園に様子を見に行く。それじゃあ達者でな」
 俺は窓を閉め、カーテンも引こうとしたその時、四女がガラスに突っ込んできた。
『ママァ!』
 涙目で窓に張り付き、ポフポフとガラスを叩く四女。
 ──今思えば、この時ミドリに最後の授業を、本気の威嚇で追い払わせる事をさせて
おくべきだったが、俺はそのままカーテンを閉めてしまった。
 ……その向こうからは、しばらく啜り泣きが聞こえていた。

  ◆ ◆ ◆ ◆

 ──翌日。
 俺がミドリを伴い散歩に出ると、道路に実装石が一匹転がっている。ちょうど自宅と
公園の中間くらいの位置だ。ミドリが悲鳴を上げる。
「デェェ!? よ、四女!」
 それは昨日別れたばかりの四女だった。左半身が潰れ、路面には糞と体液の筋が公園の
ほうから伸びてきている。恐らく公園を飛び出し家に来る途中で事故にでも遭ったのだ
ろう。
 ……甘ったれた奴だったが、一晩も堪え切れなかったとはな……。
 俺は歩みを止めず通り過ぎようとするが、ミドリを繋いだリードがピンと伸びた。
「ご、ご主人サマ、四女はまだいギッ──!?」
 構わず引き摺る。
「デェ…マ゛…マ、ママァ!」
 俺達を認識したのか、四女は急に元気になって片手片足で這い寄ってくる。
「コワかったデスゥ! サビしかったデズゥ! ママァ! マ゛マ゛ァ…!」
「ご主人サマお願いデスゥ! お願いデスゥ!」
「……はあ」
 俺は溜息を吐き立ち止まり、四女の元に向かう。
「デェ…ヒヒ…」
 俺はミドリが近付けないようリードを吊り上げたまま片足を上げる。
 四女は右手を顔に当て、幸せそうな微笑みを浮かべた。
「四女ちゃぁぁぁぁん!!!」
 ──グシャリ。

 …
 ……
 ………
「デック……デェック……」
「ミドリ、糞入れは一杯だから家までするなよ」
 散歩のマナーとして糞用のエチケット袋は常に携帯していたが、これまで使う機会は
無かった……まあ、これもミドリが股からひり出した糞には違いない。片付けるのは
飼い主のマナーだ。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
6.

 ──そして週末。
 俺は予定通りミドリを連れ公園を訪れた。双葉西公園は自宅より徒歩30分。実装石なら
2時間といったところか。
 この公園は元々あった池と林を利用して造成されたため、入口付近こそ普通に遊具が
並んでいるが、池向こうの林は奥深い。その林の中に野良実装石達のコロニーはあった。
 俺とミドリが林に踏み入ると、一匹の実装石がスルリと茂みの中から現れた。どうやら
池を回って来たあたりから監視されていたようだ。
「デスゥ?」
「デスデスゥ」
 俺への警戒は解かずにミドリと会話する野良実装。よく見るとそいつは以前増長した
四姉妹をズタボロに負かした、群れのNo.2である獣装石だった。
 獣装石は猿のように身軽で猫のように収納できる鋭い爪を持っている。普通の実装石と
比べると手足が長くスマートだが、実装服を着ると毛深いぶん着膨れし、一般人には普通
の実装石にしか見えない。見慣れてくると顔付きも僅かに違うし、実装服の縁から頭髪
以外の毛が出ている事に気付くだろう。
 俺がいる為にわざわざNo.2が出迎えたのだろう。歓迎というわけではない。林の中の
獣装石が間合いを違えず逃げる事に専念すれば、飛び道具でも無い限り捕まえられない。
「デッ!」
 No.2が短く鳴くと茂みからもう一匹、実装石が現れ俺に近付いてきた。俺はそいつに
金平糖の小袋を渡す。これで交渉成立だ。
 No.2が「付いて来い」と手振りする。

  ◆ ◆ ◆ ◆

 No.2の先導でしばらく獣道を歩く。林はある程度の深さまでは人間の手が入っている
ので、進むのに不便は無い。
 案内されたのは倒木により僅かに開けた場所。野良達のコロニーがあると推測される
地点より大分手前だ。おそらくは渡りや人間に捨てられた新参者を一時的に隔離しておく
場所の一つなのだろう。更に俺達の事情は特殊な為、群れに完全に受け入れられるには
それなりの期間が必要だろう。
 空き地にはダンボールハウスが三つあった。群れから支給されたものなのだろうが、
お下がりのお下がりといった感じで劣化が酷く、プリントされていた文字も掠れて判読
出来ない。
 ハウスは空き地の形を四角と見立てると、四隅のうち三か所に離れて配置されている。
これなら一つが襲撃を受けたとしても、その隙に残りのハウスは逃げ出せる。──初日は
四隅の残り一ヶ所にもハウスがあったのだろうが──、この配置だけ見ても、この群れの
強かさが判る。

「デスー!」
 ミドリが鳴くと三つのダンボールハウスが揺れ、中から三姉妹になった仔共が飛び出し
てきた。

「デスー!」
「デスー!」
「デスー!」
「デスー!」

 四匹は泣きながら確りと抱き合う。たったの一週間ぶりだというのに大げさな連中だ。
胸が熱くなるな。
 三姉妹に外見的な変化は見られない。無事に最初の洗礼は乗り越えたようだ。この
一週間の映像が無いのは残念だが、長女に音声感知式のICレコーダーを預けておいた
ので、後で回収しよう。

 俺は適当な木の枝にカメラを設置する。飼い実装用監視カメラの屋外版だ。カメラ部は
フィルムケースほどの大きさで、電源と記録装置は金属製の迷彩箱に収まっている。
動体センサーと実装石の声を検知する機構付きなのでバッテリーは一週間は持つだろう。
公園の入口付近には既に市の許可を得て初日から同じ機材を設置している。あっちは公園
管理室の物置の窓から撮影しているので盗難やバッテリー切れの心配はないが、記録用
メディアが三日で一杯になっていた。
 まあ、ミドリが仔共に当分は大人しくして群れに受け入れられる事を優先するよう言い
聞かせていたので、四女の件以外は変わった映像は無いだろう。
 
 俺は音声リンガルのスイッチを入れ、抱擁を終えた親仔に近付く。三匹はペコリと
お辞儀した。長女が代表して挨拶する。
「ママのご主人サマ、こんにちはデス」
「うむ、元気だったか?」
「四女チャンが……」
「朝起きたらいなくなってたデス……」
「残念だが家に逃げ帰ろうとして車に轢かれたようだ。五女の所に逝ったよ」
 一応、自動車の事も教えていたが、その速度と殺傷力は想像もできなかっただろう。
「デェェ…」
「まあ、気にするな。それより一週間生き延びた褒美に、何か一つアイテムをやろう」
「「デデッ!」」
 俺も鬼では無い。撮影の対価みたいなものだ。
「コンペイトウデス!」
 真っ先に三女が叫んだ。続けて次女も。
「コンペイトウデス! ワタシもコンペイトウがイッパイ欲しいデス!」
 この答えは予想は出来ていたので持参した金平糖の小袋を一つずつ渡す。興奮しきった
小型犬のように息も荒く小躍りしながら受け取る次女、三女。
 長女にも袋を渡そうとすると、首を振られた。
「ん? 違うものが欲しいのか?」
 長女は頷く。
「あの、出来たらでいいデスが、もっと丈夫なお家が欲しいデス」
「ほほう」
 なかなか先見の明がある奴だ。
「うーん……すぐには用意できない。来週来た時でいいか?」
「はいデス」

 帰りに公園の管理室に立ち寄り、管理人の老人に菓子折を渡す。カメラのメディアを
交換しているとお茶を頂いたので暫し談笑する。この人も観察派らしい。定年後に公園の
管理要員として再雇用されたが、以前実装石を飼っていた事もあり、管理をするうちに
実装石の観察に目覚めたそうだ。

  ◆ ◆ ◆ ◆

 帰宅し早速記録を再生する。カメラのほうは初日の晩に広場を横切り公園を出る四女
らしき姿以外には特に変わったものは映っていなかった。それにしても意外と人の出入り
が多い。記録メディアが三日で一杯になるわけだ。公園の野良実装の姿も時々映る。
歌を披露している仔実装姉妹。行儀よく並んで愛護派から餌を受け取る成体実装達。
管理の良い公園では良く見かける風景だ。
 実際のところカメラはなるべく広域をフォローするように調整している為、少し遠いと
人の顔さえ判別できないが、姉妹は慣れるまで三匹固まって行動するだろうから、映れば
判る。……うむ、でももう少し調整が必要だな。

 次はICレコーダーをPCに接続し、リンガルにかける。録音の日時も見なければならない
からひと手間だ。
 …
 ……
 ………
 録音の内容は、俺の想像交じりだがこんな感じだ。

 愚図る四女を宥めながら公園に向かう姉妹。
 途中で犬に吠えられたり、虐待派らしき人物の声と舌打ちが入っていたりしたが無事
公園に辿り着いた。
 すぐに公園の第一野良石に遭遇し、ミドリがマメに交渉していたおかげか、すんなりと
コロニーの中心まで案内してもらう。
 ボスや野良達と顔合わせし、持ち込んだ食料の半分ほどを引き渡し、一匹世話役が付け
られる。
 世話役にハウスへと案内され、公園でのルールを教えられる。心付けとして金平糖を
少し渡す。
 相変わらず愚図る四女。
 好奇心の強い仔実装が何匹か訪れ、親実装も登場し、会話する。同じように一つ二つ
心付けを渡す。
 少しテンションが上がってきた姉妹。遠足のような気持ちなのだろうか。
 夜半に野良の襲撃があった。食料を要求している。数は一匹のようだ。
 成体になり立てとはいえ四匹相手に高飛車だ。馬鹿なのだろう。
 「ワリバシ」の単語が何度も出て、野良の悲鳴が続く。四匹でタコ殴りにしている
ようだ。
 野良と比べて栄養状態の良い飼いだった姉妹は身体も大きく、サッカーもどきで鍛え
られている。野生こそ薄いが野良一匹では話にならない。それに恐怖でリミッターが
外れているのか、1分とかからず半殺しにした。正気に返った長女が殺すのは不味いと
判断しなければ殺っていただろう。
 騒ぎを聞きつけた野良が集まって来たようだが、姉妹の監視をしていたのか世話役が
一部始終を証言したので事無きを得たようだ。
 わざわざボス実装が現れ姉妹に謝罪する。襲撃した野良は運が無ければ河原のコロニー
送りだろう。
 またテンションが上がる姉妹。なかなか寝付けない。四女だけが口数少ない。
 深夜に「ママァ」の声。声は少しずつ遠ざかってゆく。
 姉妹の寝言が少し。
 翌朝、四女を探す声。
 世話役が現れ、四女は逃げ出したと通告する。……こいつはいつ寝ているのだろう?
 途方に暮れる三匹。逃げた奴の事は忘れろと慰められる。
 朝の餌探しに連れて行かれる姉妹。レコーダーはハウスの中なので暫く途切れる。
 数匹の野良の声。餌目当てで家探しに来たようだ。No.2が現れ釘を刺す。
 ……随分と保護されている気がする。人間との繋がりがある為、警戒されているが、
同時に価値もあると判断されているのだろう。
 昼にはまた仔実装が、今度は沢山としか判らないが現れる。仔が一匹執拗に金平糖
を強請る。声を聞きつけた親らしき実装が現れ、大きな溜息と共に「ヂッ」と聞こえる。
 姉妹がドン引きしている事から、その場で間引いたようだ。他の仔はパンコンしている
と予想。流石に仔実装の脱糞の音までは拾えない。
 詫びて仔達を諭しながら立ち去る実装石。どうやら親ではなく子守り役のようだ。
 間引きの話を始める三姉妹。五女の名が一、二度出る。いつの間にか自分達の為に
命を捧げた可愛い妹という事になっている。
 公園の管理人の声。カメラ設置の許可を求めた時に詳細は話したので、様子を見に来た
のだろう。
 リンガルで少し会話し、俺の言った姉妹だと確認している。
 またボス実装が現れ管理人に挨拶する。会話の内容から、どうやらこの管理人がボスの
元飼い主らしい。一体どういう経緯でそのような関係になったのか、少し興味が湧いた。
今度機会があれば聞いてみよう。

 後は、飼いの生活を惜しみつつ、不器用ながらも徐々に生活に慣れてゆく姉妹達の
会話が、バッテリー切れまで続いていた。

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7.

 ──一週間後。
 親仔の抱擁までは先週と全く同じ。ミドリは臍繰りの金平糖を手渡している。
 姉妹は少し実装臭が強くなったが、それなりに清潔にしているようだ。
 俺はカメラの記憶メディアとバッテリーを交換し、約束だった長女の家のリフォームに
取りかかった。先日の雨でダンボールハウスは三つとも致命傷を受けたようで、大きく
歪んでいる。屋根部に木の葉やビニールの切れ端を乗せてはいるが、どうやら雨漏りに
気付いてからの処置のようで、次の雨が来たら終わりだろう。
 俺が用意したのは発泡スチロールのケースを数個。接着剤と二クロムカッターを使い、
その場で組立て始める。
 軽くて保温性、耐水性は抜群で、実装石が素手で壊せるような厚みでもない。窓と扉は
ロックできるように工夫する。隙間に針金でも差し込めば外からでも開閉できるから、
仕組みさえ教えれば実装石にでも容易いだろう。緊急脱出用の非常口も作っておく。
 ミドリと姉妹は興味深く作業を見守っている。さり気無く周囲を見渡すと、茂みの中や
木陰に野良達の姿がチラホラしている。一匹も媚を売りに来ないとは珍しい。
 長女に私物を取り出させ、ダンボールハウスを撤去する。床下に隠し収納を掘っていた
のでハウスを追加加工。拾ってこさせた木の枝を十本ほどナイフで尖らせ、固定用の杭
代わりにハウスごと地面に打ち込む。水平を出して、出っ張った杭の頭と周囲に接着剤を
塗り、残材をサイコロ状にカットしたものを差し込む。これには防風対策と、もう一つ
理由がある。
「ふん……まあまあ綺麗に仕上がったな。他に要望は無いか?」
「ないデスゥ! 凄い、凄いお家デスゥ!」
 冷静な長女がここまで興奮するのは珍しい。次女と三女も羨ましそうだ。
「ステキデスゥ…」
「まるでオシロみたいデスゥ」
「良かったデスね長女」
「ママのご主人サマ、ありがとうデス!」
「ハウス惜しさに命を粗末にするなよ──さて、今回は何が欲しい?」
「「デェェ!」」
 三姉妹は仰天した。嬉しい悲鳴というやつだ。
「毎回という訳じゃないぞ。良く考えて言え」
「ワタシもお家が欲しいデス!」
「ワタシもデスゥ!」
 即答だった。やれやれだ。実は予測は出来たが面倒なので用意しなかった。もちろん
週刊天気予報もチェック済みだ。
「じゃあ来週だな。長女は何が欲しい?」
「ワタシは…………もう一着お服が欲しいデス」
 ふうん。
「いいだろう。それも来週だな」

 帰りに公園管理室に顔を出すと、としあきさん(管理人)が観察記録のコピーDVDのお礼
にと、管理室の勝手口の暗証番号を教えてくれた。勝手口は業者の資材搬入口を兼ねた
用具庫で、管理室へ繋がるドアは勿論施錠されている。ここの窓際にカメラを設置して
いるのだが、これでカメラの記録容量の問題が解決できる。持つべきものは観察仲間だ。

  ◆ ◆ ◆ ◆

 帰宅し記録を再生する。公園入口のカメラに三姉妹が二度ほど映るがすぐに消える。
夏本番が近いため人影はやや少なくなっている。野良実装達は相変わらずだ。ダンスを
披露している仔実装姉妹。行儀よく並んで愛護派から餌を受け取る成体実装達。いつもの
光景だ。──おや、禿裸が一匹、泣きながら公園を出て行く。

 林のカメラには姉妹の日常が繰り返されている。
 朝は茂みの奥の穴に脱糞。餌を探しに行き、戻ると食事。食後の脱糞。
 世話役の実装石に呼ばれ、多分コロニーの広場へ行く。広場にもカメラを設置したいが
流石に不可能だろう。戻り脱糞。餌を探しに行く。
 戻り食事し脱糞。昼寝後に持参していたゴムボールで例のサッカーもどきを始める。
三匹なのでやり難そうだったが、野良が飛び入り参加して三対三の白熱した勝負となった。
長女が小枝で点数を付けている。野良は途中で何度も交代しているが、三姉妹は一度ずつ
インターバルを取った以外は最後まで走り続けていた。やはりスタミナはずば抜けている。
 餌を探しに行き、食事後脱糞。知ってはいるが糞ばかりしやがる。
 その後各々のハウスに戻り、一日分の映像終了。
 
 だいたいこのサイクルだが、雨の日は脱糞と、ずぶ濡れになりながら屋根に葉っぱを
乗せている映像のみだった。あとはずっとハウスに籠っていたのだろう。
 
 そして俺とミドリが二度目の訪問をする前日に、また野良の襲撃があった。しかも
今度は三匹。
 戸惑うかと思いきや、長女の指示で三姉妹は一匹をタコ殴り。残りの二匹に何をされ
ても無視している。多少のダメージを受けたが一匹倒し、次の一匹に襲いかかろうとした
時点でNo.2の獣装石が現れ、その爪を伸ばし野良を文字通り引き裂いた。腹からモツを
溢れさせ、絶叫しながら倒れる野良。もう一匹の野良は何をする間もなく首を刎ねられた。
大した戦闘力だ。
 三姉妹が半殺しに留めた奴を引き摺り何処かに消えるNo.2。
 しかし仲間を殺して良かったのか? と俺が疑問に思っていると、野良達が死骸を
片付けている中、一匹の実装石がこちらに──そうカメラに近づいてきた。
『人間サン見ていますか? 先ほどの三匹はワタシの群れのものではないデス』
 カメラ目線で話しかけてくる。ああ、こいつはボス実装か。カメラに気付いていたとは
普通じゃないな。
『ここのルールを守れず追い出したものたちが時々、徒党を組んで襲撃してくるのデス』
 河原の不良実装達かな?
『一匹は見せしめとして、髪と服を奪い放します。ワタシ達は人間サンの邪魔はしません。
時間はかかるとは思いますが、カノジョ達を群れに迎え入れるつもりデス。どうかご理解
くださいデス』
 頭を下げ去ってゆくボス実装。噂には聞いていたが、ここまで賢いと少々気味が悪い。
ボスになれるわけだ。

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8.

 ──一週間後。
 約束通り発泡スチロールと買い求めた実装服を持ってハウスを訪れる。
 先日上手いこと雨が降ったので、どうなっているのか楽しみだ。
 空き地に行くと、二つのダンボールハウスは見事に潰れていた。発泡スチロールハウス
を探すが見当たらない。と思ったら、外装が激しく変わって一瞬見失っていただけだった。
 屋根は木の枝で覆い、外壁は多分泥と糞を混ぜたものを塗って木の葉や小枝を接着して
いる。日本家屋のミニチュアのようだった。あのボスほどではないが、長女も思った以上
に賢いな。
 すぐに気付けたのは、ハウスの扉が開き、そこから突き出た実装石の尻が朝露に濡れて
いたからだ。緑の染みが滲むパンツが肌色に透けて気持ち悪い。朝からテンション下がる
ものを見てしまった。
 どうやら見かねた長女が姉妹にハウスを解放したが、二匹半しか入れなかったようだ。

 例によって親仔の抱擁。俺はカメラのチェック。
 雨の所為もあるのだろうが、三姉妹は髪や服の汚れが少々目立つようになっていたが、
比較的長女は身綺麗にしている。
 二度目になるとハウス製作も慣れたもので、時間のかかるパーツは前以て加工していた
ので、一つ目を建てた時よりも短い時間で二つの発泡スチロールハウスは完成した。
 大喜びの次女、三女。長女にも実装服を渡す。
「生実装服だから少し臭いがするだろうが、じきに馴染む」
「ありがとうデス」
「今回の願い事は無しだ。来週は聞いてやるから考えておけ」
「「はいデス!」」
 新ハウスの喜びで余り残念ではないようだ。残念。

  ◆ ◆ ◆ ◆

 帰宅し記録をチェックする。ライブ中継できないのが残念だが、先に結果を知り、それ
を踏まえて経過を知るというのは謎解きを見ているようで、これはこれで面白い。
 公園入口のカメラには三姉妹が時々現れる。まれに単独で出てくる事もあった。暑い中
愛護派らしき人物に自分を売り込んでいるが毎回断られ、餌だけ貰っている。たまに少々
手荒く追い払われる。この距離では正確に個体を特定できないが、三姉妹は揃って体格が
良く、足も速いので判りやすい。

 林のカメラには姉妹の日常が繰り返されている。公園入口やコロニーの広場に行く機会
が多くなっているため、こちらにいる時間が減ってはいるが、相変わらず食べては脱糞
ばかり。糞穴はすぐに一杯になるので一日おきに掘っては埋めを繰り返している模様。
群れの水洗便所──管理人のとしあきさんの話では、池の水位調整用の排水ゲート──の
使用を許可されたそうだが、距離的な問題で時々しか使えないらしい。
 目立ったのは、長女の発泡スチロールハウスを見学に来る野良が大量にいた事と、その
ハウスの外観を翌日には改装し始めた長女。確かに純白のハウスは目立ち過ぎる。馬鹿な
個体なら自慢しまくり嫉妬されるか、虐待派の格好の標的になるだろう。まあ、あの公園
は管理が確りしてるから乱暴な虐待派は少ない。
 そして雨。ダンボールハウスがコマ飛ばしで潰れてゆく。ハウスの変形にカメラの
センサーが時々反応しているのだろう。気付いて飛び出してきた次女、三女が泣きながら
雨のなかハウスを支えている。それから数時間、支えている部分以外は綺麗に潰れて
最早意味が無い事に気付いていない。血涙を流しはじめ、震えながら支え続ける次女、
三女。
 その時、長女のハウスの窓が開いた。空模様を確認しようとしていた長女は妹達の
有り様に気付き、扉を開け一声鳴く。
 諦める切っ掛けが出来、のろのろと長女のハウスに入る二匹。だが容量オーバーで
三女の尻がはみ出ている。なんとか入ろうと尻を振り地面を蹴る三女。
 そこで映像が途切れた。バッテリー切れだ。

 我が家のミドリは仔を産む前の生活に戻ったが。一週間かけてDVDプレーヤーの操作を
覚え、俺が編集した我が子の生活を観賞している。たいした努力だ。

 俺はホームページを更新する。以前からミドリの妊娠から仔の旅立ちまでは、容量を
搾った動画とスナップショット付きで公開していたが、姉妹の公園生活の記録も大分
溜まり、続行の目途もついたと判断する。
 凡百の実装石観察サイト、実験サイトの一つでしかないので、アクセス数はそれほど
多くないが、掲示板には結構なレスポンスで書き込みがあった。
 大体「虐待したい」「No.2パネェ」「長女を飼いたい」という類のコメントが多い。
 長女については、仔実装ならともかく少々賢いだけの成体を飼いたいというもの好きは
いないだろう。ネット特有のリップサービスみたいなものだと思うが一応通知しておく。

『飼いたければ自力で場所を特定して、直接交渉してください。ただし公園の迷惑に
ならないように』

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9.

 ──一週間後。
 林の空き地に行くと、三女のハウスが破損していた。明らかに棒状のもので何度も
叩かれている。三女もいない。うろたえるミドリ。
 長女に問い質すと「ヒャッハー」が出たらしい。
「それは大変だったな。三女はやられたのか?」
 首を振る長女。気のせいか、いつも以上に大人しい。
「そのあとニンゲンサンが来て飼いたいと言ったので、ワタシが三女チャンに譲ったデス」
「デス!?」
 驚く俺とミドリ。
「ほう」
 ホームページの影響だろうか。しかし何故長女ではなく三女なんか……?
 ひょっとして別の虐待派に言い包められ連れ去られたのかと思ったが、そんな気配は
無かったらしい。
 まあ、カメラの映像を見れば判る事だ。
 今回のお願いでは、次女は金平糖を、長女は何故か破損した三女のハウスの修復を
頼んできた。理由はまあ、そのうち判るだろう。前回ハウスを作った材量の余りを公園
管理室の用具庫に置いていたので、すぐに修復する。
 次女は金平糖を長女と分けていた。

  ◆ ◆ ◆ ◆

 家に帰り早速記録をチェック。ミドリは背後でずっとデフフフと不気味に笑いながら
三女の飼い昇格を喜んでいる。

 記録の二日目の晩──、
『ヒャッハー!』
 いきなりそんな声がして、カメラの死角から三女のハウスにバールのようなものが
叩きつけられた。連打され砕け散る屋根。非常口を破り飛び出す三女。三女の家が破壊
されてる間に長女、次女は茂みの中に消えている。
『待てよー糞蟲ちゃん』
 月明かりに輝くバールのようなものを振り上げ、余裕の足取りで追う虐待派の男。
『うをっ!?』
 と、空き地の端で突然派手に転ぶ。
『ぐおお…畜生!』
 何度か巻き戻して確認。……どうやら埋め戻された糞穴を踏みつけたようだ。実装石が
乗っても問題無いが、流石に人間の重さは耐えきれなかったらしい。狙ったものでは
ないだろうが、実に屈辱的な落とし穴だ。
 虐待派は足を捻ったのか、バールのようなものを杖代わりに、悪態を吐きながら退散
した。
 気が付いて公園入口の記録を見直し、虐待派の男の出入りを確認する。足を引き摺って
いたので気になっていたのだ。夜間なので判別しにくいが、引き摺る足は脛まで泥状の
ものが付着している。
 
 空き地のカメラの続きを再生。30分近く間を開けて、三姉妹は恐る恐るハウスに戻って
来た。半壊したハウスを前に三女は座り込む。
『ワタシ、ワタシのオシロが……』
 ハウス越しに一撃を受けていたのか、物理的にも頭部が凹んでいる。
『命があってこそデス』
『ママのご主人サマにお願いして直してもらうデス。元気出すデス』
 そう言って長女と次女が慰める。騒ぎを聞きつけ茂みから遠巻きに見ていた野良達
のうち何匹かが『デププ』と嘲笑しているようだったが、別の何匹かは三女に近付き
慰めている。だいぶ交流が進んでいるようだ。
 三女は長女のハウスで寝泊まりする事になった。 

 その二日後の映像に、美少女が現れた。麦わら帽子に白いワンピース。手にはペット用
ケージを携えている。
 美少女は膝を曲げ、長女のハウスの扉をノックする。
『出ておいで』
 優しい声に顔を出し、少女を見上げる長女。メルヘンチックな光景だ。
『うちに来ない?』
『???』
 長女は一瞬何を言われたか判らない。少女が繰り返すと顔を紅潮させ何度も頷く。
 少女は長女をケージに収めると、カメラの方向に当たりをつけ『頂いていきます』と
お辞儀した。
 どうやら俺の掲示板の通知を見ていたらしい。いや驚いた。

 ……しかし、本当に驚いたのはこの後だった。
 少女が長女を連れて立ち去り暫くして、長女のハウスから長女が出てきた。
 何を言ってるか分からないと思うが、俺にもよく分からない。
「……あ」
 巻き戻し再確認…………こいつ、三女だ!
 このカメラの解像度では細部は判らないが、後から出てきた方が身綺麗で、髪も整って
いる。
 つまり長女と間違えて、同居していた三女を連れていった可能性が高い。
 長女はハウスの壁に片手を着いて落ち込んでいる。俺には「譲った」と言っていたが、
本気にしろ虚勢にしろ数少ないチャンスを一つ失ったのだ。
 慰める次女。長女はすぐに気持ちを切り替えて、次女と共に三女の門出を祝い始めた。

  ◆ ◆ ◆ ◆
 
 俺は記録を編集後すぐにホームページを更新した。虐待派と美少女の登場でアクセス
数が一気に跳ね上がる。
 掲示板のコメントは、虐待派に対しては、

「ざまぁ!」
「メシウマ!」
「ウンコマンの目隠しを外せ!」
「m9(^Д^)プギャーーー」 

 一応『もう一度襲撃があったら目隠しを外します』と通告しておく。

 美少女については、

「キタ━━━━(゜∀゜)━━━━ !!!!! 」
「キタ━━━━(゜∀゜)━━━━ !!!!! 」
「キタ━━━━(゜∀゜)━━━━ !!!!! 」
「目隠し無し画像のアップロードを希望します」

 大人気だった。
 取り間違えた彼女を心配する声も多い。だが、もしこれが美少女でなかったら、どう
なっていた事だろう。

 長女については、落ち込む姿が哀愁を誘ったのか同情する書き込みが多かった。
 目立つよう赤文字で『もし間違えられたのなら、元の場所に戻しても構いません』
と告知する。
 すると、ほとんど直後に、三女を連れていったのは自分だと名乗る書き込みがあった。
そして「間違えたのは私ですし、戻すのは可哀想なので頑張って飼います」と続く。
同時に彼女からメールが来た。お礼の言葉と、何処かの居間でオッドアイをキラキラと
輝かせ、謎の敬礼をしている三女の画像が添付されている。……ふむ、トモエさんか。
 美少女降臨に異常に盛り上がる掲示板。ここは○チャンネルではないと注意を入れる。
 その後も少女の書き込みが続く。三女の様子や飼い方の質問一つに、真面目な助言から
下心丸出しのコメントまで十倍返しで返信が付き、ついには独立スレッドまで立つ有り様。

 だが、日が経つにつれ徐々に雲行きが怪しくなってきた。やはり三女の躾に苦戦して
いるようだ。だんだん少女の書き込み量も減ってくる。
 そして、俺が公園に行く前日。三女が飼われてからだと十日目になるが、彼女から
二度目のメールが来た。
 内容は短く「ごめんなさい」

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
10.

 いつも通りの時間に林の空き地に行くと案の定、三女が出戻りしていた。
「……」
 三女は地面に身を投げ出し、スシステーキ、クソニンゲンを連発している。躾の失敗
によりすっかり増長してしまったようだ。買い与えられた上等な服は泥まみれで、パンツ
も緑色に膨らんでいる。
 長女次女は少し離れた所から三女の変貌ぶりを困惑気味に見守っている。
「……三女」
 ミドリが三女に声をかける。
「デ……!」
 俺とミドリに気付くと三女は硬直した。はっと両手で泣き顔を隠し、パンコン玉を
ブルンブルンと引き摺りながら自分のハウスに駆け込んだ。
『──ェェン! デェェン! デェェェェン!』
 発泡スチロールハウスから漏れ出る泣き声。慰めようと中に入ろうとしたミドリを
俺は止める。
「今は、そっとしておけ」
 
 今回のお願いは、長女は金平糖。そして意外にも次女が、ミドリを暫く公園に外泊
させて欲しいと願った。
 ミドリからの願いもあり、俺は特例として二、三日の外泊を許可した。

  ◆ ◆ ◆ ◆

 いつものように記録をチェックし、ホームページを更新する。
 公園入口のカメラには、泣きながら林に向かう三女の姿が映っていた。
 林のカメラには、二匹になり少し寂しくなった姉妹の生活。
 と思ったら夕方に野良の襲撃があった。……なんか毎回イベントが発生しないと気が
済まないのだろうか?
 野良の数は二匹。河原の不良実装だろう。流石に姉妹二匹では相手の逃げ道を防げず、
ワリバシ作戦は使えない。鋭く威嚇し合う二組。
 どうなるのかと見ていると、姉妹は二匹並んで野良の一匹へと体当たりした。吹っ飛ぶ
野良はカメラの死角まで転がってゆく。なるほど、既に対策済みか。足が速く体格の良い
二匹の同時ぶちかましの威力は、実装パンチの比ではないだろう。
 逃げ出そうとする残り一匹は、宵闇の中から伸びてきた爪に首を刎ねられた。
 また獣装石か。まるでニンジャみたいな奴だな…………ん、そうか。

 俺は気付いた。姉妹のいる空き地は、野良達のコロニーを目指して公園から林に侵入
しようとすると最初に目に付くハウスだ。
 あそこは群れ本体を守る為の防波堤であり、鳴子なのだ。ここで時間を稼ぎ、外部の
野良なら撃退し、虐待派なら群れは避難する。
 そういえば前に虐待派が来た時、野良が野次馬に現れたのがかなり遅かった。
 おそらく林の中にはこういった場所が何ヶ所かあるのだろう。
 ……まあ、ちゃんと援護には来るし、利用しているのはお互い様なのでよしとしよう。
 観察の途中で思いついた事ではあるが、カメラを設置できない群れの中心地帯に姉妹を
住ませないように、手間をかけて立派なハウスを作り、固定しているのだから。

 再生が進むと、三女が空き地に戻ってくる。
 ……公園入口の映像と時間が合わない……ふむ、どうやら顔を出そうにも出せず林の
中で葛藤していたようだ。
 驚く姉達に「ワタシに相応しくないから戻って来た」と虚勢を張る三女。そのくせ飼い
生活を自慢しまくる。
 だが徐々に元気が無くなり、言葉が止まり、肩を震わせ、泣きだした。啜り泣きは
大泣きになり、罵倒交じりの号泣になり、狂ったように転がる三女。
 泣きつかれた三女は蹲ったまま、それでも時折罵声をあげ、また泣きだす。
 とうとうカメラのバッテリーのほうが先に音をあげてしまった。

  ◆ ◆ ◆ ◆

 とりあえずホームページには『実装界隈ではよくある事なので自重よろしく』とか、
自分でもよく分からない通知をしておく。
 三女の出戻りについては、掲示板では少女への同情が集まっていたが、少しだけ嘲笑と
非難の声もあった。三女へも、まだ完全に糞蟲化していなかった事もあり、同情的な意見
が多かった。全体的に「残念だったね……」という総評だ。
 で、残りのコメントがこんな感じだ。

「三女は美少女ちゃんと一緒にお風呂入ったりしたの?」
「一緒に寝たんだろうなぁ(´・ω・`)ウラヤマシス」
「美少女ちゃんの香りがしそうだな三女」
「美少女ちゃんの志は俺が継ぐ!」
「いや三女は俺が引き取る!」
「じゃあオレも!」
「どうぞどうぞ」
「どうぞどうぞ」
「え、オレ本気だよ!」
「三女なら俺の隣で寝てるよ」
「おwwwwまwwwwえwwwwらwwww」

 ……どうしたものか。俺は目元を押さえて軽く揉みほぐした。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
11.

 そろそろ三女も落ち着いただろうし、明日の仕事帰りにでもミドリを回収しに行こうか
と思っていた夜の事だった。
 週に一度の来訪という俺ルールは曲げたくなかったので、公園入口の広場に出稼ぎに
来ているだろう野良にどうやって間違い無くミドリを呼ばせようか思案していると、

 ──。

「……ん?」
 何か、物音が聞こえた。居間の方からだ。
 居間に行くと、月明かりに照らされたカーテンに、実装石の影が映っている。
 ……窓割りではないようだ。窓は実装石対策が図られた防石ガラスなので問題無いが。
影は繰り返し窓ガラスを叩く。微かにデスデス聞こえる。
 俺は居間の電気を点け、窓を開ける。
「ミドリ?」
 それは公園にいるはずのミドリだった。ミドリが叫ぶ。
『デスゥ!』
 おっと、ミドリの首輪の音声リンガルは電池切れしているようだ。
 俺は携帯リンガルを取ってくる。ミドリが今まで大声を出さなかったのは、以前俺が
近所迷惑にならないよう厳しく躾けたからだな。
「どうしたミドリ?」
 ミドリの様子は尋常ではない。ここまで走って来たのか、息も荒く叫ぶ。
「ご主人サマ! 三女が、三女が攫われたデス!」
 
 ミドリが言うには、親子水入らずで夕食を摂っていると、人間が現れて三女を飼うと
言ったらしい。三女が何故か断ると無理やりに連れて行ったそうだ。
「……そうか。だがもう夜も遅い。お前も今日はもう休め」
「デデッ!?」
 どうやら俺がすぐに助けに行くとでも思っていたようだ。
「勘違いするなよミドリ。お前の仔は既に独り立ちしているんだ。お前が必要以上に
干渉するべきではないし、俺が援助しているのは俺の都合でしかない」
 まあ、面倒くさかったわけだが。
「そんな、ご主人サマ殺生デスゥ!」
「静かにしろミドリ。久しぶりに実装ダマリでも食べるか?」
「……三女は、とても反省していたデス。きっとトモエサンは来てくれる。もう一度
飼ってくれる。今度こそ良いコにすると──!」
「黙れ?」
「……ゴメンナサイデス」
 ようやく静かになるミドリ。
 ミドリといい三女といい、何故そこまで自分に都合の良い解釈が出来るのだろう?
幸せ回路とさえ呼ばれる実装石の過剰かつ利己的なポジティブ思考は、人の世と関わる
以上、それが無ければこの世は生き地獄であるとはいえ、物理的にあの世行きのフラグ
となる自滅回路でもあるというのに。
 しかし、また三女か。嫌な予感がする……いや、嫌な予感しかしない。

  ◆ ◆ ◆ ◆

 俺はパソコンを立ち上げると、ホームページの掲示板をチェックする。
 ……特に気になるところは無い。赤字で通知を出す。

『緊急通知。三女が何者かに連れ去られました。心当たりのある方は連絡してください』

 以前の飼い主である少女トモエにも注意を促すメールを送る。三女から情報を引き出し、
彼女の住所を特定する気かもしれない。
 掲示板には、やはり三女の前の飼い主である少女に害が及ぶのではと危惧する書き込み
が多い。
 そんな中、少女からの返信があった。
 彼女は家族とセキュリティの高いマンション住まいで、三女を外に連れ出した事は無く、
公園に戻した時も、兄の助言で帰巣本能が働かないように眠らせていたので大丈夫だろう
という事だった。
 それでも暫く周囲に気をつけた方がいいと返信する。今度はすぐに返事が返ってくる。
 迷惑をかけて申し訳無いと何度も文中で謝っていた。
 彼女に連絡を取り注意を促した事と、三女は特定するための情報を持っていないので、
とりあえずは危害が及ぶ事は無いだろうと、通知にも追記する。
 流石に今回はふざけた感じの書き込みはなかった。

  ◆ ◆ ◆ ◆

 週末になり、俺はミドリと公園に向かう。あれからマメに掲示板をチェックしていたが、
ついに三女を連れ去った人物が名乗り出る事は無かった。
 例によってNo.2に金平糖を支払い林の空き地に向かう。

 空き地には俺達に背を向けて三匹の実装石がいた。後ろ姿だけでは俺には断言でないが、
長女と次女と、二匹に挟まれるようにして裸の実装石が一匹……?
 俺達に気付き、二匹が振り返る。
「ママ!」
「三女チャンが!」
「──三女!」
 駆け寄るミドリ。ということは、あの裸の実装石は三女か。しかし御早い御帰還だな。
髪の毛は残っているし、虐待されたような様子でも……いや、妙に反応が無いな。
 俺は三女の正面に回り込む。気付いた三女が生気の抜けた顔で俺を見上げる。
「……デー」
 その両目は緑色に染まっていた。

 三女は時々デーデー鳴くだけのナマモノと化していた。俺が問いかけても、多少の
刺激を与えても生理的な反応が返ってくるだけで、思考は停止してしまっている。
これは偽石にも損傷があるかもしれない。一体その身に何が起こったのだろうか?

 長女が自分の持っていた予備の実装服を提供した。ミドリと次女の三匹がかりで三女に
着せていると、一匹の野良実装がやって来た。
 わざわざ俺がいる時に現れたその野良は乳母係を名乗り、三女の事で来たらしい。
群れのルールで、妊娠中の実装石とその仔の育成は群れ全体で面倒をみる決まりらしい。
別に断ってもいいが、間引きだけは絶対に群れの指示に従って貰わなければならない
との事。
「三女チャンの面倒はワタシ達でみるデス!」
 次女が吠えた。長女も否定はしない。やはり姉妹という事なのだろう。ミドリが俺を
見上げる。
「ご主人サマ、ワタシも三女の世話を手伝いたいデス」
「駄目だ。──だが一日だけここに居る事は許可する。出産の手解きでもしてやれ。明日
になったら自分で帰ってこい」
「アリガトウデス!」

  ◆ ◆ ◆ ◆

 公園入口のカメラには、明らかに不審な男が記録されていた。夕方とはいえこの暑い
時期に目だし帽を被って公園を徘徊している人物が怪しくない訳がない。運良くという
べきか、周囲に人の影は無かったが、出稼ぎに来ていた野良実装達がガン見している。
……少女がまた飼ってくれると信じていた事もあるだろうが、三女が断るわけだ。
 男の挙動は明らかにこのカメラの位置を意識している。サイト閲覧者なのは確定だ。
 早送り……一時停止。少し巻き戻し再生。林から戻ってきた男はモゴモゴ蠢く黒い
ゴミ袋を抱えている。早送り……一時停止し再生。ミドリが走り公園を出て行く。早送り
…………………一時停止し再生。裸の実装石が、ふらつきながら林の方へ歩いてゆく。
 
 林のカメラには、三女を慰める母と姉達の姿が映っている。一日が過ぎ徐々に元気を
取り戻す三女。少々驚くべき事に自分の態度を謝り、反省している。それからは久し振り
の親子の団欒を楽しむ映像。公園での生活を敢えて大げさに語る長女。空気を読んで続く
次女。嬉しそうに何度も頷くミドリ。三女にも笑顔が戻ってきた。
 そこへ現れる目だし帽の男。警戒する四匹。男は問答で三女を特定し、飼ってやると
言う。三女は首を振り拒否する。その瞬間男は一歩踏み出し三女を捕まえた。叫ぶ三女。
 激しく威嚇する長女、次女。男は脚に縋るミドリを蹴飛ばし、ゴミ袋を三女に被せ走り
去った。
 ミドリは直ぐに立ち上がり後を追おうとするが、諦める。追いつける訳がない。だが
己を奮い立たせるように首を振り、長女、次女に俺に助けを求めると言い残し走り出す。
 残された姉妹はその晩一睡もせず待ち続けた。その影響か翌日は丸一日ハウスの中で
寝こけていたようだが。
 
 三女が返って来たのは三日後の事だった。
 
  ◆ ◆ ◆ ◆

 ホームページのアクセス数はどんどん増えているが、俺は素直には喜べない。
 三女の帰還については掲示板で様々な憶測が飛んでいる。
 一番多いのが、美少女目当てで三女を攫ったものの、妊娠したので持て余し捨てた
のでは、という標準的な推理だが、次に多いのが、あの男が「ジックス派」ではないか
というものだった。ジックス派とは、実装種を性の対象にする異常……まあ、少々奇特な
性癖を持つ人々の事だ。

 そんな中、自分が三女を攫ったという書き込みがあった。
 少女の代わりに自分が三女を育てようとしたが、いきなり妊娠したのでパニックになり
戻してしまった。申し訳ない。というものだった。
 一応IPをチェックするが、それまで俺の掲示板に書き込んだ形跡は無い。
 騙りだろうか? ドメインまで変えるのは面倒だが、IPを誤魔化す方法なんていくら
でもある。ROMだったと言われればそれまでだ。
 案の定、掲示板でバッシングが発生する。プチ炎上というやつだ。
 俺は掲示板を当分の間書き込み禁止にする事にした。閲覧者に人生の無駄遣いをさせ
たくないし、ぶっちゃけ炎上コメントの管理がめんどくさかった。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
12.

 一週間後、例によってミドリと公園に向かう。
 そろそろ三女は出産するだろう。既に出産している可能性もあるが、カメラのある場所
で出産させる為に一応浅底のトレイを持参した。

「……」
 林の空き地には何もいなかった。俺とミドリが来る週末のこの時間帯は必ず居るように
なっていたはず。それとも、今までは偶々だったのか?
「──デス」
 声に振り返ると、いつの間にかNo.2が居た。その右腕が根元から無くなっている。
 No.2は無言で残った左腕を振り、ついて来いと示す。
 俺とミドリは顔を見合わせる。
 No.2が返事も聞かずに歩き始めたので後を追う。どうやら群れの中心地帯に向かって
いるようだ。姉妹のいる空地までとは違い細い獣道こそあるものの、人間が進むのは少々
苦労する。
 距離的には大した事ないと思うのだが、10分程歩いただろうか。急に開けた場所に出る。
 直径7、8メートルはある広場の外周に沿うように木板やダンボールのハウスが立ち並ぶ。
ここで生活しているはずの野良の気配は無く、中央には薄汚れたタオルに乗せられた三つ
の死骸があった。
 次女は腹に何ヶ所か尖ったもので刺された跡があり、体液が滲んでいる。この程度で
死ぬはず無いから、傷のどれかが運悪く偽石に届いているのだろう。三女は下半身が弾け
飛んだかのように消失している。長女は……頭が消失しているため判別できないが、長女
なのだろう。
 呆気無いものだ。こうも突然に終わってしまうとは。まだまだ夏は続く。台風も、実り
増える秋も、飢え凍える冬も残っているというのに……。
 ……いや、今までが順調すぎたのかもしれない。実装石の死などこんなものだろう。
 ミドリが不思議そうに死骸を物色している。それが我が仔だと判っているはずだが、
頭が理解する事を拒んでいるかのようだった。
 やがてミドリは一縷の望みを託すように俺を見た。俺は頷く。
「残念だったな」
「……ィヒ」
 変な呼吸音と共にパタリと倒れる。偽石の自壊を防ぐため気絶──いやパンコンさえ
しない所をみると仮死が起きたようだ。そこまで愛情深かい奴だったとはな。
 
「説明は、聞けるんだろうな?」
 No.2と、何処かに居るだろうボスに呼び掛ける。
「──ワタシ達に判る範囲で良ければ」
 ハウスの陰から案の定ボスが現れた。
「お互いにとって残念な事になりました。カノジョ達の亡骸を仲間としてこの村に運び、
ニンゲンサンにもここを教えたのは、我々の誠意のつもりデス」
「前置きはいい。で、何があった?」
「先ず、外部の野良の襲撃がありました。その中でエルト──ミドリサンの三女が飼い主
に頂いた名前だそうデスが──産気付きました。カノジョの姉達は必死に戦いましたが、
次女サンは偽石を刺され死にました」
「それで?」
「……加勢に行った仲間の話では、カノジョのお腹を破り飛び出した何かが、長女サン
と襲撃してきた野良を食べたそうデス」
「……は?」
 なにその超展開。
「ワタシ達にも犠牲が出ましたが、ミギノテがソレに深手を与えました。ワタシ達が
ソレを追いかけ、発見した時には溶けて緑色の泡になっていました」
 ミギノテという名前らしいNo.2に視線を送る。獣装石は言いにくそうに呟いた。
「……時々、ああいうのが生まれるそうデス」

  ◆ ◆ ◆ ◆

 その後、俺は発泡スチロールハウスの一つを撤去し、その中に姉妹の死骸とミドリを
入れて帰宅した。全部は一度に運べないので、林のカメラは管理人室裏口に仮置きした。
 正直、カメラの記録を確認しようかどうか迷った。
 
『ワタシの想像デスが、エルトサンのおイシに損傷があり、仔のおイシに異常な形で
情報が引き継がれたのでは、と思います』

 おそらくボスの予想は当たっているだろう。というか当たっていて欲しい所だ。間違い
でも仮説でも、理由がはっきりしていた方が心が安らぐものだ。
 映像を再生する。

 一日目。ミドリが三女の代わりに長女と次女に出産の手解きをしている。
 二日目。ミドリが帰る。長女と次女は交代で餌集めと三女の世話を行っている。
いつ三女が産気付いてもいいように足元の地面を浅く掘り、濡れタオルを敷く。意外に
胎教の歌が上手い次女。長女が何処からか水を満たしたペットボトルを調達してきた。
すぐにタオルへ給水出来るように三女の傍らに置く。
 三日目。姉妹の生活は前日と変わり無し。
 四日目。姉妹の生活は前日と変わり無し。三女の腹が倍近くに膨らんでいる。
 五日目。不良実装の襲撃。これまでで最大の規模だろう。三女を守りながら戦う為、
決定打に欠ける姉達。画面の端に戦っている公園の野良達の姿も時々映る。
 突然叫ぶ三女。動揺する姉達。どうやら生まれるようだ。長女が三女に付き、次女が
激しく吠え矢面に立つ。体当たりで不良実装を突き飛ばす次女。タオルを濡らし三女の
パンツをずらす長女。痙攣する三女。
 次女がよろめく。いつの間にかその腹には前掛けを貫いて数本の竹串や小枝が深々と
突き刺さっている。次女の体当たりの勢いを利用したのだろう。敵にも多少賢い奴がいる
ようだ。
 構わず体当たりを繰り返す次女がついに倒れ、動かなくなったその時、三女の腹が中から
弾けた。
 飛び出したそれは、生まれる仔を受け取ろうと構えていた長女の頭も吹き飛ばしカメラ
の死角に消える。倒れる長女の体。不良実装の視線が画面外のそれを追いかける。
 あちこちから聞こえる実装石の悲鳴。
 状況を理解し逃げ出そうとした不良実装の背中に、走る猫ほどの速度で食いついた
それは、緑色で四本足の、首が無く、頭はまるで向日葵のような形の牙と口だけ。
 画面外に消えてた、ほんの僅かな時間で倍以上に大きくなっている。それはたった二口で
不良実装を平らげると、再び画面外に消えた。
 六日目。公園の野良達が現れ、姉妹の死骸を運んでゆく。

  ◆ ◆ ◆ ◆

 俺は映像を編集し、次女が倒れた時点までの動画と、最後に群れに受け入れられた
三姉妹の亡骸と、それを囲み死を悼む公園の野良達──ボスに協力させた──の画像を
ホームページに掲載する。もちろん死骸には撮影前にタオルを掛け、不自然な破損部分は
隠しておいた。
 そしてこの観察の終了を宣言する。
 流石にあれをネットに乗せる事は止めておくべきだろう。あれが公園のほうに出て目撃
されたという話は聞かないが、万が一噂が出ても、証拠が無ければ人化実装のような都市
伝説の一つとして終わるだろう。

「ふう……」
 庭に出て一服する。花壇にはイソトマの花が咲いている。星型の花弁を持つその花は、
かつてミドリと仔共が育て、庭に植え替えたものだ。この花は結構長く、咲く。
「…………」
 感慨に耽っていると、視界の端で何かが動く。見るとミドリが花壇の陰で何かしている。
 近寄ると、俺に気付きばつの悪そうなミドリ。その向こうには、イソトマの花々に
埋もれるように隠された五つの土の盛り上がりと、それぞれに突き立てられた棒きれが
見えた。
 一つは古く、もう一つは最近のもので、残り三つは真新しい。……そう言えば仔共の
死骸の始末はミドリに任せていたな。よく見ると棒きれは、ミドリが臍繰りしていた
アイスの当たり棒だ。
「……ご主人様」
 俺は何も言わずミドリの傍らにしゃがむと墓に手を合わせた。
 脳裏に仲良くお愛想する、仔実装の頃の五姉妹の幻影が浮かぶ。それはもういいから。
 目を開けると、ミドリも俺を真似て墓を拝んでいる。
「──ミドリ」
「ワタシは大丈夫デス」
 誰もそんな事は聞いていない。
「また、仔を産みたいか?」
 俺を見上げたミドリの両目は、緑に染まっている。
「……産むデス。たくさん、たくさんたくさん産むデス!!」
 滲む涙は、目が溶けているのではと思わせる濃い緑色。
「いいだろう。今度も仔が独り立ちするまでなら面倒見てやろう」
 俺は次の題材の思案を始めていた。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
END.








































〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 チラ裏

 本来はミドリや姉妹視点のターンや、越冬し最後に残った長女が仔を産むあたりまでの
話をやる予定でしたが、100KB超えは確実で、流石に冗長かなと思い割愛しました。未使用
ネタは機会があればリサイクルする予定です。
 例によって多くの作品から設定やネタの種を頂いています。特に妊娠考察については
通勤氏の作品に多大な影響を受けました。

 以上、クソ長い駄文にお付き合い頂き有難う御座います。

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1 Re: Name:匿名石 2019/03/11-20:13:48 No:00005794[申告]
良かった
この期に及んでまだ産もうとするミドリをぶっ潰したいぜ
2 Re: Name:匿名石 2019/04/20-19:52:50 No:00005910[申告]
生涯糞蟲らしいところが特になかった長女が取り違えで飼いになり損ねたのは少し不憫
長女はどうでもいいにしても長女を連れて行ってれば幸せな飼い主になれただろうトモエちゃんが三女で草臥れるのは不憫な…
でも、出所もはっきりしていてリリースを許してくれるような元飼い主が相手になってこの程度の経験で済んだのは逆によかったのかもしれないな
下手に長女を飼えたせいで長女の子孫から糞蟲が出てもっと最悪なことになる可能性もあるし
そして大長編のはずが短縮で仔も残せずに死ぬ長女が不憫
せめて何が起こったかもわからず瞬時に逝けたのは作者さんの優しさか
3 Re: Name:匿名石 2020/02/03-01:42:04 No:00006194[申告]
作中時間で数年経てば空はお愛想する大量の実装石で埋め尽くされそうだ
4 Re: Name:匿名石 2020/02/03-19:36:11 No:00006195[申告]
>知ってはいるが糞ばかりしやがる。
ここ好き
5 Re: Name:匿名石 2024/02/22-23:39:20 No:00008769[申告]
構いすぎだろこの飼い主…シェンロンかよ
6 Re: Name:匿名石 2024/02/24-06:58:17 No:00008777[申告]
最後のクリーチャーは攫った奴が何かしたんだろうけど謎で終わったな
関連作品とかあるのかな?
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