タイトル:【観察】 実装石の日常 渡りII
ファイル:実装石の日常 渡りII 第1話.txt
作者:匿名 総投稿数:非公開 総ダウンロード数:4607 レス数:1
初投稿日時:2010/02/03-20:58:21修正日時:2010/02/03-20:58:21
←戻る↓レスへ飛ぶ

 実装石の日常 渡りII 第1話





小ぎれいにしているもの、一見して野良と分かる実装であった。
愛護派のばら撒くフードを手際よく拾うと、携帯するコンビニ袋に入れ、他の実装を横目に帰宅していく。
無理して集める気はないのだろう。
まだまだばら撒かれているのだが、あちこちから他の実装も集まり始めていた。

どの個体もよほど飢えているのか目を血走らせている。

「私のゴハンデスーーーーーーーーーーー!!!」

「寄越せっ! 私に寄越せデス!!」

20ほどの個体が突進してくると、愛護派は袋を放り投げて公園から逃げ出した。

零れ落ちたフードを巡って、野良実装たちは奪い合い、そして殺し合いを始めた。




餌撒きから素早く立ち去ったその野良実装は、なぜか腰に紐を結び、小枝を取った枝を刀のように差している。
どこか少し変わった個体であった。

かなりの距離を歩いて公園の隅の茂みまで歩き、大きな木箱の我が家にたどり着く。
まったくの偶然から入手した我が家のドアにかかる南京錠へ器用に鍵を差込み開ける。

木箱の中は薄暗い。

しかし散らかっているわけでもないが、必要最低限の物資はそろえている。
タオル・ペットボトル・保存食を入れるタッパー……。
独り身なのか、仔の姿は無い。

わが身だけの生活ならそれほど苦も無いのだろうか。
腰の枝を抜いて扉のかんぬき代わりにして固定する。
タッパーを開いて貴重なフードを入れる。かなり賢いのだろう。

「先生、先生ーーーーー」

外から聞きなれた声がするのでかんぬきをはずし、扉を開く。

「こんにちはテチ、先生ーーー」
「勉強に来たテチ」

少し困った顔をしながら、先生と呼ばれる個体は外に出た。

「さっき来たけど居なかったテチ」

「ゴハンを探してきたデス、じゃあなんの話をしましょうデス」

「お風呂のお話がいいテチ」

まだ残暑の残る季節だ、それもいいだろうと思う先生実装であった。
イス代わりに葉っぱを敷いて座る仔たちの前に出て、腰の棒を抜いて地面に浴槽を書く。

「お風呂はニンゲンさんがあったかい水を準備してくれるデス、そこで・・・」

実はこの野良実装、かつては人の家で飼われていたのだ。
捨てられたのは人間の都合であり、彼女に責任は全く無いが事実を理解する知性ゆえにその心に負った傷は深かった。

野良生活では仲間の暴力や裏切りに嘲笑という事実が待っていた。
いつしか彼女は世を儚み、半ば隠遁していたのだ。

だがこの公園のほかの野良実装が彼女の賢さに目をつけた。
自分がエサを探しているときや世話をしたくないとき、わが仔を「勉強」と称して送りつけてくるようになった。
最初は無視していたこの個体も、木箱の前で座り込んでいる仔たちを哀れに思うようになり自分が身に着けた知識を教えるようになった。
幸いにも良い仔が多いので知識を吸収し、いつしか教え子は彼女を「先生」と呼ぶようになった(先生という言葉もこの個体が教えたものである)。

お風呂の話をしながら、「先生」は言う。
身だしなみには気をつけろ、と。

「汚い格好しているだけで殺そうとするニンゲンもいるデス。これは生きるために大切なことデス」

汚れていれば野良だと確定してしまうのだ、そうすればたまたま機嫌の悪い人間に出くわした場合、命に関わる。
逆にきれいにしていれば、いきなり殺される可能性はいくらか低くなる。

「私はそういった仔を沢山見てきたデス、もう見たくないデス」

先生実装の放浪を語れば長くなるので割愛するが、彼女がこの公園にたどり着くまで目の当たりにした事実は過酷そのものだ。
偽石が割れなかったのは幸運と言える。

彼女が自分の仔でもないのに、こうして教育を施すのはそういった凄惨な経験からであろう。
実装石の運命に諦観をもっているが、幼い仔を見ればやはり助けたいと思うあたりは、もと飼い実装ゆえだからか。

さて、日が沈みかけると教え子もばらばらと帰り始める、夕食の時間だから。

痩せた仔が1匹、残っているが覚束ない足取りで立ち上がり、帰ろうとする。

「ちょっと待つデス」

先生は呼び止めると、一旦我が家に入り、パンの欠片を持ち出してきた。

「テェ」

「これを食べてから帰るデス」

「先生……」

「みんなには内緒デス」

仔は手渡せると礼もそこそこに食らいつく。
親がきちんとエサを与えていないのだ、それに気づいた先生実装はつい分け与えた。
公園に愛護派が来るとは言え、やはり食料確保は大変だ、わが仔にさえ与えないのに、
血のつながらない仔にわけ与える先生の性格の良さは並外れている。
涙を浮かべながら食べる仔もそれを良く知っていた・・・・・・。


痩せた仔が家に帰るのと、親が帰るのが同時だった。
無言で腐りかけの魚の頭を投げる親実装。
床に落ちたそれに飢えた仔たちが群がるが気にもせず、ダンボールの隅で横になった。

「私のテチ、全部私のテチャアア!」

「私は昨日も食べてないテチ、食べてないテチーーーーーー!」

「テチャアアッ」

乏しいエサを姉妹で殴り合いつかみ合って食らっている。先生実装から教育を受けた仔は大人しいからか、
その輪に近づくことも出来ず、力の無い目で眺めていた。



1匹きりになった先生実装は、自宅で夕食の腐ったパンクズに手も出さず座り込んだまま考えていた。


……一週間に来るニンゲンさんが明らかに減ってきているデス。
……以前ゴハンをくれたせいで、仲間の数はどんどん増えているというのに。


このままではゴハンが足りなくなる、という結論に先生は慄然とした。
自分はともかく、多くの教え子はまず助からない。
助けようも無い。

以前いた飢えた公園の末路を思うと、人知れず嗚咽する先生であった。


なにしろ先生実装は自分の分だけエサを集めればいい上に選り好みしないので、時間はたっぷりある。
朝のエサ探しを終えて帰宅し一休みしていると、親子連れがやって来た。
親は頭巾代わりにスカーフを巻き、7匹もの仔を連れていた。
7匹の仔はまだ数回だが授業した仔たちだ。

「今日はお別れを言いに来たデス」

スカーフをつけた親実装が言う。

「最近はゴハンが手に入りにくくなってきたデス、危ないから、もう仔を外に出したくないデス」

このスカーフ実装も賢い。
餓え始めれば仔はエサ扱いになってしまう。
そうなることを察知して外出を控え危険を避けようとしている。

「……それは正しい判断デス、さみしいけどそれがいいデス」

じっとスカーフ実装をみる先生、思い切って続けて言う。

「公園を変えたらどうデス?」

「………………」

「……あなたなら違う公園へ行くという道があることを知っているはずデス。このままだと公園はどんどん飢えるデス。
大人ならともかく、仔は…………あぶないデス」

エサ不足で餓死するか、他の個体に食われるか、飢えた親・姉妹に食われるか。
どのみち助かる見込みは少ない。
ならばいっそ新しい公園を目指してみては、と語る先生にスカーフ実装は応える。

「先生は違う公園から来たと聞いたデス、簡単だったデス?」

「なんども死に掛けたデス、仲間もあちこちで死んでいたデス」

「私の仔が小さすぎるデス、とても長い距離を歩けないデス。
なんとかこの公園で頑張るデス」

確かに渡りは危険も大きい、それを諦めるほど。
虎の子の一粒のコンペイトウを差し出し、今までお世話になったデス、と頭を下げるスカーフ実装。

「それは仔と食べるといいデス」

といって先生は押し返す。別れ際、笑顔で一家に手を振る。
が、一体どれだけ生き延びられるのかと思うと暗澹たる気持ちであった。


日増しに来なくなってくる教え子が多い。
最初は間遠になり、やがてぷっつりと姿を消す。
先生実装としては、家庭訪問したいところだが、親実装からは便利屋としか見られていないのは自覚しており、
行くだけ無駄だと悟っていた。



  少し日数がたった。




天気がいいせいか、その日は久しぶりに教え子が多い。
11匹の仔実装を前に、沈んだ声で語り始めた。


「今日が最後のお勉強デス」


テェェ、と声を上げる教え子。空腹からか、声も無い仔さえいた。


「みんなも知っているとおり、今の公園はゴハンがないデスー。みんなのママも頑張っているけど、

やって来るニンゲンさんがずいぶん減ったデス。ゴハンを探しに出ても、公園の仲間が多すぎて全然足りないデス。

お腹がすくと、大人はお前たち仔がゴハンに見えてくるデス」


「テヒャアアーーーーーーーーーーーー」


悲鳴をあげる仔たち。


「そうなったら、もう外に出るのは危ないことデス。みんなはお家の中で静かにしているデス。

特にママがいないときは絶対静かにしてるデス、ダンボールの外に出てはいけないデスー」


「先生…………私たち、ダンボールないテチ」


小さな仔が言った。彼女の一家はダンボールが無く、ベンチの下で雨露を避けているのだ。


「ママに相談するデス」


としか言えない先生であった。 
飢えた公園がいかに恐ろしいものか、地獄になるのかを語る先生に、仔たちは身を震わせた。
いつも傲慢な仔がいつもの口癖を呟く。


「そういうのが嫌なら飼い実装になればいいだけテチ、飼い実装になるのは簡単なことテチ」


先生実装は無視して話し続ける。
わずかなエサの奪い合いから、共食い、餓死。そして。


「……大事なことを最後にいうデス、さっきお腹がすくと仲間でもゴハンに見えるといったけど、


それはみんなのママも同じ事デスー。もし……ママの様子がおかしかったら、おうちから逃げるデス」


「……先生、それはおかしいテチ、ママが私たちをゴハンにするわけがないテチ」

「そうテチ、ママは優しいテチ」

「そう言う仔が食べられるのを、何度も先生は見てきたデス。そうならないことを祈っているデス」

「「「……………………………………」」」

「先生は、先生はどうするテチ」

「先生はしばらくしたら、違う公園に行くつもりデス」


危険な渡りも成体の単身なら成功率もずっと高い。


「さ、最後のお勉強もこれでお終いデス。 先生が教えたことを思い出して、お前たちはなんとか生きぬくデス」


先生は励ましながら、自分の非力さを呪う。

……親に襲われそうになって、そうそう簡単に逃げられるだろうか。逃げてもどこで暮らすというのか。
自分が養う?無理だ、自分の食い扶持でも大変だというのに。

それでもなお教え子と握手して別れを告げるとき、彼女は顔色一つ変えなかった。


              「これはしょうがないことデス」


賢い実装石にとって何もかも、諦めるしかないことばかり。

それを理解していたのである。



エサ探しの帰り、先生はベンチの下に親と座り込んでいる教え子を見かけた。

例の家無しである。一家の住まいはベンチの下、床代わりに風雨でくたびれたダンボール片があるだけで吹きさらし。

当然エサの備蓄など無いだろう。


「久しぶりデス」


と声をかけてみる。しかし一家はもたれあったまま、身動き一つしない。

もう一度声をかけてみると、ようやく教え子が目を向けた。


「先生……?」

「そうデスゥ、お前の先生デス」


なにがあったのか、問うまでも無い。

親実装が怪我か何かでエサ探しできないのだろう。

それとも出歩けば仔が食われると思って、ここから動けないのか。

いずれにせよ、この親仔の末路は決まった。


「デエ! 先生デス?」


親実装も覚醒したのか、慌てて立ち上がろうとしてふらつく。


「私は、ゴフゴフ、体の調子がおかしいデス、仔にゴハンをあげられないデスー」


たまに訪れるニンゲンが哀れに思うのか、いくらかくれるという。
だがこのところ来なくなったので、空腹を抱えているだけなのだという。

「でもそろそろ来てくれるはずデス」

……愚かなことを

内心先生はつぶやいた、多くのニンゲンがこの公園の実装を見捨てたというのに、そのニンゲンだけが、
この家族だけを特別扱いし続けるだろうか。

しかし、口にしたのは別のことだ。


「そうデス、きっとニンゲンさんがゴハンを持ってきてくれるデスー」


もう全滅は間違いない一家だ、今度から違う道にしようと思う先生実装である。

家無しの親実装を抱きかかえるようにして、そっと座らせてやる。

「じゃあ、またデス」

短い挨拶で去っていく。
物足りなく感じる教え子だったが、自分のそばにコンビニ袋が残されているのに気づく。


「テチャア」


教え子が先生を見ると、その背中はもう遠い。だまって頭を下げるだけだ。

下げられた方に喜びはない。


「偽善をしたデス」


そっと残飯を置いてきたのは、まともに渡すとやり取りを見たほかの野良がやってくるのではないか、という恐れからだ。
今ごろ一家は最後の食事をしていることであろう。
死ぬのが少し伸びただけで、けっきょく自分はあの一家を救えない。
そう思うと何ともやり切れない先生であった。
帰り道、(一応)食べられる雑草を抜き、それを当座の食事とした。



状況は悪化する一方だ。公園の野良実装は増えるのに、餌付けにくる人間は加速して減っていく。
わずかなエサを巡り、あちこちで悲鳴が聞こえる。
親を失って泣く仔、その仔が食われるとき発する悲鳴。
頑丈な木箱で休んでいる先生の耳に嫌でも聞こえてくる。






                    「テヂィィィィ!」






家族のためと自ら願って、間引きされた哀れな仔実装の悲鳴がこだまする。

炊いていない米をゆっくりと咀嚼しながら、先生は木箱から動かない。


「もう少しデス」


自分の気持ちを落ち着かせながら時機を待つ。
彼女にとって公園の滅亡は必然だ。
だが今は成体の数も多いし、飢えているにしても体力はあるので襲われると厄介だ。

もう少し飢餓が進み、数が減り、体力が減った頃渡りを始めるつもりだ。
公園の隅にあるので、備蓄のエサを持ち出せば狙われるのは避けられない。
その時のリスクを減らすため、彼女は待っているのだった。
携帯するエサは十分あるし、体力を整え、足手まといの仔はいない。
万全と思える準備であるが、それは破綻することとなる。



夜、テチテチと木箱の外が騒がしい。隙間から覗くと教え子の姉妹が3匹立っている。


「何事デス、外に出ちゃいけないと」

「ママがママが」

「ママが帰ってこないテチャアーーーーー」

「先生、私たちのママが帰ってこないテチャア」

「……とにかく、中に入るデス」


先生が促し、教え子を中に入れてやる。戸締りを施すと、3匹を落ち着かせ聞いてやった。

要約するとこうだ。


「2日前にママがゴハンを探しに行ったら帰ってこないテチィ!」


わずかな蓄えも底をつき、彼女らは先生を頼ってきたのだ。


「先生……」

「お前たちはここに居てもいいデス、でも先生の言う事を絶対聞くデス」

「はいテチ」

「先生、ほかの姉妹がお家にいるテチ。ママが帰ってくるってきかないテチ」

「姉妹のことまで考えなくていいデス…」


そう、実装石が他者のことまで考えてやる余裕はない。
まして我が家に固執して危機を理解できない者など足手まといそのものではないか。

こうして先生実装は教え子三姉妹を育てることとなった。

それは生易しいことではない。清潔だが古びたタオルを布団代わりにして3匹は寝たが、朝は早い。
ペットボトルの水で洗顔すると、軽く朝食を終え、留守番だ。

先生実装が帰宅すると、総出で自宅近くの雑草から食べられる葉や種子を収集する。
わずかなものだが、それを昼食とした。
不満げな仔には冷たい声で叱る。


「いやなら帰っていいデス」


その一言で仔たちは従順に食事を終えた。



「少し出かけてくるデス」


言い残して先生実装は出かけた。

……馬鹿げたことをはじめたものだ

と自嘲している。仔をあずかった以上、渡りの成功率はぐんと低くなる。

だというのに、追い出すわけでもなく、これから教え子のもとへと向かっていた。


まず一軒目。

ダンボールの蓋は開けられ、内外に血肉が飛び散っている。

用心して周囲をうかがうが、とくに何も無い。

襲撃者はもう立ち去ったのだろう。

秋風でダンボールの蓋が揺れる。

何も言わず足早に行ってしまう先生実装であった。



二軒目。

「デジャアアアアアア! 来るなデス!」

凄まじい威嚇。
余り歓迎されないだろうとは覚悟していたが、もうこの親実装は見える全てが敵らしい。一応わが仔を背中にかくまっている。


「先生・・・・・・」

「ママと仲良くするデスー」


それだけ言うと立ち去る。一見、親実装は仔を守るため必死、と言うふうに見えるが、冷静な判断力は失っている。
遅かれ早かれ飢えてしまうだろう。



三軒目。

血痕もないが姿もない。

公園内で逃げたのか、あるいは渡りを選んだのか。

「どのみち私には手が届かないデス」



四軒目。

「来ないで、来ないでテチャアア!」

「ゴハンが騒ぐなテチィィィーーーーーーーーーーーーーー!」


長女が妹にのしかかり首へ噛み付く。血が飛び出し、妹が絶叫する。


「テチャアアアアアアアアアアアアア! お姉ちゃんんんんんんんんんんんん!」

「美味しいテチ、美味しいテチ!!我慢せずすぐ食えばよかったテチ!

毎日毎日お前がうまそうに見えてしょうがなかったテチ!

我慢してつらかったテチィ!」


「もうやめてテチ、お姉ちゃああああああん!」


「おいしいテチーーーー!食べて正解だったテーーーチーーーーーーー」


先生実装が近づいても姉は気づかず妹を食べ続ける、その食欲のまま。


「うまいテチャアアアア」

「テヒャアーーーーーアーーーーーーーーーーーーーーーアーーーーーーーーーーーーーーーー!」


しばらくすると妹はただの肉の塊となった。それをうまそうに噛み砕く姉。

ふと影に気づいて振り返ると、先生実装が黙って立っている。


「……こ、これは違うテチ! 違うテチ!」


狼狽し、服にこびり付いた血をぬぐう。


「私は何も言う事はないデス。 ただお前たちが心配で見に来ただけデス」

「違うテチ、ほ、本当に違うテチ」

「……………………さよならデス」

「ちーーーーーーーがーーーーーーーうテチャアアアアア」


口元から妹の血を垂れ流しながら、姉は絶叫した。



五軒目。

ぐちゃぐちゃと生肉を食べる音がダンボールの中から響きわたる。
横倒ししたダンボールの中が先生実装からも見える。
なにかの塊をがつがつ食らう成体の実装。
口からは大量の血がこぼれ前掛けを赤く染めている。
時折、食べにくいのか骨を吐き出す。

また血がこびり付いた白い骨を吐き出して、外へ投げる。
それが先生実装の足元に転がった。
骨を拾ってじっとながめ、つぶやいた。


「少しだけ、遅かったみたいデス……」


ダンボールの中を見ると、うごめく肉の塊があった。
目を凝らすと足を砕かれた仔たちだ、逃げようと這うが、前に出ると親から殴られる。


「勝手に逃げるなデスゥゥゥ! 私が食ってやるから動くなぁぁぁあデス!」

「嫌テチィーーーーーーー! ママに食べられたくないテチャアア」

「……悪い夢テチ、こんなの夢、テチ」

「ママは私たちのこと好きって言ったテチ、言ったテチャアアア!?」


最後に叫んでいた仔が頭から産みの親にかじられていく。

呵責もためらいも無く本能に任せている。

無言で立ち去る先生実装だった。



結局どこのダンボールへ行っても成果はなかった。
いや成果など期待していないが、家族の共食いほど辛いものは無い。
野良実装といえども、感性は人間とさほど変わらないのだから。
それなのにこの環境である、先生のように世を儚むのは当然であろう。

……それでも私は現に執着してるデス

そうなのだ、割り切ったつもりでなかなかそうできない。今も教え子の消息を気にして歩いている。
最後に全滅したであろうベンチ下の一家を見に行き、驚く。


「お久しぶりテチ、先生ーーー!」


一家はなお生きていた、ベンチの下と言う悪条件で。


「よく生きていたデス」

「この間初めて会ったニンゲンさんが来たテチ、約束したテチ、私たちを飼ってくれるって言ったテチ!!!!」

「本当デスゥ」


元気が無い親実装もこのときばかりは笑顔だ。


「だから、それまで頑張るテチ!」


……どう考えても口約束だ、哀れに思ったか、面白半分か分からないが、本気ならその場ですぐ連れて帰るだろう。

思ってみても口に出したのは違うこと。


「……良かったデス。 お前はいい仔だから、きっとうまくいくと思ってたデス」


大嘘をついた。しかし真実を話してどうなるという?
苦しみを増やすだけではないか。
挨拶もそこそこに、先生は一家に別れを告げて離れる。表情を保つ自信がなかったからだ。

酷い、本当に酷い惨状である。
公園のあちらこちらから悲鳴が響き、路上には赤と緑のシミがある。
衣服の切れはしや血痕、骨の一部も散乱している。

飢えた公園はまさに生き地獄だ。



先生は家路につこうとし、物影を急ぐ仔実装たちにきづいた。


「お前たち、どうしたデス、ここは危ないデス」

「先生!テチ!」


教え子の姉妹4匹、手に手に雑草や木の実を持っていた。


「ママが怪我して動けないテチ、だから私たちがお仕事してるテチ」


みれば4匹、汚れもひどく痩せている。親に代わって働いているのだろう。


「わかったデス、でも危ないからお家まで私が一緒にいくデス」


疲れているだろうに、先生がついて来てくれるとなると元気になる仔たち。
鼻歌交じりで一行は歩く。
その時、茂みから野良実装が飛び出してきた。

不運だった。


「デススス! 仔を寄越せデス! 仔はうまいデスー!」


仔を食らって生きている個体であろう、涎を流し目は血走らせ、一行を睨む。

カタカタ震えだす仔実装たち。一方先生は通常と変わらぬ口調だ。


「…………私を知らないデス?」

「知るかぁ! お前も仔ごと食ってやるデス!」


共食いは一行に飛び掛る。腕に自信があるのか、真正面から。

不運にもこの個体は先生実装のことを知らなかったらしい。


「「「「テヒャアア!!」」」」


仔実装が悲鳴をあげて目をつむる。が何もおきない。
そっと目を開けると、共食いが失神して地面に転がっており、そこへ先生がしゃがみ込んでいた。

「先生、どうしたテチ」

「こいつはたくさん共食いで仔を食ったデス、だから罰を与えるデス」

ぶちち、と共食いの髪を抜き、服を破り捨てる。
死ぬよりつらい目にあわせてやろうというのだ。
すっかり禿裸にしてやると、一行はその場を離れる。
しばらくすると、公園中に響き渡る悲鳴が聞こえたが、一行は止まらなかった。



そして、一行は古びたダンボールの前に到着した。


「ママ!ただ今テチィ!」

「ゴハンあったテチ!」

「お客さんテチ」


騒いで入っていく4匹。
ダンボールの中にはあちこち怪我だらけの親実装が寝ていた。
この声で目を覚ますと起き上がり、4匹が手にしていたささやかなエサを奪うようにとると、
口に放り込み、あっという間に食べ終えた。

仔は立ち尽くした。


「テェ、私たちの分が」

「集めるのに一日かかったテチ……」

「やかましいデス! 全然足りないデス! ママが治らないとお前たちが飢えて死ぬデス!! いやならとっとと探せデス!」

「もう無理デス、その仔たちの体力はもう限界デス」

「お前は誰デスゥ!」

「一緒にゴハンを探したこともあったデス、忘れたかデス」

「……お前かデス、私は悪いニンゲンのせいで怪我をしているデーーース! お前が口を挟むなデス! さっさと帰れデス」


確かにそれはそうだ、親が怪我をして動けない以上、仔が働くほかない。


「……言われずとも帰るデス」

「ママ! 先生は私たちをここまで送ってくれたテチャ」

「違うデス、ここにゴハンがないか見に来たに決まってるデス。 お前たちもとっとと働けデス!」

「「「「……………………」」」」


黙る仔に近づくと先生実装、耳元で言った。


「もう無理デス、お前たちは私のところに来ればいいデス」

「先生……でも私たちがいなくなったらママお腹へって死んじゃうテチ」

「ママも連れて行っていいテチ?」

「それは無理デス、大人まできたらみんなゴハンがなくなるデス」

「なら姉妹4匹でがんばるテチ、先生、ありがとテチ」


頑張っても到底追いつきそうに無いが、先生実装は諦めてその場を去った。

……あの子煩悩な個体さえああなってしまうデス

本当に子煩悩な個体であった。仔に良いものを食べさせようと、死に物狂いで働く姿を思い出す。

足を棒にして食べ物を探していた。

菓子の欠片をみつけ、仔に与えようと大喜びの姿を思い出す。


だが飢餓がなにもかもことごとく実装石から奪い去る。
この先生実装が言うとおりだ、飢えれば仔はエサに見えてしまうのだ、悲しいことに。
それは本能によるものらしく、賢くても大抵のものはその誘惑に勝てないらしい。
親仔で食らいあうその光景こそこの個体が恐れていたものだ。

いよいよ公園の崩壊が始まろうとしている。





続く

■感想(またはスクの続き)を投稿する
名前:
コメント:
画像ファイル:
削除キー:スクの続きを追加
スパムチェック:スパム防止のため3112を入力してください
1 Re: Name:匿名石 2018/11/10-06:38:17 No:00005668[申告]
七匹の子を連れたスカーフ実装が「公園の駆除」に出てくる
青いスカーフをした実装石なんだろうな
こんなつながりがあったんだ
戻る